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(ページの作成:「ヒアルロン酸(HA)はグルクロン酸とN-アセチルグルコサミンの2糖が直鎖上に交互に結合した繰り返し構造よりなるグリコサミノグリカン鎖の一種である。脳の細胞外マトリックスの主要な構成成分として細胞に構造的な枠組みを与える。高い水和力があるという物性に加え,HA結合コンドロイチン硫酸プロテオグリカンなどの結合マトリックス分子…」) |
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ヒアルロン酸(HA)はグルクロン酸とN-アセチルグルコサミンの2糖が直鎖上に交互に結合した繰り返し構造よりなるグリコサミノグリカン鎖の一種である。脳の細胞外マトリックスの主要な構成成分として細胞に構造的な枠組みを与える。高い水和力があるという物性に加え,HA結合コンドロイチン硫酸プロテオグリカンなどの結合マトリックス分子による構造によっても多様な機能が発揮される。 | |||
構造 | |||
ヒアルロン酸(HA)は,カール・マイヤーとジョン・パルマーによって1934年に牛の硝子体から発見された。HAの分子構造は,N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)とグルクロン酸(GlcA)の繰り返し単位から構成されており,これらの単位は交互にb-1,3とb-1,4結合で連結されている(図1A)。この2糖繰り返しのポリマーは,分子量が非常に高く,105から107 Daの範囲である[1]<ref name=Itano2008><pubmed>18390876</pubmed></ref>。 | |||
発現 | |||
HAは,脊椎動物のほとんどの支持組織の細胞外マトリックス(ECM)の主要な構成成分として,細胞の構造的枠組みを提供している。脳ECMは,神経細胞とグリア細胞によって分泌されるグリコサミノグリカン,プロテオグリカン,およびグリコプロテインからなるネットワークである。それらの中でもHAとHA結合コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(レクティカンファミリー)は重要な成分である。 | |||
最初の哺乳類ヒアルロン酸合成酵素(HAS)遺伝子は,機能的発現クローニングによりItanoらにより同定され, HAS1と命名された[2]<ref name=Itano1996><pubmed>8626618</pubmed></ref>。HAの産生に欠陥のあるマウス乳がん細胞にHAS1cDNAを導入することによりHAの合成とマトリックス形成を誘導した。さらに別グループにより2つのHA合成酵素,HAS2とHAS3が,縮重RT-PCR法を用いて同定された[3, 4]。3つの遺伝子の構造は,哺乳類種間で進化的によく保存されている[5]<ref name=Spicer1998><pubmed>9442026</pubmed></ref>。哺乳類のHASには,7つの推定膜貫通領域が含まれており,そのうち2つはN末端側に,5つはC末端側に位置している(図1B)[6]<ref name=Itano2002><pubmed>12512858</pubmed></ref>。大きな細胞質ループには,推定される糖転移酵素の触媒部位とUDP結合モチーフが含まれている。マウスHAS1タンパク質の細胞質ループにおけるアミノ酸のサイト特異的突然変異法により,糖転移酵素活性に責任を有するドメイン構造とアミノ酸残基が同定された [7]<ref name=Yoshida2000><pubmed>10617644</pubmed></ref>。 | |||
各HASアイソフォームは活性,HA鎖合成速度,および安定性において異なる [8, 9]。例えば,HAS2は比較的高い分子量のHAを合成する傾向があるのに対し,HAS3はより低い分子量のHAを合成することが示唆されている。各アイソフォームによって合成される長さの異なるHAは異なる生理的機能をもつと考えられている。したがって,複数のHASアイソフォームが存在するのは,異なる酵素的性質を有する複数の酵素が機能的に補完し合っているためであると推定されている。 | |||
