「成長円錐」の版間の差分

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[[Image:成長円錐3.png|thumb|256x476px|'''図2.ニワトリ胚DRG神経細胞の成長円錐の微分干渉顕微鏡像(上)とアクチン線維-微小管の二重蛍光顕微鏡像(下)'''(スケールバーをお願いいたします)]]  
[[Image:成長円錐3.png|thumb|256x476px|'''図2.ニワトリ胚DRG神経細胞の成長円錐の微分干渉顕微鏡像(上)とアクチン線維-微小管の二重蛍光顕微鏡像(下)'''(スケールバーをお願いいたします)]]  


 成長円錐は伸長中の[[神経突起]]の先端部に見られるアメーバ状の構造物である(図1)。19世紀にスペインの神経科学者[[wikipedia:ja: サンティアゴ・ラモン・イ・カハール|Ramón y Cajal]]により、固定染色した神経組織において[[神経軸索]]先端部に円錐状の構造が発見され、growth cone=成長円錐と名付けられた。2次元基質上で培養した場合は薄く扁平な形態をとり、多くが伸長中の神経軸索の先端に存在するが[[樹状突起]]の先端にも存在する。また、PC12細胞やN1E-115細胞のような株化細胞から伸びる神経突起様構造物の先端にも見られる。軸索の成長円錐の場合、標的神経細胞の樹状突起や組織へと到達した後は形態変化を起こし[[シナプス前部]]となる。成長円錐は極めて高い運動性を示し、[[細胞骨格]]や[[接着分子]]、[[膜輸送]]経路の制御を通じて前方へと移動し、神経突起を牽引することで伸長させる。また、成長円錐の形質膜には[[軸索ガイダンス因子]]に対する受容体が多数発現しており、軸索の成長円錐は細胞外環境に存在する軸索ガイダンス因子に応じてその運動性と進行方向を変化させ、神経軸索を正しい標的細胞へと投射させる。  
 成長円錐は伸長中の[[神経突起]]の先端部に見られるアメーバ状の構造物である(図1)。19世紀にスペインの神経科学者[[wikipedia:ja: サンティアゴ・ラモン・イ・カハール|Ramón y Cajal]]により、固定染色した神経組織において[[神経軸索]]先端部に円錐状の構造が発見され、growth cone=成長円錐と名付けられた。2次元基質上で培養した場合は薄く扁平な形態をとり、多くが伸長中の神経軸索の先端に存在するが[[樹状突起]]の先端にも存在する。また、PC12細胞やN1E-115細胞のような[[細胞株|株化細胞]]から伸びる神経突起様構造物の先端にも見られる。軸索の成長円錐の場合、標的神経細胞の樹状突起や組織へと到達した後は形態変化を起こし[[シナプス前部]]となる。成長円錐は極めて高い運動性を示し、[[細胞骨格]]や[[接着分子]]、[[膜輸送]]経路の制御を通じて前方へと移動し、神経突起を牽引することで伸長させる。また、成長円錐の形質膜には[[軸索ガイダンス因子]]に対する受容体が多数発現しており、軸索の成長円錐は細胞外環境に存在する軸索ガイダンス因子に応じてその運動性と進行方向を変化させ、神経軸索を正しい標的細胞へと投射させる。  


== 構造 ==
== 構造 ==
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 周辺部のアクチン線維は糸状仮足、葉状仮足とも[[プラス端]]を外側に向けて配向している。先端部での単量体アクチンの重合によるアクチン線維の伸長は、糸状仮足や葉状仮足を周辺部に向けて拡大させ、成長円錐の[[wikipedia:ja:形質膜|細胞膜]]は前方に推し進められる。すなわち、周辺部におけるアクチン線維の重合-脱重合の制御は成長円錐の運動性を規定する大きな要因の一つである。  
 周辺部のアクチン線維は糸状仮足、葉状仮足とも[[プラス端]]を外側に向けて配向している。先端部での単量体アクチンの重合によるアクチン線維の伸長は、糸状仮足や葉状仮足を周辺部に向けて拡大させ、成長円錐の[[wikipedia:ja:形質膜|細胞膜]]は前方に推し進められる。すなわち、周辺部におけるアクチン線維の重合-脱重合の制御は成長円錐の運動性を規定する大きな要因の一つである。  


