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略称:ICAM-5 | |||
ICAM-5 (telencephalin) | |||
略称:ICAM-5 | |||
1 要旨 | |||
ICAM-5は神経細胞に発現する唯一のICAMファミリー分子であり、脳高次機能を担当する終脳領域の神経細胞に特異的に発現している。神経細胞においては、未熟なシナプスを形成する樹状突起フィロポディアやスパインに高い発現が見られ、スパイン成熟に抑制的に働くことが報告されている。またシナプス可塑性におけるスパイン形態調節因子としての機能や、脳神経疾患病態への関与が示唆されている。 | |||
2 発見 | |||
脊椎動物の脳は吻側から、終脳・間脳・中脳・後脳・髄脳の5つの大きなセグメント構造に分けられる。各セグメントは形態のみならず、機能的にも異なった役割を果たしている。また脳の発生・発達に伴う神経細胞の分化・移動、神経突起伸長、シナプス形成、神経回路網形成などの現象においても、セグメント構造が重要な基本単位となっている。これらのうち終脳は、感覚情報の統合、認知、学習・記憶、情動、意思決定、意識など脳の高次機能を担当する領域(大脳皮質・海馬・扁桃体・線条体など)を含んでおり、高等動物になるほど脳全体の中で終脳が占める割合が大きくなっている。テレンセファリン(ICAM-5)はこのような終脳に特異的に存在するユニークな分子である(図1)。 | |||
1987年、森憲作らは嗅覚の一次中枢である嗅球に存在する様々なタイプの神経細胞に特異的な免疫組織化学用マーカーを得る目的で、ウサギ嗅球の樹状突起間シナプトソームを抗原としてモノクローナル抗体ライブラリーを作製した。その中のひとつ271A6抗体が終脳セグメント(telencephalon)の灰白質のみを選択的にラベルすることが見出された<ref name=Mori1987><pubmed>3295872</pubmed></ref>。この271A6抗体が認識する終脳特異的抗原分子はテレンセファリン(Telencephalin: TLCN)と名付けられた<ref name=Oka1990><pubmed>2359499</pubmed></ref>。その後、多くの研究グループによりその構造・発現・機能解析が進められ、現在はICAM-5(Intercellular adhesion molecule-5)と呼ばれている。 | |||
== | 3 構造 | ||
ICAM-5は免疫グロブリン(Ig)スーパーファミリーに属するⅠ型膜蛋白質であり、アミノ末端のシグナルペプチド、9つのIgドメインから成る長い細胞外領域、細胞膜貫通領域、約60アミノ酸の細胞内領域で構成されている(図2)<ref name=Yoshihara1994><pubmed>7794412</pubmed></ref>。 | |||
ICAM-5は細胞外領域の第1 Igドメインを介して、インテグリンLFA-1(αLβ2; CD11a/CD18)と結合する<ref name=Mizuno1997><pubmed>8995416</pubmed></ref><ref name=Tian1997><pubmed>8993013</pubmed></ref>。LFA-1はミクログリアやリンパ球に発現することから、LFA-1を介したICAM-1発現抗原提示細胞またはICAM-5発現神経細胞との細胞間相互作用に対して拮抗的に機能する可能性が示唆されている。またマトリックスメタロプロテアーゼ-2(Matrix metalloproteinase: MMP-2)及びMMP-9がICAM-5の第8 Igドメインと第9 Igドメインの間を切断して、可溶性ICAM-5(soluble ICAM-5: sICAM-5)が産生・分泌される<ref name=Tian2000><pubmed>10893271</pubmed></ref><ref name=Conant2010><pubmed>20045450</pubmed></ref><ref name=Niedringhaus2012><pubmed>22912716</pubmed></ref>。可溶性ICAM-5は第1 Igドメインと第2 Igドメインを介してβ1インテグリンと結合することが報告されている。さらに、ICAM-5は第2 Igドメインを介して、細胞外マトリックス分子であるビトロネクチン(Vitronectin)に結合する<ref name=Furutani2012><pubmed>23019340</pubmed></ref>。