「受容野」の版間の差分

346 バイト除去 、 2012年4月26日 (木)
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 同じ感覚系でも受容野構造はその処理段階で大きく異なる。これは、感覚処理経路において前段階の出力が収斂と分散を繰り返しながら次段階へと送られていくためである。一般に初期段階では狭く単純な構造の受容野がみられるのにたいし、高次の段階になると広く複雑な構造の受容野がみられる。とくに、初期段階の細胞の受容野は、その内部に複数の刺激が呈示されても、入力信号は単純に線形加算(linear summation)されるだけの場合が多い。このような受容野は線形受容野(linear receptive field)とよばれ、その構造は単純な空間フィルターとして表される。一方、高次の段階では、受容野内部での信号の加算の仕方は非線形(nonlinear)なものとなり、その受容野構造は、複数の空間フィルターや整流機構(rectification)などを縦列、並列に組み合わせた複雑な回路様の機構として記述される。  
 同じ感覚系でも受容野構造はその処理段階で大きく異なる。これは、感覚処理経路において前段階の出力が収斂と分散を繰り返しながら次段階へと送られていくためである。一般に初期段階では狭く単純な構造の受容野がみられるのにたいし、高次の段階になると広く複雑な構造の受容野がみられる。とくに、初期段階の細胞の受容野は、その内部に複数の刺激が呈示されても、入力信号は単純に線形加算(linear summation)されるだけの場合が多い。このような受容野は線形受容野(linear receptive field)とよばれ、その構造は単純な空間フィルターとして表される。一方、高次の段階では、受容野内部での信号の加算の仕方は非線形(nonlinear)なものとなり、その受容野構造は、複数の空間フィルターや整流機構(rectification)などを縦列、並列に組み合わせた複雑な回路様の機構として記述される。  


 受容野構造は感覚経路の各段階の細胞がどのような刺激情報を伝達しうるのかを知るための強い手がかりを与える。たとえば、上記の網膜神経節細胞の受容野では、一様な光よりも明暗のコントラストを照射したときに強い興奮応答がみられるので、このような細胞は明暗コントラストの伝達に適していると解釈できる。
 受容野構造は感覚経路の各段階の細胞がどのような刺激情報を伝達しうるのかを知るための強い手がかりを与える。たとえば、上記の網膜神経節細胞の受容野では、一様な光よりも明暗のコントラストを照射したときに強い興奮応答がみられるので、このような細胞は明暗コントラストの伝達に適していると解釈できる。  