 周辺部の微小管もアクチン線維と同様にプラス端を外側に向けて配向しており、周辺部への接着分子や膜成分の輸送をガイドする足場として機能する。この微小管依存的な[[小胞輸送]]経路は成長円錐の旋回運動に重要で、周辺部における微小管の空間的な制御が成長円錐の旋回方向を規定する要因の一つと考えられている。  
 周辺部の微小管もアクチン線維と同様にプラス端を外側に向けて配向しており、周辺部への[[細胞接着分子|接着分子]]や膜成分の輸送をガイドする足場として機能する。この微小管依存的な[[膜輸送|小胞輸送]]経路は成長円錐の旋回運動に重要で、周辺部における微小管の空間的な制御が成長円錐の旋回方向を規定する要因の一つと考えられている。  


 さらに、周辺部においてアクチン線維と微小管は両結合性分子を介して相互作用しており、このアクチン線維-微小管の相互作用も成長円錐の運動性に大きく関与する。両結合性分子として[[Shot]]、[[Dpod-1]]等が同定されており、これらの分子をを欠く神経細胞では軸索の伸長や走行に異常を示す<ref><pubmed> 11874915</pubmed></ref><ref><pubmed> 12948445 </pubmed></ref> 。  
 さらに、周辺部においてアクチン線維と微小管は両結合性分子を介して相互作用しており、このアクチン線維-微小管の相互作用も成長円錐の運動性に大きく関与する。両結合性分子として[[Shot]]、[[Dpod-1]]等が同定されており、これらの分子をを欠く神経細胞では軸索の伸長や走行に異常を示す<ref><pubmed> 11874915</pubmed></ref><ref><pubmed> 12948445 </pubmed></ref> 。  
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 成長円錐は①周辺部先端での糸状仮足の形成・伸長、②糸状仮足間への葉状仮足の流れ込みによる周辺部の拡大、③後方からの中心部の侵入、という3つの過程を繰り返すことで前方へと移動していく。この成長円錐の前方移動の分子メカニズムとして、[[クラッチ仮説]]が有力なものとして提唱されている<ref><pubmed> 10934316 </pubmed></ref>。クラッチ仮説ではアクチン線維の後方移動と成長円錐形質膜上に発現する接着分子、接着分子とアクチン線維をつなぐ[[クラッチ分子]]、接着分子のリサイクリングが協調して働き、成長円錐が前方に移動すると説明される。  
 成長円錐は①周辺部先端での糸状仮足の形成・伸長、②糸状仮足間への葉状仮足の流れ込みによる周辺部の拡大、③後方からの中心部の侵入、という3つの過程を繰り返すことで前方へと移動していく。この成長円錐の前方移動の分子メカニズムとして、[[クラッチ仮説]]が有力なものとして提唱されている<ref><pubmed> 10934316 </pubmed></ref>。クラッチ仮説ではアクチン線維の後方移動と成長円錐形質膜上に発現する接着分子、接着分子とアクチン線維をつなぐ[[クラッチ分子]]、接着分子のリサイクリングが協調して働き、成長円錐が前方に移動すると説明される。  
 
(①ー③の過程と、クラッチ仮説を図、または動画で御示し頂く訳にはいかないでしょうか)
=== アクチン線維の後方移動  ===
=== アクチン線維の後方移動  ===


 周辺部に存在するアクチン線維は、プラス端を成長円錐先端に、[[マイナス端]]を中心部側に向けて規則正しく配置されており、単量体アクチンのアクチン線維への付加は主に先端部で、アクチン線維の解離は主に中心部側で起こる。同時にアクチン線維全体は[[モータータンパク質]]である[[ミオシン(myosin)Ⅰb]]<ref><pubmed> 12356865</pubmed></ref>や[[ミオシンⅡ]]<ref><pubmed> 16501565 </pubmed></ref>の作用により一定の速度(約5 μm/min)で先端部から中心部へと移動している。このアクチン線維の後方移動を動力源として成長円錐は前進運動すると考えられる。  
 周辺部に存在するアクチン線維は、プラス端を成長円錐先端に、[[マイナス端]]を中心部側に向けて規則正しく配置されており、単量体アクチンのアクチン線維への付加は主に先端部で、アクチン線維の解離は主に中心部側で起こる。同時にアクチン線維全体は[[モータータンパク質]]である[[ミオシン]](myosin)Ⅰb<ref><pubmed> 12356865</pubmed></ref>やミオシンⅡ<ref><pubmed> 16501565 </pubmed></ref>の作用により一定の速度(約5 μm/min)で先端部から中心部へと移動している。このアクチン線維の後方移動を動力源として成長円錐は前進運動すると考えられる。  


