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[[ファイル:Hirabayashi mitochondria Fig1.png|サムネイル|'''図1. ミトコンドリアの膜構造'''<br>ミトコンドリアは外膜 (Outer Mitochondrial Membrane: OMM)、内膜 (Inner Mitochondrial Membrane: IMM)の2つの脂質二重膜からなり、内膜は複雑に入り組んだ膜構造を示す(クリステ構造)。ミトコンドリア内膜は、2分子のリン酸基、4分子の脂肪酸鎖を有するカルジオリピンを多く含む。4分子の脂肪酸鎖を有するカルジオリピンは円錐形状を示し極性頭部を膜の内側に向けた配向を取り、これが曲率の高い複雑なクリステ構造の形成に重要であると考えられている。IMS, Intermembrane space.]] | [[ファイル:Hirabayashi mitochondria Fig1.png|サムネイル|'''図1. ミトコンドリアの膜構造'''<br>ミトコンドリアは外膜 (Outer Mitochondrial Membrane: OMM)、内膜 (Inner Mitochondrial Membrane: IMM)の2つの脂質二重膜からなり、内膜は複雑に入り組んだ膜構造を示す(クリステ構造)。ミトコンドリア内膜は、2分子のリン酸基、4分子の脂肪酸鎖を有するカルジオリピンを多く含む。4分子の脂肪酸鎖を有するカルジオリピンは円錐形状を示し極性頭部を膜の内側に向けた配向を取り、これが曲率の高い複雑なクリステ構造の形成に重要であると考えられている。IMS, Intermembrane space.]] | ||
ミトコンドリアは、真核生物における細胞小器官の一つであり、ATP合成、Ca<sup>2+</sup>取り込み、脂質合成、アミノ酸代謝など細胞の恒常性維持に必須の生化学反応の場として知られる。また、ミトコンドリアは様々なシグナル伝達の“ハブ”として機能し、細胞の増殖、細胞死、代謝調節の制御に重要な働きを担う。構造的には他のオルガネラと異なり、外膜、内膜の2つの脂質二重膜からなり、内膜は複雑に入り組んだ膜構造を示す(クリステ構造)('''図1''')。核ゲノムとは異なる独自のDNA(mitochondrial DNA: mtDNA)を有しており、電子伝達系タンパク質複合体の一部およびそれらを翻訳するためのtransfer RNA, ribosomal RNAはmtDNAにコードされている。ミトコンドリアは静的なオルガネラではなく、生合成・分裂・融合・分解を経ることで動的にその形態を変え、モータータンパク質により細胞骨格上を活発に輸送されることで局所での細胞の機能発揮を支える。 | |||
== 構造 == | == 構造 == | ||
ミトコンドリアは古典的な教科書に描かれているような球状あるいは楕円状の単一の構造ではなく、非常に多様な形態をとり、時には細長い筒状構造が連結した構造を示す。極めて長く複雑な突起を有し、細胞内の機能的区画化を示すニューロンにおいて、ミトコンドリアは細胞区画ごとにユニークな形態を示す。樹状突起においては長い筒状の構造を示し、突起が枝分かれする場合、ミトコンドリアもそれに沿った枝分かれ構造を示す。一方で、軸索においては直径数百nmから1 µmの顆粒状の構造を示し、大脳の投射ニューロンの場合にはそのおよそ半分がシナプス前部近傍に局在する。 | |||
[[ファイル:Hirabayashi mitochondria Fig2.png|サムネイル|'''図2. TCA回路、酸化的リン酸化経路'''<br>解糖系 (細胞質) によりグルコースから生成されたピルビン酸 (Pyruvate) は酸化的脱炭酸反応により2炭素のアセチルCoA (Acetyl-CoA) に変換され、TCA回路 (クエン酸回路, Krebs回路) に入る。アセチルCoA は4炭素のオキサロ酢酸 (Oxaloacetate) と結合して6炭素のクエン酸を生成する。一連の反応により、1分子のアセチルCoAから3分子のNADHと1分子のFADH<sub>2</sub>が生成される。これらはそれぞれ呼吸鎖複合体 (電子伝達系, Electron transport chain) のComplex IとComplex IIへ供給される。