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<font size="+1">[https://researchmap.jp/sohtsuki | <font size="+1">[https://researchmap.jp/sohtsuki 大槻 純男]</font><br> | ||
'' | ''熊本大学大学院 生命科学研究部''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2026年3月11日 原稿完成日:2026年3月30日<br> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2026年3月11日 原稿完成日:2026年3月30日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0192882 古屋敷 智之](東京科学大学大学院 医歯学総合研究科 薬理学分野)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0192882 古屋敷 智之](東京科学大学大学院 医歯学総合研究科 薬理学分野)<br> | ||
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== グルコーストランスポーターについて == | == グルコーストランスポーターについて == | ||
[[脳]]は安静時においても全身エネルギー消費の約20%を担う高代謝臓器であり、[[グルコース]]はその[[中枢神経]]活動の主要なエネルギー源である<ref name=Attwell2001><pubmed>11598490</pubmed></ref>。グルコースは体循環から[[血液脳関門]]を介して脳へ供給された後に脳内の各細胞に分配される。しかし、水溶性化合物であるグルコースは[[生体膜]]を[[受動拡散]]で透過することができない。そのため[[膜輸送タンパク質]]であるグルコーストランスポーターがグルコースの[[膜輸送]]を担い、中枢へのグルコース供給と分配に重要な役割を担っている<ref name=Simpson2007><pubmed>17579656</pubmed></ref>。 | |||
グルコースを輸送するトランスポーターには、グルコーストランスポーター(GLUT/ | グルコースを輸送するトランスポーターには、グルコーストランスポーター(GLUT/SLC2)と[[ナトリウム・グルコース共役輸送体]]([[SGLT]]/[[SLC5]])がある<ref name=Navale2016><pubmed>28510148</pubmed></ref>。グルコーストランスポーターはグルコースを濃度勾配に従って輸送する促進拡散を担う。一方でナトリウム・グルコース共役輸送体は、ナトリウムイオンの濃度勾配を駆動力としてグルコースの能動輸送を担う。本項においては脳におけるグルコース輸送に関わるグルコーストランスポーターを概説する。なお、ナトリウム・グルコース共役輸送体は[[小腸]]におけるグルコース吸収や[[腎尿細管]]におけるグルコース再吸収に関わっている。 | ||
グルコーストランスポーターファミリーには14種類の分子が存在している。その中で中枢神経系で発現する主な分子として、[[GLUT1]]/[[SLC2A1]]、[[GLUT2]]/[[SLC2A2]]、[[GLUT3]]/[[SLC2A3]]、[[GLUT4]]/[[SLC2A4]]が知られている。 | |||
[[ファイル:6THA.pdb|サムネイル|'''図1. GLUTの立体構造'''<br>内向き開状態のGLUT1を示す。{{PDB|6THA}}より。]] | [[ファイル:6THA.pdb|サムネイル|'''図1. GLUTの立体構造'''<br>内向き開状態のGLUT1を示す。{{PDB|6THA}}より。]] | ||
[[ファイル:4ZW9.pdb|サムネイル|'''図2. GLUTの立体構造'''<br><small>D</small>-glucoseと結合した外向き開状態のGLUT3を示す。{{PDB|4ZW9}}より。]] | [[ファイル:4ZW9.pdb|サムネイル|'''図2. GLUTの立体構造'''<br><small>D</small>-glucoseと結合した外向き開状態のGLUT3を示す。{{PDB|4ZW9}}より。]] | ||
[[ファイル:Ohtsuki glucose transporter Fig3.png|サムネイル|'''GLUTのサブファミリー''']] | [[ファイル:Ohtsuki glucose transporter Fig3.png|サムネイル|'''図3. GLUTのサブファミリー''']] | ||
== 構造 == | == 構造 == | ||