== 視覚系の受容野  ==
== 視覚系の受容野  ==
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 視細胞からの入力を受け取る[[双極細胞]](bipolar cell)や次の段階に位置する[[網膜神経節細胞]](retinal ganglion cell)には、明るい光を受容野の中心部(center)に照射したときに興奮応答するON中心型(ON-center type)と、暗い光を照射したときに興奮応答するOFF中心型(OFF-center type)の2種類が存在する<ref name="ref2" /><ref><pubmed> 4778132 </pubmed></ref>。いずれも、中心部の周辺に照射された光には逆の応答をする。すなわち、ON中心型細胞は周辺部に明るい光を受けたときに、OFF中心型細胞は暗い光を受けたときに、抑制応答を示す。中心部と周辺部は同心円状に配置し、逆の反応がみられることから、この受容野構造全体を中心周辺拮抗型(antagonistic center-surround)とよぶ。神経節細胞ではさらに、中心部、周辺部のそれぞれの内部でも明暗の違いで反応が逆になり、明るい光で抑制反応がみられる場所では暗い光では興奮反応がみられ、暗い光で抑制反応がみられる場所では明るい光で興奮反応がみられる。このためON中心型の受容野構造をON中心OFF周辺型(ON-center OFF-surround)とよび(図1A)、OFF中心型の受容野構造をOFF中心ON周辺型(OFF-center ON-surround)ともよんでいる(図1B)。このような構造をもつ細胞は、2次元のサイン波縞刺激にたいして、明るい光がON領域に、暗い光がOFF領域に入るとき(図1C上)には興奮応答するが、光が一様に入るときには(図1C下)ほとんど反応しないことから、明暗コントラストのエッジ幅や位置の情報を伝達していると捉えることができる。    
 視細胞からの入力を受け取る[[双極細胞]](bipolar cell)や次の段階に位置する[[網膜神経節細胞]](retinal ganglion cell)には、明るい光を受容野の中心部(center)に照射したときに興奮応答するON中心型(ON-center type)と、暗い光を照射したときに興奮応答するOFF中心型(OFF-center type)の2種類が存在する<ref name="ref2" /><ref><pubmed> 4778132 </pubmed></ref>。いずれも、中心部の周辺に照射された光には逆の応答をする。すなわち、ON中心型細胞は周辺部に明るい光を受けたときに、OFF中心型細胞は暗い光を受けたときに、抑制応答を示す。中心部と周辺部は同心円状に配置し、逆の反応がみられることから、この受容野構造全体を中心周辺拮抗型(antagonistic center-surround)とよぶ。神経節細胞ではさらに、中心部、周辺部のそれぞれの内部でも明暗の違いで反応が逆になり、明るい光で抑制反応がみられる場所では暗い光では興奮反応がみられ、暗い光で抑制反応がみられる場所では明るい光で興奮反応がみられる。このためON中心型の受容野構造をON中心OFF周辺型(ON-center OFF-surround)とよび(図1A)、OFF中心型の受容野構造をOFF中心ON周辺型(OFF-center ON-surround)ともよんでいる(図1B)。このような構造をもつ細胞は、2次元のサイン波縞刺激にたいして、明るい光がON領域に、暗い光がOFF領域に入るとき(図1C上)には興奮応答するが、光が一様に入るときには(図1C下)ほとんど反応しないことから、明暗コントラストのエッジ幅や位置の情報を伝達していると捉えることができる。    


 中心周辺拮抗型の受容野構造は2つの[[ガウス関数]]の差分であるDOG(Difference of Gaussians)関数で表すことができる(図1A, Bの下段)<ref><pubmed> 5862581 </pubmed></ref>。またこのような受容野をもつ細胞の応答は入力刺激とDOG関数の線形畳み込みで近似できる。ただし、網膜神経節細胞の受容野構造が最も古くから調べられてきたネコでは、このような近似が十分に成り立つ細胞とそうでない細胞が存在しており、前者を[[X細胞]]、後者を[[Y細胞]]という<ref name = "enr_rob"><pubmed> 16783910 </pubmed></ref>。  
 中心周辺拮抗型の受容野構造は2つの[[ガウス関数]]の差分であるDOG(Difference of Gaussians)関数で表すことができる(図1A, Bの下段)<ref><pubmed> 5862581 </pubmed></ref>。またこのような受容野をもつ細胞の応答は入力刺激とDOG関数の線形畳み込みで近似できる。ただし、網膜神経節細胞の受容野構造が最も古くから調べられてきたネコでは、このような近似が十分に成り立つ細胞とそうでない細胞が存在しており、前者を[[X細胞]]、後者を[[Y細胞]]という<ref name="enr_rob"><pubmed> 16783910 </pubmed></ref>。  


