「神経型PASドメインタンパク質」の版間の差分
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=== N末端領域 === | === N末端領域 === | ||
メンバー間で多様性が高く、特定の機能は一概には言えないが、転写活性化ドメインの一部や他のタンパク質との相互作用部位を含むことがある。 | |||
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約50アミノ酸からなり、2つの機能的部分に分けられる(図2)。 | 約50アミノ酸からなり、2つの機能的部分に分けられる(図2)。 | ||
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ドメインのN末端側に位置し、正電荷を持つ[[アミノ酸]]([[リジン]]、[[アルギニン]]など)に富む。[[DNA]]への直接的な結合を担い、標的遺伝子の[[プロモーター]]や[[エンハンサー]]領域に存在する特定のコンセンサス配列、主に[[E-box]]と呼ばれる「CANNTG」(NPASファミリーの場合は特にCACGTGが多い)を認識する<ref name=Murre1989><pubmed>2503252</pubmed></ref><ref name=Yutzey1992><pubmed>1329039</pubmed></ref>(Murre et al., 1989; Yutzey & Konieczny 1992)。 | |||
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2つのαヘリックスが柔軟なループ構造で連結された構造。この領域はタンパク質の二量体形成に不可欠である。[[class I bHLH-PASスーパーファミリー]]に属するNPASファミリーはそれぞれ、機能的なDNA結合のために[[class II bHLH-PASスーパーファミリー]]に属する[[ARNT]](別名[[HIF1β]])/[[ARNT2]]、または、その神経系特異的ホモログである[[ARNTL]]([[ARNT-like 1]]、別名[[BMAL1]]/[[BMAL2]]と、特異的にヘテロ二量体を形成する<ref name=Swanson1993><pubmed>8287061</pubmed></ref><ref name=Hirose1996><pubmed>8657146</pubmed></ref><ref name=Wu2016><pubmed>noPMID</pubmed></ref>(Swanson & Bradfield, 1993; Hirose et al., 1996; Wu et al., 2016)。 | |||
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== | PASドメイン内部には疎水性のポケット構造が存在し、低分子リガンドや補因子を結合することができる。特にNPAS2は、そのPAS-Aドメインにヘムを共有結合しており、細胞内のガス状分子([[一酸化炭素]]〔[[CO]]〕や[[酸素]]〔O<sub>2</sub>〕)の濃度変化を感知するセンサーとして機能し、リガンド結合状態に応じて転写活性が変化する可能性が強く示唆されている<ref name=Dioum2002><pubmed>12446832</pubmed></ref><ref name=Ascenzi2004><pubmed>15370879</pubmed></ref>(Dioum et al., 2002; Ascenzi et al., 2004)。NPAS1, 3, 4に関しても、PAS-Bドメイン内にリガンド結合ポケットが存在することが結晶構造解析により明らかにされ、内因性リガンドの存在や、これらのポケットを標的とした低分子化合物による機能制御(創薬標的としての可能性)が期待されている<ref name=Wu2016><pubmed>noPMID</pubmed></ref><ref name=Sun2016><pubmed>26987258</pubmed></ref>(Wu et al., 2016; Sun et al., 2022)。 | ||
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=== C末端領域 === | |||
PAS-BドメインよりもさらにC末端側の領域は、メンバー間で長さや配列の相同性が低いが、多くの場合、転写活性化ドメイン(transactivation domain)または転写抑制ドメインを含んでいる。この領域を介して、CBP/p300のようなヒストンアセチル化酵素(HAT[histone acetyltransferase])を含むコアクチベーター複合体や、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC[histone deacetylase])を含むコリプレッサー複合体と相互作用し、標的遺伝子の転写効率を正または負に精密に調節する<ref name=Bersten2013><pubmed>24263188</pubmed></ref><ref name=Luoma2018><pubmed>30509165</pubmed></ref>(Bersten et al., 2013; Luoma & Berry 2018)。 | |||
