「Intercellular adhesion molecule-5」の版間の差分

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ICAM-5 (telencephalin)
<div align="right"> 
<font size="+1">[https://researchmap.jp/matsunoht 松野(鈴木)仁美]</font><br>
''日本医科大学 先端医学研究所 ''<br>
<font size="+1">[https://researchmap.jp/yoshihiroyoshihara 吉原 良浩]</font><br>
''理化学研究所 脳神経科学研究センター システム分子行動学研究チーム''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2025年9月18日 原稿完成日:2025年10月20日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0192882 古屋敷 智之](東京科学大学大学院 医歯学総合研究科 薬理学分野)<br>
</div>
英:Intercellular adhesion molecule-5<br>
略称:ICAM-5<br>
別名:テレンセファリン (telencephalin)


{{Box|text= ICAM-5は神経細胞に発現する唯一のICAMファミリー分子であり、脳高次機能を担当する終脳領域の神経細胞に特異的に発現している。神経細胞においては、未熟なシナプスを形成する樹状突起フィロポディアやスパインに高い発現が見られ、スパイン成熟に抑制的に働くことが報告されている。またシナプス可塑性におけるスパイン形態調節因子としての機能や、脳神経疾患病態への関与が示唆されている。}}
{{Box|text= 細胞間接着因子-5 (ICAM-5、別名テレンセファリン)は神経細胞に発現する唯一のICAMファミリー分子であり、脳高次機能を担当する終脳領域の神経細胞に特異的に発現している。神経細胞においては、未熟なシナプスを形成する樹状突起フィロポディアやスパインに高い発現が見られ、スパイン成熟に抑制的に働くことが報告されている。またシナプス可塑性におけるスパイン形態調節因子としての機能や、脳神経疾患病態への関与が示唆されている。}}
==発見==
==発見==
 [[脊椎動物]]の[[脳]]は吻側から、[[終脳]]・[[間脳]]・[[中脳]]・[[後脳]]・[[髄脳]]の5つの大きなセグメント構造に分けられる。各セグメントは形態のみならず、機能的にも異なった役割を果たしている。また脳の発生・発達に伴う[[神経細胞]]の[[分化]]・[[移動]]、[[神経突起]]伸長、[[シナプス形成]]、[[神経回路網]]形成などの現象においても、セグメント構造が重要な基本単位となっている。これらのうち終脳は、感覚情報の統合、[[認知]]、[[学習]]・[[記憶]]、[[情動]]、[[意思決定]]、[[意識]]など脳の高次機能を担当する領域([[大脳皮質]]・[[海馬]]・[[扁桃体]]・[[線条体]]など)を含んでおり、高等動物になるほど脳全体の中で終脳が占める割合が大きくなっている。テレンセファリン(ICAM-5)はこのような終脳に特異的に存在するユニークな分子である(図1)。
[[ファイル:Matsuno ICM-5 Fig1.png|サムネイル|'''図1. マウス脳におけるICAM-5(テレンセファリン)の終脳特異的発現''']]
 1987年、[[森憲作]]らは[[嗅覚]]の[[一次中枢]]である[[嗅球]]に存在する様々なタイプの神経細胞に特異的な[[免疫組織化学]]用マーカーを得る目的で、[[ウサギ]]嗅球の[[樹状突起]]間[[シナプトソーム]]を[[抗原]]として[[モノクローナル抗体]]ライブラリーを作製した。その中のひとつ271A6抗体が終脳セグメント(telencephalon)の[[灰白質]]のみを選択的にラベルすることが見出された<ref name=Mori1987><pubmed>3295872</pubmed></ref>。この271A6抗体が認識する終脳特異的抗原分子はテレンセファリン(Telencephalin: TLCN)と名付けられた<ref name=Oka1990><pubmed>2359499</pubmed></ref>。その後、多くの研究グループによりその構造・発現・機能解析が進められ、現在はICAM-5 (intercellular adhesion molecule-5)と呼ばれている。
 [[脊椎動物]]の[[脳]]は吻側から、[[終脳]]・[[間脳]]・[[中脳]]・[[後脳]]・[[髄脳]]の5つの大きなセグメント構造に分けられる。各セグメントは形態のみならず、機能的にも異なった役割を果たしている。また脳の発生・発達に伴う[[神経細胞]]の[[分化]]・[[移動]]、[[神経突起]]伸長、[[シナプス形成]]、[[神経回路網]]形成などの現象においても、セグメント構造が重要な基本単位となっている。これらのうち終脳は、感覚情報の統合、[[認知]]、[[学習]]・[[記憶]]、[[情動]]、[[意思決定]]、[[意識]]など脳の高次機能を担当する領域([[大脳皮質]]・[[海馬]]・[[扁桃体]]・[[線条体]]など)を含んでおり、高等動物になるほど脳全体の中で終脳が占める割合が大きくなっている。テレンセファリン(ICAM-5)はこのような終脳に特異的に存在するユニークな分子である('''図1''')。


