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空間的注意の病態<br>空間的注意が障害される病態として、半側空間無視(hemineglect)が有名である。一般に、右の側頭―頭頂―後頭葉接合部(図4のTPJ)の損傷で起こるとされるが、他に前頭葉、視床(特に視床枕)、大脳基底核(特に被核・尾状核)、内包後脚の損傷などでも生じることがある。<br><br>  
空間的注意の病態<br>空間的注意が障害される病態として、[[半側空間無視]](hemineglect)が有名である。一般に、右の側頭―頭頂―後頭葉接合部(図4のTPJ)の損傷で起こるとされるが、他に前頭葉、視床(特に視床枕)、大脳基底核(特に被核・尾状核)、内包後脚の損傷などでも生じることがある。<br><br>  


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2012年5月14日 (月) 20:22時点における版

英:Spatial attention 独:Räumliche aufmerksamkeit 仏:Attention spatiale
関連語:選択的注意、半側空間無視、頭頂連合野、前頭連合野

 脳はすべての感覚入力を等しく処理しているわけではなく、その一部だけを優先的に処理して外界の認知や行動の制御に用いている。このように感覚入力を選択し、処理を促進させる神経機構を注意(attention)という。注意は特定の感覚種(modality)や属性(attribute)に受動的、能動的に向けられる。例えば、オーケストラの特定の楽器の音色にだけ注意を向けることができるし、文字列の中から数字だけを選び出すことができる。また、視野内に不意に現れたボールに反射的に注意が向けられることもある。こうした属性のうち、特定の位置に向けられるものを空間的注意とよび、その神経機構と脳損傷による障害が主に視覚系を中心に詳しく調べられている。


目次
1.空間的注意の測定方法
2.空間的注意に伴う諸現象
3.空間的注意の神経機構
4.空間的注意と眼球運動
5.空間的注意の病態
6.参考文献


空間的注意の測定方法

図1. Posner課題


 注意をある位置や色などに向けると、その属性をもつ対象の検出や弁別が素早く、正確になる。19世紀、Helmholtzは電気スパークによる一瞬の光で、暗い部屋の壁に掲げた文字列の一部を読ませる実験を行い、前もって注意を向けていた位置に書かれた文字は読めるが、他の文字はまったく判読できないことを示した[1]。こうした注意の効果を定量化する方法として、現在もっとも有名で広く利用されているのがPosner課題([2]、図1)である。試行中、被験者はスクリーン中央の固視点を見続けるように指示され、左右に提示されたボックスのいずれかの中心にターゲットが現れると、できるだけ素早く手元のボタンを押すことになっている(単純反応時間課題)。ターゲットに先立って、その位置を知らせる手がかりが固視点に呈示される。左または右向きの矢印が現れた場合、80%の試行ではそれと同じ側にターゲットを提示し(一致条件)、20%の試行では反対側に提示する(不一致条件)。矢印の代わりにプラス記号が現れた試行では、50%の確率で右または左にターゲットを提示し、対照条件(注意を向けない)とする。このとき、一致条件では対照条件に比べて反応時間が短縮し、不一致条件では対照条件に比べて反応時間が延長する。一般に、注意を向けたことによる反応時間の短縮をbenefitと呼び、注意を他に向けたことによる反応時間の延長をcostと呼び、costの方がbenefitよりも大きいことが多い。画面中央の矢印に従って注意を配分するように、被験者が意図的に制御する注意誘導を、内発的(endogenous)注意と呼ぶ。内発的注意は、目的指向性(goal-directed,goal-oriented)、またはトップダウン(top-down)注意とよばれることもある。
 また、同様の結果は、ターゲットの位置を前もって知らせる手がかりとして左右のボックスのいずれかをフラッシュさせても得ることができる。フラッシュのように顕著な刺激に対し強制的に注意が向けられることを、外発的(exogenous)注意と呼び、刺激駆動性(stimulus-driven)またはボトムアップ(bottom-up)注意とよばれることもある。しかし、ターゲットがフラッシュ直後に呈示されず、数百ミリ秒後が経過した後に呈示された場合は結果が異なってくる。つまり、手がかりが出た位置に現れたターゲットへの反応時間は、その他の位置に出た場合比べて却って遅くなる。これは復帰抑制(inhibition of return; IOR)とよばれる現象で、視野内のまだ注意していない位置に注意を向けやすくする働きがあると考えられている[3][4]