 霊長類の網膜神経節細胞は、形態学的特徴から、[[パラソル細胞]]と[[ミジェット細胞]]の2種類に分類される。パラソル細胞は大きな、ミジェット細胞は小さなサイズの受容野をもつ<ref><pubmed> 2808778 </pubmed></ref>。これと似た受容野サイズの違い、形態学的特徴の違いはY細胞とX細胞にもみられ<ref name="enr_rob" /> <ref><pubmed> 4422168 </pubmed></ref>、パラソル細胞がY細胞と、X細胞がミジェット細胞と対応する。しかしながら、パラソル細胞とミジェット細胞の受容野はともに強い線形性を示すために、このような対応は十分なわけではない <ref >'''R. Shapley and H. Perry'''<br> Cat and monkey retinal ganglion cells and their visual functional roles. <br>''Trends Neurosci.'': 1986, 9; 229-235.</ref>.  
 霊長類の網膜神経節細胞は、形態学的特徴から、[[パラソル細胞]]と[[ミジェット細胞]]の2種類に分類される。パラソル細胞は大きな、ミジェット細胞は小さなサイズの受容野をもつ<ref><pubmed> 2808778 </pubmed></ref>。これと似た受容野サイズの違い、形態学的特徴の違いはY細胞とX細胞にもみられ<ref name="enr_rob" /> <ref><pubmed> 4422168 </pubmed></ref>、パラソル細胞がY細胞と、X細胞がミジェット細胞と対応する。しかしながら、パラソル細胞とミジェット細胞の受容野はともに強い線形性を示すために、このような対応は十分なわけではない <ref>'''R. Shapley and H. Perry'''<br> Cat and monkey retinal ganglion cells and their visual functional roles. <br>''Trends Neurosci.'': 1986, 9; 229-235.</ref>.  


 ミジェット細胞は色感受性をもち、しかも受容野中心部と周辺部で異なる光波長(色)に感受性があるものが多い。たとえばある細胞は、受容野中心では緑色に興奮応答を示し、周辺部では赤色に抑制応答を示す。このような受容野の応答様式を[[色対立型]](color opponent type)とよぶ。一方、パラソル細胞の中心部、周辺部では、広い範囲の光波長に感受性がみられ、こちらの受容野タイプは[[広帯域型]](broad-band type)とよぶ <ref><pubmed> 10530750 </pubmed></ref>。  
 ミジェット細胞は色感受性をもち、しかも受容野中心部と周辺部で異なる光波長(色)に感受性があるものが多い。たとえばある細胞は、受容野中心では緑色に興奮応答を示し、周辺部では赤色に抑制応答を示す。このような受容野の応答様式を[[色対立型]](color opponent type)とよぶ。一方、パラソル細胞の中心部、周辺部では、広い範囲の光波長に感受性がみられ、こちらの受容野タイプは[[広帯域型]](broad-band type)とよぶ <ref><pubmed> 10530750 </pubmed></ref>。  
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[[Image:V1SimpleRF2.png|thumb|350px|<i>図2. 単純型細胞の受容野構造</i><br />A. 単純型細胞の受容野構造. ON領域、OFF領域の刺激感受性を白、黒の強さであらわしている。ON領域とOFF領域が隣あって同じ向きに伸びている。1次元のプロファイル(緑: ON領域, 赤: OFF領域)を下段に示す。B. 単純型細胞の受容野構造はガボールフィルターで近似できる。フィルターのパラメータを変化させることで、さまざまな方位、スケール、位相の空間構造を表すことができる。このような多様な構造がV1野の単純型細胞群の受容野にみられる。C. Aで示す受容野構造に最適(上段)および不適(下)な2次元サイン波刺激。縞の明るい部分がON領域、暗い部分がOFF領域ともっともマッチするような空間周波数(周期の逆数で、視野角1度あたりに縞が何周期含まれるのかを表す)、方位、位相をもつ刺激(上段)が最適な刺激となる。一方、これと直交する方位の縞(下段)に細胞は反応しない。]]  
[[Image:V1SimpleRF2.png|thumb|350px|<i>図2. 単純型細胞の受容野構造</i><br />A. 単純型細胞の受容野構造. ON領域、OFF領域の刺激感受性を白、黒の強さであらわしている。ON領域とOFF領域が隣あって同じ向きに伸びている。1次元のプロファイル(緑: ON領域, 赤: OFF領域)を下段に示す。B. 単純型細胞の受容野構造はガボールフィルターで近似できる。フィルターのパラメータを変化させることで、さまざまな方位、スケール、位相の空間構造を表すことができる。このような多様な構造がV1野の単純型細胞群の受容野にみられる。C. Aで示す受容野構造に最適(上段)および不適(下)な2次元サイン波刺激。縞の明るい部分がON領域、暗い部分がOFF領域ともっともマッチするような空間周波数(周期の逆数で、視野角1度あたりに縞が何周期含まれるのかを表す)、方位、位相をもつ刺激(上段)が最適な刺激となる。一方、これと直交する方位の縞(下段)に細胞は反応しない。]]  