グルコーストランスポーターは、[[細胞膜]]を貫通する膜輸送タンパク質であり、12本の膜貫通[[αヘリックス]]から構成されている。これらの膜貫通領域はN末端側とC末端側にそれぞれ6本ずつ配置され、両末端は細胞質側に存在する('''図1, 2''')。膜貫通領域によって形成される中央の空間がグルコース結合部位および輸送経路として機能し、細胞外側と細胞内側のいずれか一方に開いた状態をとることでグルコースを輸送する<ref name=Deng2015><pubmed>26176916</pubmed></ref><ref name=Deng2014><pubmed>24847886</pubmed></ref>。GLUT1には[[糖鎖]]付加型である55kDa型と非糖鎖付加型である45kDa型が存在する<ref name=Kumagai1994><pubmed>8038191</pubmed></ref>。 | |||
== サブファミリー == | == サブファミリー == | ||
主に3つのサブファミリー(クラスI、II、III)に分類され、14種類のメンバー(GLUT1-14/SLC2A1-14)で構成される<ref name=Ismail2022><pubmed>35955833</pubmed></ref>('''図3''')。中枢神経系においてはGLUT1が主に脳毛細血管に発現し、GLUT3が主に[[神経細胞]]に発現している。また、[[インスリン]]応答性であるGLUT4も特定の神経細胞での発現が報告されている。GLUT2は[[視床下部]][[弓状核]]や[[孤束核]]などの特定領域の細胞に発現している。GLUT1、GLUT2、GLUT3、GLUT4はクラスIに属している。 | |||
== 発現 == | == 発現 == | ||
=== GLUT1 === | === GLUT1 === | ||
多くの組織で広範に発現しているが、[[赤血球]]で高発現している。また、血液脳関門などの関門組織の[[内皮細胞]]においても高発現している。中枢神経系では、血液脳関門を構成する脳毛細血管内皮細胞の細胞膜(55kDa型)とアストロサイトの細胞膜(45kDa型)に発現する<ref name=Kumagai1994><pubmed>8038191</pubmed></ref>。脳毛細血管内皮細胞においては血液側と脳実質側の両方の細胞膜に発現している<ref name=Simpson2007><pubmed>17579656</pubmed></ref>。 | |||
脳毛細血管のGLUT1の発現は出生直後には低く、成長と共に高くなる。一方で[[ケトン体]]を輸送する[[モノカルボン酸トランスポーター1]]([[MCT1]]/[[SLC16A1]])の脳毛細血管の発現は出生直後に高く、成長と共に低くなる<ref name=Hamada2023><pubmed>37353852</pubmed></ref><ref name=Ito2011><pubmed>21254069</pubmed></ref>。この発現変化は中枢神経系に供給するエネルギーがケトン体からグルコースに変化することに関与していると考えられている。 | |||
=== GLUT2 === | === GLUT2 === | ||
主に[[肝臓]][[肝細胞]]、[[膵臓]][[β細胞]]、小腸[[上皮細胞]]、[[腎尿細管]]上皮細胞に発現している。中枢神経系では、視床下部弓状核の[[アストロサイト]]や神経細胞、孤束核の[[グリア細胞]]や神経細胞、[[第三脳室]]の[[タニサイト]]などに発現している<ref name=Koepsell2020><pubmed>32789766</pubmed></ref>。これらの細胞において、グルコース供給というより細胞外のグルコース濃度を感知する糖センサーとして機能している。 | |||
=== GLUT3 === | === GLUT3 === | ||
主に神経細胞と[[胎盤]]に発現している。神経細胞では主要なグルコーストランスポーターであり、主に[[樹状突起]]や[[軸索末端]]などの細胞膜に発現している<ref name=Simpson2008><pubmed>18577699</pubmed></ref>。神経活動により細胞膜への提示が制御されることから、神経活動に伴うエネルギー需要の充足に関わっていると考えられる<ref name=Wei2025><pubmed>41315759</pubmed></ref>。 | |||
=== GLUT4 === | === GLUT4 === | ||
主に[[骨格筋]]や[[脂肪細胞]]にインスリン応答性グルコーストランスポーターとして発現している。中枢神経系では特定の神経細胞集団に発現しており、[[ラット]]脳では[[海馬]]や視床下部の神経細胞や[[小脳]][[プルキンエ細胞]]などで発現が報告されている<ref name="El Messari1998"><pubmed>9741479</pubmed></ref>。細胞内では主に[[細胞内小胞]]に局在している。培養神経細胞では、インスリン刺激や神経活動によって細胞膜に移行し、細胞へのグルコース取込みが増加することが報告されている<ref name=Ashrafi2017><pubmed>28111082</pubmed></ref><ref name=Bakirtzi2009><pubmed>19386915</pubmed></ref>。 | |||
