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==概要== | |||
Cre/loxPシステムとはloxP配列と呼ばれるDNA配列に対しDNA組換え酵素Creが働くことにより生じる部位特異的組換え反応を利用した遺伝子組換え実験系である。本来、バクテリオファージP1が宿主である大腸菌内で複製される際に自身のゲノムを環状化するための組換えシステムである。遺伝子工学、発生工学に分野で主にloxP配列間に存在する遺伝子をCre発現により欠失させるために使用される。 | |||
==原理== | |||
1.1 Cre recombinase (Cre) | |||
バクテリオファージP1に由来し、TypeIトポイソメラーゼに分類される約38kDaのDNA組換え酵素でloxP配列とよばれる塩基配列を認識し組換えを起こす。 | |||
1.2 loxP配列 | |||
バクテリオファージP1ゲノムに由来する34bpのDNA配列で両末端に存在するCre結合部位13bpは対称に、中心部は非対称な配列になっている。 | |||
5'-ATAACTTCGTATAGCATACATTATACGAAGTTAT-3' | |||
1.3 実際の反応 | |||
2つのloxP配列が同方向に位置している場合、CreによりloxP配列間の遺伝子は切り出され環状化する(図)。この反応は平衡反応であるが切り出され環状化した遺伝子断片が元の状態に戻ることは極めて稀である。また、2つのloxP配列が異なる方向に位置しているときはCreによりloxP間の遺伝子は反転する。 | |||
== | ==バリエーション== | ||
2.1 Creのバリエーション | |||
Creと変異エストロゲン受容体の融合タンパク質であるCre-ERタンパク質は通常細胞質に存在するが、エストロゲン誘導体であるタモキシフェンと結合することにより核内に移行し、loxP配列に対して組換えを起こす。これを利用してCre-loxPシステムの働く時期をタモキシフェン依存的に調節することが可能である。 | |||
2.2 loxP配列のバリエーション | |||
Creによって組換わるものの、loxP配列とは組換わらないlox511配列(ref)や遺伝子への挿入が可能なlox RE, loxLE配列などが存在する。 | |||
2.3 類似のシステム | |||
出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来の組換え酵素FLPとFRT配列 | |||
(5'-GAAGTTCCTATTCTCTAGAAAGTATAGGAACTTC-3') | |||
もCre-loxPシステムと同様の目的で頻用される。 | |||
また、醤油酵母(Zygosaccharomyces rouxii)由来の組換え酵素RとRS配列、バクテリオファージMu由来の組換え酵素Ginとgix配列も例は少ないものの使用されている。 | |||
==使用例== | |||
3.1 Cre発現依存的遺伝子欠損(コンディショナルノックアウト) | |||
特定の遺伝子の機能をマウスなど動物個体で解析することを目的として、その遺伝子を欠損させた遺伝子ノックアウト動物が用いられる。しかし対象とする遺伝子の欠損により致死となるため目的の解析が出来ないことがある。そのような場合はある特定の組織だけで遺伝子を欠損することでこの問題を回避できる。 | |||
まず、欠損させたい遺伝子の両端にloxP配列をジーンターゲティング法により挿入した遺伝子改変動物を作製し、さらに組織特異的プロモーターの制御下でCreを発現するトランスジェニック動物を交配する。得られた動物個体内では組織特異的プロモーターが働く部位のみ遺伝子が欠損する。また、Creを発現するためのプロモーターを選択することにより、組織特異的な遺伝子ノックアウトだけではなく時期特異的な遺伝子ノックアウトも可能である。 | |||
3.2 Cre発現依存的遺伝子発現 | |||
ある遺伝子を細胞あるいは動物個体の組織で高発現させるためには組織特異的プロモーターの下流に目的の遺伝子をつなげた外来遺伝子を構築し導入する方法が用いられる。 | |||
しかし、そのプロモーターによる発現量が低かった場合には以下の方法を用いることでプロモーターの組織特性を保ちながら目的遺伝子の高発現が期待できる。 | |||
まず、組織特異的プロモーターの下流にCre遺伝子をつけた外来遺伝子およびMCVプロモーターなどの高発現が期待できるプロモーター下流に2つのloxP配列に挟まれたpolyA付加シグナルなどの転写停止配列、さらにその下流に目的の遺伝子をつなげた外来遺伝子をそれぞれ構築する。これらの外来遺伝子を同時に導入すると、組織特異的プロモーターが働く部位ではloxP配列間の転写停止配列が欠損し、その下流に位置する目的遺伝子が高発現する。一方、組織特異的プロモーターが働かない部位では転写停止配列が存在するため目的の遺伝子は発現しない。 | |||
3.3 培養細胞における選択マーカーの除去 | |||
培養細胞に外来遺伝子を導入する際、細胞の遺伝子が導入された細胞を選択をするためにネオマイシン耐性遺伝子など薬剤耐性遺伝子を選択マーカーとして用いる。しかし、目的の細胞が得られた後にはこれらの選択マーカー遺伝子を発現するためのプロモーターが内在性のプロモーターに干渉する例があるために、選択後は除くことが望ましい。この場合にもCre-loxPシステムが利用される。細胞に導入する外来遺伝子の選択マーカーは2つのloxP配列で挟まれた形にしておく。この選択マーカーを除くためにCreとともにピューロマイシン耐性遺伝子を発現するプラスミドpCrePacを一過性に導入し、ピューロマイシン存在下で培養するとCreにより選択マーカーが除去された細胞のみが生存する。 | |||