=== 接着分子  ===
=== 接着分子  ===
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 軸索ガイダンス因子は発生過程の組織内に領域特異的に存在することで成長円錐に空間情報を提供し、成長円錐を正しい標的細胞へと誘導する分子として定義される。生体内における軸索ガイダンス因子は多種多様であるが、大きく4つの作用様式に分類される。細胞外基質や細胞膜に発現し接触を介して近距離に作用する接触因子と、分泌性で濃度勾配によって長距離に作用する拡散性因子、そしてそのそれぞれに対して誘引因子と反発因子が存在する。生体内ではこれら4種類の軸索ガイダンス因子が協調的に働き軸索を正しい標的へ導くと考えられている。成長円錐には個々の軸索ガイダンス因子に対する特異的な受容体ファミリーが存在しており<ref><pubmed> 12471249</pubmed></ref>、受容体の形質膜への発現は軸索ガイダンス因子に対する成長円錐の感受性を規定する。また、成長円錐には同一の軸索ガイダンス因子に対する反応性を場所や時期に応じて切り替える機構が備わっている<ref><pubmed> 10395576</pubmed></ref>。 以下に代表的な軸索ガイダンスについて概説する。  
 軸索ガイダンス因子は発生過程の組織内に領域特異的に存在することで成長円錐に空間情報を提供し、成長円錐を正しい標的細胞へと誘導する分子として定義される。生体内における軸索ガイダンス因子は多種多様であるが、大きく4つの作用様式に分類される。細胞外基質や細胞膜に発現し接触を介して近距離に作用する接触因子と、分泌性で濃度勾配によって長距離に作用する拡散性因子、そしてそのそれぞれに対して誘引因子と反発因子が存在する。生体内ではこれら4種類の軸索ガイダンス因子が協調的に働き軸索を正しい標的へ導くと考えられている。成長円錐には個々の軸索ガイダンス因子に対する特異的な受容体ファミリーが存在しており<ref><pubmed> 12471249</pubmed></ref>、受容体の形質膜への発現は軸索ガイダンス因子に対する成長円錐の感受性を規定する。また、成長円錐には同一の軸索ガイダンス因子に対する反応性を場所や時期に応じて切り替える機構が備わっている<ref><pubmed> 10395576</pubmed></ref>。 以下に代表的な軸索ガイダンスについて概説する。  


==== [[ネトリン]]  ====
====ネトリン====


 ネトリン(netrin)は[[分泌性タンパク質]]で、発生期の[[脊髄]]において[[底板]]から分泌され[[交連神経]]軸索を誘引して[[運動神経]]軸索を反発する典型的な両方向性軸索ガイダンス因子として働く<ref><pubmed> 8978605</pubmed></ref><ref><pubmed> 15960985</pubmed></ref>。ネトリン受容体としては[[DCC]]と[[UNC-5]]が同定されている。ネトリン-1に対する成長円錐の反応性はこれら2種類の受容体の発現パターンに依存しており、DCCのみでは誘引、DCCとUNC-5が共発現し形質膜上で受容体ヘテロダイマーを形成すると反発を呈する<ref><pubmed> 10399920</pubmed></ref>。  
 [[ネトリン]](netrin)は[[分泌性タンパク質]]で、発生期の[[脊髄]]において[[底板]]から分泌され[[交連神経]]軸索を誘引して[[運動神経]]軸索を反発する典型的な両方向性軸索ガイダンス因子として働く<ref><pubmed> 8978605</pubmed></ref><ref><pubmed> 15960985</pubmed></ref>。ネトリン受容体としては[[DCC]]と[[UNC-5]]が同定されている。ネトリン-1に対する成長円錐の反応性はこれら2種類の受容体の発現パターンに依存しており、DCCのみでは誘引、DCCとUNC-5が共発現し形質膜上で受容体ヘテロダイマーを形成すると反発を呈する<ref><pubmed> 10399920</pubmed></ref>。  