[[ファイル:Ohtsuki glucose transporter Fig4.png|サムネイル|'''循環血から神経細胞へのエネルギー供給経路''']] | [[ファイル:Ohtsuki glucose transporter Fig4.png|サムネイル|'''図4. 循環血から神経細胞へのエネルギー供給経路''']] | ||
== 機能 == | == 機能 == | ||
脳内のエネルギー供給については、[[アストロサイト‐ニューロン乳酸シャトル]](ANLS)仮説が提唱されている<ref name=Magistretti2018><pubmed>29515192</pubmed></ref>('''図4''')。血液脳関門のGLUT1により血液から脳へグルコースが供給される。その後、グルコースはアストロサイトに取り込まれ乳酸へ代謝され、その乳酸が神経細胞に供給される。また、血液脳関門のGLUT1により供給されたグルコースの一部はGLUT3により神経細胞に直接取り込まれる<ref name=Li2025><pubmed>41405816</pubmed></ref>('''図4''')。GLUT3によるグルコースの直接供給は神経細胞の基礎代謝を維持し、アストロサイト‐ニューロン乳酸シャトルによるエネルギー供給は急激なエネルギー需要増大への対応や局所的な代謝の安定化を担っていると考えられている。 | |||
=== GLUT1 === | === GLUT1 === | ||
[[D-グルコース|<small>D</small>-グルコース]]を主要な基質とするが、[[D-ガラクトース|<small>D</small>-ガラクトース]]、[[D-マンノース|<small>D</small>-マンノース]]、[[D-グルコサミン|<small>D</small>-グルコサミン]]も基質とする<ref name=Mueckler2013><pubmed>23506862</pubmed></ref>。血液脳関門を構成する脳毛細血管内皮細胞に発現し、循環血から脳へのグルコースの供給を担っている。また、酸化型[[ビタミンC]]である[[デヒドロアスコルビン酸]]も基質とし、血液脳関門を介した循環血から脳へのビタミンCの供給経路となっている<ref name=Agus1997><pubmed>9389750</pubmed></ref><ref name=Vera1993><pubmed>8316303</pubmed></ref>。 | |||
<small>D</small>- | |||
=== GLUT2 === | === GLUT2 === | ||
<small>D</small>-グルコースを主要な基質とするが、<small>D</small>-ガラクトース、<small>D</small>-マンノース、<small>D</small>-フルクトースも基質とする<ref name=Sun2023><pubmed>37358764</pubmed></ref> | <small>D</small>-グルコースを主要な基質とするが、<small>D</small>-ガラクトース、<small>D</small>-マンノース、<small>D</small>-フルクトースも基質とする<ref name=Sun2023><pubmed>37358764</pubmed></ref>。GLUT1やGLUT3と比較して低親和性であり、高容量の輸送活性をもつ。低親和性であるため、細胞内へのグルコース輸送速度が細胞外濃度に比例することにより、糖センサーとして機能する。第三脳室のタニサイトは脳脊髄液中のグルコース濃度を感知して近接する[[神経核]]へのシグナルを伝達する役割を担っている。孤束核においてはGLUT2発現細胞が低血糖状態を感知して[[グルカゴン]]分泌を促進するための[[交感神経]]活動を惹起するセンサーとして機能することが示唆されている。視床下部では糖の報酬価値や探索行動を制御する回路の一部として機能し、[[海馬]]においては[[記憶]]の調節に関与している可能性が示唆されている<ref name=Elizondo-Vega2019><pubmed>31040827</pubmed></ref><ref name=Sun2023><pubmed>37358764</pubmed></ref>。 | ||
=== GLUT3 === | === GLUT3 === | ||
