「血清応答因子」の版間の差分

提供:脳科学辞典
ナビゲーションに移動 検索に移動
編集の要約なし
編集の要約なし
(4人の利用者による、間の37版が非表示)
1行目: 1行目:
<div align="right"> 
SRF
<font size="+1">[http://researchmap.jp/MKL 田渕 明子]</font><br>
''富山大学''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年5月1日 原稿完成日:2012年5月12日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/michisukeyuzaki 柚崎 通介](慶應義塾大学 医学部生理学)<br>
</div>


{{PBB|geneid=6722}}
日本語名:血清応答因子 英語名:serum response factor 英略称:SRF


英語名:serum response factor 英略称:SRF 独:Serum-Response-Faktor
<br>


{{box|text=
概要<br> SRFは、MADSボックス(MADS-box)ファミリーに属する転写因子である<sup>[1]</sup>。遺伝子のCC(A/T)<sub>6</sub>GG (CArG) ボックス<sup>[2]</sup>に二量体で結合し<sup>[3][4]</sup>、c-''fos''などの転写因子をコードするある種の最初期遺伝子やβ-アクチンなど細胞骨格系遺伝子の発現を制御することが知られている<sup>[5]</sup>。SRFは、中胚葉形成などの胚発生<sup>[6]</sup>、筋分化<sup>[7]</sup>、心機能<sup>[7]</sup>、免疫系細胞の成熟<sup>[7]</sup>など多彩な生命現象に関与するとの指摘がある。中枢神経系においては、海馬の神経回路形成<sup>[8][9]</sup>、樹状突起や軸索形態<sup>[8][9][10][11</sup>]、シナプス機能<sup>[5][8][12]</sup>への関与、海馬や大脳皮質の層構造形成<sup>[10] [11]</sup>、神経細胞移動<sup>[8][13]</sup>、末梢神経系においては後根神経節の軸索分岐形成や伸長への関与<sup>[14]</sup>が指摘されている。  
 SRFは、[[wj:MADSボックス|MADSボックス]](MADS-box)ファミリーに属する[[転写因子]]である<ref name=ref1><pubmed>7744019</pubmed></ref>。遺伝子のCC(A/T)<sub>6</sub>GG (CArG) ボックス<ref name=ref2><pubmed>2823106</pubmed></ref>に二量体で結合し<ref name=ref3><pubmed>3203386</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>7637780</pubmed></ref>、[[c-fos|c-''fos'']]などの[[最初期遺伝子]]やβ-[[アクチン]]など[[細胞骨格]]系遺伝子の発現を制御することが知られている<ref name=ref5><pubmed>15880109</pubmed></ref>。SRFは、[[wj:中胚葉|中胚葉]]形成などの[[wj:胚発生|胚発生]]<ref name=ref6><pubmed>9799237</pubmed></ref>、[[wj:筋|筋]]分化<ref name=ref7><pubmed>20498652</pubmed></ref>[[wj:心|心]]機能<ref name=ref7><pubmed>20498652</pubmed></ref>、[[wj:免疫|免疫]]系細胞の成熟<ref name=ref7><pubmed>20498652</pubmed></ref>など多彩な生命現象に関与するとの指摘がある。[[中枢神経]]系においては、[[海馬]]の神経回路形成<ref name=ref8><pubmed>19643506</pubmed></ref><ref name=ref9><pubmed>16415869</pubmed></ref>、[[樹状突起]]や[[軸索]]形態<ref name=ref8><pubmed>19643506</pubmed></ref><ref name=ref9><pubmed>16415869</pubmed></ref><ref name=ref10><pubmed>20123976</pubmed></ref><ref name=ref11><pubmed>22090492</pubmed></ref>、[[シナプス]]機能<ref name=ref5><pubmed>15880109</pubmed></ref><ref name=ref8><pubmed>19643506</pubmed></ref><ref name=ref12><pubmed>16600861</pubmed></ref>への関与、海馬や[[大脳皮質]]の[[層構造]]形成<ref name=ref10 /><ref name=ref11><pubmed>22090492</pubmed></ref>[[神経細胞移動]]<ref name=ref8><pubmed>19643506</pubmed></ref><ref name=ref13><pubmed>15837932</pubmed></ref>、[[末梢神経系]]においては[[後根神経節]]の軸索分岐形成や伸長への関与<ref name=ref14><pubmed>18498735</pubmed></ref>が指摘されている。  
}}