== ファミリーメンバー == | == ファミリーメンバー == | ||
2025年6月8日 (日) 20:29時点における版
英:neuronal PAS domain protein
英略称:NPAS
神経型PASドメインタンパク質 (neuronal PAS domain protein; NPAS)ファミリーはclass I bHLH-PASスーパーファミリーに属する転写因子群であり、それぞれのメンバーがclass II bHLH-PASスーパーファミリーに属するARNTまたはBMAL1とヘテロ二量体を形成して、E-boxと呼ばれるDNAシスエレメントに結合し標的遺伝子の転写を制御する。これらのタンパク質は主に神経系で発現するが、軟骨形成、概日リズム、神経発生、神経活動に応じた遺伝子発現や記憶といった多様な生理機能にそれぞれ関与しており、その機能不全はがん、睡眠障害、精神疾患、てんかんなど様々な疾患と関連する、神経系の発生・機能・可塑性に重要な分子群である。
神経型PASドメインタンパク質とは
神経型PASドメインタンパク質 (neuronal PAS domain protein; NPAS)ファミリーは、進化的に保存された転写因子の一群であり、その構造的特徴としてN末端側に塩基性ヘリックス・ループ・ヘリックス(basic Helix-Loop-Helix, bHLH)ドメイン、それに続いて2つのPer-ARNT-Sim (PAS)ドメインを持つ[1](Gu et al., 2000)。これらのタンパク質は、環境中の化学物質応答(ダイオキシン応答におけるaryl hydrocarbon receptor (AhR)、細胞の低酸素応答(低酸素応答因子, hypoxia-inducible factor, HIF)、概日リズムの制御(circadian locomotor output cycles kaput (CLOCK), brain and muscle ARNT-like 1, BMAL1)、神経発生など、多様な生物学的プロセスを制御する広範なbHLH-PASスーパーファミリーに属している[2](Kewley et al., 2004)。PASドメイン自身は約70アミノ酸からなるモジュールであり、タンパク質間相互作用(特に二量体形成)のプラットフォームとして機能するだけでなく、ヘム、フラビン、低分子化合物などの様々なリガンドや補因子を結合することで、外部シグナルや細胞内環境の変化を感知するセンサーとしての役割も担う[3][4](Taylor & Zhulin, 1999; Gilles-Gonzalez & Gonzalez, 2005)。
NPASファミリーに属する最初のメンバーは、1990年代後半から2000年代初頭にかけて同定された。NPAS1は、低酸素応答転写因子HIFファミリー、特にHIF1αやHIF2αと相同性を持ち、当初はHIF3αのアイソフォーム(inhibitory PAS domain protein, IPAS)として報告された[5][6](Hogenesch et al. 1997; Makino et al., 2002)。NPAS2(別名[[members of PAS superfamily 4], MOP4)は、概日リズムの中核因子であるCLOCKとの高い相同性から発見され、哺乳類の概日時計におけるCLOCKの機能的パラログとして同定された[5][7](Hogenesch et al., 1997; Reick et al., 2001)。その後、NPAS3(別名MOP6)が脳での発現パターンと神経発生における潜在的な役割に基づいてクローニングされ[8][9](Zhou et al., 1997; Kamnasaran et al., 2003)、NPAS4(別名MOP8, NXF, Le-PAS)は、神経細胞の活動、特に脱分極やカルシウム流入に応答して迅速かつ一過的に発現が誘導される最初期遺伝子 (immediate early gene, IEG)として、複数の研究グループによって独立に同定された[10][11][12](Ooe et al., 2004; Moser et al., 2004; Shamloo et al. 2006)。
これらの発見とそれに続く研究により、NPASファミリーが神経系の発生、シナプス機能、可塑性、学習・記憶、概日リズム、代謝調節など、極めて多様な生命現象において重要な役割を担っていることが明らかになった。特にNPAS3とNPAS4は神経系での発現が顕著であることから"neuronal" PAS domain proteinと命名された経緯があるが、NPAS1やNPAS2のように神経系以外の組織(肝臓、肺など)での機能も報告されている[13](Bersten et al., 2013)。
構造