NADHとFADH<sub>2</sub>が持つ電子は電子伝達系に渡され、Complex I, Complex III, Complex IV (Complex I, IVのプロトンポンプとしての働き、もしくは副反応) によりH<sup>+</sup>がミトコンドリア内膜から膜間へと汲み出されH<sup>+</sup>濃度勾配が形成される。このH<sup>+</sup>濃度勾配によりComplex V (ATP合成酵素) が駆動されATPが産生される。]] | [[ファイル:Hirabayashi mitochondria Fig2.png|サムネイル|'''図2. TCA回路、酸化的リン酸化経路'''<br>解糖系 (細胞質) によりグルコースから生成されたピルビン酸 (Pyruvate) は酸化的脱炭酸反応により2炭素のアセチルCoA (Acetyl-CoA) に変換され、TCA回路 (クエン酸回路, Krebs回路) に入る。アセチルCoA は4炭素のオキサロ酢酸 (Oxaloacetate) と結合して6炭素のクエン酸を生成する。一連の反応により、1分子のアセチルCoAから3分子のNADHと1分子のFADH<sub>2</sub>が生成される。これらはそれぞれ呼吸鎖複合体 (電子伝達系, Electron transport chain) のComplex IとComplex IIへ供給される。NADHとFADH<sub>2</sub>が持つ電子は電子伝達系に渡され、Complex I, Complex III, Complex IV (Complex I, IVのプロトンポンプとしての働き、もしくは副反応) によりH<sup>+</sup>がミトコンドリア内膜から膜間へと汲み出されH<sup>+</sup>濃度勾配が形成される。このH<sup>+</sup>濃度勾配によりComplex V (ATP合成酵素) が駆動されATPが産生される。]] | ||
== 基本機能 == | == 基本機能 == | ||
=== TCA回路 === | === TCA回路 === | ||
トリカルボン酸 (tricarbonic acid; TCA)回路 (クエン酸回路, Krebs回路) は、脂肪酸やアミノ酸、ピルビン酸の酸化から生じた2炭素のアセチルCoAが、4炭素のオキサロ酢酸と結合して6炭素のクエン酸を生成する反応から始まる閉鎖型ループ反応である ('''図2''')。一連の8段階の反応により、1分子のアセチルCoAから3分子のNADHと1分子のFADH<sub>2</sub>が生成される。これらはそれぞれ呼吸鎖複合体 (電子伝達系, Electron transport chain) のComplex IとComplex IIへ供給され、最終的に酸化的リン酸化を介したATP産生に利用される。また、TCA回路は異化反応 (Catabolism) だけでなく同化反応 (Anabolism) にも重要な役割を果たし、その中間体はアミノ酸やヌクレオチドなどの生体分子の合成に寄与する。例えば、オキサロ酢酸はアスパラギン酸、α-ケトグルタル酸はグルタミン酸の前駆体として各アミノ酸の生合成に関与する。同化反応によって回路内の中間体が不足すると、回路を維持するためにアナプレロシス (anaplerosis) と呼ばれる補充経路が必要となる。代表的なアナプレロティック反応として、ピルビン酸カルボキシラーゼによって触媒されるピルビン酸からオキサロ酢酸への変換がある。 | |||
=== 酸化的リン酸化 === | === 酸化的リン酸化 === | ||
TCA回路で生成されたNADHとFADH<sub>2</sub>は、ミトコンドリア内膜に位置する呼吸鎖複合体(Complex I: NADH-ubiquinone oxidoreductase, Complex II: succinate dehydrogenase, Complex III: cytochrome | |||
Oxidative phosphorylation; OXPHOS | |||
TCA回路で生成されたNADHとFADH<sub>2</sub>は、ミトコンドリア内膜に位置する呼吸鎖複合体(Complex I: NADH-ubiquinone oxidoreductase, Complex II: succinate dehydrogenase, Complex III: cytochrome bcL、Complex IV: cytochrome C oxidase) のうち、それぞれComplex I及びComplex IIに電子を供与する。ユビキノン(コエンザイムQとも呼ばれる)は酸化還元活性を有する脂溶性の分子であり、Complex I、Complex IIにより還元されてユビキノールとなる。