脳ではHAは,拡散型ECMと凝縮型ECMという2つの異なるタイプのECMを形成する[10, 11]。拡散型ECMは,脳実質全体に見られる生理食塩水および界面活性剤に可溶性の緩い構造で構成されている。凝縮型ECMは凝集体を形成し,尿素による変性後にのみ組織から抽出可能である。PVニューロンなどのニューロンの亜集団を取り囲むペリニューロナルネット(PNN)は,凝縮型ECMの代表的な例である [12]<ref name=Fawcett2019><pubmed>31263252</pubmed></ref>。興味深いことに,PNNを有する神経細胞は,中枢神経系の領域と発達段階に応じてHASの発現が異なる[13]<ref name=Kwok2011><pubmed>21898855</pubmed></ref>。小脳核と視覚野の神経細胞はHAS2とHAS3を発現し,脊髄の神経細胞はHAS1とHAS3を発現する。ただし,発達中の脊髄ではHAS1とHAS3が発現しているが,成熟した脊髄ではHAS3のみが同定されている。異なる長さのHAを合成する異なるHASは,HAマトリックスに異なる構造と機械的特性をもたらす可能性がある。HASはHAポリマーを合成し細胞表面から分泌する際に,成長中のポリマーを保持するため,PNNのアンカー分子として機能する可能性がある(図1C)[12,14]。 | |||
== | 機能・疾患とのかかわり | ||
[ | HAは脳の細胞外マトリックスの主要な構成成分である。Has1 KO,Has2 cKOおよびHas3 KOマウスは,いずれもてんかん様活動を示す。このうち,Has3 KOマウスはてんかん発作の頻度が最も高く,海馬のHAマトリックスの著しい減少を示した[15]<ref name=Arranz2014><pubmed>24790187</pubmed></ref>。ちなみに,このHas3 KOマウスではPNN形成には影響を及ぼさずに細胞外空間(ECS)が減少した。その高い水和力のため,HAの欠乏は脳の細胞外スペース容積の減少をもたらす。細胞外スペース容積の減少は,主にエファプス相互作用の増強と細胞外カリウム濃度の上昇により,てんかん様活動を促進すると考察している。Mukhinaらが,海馬におけるHAの消化が出生後早期にけいれんを引き起こすかどうか試したところ,ヒアルロニダーゼの投与が新生児動物において聴覚誘発性けいれんを促進することが示された。HAを酵素消化した後の海馬組織のトランスクリプトーム解析では,炎症反応に関連するタンパク質の遺伝子発現が増加していることが明らかになった[16]<ref name=Balashova2019><pubmed>31632233</pubmed></ref>。 | ||
関連した研究として,HAがグルタミン酸のクリアランスを促進することで興奮性シグナルを遮断するのに役立つことが報告された。ヒアルロニダーゼ処理はラット海馬培養においてニューロンを活性化し,グルタミン酸興奮毒性によるニューロン損傷を引き起こした。さらに,グリア型グルタミン酸トランスポーター1 (GLT1)をアストロサイトの細胞プロセスにリクルートする分子としてCD44は除外され,その代わり3つのHASアイソフォームすべての関与が示された[17]<ref name=Hayashi2019><pubmed>31188471</pubmed></ref>。過剰な細胞外グルタミン酸は,興奮毒性によるニューロン損傷を引き起こし多くの精神疾患に関与することが知られており,HAがグルタミン酸のクリアランス促進に働くことは興味深い研究結果である。 | |||
HAS2は,ミエリン鞘の形成にも関与しており,Has2 cKOマウスではミエリン鞘の異常が増加し,その結果,ミエリン層がより不均一になり軸索の直径が減少する。脳梁のECS拡大と水拡散率の低下が観察された[18]<ref name=Sherpa2000><pubmed>31175541</pubmed></ref>。 | |||
HA研究の手法として,Has遺伝子 KOマウス利用やヒアルロニダーゼ消化以外にHAS阻害剤の4-メチルウンベルリフェロン(4-MU)を使うことがある[19, 20]。4-MU経口投与によるHA合成の阻害は,PNNと拡散型ECMを破壊し,アストロサイトネットワークを減少させ,ECSの体積を増大させ,ECSの幾何学構造を変容させた[21]<ref name=Syková2025><pubmed>39753300</pubmed></ref>。この結果は,ECMの破壊がECSにおけるイオン,神経伝達物質,神経活性物質の輸送効率を向上させ,これによりシナプス外伝達を介した広範な神経細胞間コミュニケーションを可能にすることを示唆している。 | |||
HAは凝縮型ECM構造であるPNNやランビエ絞輪,軸索被膜のECMなどの枠組みとしても重要である。したがってアグリカン、ブレビカンなどのHA結合コンドロイチン硫酸プロテオグリカンなどを介した多様な機能も知られているが[12]<ref name=Fawcett2019><pubmed>31263252</pubmed></ref>、記述は他の記事にゆだねる。 | |||
文献 | |||
2025年7月15日 (火) 10:51時点における版
ヒアルロン酸(HA)はグルクロン酸とN-アセチルグルコサミンの2糖が直鎖上に交互に結合した繰り返し構造よりなるグリコサミノグリカン鎖の一種である。脳の細胞外マトリックスの主要な構成成分として細胞に構造的な枠組みを与える。高い水和力があるという物性に加え,HA結合コンドロイチン硫酸プロテオグリカンなどの結合マトリックス分子による構造によっても多様な機能が発揮される。
