「神経型PASドメインタンパク質」の版間の差分

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 これらの発見とそれに続く研究により、NPASファミリーが神経系の発生、[[シナプス機能]]、[[可塑性]]、[[学習]]・[[記憶]]、概日リズム、[[代謝]]調節など、極めて多様な生命現象において重要な役割を担っていることが明らかになった。特にNPAS3とNPAS4は神経系での発現が顕著であることから"neuronal" PAS domain proteinと命名された経緯があるが、NPAS1やNPAS2のように神経系以外の組織([[肝臓]]、[[肺]]など)での機能も報告されている<ref name=Bersten2013><pubmed>24263188</pubmed></ref>(Bersten et al., 2013)。
 これらの発見とそれに続く研究により、NPASファミリーが神経系の発生、[[シナプス機能]]、[[可塑性]]、[[学習]]・[[記憶]]、概日リズム、[[代謝]]調節など、極めて多様な生命現象において重要な役割を担っていることが明らかになった。特にNPAS3とNPAS4は神経系での発現が顕著であることから"neuronal" PAS domain proteinと命名された経緯があるが、NPAS1やNPAS2のように神経系以外の組織([[肝臓]]、[[肺]]など)での機能も報告されている<ref name=Bersten2013><pubmed>24263188</pubmed></ref>(Bersten et al., 2013)。


== 構造 ==
== サブファミリーと構造 ==
 共通のドメイン構造を持つ<ref name=Gu2000><pubmed>10836146</pubmed></ref><ref name=Kewley2004><pubmed>14643885</pubmed></ref>(Gu et al., 2000; Kewley et al., 2004)('''図1''')。[[細胞質]]または[[核]]内で、他の転写因子とヘテロ二量体を形成する<ref name=Greb-Markiewicz2018><pubmed>29899116</pubmed></ref>(Greb-Markiewicz, et al. 2018)。複合体として核内に移行、あるいは核内で複合体が形成されると、標的遺伝子の調節領域に存在する[[E-box]]配列に結合することで、リクルートした転写共役因子群とともに[[クロマチン]]構造の変化や[[RNAポリメラーゼII]]を動員する。その結果、転写を活性化または抑制する。Npas1, 3, 4は[[ARNT]]/[[ARNT2]]と、Npas2は[[BMAL1]]/[[BMAL2]]と結合し、[[PASドメイン]]間の相互作用を介して[[bHLHドメイン]]による二量体形成を安定化させる<ref name=Wu2016><pubmed> 27782878 </pubmed></ref>(Wu et al., 2016)。
 哺乳類ではNPASは共通のドメイン構造を持つNPAS1からNPAS4の4つのメンバーによって構成される<ref name=Gu2000><pubmed>10836146</pubmed></ref><ref name=Kewley2004><pubmed>14643885</pubmed></ref>(Gu et al., 2000; Kewley et al., 2004)('''図1''')。これらはアミノ酸配列、特にbHLHドメインとPASドメインにおいて高い相同性を示すが、それぞれ異なる遺伝子にコードされ、発現パターンや生理機能、制御機構において独自の特徴を持つ。
 
 NPASは[[細胞質]]または[[核]]内で、他の転写因子とヘテロ二量体を形成する<ref name=Greb-Markiewicz2018><pubmed>29899116</pubmed></ref>(Greb-Markiewicz, et al. 2018)。複合体として核内に移行、あるいは核内で複合体が形成されると、標的遺伝子の調節領域に存在する[[E-box]]配列に結合することで、リクルートした転写共役因子群とともに[[クロマチン]]構造の変化や[[RNAポリメラーゼII]]を動員する。その結果、転写を活性化または抑制する。Npas1, 3, 4は[[ARNT]]/[[ARNT2]]と、Npas2は[[BMAL1]]/[[BMAL2]]と結合し、[[PASドメイン]]間の相互作用を介して[[bHLHドメイン]]による二量体形成を安定化させる<ref name=Wu2016><pubmed> 27782878 </pubmed></ref>(Wu et al., 2016)。
 
 4つのNPASメンバーは、これらの基本的な構造と作用機序を共有しつつも('''図2''')、それぞれが異なる時空間的発現パターン、異なる標的遺伝子群、そして異なる生理機能を持つことで、生命現象の多様な側面を分担して制御していると考えられる。