Complex IIIはユビキノールを酸化し、ヘムタンパク質の一種であり水溶性分子のシトクロムcを還元する。シトクロムcはComplex IVにより酸化され、酸素分子に電子を伝達することで水が生成される。この過程で放出されるエネルギーは、プロトン (H<sup>+</sup>) を膜間腔へ輸送するために使われ、H<sup>+</sup>濃度勾配が形成される。このH<sup>+</sup>濃度勾配に従ってComplex V (ATP合成酵素複合体) を通しH<sup>+</sup>がマトリックスへ流入すると、そのエネルギーによって酸化的リン酸化反応が駆動される。Complex Vは時計回りに回転すると、ADPのリン酸化により細胞のエネルギー通貨であるATPを産生する一方、H<sup>+</sup>濃度勾配や膜電位が低下すると、ATPの加水分解を駆動力としてComplex Vは逆回転し、H<sup>+</sup>を膜間腔へ押し出すことでH<sup>+</sup>濃度勾配や膜電位の回復に寄与する。定常時にこの逆回転反応はATPIF1 (ATPase inhibitor factor 1) により抑制されている。また、呼吸鎖複合体も細胞の環境に応じて電子伝達の逆回し(Reverse electron transport; RET)を行い、積極的に活性酸素種(Reactive Oxygen Species; ROS)を発生させることが知られる。 | |||
Complex IIを除くすべての呼吸鎖複合体は、核DNAとmtDNAの両方にコードされたサブユニットを持つ。複合体同士が会合し、スーパーコンプレックスが形成されることもある。さらに近年、呼吸鎖複合体構成タンパク質の一部は、脳や心臓などの非分裂細胞を含む組織において、非常にターンオーバーが遅く、数ヶ月以上残存する(長寿命タンパク質; Long-lived mitochondrial proteins; mt-LLPsである)ことが報告されている<ref name=Bomba-Warczak2021><pubmed>34259807</pubmed></ref><ref name=Krishna2021><pubmed>34715012</pubmed></ref><ref name=Li2025><pubmed>40118046</pubmed></ref>1-3。 | Complex IIを除くすべての呼吸鎖複合体は、核DNAとmtDNAの両方にコードされたサブユニットを持つ。複合体同士が会合し、スーパーコンプレックスが形成されることもある。さらに近年、呼吸鎖複合体構成タンパク質の一部は、脳や心臓などの非分裂細胞を含む組織において、非常にターンオーバーが遅く、数ヶ月以上残存する(長寿命タンパク質; Long-lived mitochondrial proteins; mt-LLPsである)ことが報告されている<ref name=Bomba-Warczak2021><pubmed>34259807</pubmed></ref><ref name=Krishna2021><pubmed>34715012</pubmed></ref><ref name=Li2025><pubmed>40118046</pubmed></ref>1-3。 | ||
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=== 分解 === | === 分解 === | ||
膜電位の低下・喪失など機能低下したミトコンドリアはオートファゴソーム膜によって隔離されリソソームによって分解される (マイトファジー)。ショウジョウバエやパーキンソン病患者の逆遺伝学的な解析から、ParkinおよびPink1 (PTEN-induced putative kinase 1) | 膜電位の低下・喪失など機能低下したミトコンドリアはオートファゴソーム膜によって隔離されリソソームによって分解される (マイトファジー)。ショウジョウバエやパーキンソン病患者の逆遺伝学的な解析から、ParkinおよびPink1 (PTEN-induced putative kinase 1) 遺伝子がマイトファジーにおいて中心的な役割を担うことが明らかになった。ミトコンドリアに局在するキナーゼであるPink1タンパク質は膜電位の低下等により活性化し、E3ユビキチンリガーゼであるParkinやユビキチンをリン酸化する。リン酸化されて活性化したParkinはミトコンドリア外膜上のタンパク質にユビキチン化修飾を施し、OPTN, NDP5, TAX1BP1などのオートファジーのアダプタータンパク質を呼び込む。Pink1タンパク質の活性化機構として、通常はミトコンドリア内膜に輸送されて切断を受け細胞質のプロテアソームによって分解されて低いレベルに保たれているが、膜電位の低下によりPink1の切断が行われず外膜に蓄積するというモデルが提唱されている<ref name=Narendra2024><pubmed>39358449</pubmed></ref>28。 | ||