またICAM-5同士のホモフィリック結合活性についても報告されている<ref name=Tian2000><pubmed>10893271</pubmed></ref><ref name=Recacha2014><pubmed>25004970</pubmed></ref>。ICAM-5の細胞膜貫通領域はアルツハイマー病関連分子であるプレセニリン-1(Presenilin-1)と、細胞内領域はアクチン結合タンパク質であるエズリン・ラディキシン・モエシン(Ezrin/Radixin/Moesin: ERMファミリー分子群)及び-アクチニンと結合する<ref name=Annaert2001><pubmed>11719200</pubmed></ref><ref name=Furutani2007><pubmed>17699668</pubmed></ref><ref name=NymanHuttunen2006><pubmed>16820411</pubmed></ref>。 | |||
ICAM- | 4 サブファミリー | ||
ICAM-5のIgドメインは、免疫系での細胞間相互作用に重要な役割を果たすICAM-1, -2, -3, -4と非常に高い相同性を有しており、これら5つの分子で、Igスーパーファミリーの中のICAMサブファミリーを形成する。ICAM-1, -2, -3はリンパ球・血管内皮細胞に、ICAM-4は赤血球に発現しており、ICAM-5は神経細胞に発現する唯一のICAMファミリー分子である。 | |||
5 発現 | |||
ICAM-5の発現は中枢神経系の終脳(telencephalon)のスパインを有する有棘神経細胞(spiny neuron)に特異的である<ref name=Mori1987><pubmed>3295872</pubmed></ref><ref name=Oka1990><pubmed>2359499</pubmed></ref>。例えば、大脳皮質においては錐体細胞に、嗅球においては顆粒細胞に発現している。神経細胞内では樹状突起に選択的に局在しており、軸索には存在しない<ref name=Benson1998><pubmed>9556028</pubmed></ref>。樹状突起においては樹状突起フィロポディアおよびスパインのシナプス後肥厚部近傍に局在している<ref name=Murakami1991><pubmed>1717905</pubmed></ref><ref name=Matsuno2006><pubmed>16467526</pubmed></ref>。終脳有棘神経細胞特異的な発現はICAM-5遺伝子の転写開始点から上流1.1kb以内にある発現調節エンハンサーによって制御されている<ref name=Mitsui2006><pubmed>16581979</pubmed></ref>。また神経細胞における樹状突起選択的な局在には、ICAM-5蛋白質細胞内領域C末端の17アミノ酸の配列(樹状突起選択的ソーティングモチーフ)が必要かつ十分であることが示されている(図2)<ref name=Mitsui2005><pubmed>15689548</pubmed></ref>。また他のシナプス機能分子と同様にICAM-5は脳の機能発達に依存的な発現変動を示す。マウスでは出生後から生後数週間にかけてICAM-5の発現が劇的に増加し、その後は若干減少するが、成体においても高い発現レベルが維持される<ref name=Yoshihara1994><pubmed>7794412</pubmed></ref>。末梢組織では生後ラットの下垂体やがん細胞でICAM-5の発現が確認されているが、その発現レベルは低く、機能や病態との関係については不明である<ref name=Eckstrum2016><pubmed>26789235</pubmed></ref><ref name=Maruya2005><pubmed>15975520</pubmed></ref>。 | |||
6 機能 | |||
6.1 樹状突起フィロポディア形成・維持とスパイン成熟の抑制 | |||
培養した海馬神経細胞においてICAM-5は樹状突起の未成熟シナプスを形成する樹状突起フィロポディアに豊富に発現しており、安定した成熟シナプス構造であるスパインが形成されるとその発現は低下する。ICAM-5を過剰発現させた神経細胞では樹状突起フィロポディア数が増加し、スパイン数が減少する。逆にICAM-5欠損神経細胞ではフィロポディア数が減少し、スパイン数が増加する。これらの知見よりICAM-5は樹状突起細胞膜においてフィロポディアの形成・維持に機能すると考えられる<ref name=Matsuno2006><pubmed>16467526</pubmed></ref>。神経回路発達期において樹状突起フィロポディアを維持し、スパイン成熟を抑制する機能的意義としては、シナプス形成が活発な臨界期の維持にICAM-5が寄与していると予想される。 | |||