2012年4月27日 (金) 16:24時点における版
概要
Cre/loxPシステムとはloxP配列と呼ばれるDNA配列に対しDNA組換え酵素Creが働くことにより生じる部位特異的組換え反応を利用した遺伝子組換え実験系である。本来、バクテリオファージP1が宿主である大腸菌内で複製される際に自身のゲノムを環状化するための組換えシステムである。遺伝子工学、発生工学に分野で主にloxP配列間に存在する遺伝子をCre発現により欠失させるために使用される。
原理
1.1 Cre recombinase (Cre) バクテリオファージP1に由来し、TypeIトポイソメラーゼに分類される約38kDaのDNA組換え酵素でloxP配列とよばれる塩基配列を認識し組換えを起こす。
1.2 loxP配列 バクテリオファージP1ゲノムに由来する34bpのDNA配列で両末端に存在するCre結合部位13bpは対称に、中心部は非対称な配列になっている。 5'-ATAACTTCGTATAGCATACATTATACGAAGTTAT-3'
1.3 実際の反応 2つのloxP配列が同方向に位置している場合、CreによりloxP配列間の遺伝子は切り出され環状化する(図)。この反応は平衡反応であるが切り出され環状化した遺伝子断片が元の状態に戻ることは極めて稀である。また、2つのloxP配列が異なる方向に位置しているときはCreによりloxP間の遺伝子は反転する。
バリエーション
2.1 Creのバリエーション Creと変異エストロゲン受容体の融合タンパク質であるCre-ERタンパク質は通常細胞質に存在するが、エストロゲン誘導体であるタモキシフェンと結合することにより核内に移行し、loxP配列に対して組換えを起こす。これを利用してCre-loxPシステムの働く時期をタモキシフェン依存的に調節することが可能である。
2.2 loxP配列のバリエーション Creによって組換わるものの、loxP配列とは組換わらないlox511配列(ref)や遺伝子への挿入が可能なlox RE, loxLE配列などが存在する。
2.3 類似のシステム 出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来の組換え酵素FLPとFRT配列 (5'-GAAGTTCCTATTCTCTAGAAAGTATAGGAACTTC-3') もCre-loxPシステムと同様の目的で頻用される。 また、醤油酵母(Zygosaccharomyces rouxii)由来の組換え酵素RとRS配列、バクテリオファージMu由来の組換え酵素Ginとgix配列も例は少ないものの使用されている。
使用例
3.1 Cre発現依存的遺伝子欠損(コンディショナルノックアウト) 特定の遺伝子の機能をマウスなど動物個体で解析することを目的として、その遺伝子を欠損させた遺伝子ノックアウト動物が用いられる。しかし対象とする遺伝子の欠損により致死となるため目的の解析が出来ないことがある。そのような場合はある特定の組織だけで遺伝子を欠損することでこの問題を回避できる。 まず、欠損させたい遺伝子の両端にloxP配列をジーンターゲティング法により挿入した遺伝子改変動物を作製し、さらに組織特異的プロモーターの制御下でCreを発現するトランスジェニック動物を交配する。得られた動物個体内では組織特異的プロモーターが働く部位のみ遺伝子が欠損する。また、Creを発現するためのプロモーターを選択することにより、組織特異的な遺伝子ノックアウトだけではなく時期特異的な遺伝子ノックアウトも可能である。
3.2 Cre発現依存的遺伝子発現 ある遺伝子を細胞あるいは動物個体の組織で高発現させるためには組織特異的プロモーターの下流に目的の遺伝子をつなげた外来遺伝子を構築し導入する方法が用いられる。 しかし、そのプロモーターによる発現量が低かった場合には以下の方法を用いることでプロモーターの組織特性を保ちながら目的遺伝子の高発現が期待できる。 まず、組織特異的プロモーターの下流にCre遺伝子をつけた外来遺伝子およびMCVプロモーターなどの高発現が期待できるプロモーター下流に2つのloxP配列に挟まれたpolyA付加シグナルなどの転写停止配列、さらにその下流に目的の遺伝子をつなげた外来遺伝子をそれぞれ構築する。これらの外来遺伝子を同時に導入すると、組織特異的プロモーターが働く部位ではloxP配列間の転写停止配列が欠損し、その下流に位置する目的遺伝子が高発現する。一方、組織特異的プロモーターが働かない部位では転写停止配列が存在するため目的の遺伝子は発現しない。
3.3 培養細胞における選択マーカーの除去 培養細胞に外来遺伝子を導入する際、細胞の遺伝子が導入された細胞を選択をするためにネオマイシン耐性遺伝子など薬剤耐性遺伝子を選択マーカーとして用いる。しかし、目的の細胞が得られた後にはこれらの選択マーカー遺伝子を発現するためのプロモーターが内在性のプロモーターに干渉する例があるために、選択後は除くことが望ましい。この場合にもCre-loxPシステムが利用される。細胞に導入する外来遺伝子の選択マーカーは2つのloxP配列で挟まれた形にしておく。この選択マーカーを除くためにCreとともにピューロマイシン耐性遺伝子を発現するプラスミドpCrePacを一過性に導入し、ピューロマイシン存在下で培養するとCreにより選択マーカーが除去された細胞のみが生存する。