 1987年、[[wj:森憲作|森憲作]]らは[[嗅覚]]の[[一次中枢]]である[[嗅球]]に存在する様々なタイプの神経細胞に特異的な[[免疫組織化学]]用マーカーを得る目的で、[[ウサギ]]嗅球の[[樹状突起]]間[[シナプトソーム]]を[[抗原]]として[[モノクローナル抗体]]ライブラリーを作製した。その中のひとつ271A6抗体が終脳セグメント(telencephalon)の[[灰白質]]のみを選択的にラベルすることが見出された<ref name=Mori1987><pubmed>3295872</pubmed></ref>。この271A6抗体が認識する終脳特異的抗原分子はテレンセファリン(telencephalin: TLCN)と名付けられた<ref name=Oka1990><pubmed>2359499</pubmed></ref>。その後、多くの研究グループによりその構造・発現・機能解析が進められ、現在はICAM-5 (intercellular adhesion molecule-5)と呼ばれている。
[[ファイル:Matsuno ICM-5 Fig2.png|サムネイル|'''図2. ICAM-5の構造と結合分子''']]
==構造==
==構造==
 ICAM-5は[[免疫グロブリンスーパーファミリー|免疫グロブリン(Ig)スーパーファミリー]]に属する[[Ⅰ型膜タンパク質]]であり、アミノ末端の[[シグナルペプチド]]、9つのIgドメインから成る長い細胞外領域、細胞膜貫通領域、約60アミノ酸の細胞内領域で構成されている(図2)<ref name=Yoshihara1994><pubmed>7794412</pubmed></ref>。
 ICAM-5は[[免疫グロブリンスーパーファミリー|免疫グロブリン(Ig)スーパーファミリー]]に属する[[I型膜タンパク質]]であり、アミノ末端の[[シグナルペプチド]]、9つのIgドメインから成る長い細胞外領域、細胞膜貫通領域、約60アミノ酸の細胞内領域で構成されている('''図2''')<ref name=Yoshihara1994><pubmed>7794412</pubmed></ref>。
 ICAM-5は細胞外領域の第1 Igドメインを介して、[[インテグリン]][[LFA-1]](αLβ2; CD11a/CD18)と結合する<ref name=Mizuno1997><pubmed>8995416</pubmed></ref><ref name=Tian1997><pubmed>8993013</pubmed></ref>。LFA-1は[[ミクログリア]]や[[リンパ球]]に発現することから、LFA-1を介したICAM-1発現抗原提示細胞またはICAM-5発現神経細胞との細胞間相互作用に対して拮抗的に機能する可能性が示唆されている。また[[マトリックスメタロプロテアーゼ-2]]([[matrix metalloproteinase-2]]: [[MMP-2]])及び[[MMP-9]]がICAM-5の第8 Igドメインと第9 Igドメインの間を切断して、可溶性ICAM-5(soluble ICAM-5: sICAM-5)が産生・分泌される<ref name=Tian2000><pubmed>10893271</pubmed></ref><ref name=Conant2010><pubmed>20045450</pubmed></ref><ref name=Niedringhaus2012><pubmed>22912716</pubmed></ref>。可溶性ICAM-5は第1 Igドメインと第2 Igドメインを介して[[β1インテグリン]]と結合することが報告されている。さらに、ICAM-5は第2 Igドメインを介して、細胞外マトリックス分子であるビトロネクチン(vitronectin)に結合する<ref name=Furutani2012><pubmed>23019340</pubmed></ref>。またICAM-5同士のホモフィリック結合活性についても報告されている<ref name=Tian2000><pubmed>10893271</pubmed></ref><ref name=Recacha2014><pubmed>25004970</pubmed></ref>。
 