==== [[セマフォリン]]  ====
====セマフォリン====


 セマフォリン(semaphorin)ファミリーは代表的な反発性軸索ガイダンス因子で、分泌型の他に膜貫通型、[[GPIアンカー]]膜結合型など8つのグループに分類される<ref><pubmed> 10932095</pubmed></ref>。分泌型である[[Sema3A]]は生体内で脊髄神経の走行領域を取り囲むように発現しており、Sema3Aノックアウトマウスでは脊髄神経軸索が脱束化しその走行と投射パターンが大幅に乱れる<ref><pubmed> 9331345 </pubmed></ref>。クラス3セマフォリンに対する受容体としては、[[ニューロピリン]](neuropilin)と[[プレキシン]](plexin)が同定されている。ニューロピリンの細胞内領域は短く、ニューロピリン単独ではセマフォリンによる細胞内シグナル経路を活性化できないが、プレキシンと複合体を形成しプレキシンの細胞内領域において別の分子と相互作用することにより、セマフォリンのシグナルを細胞内シグナルへと伝達する<ref><pubmed> 10520994 </pubmed></ref>。  
 [[セマフォリン]](semaphorin)ファミリーは代表的な反発性軸索ガイダンス因子で、分泌型の他に膜貫通型、[[GPIアンカー]]膜結合型など8つのグループに分類される<ref><pubmed> 10932095</pubmed></ref>。分泌型である[[Sema3A]]は生体内で脊髄神経の走行領域を取り囲むように発現しており、Sema3Aノックアウトマウスでは脊髄神経軸索が脱束化しその走行と投射パターンが大幅に乱れる<ref><pubmed> 9331345 </pubmed></ref>。クラス3セマフォリンに対する受容体としては、[[ニューロピリン]](neuropilin)と[[プレキシン]](plexin)が同定されている。ニューロピリンの細胞内領域は短く、ニューロピリン単独ではセマフォリンによる細胞内シグナル経路を活性化できないが、プレキシンと複合体を形成しプレキシンの細胞内領域において別の分子と相互作用することにより、セマフォリンのシグナルを細胞内シグナルへと伝達する<ref><pubmed> 10520994 </pubmed></ref>。  


==== [[Slit]]  ====
====Slit ====


 Slitは脊椎動物の脊髄において底板に発現する分泌型の反発性軸索ガイダンス因子である。Slitの受容体である[[Robo]]の遺伝子に変異を持つショウジョウバエ([[''Roundabout'']])では、軸索の[[正中交差]]が過剰に起きる表現型を示す<ref><pubmed> 846113 </pubmed></ref>。''Roundabout''とは別に、正中交差が全く起きなくなる[[''Commissureless'']](''comm'')変異体も同定されており、[[Comm]]はRoboの形質膜発現を抑制することで、交連軸索が一度だけ正中を交差する経路選択に中心的な役割を果たしていると考えられている <ref><pubmed> 8785048 </pubmed></ref>。  
 [[Slit]]は脊椎動物の脊髄において底板に発現する分泌型の反発性軸索ガイダンス因子である。Slitの受容体である[[Robo]]の遺伝子に変異を持つショウジョウバエ("[[Roundabout]]")では、軸索の[[正中交差]]が過剰に起きる表現型を示す<ref><pubmed> 846113 </pubmed></ref>。''Roundabout''とは別に、正中交差が全く起きなくなる"[[Commissureless]]"(''comm'')変異体も同定されており、CommはRoboの形質膜発現を抑制することで、交連軸索が一度だけ正中を交差する経路選択に中心的な役割を果たしていると考えられている <ref><pubmed> 8785048 </pubmed></ref>。  