== 歴史 ==


 血清刺激によって最初期遺伝子c-''fos''の発現誘導が起こる。c-''fos''遺伝子の[[wj:転写開始点|転写開始点]]より上流に存在し、[[wj:血清|血清]]に応答して転写を制御する働きをもつ塩基配列を血清応答要素(serum response element, SRE)とよび、SREに結合する分子は血清応答因子(serum response factor, SRF)と名付けられた<ref name=ref15><pubmed>3524858</pubmed></ref>。1988年にはSRF cDNAが単離され、ホモ二量体を形成してDNAに結合することが指摘された<ref name=ref3><pubmed>3203386</pubmed></ref>。SRE配列には、CC(A/T)<sub>6</sub>GG、いわゆる[[wj:CArGボックス|CArGボックス]]<ref name=ref2><pubmed>2823106</pubmed></ref>が含まれており、SRFが結合する配列はこのCArGボックスである。CArGボックスは、c-''fos''や[[egr-1|''egr''-1]]などの最初期遺伝子だけではなく、アクチンなどの細胞骨格系遺伝子の上流にも存在していることが判明し、SRFの標的遺伝子候補となっている<ref name=ref5><pubmed>15880109</pubmed></ref><ref name=ref16><pubmed>3785189</pubmed></ref><ref name=ref17><pubmed>12788374</pubmed></ref><ref name=ref18><pubmed>20414257</pubmed></ref>。SRFを含む多くの転写因子群に共通して保存されている領域は、4つの転写因子(Minichromosome maintenance 1 protein, Agamous, Deficiens, SRF)の頭文字をとってMADSボックス(MADS-box)とよばれている<ref name=ref1><pubmed>7744019</pubmed></ref>。したがってSRFはMADSボックスファミリーの一員である<ref name=ref1 />。


== 構造 ==
目次<br>■ 1 歴史<br>■ 2 細胞内制御機構<br>■ 3 SRFコファクター<br>&nbsp;&nbsp; &nbsp; &nbsp; ・Ternary complex factor (TCF)<br>&nbsp;&nbsp; &nbsp; &nbsp; ・MyocardinとMKL/MRTF<br>■ 4 SRF標的遺伝子<br>■ 5 構造<br>■ 6 脳内発現<br>■ 7 生理機能<br>■ 8 参考文献


 SRFは、N末端側に約56アミノ酸残基で構成されるMADSボックス<ref name=ref1><pubmed>7744019</pubmed></ref>、それに続くSRFコファクターとの相互作用部位、C末端側に転写活性化ドメイン<ref name=ref28><pubmed>8417320</pubmed></ref><ref name=ref29><pubmed>8407951</pubmed></ref>を有する。MADSボックス内にDNA結合ドメイン、二量体形成ドメインが存在する<ref name=ref4><pubmed>7637780</pubmed></ref>。
<br>  


 SRFコアホモ二量体とDNAとの複合体の構造がX線構造解析により明らかにされた<ref name=ref4></ref>。SRFコアドメインは、約90アミノ酸残基から成り、DNA結合領域、二量体形成、SRFコファクターとの相互作用部位を持つ。SRFコアの各サブユニットから伸びる両親媒性[[wj:α-ヘリックス|α-ヘリックス]](αI)が逆平行[[wj:コイルドコイル|コイルドコイル]]を形成し、CArGボックスの小溝内に平行に配置している<ref name=ref4></ref>。αIから伸びる塩基性N末端はDNAの主溝にはまり込んでいる<ref name=ref4><pubmed>7637780</pubmed></ref>。また、βI、βIIから成る4本の逆平行βシートが二量体形成のための中心的要素となっている<ref name=ref4></ref>。C末端は変則的なコイル構造と短いα-へリックス(αII)をとっている<ref name=ref4></ref>。したがって、SRF コアドメインはDNA結合領域であるコイルドコイルの下層、βシートから成る中間層、C末端領域からなる上層という3層から成る。SRFコアホモ二量体と結合しているDNAは折れ曲がり、通常とは異なる構造をとっている<ref name=ref4></ref>。
歴史<br> 血清刺激によって最初期遺伝子c''-fos''の発現誘導が起こるが、c-''fos''遺伝子の転写開始点より上流に存在し、血清に応答して転写を制御する働きをもつ塩基配列を血清応答要素(serum response element, SRE)、SREに結合する分子を血清応答因子(serum response factor, SRF)と名付けた<sup>[15]</sup>。1988年にはSRF cDNAが単離され、ホモ二量体を形成してDNAに結合することが指摘された<sup>[3]</sup>。SRE配列には、CC(A/T)<sub>6</sub>GG、いわゆるCArGボックス<sup>[2]</sup>が含まれており、SRFが結合する配列はこのCArGボックスである。CArGボックスは、c-''fos''や''egr''-1などの最初期遺伝子だけではなく、アクチンなどの細胞骨格系遺伝子にも存在していることが判明し、実際のSRFの標的遺伝子もしくは標的遺伝子候補となっている<sup>[5][16][17][18]</sup>。また、SRFを含む多くの転写因子に相同性の高い領域があることが判明し、その領域を4つの転写因子(Minichromosome maintenance 1 protein, Agamous, Deficiens, SRF)の頭文字をとってMADSボックス(MADS-box)と名付けた<sup>[1]</sup>。したがって、MADSボックス(MADS-box)を持つ分子はMADSボックス(MADS-box)ファミリーに属し、SRFもその一つである<sup>[1]</sup>。  