 ICAM-5の細胞膜貫通領域は[[アルツハイマー病]]関連分子である[[プレセニリン-1]]([[presenilin-1]])と、細胞内領域は[[アクチン]]結合タンパク質である[[エズリン]]・[[ラディキシン]]・[[モエシン]]([[Ezrin]]/[[Radixin]]/[[Moesin]]: [[ERMファミリー]]分子群)及び[[-アクチニン]]と結合する<ref name=Annaert2001><pubmed>11719200</pubmed></ref><ref name=Furutani2007><pubmed>17699668</pubmed></ref><ref name=NymanHuttunen2006><pubmed>16820411</pubmed></ref>。
 ICAM-5は細胞外領域の第1 Igドメインを介して、[[インテグリン]]の一つである[[lymphocyte function-associated antigen 1]] ([[LFA-1]]、αLβ2、[[CD11a]]/[[CD18]])と結合する<ref name=Mizuno1997><pubmed>8995416</pubmed></ref><ref name=Tian1997><pubmed>8993013</pubmed></ref>。LFA-1は[[ミクログリア]]や[[リンパ球]]に発現することから、LFA-1を介したICAM-1発現抗原提示細胞またはICAM-5発現神経細胞との細胞間相互作用に対して拮抗的に機能する可能性が示唆されている。また[[マトリックスメタロプロテアーゼ-2]]([[matrix metalloproteinase-2]]: [[MMP-2]])及び[[MMP-9]]がICAM-5の第8 Igドメインと第9 Igドメインの間を切断して、可溶性ICAM-5(soluble ICAM-5: sICAM-5)が産生・分泌される<ref name=Tian2000><pubmed>10893271</pubmed></ref><ref name=Conant2010><pubmed>20045450</pubmed></ref><ref name=Niedringhaus2012><pubmed>22912716</pubmed></ref>。可溶性ICAM-5は第1 Igドメインと第2 Igドメインを介して[[β1インテグリン]]と結合することが報告されている。さらに、ICAM-5は第2 Igドメインを介して、細胞外マトリックス分子であるビトロネクチン(vitronectin)に結合する<ref name=Furutani2012><pubmed>23019340</pubmed></ref>。またICAM-5同士のホモフィリック結合活性についても報告されている<ref name=Tian2000><pubmed>10893271</pubmed></ref><ref name=Recacha2014><pubmed>25004970</pubmed></ref>。
 
 ICAM-5の細胞膜貫通領域は[[アルツハイマー病]]関連分子である[[プレセニリン-1]]([[presenilin-1]])と、細胞内領域は[[アクチン]]結合タンパク質である[[エズリン]]・[[ラディキシン]]・[[モエシン]]([[Ezrin]]/[[Radixin]]/[[Moesin]]: [[ERMファミリー]]分子群)及び[[&alpha;-アクチニン]]と結合する<ref name=Annaert2001><pubmed>11719200</pubmed></ref><ref name=Furutani2007><pubmed>17699668</pubmed></ref><ref name=NymanHuttunen2006><pubmed>16820411</pubmed></ref>。


==サブファミリー==
==サブファミリー==
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 他のシナプス機能分子と同様にICAM-5は脳の機能発達に依存的な発現変動を示す。[[マウス]]では出生後から生後数週間にかけてICAM-5の発現が劇的に増加し、その後は若干減少するが、成体においても高い発現レベルが維持される<ref name=Yoshihara1994><pubmed>7794412</pubmed></ref>。末梢組織では生後[[ラット]]の[[下垂体]]や[[がん]]細胞でICAM-5の発現が確認されているが、その発現レベルは低く、機能や病態との関係については不明である<ref name=Eckstrum2016><pubmed>26789235</pubmed></ref><ref name=Maruya2005><pubmed>15975520</pubmed></ref>。
 他のシナプス機能分子と同様にICAM-5は脳の機能発達に依存的な発現変動を示す。[[マウス]]では出生後から生後数週間にかけてICAM-5の発現が劇的に増加し、その後は若干減少するが、成体においても高い発現レベルが維持される<ref name=Yoshihara1994><pubmed>7794412</pubmed></ref>。末梢組織では生後[[ラット]]の[[下垂体]]や[[がん]]細胞でICAM-5の発現が確認されているが、その発現レベルは低く、機能や病態との関係については不明である<ref name=Eckstrum2016><pubmed>26789235</pubmed></ref><ref name=Maruya2005><pubmed>15975520</pubmed></ref>。
 