 [[網膜神経節細胞]]あるいは[[LGN]]細胞に細長いスリット光を呈示するとき、その向き(方位)を変えても反応は変化しない。このことは、これらの細胞の受容野構造が同心円状であることから予想できる。これにたいし、[[第一次視覚野]]の大部分の細胞はスリット光が特定の方位を向くときにのみ強く反応する。この[[方位選択性]](orientation selectivity)とよばれる特性をもつ細胞の古典的受容野構造は以下の2つのタイプがある<ref name="ref3"><pubmed> 14403679 </pubmed></ref> <ref name="ref4"><pubmed> 4966457 </pubmed></ref>。第一のタイプでは、明るい光で興奮反応がみられるON領域と暗い光で興奮応答がみられるOFF領域が隣あって同じ向きに並ぶ(図2)。このような構造をもつ細胞を[[単純型細胞]](simple cell)とよぶ。単純型細胞の受容野は、受容野の中心が同じ軸上に並んだ複数のLGN細胞からの入力が収斂することでできると考えられる<ref name="ref4" /><ref><pubmed> 6875624 </pubmed></ref><ref><pubmed> 2027051 </pubmed></ref>。第2のタイプでは、ON領域とOFF領域が重なり合う。この構造をもつ細胞を[[複雑型細胞]](complex cell)とよぶ(図3)。 複雑型細胞については後述する。  
 [[網膜神経節細胞]]あるいは[[LGN]]細胞に細長いスリット光を呈示するとき、その向き(方位)を変えても反応は変化しない。このことは、これらの細胞の受容野構造が同心円状であることから予想できる。これにたいし、[[第一次視覚野]]の大部分の細胞はスリット光が特定の方位を向くときにのみ強く反応する。この[[方位選択性]](orientation selectivity)とよばれる特性をもつ細胞の古典的受容野構造は以下の2つのタイプがある<ref name="ref3"><pubmed> 14403679 </pubmed></ref> <ref name="ref4"><pubmed> 4966457 </pubmed></ref>。第一のタイプでは、明るい光で興奮反応がみられるON領域と暗い光で興奮応答がみられるOFF領域が隣あって同じ向きに並ぶ(図2)。このような構造をもつ細胞を[[単純型細胞]](simple cell)とよぶ。単純型細胞の受容野は、受容野の中心が同じ空間軸上に並んだ複数のLGN細胞からの入力が収斂することでできると考えられる<ref name="ref4" /><ref><pubmed> 6875624 </pubmed></ref><ref><pubmed> 2027051 </pubmed></ref>。第2のタイプでは、ON領域とOFF領域が重なり合う。この構造をもつ細胞を[[複雑型細胞]](complex cell)とよぶ(図3)。 複雑型細胞については後述する。  