機能発現に必須な共通のドメイン構造を有している[1][2](Gu et al., 2000; Kewley et al., 2004)(図1)。機能を発揮する基本的なメカニズムとして、NPASタンパク質は細胞質または核内で、他の転写因子とヘテロ二量体を形成する[14](Greb-Markiewicz, et al. 2018)。この複合体が核内に移行(または核内で形成)し、標的遺伝子の調節領域に存在するE-box配列に結合することで、リクルートした転写共役因子群とともにクロマチン構造の変化やRNAポリメラーゼIIの動員を介して、転写を活性化または抑制する。Npas1, 3, 4はARNT/ARNT2と、Npas2はBMAL1/BMAL2と結合し、PASドメイン間の相互作用を介してbHLHドメインによる二量体形成を安定化させる[15](Wu et al., 2016)。
N末端領域
メンバー間で多様性が高く、特定の機能は一概には言えないが、転写活性化ドメインの一部や他のタンパク質との相互作用部位を含むことがある。
basic Helix-Loop-Helixドメイン
約50アミノ酸からなり、2つの機能的部分に分けられる(図2)。
塩基性領域
ドメインのN末端側に位置し、正電荷を持つアミノ酸(リジン、アルギニンなど)に富む。DNAへの直接的な結合を担い、標的遺伝子のプロモーターやエンハンサー領域に存在する特定のコンセンサス配列、主にE-boxと呼ばれる「CANNTG」(NPASファミリーの場合は特にCACGTGが多い)を認識する[16][17](Murre et al., 1989; Yutzey & Konieczny 1992)。
HLH領域
2つのαヘリックスが柔軟なループ構造で連結された構造。この領域はタンパク質の二量体形成に不可欠である。class I bHLH-PASスーパーファミリーに属するNPASファミリーはそれぞれ、機能的なDNA結合のためにclass II bHLH-PASスーパーファミリーに属するARNT(別名HIF1β)/ARNT2、または、その神経系特異的ホモログであるARNTL(ARNT-like 1、別名BMAL1/BMAL2と、特異的にヘテロ二量体を形成する[18][19][15](Swanson & Bradfield, 1993; Hirose et al., 1996; Wu et al., 2016)。
PASドメイン
bHLHドメインのC末端側に隣接して、約70アミノ酸からなるPASリピートが2つ(PAS-AとPAS-B)存在する。これらはβシートとαヘリックスからなる特徴的なフォールド構造を形成し、以下の多様な機能を持つ[3][2](Taylor & Zhulin, 1999; Kewley et al., 2004)(図2)。
PASドメイン内部には疎水性のポケット構造が存在し、低分子リガンドや補因子を結合することができる。特にNPAS2は、そのPAS-Aドメインにヘムを共有結合しており、細胞内のガス状分子(一酸化炭素〔CO〕や酸素〔O2〕)の濃度変化を感知するセンサーとして機能し、リガンド結合状態に応じて転写活性が変化する可能性が強く示唆されている[20][21](Dioum et al., 2002; Ascenzi et al., 2004)。NPAS1, 3, 4に関しても、PAS-Bドメイン内にリガンド結合ポケットが存在することが結晶構造解析により明らかにされ、内因性リガンドの存在や、これらのポケットを標的とした低分子化合物による機能制御(創薬標的としての可能性)が期待されている[15][22](Wu et al., 2016; Sun et al., 2022)。
リガンド結合部位以外にも、他のシグナル伝達分子やシャペロン(例:HSP90)との相互作用部位として機能することが知られている。
C末端領域
PAS-BドメインよりもさらにC末端側の領域は、メンバー間で長さや配列の相同性が低いが、多くの場合、転写活性化ドメイン(transactivation domain)または転写抑制ドメインを含んでいる。この領域を介して、CBP/p300のようなヒストンアセチル化酵素(HAT[histone acetyltransferase])を含むコアクチベーター複合体や、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC[histone deacetylase])を含むコリプレッサー複合体と相互作用し、標的遺伝子の転写効率を正または負に精密に調節する[13][23](Bersten et al., 2013; Luoma & Berry 2018)。
ファミリーメンバー
哺乳類において、NPASファミリーは以下の4つの主要なメンバーによって構成される(図1)。これらはアミノ酸配列、特にbHLHドメインとPASドメインにおいて高い相同性を示すが、それぞれ異なる遺伝子にコードされ、発現パターンや生理機能、制御機構において独自の特徴を持つ。これら4つのNPASメンバーは、基本的な構造と作用機序(適切なパートナーとのヘテロ二量体形成とE-boxへの結合)を共有しつつも(図2)、それぞれが異なる時空間的発現パターン、異なる標的遺伝子群、そして異なる生理機能を持つことで、生命現象の多様な側面を分担して制御していると考えられる。
NPAS1
当初、低酸素誘導因子HIF3αの転写抑制型アイソフォーム(IPAS)として同定された経緯があり、HIFファミリーとの関連が深い[5](Hogenesch et al. 1997; Makino et al., 2002)。HIF3α遺伝子からは複数のスプライシングバリアントが生成され、NPAS1はその一つであるが、HIF3αとは独立した機能も持つ。主に脳と脊髄で発現しており、NPAS3と共に生後の海馬での神経新生に重要な役割を果たすことが示されている[24](Michaelson et al. 2017)。肺における発現が見られ、気管形成に関与している[25](Levesque et al., 2007)。