ICAM-5のフィロポディア形成・維持メカニズムには、ICAM-5細胞内領域に結合するERMファミリーアクチン結合蛋白質(Ezrin/Radixin/Moesin)のリン酸化が必要であることが分かっている<ref name=Furutani2007><pubmed>17699668</pubmed></ref>。また細胞外マトリックス分子ビトロネクチン(Vitronectin)はICAM-5細胞外領域の第2 Igドメインと結合する。ビトロネクチンを表面にコートしたマイクロビーズを培養海馬神経細胞へかけると、フィロポディア突起構造に類似したファゴサイトーシス(食作用)様キャップ構造を形成し、ICAM-5, ERM, F-actinが集積する<ref name=Furutani2012><pubmed>23019340</pubmed></ref><ref name=Furutani2018><pubmed>30147651</pubmed></ref>。以上のことからビトロネクチンとICAM-5細胞外領域の結合が、細胞内におけるERMリン酸化、アクチン結合を誘導し、フィロポディア形成が促進されると考えられる(図3)。 | |||
6.2 シナプス可塑性との関わり | |||
ICAM-5は成熟神経細胞においても高い発現レベルを維持しており、シナプス可塑性における関与が示唆されている。ICAM-5遺伝子欠損マウスは、海馬の長期増強・陳述記憶の形成・感覚ゲーティングの亢進を示す<ref name=Nakamura2001><pubmed>11135016</pubmed></ref>。一方、ICAM-5細胞外領域に対する抗体、ICAM-5細胞外領域リコンビナント蛋白質の脳内への投与は海馬の長期増強を抑制する<ref name=Sakurai1998><pubmed>9579684</pubmed></ref>。また、長期増強を誘導するテタヌス刺激やNMDA投与はマトリックスメタロプロテアーゼ(Matrix metalloproteinase: MMP)によるICAM-5切断を誘導し、それにより産生された可溶性ICAM-5がシナプス後膜上AMPA型グルタミン酸受容体数の増加およびリン酸化、β1インテグリン依存的な長期増強誘導に関与している可能性が示唆されている<ref name=Conant2010><pubmed>20045450</pubmed></ref><ref name=Niedringhaus2012><pubmed>22912716</pubmed></ref><ref name=Lonskaya2013><pubmed>23844251</pubmed></ref>。 | |||
長期増強現象において、グルタミン酸受容体数の増加とともにスパイン面積が増大することが知られており、これらの変化がシナプス可塑性の分子的・構造的基盤であると考えられている<ref name=Matsuzaki2004><pubmed>15190253</pubmed></ref>。ICAM-5は発達期の神経細胞においてスパイン成熟を抑制する機能を持つことから、シナプス可塑性においてスパイン形態調節因子として関与する可能性が推測されているが、このメカニズムについては未だ不明な点が多く、今後の解明が待たれる。 | |||
シナプス可塑性の一つである長期増強現象において、グルタミン酸受容体数の増加とともにスパイン面積が増大することが知られており、これらの変化がシナプス可塑性の分子的・構造的基盤であると考えられている<ref name=Matsuzaki2004><pubmed>15190253</pubmed></ref>。ICAM-5は発達期の神経細胞において樹状突起フィロポディアを形成・維持し、スパイン成熟を抑制する機能を持つ。ICAM-5は成熟神経細胞においても高い発現レベルを維持しているため、シナプス可塑性におけるスパイン形態調節因子として関与する可能性がある。ICAM-5遺伝子欠損マウスにおいて、海馬の長期増強・陳述記憶の形成・感覚ゲーティングの亢進が報告されている。一方、ICAM-5細胞外領域に対する抗体、ICAM-5細胞外領域リコンビナント蛋白質の脳内への投与は海馬長期増強を抑制する<ref name=Nakamura2001><pubmed>11135016</pubmed></ref><ref name=Sakurai1998><pubmed>9579684</pubmed></ref>。 | |||