 単純型細胞の古典的受容野では、ON、OFF領域が伸びる軸、大きさ、位置関係は細胞により様々であるが、これらは全てガボールフィルーター(ガボール関数)で近似できる<ref><pubmed> 3437330 </pubmed></ref> 。ガボールフィルターは[[ガウス関数]]とサイン波の積で定義される。ガボールフィルターのパラメーターを変えることで、図2Bに示すサイズ、方位、スケール、そして位相の異なる様々な構造を表すことができる。 ガボール型の受容野構造により、単純型細胞は効率よく視覚情報を伝達できることが知られている<ref>'''J. G. Daugman '''<br>Complete discrete 2-D Gabor transforms by neural networks for image analysis and compression. <br>IEEE Transactions on In Acoustics, Speech and Signal Processing, IEEE Transactions on, Vol. 36, 1169-1179.</ref><ref><pubmed> 8637596 </pubmed></ref>。  
 単純型細胞の古典的受容野では、ON、OFF領域が伸びる軸、大きさ、位置関係は細胞により様々であるが、これらは全てガボールフィルーター(ガボール関数)で近似できる<ref><pubmed> 3437330 </pubmed></ref> 。ガボールフィルターは[[ガウス関数]]とサイン波の積で定義される。ガボールフィルターのパラメーターを変えることで、図2Bに示すサイズ、方位、スケール、そして位相の異なる様々な構造を表すことができる。 ガボール型の受容野構造により、単純型細胞は効率よく視覚情報を伝達できることが知られている<ref>'''J. G. Daugman '''<br>Complete discrete 2-D Gabor transforms by neural networks for image analysis and compression. <br>IEEE Transactions on In Acoustics, Speech and Signal Processing, IEEE Transactions on, Vol. 36, 1169-1179.</ref><ref><pubmed> 8637596 </pubmed></ref>。  
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 単純型細胞の大半は、物体がある向きに向かって動くときに強く反応し、それとは反対方向に動くときには反応しない[[運動方向選択性]]を示す<ref name="ref3" />。このような細胞の時空間受容野では、時間が変化するにつれて、ON領域あるいはOFF領域の位置が一定の割合でずれていく<ref><pubmed>8492152</pubmed></ref>。このずれていく方向が細胞の好みの運動方向を表す。このような位置の変化を示さない細胞も存在し、そのような細胞は[[運動方向選択性]]を示さない。  
 単純型細胞の大半は、物体がある向きに向かって動くときに強く反応し、それとは反対方向に動くときには反応しない[[運動方向選択性]]を示す<ref name="ref3" />。このような細胞の時空間受容野では、時間が変化するにつれて、ON領域あるいはOFF領域の位置が一定の割合でずれていく<ref><pubmed>8492152</pubmed></ref>。このずれていく方向が細胞の好みの運動方向を表す。このような位置の変化を示さない細胞も存在し、そのような細胞は[[運動方向選択性]]を示さない。  


 第一次視覚野細胞では視覚伝導路において左右両眼からの情報がはじめて収斂するため、多くの細胞が両眼に受容野をもつ<ref name="ref3" /><ref name="ref4" /><ref><pubmed> 6065881 </pubmed></ref> 。単純型細胞の左右眼の受容野では、ON領域やOFF領域が伸びる向きや幅は同じであるが、2つの領域の位置関係が異なる場合が多い。この位置ずれはガボール関数で左右の受容野を表すとき位相差として記述できる場合が多い。このずれは、奥行き知覚の手がかりとなる網膜上の[[両眼視差]](binocular disparity)にたいする感受性を単純型細胞にもたらしている。ずれの大きさは細胞によりさまざまであり、このため単純型細胞は、全体としてさまざまな両眼視差を適刺激とする&nbsp;<ref><pubmed>2067576</pubmed></ref> <ref><pubmed> 7264985 </pubmed></ref>。  
 第一次視覚野細胞では視覚伝導路において左右両眼からの情報がはじめて収斂するため、多くの細胞が両眼に受容野をもつ<ref name="ref3" /><ref name="ref4" /><ref> 。単純型細胞の左右眼の受容野では、ON領域やOFF領域が伸びる向きや幅は同じであるが、2つの領域の位置関係が異なる場合が多い。この位置ずれはガボール関数で左右の受容野を表すとき位相差として記述できる場合が多い。このずれは、奥行き知覚の手がかりとなる網膜上の[[両眼視差]](binocular disparity)にたいする感受性を単純型細胞にもたらしている。ずれの大きさは細胞によりさまざまであり、このため単純型細胞は、全体としてさまざまな両眼視差を適刺激とする&nbsp;<ref><pubmed>2067576</pubmed></ref> <ref><pubmed> 7264985 </pubmed></ref>。  


