「ゼブラフィッシュ」の版間の差分

 
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 ゼブラフィッシュが神経科学研究に適している第一の理由は、胚(およそ受精後3日後まで)・仔魚が高い透明性を有することである('''図''')。神経細胞を[[蛍光タンパク質]]で[[標識]]することで、神経細胞の分化、[[軸索]]伸長、神経回路形成を ''in vivo'' で観察できる。また、遺伝子コード型[[カルシウムインジケーター]]などを神経細胞に[[発現]]させることで、活動中の神経細胞を光学的に記録することも可能である。受精後約一週間の仔魚では、脳を構成する神経細胞数は約10万細胞と比較的少なく、脳全体が[[顕微鏡]]観察に適したサイズである。この特徴を活用することで、[[ライトシート顕微鏡]]や[[二光子顕微鏡]]を用いて脳内の大部分の神経細胞の活動を[[単一細胞]]レベルでリアルタイムに記録することができる(後述の「全脳神経活動イメージング」を参照)。さらに、胚・仔魚の高い[[光透過性]]を利用することで、光遺伝学による神経活動の[[非侵襲]]的な操作も可能である。
 ゼブラフィッシュが神経科学研究に適している第一の理由は、胚(およそ受精後3日後まで)・仔魚が高い透明性を有することである('''図''')。神経細胞を[[蛍光タンパク質]]で[[標識]]することで、神経細胞の分化、[[軸索]]伸長、神経回路形成を ''in vivo'' で観察できる。また、遺伝子コード型[[カルシウムインジケーター]]などを神経細胞に[[発現]]させることで、活動中の神経細胞を光学的に記録することも可能である。受精後約一週間の仔魚では、脳を構成する神経細胞数は約10万細胞と比較的少なく、脳全体が[[顕微鏡]]観察に適したサイズである。この特徴を活用することで、[[ライトシート顕微鏡]]や[[二光子顕微鏡]]を用いて脳内の大部分の神経細胞の活動を[[単一細胞]]レベルでリアルタイムに記録することができる(後述の「全脳神経活動イメージング」を参照)。さらに、胚・仔魚の高い[[光透過性]]を利用することで、光遺伝学による神経活動の[[非侵襲]]的な操作も可能である。


 第二の特徴は、飼育・繁殖が容易で、多数の[[同齢個体]]を得ることができる点である。発生が速く、受精後1日目には[[自発運動]](自発的[[コイリング]])を開始し、その後、[[触覚]]、[[視覚]]、[[聴覚]]などの[[感覚刺激]]に対する[[応答]]をはじめとする基本的な行動が段階的に発達する。そのため、脳が小さく透明な仔魚期から、神経回路と行動を対応づけた研究が可能である<ref name=Fero2011>'''Fero K, Yokogawa T, Burgess HA. (2011).''' The Behavioral Repertoire of Larval Zebrafish. In: Kalueff AV, Cachat JM, eds. ''Zebrafish Models in Neurobehavioral Research''. Humana Press; 249–291. [[doi:10.1007/978-1-60761-922-2_12.|[DOI]]]</ref>。
 第二の特徴は、飼育・繁殖が容易で、多数の[[同齢個体]]を得ることができる点である。発生が速く、受精後1日目には[[自発運動]](自発的[[コイリング]])を開始し、その後、[[触覚]]、[[視覚]]、[[聴覚]]などの[[感覚刺激]]に対する[[応答]]をはじめとする基本的な行動が段階的に発達する。そのため、脳が小さく透明な仔魚期から、神経回路と行動を対応づけた研究が可能である<ref name=Fero2011>'''Fero K, Yokogawa T, Burgess HA. (2011).''' The Behavioral Repertoire of Larval Zebrafish. In: Kalueff AV, Cachat JM, eds. ''Zebrafish Models in Neurobehavioral Research''. Humana Press; 249–291. [[doi:10.1007/978-1-60761-922-2_12|[DOI].]]</ref>。


 第三の特徴は、[[遺伝学]]的操作が比較的容易であることである。[[トランスポゾン]][[Tol2]]を利用した[[トランスジェニック]]ゼブラフィッシュ系統の作製、[[CRISPR/Cas]]を用いた[[ゲノム編集]]([[ノックアウト]]や[[ノックイン]])など、多様な遺伝学的手法が利用できる<ref name=Kawakami2004><pubmed>15239961</pubmed></ref><ref name=Kimura2014><pubmed>25293390</pubmed></ref><ref name=Hwang2013><pubmed>23360964</pubmed></ref>。これらを利用して、特定の遺伝子の[[機能]]を操作したり、特定の神経細胞群を標識したりすることができる。
 第三の特徴は、[[遺伝学]]的操作が比較的容易であることである。[[トランスポゾン]][[Tol2]]を利用した[[トランスジェニック]]ゼブラフィッシュ系統の作製、[[CRISPR/Cas]]を用いた[[ゲノム編集]]([[ノックアウト]]や[[ノックイン]])など、多様な遺伝学的手法が利用できる<ref name=Kawakami2004><pubmed>15239961</pubmed></ref><ref name=Kimura2014><pubmed>25293390</pubmed></ref><ref name=Hwang2013><pubmed>23360964</pubmed></ref>。これらを利用して、特定の遺伝子の[[機能]]を操作したり、特定の神経細胞群を標識したりすることができる。
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== 神経回路と行動 ==
== 神経回路と行動 ==