NPAS2
概日リズム制御因子であるCLOCKの最も近縁なパラログである[5](Hogenesch et al., 1997)。主に前脳領域(大脳皮質、線条体、海馬)および概日リズムの中枢である視交叉上核(SCN[suprachiasmatic nucleus])で高発現している(Reick et al., 2001)。SCNにおいては、CLOCKと共に転写フィードバックループのコアを形成し、概日時計の発振に関与するが、CLOCK非存在下でもある程度の時計機能を維持できる(Parekh et al. 2019)。また、末梢組織(肝臓など)の概日時計や代謝調節、睡眠・覚醒サイクル、さらには学習・記憶への関与も報告されている[26][27](Dudley et al., 2003; Garcia et al., 2000)。前述の通り、ヘムを結合しCOセンサーとして機能するユニークな特徴を持つ[20](Dioum et al., 2002)。
NPAS3
主に中枢神経系で強く発現しており、特に発生期の脳や、成熟脳の海馬(特に歯状回)、嗅球、線条体、大脳皮質(特に辺縁皮質)、視床、松果体などで顕著な発現が確認されている[28][24](Brunskill et al., 2005; Michaelson et al., 2017)。神経発生過程における神経細胞の分化、移動、生存に必須であり、NPAS3ノックアウトマウスでは重篤な神経発達異常(海馬形成不全、脳室拡大など)とそれに伴う行動異常(学習障害、多動性など)を示す[28][24](Brunskill et al., 2005; Michaelson et al., 2017)。また、ドーパミン作動性神経系の調節や、精神機能維持における重要性が、ヒト遺伝学的研究からも強く示唆されている[9][29](Kamnasaran et al., 2003; Pickard et al., 2009)。
NPAS4
NXF(neuronal transcription factor), Le-PAS(limbic system expressed PAS protein)など、複数の名称で報告されてきた[10][11][12](Ooe et al., 2004; Moser et al., 2004; Shamloo et al. 2006)。最も顕著な特徴は、神経活動(特に興奮性シナプス入力や、それに伴う細胞内カルシウム濃度の上昇)に応答して、ニューロン内で迅速かつ一過的に転写が活性化される最初期遺伝子(IEG)である点である[30](Lin et al., 2008)。主に興奮性ニューロンで発現するが[30][31](Lin et al., 2008; Bloodgood et al., 2013)、抑制性ニューロンでの発現も報告されている[32][33](Spiegel et al., 2014; Yoshihara et al., 2014)。海馬、大脳皮質、扁桃体、線条体、嗅球などの脳領域で高発現し、神経活動依存的な遺伝子発現プログラムを制御するマスターレギュレーターとして機能し、特に抑制性シナプスの形成・維持を通じた神経回路の恒常性維持、シナプス可塑性、学習・記憶形成に不可欠な役割を担うことが明らかにされている[30][31][34][32][33][33][35](Lin et al., 2008; Bloodgood et al., 2013; Ramamoorthi et al., 2011; Spiegel et al., 2014; Yoshihara et al., 2014; Sun & Lin, 2016)(図3)。
発現
NPASファミリーメンバーの発現は、組織および細胞レベルで特異的なパターンを示す。
組織分布
NPAS1
:主に脳と脊髄で発現しており[5][24](Hogenesch et al. 1997; Michaelson et al. 2017)、肺などでも検出される[36](Lopez-Mejia et al. 2025)。低酸素状態に応答して一部の細胞で発現が誘導されることがある[6](Makino et al., 2002)。
NPAS2
:中枢神経系では、概日リズムの中枢である視交叉上核(SCN)に加えて、大脳皮質、海馬、線条体などの前脳領域で広く発現している(Reick et al., 2001)。末梢組織では、肝臓、腎臓、肺、心臓などでも発現が確認されている[5][37](Hogenesch et al., 1997; Storch et al., 2002)。SCNや肝臓においては、そのmRNAおよびタンパク質レベルが概日周期に従ってリズミカルに変動することが知られている[7](Reick et al., 2001; Storch et al., 2002)。
NPAS3
:発現は主に中枢神経系に限局しており、特に高レベルの発現を示す領域として、海馬(とりわけ歯状回の顆粒細胞)、嗅球、線条体、大脳皮質(特に辺縁皮質)、視床、松果体が挙げられる[28][24](Brunskill et al., 2005; Michaelson et al. 2017)。発生期の脳においてもダイナミックな発現パターンを示し、神経系の構築に重要な役割を果たすことが示唆されている[28](Brunskill et al., 2005)。