長期増強を誘導するテタヌス刺激やNMDA投与は、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP:matrix metalloproteinase)ファミリーに属するMMP-2, MMP-9の産生を誘導することが知られている<ref name=Meighan2007><pubmed>17587312</pubmed></ref><ref name=Nagy2006><pubmed>16481424</pubmed></ref>。神経活動依存的に分泌されるMMP-9は、ICAM-5細胞外領域の第8 Igドメインと第9 Igドメインの間を切断し、可溶性ICAM-5 (sICAM-5)を産生する<ref name=Conant2010><pubmed>20045450</pubmed></ref><ref name=Niedringhaus2012><pubmed>22912716</pubmed></ref>。sICAM-5はβ1インテグリン依存的な長期増強調節メカニズムに関与していることが示唆されており、MMP阻害剤およびβ1インテグリン抗体で処理した神経細胞では長期増強は抑制される<ref name=Furutani2018><pubmed>30147651</pubmed></ref><ref name=Nakamura2001><pubmed>11135016</pubmed></ref><ref name=Sakurai1998><pubmed>9579684</pubmed></ref>。したがって活動依存的なMMPによるICAM-5切断は、ICAM-5によるスパイン成熟抑制の解除に働き、その結果スパイン面積の増大が起こり、長期増強が維持される可能性が示唆される。 | |||
7 疾患との関わり | |||
7.1 可溶性ICAM-5と神経疾患 | |||
ウイルス性脳脊髄炎や多発性硬化症などの神経疾患において脳脊髄液中のsICAM5レベルが増加することが報告されている<ref name=Lindsberg2002><pubmed>11839847</pubmed></ref><ref name=Yuan2017><pubmed>28580181</pubmed></ref><ref name=Birkner2019><pubmed>30915022</pubmed></ref>。sICAM-5は神経細胞間の接着やシナプス伝達調節を変化させ、脳内の神経伝達に影響を与える可能性がある<ref name=Lonskaya2013><pubmed>23844251</pubmed></ref>。一方でICAM-5は白血球や活性化ミクログリアに発現するLFA-1インテグリン(CD11a/CD18)、細胞外マトリックス分子であるビトロネクチンと結合する<ref name=Mizuno1997><pubmed>8995416</pubmed></ref><ref name=Furutani2012><pubmed>23019340</pubmed></ref>。したがって脳炎症時におけるsICAM-5レベルの増加は神経伝達調節のみならず、神経細胞と免疫細胞の接着、白血球の遊走、貪食能力を抑制し、神経保護的な役割をすることが示唆されている<ref name=Tian2009><pubmed>19144568</pubmed></ref><ref name=Irwin2000><pubmed>11007554</pubmed></ref>。脳脊髄液および血漿中のsICAM-5レベルの変化は神経疾患・脳炎症の進行度によっても変動があるため慎重な検討が必要であるが、診断のバイオマーカー候補として期待される。 | |||
7.2 脆弱性X症候群との関わり | |||