=== 複雑型細胞の受容野構造  ===
=== 複雑型細胞の受容野構造  ===
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 古典的受容野の周辺には、刺激が単独で呈示されるときには細胞活動に影響しないが、古典的受容野内部の刺激と同時に呈示されると、細胞に主に抑制性の影響を及ぼす空間範囲があり、これを非古典的受容野とよんでいる。<br>  
 古典的受容野の周辺には、刺激が単独で呈示されるときには細胞活動に影響しないが、古典的受容野内部の刺激と同時に呈示されると、細胞に主に抑制性の影響を及ぼす空間範囲があり、これを非古典的受容野とよんでいる。<br>  


 非古典的受容野は網膜の段階ですでに存在しており、視覚経路のほとんど全ての段階でみられるが<ref><pubmed> 3885829 </pubmed></ref>、ここでは最も多くの研究がなされたV1野の非古典的受容野について述べる。V1野ではこの構造は周辺領域とよばれることも多いが、これは網膜細胞の周辺領域とは全く異なるので注意が必要である。この領域は古典的受容野の周囲に一様に広がるのではなく、ある程度の局在がみられ、古典的受容野の最適方位軸の延長上に広がるもの、最適方位と直交する軸方向に広がるもののほか、斜め方向に位置するものもある<ref><pubmed> 10575050 </pubmed></ref> <ref name="refme"><pubmed> 19109456 </pubmed></ref>。多くは抑制性の影響を及ばすが興奮性の影響も報告されている<ref><pubmed> 11024097 </pubmed></ref> 。また非古典的受容野でみられる抑制には特徴選択性があり、古典的受容野でみられる最適な方位、空間周波数にたいして、非古典的受容野では最も強い抑制がみらえる<ref><pubmed> 8158236 </pubmed></ref><ref><pubmed> 12103439 </pubmed></ref> 。このような特性は、ポップアップや図地分化と呼ばれる知覚現象の基盤として<ref><pubmed> 1588394 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 8929444 </pubmed></ref> 、線分の長さや曲線の曲率<ref><pubmed> 3657960 </pubmed></ref>、主観的輪郭<ref><pubmed> 6539501 </pubmed></ref> 、テクスチャー境界<ref name="refme" />などさまざまな特徴を検出するための初期機構としても注目されている。  
 非古典的受容野は網膜の段階ですでに存在しており、視覚経路のほとんど全ての段階でみられるが、ここでは最も多くの研究がなされたV1野の非古典的受容野について述べる。V1野ではこの構造は周辺領域とよばれることも多いが、これは網膜細胞の周辺領域とは全く異なるので注意が必要である。この領域は古典的受容野の周囲に一様に広がるのではなく、ある程度の局在がみられ、古典的受容野の最適方位軸の延長上に広がるもの、最適方位と直交する軸方向に広がるもののほか、斜め方向に位置するものもある<ref><pubmed> 10575050 </pubmed></ref> <ref name="refme"><pubmed> 19109456 </pubmed></ref>。多くは抑制性の影響を及ばすが興奮性の影響も報告されている<ref><pubmed> 11024097 </pubmed></ref> 。非古典的受容野でみられる抑制には特徴選択性があり、古典的受容野でみられる最適な方位、空間周波数にたいして、非古典的受容野では最も強い抑制がみらえる<ref><pubmed> 8158236 </pubmed></ref><ref><pubmed> 12103439 </pubmed></ref> 。このような特性は、ポップアップや図地分化と呼ばれる知覚現象の基盤として<ref><pubmed> 1588394 </pubmed></ref> 、線分の長さや曲線の曲率<ref><pubmed> 3657960 </pubmed></ref>、主観的輪郭<ref><pubmed> 6539501 </pubmed></ref> 、テクスチャー境界<ref name="refme" />などさまざまな特徴を検出するための初期機構としても注目されている。  