== 脳内発現 ==


 SRFは、あらゆる組織で[http://mouse.brain-map.org/experiment/show/68798849 発現]が認められている。中枢神経系においては、[[梨状皮質]]、[[大脳皮質]]、[[線条体]]、海馬、[[扁桃体]]に比較的強い発現が認められており、特に梨状皮質、海馬[[歯状回]]、[[CA1]]で強く発現する<ref name=ref30><pubmed>12234660</pubmed></ref>。一方、[[淡蒼球]]でほとんど認められず<ref name=ref30><pubmed>12234660</pubmed></ref><ref name=ref31><pubmed>9300412</pubmed></ref> 、[[中脳]]、[[視床下部]]では、弱いかほとんど認められない<ref name=ref30><pubmed>12234660</pubmed></ref><ref name=ref31><pubmed>9300412</pubmed></ref>。[[小脳]]においても[[顆粒細胞]]や[[プルキンエ細胞]]にも発現している<ref name=ref30><pubmed>12234660</pubmed></ref><ref name=ref31><pubmed>9300412</pubmed></ref>。また、発達過程に伴って発現は変化し、大脳皮質、海馬歯状回とCA1においては生後28日までに発現量が上昇し、大脳皮質では成体時まで発現が維持される<ref name=ref30><pubmed>12234660</pubmed></ref>。また、末梢神経系においては、後根神経節での発現が報告されている<ref name=ref14><pubmed>18498735</pubmed></ref>。


== 細胞内制御機構 ==
細胞内制御機構<br> SRFは、血清<sup>[15]</sup>、神経成長因子(nerve growth factor, NGF)<sup>[14]</sup>, 脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor, BDNF)<sup>[19]</sup>などの神経栄養因子、 (transforming growth factor- β, TGF-β)スーパーファミリー<sup>[20]</sup>、リゾホスファチジン酸(lysophosphatidic acid, LPA)<sup>[21]</sup>などの細胞外リガンドによって制御される。SRF制御のための細胞内情報伝達は、MAPキナーゼ伝達経路<sup>[21]</sup>と低分子量Gタンパク質Rho伝達経路の大きく2つがよく知られている(図)[21]。情報の最終到達点は、SRFによる標的遺伝子の制御であるが、SRFに結合して転写を制御するSRFコファクター(後述)が細胞内情報の統合や標的遺伝子の決定を行う可能性が指摘されている<sup>[21]</sup>。


[[image:SRF2.jpg|thumb|350px|'''図. SRF細胞内制御機構のモデル(主に細胞株中心の解析結果)''']]


 SRFは、血清<ref name=ref15><pubmed>3524858</pubmed></ref>、[[神経成長因子]](nerve growth factor, NGF)<ref name=ref14><pubmed>18498735</pubmed></ref>, [[脳由来神経栄養因子]](brain-derived neurotrophic factor, BDNF)<ref name=ref19><pubmed>17005865</pubmed></ref>などの神経栄養因子、 ([[transforming growth factor- β]], TGF-β)スーパーファミリー<ref name=ref20><pubmed>20709749</pubmed></ref>、[[リゾホスファチジン酸]](lysophosphatidic acid, LPA)<ref name=ref21><pubmed>17035020</pubmed></ref>などの細胞外リガンドによって制御される。SRF制御のための細胞内情報伝達は、[[MAPキナーゼ伝達経路]]<ref name=ref21 />と[[低分子量Gタンパク質]][[Rho]]伝達経路の大きく2つがよく知られている(図)<ref name=ref21 />。情報の最終到達点は、SRFによる標的遺伝子の制御であるが、SRFに結合して転写を制御するSRFコファクター(後述)が細胞内情報の統合や標的遺伝子の決定を行う可能性が指摘されている<ref name=ref21 />。


===コファクター===
SRFコファクター<br>Ternary complex factor (TCF)(図)<br> TCFは、Ets-like transcription factor (Elk-1)、SRF accessory protein 1 (SAP-1)/Elk-4、New ets transcription factor (Net)/Ets-related protein(ERP)/SAP-2/Elk-3の3つが知られている<sup>[22]</sup>。TCFはE-twenty six (ETS)転写ファミリー(ETS transcription factor family)に属し、DNA結合ドメインであるETSドメインを持つ<sup>[22]</sup>。<br>  TCFは、CArGボックス近傍のDNA配列(GGAA/T)とSRFに結合して三量体を形成し、下流遺伝子の発現を制御する<sup>[22]</sup>。またMAPキナーゼによりリン酸化されて活性調節される[22]。c-fos遺伝子の転写調節に重要な因子として同定され、解析が進んだ<sup>[23]</sup>。しかし、TCFによる転写の正負制御はシグナル、遺伝子、細胞の種類によって異なると考えられる。


==== Ternary complex factor ====
MyocardinとMKL/MRTF(図)<br> Myocardinとmegakaryoblastic leukemia (MKL)/myocardin-related transcription factor (MRTF)もSRFに結合するコファクターである<sup>[18]</sup>。MyocardinとMKL/MRTFは、ドメイン構造が類似しているが、アクチン動態のシグナルに対しては応答性が異なる<sup>[24]</sup>。主にNIH3T3細胞等の非神経細胞において、MKL/MRTFはRhoシグナル活性化によるアクチン細胞骨格の再編成によってG-アクチンから解離し、核移行して下流遺伝子の発現を制御するモデルが提唱されている(図)<sup>[25]</sup>。一方、myocardinはRhoシグナルに対する応答性は低いとされている<sup>[24]</sup>。MKL/MRTFは、異なる遺伝子にコードされるMKL1/MRTF-A (別名megakaryocytic acute leukemia (MAL), basic, SAP, and coiled-coil domain (BSAC))とMKL2/MRTF-B (別名MAL16)の2種類が知られている<sup>[21]</sup>。Myocardinは、心臓、骨格筋に高発現し、平滑筋関連遺伝子の発現を制御する<sup>[26]</sup>が、MKL1/MRTF-Aは、精巣と脳、MKL/MRTF-Bは脳に高い発現が認められる<sup>[20]</sup>。MKL/MRTFによる転写の正負制御もシグナル、遺伝子、細胞の種類によって異なっていると考えられる。