脆弱性X症候群は精神遅滞や自閉症様症状をきたす遺伝性の発達障害である。その解剖学的特徴として樹状突起スパインが細長く未熟な形態を示すことが知られている<ref name=Hinton1991><pubmed>1724112</pubmed></ref><ref name=Irwin2000><pubmed>11007554</pubmed></ref>。脆弱性X症候群はX染色体にあるFMR1遺伝子の変異によって発症することが明らかにされているが、その遺伝子産物であるFMRP(fragile X mental retardation protein)はRNA結合蛋白質であり、機能分子の翻訳調節により神経発生やシナプス可塑性を制御している。近年、ICAM-5 mRNAはFMRPの標的分子の一つであることが報告された<ref name=Pei2020><pubmed>31882402</pubmed></ref>。脆弱性X症候群モデルマウスであるFMR1遺伝子欠損マウスの神経細胞ではICAM-5の発現亢進と、ICAM-5の膜局在を抑制するカドヘリン関連分子Calsyntensinの発現低下が起きることが明らかとなった<ref name=Cheng2019><pubmed>31680833</pubmed></ref>。したがって脆弱性X症候群の病態である樹状突起スパインの形態異常や認知機能障害には、ICAM-5の発現レベルの変化および細胞膜における局在異常が関与している可能性が示唆される。 | |||
2025年10月25日 (土) 16:49時点における版
略称:ICAM-5 ICAM-5 (telencephalin)
1 要旨 ICAM-5は神経細胞に発現する唯一のICAMファミリー分子であり、脳高次機能を担当する終脳領域の神経細胞に特異的に発現している。神経細胞においては、未熟なシナプスを形成する樹状突起フィロポディアやスパインに高い発現が見られ、スパイン成熟に抑制的に働くことが報告されている。またシナプス可塑性におけるスパイン形態調節因子としての機能や、脳神経疾患病態への関与が示唆されている。
2 発見 脊椎動物の脳は吻側から、終脳・間脳・中脳・後脳・髄脳の5つの大きなセグメント構造に分けられる。各セグメントは形態のみならず、機能的にも異なった役割を果たしている。また脳の発生・発達に伴う神経細胞の分化・移動、神経突起伸長、シナプス形成、神経回路網形成などの現象においても、セグメント構造が重要な基本単位となっている。これらのうち終脳は、感覚情報の統合、認知、学習・記憶、情動、意思決定、意識など脳の高次機能を担当する領域(大脳皮質・海馬・扁桃体・線条体など)を含んでおり、高等動物になるほど脳全体の中で終脳が占める割合が大きくなっている。テレンセファリン(ICAM-5)はこのような終脳に特異的に存在するユニークな分子である(図1)。 1987年、森憲作らは嗅覚の一次中枢である嗅球に存在する様々なタイプの神経細胞に特異的な免疫組織化学用マーカーを得る目的で、ウサギ嗅球の樹状突起間シナプトソームを抗原としてモノクローナル抗体ライブラリーを作製した。その中のひとつ271A6抗体が終脳セグメント(telencephalon)の灰白質のみを選択的にラベルすることが見出された[1]。この271A6抗体が認識する終脳特異的抗原分子はテレンセファリン(Telencephalin: TLCN)と名付けられた[2]。その後、多くの研究グループによりその構造・発現・機能解析が進められ、現在はICAM-5(Intercellular adhesion molecule-5)と呼ばれている。
3 構造 ICAM-5は免疫グロブリン(Ig)スーパーファミリーに属するⅠ型膜蛋白質であり、アミノ末端のシグナルペプチド、9つのIgドメインから成る長い細胞外領域、細胞膜貫通領域、約60アミノ酸の細胞内領域で構成されている(図2)[3]。 ICAM-5は細胞外領域の第1 Igドメインを介して、インテグリンLFA-1(αLβ2; CD11a/CD18)と結合する[4][5]。LFA-1はミクログリアやリンパ球に発現することから、LFA-1を介したICAM-1発現抗原提示細胞またはICAM-5発現神経細胞との細胞間相互作用に対して拮抗的に機能する可能性が示唆されている。またマトリックスメタロプロテアーゼ-2(Matrix metalloproteinase: MMP-2)及びMMP-9がICAM-5の第8 Igドメインと第9 Igドメインの間を切断して、可溶性ICAM-5(soluble ICAM-5: sICAM-5)が産生・分泌される[6][7][8]。可溶性ICAM-5は第1 Igドメインと第2 Igドメインを介してβ1インテグリンと結合することが報告されている。さらに、ICAM-5は第2 Igドメインを介して、細胞外マトリックス分子であるビトロネクチン(Vitronectin)に結合する[9]。またICAM-5同士のホモフィリック結合活性についても報告されている[6][10]。ICAM-5の細胞膜貫通領域はアルツハイマー病関連分子であるプレセニリン-1(Presenilin-1)と、細胞内領域はアクチン結合タンパク質であるエズリン・ラディキシン・モエシン(Ezrin/Radixin/Moesin: ERMファミリー分子群)及び-アクチニンと結合する[11][12][13]。