=== N末端領域 ===
=== N末端領域 ===
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=== C末端領域 ===
=== C末端領域 ===
 PAS-BドメインよりもさらにC末端側の領域は、メンバー間で長さや配列の相同性が低いが、多くの場合、[[転写活性化ドメイン]]([[transactivation domain]])または[[転写抑制ドメイン]]を含んでいる。この領域を介して、[[CBP]]/[[p300]]のような[[ヒストンアセチル化酵素]]([[histone acetyltransferase]], [[HAT]])を含む[[コアクチベーター]]複合体や、[[ヒストン脱アセチル化酵素]]([[histone deacetylase]], [[HDAC]])を含むコリプレッサー複合体と相互作用し、標的遺伝子の転写効率を正または負に精密に調節する<ref name=Bersten2013><pubmed>24263188</pubmed></ref><ref name=Luoma2018><pubmed>30509165</pubmed></ref>(Bersten et al., 2013; Luoma & Berry 2018)。
 PAS-BドメインよりもさらにC末端側の領域は、メンバー間で長さや配列の相同性が低いが、多くの場合、[[転写活性化ドメイン]]([[transactivation domain]])または[[転写抑制ドメイン]]を含んでいる。この領域を介して、[[CBP]]/[[p300]]のような[[ヒストンアセチル化酵素]]([[histone acetyltransferase]], [[HAT]])を含む[[コアクチベーター]]複合体や、[[ヒストン脱アセチル化酵素]]([[histone deacetylase]], [[HDAC]])を含むコリプレッサー複合体と相互作用し、標的遺伝子の転写効率を正または負に精密に調節する<ref name=Bersten2013><pubmed>24263188</pubmed></ref><ref name=Luoma2018><pubmed>30509165</pubmed></ref>(Bersten et al., 2013; Luoma & Berry 2018)。
 