 Ternary complex factor(TCF)は、[[wikipedia:Ets-like transcription factor|Ets-like transcription factor]] (Elk-1)、[[wikipedia:SRF accessory protein 1|SRF accessory protein 1]] (SAP-1)/Elk-4、[[wikipedia:New ets transcription factor|New ets transcription factor]] (Net)/Ets-related protein(ERP)/SAP-2/Elk-3の3つが知られている<ref name=ref22><pubmed>14693367</pubmed></ref>。TCFは[[wikipedia:E-twenty six|E-twenty six]] (ETS)転写因子ファミリー(ETS transcription factor family)に属し、DNA結合ドメインであるETSドメインを持つ<ref name=ref22><pubmed>14693367</pubmed></ref>。


 TCFは、CArGボックス近傍のDNA配列(GGAA/T)とSRFに結合して三量体を形成し、下流遺伝子の発現を制御する<ref name=ref22><pubmed>14693367</pubmed></ref>。またMAPキナーゼによりリン酸化されて活性調節される<ref name=ref22><pubmed>14693367</pubmed></ref>。c-''fos''遺伝子の転写調節に重要な因子として同定され、解析が進んだ<ref name=ref23><pubmed>2492906</pubmed></ref>。しかし、TCFによる転写の正負制御はシグナル、遺伝子、細胞の種類によって異なると考えられる。


==== MyocardinとMKL/MRTF ====
SRF標的遺伝子<br> CArGボックスを有する遺伝子がSRFの標的となりうる。しかし、SRFが結合して転写を制御しているかどうかの判断をCArGボックスというDNA配列の有無だけで行うのは困難である。現在、代表的なSRF標的遺伝子としてc-fos、egr-1などの最初期遺伝子が知られている<sup>[5]</sup>。β-アクチン遺伝子も代表的な標的遺伝子である<sup>[5]</sup>。近年、神経系SRF標的遺伝子としてactivity-regulated cytoskeleton-associated protein (Arc)遺伝子が報告されている<sup>[5][27]</sup>。また、最初期遺伝子に加え、多くの細胞骨格関連遺伝子にCArGボックスが存在している<sup>[16][17][18]</sup>。


 [[wikipedia:Myocardin|Myocardin]]と[[wikipedia:megakaryoblastic leukemia|megakaryoblastic leukemia]] (MKL)/myocardin-related transcription factor (MRTF)もSRFに結合するコファクターである<ref name=ref18><pubmed>20414257</pubmed></ref>。MyocardinとMKL/MRTFは、ドメイン構造が類似しているが、アクチン動態のシグナルに対しては応答性が異なる<ref name=ref24><pubmed>18025109</pubmed></ref>。主にNIH3T3細胞等の非神経細胞において、MKL/MRTFはRhoシグナル活性化によるアクチン細胞骨格の再編成によってG-アクチンから解離し、核移行して下流遺伝子の発現を制御するモデルが提唱されている(図)<ref name=ref25><pubmed>12732141</pubmed></ref>。一方、myocardinはRhoシグナルに対する応答性は低いとされている<ref name=ref24><pubmed>18025109</pubmed></ref>。MKL/MRTFは、異なる遺伝子にコードされる[[wikipedia:MKL1|MKL1]]/MRTF-A (別名megakaryocytic acute leukemia (MAL), basic, SAP, and coiled-coil domain (BSAC))と[[wikipedia:MKL2|MKL2]]/MRTF-B (別名MAL16)の2種類が知られている<ref name=ref21 />。Myocardinは、心臓、骨格筋に高発現し、平滑筋関連遺伝子の発現を制御する<ref name=ref26><pubmed>12756293</pubmed></ref>が、MKL1/MRTF-Aは、[[wj:精巣|精巣]]と脳、MKL2/MRTF-Bは脳に高い発現が認められる<ref name=ref20><pubmed>20709749</pubmed></ref>。MKL/MRTFによる転写の正負制御もシグナル、遺伝子、細胞の種類によって異なっていると考えられる。