4 サブファミリー ICAM-5のIgドメインは、免疫系での細胞間相互作用に重要な役割を果たすICAM-1, -2, -3, -4と非常に高い相同性を有しており、これら5つの分子で、Igスーパーファミリーの中のICAMサブファミリーを形成する。ICAM-1, -2, -3はリンパ球・血管内皮細胞に、ICAM-4は赤血球に発現しており、ICAM-5は神経細胞に発現する唯一のICAMファミリー分子である。
5 発現 ICAM-5の発現は中枢神経系の終脳(telencephalon)のスパインを有する有棘神経細胞(spiny neuron)に特異的である[1][2]。例えば、大脳皮質においては錐体細胞に、嗅球においては顆粒細胞に発現している。神経細胞内では樹状突起に選択的に局在しており、軸索には存在しない[14]。樹状突起においては樹状突起フィロポディアおよびスパインのシナプス後肥厚部近傍に局在している[15][16]。終脳有棘神経細胞特異的な発現はICAM-5遺伝子の転写開始点から上流1.1kb以内にある発現調節エンハンサーによって制御されている[17]。また神経細胞における樹状突起選択的な局在には、ICAM-5蛋白質細胞内領域C末端の17アミノ酸の配列(樹状突起選択的ソーティングモチーフ)が必要かつ十分であることが示されている(図2)[18]。また他のシナプス機能分子と同様にICAM-5は脳の機能発達に依存的な発現変動を示す。マウスでは出生後から生後数週間にかけてICAM-5の発現が劇的に増加し、その後は若干減少するが、成体においても高い発現レベルが維持される[3]。末梢組織では生後ラットの下垂体やがん細胞でICAM-5の発現が確認されているが、その発現レベルは低く、機能や病態との関係については不明である[19][20]。
6 機能 6.1 樹状突起フィロポディア形成・維持とスパイン成熟の抑制 培養した海馬神経細胞においてICAM-5は樹状突起の未成熟シナプスを形成する樹状突起フィロポディアに豊富に発現しており、安定した成熟シナプス構造であるスパインが形成されるとその発現は低下する。ICAM-5を過剰発現させた神経細胞では樹状突起フィロポディア数が増加し、スパイン数が減少する。逆にICAM-5欠損神経細胞ではフィロポディア数が減少し、スパイン数が増加する。これらの知見よりICAM-5は樹状突起細胞膜においてフィロポディアの形成・維持に機能すると考えられる[16]。神経回路発達期において樹状突起フィロポディアを維持し、スパイン成熟を抑制する機能的意義としては、シナプス形成が活発な臨界期の維持にICAM-5が寄与していると予想される。 ICAM-5のフィロポディア形成・維持メカニズムには、ICAM-5細胞内領域に結合するERMファミリーアクチン結合蛋白質(Ezrin/Radixin/Moesin)のリン酸化が必要であることが分かっている[12]。また細胞外マトリックス分子ビトロネクチン(Vitronectin)はICAM-5細胞外領域の第2 Igドメインと結合する。ビトロネクチンを表面にコートしたマイクロビーズを培養海馬神経細胞へかけると、フィロポディア突起構造に類似したファゴサイトーシス(食作用)様キャップ構造を形成し、ICAM-5, ERM, F-actinが集積する[9][21]。以上のことからビトロネクチンとICAM-5細胞外領域の結合が、細胞内におけるERMリン酸化、アクチン結合を誘導し、フィロポディア形成が促進されると考えられる(図3)。
6.2 シナプス可塑性との関わり ICAM-5は成熟神経細胞においても高い発現レベルを維持しており、シナプス可塑性における関与が示唆されている。ICAM-5遺伝子欠損マウスは、海馬の長期増強・陳述記憶の形成・感覚ゲーティングの亢進を示す[22]。一方、ICAM-5細胞外領域に対する抗体、ICAM-5細胞外領域リコンビナント蛋白質の脳内への投与は海馬の長期増強を抑制する[23]。また、長期増強を誘導するテタヌス刺激やNMDA投与はマトリックスメタロプロテアーゼ(Matrix metalloproteinase: MMP)によるICAM-5切断を誘導し、それにより産生された可溶性ICAM-5がシナプス後膜上AMPA型グルタミン酸受容体数の増加およびリン酸化、β1インテグリン依存的な長期増強誘導に関与している可能性が示唆されている[7][8][24]。 長期増強現象において、グルタミン酸受容体数の増加とともにスパイン面積が増大することが知られており、これらの変化がシナプス可塑性の分子的・構造的基盤であると考えられている[25]。ICAM-5は発達期の神経細胞においてスパイン成熟を抑制する機能を持つことから、シナプス可塑性においてスパイン形態調節因子として関与する可能性が推測されているが、このメカニズムについては未だ不明な点が多く、今後の解明が待たれる。