== ファミリーメンバー ==
 哺乳類において、NPASファミリーは以下の4つの主要なメンバーによって構成される('''図1''')。これらはアミノ酸配列、特にbHLHドメインとPASドメインにおいて高い相同性を示すが、それぞれ異なる遺伝子にコードされ、発現パターンや生理機能、制御機構において独自の特徴を持つ。これら4つのNPASメンバーは、基本的な構造と作用機序(適切なパートナーとのヘテロ二量体形成とE-boxへの結合)を共有しつつも('''図2''')、それぞれが異なる時空間的発現パターン、異なる標的遺伝子群、そして異なる生理機能を持つことで、生命現象の多様な側面を分担して制御していると考えられる。
=== NPAS1 ===
 当初、[[低酸素誘導因子]][[HIF3α]]の転写抑制型アイソフォーム(IPAS)として同定された経緯があり、[[HIFファミリー]]との関連が深い<ref name=Hogenesch1997><pubmed>9079689</pubmed></ref>(Hogenesch et al. 1997; Makino et al., 2002)。HIF3α遺伝子からは複数のスプライシングバリアントが生成され、NPAS1はその一つであるが、HIF3αとは独立した機能も持つ。主に[[脳]]と[[脊髄]]で発現しており、NPAS3と共に生後の[[海馬]]での[[神経新生]]に重要な役割を果たすことが示されている<ref name=Michaelson2017><pubmed>28499489</pubmed></ref>(Michaelson et al. 2017)。[[肺]]における発現が見られ、[[気管]]形成に関与している<ref name=Levesque2007><pubmed>17110583</pubmed></ref>(Levesque et al., 2007)。
=== NPAS2 ===
 概日リズム制御因子である[[CLOCK]]の最も近縁なパラログである<ref name=Hogenesch1997><pubmed>9079689</pubmed></ref>(Hogenesch et al., 1997)。主に[[前脳]]領域([[大脳皮質]]、[[線条体]]、[[海馬]])および概日リズムの中枢である[[視交叉上核]]([[suprachiasmatic nucleus]], [[SCN]])で高発現している(Reick et al., 2001)。SCNにおいては、CLOCKと共に転写フィードバックループのコアを形成し、概日時計の発振に関与するが、CLOCK非存在下でもある程度の時計機能を維持できる(Parekh et al. 2019)。また、末梢組織(肝臓など)の概日時計や[[代謝]]調節、[[睡眠]]・[[覚醒]]サイクル、さらには[[学習]]・[[記憶]]への関与も報告されている<ref name=Dudley2003><pubmed>12843397</pubmed></ref><ref name=Garcia2000><pubmed>10864874</pubmed></ref>(Dudley et al., 2003; Garcia et al., 2000)。前述の通り、ヘムを結合しCOセンサーとして機能するユニークな特徴を持つ<ref name=Dioum2002><pubmed>12446832</pubmed></ref>(Dioum et al., 2002)。
=== NPAS3 ===
 主に中枢神経系で強く発現しており、特に発生期の脳や、成熟脳の海馬(特に[[歯状回]])、[[嗅球]]、線条体、大脳皮質(特に[[辺縁皮質]])、[[視床]]、[[松果体]]などで顕著な発現が確認されている<ref name=Brunskill2005><pubmed>16190882</pubmed></ref><ref name=Michaelson2017><pubmed>28499489</pubmed></ref>(Brunskill et al., 2005; Michaelson et al., 2017)。神経発生過程における神経細胞の分化、移動、生存に必須であり、NPAS3ノックアウトマウスでは重篤な神経発達異常(海馬形成不全、[[脳室]]拡大など)とそれに伴う行動異常([[学習障害]]、[[多動性]]など)を示す<ref name=Brunskill2005><pubmed>16190882</pubmed></ref><ref name=Michaelson2017><pubmed>28499489</pubmed></ref>(Brunskill et al., 2005; Michaelson et al., 2017)。また、[[ドーパミン]]作動性神経系の調節や、精神機能維持における重要性が、ヒト遺伝学的研究からも強く示唆されている<ref name=Kamnasaran2003><pubmed>12746393</pubmed></ref><ref name=Pickard2009><pubmed>18317462</pubmed></ref>(Kamnasaran et al., 2003; Pickard et al., 2009)。
=== NPAS4 ===
 [[NXF]]([[neuronal transcription factor]]), [[Le-PAS]]([[limbic system expressed PAS protein]])など、複数の名称で報告されてきた<ref name=Ooe2004><pubmed>14701734</pubmed></ref><ref name=Moser2004><pubmed>15363889</pubmed></ref><ref name=Shamloo2006><pubmed>17156197</pubmed></ref>(Ooe et al., 2004; Moser et al., 2004; Shamloo et al. 2006)。最も顕著な特徴は、神経活動(特に[[興奮性シナプス]]入力や、それに伴う細胞内[[カルシウム]]濃度の上昇)に応答して、ニューロン内で迅速かつ一過的に転写が活性化される[[最初期遺伝子]]([[IEG]])である点である<ref name=Lin2008><pubmed>18815592</pubmed></ref>(Lin et al., 2008)。主に興奮性ニューロンで発現するが<ref name=Lin2008><pubmed>18815592</pubmed></ref><ref name=Bloodgood2013><pubmed>24201284</pubmed></ref>(Lin et al., 2008; Bloodgood et al., 2013)、抑制性ニューロンでの発現も報告されている<ref name=Spiegel2014><pubmed>noPMID</pubmed></ref><ref name=Yoshihara2014><pubmed>25088421</pubmed></ref>(Spiegel et al., 2014; Yoshihara et al., 2014)。海馬、大脳皮質、[[扁桃体]]、線条体、嗅球などの脳領域で高発現し、神経活動依存的な遺伝子発現プログラムを制御するマスターレギュレーターとして機能し、特に[[抑制性シナプス]]の形成・維持を通じた神経回路の[[恒常性]]維持、[[シナプス可塑性]]、学習・記憶形成に不可欠な役割を担うことが明らかにされている<ref name=Lin2008><pubmed>18815592</pubmed></ref><ref name=Bloodgood2013><pubmed>24201284</pubmed></ref><ref name=Ramamoorthi2011><pubmed>22194569</pubmed></ref><ref name=Spiegel2014><pubmed>noPMID</pubmed></ref><ref name=Yoshihara2014><pubmed>25088421</pubmed></ref><ref name=Yoshihara2014><pubmed>25088421</pubmed></ref><ref name=Sun2022><pubmed>36343253</pubmed></ref>(Lin et al., 2008; Bloodgood et al., 2013; Ramamoorthi et al., 2011; Spiegel et al., 2014; Yoshihara et al., 2014; Sun & Lin, 2016)('''図3''')。


== 発現 ==
== 発現 ==
NPASファミリーメンバーの発現は、組織および細胞レベルで特異的なパターンを示す。
 NPASファミリーメンバーは、組織および細胞レベルで特異的な発現パターンを示す。