==標的遺伝子 ==


 SRFが結合して転写を制御しているかどうかは、遺伝子上流のCArGボックスの有無だけでは判断できないが、最初期遺伝子や多くの細胞骨格関連遺伝子にCArGボックスが存在している<ref name=ref16><pubmed>3785189</pubmed></ref><ref name=ref17><pubmed>12788374</pubmed></ref><ref name=ref18><pubmed>20414257</pubmed></ref>。代表的なSRF標的遺伝子としてc-''fos''、''egr''-1などの最初期遺伝子<ref name=ref5><pubmed>15880109</pubmed></ref>のほかにβ-アクチン遺伝子が知られている<ref name=ref5><pubmed>15880109</pubmed></ref>。近年、神経系でのSRF標的遺伝子として[[activity-regulated cytoskeleton-associated protein]] (Arc)遺伝子が報告された<ref name=ref5><pubmed>15880109</pubmed></ref><ref name=ref27><pubmed>19116276</pubmed></ref>。
構造<br> SRFは、N末端側に約56アミノ酸残基で構成されるMADSボックス(MADS-box)<sup>[1]</sup>、それに続くSRFコファクターとの相互作用部位、C末端側に転写活性化ドメイン[28][29]を有する。MADSボックス内にDNA結合ドメイン、二量体形成ドメインが存在する<sup>[4]</sup><br> SRFコアホモ二量体とDNAとの複合体の構造がX線構造解析により明らかにされた<sup>[4]</sup>。SRFコアドメインは、約90アミノ酸残基から成り、DNA結合領域、二量体形成、SRFコファクターとの相互作用部位を持つ。SRFコアの各サブユニットから伸びる両親媒性α-ヘリックス(αI)が逆平行コイルドコイルを形成し、CArGボックスの小溝内に平行に配置している<sup>[4]</sup>。αIから伸びる塩基性N末端はDNAの主溝にはまり込んでいる<sup>[4]</sup>。また、βI、βIIから成る4本の逆並行βシートが二量体形成のための中心的要素となっている[4]。C末端は変則的なコイル構造と短いα-へリックス(αII)をとっている<sup>[4]</sup>。したがって、SRF コアドメインはDNA結合領域であるコイルドコイルの下層、βシートから成る中間層、C末端領域からなる上層という3層から成る。SRFコアホモ二量体と結合しているDNAは折れ曲がり、通常とは異なる構造をとっている<sup>[4]</sup>。  


== 生理機能 ==
<br>脳内発現<br> SRFは、あらゆる組織で発現が認められている。中枢神経系においては、梨状皮質、大脳皮質、線条体、海馬、扁桃体に比較的強い発現が認められており、特に梨状皮質、海馬歯状回、CA1で強く発現する<sup>[30]</sup>。一方、淡蒼球でほとんど認められず<sup>[30][31]</sup> 、中脳、視床下部では、弱いかほとんど認められない<sup>[30][31]</sup>。小脳においても顆粒細胞やプルキンエ細胞にも発現している<sup>[30][31]</sup>。また、発達過程に伴って発現変化し、大脳皮質、海馬歯状回とCA1においては生後28日までに発現量が上昇し、大脳皮質では成体時まで発現が維持される<sup>[30]</sup>。また、末梢神経系においては、後根神経節での発現が報告されている<sup>[14]</sup>。


 SRFの標的遺伝子は、最初期遺伝子と細胞骨格関連遺伝子に分類されるものが多く、細胞レベルでも、これらに関連した細胞移動、細胞形態などの機能が示されている<ref name=ref32><pubmed>11839767</pubmed></ref>。個体レベルでは、SRFノックアウト(KO)マウスは、胚発生時の中胚葉形成不全で胎生致死であるため<ref name=ref6><pubmed>9799237</pubmed></ref>、現在では主にCre-loxPシステムを用いて作製した30種類近い組織•細胞特異的SRF KOマウスについて検討が進んでいる<ref name=ref7><pubmed>20498652</pubmed></ref>。筋分化<ref name=ref7><pubmed>20498652</pubmed></ref>、心機能<ref name=ref7><pubmed>20498652</pubmed></ref>、免疫系細胞の成熟<ref name=ref7><pubmed>20498652</pubmed></ref>など多彩な生命現象に関与すると報告されている。
<br>生理機能<br> SRFは、標的遺伝子に存在するSREに結合し、転写調節を制御することで機能を発揮する。標的遺伝子は、最初期遺伝子と細胞骨格関連遺伝子に分類されるものが多いため、細胞レベルでは、それらに関連した細胞移動、細胞形態などの面で重要とされている<sup>[32]</sup>。個体レベルにおいても解析が進んでいる。SRFノックアウト(KO)マウスは、胚発生時の中胚葉形成不全で胎生致死であるため<sup>[6]</sup>、現在では主にCre-loxPシステムを用いて作製した30種類近い組織•細胞特異的SRFKOマウスが報告されている<sup>[7]</sup>。筋分化<sup>[7]</sup>、心機能<sup>[7]</sup>、免疫系細胞の成熟<sup>[7]</sup>など多彩な生命現象に関与するとの指摘がある。神経系における機能は後述する。<br> 中枢神経系を標的としたSRFKOマウスは、これまでに少なくとも6系統が報告されている。<br> CaMKIIαプロモーターでCreレコンビナーゼを発現させ、前脳特異的にSRFをKOしたマウスが3系統あるが<sup>[5][9][10][12][13]</sup>、それぞれCreレコンビナーゼの発現時期が異なるため、表現型は異なっている。周産期や出生前においてSRFをKOさせたマウス系統の解析では、脳室下帯から嗅球への細胞移動<sup>[13]</sup>、海馬層形成と樹状突起形態<sup>[10]</sup>、海馬における軸索ガイダンス<sup>[9]</sup>への重要性が示されている。また、神経細胞におけるSRF依存性遺伝子発現が細胞非自律的なオリゴデンドロサイトの分化に重要であるとの指摘がある<sup>[33]</sup>。また、生後8週目からSRFがKOされるマウス系統の解析では、海馬依存性即時記憶や長期抑圧現象への重要性が指摘されている<sup>[12]</sup>。一方、生後数ヶ月でSRFがKOされるマウス系統では、脳の構造上の変化や細胞移動、致死性はなく、β-アクチンやc''-fos'', ''egr''-1, Arc遺伝子というSRF標的遺伝子の神経活動依存的発現に重要であること、それは豊富環境下(enriched environment, EE)でも認められることが示された<sup>[5]</sup>。さらに長期増強現象への重要性も指摘されている<sup>[5]</sup>。<br> また、シナプシンI(synapsin I)プロモーターでCreレコンビナーゼを発現させ、SRFをKOしたマウス系統もあり、CaMKIIプロモーターの系統と行動学的な違いを比較検討している<sup>[34]</sup><br> 近年、ネスチン(nestin)プロモーターでCreレコンビナーゼを発現させた神経前駆細胞特異的SRFKOマウスとneuronal helix-loop-helix protein-1 (NEX) プロモーターを用いた大脳皮質と海馬のグルタミン酸作動性神経特異的SRFKOマウスが報告され、皮質軸索投射へのSRFの関与が指摘された<sup>[35]</sup>。<br> 末梢神経系においては、Wnt1プロモーターでCreレコンビナーゼを発現させた後根神経節特異的SRFKOマウスの解析で軸索投射への重要性が指摘された<sup>[14]</sup>