シナプス可塑性の一つである長期増強現象において、グルタミン酸受容体数の増加とともにスパイン面積が増大することが知られており、これらの変化がシナプス可塑性の分子的・構造的基盤であると考えられている[25]。ICAM-5は発達期の神経細胞において樹状突起フィロポディアを形成・維持し、スパイン成熟を抑制する機能を持つ。ICAM-5は成熟神経細胞においても高い発現レベルを維持しているため、シナプス可塑性におけるスパイン形態調節因子として関与する可能性がある。ICAM-5遺伝子欠損マウスにおいて、海馬の長期増強・陳述記憶の形成・感覚ゲーティングの亢進が報告されている。一方、ICAM-5細胞外領域に対する抗体、ICAM-5細胞外領域リコンビナント蛋白質の脳内への投与は海馬長期増強を抑制する[22][23]。 長期増強を誘導するテタヌス刺激やNMDA投与は、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP:matrix metalloproteinase)ファミリーに属するMMP-2, MMP-9の産生を誘導することが知られている[26][27]。神経活動依存的に分泌されるMMP-9は、ICAM-5細胞外領域の第8 Igドメインと第9 Igドメインの間を切断し、可溶性ICAM-5 (sICAM-5)を産生する[7][8]。sICAM-5はβ1インテグリン依存的な長期増強調節メカニズムに関与していることが示唆されており、MMP阻害剤およびβ1インテグリン抗体で処理した神経細胞では長期増強は抑制される[21][22][23]。したがって活動依存的なMMPによるICAM-5切断は、ICAM-5によるスパイン成熟抑制の解除に働き、その結果スパイン面積の増大が起こり、長期増強が維持される可能性が示唆される。
7 疾患との関わり 7.1 可溶性ICAM-5と神経疾患 ウイルス性脳脊髄炎や多発性硬化症などの神経疾患において脳脊髄液中のsICAM5レベルが増加することが報告されている[28][29][30]。sICAM-5は神経細胞間の接着やシナプス伝達調節を変化させ、脳内の神経伝達に影響を与える可能性がある[24]。一方でICAM-5は白血球や活性化ミクログリアに発現するLFA-1インテグリン(CD11a/CD18)、細胞外マトリックス分子であるビトロネクチンと結合する[4][9]。したがって脳炎症時におけるsICAM-5レベルの増加は神経伝達調節のみならず、神経細胞と免疫細胞の接着、白血球の遊走、貪食能力を抑制し、神経保護的な役割をすることが示唆されている[31][32]。脳脊髄液および血漿中のsICAM-5レベルの変化は神経疾患・脳炎症の進行度によっても変動があるため慎重な検討が必要であるが、診断のバイオマーカー候補として期待される。
7.2 脆弱性X症候群との関わり 脆弱性X症候群は精神遅滞や自閉症様症状をきたす遺伝性の発達障害である。その解剖学的特徴として樹状突起スパインが細長く未熟な形態を示すことが知られている[33][32]。脆弱性X症候群はX染色体にあるFMR1遺伝子の変異によって発症することが明らかにされているが、その遺伝子産物であるFMRP(fragile X mental retardation protein)はRNA結合蛋白質であり、機能分子の翻訳調節により神経発生やシナプス可塑性を制御している。近年、ICAM-5 mRNAはFMRPの標的分子の一つであることが報告された[34]。脆弱性X症候群モデルマウスであるFMR1遺伝子欠損マウスの神経細胞ではICAM-5の発現亢進と、ICAM-5の膜局在を抑制するカドヘリン関連分子Calsyntensinの発現低下が起きることが明らかとなった[35]。したがって脆弱性X症候群の病態である樹状突起スパインの形態異常や認知機能障害には、ICAM-5の発現レベルの変化および細胞膜における局在異常が関与している可能性が示唆される。
- ↑ 1.0 1.1
Mori, K., Fujita, S.C., Watanabe, Y., Obata, K., & Hayaishi, O. (1987).
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