NPAS4
:発現はほぼニューロン特異的であり、特に興奮性ニューロンで顕著である[30](Lin et al., 2008)。成熟脳では、海馬(CA1, CA3, 歯状回)、大脳皮質の各層、扁桃体(特に基底外側核)、線条体、嗅球などで基礎レベルの発現、あるいは活動依存的な強い誘導が見られる[30][31](Lin et al., 2008; Bloodgood et al., 2013)。神経活動、特にNMDA受容体の活性化やL型電位依存性カルシウムチャネルを通じたカルシウム流入を引き起こす刺激(例えば、新規環境探索、学習課題、薬物投与、てんかん様活動、脳虚血)によって、そのmRNAレベルが数十分から数時間以内に数十倍から数百倍にまで劇的に増加するIEGとしての特性を持つ[38][30][39](Flavell et al., 2006; Lin et al., 2008; Takahashi et al., 2021)。大脳皮質の抑制性介在ニューロンの一部(例:パルブアルブミンparvalbumin陽性細胞)や嗅球の介在ニューロンでも活動依存的な発現誘導が報告されている[32][33](Spiegel et al., 2014; Yoshihara et al., 2014)。
細胞内分布
NPASファミリータンパク質はすべて転写因子であるため、その主要な機能部位は細胞核内である。細胞質で合成された後、核移行シグナル(NLS[nuclear localization signal])やパートナー分子との結合などによって核内に輸送されると考えられる。核内では、パートナー分子とヘテロ二量体を形成し、標的遺伝子のDNA(E-box配列)に結合して転写複合体を形成する。NPAS4は、神経活動に応じて発現量がダイナミックに変化し、核内存在量や活性が時間経過と共に厳密に制御されていると考えられる。一部のbHLH-PASタンパク質では、リン酸化などの翻訳後修飾によって核-細胞質間シャトリングが制御される例も知られており[40](Kondratov et al., 2003)、NPASファミリーにおいても同様の制御機構が存在する可能性が考えられるが、詳細なメカニズムはまだ十分に解明されていない。
機能
NPASファミリータンパク質は、分子レベルでの転写調節因子としての機能を通じて、個体レベルでの多様な生理現象に関与する。
分子レベル
転写調節
:NPASタンパク質の最も基本的な分子機能は、転写因子としての役割である。適切なパートナーと安定なヘテロ二量体を形成した後、標的遺伝子のプロモーターやエンハンサー領域に存在するE-boxコンセンサス配列(主にCACGTGまたはその周辺配列)に特異的に結合する[15][35](Wu et al., 2016; Sun et al. 2022)。結合後、C末端領域などを介して転写コアクチベーター(例:CBP/p300, HAT, SRC-1[steroid receptor coactivator 1])やコリプレッサー(例:HDAC, NCoR[nuclear receptor co-repressor]/SMRT[silencing mediator of retinoic acid and thyroid hormone receptor])をリクルートすることにより、標的遺伝子の転写を活性化または抑制する[13][23](Bersten et al., 2013; Luoma and Berry, 2018)。どの共役因子をリクルートするかは、NPASメンバーの種類、細胞種、細胞の状態、あるいはプロモーターの文脈によって変化する可能性がある。
パートナー選択性と標的遺伝子特異性
:NPAS1, 3, 4はARNT/ARNT2と、NPAS2はBMAL1/BMAL2とヘテロ二量体を形成するが、それぞれのメンバー間における結合親和性や、認識・結合するE-box配列の微妙な違い、あるいはゲノム上の結合部位(プロモーター vs エンハンサー)の選択性が異なる可能性がある。これが、各NPASメンバーが制御する標的遺伝子群の特異性を生み出す一因となっていると考えられる[13][15](Bersten et al., 2014; Wu et al., 2016)。 リガンド応答性:NPAS2はヘムをリガンドとして結合し、細胞内のガス状分子(CO, O2, NO)の濃度変化に応じてその立体構造や転写活性が変化する可能性が示唆されている[20][4](Dioum et al., 2002; Gilles-Gonzalez & Gonzalez, 2005)。これにより、NPAS2は細胞の代謝状態(例:ヘム生合成レベル)やガス環境を感知し、概日リズムや代謝関連遺伝子の発現を調節する役割を担っていると考えられる[41](Kitanishi et al., 2008)。NPAS1, 3, 4も、PAS-Bドメイン内にリガンド結合ポケットを有することが構造的に示されており[15][22](Wu et al., 2016; Sun et al., 2022)(図2)、これらのタンパク質は未知の内因性リガンドによって活性が制御されている可能性が考えられる。
