「筋ジストロフィー」の版間の差分

 
(同じ利用者による、間の1版が非表示)
1行目: 1行目:
{{box|text= 筋ジストロフィーは、遺伝的要因により慢性進行性の筋力低下と筋萎縮を生じる疾患群の総称である。単一の疾患ではなく、原因遺伝子、遺伝形式、発症年齢、障害される筋の分布、進行速度、筋外症状の異なる多数の病型を含む。代表的病型として、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy)、ベッカー型筋ジストロフィー(Becker muscular dystrophy)、筋強直性ジストロフィー(myotonic dystrophy)、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(facioscapulohumeral muscular dystrophy)、肢帯型筋ジストロフィー(limb-girdle muscular dystrophy)などがある[1-5]<ref name=Mercuri2013><pubmed>23465426</pubmed></ref><ref name=Birnkrant2018>'''Birnkrant DJ, Bushby K, Bann CM, et al. (2018)'''<br>Diagnosis and management of Duchenne muscular dystrophy, parts 1-3. Lancet Neurol. 17:251-267.</ref><ref name=Harper2001>'''Harper PS. (2001).'''<br>Myotonic Dystrophy. 3rd ed. London: WB Saunders</ref><ref name=Tawil2015><pubmed>26215877</pubmed></ref><ref name=Straub2018><pubmed>30055862</pubmed></ref>。近年は遺伝学的検査が診断の中心となっている。また、一部の病型では変異に応じた分子病態に基づく治療や遺伝子治療が導入されている[11,16,17]<ref name=Straub2022><pubmed>34863211</pubmed></ref><ref name=Komaki2020><pubmed>33285037</pubmed></ref><ref name=PMDA2025>Pharmaceuticals and Medical Devices Agency. Delandistrogene moxeparvovec (ELEVIDYS) for Duchenne muscular dystrophy: approval and safety information. 2025.</ref>。}}
{{box|text= 筋ジストロフィーは、遺伝的要因により慢性進行性の筋力低下と筋萎縮を生じる疾患群の総称である。単一の疾患ではなく、原因遺伝子、遺伝形式、発症年齢、障害される筋の分布、進行速度、筋外症状の異なる多数の病型を含む。代表的病型として、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy)、ベッカー型筋ジストロフィー(Becker muscular dystrophy)、筋強直性ジストロフィー(myotonic dystrophy)、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(facioscapulohumeral muscular dystrophy)、肢帯型筋ジストロフィー(limb-girdle muscular dystrophy)などがある[1-5]<ref name=Mercuri2013><pubmed>23465426</pubmed></ref><ref name=Birnkrant2018>'''Birnkrant DJ, Bushby K, Bann CM, et al. (2018)'''<br>Diagnosis and management of Duchenne muscular dystrophy, parts 1-3. Lancet Neurol. 17:251-267.</ref><ref name=Harper2001>'''Harper PS. (2001).'''<br>Myotonic Dystrophy. 3rd ed. London: WB Saunders</ref><ref name=Tawil2015><pubmed>26215877</pubmed></ref><ref name=Straub2018><pubmed>30055862</pubmed></ref>。近年は遺伝学的検査が診断の中心となっている。また、一部の病型では変異に応じた分子病態に基づく治療や遺伝子治療が導入されている[11,16,17]<ref name=Straub2022><pubmed>34863211</pubmed></ref><ref name=Komaki2020><pubmed>33285037</pubmed></ref><ref name=PMDA2025>Pharmaceuticals and Medical Devices Agency. Delandistrogene moxeparvovec (ELEVIDYS) for Duchenne muscular dystrophy: approval and safety information. 2025.</ref>。}}