==== エフリン  ====
==== エフリン  ====


 [[受容体チロシンキナーゼ]][[Eph]]のリガンドである[[エフリン]](Ephrin)は、GPIアンカーによる膜結合型の[[エフリンA]](エフリンA1-A5)と、細胞膜貫通型である[[エフリンB]](エフリンB1-B3)に分類され<ref><pubmed> 9530499 </pubmed></ref>、いずれも接触型のガイダンス因子として機能する。受容体であるEphファミリーは[[EphA]]と[[EphB]]に大別され、大まかにはエフリンAグループはEphAグループと、エフリンBグループはEphBグループと結合する。エフリンとEphは発生過程の様々な領域、特に網膜-視蓋投射系において、神経回路形成に重要な役割を担っている。  
 [[受容体型チロシンキナーゼ]][[Eph]]のリガンドである[[エフリン]](Ephrin)は、GPIアンカーによる膜結合型の[[エフリンA]](エフリンA1-A5)と、細胞膜貫通型である[[エフリンB]](エフリンB1-B3)に分類され<ref><pubmed> 9530499 </pubmed></ref>、いずれも接触型のガイダンス因子として機能する。受容体であるEphファミリーは[[EphA]]と[[EphB]]に大別され、大まかにはエフリンAグループはEphAグループと、エフリンBグループはEphBグループと結合する。エフリンとEphは発生過程の様々な領域、特に網膜-視蓋投射系において、神経回路形成に重要な役割を担っている。  


==== [[モルフォゲン]]  ====
====モルフォゲン====


 初期発生における未分化な細胞に対しその発生運命を決定する因子をモルフォゲン(morphogen)といい、代表的なものとして[[ヘジホッッグ]](hedgehog)、[[Wnt]]、[[TGF-β]]、[[BMP]]などの分泌性タンパク質が知られている。近年、モルフォゲンが軸索ガイダンス因子として機能することが報告されている。例えば、[[脊髄蓋板]]から分泌され交連神経等の[[脊髄背側介在神経細胞]]への運命決定を司るBMPは、分化した交連神経の軸索に対しては反発性ガイダンス因子として機能する<ref><pubmed> 10677032 </pubmed></ref>。また、底板から分泌されるソニックヘッジホッグ(sonic hedgehog)は、ネトリン-1とともに交連軸索に対する誘因性ガイダンス因子としてはたらく<ref><pubmed> 12679031 </pubmed></ref>。  
 初期発生における未分化な細胞に対しその発生運命を決定する因子を[[モルフォゲン]](morphogen)といい、代表的なものとして[[ヘジホッッグ]](hedgehog)、[[Wnt]]、[[TGF-β]]、[[BMP]]などの分泌性タンパク質が知られている。近年、モルフォゲンが軸索ガイダンス因子として機能することが報告されている。例えば、[[脊髄蓋板]]から分泌され交連神経等の[[脊髄背側介在神経細胞]]への運命決定を司るBMPは、分化した交連神経の軸索に対しては反発性ガイダンス因子として機能する<ref><pubmed> 10677032 </pubmed></ref>。また、底板から分泌されるソニックヘッジホッグ(sonic hedgehog)は、ネトリン-1とともに交連軸索に対する誘因性ガイダンス因子としてはたらく<ref><pubmed> 12679031 </pubmed></ref>。  


==== [[神経栄養因子]]  ====
====神経栄養因子====


 [[NGF]]、[[BDNF]]などの神経栄養因子は、標的細胞から分泌され神経細胞の分化、軸索伸長、生存維持等の生理活性を持つ<ref><pubmed> 11520916</pubmed></ref>。発生期の生体内において、神経栄養因子が明瞭な濃度勾配を形成しているという決定的な証拠はないが、NGFは培養条件下で成長円錐を誘引する作用を持つ因子として最初に報告された<ref><pubmed> 493992 </pubmed></ref>。また、発生期の組織内に神経栄養因子に浸したビーズを置くと周辺の軸索がビーズに向かって伸長することも報告されている<ref><pubmed>11135642 </pubmed></ref>。  
 [[NGF]]、[[BDNF]]などの[[神経栄養因子]]は、標的細胞から分泌され神経細胞の分化、軸索伸長、生存維持等の生理活性を持つ<ref><pubmed> 11520916</pubmed></ref>。発生期の生体内において、神経栄養因子が明瞭な濃度勾配を形成しているという決定的な証拠はないが、NGFは培養条件下で成長円錐を誘引する作用を持つ因子として最初に報告された<ref><pubmed> 493992 </pubmed></ref>。また、発生期の組織内に神経栄養因子に浸したビーズを置くと周辺の軸索がビーズに向かって伸長することも報告されている<ref><pubmed>11135642 </pubmed></ref>。  