転写共役因子との相互作用
:NPASタンパク質のC末端領域は、転写調節に必須なコアクチベーター(例:CBP/p300, HAT)やコリプレッサー(例:HDAC)との相互作用部位を含む[23](Luoma and Berry, 2018)。これらの相互作用を通じて、ヒストンのアセチル化・脱アセチル化などのクロマチン修飾を誘導し、標的遺伝子の転写効率を精密に制御する。
シグナル伝達経路とのクロストーク
:NPASファミリーの活動は、他の細胞内シグナル伝達経路と密接に連携している。例えば、NPAS4の発現は神経活動に伴うカルシウム流入によって厳密に制御されており [30](Lin et al., 2008)、カルシウム依存的なキナーゼ(CaMK[calmodulin kinase])や転写因子(CREB[cAMP response element-binding protein], MEF2[Myocyte Enhancer Factor 2])がNPAS4遺伝子の発現制御に関与している[22](Sun and Lin, 2016)。また、NPAS2の活性は概日時計のフィードバックループや代謝産物によって調節される[7][42](Reick et al., 2001; Eckel-Mahan & Sassone-Corsi, 2013)。このように、NPASファミリーは様々な細胞内外の刺激に応答し、それを転写レベルの変化へと変換する重要な結節点として機能している。
個体レベル
分子レベルでの転写調節機能を通じて、各NPASメンバーは個体レベルで以下のような多様な生理機能を発揮する。
NPAS1
神経発生
:脳の発生過程において、神経幹細胞の増殖、神経細胞への分化、細胞移動、軸索伸長、および細胞生存を制御する上で極めて重要である[28][24](Brunskill et al., 2005; Michaelson et al., 2017)。
気管形成
:気管上皮細胞と間葉細胞の相互作用に関与し、正常な気管軟骨輪のパターン形成に必須である[25](Levesque et al., 2007)。 低酸素応答の調節:HIF経路の構成因子として、特にHIF1αやHIF2αの活性を調節(主に抑制)する役割を持つ可能性が、特定の状況下で示唆されている[6](Makino et al., 2002)。
NPAS2:
概日リズム制御
視交叉上核(SCN)において、CLOCKと共にコア時計遺伝子(PER[period], CRY[cryptochrome]など)の転写を制御する転写活性化因子として機能し、約24時間周期の概日リズム発振に寄与する[7][43](Reick et al., 2001; Parekh et al., 2019)。末梢組織(肝臓、肺など)においても、それぞれの組織における概日時計の維持に関与する[37](Storch et al., 2002)。 睡眠/覚醒サイクル調節:NPAS2変異マウスは、正常な光周期下では比較的正常な活動リズムを示すが、恒常暗黒下での活動周期の不安定性や、特定の光パルスに対する位相シフト反応の変化、睡眠ホメオスタシスの異常などを示す[26][44](Dudley et al., 2003; Mongrain et al., 2011)。
代謝調節
特に肝臓において、糖新生や脂質代謝に関わる遺伝子の発現を概日的に制御し、エネルギー恒常性の維持に関与する[45](Lee et al., 2015)。この代謝制御における役割は、近年の研究により明らかにされつつある[46](Ma et al., 2023)。 学習・記憶:NPAS2欠損マウスは、文脈的恐怖条件付けや空間学習課題において記憶障害を示すことが報告されており、前脳におけるNPAS2が特定の種類の記憶形成に関与することを示唆している [27](Garcia et al., 2000)。
NPAS3
神経発生
:脳の発生過程において、神経幹細胞の増殖、神経細胞への分化、細胞移動、軸索伸長、および細胞生存を制御する上で極めて重要である。NPAS3ノックアウトマウスは、新生仔期に致死となる場合が多く、生存した場合でも重度の脳構造異常(特に海馬歯状回の欠損や形成不全、脳室拡大)を示し、神経発達障害のモデルとなる[28][24](Brunskill et al., 2005; Michaelson et al., 2017)。
神経伝達物質系の調節
:特に中脳辺縁系ドーパミン作動性神経系の発達や機能維持に関与する可能性が、発現パターンやノックアウトマウスの表現型、精神疾患との関連から示唆されている[28](Brunskill et al., 2005)。
精神機能
:ヒトにおける遺伝学的研究から、NPAS3遺伝子の変異(転座、欠失、SNP[single nucleotide polymorphism])が統合失調症や双極性障害のリスクと強く関連していることが繰り返し報告されており[9][29](Kamnasaran et al., 2003; Pickard et al., 2009)、NPAS3が正常な精神機能の維持に必須であることが示唆されている。
NPAS4
神経活動依存的な遺伝子発現のマスターレギュレーター