=== 高次視覚野における受容野構造  ===
=== 高次視覚野における受容野構造  ===


 V1以外にも霊長類視覚系には30以上もの領域があり、これらの領野はV1野、V2野を経て側頭連合野(temporal lobe)へと至る腹側経路(ventral pathway)と頭頂連合野(parietal lobe)へと至る背側経路(dorsal pathway)の2つの経路として構成されている。腹側経路は主に物体形状の分析に、背側経路は運動や空間位置情報の伝達に関与していると考えられている <ref><pubmed> 1822724 </pubmed></ref> <ref name="ref17"><pubmed> 8043270 </pubmed> </ref><ref>'''M. Mishkin, L. G. Ungerleider and K. A. Macko '''<br>Object vision and spatial vision:two cortical pathways. <br>''Trends Neurosci.'': 1983, 6; 414-417.</ref>。  
 V1以外にも霊長類視覚系には30以上もの領域があり、これらの領野はV1野、V2野を経て側頭連合野(temporal lobe)へと至る腹側経路(ventral pathway)と頭頂連合野(parietal lobe)へと至る背側経路(dorsal pathway)の2つの経路として構成されている。腹側経路は主に物体形状の分析に、背側経路は運動や空間位置情報の伝達に関与していると考えられている <ref><pubmed> 1822724 </pubmed></ref> <ref name="ref17">。  


 細胞の受容野のサイズは高次の領域に向かうにつれて大きくなる。霊長類V1野で中心視野に受容野をもつ細胞の受容野は0.1~1度程度であるが、視覚経路の最終段階に位置するTE野では10度以上にもなる。ただし受容野サイズは偏心度にも依存し、中心視野では小さく、周辺視野ほど大きくなる。例えばV1野の周辺視野の受容野サイズは5度から10度程度である。またV1細胞の受容野位置は対側視野に限られるものが大部分であるが、視覚経路に沿って受容野サイズが大きくなるにつれて、同側視野も含むものが序々に増してくる。TE野では多くの細胞が同側視野を受容野に含む<ref><pubmed> 6470767 </pubmed></ref>。  
 細胞の受容野のサイズは高次の領域に向かうにつれて大きくなる。霊長類V1野で中心視野に受容野をもつ細胞の受容野は0.1~1度程度であるが、視覚経路の最終段階に位置するTE野では10度以上にもなる。ただし受容野サイズは偏心度にも依存し、中心視野では小さく、周辺視野ほど大きくなる。例えばV1野の周辺視野の受容野サイズは5度から10度程度である。またV1細胞の受容野位置は対側視野に限られるものが大部分であるが、視覚経路に沿って受容野サイズが大きくなるにつれて、同側視野も含むものが序々に増してくる。TE野では多くの細胞が同側視野を受容野に含む<ref><pubmed> 6470767 </pubmed></ref>。  
 
 空間視に関連の深い背側経路では、受容野の位置が、網膜座標以外の空間座標系に依存するような細胞が多くみられる。たとえば、V3A野やその上位にある7a野には、受容野の位置は網膜座標系で固定されているものの、頭部を基準とした座標系にも依存し、眼球が特定の方向に向くときにのみ強く活動するような細胞が存在する<ref><pubmed> 8385201 </pubmed></ref>。PO野には、網膜座標には依存せず、体にたいする位置関係で固定された受容野をもつ細胞が現れる<ref><pubmed> 8270019 </pubmed></ref>。このような身体座標系で固定された受容野は、視覚入力と体性感覚入力の両方を受けるVIP野や7b野などにもみられる。このような受容野をもつ細胞は、受容野部位への皮膚刺激とその場所へ向かってくる視覚刺激の両方に応答するような細胞が知られている<ref><pubmed> 8385201 </pubmed></ref>。背側経路の多くの細胞は両眼に受容野をもち、両眼視差に感受性をもつ。これらは物体の奥行き位置や3次元形状の表現に関与していると考えられている<ref><pubmed> 8270019 </pubmed></ref><ref><pubmed> 10805708 </pubmed></ref>。