一方、マイトファジーレポーターであるmito-QCマウスを用いた組織学的な解析から、発達期や若年齢から特にエネルギー需要の高い心臓や脳などの組織では定常的にマイトファジーが起きていることが分かってきた。興味深いことに、この生理的な条件下で起きるマイトファジーはParkinをノックアウトしたマウスのドーパミン産生ニューロンにおいて減少しなかった<ref name=McWilliams2018><pubmed>29337137</pubmed></ref>29。このことから、生理的な条件下ではPink1-Parkin非依存的なマイトファジー経路がミトコンドリアの品質管理に働く可能性が示唆されている。培養細胞等を用いた研究からLC3と結合しオートファゴソーム膜を誘導するレセプターがいくつか知られているが<ref name=Onishi2021><pubmed>33438778</pubmed></ref><ref name=Uoselis2023><pubmed>37708893</pubmed></ref>30,31、ニューロンにおけるそれら因子の働きについては未だよく分かっていない。 | 一方、マイトファジーレポーターであるmito-QCマウスを用いた組織学的な解析から、発達期や若年齢から特にエネルギー需要の高い心臓や脳などの組織では定常的にマイトファジーが起きていることが分かってきた。興味深いことに、この生理的な条件下で起きるマイトファジーはParkinをノックアウトしたマウスのドーパミン産生ニューロンにおいて減少しなかった<ref name=McWilliams2018><pubmed>29337137</pubmed></ref>29。このことから、生理的な条件下ではPink1-Parkin非依存的なマイトファジー経路がミトコンドリアの品質管理に働く可能性が示唆されている。培養細胞等を用いた研究からLC3と結合しオートファゴソーム膜を誘導するレセプターがいくつか知られているが<ref name=Onishi2021><pubmed>33438778</pubmed></ref><ref name=Uoselis2023><pubmed>37708893</pubmed></ref>30,31、ニューロンにおけるそれら因子の働きについては未だよく分かっていない。 | ||
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マウス大脳のグルタミン酸作動性ニューロンでは、軸索に存在するミトコンドリアのうち半分程度はシナプス前部に局在する。一方で全てのシナプス前終末にミトコンドリアが局在するわけではなく、およそ50%のシナプス前終末にミトコンドリアが局在している。シナプス前終末におけるミトコンドリア繋留メカニズムとして様々なシグナル経路やタンパク質が同定されているが、ミトコンドリア局在と非局在のシナプス前終末がどのようなメカニズムで作られるのかは未だ明らかでない。 | マウス大脳のグルタミン酸作動性ニューロンでは、軸索に存在するミトコンドリアのうち半分程度はシナプス前部に局在する。一方で全てのシナプス前終末にミトコンドリアが局在するわけではなく、およそ50%のシナプス前終末にミトコンドリアが局在している。シナプス前終末におけるミトコンドリア繋留メカニズムとして様々なシグナル経路やタンパク質が同定されているが、ミトコンドリア局在と非局在のシナプス前終末がどのようなメカニズムで作られるのかは未だ明らかでない。 | ||
