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=語彙とは= | =語彙とは= | ||
私たちは非常にたくさんの[[wikipedia:ja:語|語]]([[wikipedia:word|word]])をほとんど無自覚に覚えている.たとえば,英語の母語話者は高校卒業時点で平均60, | 私たちは非常にたくさんの[[wikipedia:ja:語|語]]([[wikipedia:word|word]])をほとんど無自覚に覚えている.たとえば,英語の母語話者は高校卒業時点で平均60,000語ほどの語彙量を持つと推定される.あらゆる[[wikipedia:ja:句|句]]([[wikipedia:Phrase|phrase]])や[[wikipedia:ja:文|文]]([[wikipedia:Sentence_(linguistics)|sentence]])は語を文法的なルールに従って組み合わせることで構築される.このことからも,語に関する知識が言語を用いる上で重要であることは疑う余地がない. | ||
語は言語表現の基本的な要素であるが,一般的に「語」といわれるものの多くはそれ自体が内部構造を持っていて,より小さな要素へと分解され得る.たとえば「おみそしる」という語は「お」と「みそしる」の2つの部分に分けることができ,さらに「みそしる」は「みそ」と「しる」の2つの部分に分けられる,といった具合である.上のような分解を繰り返して意味的に最小となった単位のことを[[wikipedia:ja:形態素|形態素]]([[wikipedia:Morpheme|morpheme]])と呼ぶ.語は単一の形態素,あるいは複数の形態素の結合から成る.ちなみに言語的音声の最小単位を[[wikipedia:ja:音素|音素]]([[wikipedia:Phoneme|phoneme]])と呼ぶが,形態素はひとつ以上の音素から構成される.形態素は特定の音のパターンと特定の意味との結びつきである. | |||
私たちは状況に応じて多彩な語を使い分けているが,使用し得る全ての語がその人の脳に記憶されているかどうかは定かでない.たとえば,「おみそしる」は単語として記憶されているのだろうか.それとも「お」と「みそしる」が別々に記憶されており,それらを脳内でオンライン的に組み合わせることで「おみそしる」という表現が形成されるのだろうか.この種の問題は言語研究におけるホットな話題のひとつであり,今も多くの研究者によって議論されている.そこで,メンタル・レキシコンに記憶されている個々の要素を指す場合は[[wikipedia:ja:語彙項目|語彙項目]]([[wikipedia:Lexical_item|lexical item]] / lexical entry)という用語を使用し,語あるいは形態素といった用語と区別することにする.語彙項目には形態素や語,イディオムなどがリストされ得る. | |||
ある語彙項目が適切に使用されるには,それがどんな音素の組み合わせから構成されるか(音韻情報,phonological information),どういう意味に対応するか(意味情報,semantic information),どのような形態素の構成を持つか(形態情報,morphological information),そして文や句を構成する時にどういう規則に従うか(統語情報,syntactic | ある語彙項目が適切に使用されるには,それがどんな音素の組み合わせから構成されるか(音韻情報,phonological information),どういう意味に対応するか(意味情報,semantic information),どのような形態素の構成を持つか(形態情報,morphological information),そして文や句を構成する時にどういう規則に従うか(統語情報,syntactic information)といった情報が少なくとも必要である.ある語彙項目の知識が脳内にあるということは,これらの情報が適切な関係づけの下で保持されていることを意味している.こうした相互関連的な知識の総体が語彙,すなわちメンタル・レキシコンである. | ||
= | =語彙情報へのアクセス= | ||
普通の辞書ならば書かれている内容を読み取ることは容易い.しかし脳にどんな語彙が蓄えられているかを直接的に覗き見ることはできず,見聞きしたことばに対する応答や発話といった行動しか実際に観察することはできない.そして,ことばを発したり理解したりするにはメンタル・レキシコンの情報に対するアクセスが不可欠である.つまりメンタル・レキシコンの特性を明らかにしていく上で,語彙アクセスについての研究は中核的な意義を持つものといえる.以下では語彙アクセスに関する心理学および神経科学の知見を紹介する. | |||
==心理学的知見== | ==心理学的知見== | ||
語彙の理解に関する心理学的研究は以前から盛んに行われてきており,単語によって理解のしやすさが異なるということが分かっている.このような違いを生む要因としては出現頻度や親密度といったものがある.使用される頻度が高かったり親密度が高かったりする単語ほど,より短い時間で意味を理解することができるのである.こうした知見を得るための手法には,たとえば言語理解中の眼球運動計測が挙げられる.この手法では,ある語に対する実験被験者の注視時間が長いほど意味的処理に時間がかかっているのだと解釈される.ほかには語彙判断課題([[wikipedia:Lexical_decision_task|lexical decision task]])と呼ばれる実験的方法もある.これは実験の被験者に文字列を提示し,それが単語であるか非単語であるかを迅速にボタン押しで判断させるものである.語彙判断課題においては出現頻度が高い単語に対するほど反応が早く,かつ正確になることが観察されている. | |||
また,同じ単語であっても[[wikipedia:ja:コンテクスト|文脈]]的な効果によって処理に要する時間は変化する.たとえば,直前に別の単語(プライム)を提示することにより,ある単語(ターゲット/プローブ)の理解が促進されたり抑制されたりする現象がある.これは語彙的[[プライミング]]効果(lexical priming effect)と呼ばれるもので,ターゲット語に対して語彙判断課題などの課題を行うことで測定する.語彙的プライミング効果はプライムとターゲットが音韻,形態,意味のいずれかの面で類似している場合に観察される. | また,同じ単語であっても[[wikipedia:ja:コンテクスト|文脈]]的な効果によって処理に要する時間は変化する.たとえば,直前に別の単語(プライム)を提示することにより,ある単語(ターゲット/プローブ)の理解が促進されたり抑制されたりする現象がある.これは語彙的[[プライミング]]効果(lexical priming effect)と呼ばれるもので,ターゲット語に対して語彙判断課題などの課題を行うことで測定する.語彙的プライミング効果はプライムとターゲットが音韻,形態,意味のいずれかの面で類似している場合に観察される. | ||
==神経科学的知見== | ==神経科学的知見== | ||
=語彙の脳内表現= | |||
語彙的知識は脳内でどのように組織されているのだろうか.これまでの研究から,左[[側頭葉]]の広い範囲に単語情報の表現があると考えられている.Damasioらの研究では,[[退行性変性]]によって側頭葉の一部が障害された被験者に対して名詞の呼称課題を実施した.この実験で用いた語は,著名人の名前,動物,道具の3つの[[カテゴリ]]に分類される.この実験ではまず被験者に絵を提示し,それが何であるかを口頭で答えさせている.障害されている脳部位と各カテゴリにおける課題成績の関係を調べた結果,人名は側頭極,動物名は下側頭回,道具名は後部下側頭回/後頭頭頂側頭接合部の障害により,最も成績が低下していることが明らかとなった. | |||
=語彙に関する議論と展望= |
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