ニューロンが活動すると迅速に発現が誘導され、その後、抑制性シナプスの形成や機能に関わる遺伝子群(GAD1/2[glutamate decarboxylase1/2], SST[somatostatin])、神経栄養因子(BDNF[brain-derived neurotrophic factor])、イオンチャネル、その他の転写因子など、多岐にわたる標的遺伝子の発現を協調的に制御する[30][31][47](Lin et al., 2008; Bloodgood et al., 2013; Spiegel et al., 2014; Pollina et al. 2023)。これにより、神経回路の活動レベルに応じた適応的な変化を引き起こす(図3、図4)。
シナプス可塑性・学習記憶
:海馬依存的な空間記憶や文脈的恐怖記憶、扁桃体依存的な手がかり恐怖記憶など、様々な種類の学習・記憶課題の遂行に必要である[34][48](Ramamoorthi et al., 2011; Ploski et al., 2011)。また、長期増強(LTP[long term potentiation])や長期抑圧(LTD[long term depression])といったシナプス可塑性の誘導や維持にも関与することが示されている[31](Bloodgood et al., 2013)。
抑制性シナプスの形成
維持と興奮/抑制バランス:興奮性ニューロンの活動に応じて、周囲の抑制性ニューロン(特にパルブアルブミンparvalbumin陽性細胞)への入力シナプスの数や強度を選択的に増加させることにより、神経回路全体の興奮レベルを適切に保つ恒常性維持メカニズム(ホメオスタティックな可塑性)において中心的な役割を果たす[30][31][32][33][22](Lin et al., 2008; Bloodgood et al., 2013; Spiegel et al., 2014; Yoshihara et al., 2014; Sun & Lin, 2016)(図3)。
神経保護
てんかん発作や脳虚血などの過剰な神経活動やストレスに応答して発現が誘導され、神経細胞死を抑制する保護的な役割を持つ可能性が示唆されている[12][49][39](Shamloo et al., 2006; Shan et al., 2018; Takahashi et al., 2021)(図3)。
不安・恐怖応答
扁桃体におけるNPAS4の発現と機能が、不安様行動のレベルや恐怖記憶の形成・消去に関与することが示されている[48](Ploski et al., 2011)。
疾患との関わり
NPASファミリーメンバーの機能異常や発現レベルの変化は、神経精神疾患、がん、代謝性疾患など、様々なヒトの疾患と関連付けられている。
NPAS1
o 特にない。
NPAS2
睡眠障害
ヒトにおいてNPAS2遺伝子多型が睡眠相後退症候群や睡眠時間、交代勤務への耐性などに関連する可能性が報告されている[50][51](Evans et al., 2013; Dall'Ara et al., 2016)。
気分障害
概日リズムの乱れが気分障害(うつ病、双極性障害、季節性情動障害)の発症に関与することから、NPAS2遺伝子多型とこれらの疾患リスクとの関連が研究されている[52][53](Mansour et al., 2006; Soria et al., 2010)。
がん
概日時計の破綻はがんリスクを増加させると考えられており、NPAS2の発現異常や遺伝子多型が乳がん、前立腺がん、大腸がんなどの発症リスクや予後に関連するという報告がある[54][55][13](Zhu et al., 2008; Yi et al., 2010; Bersten et al., 2013)。NPAS2のがんにおける役割は、代謝制御との関連も含めて近年注目されている[46](Ma et al., 2023)。
NPAS3
統合失調症・双極性障害:NPAS3は、これらの主要な精神疾患との関連が最も強く示唆されているNPASファミリーメンバーである。ヒト染色体14q13.1に位置するNPAS3遺伝子を含む領域の染色体転座が、統合失調症や重度の学習障害を持つ家系で見出されたことが最初の契機となった[9] (Kamnasaran et al., 2003)。その後、大規模なゲノムワイド関連解析(GWAS[genome-wide association study])や候補遺伝子関連解析により、NPAS3遺伝子内のSNPやコピー数変異(CNV[copy number variation])が統合失調症や双極性障害のリスクと有意に関連することが複数の研究で報告されている[29](Pickard et al., 2009)。NPAS3ノックアウトマウスが示す神経発達異常や行動異常(多動性、学習障害、社会性行動の変化、抗精神病薬への反応性変化など)も、これらの疾患の病態モデルとしてNPAS3の重要性を支持している[28][24](Brunskill et al., 2005; Michaelson et al., 2017)。
知的障害・発達障害
上記の染色体異常の報告に加え、NPAS3遺伝子の変異が知的障害や発達遅延を伴う症例で報告されている[9](Kamnasaran et al., 2003)。実際に、脆弱X症候群(Fragile X syndrome)のモデルマウスにおいて、感覚過敏性がNPAS4依存的な抑制機能によってレスキューされることが示されている[24](Michaelson et al., 2017)。