=== 成長円錐の旋回運動を制御する細胞内シグナル経路  ===
=== 成長円錐の旋回運動を制御する細胞内シグナル経路  ===


 成長円錐の運動性は細胞骨格、接着分子とそのリサイクリングにより規定されるが、成長円錐の前進速度に空間的な非対称性が生じれば、成長円錐は全体として旋回運動を呈することになる。実際に、軸索ガイダンス因子が制御する成長円錐の旋回運動にも[[Rhoファミリー]][[低分子量Gタンパク質]]、[[ADF/cofilin]]、[[Ena]]/[[Vasp]]、[[APC]]などの細胞骨格制御分子<ref><pubmed>19373241</pubmed></ref> 、[[FAK]]、[[Src]]チロシンキナーゼによる細胞接着の制御<ref><pubmed>21940449</pubmed></ref> が関与することが明らかにされている。  
 成長円錐の運動性は細胞骨格、接着分子とそのリサイクリングにより規定されるが、成長円錐の前進速度に空間的な非対称性が生じれば、成長円錐は全体として旋回運動を呈することになる。実際に、軸索ガイダンス因子が制御する成長円錐の旋回運動にも[[Rho]]ファミリー[[低分子量Gタンパク質]]、[[ADF]]/[[コフィリン]]、[[Ena]]/[[Vasp]]、[[APC]]などの細胞骨格制御分子<ref><pubmed>19373241</pubmed></ref> 、[[FAK]]、[[Src]][[チロシンリン酸化|チロシンキナーゼ]]による細胞接着の制御<ref><pubmed>21940449</pubmed></ref> が関与することが明らかにされている。  


 上述したとおり、成長円錐は軸索ガイダンス因子に対する応答性(反応の有無、誘引-反発の方向)を場所や時期により変化させる。また、成長円錐は生体内で様々な軸索ガイダンス因子のシグナルを受容しており、成長円錐の旋回方向は多様な細胞内シグナル伝達経路の複雑なクロストークの結果決定されると考えられる。近年、成長円錐の旋回方向(誘引 or 反発)を決定する分子メカニズムの理解が急速に進んでおり、以下に旋回方向を規定する因子について概説する。  
 上述したとおり、成長円錐は軸索ガイダンス因子に対する応答性(反応の有無、誘引-反発の方向)を場所や時期により変化させる。また、成長円錐は生体内で様々な軸索ガイダンス因子のシグナルを受容しており、成長円錐の旋回方向は多様な細胞内シグナル伝達経路の複雑なクロストークの結果決定されると考えられる。近年、成長円錐の旋回方向(誘引 or 反発)を決定する分子メカニズムの理解が急速に進んでおり、以下に旋回方向を規定する因子について概説する。  
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==== セカンドメッセンジャーによる制御  ====
==== セカンドメッセンジャーによる制御  ====