 中枢神経系を標的としたSRFKOマウスは、これまでに少なくとも8系統が報告されている。


 [[CaMKIIα]][[プロモーター]]で[[Creレコンビナーゼ]]を発現させ、前脳特異的にSRFをKOしたマウスが3系統あるが<ref name=ref5><pubmed>15880109</pubmed></ref><ref name=ref9><pubmed>16415869</pubmed></ref><ref name=ref10 /><ref name=ref12><pubmed>16600861</pubmed></ref><ref name=ref13><pubmed>15837932</pubmed></ref>、それぞれCreレコンビナーゼの発現時期が異なるため、表現型は異なっている。[[wj:周産期|周産期]]や出生前においてSRFをKOさせたマウス系統の解析では、[[脳室下帯]]から[[嗅球]]への細胞移動<ref name=ref13><pubmed>15837932</pubmed></ref>、海馬層形成と樹状突起形態<ref name=ref10 />、海馬における軸索ガイダンス<ref name=ref9><pubmed>16415869</pubmed></ref>への重要性が示されている。また、神経細胞におけるSRF依存性遺伝子発現が細胞非自律的な[[オリゴデンドロサイト]]の分化に重要であるとの指摘がある<ref name=ref33><pubmed>19270689</pubmed></ref>。また、生後8週目からSRFがKOされるマウス系統の解析では、海馬依存性[[即時記憶]]や[[長期抑圧現象]]に重要な役割を果たすこと指摘されている<ref name=ref12><pubmed>16600861</pubmed></ref>。


 一方、生後数ヶ月でSRFがKOされるマウス系統では、脳の構造上の変化や細胞移動の異常はなく、β-アクチンやc''-fos'', ''egr''-1, Arc遺伝子というSRFの標的遺伝子の神経活動依存的発現が障害された。通常よりも豊かな環境(enriched environment, EE)においてもこのような異常は認められた<ref name=ref5><pubmed>15880109</pubmed></ref>。さらに長期増強現象も障害されたことが報告されている<ref name=ref5><pubmed>15880109</pubmed></ref>。
参考文献


 また、[[シナプシンI]](synapsin I)プロモーターでCreレコンビナーゼを発現させ、SRFをKOしたマウス系統もあり、CaMKIIプロモーターの系統と行動学的な違いが比較検討されている<ref name=ref34><pubmed>21329726</pubmed></ref>。
<br>
 
 近年、[[ネスチン]](nestin)プロモーターでCreレコンビナーゼを発現させた[[神経前駆細胞]]特異的SRF KOマウスと[[neuronal helix-loop-helix protein-1]] (NEX) プロモーターを用いた大脳皮質と海馬の[[グルタミン酸]]作動性神経特異的SRF KOマウスが報告され、皮質軸索投射へのSRFの関与が指摘された<ref name=ref35><pubmed>22090492</pubmed></ref>。
 
 [[ドーパミン]][[D1受容体]]発現細胞や[[ドーパミンアクティブトランスポーター]]([[dopamine active transporter]], [[DAT]])発現細胞を標的としたSRF KOマウスも作製されており、ドーパミンD1受容体発現細胞におけるSRF KOで[[多動症]]状を呈することが報告されている<ref name=ref36><pubmed>20223941</pubmed></ref>。
 
 [[末梢神経系]]においては、[[Wnt1]]プロモーターでCreレコンビナーゼを発現させた[[後根神経節]]特異的SRF KOマウスの解析により、[[軸索投射]]におけるSRFの重要性が指摘された<ref name=ref14><pubmed>18498735</pubmed></ref>。
 
== 参考文献 ==
 
<references />

2012年4月29日 (日) 15:29時点における版

SRF

日本語名:血清応答因子 英語名:serum response factor 英略称:SRF


概要
SRFは、MADSボックス(MADS-box)ファミリーに属する転写因子である[1]。遺伝子のCC(A/T)6GG (CArG) ボックス[2]に二量体で結合し[3][4]、c-fosなどの転写因子をコードするある種の最初期遺伝子やβ-アクチンなど細胞骨格系遺伝子の発現を制御することが知られている[5]。SRFは、中胚葉形成などの胚発生[6]、筋分化[7]、心機能[7]、免疫系細胞の成熟[7]など多彩な生命現象に関与するとの指摘がある。中枢神経系においては、海馬の神経回路形成[8][9]、樹状突起や軸索形態[8][9][10][11]、シナプス機能[5][8][12]への関与、海馬や大脳皮質の層構造形成[10] [11]、神経細胞移動[8][13]、末梢神経系においては後根神経節の軸索分岐形成や伸長への関与[14]が指摘されている。