== イントロダクション ==
== 筋ジストロフィーとは==
 筋ジストロフィーは、骨格筋の進行性変性と筋力低下を主徴とする遺伝性筋疾患群である。従来は臨床症候に基づいて分類されてきたが、分子遺伝学の進歩により、それぞれ異なる原因遺伝子と病態機序をもつ疾患の集合体であることが明らかになった[1,6]<ref name=Mercuri2013/><ref name=Emery2002><pubmed>11879882</pubmed></ref>。現在では50を超える病型・病型亜分類が知られており、臨床像、遺伝形式、病理所見、遺伝学的所見を統合して分類される。代表的病型の分子基盤として、デュシェンヌ型筋ジストロフィー/ベッカー型筋ジストロフィーではDMD遺伝子、筋強直性ジストロフィー1型ではDMPK遺伝子のCTGリピート伸長、2型ではCNBP遺伝子のCCTGリピート伸長、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーではDUX4異常発現、肢帯型筋ジストロフィーではCAPN3やDYSFなど複数遺伝子の異常が知られる[3-5,12,13]<ref name=Harper2001/><ref name=Tawil2015/><ref name=Straub2018/><ref name=Richard1995><pubmed>7720071</pubmed></ref><ref name=Liu1998><pubmed>9731526</pubmed></ref>。
 骨格筋の進行性変性と筋力低下を主徴とする遺伝性筋疾患群である。従来は臨床症候に基づいて分類されてきたが、分子遺伝学の進歩により、それぞれ異なる原因遺伝子と病態機序をもつ疾患の集合体であることが明らかになった[1,6]<ref name=Mercuri2013/><ref name=Emery2002><pubmed>11879882</pubmed></ref>。現在では50を超える病型・病型亜分類が知られており、臨床像、遺伝形式、病理所見、遺伝学的所見を統合して分類される。代表的病型の分子基盤として、デュシェンヌ型筋ジストロフィー/ベッカー型筋ジストロフィーでは[[Dystrophin]] ([[DMD]])遺伝子、筋強直性ジストロフィー1型では[[Dystrophia myotonica protein kinase]] ([[DMPK]])遺伝子のCTGリピート伸長、2型では[[Cellular nucleic acid binding protein]] ([[CNBP]])遺伝子のCCTGリピート伸長、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーでは[[Double homeobox 4]] ([[DUX4]])異常発現、肢帯型筋ジストロフィーでは[[Calpain 3]] ([[CAPN3]])や[[Dysferlin]] ([[DYSF]])など複数遺伝子の異常が知られる[3-5,12,13]<ref name=Harper2001/><ref name=Tawil2015/><ref name=Straub2018/><ref name=Richard1995><pubmed>7720071</pubmed></ref><ref name=Liu1998><pubmed>9731526</pubmed></ref>。


 脳科学との関連では、筋ジストロフィーは骨格筋のみの疾患ではない。デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーでは、脳内で発現するジストロフィン・アイソフォームの異常と関連して、発達、認知、行動面の変化がみられることがある。また、筋強直性ジストロフィーでは、認知機能障害、日中の過度の眠気、注意・遂行機能障害などの中枢神経症状がみられる[7-10]<ref name=Udd2012><pubmed>22995693</pubmed></ref><ref name=日本神経学会>日本神経学会. 筋強直性ジストロフィー診療ガイドライン.</ref><ref name=Hendriksen2008><pubmed>18354150</pubmed></ref><ref name=Doorenweerd2017><pubmed>28974727</pubmed></ref>。代表的筋ジストロフィーの主な特徴と中枢神経系との対応を表1に示す。
 筋ジストロフィーは骨格筋のみの疾患ではない。デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーでは、脳内で発現するジストロフィン・アイソフォームの異常と関連して、発達、認知、行動面の変化がみられることがある。また、筋強直性ジストロフィーでは、認知機能障害、日中の過度の眠気、注意・遂行機能障害などの中枢神経症状がみられる[7-10]<ref name=Udd2012><pubmed>22995693</pubmed></ref><ref name=日本神経学会>日本神経学会. 筋強直性ジストロフィー診療ガイドライン.</ref><ref name=Hendriksen2008><pubmed>18354150</pubmed></ref><ref name=Doorenweerd2017><pubmed>28974727</pubmed></ref>。代表的筋ジストロフィーの主な特徴と中枢神経系との対応を表1に示す。
{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
|+ 表1.代表的筋ジストロフィーの特徴と中枢神経系との関連
|+ 表1.代表的筋ジストロフィーの特徴と中枢神経系との関連
55行目: 55行目:


== 病態生理 ==
== 病態生理 ==
 筋ジストロフィーの病態は病型により異なるが、多くは筋線維膜(筋形質膜)の安定化、細胞骨格と細胞外マトリックスの連結、核膜機能、糖鎖修飾、膜修復(筋線維膜の微小損傷を修復する機構)、RNA代謝、転写制御などの異常に起因する[1,6]<ref name=Mercuri2013/><ref name=Emery2002/>。デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーの原因分子であるジストロフィン・タンパク質(dystrophin)の主要ドメイン構造を図1に示す。ジストロフィン・タンパク質は筋線維膜においてジストロフィン糖タンパク質複合体を形成し、細胞骨格と細胞外マトリックスを連結する。この複合体の概要を図2に示す。デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーでは、この連結機構が障害されることで筋線維膜の脆弱性が増し、その結果、筋線維壊死と再生、慢性炎症、線維化、脂肪置換が進行し、筋力低下と筋萎縮を生じる。とくにデュシェンヌ型筋ジストロフィーでは、DMD遺伝子の欠失、重複、点変異、スプライシング異常によりmRNAの読み枠が崩れると、機能的タンパク質が産生されず重症化する。一方、読み枠が保たれる場合には短縮型ジストロフィン・タンパク質が産生され、比較的軽症のベッカー型筋ジストロフィーとなることが多い。こうしたアウトオブフレーム変異とインフレーム変異の違い、およびエクソン53スキッピングによる読み枠回復の概念を図3に示す[11,16,18]<ref name=Straub2022/><ref name=Komaki2020/><ref name=Anthony2014><pubmed>24217213</pubmed></ref>。
 筋ジストロフィーの病態は病型により異なるが、多くは筋線維膜(筋形質膜)の安定化、細胞骨格と細胞外マトリックスの連結、核膜機能、糖鎖修飾、膜修復(筋線維膜の微小損傷を修復する機構)、RNA代謝、転写制御などの異常に起因する[1,6]<ref name=Mercuri2013/><ref name=Emery2002/>。デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーの原因分子であるジストロフィン・タンパク質(dystrophin)の主要ドメイン構造を'''図1'''に示す。ジストロフィン・タンパク質は筋線維膜においてジストロフィン糖タンパク質複合体を形成し、細胞骨格と細胞外マトリックスを連結する('''図2''')。デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーでは、この連結機構が障害されることで筋線維膜の脆弱性が増し、その結果、筋線維壊死と再生、慢性炎症、線維化、脂肪置換が進行し、筋力低下と筋萎縮を生じる。とくにデュシェンヌ型筋ジストロフィーでは、DMD遺伝子の欠失、重複、点変異、スプライシング異常によりmRNAの読み枠が崩れると、機能的タンパク質が産生されず重症化する。一方、読み枠が保たれる場合には短縮型ジストロフィン・タンパク質が産生され、比較的軽症のベッカー型筋ジストロフィーとなることが多い。こうしたアウトオブフレーム変異とインフレーム変異の違い、およびエクソン53スキッピングによる読み枠回復の概念を'''図3'''に示す[11,16,18]<ref name=Straub2022/><ref name=Komaki2020/><ref name=Anthony2014><pubmed>24217213</pubmed></ref>。


 さらに、多くの病型で骨格筋以外の臓器障害を伴う。心筋症や不整脈、呼吸障害、内分泌代謝異常、白内障、難聴、中枢神経症状などが代表的であり、病型特異性が高い[1,6,8]<ref name=Mercuri2013/><ref name=Emery2002/><ref name=日本神経学会/>。脳科学の観点からは、デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーにおけるジストロフィン・アイソフォーム異常に関連して、発達、認知、行動面の変化、たとえば発達遅滞、学習障害、注意障害、自閉スペクトラム症特性などがみられることがある。さらに、筋強直性ジストロフィーにおける中枢神経症候、一部の先天性筋ジストロフィーや肢帯型筋ジストロフィーでみられるてんかん、知的機能低下、発達特性などが重要である。
 さらに、多くの病型で骨格筋以外の臓器障害を伴う。心筋症や不整脈、呼吸障害、内分泌代謝異常、白内障、難聴、中枢神経症状などが代表的であり、病型特異性が高い[1,6,8]<ref name=Mercuri2013/><ref name=Emery2002/><ref name=日本神経学会/>。脳科学の観点からは、デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーにおけるジストロフィン・アイソフォーム異常に関連して、発達、認知、行動面の変化、たとえば発達遅滞、学習障害、注意障害、自閉スペクトラム症特性などがみられることがある。さらに、筋強直性ジストロフィーにおける中枢神経症候、一部の先天性筋ジストロフィーや肢帯型筋ジストロフィーでみられるてんかん、知的機能低下、発達特性などが重要である。