構造 ヒアルロン酸(HA)は,カール・マイヤーとジョン・パルマーによって1934年に牛の硝子体から発見された。HAの分子構造は,N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)とグルクロン酸(GlcA)の繰り返し単位から構成されており,これらの単位は交互にb-1,3とb-1,4結合で連結されている(図1A)。この2糖繰り返しのポリマーは,分子量が非常に高く,105から107 Daの範囲である[1][1]。
発現 HAは,脊椎動物のほとんどの支持組織の細胞外マトリックス(ECM)の主要な構成成分として,細胞の構造的枠組みを提供している。脳ECMは,神経細胞とグリア細胞によって分泌されるグリコサミノグリカン,プロテオグリカン,およびグリコプロテインからなるネットワークである。それらの中でもHAとHA結合コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(レクティカンファミリー)は重要な成分である。 最初の哺乳類ヒアルロン酸合成酵素(HAS)遺伝子は,機能的発現クローニングによりItanoらにより同定され, HAS1と命名された[2][2]。HAの産生に欠陥のあるマウス乳がん細胞にHAS1cDNAを導入することによりHAの合成とマトリックス形成を誘導した。さらに別グループにより2つのHA合成酵素,HAS2とHAS3が,縮重RT-PCR法を用いて同定された[3, 4]。3つの遺伝子の構造は,哺乳類種間で進化的によく保存されている[5][3]。哺乳類のHASには,7つの推定膜貫通領域が含まれており,そのうち2つはN末端側に,5つはC末端側に位置している(図1B)[6][4]。大きな細胞質ループには,推定される糖転移酵素の触媒部位とUDP結合モチーフが含まれている。マウスHAS1タンパク質の細胞質ループにおけるアミノ酸のサイト特異的突然変異法により,糖転移酵素活性に責任を有するドメイン構造とアミノ酸残基が同定された [7][5]。 各HASアイソフォームは活性,HA鎖合成速度,および安定性において異なる [8, 9]。例えば,HAS2は比較的高い分子量のHAを合成する傾向があるのに対し,HAS3はより低い分子量のHAを合成することが示唆されている。各アイソフォームによって合成される長さの異なるHAは異なる生理的機能をもつと考えられている。したがって,複数のHASアイソフォームが存在するのは,異なる酵素的性質を有する複数の酵素が機能的に補完し合っているためであると推定されている。 脳ではHAは,拡散型ECMと凝縮型ECMという2つの異なるタイプのECMを形成する[10, 11]。拡散型ECMは,脳実質全体に見られる生理食塩水および界面活性剤に可溶性の緩い構造で構成されている。凝縮型ECMは凝集体を形成し,尿素による変性後にのみ組織から抽出可能である。PVニューロンなどのニューロンの亜集団を取り囲むペリニューロナルネット(PNN)は,凝縮型ECMの代表的な例である [12][6]。興味深いことに,PNNを有する神経細胞は,中枢神経系の領域と発達段階に応じてHASの発現が異なる[13][7]。小脳核と視覚野の神経細胞はHAS2とHAS3を発現し,脊髄の神経細胞はHAS1とHAS3を発現する。ただし,発達中の脊髄ではHAS1とHAS3が発現しているが,成熟した脊髄ではHAS3のみが同定されている。異なる長さのHAを合成する異なるHASは,HAマトリックスに異なる構造と機械的特性をもたらす可能性がある。HASはHAポリマーを合成し細胞表面から分泌する際に,成長中のポリマーを保持するため,PNNのアンカー分子として機能する可能性がある(図1C)[12,14]。
機能・疾患とのかかわり HAは脳の細胞外マトリックスの主要な構成成分である。Has1 KO,Has2 cKOおよびHas3 KOマウスは,いずれもてんかん様活動を示す。このうち,Has3 KOマウスはてんかん発作の頻度が最も高く,海馬のHAマトリックスの著しい減少を示した[15][8]。ちなみに,このHas3 KOマウスではPNN形成には影響を及ぼさずに細胞外空間(ECS)が減少した。その高い水和力のため,HAの欠乏は脳の細胞外スペース容積の減少をもたらす。細胞外スペース容積の減少は,主にエファプス相互作用の増強と細胞外カリウム濃度の上昇により,てんかん様活動を促進すると考察している。Mukhinaらが,海馬におけるHAの消化が出生後早期にけいれんを引き起こすかどうか試したところ,ヒアルロニダーゼの投与が新生児動物において聴覚誘発性けいれんを促進することが示された。HAを酵素消化した後の海馬組織のトランスクリプトーム解析では,炎症反応に関連するタンパク質の遺伝子発現が増加していることが明らかになった[16][9]。