目次
■ 1 歴史
■ 2 細胞内制御機構
■ 3 SRFコファクター
       ・Ternary complex factor (TCF)
       ・MyocardinとMKL/MRTF
■ 4 SRF標的遺伝子
■ 5 構造
■ 6 脳内発現
■ 7 生理機能
■ 8 参考文献


歴史
 血清刺激によって最初期遺伝子c-fosの発現誘導が起こるが、c-fos遺伝子の転写開始点より上流に存在し、血清に応答して転写を制御する働きをもつ塩基配列を血清応答要素(serum response element, SRE)、SREに結合する分子を血清応答因子(serum response factor, SRF)と名付けた[15]。1988年にはSRF cDNAが単離され、ホモ二量体を形成してDNAに結合することが指摘された[3]。SRE配列には、CC(A/T)6GG、いわゆるCArGボックス[2]が含まれており、SRFが結合する配列はこのCArGボックスである。CArGボックスは、c-fosegr-1などの最初期遺伝子だけではなく、アクチンなどの細胞骨格系遺伝子にも存在していることが判明し、実際のSRFの標的遺伝子もしくは標的遺伝子候補となっている[5][16][17][18]。また、SRFを含む多くの転写因子に相同性の高い領域があることが判明し、その領域を4つの転写因子(Minichromosome maintenance 1 protein, Agamous, Deficiens, SRF)の頭文字をとってMADSボックス(MADS-box)と名付けた[1]。したがって、MADSボックス(MADS-box)を持つ分子はMADSボックス(MADS-box)ファミリーに属し、SRFもその一つである[1]


細胞内制御機構
 SRFは、血清[15]、神経成長因子(nerve growth factor, NGF)[14], 脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor, BDNF)[19]などの神経栄養因子、 (transforming growth factor- β, TGF-β)スーパーファミリー[20]、リゾホスファチジン酸(lysophosphatidic acid, LPA)[21]などの細胞外リガンドによって制御される。SRF制御のための細胞内情報伝達は、MAPキナーゼ伝達経路[21]と低分子量Gタンパク質Rho伝達経路の大きく2つがよく知られている(図)[21]。情報の最終到達点は、SRFによる標的遺伝子の制御であるが、SRFに結合して転写を制御するSRFコファクター(後述)が細胞内情報の統合や標的遺伝子の決定を行う可能性が指摘されている[21]


SRFコファクター
Ternary complex factor (TCF)(図)
TCFは、Ets-like transcription factor (Elk-1)、SRF accessory protein 1 (SAP-1)/Elk-4、New ets transcription factor (Net)/Ets-related protein(ERP)/SAP-2/Elk-3の3つが知られている[22]。TCFはE-twenty six (ETS)転写ファミリー(ETS transcription factor family)に属し、DNA結合ドメインであるETSドメインを持つ[22]
 TCFは、CArGボックス近傍のDNA配列(GGAA/T)とSRFに結合して三量体を形成し、下流遺伝子の発現を制御する[22]。またMAPキナーゼによりリン酸化されて活性調節される[22]。c-fos遺伝子の転写調節に重要な因子として同定され、解析が進んだ[23]。しかし、TCFによる転写の正負制御はシグナル、遺伝子、細胞の種類によって異なると考えられる。

MyocardinとMKL/MRTF(図)
 Myocardinとmegakaryoblastic leukemia (MKL)/myocardin-related transcription factor (MRTF)もSRFに結合するコファクターである[18]。MyocardinとMKL/MRTFは、ドメイン構造が類似しているが、アクチン動態のシグナルに対しては応答性が異なる[24]。主にNIH3T3細胞等の非神経細胞において、MKL/MRTFはRhoシグナル活性化によるアクチン細胞骨格の再編成によってG-アクチンから解離し、核移行して下流遺伝子の発現を制御するモデルが提唱されている(図)[25]。一方、myocardinはRhoシグナルに対する応答性は低いとされている[24]。MKL/MRTFは、異なる遺伝子にコードされるMKL1/MRTF-A (別名megakaryocytic acute leukemia (MAL), basic, SAP, and coiled-coil domain (BSAC))とMKL2/MRTF-B (別名MAL16)の2種類が知られている[21]。Myocardinは、心臓、骨格筋に高発現し、平滑筋関連遺伝子の発現を制御する[26]が、MKL1/MRTF-Aは、精巣と脳、MKL/MRTF-Bは脳に高い発現が認められる[20]。MKL/MRTFによる転写の正負制御もシグナル、遺伝子、細胞の種類によって異なっていると考えられる。