 腹側経路では、高次の段階に向かうにつれて、複雑な物体特徴を適刺激とするような受容野が増してくる。V2野-&gt;V4野-&gt;TEO野-&gt;TE野と向かう腹側経路では、V2野に折れ線に反応する細胞<ref><pubmed> 15056711 </pubmed></ref> 、V4野にテクスチャー、パターン、曲率や凹凸の情報を伝える細胞<ref><pubmed> 8418487 </pubmed></ref><ref><pubmed> 10561421 </pubmed></ref>TEO野には物体の部分的特徴、TE野に至っては顔などの極めて複雑な特徴の情報を伝える細胞が存在する<ref><pubmed> 6470767 </pubmed></ref><ref><pubmed> 1448150 </pubmed></ref>。さらに、これらの細胞の多くは、受容野内部で刺激の位置、向き、あるいは形を定義する手がかり(明るさの違いや色の違いなど)を変えても特徴選択性を維持する<ref><pubmed> 8493538 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11160508 </pubmed></ref>。 腹側経路でも、大部分の細胞は両眼に受容野をもち、両眼視差に感受性をもつことから、奥行き知覚にも関与していると考えられている<ref><pubmed> 10899190 </pubmed></ref>。
 空間視に関連の深い背側経路では、受容野の位置が、網膜座標以外の空間座標系に依存するような細胞が多くみられる。たとえば、V3A野やその上位にある7a野には、受容野の位置は網膜座標系で固定されているものの、頭部を基準とした座標系にも依存し、眼球が特定の方向に向くときにのみ強く活動するような細胞が存在する<ref><pubmed> 8385201 </pubmed></ref>。PO野には、網膜座標には依存せず、体にたいする位置関係で固定された受容野をもつ細胞が現れる<ref><pubmed> 8270019 </pubmed></ref>。このような身体座標系で固定された受容野は、視覚入力と体性感覚入力の両方を受けるVIP野や7b野などにもみられる。このような受容野をもつ細胞は、受容野部位への皮膚刺激とその場所へ向かってくる視覚刺激の両方に応答するような細胞が知られている<ref><pubmed> 8385201 </pubmed></ref>。背側経路の多くの細胞は両眼に受容野をもち、両眼視差に感受性をもつ。これらは物体の奥行き位置や3次元形状の表現に関与していると考えられている<ref><pubmed> 8270019 </pubmed></ref><ref><pubmed> 10805708 </pubmed></ref>。  


 腹側経路では、高次の段階に向かうにつれて、複雑な物体特徴を適刺激とするような受容野が増してくる。V2野-&gt;V4野-&gt;TEO野-&gt;TE野と向かう腹側経路では、V2野に折れ線に反応する細胞<ref><pubmed> 15056711 </pubmed></ref> 、V4野にテクスチャー、パターン、曲率や凹凸の情報を伝える細胞<ref><pubmed> 8418487 </pubmed></ref>TEO野には物体の部分的特徴、TE野に至っては顔などの極めて複雑な特徴の情報を伝える細胞が存在する<ref><pubmed> 6470767 </pubmed></ref><ref><pubmed> 1448150 </pubmed></ref>。さらに、これらの細胞の多くは、受容野内部で刺激の位置、向き、あるいは形を定義する手がかり(明るさの違いや色の違いなど)を変えても特徴選択性を維持する<ref><pubmed> 8493538 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11160508 </pubmed></ref>。 腹側経路でも、大部分の細胞は両眼に受容野をもち、両眼視差に感受性をもつことから、奥行き知覚にも関与していると考えられている<ref><pubmed> 10899190 </pubmed></ref>。
 
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== 体性感覚系の受容野  ==
== 体性感覚系の受容野  ==
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