「語彙」の版間の差分

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 ロゴジェン・モデルに続く重要な単語認知モデルとしては、相互活性化(interactive activation: IA)モデル<ref><pubmed> 7058229 </pubmed></ref>が挙げられる。IAモデルは特徴レベル・文字レベル・単語レベルの3つの階層から成る[[ニューラルネットワーク・モデル]]である。ロゴジェン・モデルとは異なり、IAモデルには上述した3つのレベルごとに構成ユニットが存在する。たとえば垂直な線分に対応する特徴ユニット、“A”の文字ユニット、“CAT”の単語ユニットなどがそれぞれの層を構成するのである。特徴ユニットは、対応する特徴を含む文字ユニットに対しては興奮性の、そうでない文字ユニットには抑制性の結合を持つ。文字ユニットと単語ユニットは相互に結合しており、前者の文字が後者の単語に含まれる場合(例.“T”と“TIME”)には両者の結合は興奮性、そうでない場合には抑制性である。また単語レベルのユニット間には強い相互抑制が存在する。IAモデルではこれらの結合を通じてレベル内およびレベル間の相互作用が生じる。単語の視覚入力を最初に受けるのは特徴ユニットであるが、レベル間の結合があるためにその後の処理は各階層で並列的に進行する。またIAモデルの構成ユニットは閾値を持たないが、入力と合う特定の単語ユニットが最も強く活動することで単語認知が実現される。IAモデルもロゴジェン・モデルと同様、頻度や文脈による単語認知の促進効果を再現することが可能である。さらに高次(単語レベル)から低次(文字レベル)へのフィードバックを組み込むことで、先述した単語優位効果も説明できるようになっている。
 ロゴジェン・モデルに続く重要な単語認知モデルとしては、相互活性化(interactive activation: IA)モデル<ref><pubmed> 7058229 </pubmed></ref>が挙げられる。IAモデルは特徴レベル・文字レベル・単語レベルの3つの階層から成る[[ニューラルネットワーク・モデル]]である。ロゴジェン・モデルとは異なり、IAモデルには上述した3つのレベルごとに構成ユニットが存在する。たとえば垂直な線分に対応する特徴ユニット、“A”の文字ユニット、“CAT”の単語ユニットなどがそれぞれの層を構成するのである。特徴ユニットは、対応する特徴を含む文字ユニットに対しては興奮性の、そうでない文字ユニットには抑制性の結合を持つ。文字ユニットと単語ユニットは相互に結合しており、前者の文字が後者の単語に含まれる場合(例.“T”と“TIME”)には両者の結合は興奮性、そうでない場合には抑制性である。また単語レベルのユニット間には強い相互抑制が存在する。IAモデルではこれらの結合を通じてレベル内およびレベル間の相互作用が生じる。単語の視覚入力を最初に受けるのは特徴ユニットであるが、レベル間の結合があるためにその後の処理は各階層で並列的に進行する。またIAモデルの構成ユニットは閾値を持たないが、入力と合う特定の単語ユニットが最も強く活動することで単語認知が実現される。IAモデルもロゴジェン・モデルと同様、頻度や文脈による単語認知の促進効果を再現することが可能である。さらに高次(単語レベル)から低次(文字レベル)へのフィードバックを組み込むことで、先述した単語優位効果も説明できるようになっている。