[[ファイル:Matsuno ICM-5 Fig3.png|サムネイル|'''図3. ICAM-5による樹状突起フィロポディア形成・維持メカニズム''']]
==機能==
==機能==
===樹状突起フィロポディア形成・維持とスパイン成熟の抑制===
===樹状突起フィロポディア形成・維持とスパイン成熟の抑制===
 培養した[[海馬]]神経細胞においてICAM-5は樹状突起の未成熟シナプスを形成する樹状突起[[フィロポディア]]に豊富に発現しており、安定した成熟シナプス構造であるスパインが形成されるとその発現は低下する。ICAM-5を過剰発現させた神経細胞では樹状突起フィロポディア数が増加し、スパイン数が減少する。逆にICAM-5欠損神経細胞ではフィロポディア数が減少し、スパイン数が増加する。これらの知見よりICAM-5は樹状突起細胞膜においてフィロポディアの形成・維持に機能すると考えられる<ref name=Matsuno2006><pubmed>16467526</pubmed></ref>。神経回路発達期において樹状突起フィロポディアを維持し、スパイン成熟を抑制する機能的意義としては、シナプス形成が活発な臨界期の維持にICAM-5が寄与していると予想される。
 培養した[[海馬]]神経細胞においてICAM-5は樹状突起の未成熟シナプスを形成する樹状突起[[フィロポディア]]に豊富に発現しており、安定した成熟シナプス構造であるスパインが形成されるとその発現は低下する。ICAM-5を過剰発現させた神経細胞では樹状突起フィロポディア数が増加し、スパイン数が減少する。逆にICAM-5欠損神経細胞ではフィロポディア数が減少し、スパイン数が増加する。これらの知見よりICAM-5は樹状突起細胞膜においてフィロポディアの形成・維持に機能すると考えられる<ref name=Matsuno2006><pubmed>16467526</pubmed></ref>。神経回路発達期において樹状突起フィロポディアを維持し、スパイン成熟を抑制する機能的意義としては、シナプス形成が活発な臨界期の維持にICAM-5が寄与していると予想される。
 ICAM-5のフィロポディア形成・維持メカニズムには、ICAM-5細胞内領域に結合するERMファミリーアクチン結合タンパク質(ERMタンパク質、Ezrin/Radixin/Moesin)の[[リン酸化]]が必要であることが分かっている<ref name=Furutani2007><pubmed>17699668</pubmed></ref>。
 ICAM-5のフィロポディア形成・維持メカニズムには、ICAM-5細胞内領域に結合するERMファミリーアクチン結合タンパク質(ERMタンパク質、Ezrin/Radixin/Moesin)の[[リン酸化]]が必要であることが分かっている<ref name=Furutani2007><pubmed>17699668</pubmed></ref>。