シナプス前終末におけるミトコンドリアの役割として、神経発火と共に上昇した細胞質Ca<sup>2+</sup>の取り込みが明らかになっている<ref name=Lewis2018><pubmed>30479337</pubmed></ref><ref name=Vaccaro2017><pubmed>28039205</pubmed></ref><ref name=Kwon2016><pubmed>27429220</pubmed></ref>26,43,44 ('''図4''')。ミトコンドリアへのカルシウムイオン流入はミトコンドリアの内膜 (Inner | シナプス前終末におけるミトコンドリアの役割として、神経発火と共に上昇した細胞質Ca<sup>2+</sup>の取り込みが明らかになっている<ref name=Lewis2018><pubmed>30479337</pubmed></ref><ref name=Vaccaro2017><pubmed>28039205</pubmed></ref><ref name=Kwon2016><pubmed>27429220</pubmed></ref>26,43,44 ('''図4''')。ミトコンドリアへのカルシウムイオン流入はミトコンドリアの内膜 (Inner mitochondria membrane; IMM) に局在するmitochondrial calcium uniporter が担うが、mitochondrial calcium uniporterの開口は細胞質側のCa<sup>2+</sup>濃度に依存する。軸索のミトコンドリアはmitochondrial calcium uniporterのアクセサリータンパク質であるMICU3を多く発現しているため、比較的低い細胞質Ca<sup>2+</sup>濃度においてもmitochondrial calcium uniporterが開口し、細胞質Ca<sup>2+</sup>がミトコンドリアへと取り込まれる。細胞質Ca<sup>2+</sup>が取り込まれた結果、ミトコンドリア局在シナプス前終末においてはシナプス小胞の開口放出が抑制されることが明らかになっている<ref name=Ashrafi2020><pubmed>31862210</pubmed></ref>9。 | ||
シナプス前終末における、開口放出とそれに伴うエンドサイトーシス、シナプス小胞への神経伝達物質の再充填はATP消費が非常に大きな過程である<ref name=Rangaraju2014><pubmed>24529383</pubmed></ref>45。ミトコンドリアにおけるATP産生がこの過程に必須であると考えられて来た一方で、ミトコンドリア局在、非局在シナプス前終末の間でATP量に大きな差が見られないこと<ref name=Pathak2015><pubmed>26126824</pubmed></ref>46、マウス大脳皮質・海馬由来ニューロンの機能維持には解糖系によるATP産生が主要な役割を果たすことなどが報告されている。したがって、ミトコンドリアにおけるATP産生のシナプス前終末における開口放出への寄与については未だ議論が続いている。 | シナプス前終末における、開口放出とそれに伴うエンドサイトーシス、シナプス小胞への神経伝達物質の再充填はATP消費が非常に大きな過程である<ref name=Rangaraju2014><pubmed>24529383</pubmed></ref>45。ミトコンドリアにおけるATP産生がこの過程に必須であると考えられて来た一方で、ミトコンドリア局在、非局在シナプス前終末の間でATP量に大きな差が見られないこと<ref name=Pathak2015><pubmed>26126824</pubmed></ref>46、マウス大脳皮質・海馬由来ニューロンの機能維持には解糖系によるATP産生が主要な役割を果たすことなどが報告されている。したがって、ミトコンドリアにおけるATP産生のシナプス前終末における開口放出への寄与については未だ議論が続いている。 | ||
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==== オリゴデンドロサイト==== | ==== オリゴデンドロサイト==== | ||
軸索をwrappingするミエリン鞘の形成、維持には脂質(コレステロール、リン脂質、糖スフィンゴ脂質)供給が必要となり、膨大なATPを要する。およそ1gのミエリンを形成するのに約3.3×10²³個のATP分子が必要であると見積もられている<ref name=Meyer2021><pubmed>34198810</pubmed></ref> | 軸索をwrappingするミエリン鞘の形成、維持には脂質(コレステロール、リン脂質、糖スフィンゴ脂質)供給が必要となり、膨大なATPを要する。およそ1gのミエリンを形成するのに約3.3×10²³個のATP分子が必要であると見積もられている<ref name=Meyer2021><pubmed>34198810</pubmed></ref>57。