 単語の聴覚的認知に関してはコホート(Cohort)・モデル<ref><pubmed> 3581730 </pubmed></ref>と呼ばれる概念モデルが有名である。このモデルが提唱する枠組みでは、単語の聴覚的認知は以下3つのステージに大別される。単語(例.stack)が聴覚的に入力されると、1)最初の100-150ミリ秒時点での音素系列(例.sta-)と合致する単語表現(例.stab、stack、stagger…)がまず全て活性化され、2)継起する音や文脈に基づいて候補が絞られていき、3)最終的にひとつの単語(stack)が特定される。この最初に活性化される単語群を語頭コホート(word-initial cohort)という。コホートとはもともとローマの歩兵隊を指すことばであり、単語の大群が徐々に選択されていく過程を軍隊の行進になぞらえているのである。コホート・モデルは、たとえば「captain(船長)-captive(捕虜)」実験などの結果によって支持される。この実験では被験者にcaptainあるいはcaptiveのような語が音声で提示されていき、その途中で視覚的に表示される語の語彙判断が求められた。このとき、音声が「capt-」の時点で視覚刺激が提示されると、captainおよびcaptiveと意味的に関連する「boat(船)」「guard(看守)」といった語に対する反応が促進されたのである。これは語彙的プライミング効果の一種であると言え、聴覚提示が「capt-」の時点ではcaptainとcaptiveが共に活性化されていることを示唆するものといえる。McClellandとElmanの提案したTRACE <ref><pubmed> 3753912 </pubmed></ref>というニューラルネットワーク・モデルはコホート・モデルの枠組みと合致しており、聴覚提示される単語が複数の候補から徐々に選択されていく過程をシミュレートすることができる。
 単語の聴覚的認知に関してはコホート(Cohort)・モデル<ref><pubmed> 3581730 </pubmed></ref>と呼ばれる概念モデルが有名である。このモデルが提唱する枠組みでは、単語の聴覚的認知は以下3つのステージに大別される。単語(例.stack)が聴覚的に入力されると、1)最初の100-150ミリ秒時点での音素系列(例.sta-)と合致する単語表現(例.stab、stack、stagger…)がまず全て活性化され、2)継起する音や文脈に基づいて候補が絞られていき、3)最終的にひとつの単語(stack)が特定される。この最初に活性化される単語群を語頭コホート(word-initial cohort)という。コホートとはもともとローマの歩兵隊を指すことばであり、単語の大群が徐々に選択されていく過程を軍隊の行進になぞらえているのである。コホート・モデルは、たとえば以下の実験によって支持される。この実験では被験者にcaptain(船長)あるいはcaptive(捕虜)のような語が音声で提示されていき、その途中で視覚的に表示される語の語彙判断が求められた。このとき、音声が「capt-」の時点で視覚刺激が提示されると、captainおよびcaptiveと意味的に関連する「boat(船)」「guard(看守)」といった語に対する反応が促進されたのである。これは語彙的プライミング効果の一種であり、聴覚提示が「capt-」の時点ではcaptainとcaptiveが共に活性化されていることを示唆するものといえる。McClellandとElmanの提案したTRACE <ref><pubmed> 3753912 </pubmed></ref>というニューラルネットワーク・モデルはコホート・モデルの枠組みと合致しており、聴覚提示される単語が複数の候補から徐々に選択されていく過程をシミュレートすることができる。


===音読・発話に関するモデル===
===音読・発話に関するモデル===
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==意味の脳内ネットワーク==
==意味の脳内ネットワーク==
 単語の意味を理解するとはどういうことだろうか。この問題に関しては2つの対立する理論的立場が存在する。ひとつは、単語の意味は脳内の感覚・運動システムにおける過去の経験の表象が再活性化されることで理解されるとする立場である。それに対してもう一方の立場では、感覚や運動のモダリティに依存しない抽象化された意味知識が脳内に組織されていると考える。
 単語の意味を理解するとはどういうことだろうか。この問題に関しては2つの対立する理論的立場が存在する。ひとつは、単語の意味は脳内の感覚・運動システムにおける過去の経験の表象が再活性化されることで理解されるとする立場である。それに対してもう一方の立場では、運動や感覚のモダリティに依存しない抽象化された意味知識が脳内に組織されていると考える。


 脳機能イメージングによる幾つかのデータは前者の立場を支持している。たとえば、異なる身体部位の動作を表す動詞(例.噛むbite、蹴るkick)を読むときは、それらの各身体部位(例.顏、脚)を制御する[[運動野]]の領域が活動するという報告がある<ref><pubmed> 14741110 </pubmed></ref>。これは動作動詞の理解が運動システムを駆動することで実現されるという仮説と矛盾しない。
 脳機能イメージングによる幾つかのデータは前者の立場を支持している。たとえば、異なる身体部位の動作を表す動詞(例.噛む、蹴る)を読むときは、それらの各身体部位(例.顏、脚)を制御する[[運動野]]の領域が活動するという報告がある<ref><pubmed> 14741110 </pubmed></ref>。これは動作動詞の理解が運動システムを駆動することで実現されるという仮説と矛盾しない。


 一方で、動作動詞の理解は視覚や運動のモダリティ固有の神経回路には依存しないという研究も存在する<ref><pubmed> 21486297 </pubmed></ref>。これによると、単語の意味は左側頭葉、[[頭頂葉]]および[[前頭前野]]のモダリティ非依存的な神経システムにおいて理解される。また[[意味認知症]](semantic dementia)の研究に基づき、モダリティに依存しない意味情報のハブが側頭葉前部にあるという提案も為されている<ref><pubmed> 18026167 </pubmed></ref>。
 一方で、動作動詞の理解は視覚や運動のモダリティ固有の神経回路には依存しないという研究も存在する<ref><pubmed> 21486297 </pubmed></ref>。これによると、単語の意味は左側頭葉、[[頭頂葉]]および[[前頭前野]]のモダリティ非依存的な神経システムにおいて理解される。また[[意味認知症]](semantic dementia)の研究に基づき、モダリティに依存しない意味情報のハブが側頭葉前部にあるという提案も為されている<ref><pubmed> 18026167 </pubmed></ref>。
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