===== [[環状ヌクレオチド]]  =====
=====環状ヌクレオチド=====


 成長円錐内の[[CAMP|cAMP]]および[[CGMP|cGMP]]シグナルは、同一軸索ガイダンス因子に対する成長円錐の旋回方向を規定するものとして報告が多い。 例えば、ネトリン-1及びBDNFの濃度勾配に対する成長円錐の誘引は、cAMPのアンタゴニストである[[Rp-cAMPs]]の投与によって反発へと逆転する<ref><pubmed>9427246</pubmed></ref><ref><pubmed>9230436</pubmed></ref>。また、[[軸索再生]]阻害因子として知られ軸索反発を誘導する[[MAG]]の濃度勾配に対する反発は、cAMPアゴニストである[[Sp-cAMPs]]の投与により誘引へと逆転する<ref><pubmed>9727979</pubmed></ref>。さらに、cGMPのアゴニストである[[8-Br-cGMP]]の投与によりネトリン-1による誘引が反発へと逆転する報告もあり<ref><pubmed>12827203</pubmed></ref>、多くの軸索ガイダンス因子に共通するメカニズムとしてcAMPシグナルが優位だと誘引性、cGMPシグナルが優位だと反発性の旋回運動を誘導すると考えられている。 cAMP/cGMPの下流では主に[[プロテインキナーゼA]](PKA)/[[プロテインキナーゼG]](PKG)が機能すると考えられており、これら2種類のリン酸化酵素の標的分子などの違いにより成長円錐の誘引と反発という正反対の応答が誘導されると考えられている。  
 [[環状ヌクレオチド]]である[[CAMP|cAMP]]および[[CGMP|cGMP]]シグナルは、同一軸索ガイダンス因子に対する成長円錐の旋回方向を規定するものとして報告が多い。 例えば、ネトリン-1及びBDNFの濃度勾配に対する成長円錐の誘引は、cAMPのアンタゴニストである[[Rp-cAMPs]]の投与によって反発へと逆転する<ref><pubmed>9427246</pubmed></ref><ref><pubmed>9230436</pubmed></ref>。また、[[軸索再生]]阻害因子として知られ軸索反発を誘導する[[MAG]]の濃度勾配に対する反発は、cAMPアゴニストである[[Sp-cAMPs]]の投与により誘引へと逆転する<ref><pubmed>9727979</pubmed></ref>。さらに、cGMPのアゴニストである[[8-Br-cGMP]]の投与によりネトリン-1による誘引が反発へと逆転する報告もあり<ref><pubmed>12827203</pubmed></ref>、多くの軸索ガイダンス因子に共通するメカニズムとしてcAMPシグナルが優位だと誘引性、cGMPシグナルが優位だと反発性の旋回運動を誘導すると考えられている。 cAMP/cGMPの下流では主に[[プロテインキナーゼA]](PKA)/[[プロテインキナーゼG]](PKG)が機能すると考えられており、これら2種類のリン酸化酵素の標的分子などの違いにより成長円錐の誘引と反発という正反対の応答が誘導されると考えられている。  


===== 細胞内Ca<sup>2+</sup>シグナル  =====
===== 細胞内Ca<sup>2+</sup>シグナル  =====
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 2つ目は、旋回方向は流入するCa<sup>2+</sup>チャネルの種類に依存するというモデルで、小胞体ストアからのCa<sup>2+</sup>放出を伴うと誘引性、それ以外のCa<sup>2+</sup>シグナルは反発性応答が誘導されると考えられている<ref><pubmed>16172206</pubmed></ref>。このモデルでは、各種Ca<sup>2+</sup>チャネルの近傍に存在するCa<sup>2+</sup>感受性分子の違いが成長円錐の旋回方向を決定すると予想されている。  
 2つ目は、旋回方向は流入するCa<sup>2+</sup>チャネルの種類に依存するというモデルで、小胞体ストアからのCa<sup>2+</sup>放出を伴うと誘引性、それ以外のCa<sup>2+</sup>シグナルは反発性応答が誘導されると考えられている<ref><pubmed>16172206</pubmed></ref>。このモデルでは、各種Ca<sup>2+</sup>チャネルの近傍に存在するCa<sup>2+</sup>感受性分子の違いが成長円錐の旋回方向を決定すると予想されている。  


 旋回運動を誘導するCa<sup>2+</sup>シグナルの下流因子として、誘引性シグナルには[[カルモジュリン]](calmodulin)依存性リン酸化酵素である[[CaMキナーゼⅡ]](CaMKⅡ)が、反発性シグナルには脱リン酸化酵素である[[カルシニューリン]](calcineurin)がそれぞれ中心的な役割を担っていると考えられている<ref><pubmed>15363394</pubmed></ref>。  
 旋回運動を誘導するCa<sup>2+</sup>シグナルの下流因子として、誘引性シグナルには[[カルモジュリン]](calmodulin)依存性[[リン酸化酵素]]である[[CaMキナーゼⅡ]](CaMKⅡ)が、反発性シグナルには[[脱リン酸化酵素]]である[[カルシニューリン]](calcineurin)がそれぞれ中心的な役割を担っていると考えられている<ref><pubmed>15363394</pubmed></ref>。  