このミエリン産生時期に必要な膨大なATPは主にミトコンドリアの酸化的リン酸化により担われると考えられている。実際に、ミエリン発達期のオリゴデンドロサイトにおいて、呼吸鎖複合体complexIVの構成因子であるヘムAの生合成に重要なCox10遺伝子 (heme A:farnesyltransferase gene) のノックアウトにより顕著なミエリン形成異常が起きる。一方、ミエリン形成後におけるCox10のノックアウトではミエリンや軸索機能異常は見られなかった<ref name=Funfschilling2012><pubmed>22622581</pubmed></ref>58。このことから、オリゴデンドロサイト前駆細胞 (Oligodendrocyte precursor cell; OPC) やミエリン形成を担うオリゴデンドロサイトはミトコンドリア呼吸鎖複合体によるATP産生に依存する一方で、成熟したオリゴデンドロサイトは解糖系に依存し、エネルギー代謝経路のスイッチングが起きると考えられている。このオリゴデンドロサイトの成熟におけるエネルギー代謝経路のスイッチングと一致して、オリゴデンドロサイトの成熟に伴いミトコンドリア形態や密度も変化することが知られている<ref name=Meyer2021><pubmed>34198810</pubmed></ref>57。未成熟なオリゴデンドロサイトでは長いミトコンドリアが多い一方、成熟したオリゴデンドロサイトではミトコンドリアは短い断片化した形態を示し突起部に存在する。また、長年、中枢神経系のミエリンにはミトコンドリアが存在しないと考えられてきたが、近年、ミエリンにもミトコンドリアが存在することが確認され<ref name=Rinholm2016><pubmed>26775288</pubmed></ref><ref name=Nakamura2021><pubmed>32910475</pubmed></ref><ref name=Battefeld2019><pubmed>30605675</pubmed></ref>59-61、一次突起の3分の1程度の密度ではあるが細胞質チャネルやパラノード領域に存在する。このミエリンにおけるミトコンドリアの役割についてはあまり分かっていないが、Ca<sup>2+</sup>シグナルや脂質合成の制御に関わる可能性が示唆されている。 | ||
==== 他オルガネラとの相互作用 ==== | ==== 他オルガネラとの相互作用 ==== | ||
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=== アルツハイマー病 === | === アルツハイマー病 === | ||
アルツハイマー病患者の脳ではグルコース代謝、酸素消費量が低下していることから、ミトコンドリアの機能異常がアルツハイマー病の発症に寄与する可能性が考えられている。また、ミトコンドリア機能異常とアルツハイマー病発症との関連を示すより直接的な証拠として、アルツハイマー病罹患者の死後脳の電子顕微鏡観察から、ミトコンドリアのサイズ低下やクリステ構造の異常が観察されている<ref name=Trimmer2000><pubmed>10716887</pubmed></ref>68。さらに、アルツハイマー病罹患者においてpyruvate dehydrogenaseやketoglutarate dehydrogenase | アルツハイマー病患者の脳ではグルコース代謝、酸素消費量が低下していることから、ミトコンドリアの機能異常がアルツハイマー病の発症に寄与する可能性が考えられている。また、ミトコンドリア機能異常とアルツハイマー病発症との関連を示すより直接的な証拠として、アルツハイマー病罹患者の死後脳の電子顕微鏡観察から、ミトコンドリアのサイズ低下やクリステ構造の異常が観察されている<ref name=Trimmer2000><pubmed>10716887</pubmed></ref>68。さらに、アルツハイマー病罹患者においてpyruvate dehydrogenaseやketoglutarate dehydrogenase complexeの活性低下が見られることから、ミトコンドリアのATP産生能低下がアルツハイマー病発症につながる可能性が考えられている<ref name=Bhatia2022><pubmed>33998995</pubmed></ref>69。 | ||
=== 多発性硬化症 === | === 多発性硬化症 === | ||