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===シナプス可塑性との関わり===
===シナプス可塑性との関わり===
 ICAM-5は成熟神経細胞においても高い発現レベルを維持しており、[[シナプス可塑性]]における関与が示唆されている。ICAM-5遺伝子欠損マウスは、海馬の[[長期増強]]・[[陳述記憶]]の形成・感覚ゲーティングの亢進を示す<ref name=Nakamura2001><pubmed>11135016</pubmed></ref>。一方、ICAM-5細胞外領域に対する抗体、ICAM-5細胞外領域リコンビナントタンパク質の脳内への投与は海馬の長期増強を抑制する<ref name=Sakurai1998><pubmed>9579684</pubmed></ref>。また、長期増強を誘導する[[テタヌス刺激]]や[[NMDA]]投与はマトリックスメタロプロテアーゼ(Matrix metalloproteinase: MMP)によるICAM-5切断を誘導し、それにより産生された可溶性ICAM-5がシナプス後膜上[[AMPA型グルタミン酸受容体]]数の増加およびリン酸化、β1インテグリン依存的な長期増強誘導に関与している可能性が示唆されている<ref name=Conant2010><pubmed>20045450</pubmed></ref><ref name=Niedringhaus2012><pubmed>22912716</pubmed></ref><ref name=Lonskaya2013><pubmed>23844251</pubmed></ref>。
 ICAM-5は成熟神経細胞においても高い発現レベルを維持しており、[[シナプス可塑性]]における関与が示唆されている。ICAM-5遺伝子欠損マウスは、海馬の[[長期増強]]・[[陳述記憶]]の形成・感覚ゲーティングの亢進を示す<ref name=Nakamura2001><pubmed>11135016</pubmed></ref>。一方、ICAM-5細胞外領域に対する抗体、ICAM-5細胞外領域リコンビナントタンパク質の脳内への投与は海馬の長期増強を抑制する<ref name=Sakurai1998><pubmed>9579684</pubmed></ref>。また、長期増強を誘導する[[テタヌス刺激]]や[[NMDA]]投与はマトリックスメタロプロテアーゼ(Matrix metalloproteinase: MMP)によるICAM-5切断を誘導し、それにより産生された可溶性ICAM-5がシナプス後膜上[[AMPA型グルタミン酸受容体]]数の増加およびリン酸化、β1インテグリン依存的な長期増強誘導に関与している可能性が示唆されている<ref name=Conant2010><pubmed>20045450</pubmed></ref><ref name=Niedringhaus2012><pubmed>22912716</pubmed></ref><ref name=Lonskaya2013><pubmed>23844251</pubmed></ref>。
 長期増強現象において、[[グルタミン酸受容体]]数の増加とともにスパイン体積が増大することが知られており、これらの変化がシナプス可塑性の分子的・構造的基盤であると考えられている<ref name=Matsuzaki2004><pubmed>15190253</pubmed></ref>。ICAM-5は発達期の神経細胞においてスパイン成熟を抑制する機能を持つことから、シナプス可塑性においてスパイン形態調節因子として関与する可能性が推測されているが、このメカニズムについては未だ不明な点が多く、今後の解明が待たれる。
 長期増強現象において、[[グルタミン酸受容体]]数の増加とともにスパイン体積が増大することが知られており、これらの変化がシナプス可塑性の分子的・構造的基盤であると考えられている<ref name=Matsuzaki2004><pubmed>15190253</pubmed></ref>。ICAM-5は発達期の神経細胞においてスパイン成熟を抑制する機能を持つことから、シナプス可塑性においてスパイン形態調節因子として関与する可能性が推測されているが、このメカニズムについては未だ不明な点が多く、今後の解明が待たれる。


==疾患との関わり==
==疾患との関わり==
===可溶性ICAM-5と神経疾患===
===可溶性ICAM-5と神経疾患===
 [[ウイルス性脳脊髄炎]]や[[多発性硬化症]]などの神経疾患において[[脳脊髄液]]中のsICAM5レベルが増加することが報告されている<ref name=Lindsberg2002><pubmed>11839847</pubmed></ref><ref name=Yuan2017><pubmed>28580181</pubmed></ref><ref name=Birkner2019><pubmed>30915022</pubmed></ref>。sICAM-5は神経細胞間の接着や[[シナプス伝達]]調節を変化させ、脳内の神経伝達に影響を与える可能性がある<ref name=Lonskaya2013><pubmed>23844251</pubmed></ref>。一方でICAM-5は白血球や活性化ミクログリアに発現するインテグリンである、[[lymphocyte function-associated antigen 1]] [[LFA-1]], [[CD11a]]/[[CD18]])、細胞外マトリックス分子であるビトロネクチンと結合する<ref name=Mizuno1997><pubmed>8995416</pubmed></ref><ref name=Furutani2012><pubmed>23019340</pubmed></ref>。したがって脳炎症時におけるsICAM-5レベルの増加は神経伝達調節のみならず、神経細胞と免疫細胞の接着、白血球の遊走、貪食能力を抑制し、神経保護的な役割をすることが示唆されている<ref name=Tian2009><pubmed>19144568</pubmed></ref><ref name=Irwin2000><pubmed>11007554</pubmed></ref>。脳脊髄液および血漿中のsICAM-5レベルの変化は神経疾患・脳炎症の進行度によっても変動があるため慎重な検討が必要であるが、診断のバイオマーカー候補として期待される。
 [[ウイルス性脳脊髄炎]]や[[多発性硬化症]]などの神経疾患において[[脳脊髄液]]中のsICAM5レベルが増加することが報告されている<ref name=Lindsberg2002><pubmed>11839847</pubmed></ref><ref name=Yuan2017><pubmed>28580181</pubmed></ref><ref name=Birkner2019><pubmed>30915022</pubmed></ref>。sICAM-5は神経細胞間の接着や[[シナプス伝達]]調節を変化させ、脳内の神経伝達に影響を与える可能性がある<ref name=Lonskaya2013><pubmed>23844251</pubmed></ref>。一方でICAM-5は白血球や活性化ミクログリアに発現するLFA-1、細胞外マトリックス分子であるビトロネクチンと結合する<ref name=Mizuno1997><pubmed>8995416</pubmed></ref><ref name=Furutani2012><pubmed>23019340</pubmed></ref>。したがって脳炎症時におけるsICAM-5レベルの増加は神経伝達調節のみならず、神経細胞と免疫細胞の接着、白血球の遊走、貪食能力を抑制し、神経保護的な役割をすることが示唆されている<ref name=Birkner2019><pubmed>30915022</pubmed></ref><ref name=Tian2009><pubmed>19144568</pubmed></ref>。脳脊髄液および血漿中のsICAM-5レベルの変化は神経疾患・脳炎症の進行度によっても変動があるため慎重な検討が必要であるが、診断のバイオマーカー候補として期待される。