 ゼブラフィッシュは、神経回路と行動との関係を研究する上でも優れたモデルである<ref name=McArthur2020>McArthur KL, Chow DM, Fetcho JR. Zebrafish as a Model for Revealing the Neuronal Basis of Behavior. In: Cartner SC, et al., eds. ''The Zebrafish in Biomedical Research''. Academic Press; 2020:593–617. doi:10.1016/B978-0-12-812431-4.00046-4.</ref>。胚および仔魚は、視覚刺激に対する[[定位行動]]、光・暗条件に対する応答、[[逃避行動]]、[[遊泳]]など、定量的に測定可能な行動を示す。[[時間分解能]]の高い行動データを用いることで、遊泳運動の[[特徴量]]に基づき、仔魚の行動を[[教師なし学習|教師なし]]で[[クラスタリング]]することが可能である<ref name=Marques2018><pubmed>29307558</pubmed></ref>。
 ゼブラフィッシュは、神経回路と行動との関係を研究する上でも優れたモデルである<ref name=McArthur2020>'''McArthur KL, Chow DM, Fetcho JR. (2020).'''<br>Zebrafish as a Model for Revealing the Neuronal Basis of Behavior. In: Cartner SC, et al., eds. ''The Zebrafish in Biomedical Research''. Academic Press; 593–617. [[doi:10.1016/B978-0-12-812431-4.00046-4|[DOI]]].</ref>。胚および仔魚は、視覚刺激に対する[[定位行動]]、光・暗条件に対する応答、[[逃避行動]]、[[遊泳]]など、定量的に測定可能な行動を示す。[[時間分解能]]の高い行動データを用いることで、遊泳運動の[[特徴量]]に基づき、仔魚の行動を[[教師なし学習|教師なし]]で[[クラスタリング]]することが可能である<ref name=Marques2018><pubmed>29307558</pubmed></ref>。


 [[視覚系]]はゼブラフィッシュ神経科学において特に研究が進んでいる<ref name=Baier2024><pubmed>38663429</pubmed></ref>。[[視蓋]]を中心とする視覚回路は、[[視覚刺激]]の検出から運動行動に至る神経回路を解析するモデルとなっている。視覚刺激によって誘発される[[捕食行動]]、逃避行動などの行動を定量的に測定し、それに[[相関]]を示す神経細胞を一細胞レベルで調べることができる。
 [[視覚系]]はゼブラフィッシュ神経科学において特に研究が進んでいる<ref name=Baier2024><pubmed>38663429</pubmed></ref>。[[視蓋]]を中心とする視覚回路は、[[視覚刺激]]の検出から運動行動に至る神経回路を解析するモデルとなっている。視覚刺激によって誘発される[[捕食行動]]、逃避行動などの行動を定量的に測定し、それに[[相関]]を示す神経細胞を一細胞レベルで調べることができる。
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 [[機能イメージング]]と並行して、神経回路の[[解剖学]]的構造を網羅的に記載する研究も進められている。蛍光標識した単一神経細胞の軸索・[[樹状突起]]投射を三次元的に再構築し、標準脳座標系に登録することで、神経細胞の[[形態]]および投射パターンを網羅的に記載する試みが行われている<ref name=Kunst2019><pubmed>31147152</pubmed></ref>。さらに、遺伝子発現、細胞形態、脳領域の解剖学定義を統合したデジタル脳アトラス(下記「外部リンク」を参照)の構築が進められている。これらは一般に公開されており、単一細胞レベルの遺伝子発現地図と神経細胞の形態・投射情報を統合することにより、神経細胞タイプを分子と形態の両面から定義することが可能となっている<ref name=Shainer2023><pubmed>36812331</pubmed></ref>。
 [[機能イメージング]]と並行して、神経回路の[[解剖学]]的構造を網羅的に記載する研究も進められている。蛍光標識した単一神経細胞の軸索・[[樹状突起]]投射を三次元的に再構築し、標準脳座標系に登録することで、神経細胞の[[形態]]および投射パターンを網羅的に記載する試みが行われている<ref name=Kunst2019><pubmed>31147152</pubmed></ref>。さらに、遺伝子発現、細胞形態、脳領域の解剖学定義を統合したデジタル脳アトラス(下記「外部リンク」を参照)の構築が進められている。これらは一般に公開されており、単一細胞レベルの遺伝子発現地図と神経細胞の形態・投射情報を統合することにより、神経細胞タイプを分子と形態の両面から定義することが可能となっている<ref name=Shainer2023><pubmed>36812331</pubmed></ref>。


 さらに近年では、[[電子顕微鏡]]画像データを三次元的に再構築することで、[[シナプス]]レベルの神経回路を網羅的に解析する[[コネクトーム]]研究も進展している<ref name=Svara2022><pubmed>36280717</pubmed></ref><ref name=Petkova2025>'''Petkova MD, et al. (2025).'''<br>A connectomic resource for neural cataloguing and circuit dissection of the larval zebrafish brain. bioRxiv. [[doi:10.1101/2025.06.10.658982.|[DOI]]]</ref>。
 さらに近年では、[[電子顕微鏡]]画像データを三次元的に再構築することで、[[シナプス]]レベルの神経回路を網羅的に解析する[[コネクトーム]]研究も進展している<ref name=Svara2022><pubmed>36280717</pubmed></ref><ref name=Petkova2025>'''Petkova MD, et al. (2025).'''<br>A connectomic resource for neural cataloguing and circuit dissection of the larval zebrafish brain. bioRxiv. [[doi:10.1101/2025.06.10.658982|[DOI].]]</ref>。


== 疾患モデルと創薬・毒性スクリーニング ==
== 疾患モデルと創薬・毒性スクリーニング ==