SRF標的遺伝子
 CArGボックスを有する遺伝子がSRFの標的となりうる。しかし、SRFが結合して転写を制御しているかどうかの判断をCArGボックスというDNA配列の有無だけで行うのは困難である。現在、代表的なSRF標的遺伝子としてc-fos、egr-1などの最初期遺伝子が知られている[5]。β-アクチン遺伝子も代表的な標的遺伝子である[5]。近年、神経系SRF標的遺伝子としてactivity-regulated cytoskeleton-associated protein (Arc)遺伝子が報告されている[5][27]。また、最初期遺伝子に加え、多くの細胞骨格関連遺伝子にCArGボックスが存在している[16][17][18]


構造
 SRFは、N末端側に約56アミノ酸残基で構成されるMADSボックス(MADS-box)[1]、それに続くSRFコファクターとの相互作用部位、C末端側に転写活性化ドメイン[28][29]を有する。MADSボックス内にDNA結合ドメイン、二量体形成ドメインが存在する[4]
 SRFコアホモ二量体とDNAとの複合体の構造がX線構造解析により明らかにされた[4]。SRFコアドメインは、約90アミノ酸残基から成り、DNA結合領域、二量体形成、SRFコファクターとの相互作用部位を持つ。SRFコアの各サブユニットから伸びる両親媒性α-ヘリックス(αI)が逆平行コイルドコイルを形成し、CArGボックスの小溝内に平行に配置している[4]。αIから伸びる塩基性N末端はDNAの主溝にはまり込んでいる[4]。また、βI、βIIから成る4本の逆並行βシートが二量体形成のための中心的要素となっている[4]。C末端は変則的なコイル構造と短いα-へリックス(αII)をとっている[4]。したがって、SRF コアドメインはDNA結合領域であるコイルドコイルの下層、βシートから成る中間層、C末端領域からなる上層という3層から成る。SRFコアホモ二量体と結合しているDNAは折れ曲がり、通常とは異なる構造をとっている[4]


脳内発現
 SRFは、あらゆる組織で発現が認められている。中枢神経系においては、梨状皮質、大脳皮質、線条体、海馬、扁桃体に比較的強い発現が認められており、特に梨状皮質、海馬歯状回、CA1で強く発現する[30]。一方、淡蒼球でほとんど認められず[30][31] 、中脳、視床下部では、弱いかほとんど認められない[30][31]。小脳においても顆粒細胞やプルキンエ細胞にも発現している[30][31]。また、発達過程に伴って発現変化し、大脳皮質、海馬歯状回とCA1においては生後28日までに発現量が上昇し、大脳皮質では成体時まで発現が維持される[30]。また、末梢神経系においては、後根神経節での発現が報告されている[14]


生理機能
 SRFは、標的遺伝子に存在するSREに結合し、転写調節を制御することで機能を発揮する。標的遺伝子は、最初期遺伝子と細胞骨格関連遺伝子に分類されるものが多いため、細胞レベルでは、それらに関連した細胞移動、細胞形態などの面で重要とされている[32]。個体レベルにおいても解析が進んでいる。SRFノックアウト(KO)マウスは、胚発生時の中胚葉形成不全で胎生致死であるため[6]、現在では主にCre-loxPシステムを用いて作製した30種類近い組織•細胞特異的SRFKOマウスが報告されている[7]。筋分化[7]、心機能[7]、免疫系細胞の成熟[7]など多彩な生命現象に関与するとの指摘がある。神経系における機能は後述する。
 中枢神経系を標的としたSRFKOマウスは、これまでに少なくとも6系統が報告されている。
 CaMKIIαプロモーターでCreレコンビナーゼを発現させ、前脳特異的にSRFをKOしたマウスが3系統あるが[5][9][10][12][13]、それぞれCreレコンビナーゼの発現時期が異なるため、表現型は異なっている。周産期や出生前においてSRFをKOさせたマウス系統の解析では、脳室下帯から嗅球への細胞移動[13]、海馬層形成と樹状突起形態[10]、海馬における軸索ガイダンス[9]への重要性が示されている。また、神経細胞におけるSRF依存性遺伝子発現が細胞非自律的なオリゴデンドロサイトの分化に重要であるとの指摘がある[33]。また、生後8週目からSRFがKOされるマウス系統の解析では、海馬依存性即時記憶や長期抑圧現象への重要性が指摘されている[12]。一方、生後数ヶ月でSRFがKOされるマウス系統では、脳の構造上の変化や細胞移動、致死性はなく、β-アクチンやc-fos, egr-1, Arc遺伝子というSRF標的遺伝子の神経活動依存的発現に重要であること、それは豊富環境下(enriched environment, EE)でも認められることが示された[5]。さらに長期増強現象への重要性も指摘されている[5]
 また、シナプシンI(synapsin I)プロモーターでCreレコンビナーゼを発現させ、SRFをKOしたマウス系統もあり、CaMKIIプロモーターの系統と行動学的な違いを比較検討している[34]
 近年、ネスチン(nestin)プロモーターでCreレコンビナーゼを発現させた神経前駆細胞特異的SRFKOマウスとneuronal helix-loop-helix protein-1 (NEX) プロモーターを用いた大脳皮質と海馬のグルタミン酸作動性神経特異的SRFKOマウスが報告され、皮質軸索投射へのSRFの関与が指摘された[35]
 末梢神経系においては、Wnt1プロモーターでCreレコンビナーゼを発現させた後根神経節特異的SRFKOマウスの解析で軸索投射への重要性が指摘された[14]


参考文献