===脆弱X症候群===
===脆弱X症候群===
 [[脆弱X症候群]]は[[精神遅滞]]や[[自閉症]]様症状をきたす遺伝性の発達障害である。その解剖学的特徴として樹状突起スパインが細長く未熟な形態を示すことが知られている<ref name=Hinton1991><pubmed>1724112</pubmed></ref><ref name=Irwin2000><pubmed>11007554</pubmed></ref>。脆弱性X症候群はX染色体にある[[FMR1]]遺伝子の変異によって発症することが明らかにされているが、その遺伝子産物である[[fragile X mental retardation protein]] ([[FMRP]])はRNA結合タンパク質であり、機能分子の翻訳調節により神経発生やシナプス可塑性を制御している。近年、ICAM-5 [[mRNA]]はFMRPの標的分子の一つであることが報告された<ref name=Pei2020><pubmed>31882402</pubmed></ref>。脆弱性X症候群モデルマウスであるFMR1遺伝子欠損マウスの神経細胞ではICAM-5の発現亢進と、ICAM-5の膜局在を抑制する[[カドヘリン]]関連分子[[カルシンテニン]] ([[calsyntensin]])の発現低下が起きることが明らかとなった<ref name=Cheng2019><pubmed>31680833</pubmed></ref>。したがって脆弱性X症候群の病態である樹状突起スパインの形態異常や認知機能障害には、ICAM-5の発現レベルの変化および細胞膜における局在異常が関与している可能性が示唆される。
 [[脆弱X症候群]]は[[精神遅滞]]や[[自閉症]]様症状をきたす遺伝性の発達障害である。その解剖学的特徴として樹状突起スパインが細長く未熟な形態を示すことが知られている<ref name=Irwin2000><pubmed>11007554</pubmed></ref><ref name=Hinton1991><pubmed>1724112</pubmed></ref>。脆弱性X症候群はX染色体にある[[FMR1]]遺伝子の変異によって発症することが明らかにされているが、その遺伝子産物である[[fragile X mental retardation protein]] ([[FMRP]])はRNA結合タンパク質であり、機能分子の翻訳調節により神経発生やシナプス可塑性を制御している。近年、ICAM-5 [[mRNA]]はFMRPの標的分子の一つであることが報告された<ref name=Pei2020><pubmed>31882402</pubmed></ref>。脆弱性X症候群モデルマウスであるFMR1遺伝子欠損マウスの神経細胞ではICAM-5の発現亢進と、ICAM-5の膜局在を抑制する[[カドヘリン]]関連分子[[カルシンテニン]] ([[calsyntensin]])の発現低下が起きることが明らかとなった<ref name=Cheng2019><pubmed>31680833</pubmed></ref>。したがって脆弱性X症候群の病態である樹状突起スパインの形態異常や認知機能障害には、ICAM-5の発現レベルの変化および細胞膜における局在異常が関与している可能性が示唆される。


==参考文献==
==参考文献==