<small>D</small>-グルコースを主要な基質とするが、<small>D</small>-ガラクトース、<small>D</small>- | <small>D</small>-グルコースを主要な基質とするが、<small>D</small>-ガラクトース、<small>D</small>-マンノース、[[キシロース]]、デヒドロアスコルビン酸も基質とする<ref name=Mueckler2013><pubmed>23506862</pubmed></ref><ref name=Vera1993><pubmed>8316303</pubmed></ref>。GLUT1やGLUT4と比較するとグルコースの親和性が高く、かつ高い輸送能を有しており、[[間液]]中の低濃度のグルコースを効率よく神経細胞に取り込むと考えられている<ref name=Simpson2008><pubmed>18577699</pubmed></ref>。また、神経活動に応じてトランスロケーションにより細胞膜上のGLUT3が増加し、[[ATP]]産生が増強されることや、記憶・[[学習]]との関連が報告されている<ref name=Li2023><pubmed>37027294</pubmed></ref><ref name=Wei2025><pubmed>41315759</pubmed></ref>。 | ||
=== GLUT4 === | === GLUT4 === | ||
<small>D</small>- | <small>D</small>-グルコースを主要な基質とし、親和性はGLUT1と同程度である。主に細胞内小胞に局在し、インスリン刺激や神経活動に応じて細胞膜へ移行することが機能的特徴である。この特徴から、特定の状況において局所的にグルコースの供給を増強する役割を果たしていると考えられる。シナプス活動の亢進時にGLUT4が軸索終末の細胞膜へ移動し、局所的なグルコース取り込みを増強することで、[[シナプス伝達]]や[[シナプス小胞]]リサイクリングを維持していると報告されている<ref name=Ashrafi2017><pubmed>28111082</pubmed></ref><ref name=Bakirtzi2009><pubmed>19386915</pubmed></ref>。 | ||
== 疾患との関わり == | == 疾患との関わり == | ||
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中枢へのグルコース供給の異常は中枢エネルギー恒常性を乱すことから、下記のとおり多数の疾患との関連が報告されている<ref name=Li2025><pubmed>41405816</pubmed></ref>。 | 中枢へのグルコース供給の異常は中枢エネルギー恒常性を乱すことから、下記のとおり多数の疾患との関連が報告されている<ref name=Li2025><pubmed>41405816</pubmed></ref>。 | ||
* | * [[てんかん]]・[[発達障害]]におけるエネルギー需給の破綻 | ||
* | * [[アルツハイマー病]]などの[[神経変性疾患]]における糖代謝低下 | ||
* | * [[脳虚血]]・[[低酸素]]におけるエネルギー供給と代謝の破綻 | ||
* | * [[糖尿病]]・[[インスリン]]抵抗性と脳内代謝シグナルの変化 | ||
上記のような疾患環境では、グルコース供給を含む血液脳関門としての脳血管機能が変化する。一方で、多数の要因が複雑に影響するため、グルコーストランスポーターと病態との因果関係は各疾患ごとに異なり、注意深く検証する必要がある。 | 上記のような疾患環境では、グルコース供給を含む血液脳関門としての脳血管機能が変化する。一方で、多数の要因が複雑に影響するため、グルコーストランスポーターと病態との因果関係は各疾患ごとに異なり、注意深く検証する必要がある。 | ||
=== GLUT1欠損症候群=== | === GLUT1欠損症候群=== | ||
指定難病248<br> | |||
SLC2A1遺伝子のヘテロ接合体変異により血液脳関門から脳内へのグルコースの供給が障害され、乳児期発症の[[てんかん性脳症]]、[[発達遅滞]]、[[痙性麻痺]]、[[運動失調]]、[[不随意運動]]などの神経症状が引き起こされる疾患であり、髄液糖の減少を特徴とする<ref name=DeVivo1991><pubmed>1714544</pubmed></ref>。てんかんは[[抗てんかん薬]]による治療抵抗性である。[[ケトン食]]療法が治療として有効であり、てんかん発作を抑制し、知的能力や運動能力を向上させる<ref name=Leen2010><pubmed>20129935</pubmed></ref>。2025年7月から[[アデノ随伴ウイルスベクター]]を用いた遺伝子治療の臨床試験が開始された<ref name=Nakamura2018><pubmed>29624790</pubmed></ref>(https://plaza.umin.ac.jp/~glut1/index.html)。 | |||
== 関連語 == | == 関連語 == | ||
* [[モノカルボン酸トランスポーター]] | |||
* [[ナトリウム・グルコース共役輸送体]] | |||
* モノカルボン酸トランスポーター | |||
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== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references /> | <references /> | ||