=== 組織分布 ===
=== 組織分布 ===
==== NPAS1 ====
==== NPAS1 ====
:主に脳と脊髄で発現しており<ref name=Hogenesch1997><pubmed>9079689</pubmed></ref><ref name=Michaelson2017><pubmed>28499489</pubmed></ref>(Hogenesch et al. 1997; Michaelson et al. 2017)、肺などでも検出される<ref name=Lopez-Mejia2025><pubmed>39981666</pubmed></ref>(Lopez-Mejia et al. 2025)。低酸素状態に応答して一部の細胞で発現が誘導されることがある<ref name=Makino2002><pubmed>12119283</pubmed></ref>(Makino et al., 2002)。
 主に脳と脊髄で発現しており<ref name=Hogenesch1997><pubmed>9079689</pubmed></ref><ref name=Michaelson2017><pubmed>28499489</pubmed></ref>(Hogenesch et al. 1997; Michaelson et al. 2017)、[[肺]]などでも検出される<ref name=Lopez-Mejia2025><pubmed>39981666</pubmed></ref>(Lopez-Mejia et al. 2025)。[[低酸素]]状態に応答して一部の細胞で発現が誘導されることがある<ref name=Makino2002><pubmed>12119283</pubmed></ref>(Makino et al., 2002)。
==== NPAS2 ====
==== NPAS2 ====
:中枢神経系では、概日リズムの中枢である視交叉上核(SCN)に加えて、大脳皮質、海馬、線条体などの前脳領域で広く発現している(Reick et al., 2001)。末梢組織では、肝臓、腎臓、肺、心臓などでも発現が確認されている<ref name=Hogenesch1997><pubmed>9079689</pubmed></ref><ref name=Storch2002><pubmed>11967526</pubmed></ref>(Hogenesch et al., 1997; Storch et al., 2002)。SCNや肝臓においては、そのmRNAおよびタンパク質レベルが概日周期に従ってリズミカルに変動することが知られている<ref name=Reick2001><pubmed>11441147</pubmed></ref>(Reick et al., 2001; Storch et al., 2002)。
 中枢神経系では、[[概日リズム]]の中枢である[[視交叉上核]]([[suprachiasmatic nucleus]], [[SCN]])に加えて、大脳皮質、[[海馬]]、[[線条体]]などの[[前脳]]領域で広く発現している<ref name=Reick2001 />(Reick et al., 2001)。末梢組織では、[[肝臓]]、[[腎臓]]、肺、[[心臓]]などでも発現が確認されている<ref name=Hogenesch1997><pubmed>9079689</pubmed></ref><ref name=Storch2002><pubmed>11967526</pubmed></ref>(Hogenesch et al., 1997; Storch et al., 2002)。SCNや肝臓においては、そのmRNAおよびタンパク質レベルが[[概日周期]]に従ってリズミカルに変動することが知られている<ref name=Reick2001><pubmed>11441147</pubmed></ref>(Reick et al., 2001; Storch et al., 2002)。
==== NPAS3 ====
==== NPAS3 ====
:発現は主に中枢神経系に限局しており、特に高レベルの発現を示す領域として、海馬(とりわけ歯状回の顆粒細胞)、嗅球、線条体、大脳皮質(特に辺縁皮質)、視床、松果体が挙げられる<ref name=Brunskill2005><pubmed>16190882</pubmed></ref><ref name=Michaelson2017><pubmed>28499489</pubmed></ref>(Brunskill et al., 2005; Michaelson et al. 2017)。発生期の脳においてもダイナミックな発現パターンを示し、神経系の構築に重要な役割を果たすことが示唆されている<ref name=Brunskill2005><pubmed>16190882</pubmed></ref>(Brunskill et al., 2005)。
 発現は主に中枢神経系に限局しており、特に高レベルの発現を示す領域として、[[海馬]](とりわけ[[歯状回]]の[[顆粒細胞]])、[[嗅球]]、[[線条体]]、[[大脳皮質]](特に[[辺縁皮質]])、[[視床]]、[[松果体]]が挙げられる<ref name=Brunskill2005><pubmed>16190882</pubmed></ref><ref name=Michaelson2017><pubmed>28499489</pubmed></ref>(Brunskill et al., 2005; Michaelson et al. 2017)。発生期の脳においてもダイナミックな発現パターンを示し、神経系の構築に重要な役割を果たすことが示唆されている<ref name=Brunskill2005><pubmed>16190882</pubmed></ref>(Brunskill et al., 2005)。


==== NPAS4 ====
==== NPAS4 ====