がん
神経膠腫や肺がんなど、いくつかのがん種においてNPAS3の発現変化や機能的役割が報告され始めている[13][56](Bersten et al., 2013; Yu et al., 2024)。
NPAS4
てんかん
:てんかん発作は強力な神経活動刺激であり、発作時にNPAS4の発現が海馬などで著しく誘導される(Lin et al., 2008)。NPAS4は抑制性シナプスの形成を促進することから、発作後の神経回路の過剰興奮を抑制する保護的な役割(抗てんかん作用)を持つと考えられている。実際に、NPAS4欠損マウスは、薬物誘発性てんかん発作に対する感受性が亢進し、発作重症度が増加することが示されている[49](Shan et al., 2018)。 脳梗塞・神経変性疾患:脳虚血などの神経傷害後にもNPAS4の発現が誘導され、神経保護に関与する可能性が示唆されている[12][39](Shamloo et al., 2006; Takahashi et al., 2021)。その機能不全が神経変性疾患の病態に関わる可能性も研究されている。 不安障害・PTSD(post-traumatic stress disorder):扁桃体におけるNPAS4の機能は恐怖記憶の形成と消去に関与するため、その調節異常が不安障害や心的外傷後ストレス障害(PTSD)の病態に関与する可能性が考えられている[48](Ploski et al., 2011)。
依存症
薬物(コカインなど)投与によって線条体などでNPAS4の発現が誘導され、薬物に対する報酬学習や精神刺激薬感受性、依存からの再燃に関与することが示唆されている[57](Taniguchi et al., 2017)。
自閉スペクトラム症(
病態仮説の一つである神経回路の興奮/抑制バランスの破綻において、NPAS4が重要な役割を果たしている可能性が注目されている。NPAS4の機能異常とASD病態との関連、および治療標的としての可能性が探求されている[58](Rein et al., 2021)。
関連語
• 転写因子(Transcription factor) • ARNT(Aryl hydrocarbon receptor nuclear translocator)=HIF1β(Hypoxia-inducible factor 1β) • BMAL1(Brain and muscle ARNT-like 1)=ARNTL(ARNT-like 1) • E-box(Enhancer box) • ヘテロ二量体(Heterodimer) • 興奮/抑制バランス(Excitation/Inhibition balance) • 恒常的な可塑性(Homeostatic plasticity)
図1.ヒトNPAS1-4タンパク質の一次構造 ヒトNPAS1-4タンパク質における3つのドメインの配置図。
図2.マウスNPAS4-ARNT-E-box複合体の3次元構造 マウスNPAS4-ARNT2-DNA(E-box)複合体の3次元構造の模式図。DNA結合に必要なbHLHドメイン、および、二量体形成に必要なPAS-Aドメインの位置を示す(Sun, X., et al.(2022)の図を改変)。
図3.健常時と損傷時の脳におけるNPAS4の役割 健常時にNPAS4は、興奮性ニューロンでの標的遺伝子(BDNFなど)を活性化させて、抑制性シナプスの数を増加させることで、回路全体の活動を低下させる一方、抑制性ニューロンでの標的遺伝子(MDM2など)を不活性化させて、シナプス形成を促進しGABAの放出を増加させることで、回路全体の活動を低下させるという、恒常的な可塑性を維持する役割を果たす。 脳梗塞時にNpas4は、興奮性ニューロンでの標的遺伝子(GEMなど)を活性化させて、L-type voltage-gated Ca2+ channelの細胞膜への局在をブロックすることで、細胞内へのCa2+流入を減少させ、神経細胞死を抑制するという神経保護の役割を果たす。
図4.神経活動依存的なDNA切断とその修復におけるNPAS4の役割 Fos, Npas4, Egr1などの最初期遺伝子(immediately early gene: IEG)のプロモーターでは、感覚刺激によりtopoisomerase IIβ(TOP2B)を介してDNA二本鎖切断(double-strand break: DSB)が形成される。マウス海馬ニューロンをカイニン酸で刺激した2時間後に観察されるDSB部位の大部分(69%)は、NPAS4/ARNTヘテロダイマーが最も多く結合しているNpas4遺伝子座と重なっていた(Pollina et al. 2023)。NPAS4/ARNTとNuA4(lysine acetyltransferaseのTIP60を含む)の複合体は、神経活動により生じた二本鎖切断を、DSB修復タンパク質MRE1とRAD50をリクルートすることにより修復する。尚、Npas4プロモーターは感覚刺激により二本鎖切断を受けるが、NPAS4結合部位を含んでいるので、神経活動により誘導されたDSBをNPAS4がフィードバック制御していることになる(Delint-Ramirez I & Madabhushi R.(2023)の図を改変)。 8.参考文献
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