==== 膜トラフィッキング  ====
==== 膜トラフィッキング  ====
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==== 局所タンパク質合成と分解  ====
==== 局所タンパク質合成と分解  ====


 成長円錐には小胞体や[[mRNA|mRNA]]、[[リボソーム]]、[[翻訳制御因子]]等タンパク質の翻訳合成に必要な分子機構が備わっており、近年、成長円錐内でのタンパク質の局所翻訳が軸索ガイダンス因子による旋回運動の制御に重要であることが報告されている。
 成長円錐には小胞体や[[mRNA]]、[[リボソーム]]、[[翻訳制御因子]]等タンパク質の[[wikipedia:ja:翻訳 (生物学)|翻訳]]合成に必要な分子機構が備わっており、近年、成長円錐内でのタンパク質の局所翻訳が軸索ガイダンス因子による旋回運動の制御に重要であることが報告されている。


 例えば、細胞体から切り離した軸索の成長円錐はネトリン-1の濃度勾配に対し誘引されるが、この誘引応答はタンパク質合成阻害剤により消失する<ref><pubmed> 11754834</pubmed></ref>。同様に、BDNF、Sema3A、Slit2など、他の軸索ガイダンス因子ついても成長円錐の旋回運動の誘導に局所タンパク質合成が必要であることが明らかにされている<ref><pubmed> 21530230</pubmed></ref>。  
 例えば、細胞体から切り離した軸索の成長円錐はネトリン-1の濃度勾配に対し誘引されるが、この誘引応答はタンパク質合成阻害剤により消失する<ref><pubmed> 11754834</pubmed></ref>。同様に、BDNF、Sema3A、Slit2など、他の軸索ガイダンス因子ついても成長円錐の旋回運動の誘導に局所タンパク質合成が必要であることが明らかにされている<ref><pubmed> 21530230</pubmed></ref>。  


 軸索ガイダンス因子による局所翻訳の制御機構は不明な点も多いが、少しずつ知見が得られている。例えば、ネトリン-1非存在下では受容体であるDCCとリボソームが結合しタンパク質合成を抑制しているが、ネトリン-1がDCCに結合するとリボソームがDCCから解離し抑制が外れタンパク質合成が起きることが報告されている<ref><pubmed>20434207</pubmed></ref>。 また、旋回運動を誘導するCa<sup>2+</sup>シグナルに応じて空間的に非対称な[[β-アクチン|β-アクチン]]のmRNAの翻訳が誘発されることも報告されており<ref><pubmed>16980965</pubmed></ref>、Ca<sup>2+</sup>シグナルの下流でタンパク質の翻訳合成を制御する機構の存在も示唆されている。  
 軸索ガイダンス因子による局所翻訳の制御機構は不明な点も多いが、少しずつ知見が得られている。例えば、ネトリン-1非存在下では受容体であるDCCとリボソームが結合しタンパク質合成を抑制しているが、ネトリン-1がDCCに結合するとリボソームがDCCから解離し抑制が外れタンパク質合成が起きることが報告されている<ref><pubmed>20434207</pubmed></ref>。 また、旋回運動を誘導するCa<sup>2+</sup>シグナルに応じて空間的に非対称なβ-[[アクチン]]のmRNAの翻訳が誘発されることも報告されており<ref><pubmed>16980965</pubmed></ref>、Ca<sup>2+</sup>シグナルの下流でタンパク質の翻訳合成を制御する機構の存在も示唆されている。  


 また、最近になり、[[マイクロRNA]](miRNA)による局所タンパク質翻訳制御が成長円錐の旋回運動に関与することも報告されている<ref><pubmed>22051374 </pubmed></ref>。  
 また、最近になり、[[マイクロRNA]](miRNA)による局所タンパク質翻訳制御が成長円錐の旋回運動に関与することも報告されている<ref><pubmed>22051374 </pubmed></ref>。