関連した研究として,HAがグルタミン酸のクリアランスを促進することで興奮性シグナルを遮断するのに役立つことが報告された。ヒアルロニダーゼ処理はラット海馬培養においてニューロンを活性化し,グルタミン酸興奮毒性によるニューロン損傷を引き起こした。さらに,グリア型グルタミン酸トランスポーター1 (GLT1)をアストロサイトの細胞プロセスにリクルートする分子としてCD44は除外され,その代わり3つのHASアイソフォームすべての関与が示された[17][10]。過剰な細胞外グルタミン酸は,興奮毒性によるニューロン損傷を引き起こし多くの精神疾患に関与することが知られており,HAがグルタミン酸のクリアランス促進に働くことは興味深い研究結果である。
HAS2は,ミエリン鞘の形成にも関与しており,Has2 cKOマウスではミエリン鞘の異常が増加し,その結果,ミエリン層がより不均一になり軸索の直径が減少する。脳梁のECS拡大と水拡散率の低下が観察された[18][11]。
HA研究の手法として,Has遺伝子 KOマウス利用やヒアルロニダーゼ消化以外にHAS阻害剤の4-メチルウンベルリフェロン(4-MU)を使うことがある[19, 20]。4-MU経口投与によるHA合成の阻害は,PNNと拡散型ECMを破壊し,アストロサイトネットワークを減少させ,ECSの体積を増大させ,ECSの幾何学構造を変容させた[21][12]。この結果は,ECMの破壊がECSにおけるイオン,神経伝達物質,神経活性物質の輸送効率を向上させ,これによりシナプス外伝達を介した広範な神経細胞間コミュニケーションを可能にすることを示唆している。 HAは凝縮型ECM構造であるPNNやランビエ絞輪,軸索被膜のECMなどの枠組みとしても重要である。したがってアグリカン、ブレビカンなどのHA結合コンドロイチン硫酸プロテオグリカンなどを介した多様な機能も知られているが[12][6]、記述は他の記事にゆだねる。
文献
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Itano, N., & Kimata, K. (2002).
Mammalian hyaluronan synthases. IUBMB life, 54(4), 195-9. [PubMed:12512858] [WorldCat] [DOI] - ↑
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In vitro synthesis of hyaluronan by a single protein derived from mouse HAS1 gene and characterization of amino acid residues essential for the activity. The Journal of biological chemistry, 275(1), 497-506. [PubMed:10617644] [WorldCat] [DOI] - ↑ 6.0 6.1
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Balashova, A., Pershin, V., Zaborskaya, O., Tkachenko, N., Mironov, A., Guryev, E., ..., & Mukhina, I. (2019).
Enzymatic Digestion of Hyaluronan-Based Brain Extracellular Matrix in vivo Can Induce Seizures in Neonatal Mice. Frontiers in neuroscience, 13, 1033. [PubMed:31632233] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Hayashi, M.K., Nishioka, T., Shimizu, H., Takahashi, K., Kakegawa, W., Mikami, T., ..., & Sato, K. (2019).
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Sherpa, A.D., Guilfoyle, D.N., Naik, A.A., Isakovic, J., Irie, F., Yamaguchi, Y., ..., & Hrabetova, S. (2020).
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Syková, E., Voříšek, I., Starčuk, Z., Kratochvíla, J., Pavlova, I., Ichikawa, Y., ..., & Žilka, N. (2025).
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