空間的注意に伴う諸現象

図2


 注意をある位置に向けると、その位置における知覚が向上する。例えば、注意による空間解像度の上昇[5]が知られている。Carrascoらが行なった実験では、図2のような視覚刺激がごく短時間(40ミリ秒)示され、被験者は、他の線分と異なる傾きを持った線分(ターゲット)の有無を答えなければならない。このとき、ターゲットが固視点から3度ほど離れたときに最も検出率が良く、それより近くても遠くても検出率は低下した。空間解像度は、網膜中心窩でもっとも高く、そこから離れるにつれて低下するため、ターゲットを検出するには、適度な空間解像度が必要であることが示唆される。そこで、視覚刺激呈示の直前に、ターゲットの現れる位置に手がかり刺激を呈示すると、ターゲットが固視点から近い場合(<1度)に検出率が低下し、遠い場合(>5度)では検出率が向上した。このことは、注意を向けることで、その位置の空間解像度が上昇したため、もともと空間解像度が高すぎるために検出率が低かった場所ではさらに検出率が低下し、もともと空間解像度が低すぎるために検出率が低かった場所では検出率が向上したことを示している。
 しかし、空間的注意は常に知覚を向上させるわけではない。例えば、前述の復帰抑制は、注意を向けたことによってその位置における検出力が一定時間後に低下した例である。他にも、重ねて提示したGabor patchの運動方向弁別力が時間周波数選択的に低下することが報告されているし[6]、複数の視覚刺激を高速逐次呈示(rapid serial visual presentation, RSVP)したときに、その中に含まれる2つのターゲットの出現間隔が500ミリ秒より短いと2つめが見落とされやすいといった、注意の瞬き(attentional blink)とよばれる現象が知られている[7]。興味深いことに、Oliversらは、音楽を聴くなどの別の課題同時に課すことで被験者の注意を視覚刺激からそらせると、注意の瞬きが無くなることを報告している[8]


空間的注意の神経機構
 事象関連電位(event-related potential; ERP)や脳磁図(magnetoencepharogram; MEG)を用いた多くの研究によって、注意を特定の場所に向けることで、感覚入力に対する神経応答が変化することが示されている。例えば、片方の視野に前もって注意を向けておき、そこに視覚刺激を提示すると、刺激提示後80~120ミリ秒で後頭葉に出現する陽性成分(P1)と、これにやや遅れて前頭葉を含む広い範囲に出現する陰性成分(N1)が増大する[9]。特に、妨害刺激とターゲットが同時に呈示された場合は、N2pcという成分が出現する。N2pcとは、刺激呈示後約200ミリ秒で出現する2番目("2")の陰性成分("N")で、注意を向けた刺激と反対側(contralateral; "c")の後頭部(posterior; "p")に見られる。N2pcは、妨害刺激とターゲットが判別しにくいときや、近接して呈示されたときに増大することから、妨害刺激に対する視覚情報処理の抑制にかかわる成分と考えられてきた。しかし、最近では、ターゲットに対する促進(negativity for target; NT)と、妨害刺激に対する抑制(positivity for distractor; PD)に関係した二つの成分から成ることが示唆されている[10]
 注意をむけた対象への神経活動が上昇していることは、サルを用いた研究でより詳細に調べられている。多数の単一ニューロンの活動を比較した結果、注意による変化はより高次の視覚領野にいくほど大きくなることが明らかにされている。例えば、受容野に注意をむけることによって、V1ニューロンの活動は平均で10%程度しか上昇しないのに対し、V4やMT野では約25%、MSTやVIP野では約40%、7a野では約50%もの上昇が見られる[11]

図3. 視覚探索(visual search)課題
赤い丸を検出する。


 選択的注意と密接に関係した実験課題に、視覚探索(visual search)課題がある(図3)[12]。Schallらは、ターゲット(ここでは赤い丸)に向かってサッカードするようにサルを訓練した。妨害刺激がすべてターゲットと異なる色である場合には、ボトムアップ的にターゲットに注意が捕捉される(図3A)。このとき、前頭眼野(frontal eye fields; FEF)のニューロンの多くは、受容野内に妨害刺激が呈示された場合に比べてターゲットが呈示された場合に強い視覚応答を示す[13]
 一方で、図3Bのように色と形の二つの属性の組み合わせでターゲットが定義されている(conjunction search)場合、呈示された視覚刺激の一つ一つに対してトップダウン的に注意を向け、逐次的に処理をする必要がある。これをより効率的に行うには、一度処理した刺激に再び注意を向けないようにする必要があると考えられる。実際、ヒトやサルがそのような戦略をとっていることが心理実験で明らかにされているし[4][14]、頭頂葉において一度処理された刺激に対する視覚応答が減弱することが示されている[15]。この現象は、前述の復帰抑制(IOR)と深いかかわりがあると考えられる[16]
 また、視覚探索課題を用いて、ボトムアップ注意とトップダウン注意の相互作用が調べられている。図3Cのように、一つだけ色の異なる、非常に目立った妨害刺激があると、ターゲットの検出が遅れる。これは、目立つ妨害刺激に対して否応なしに注意が捕捉されるためであると考えられる。しかし、顕著な刺激が常に妨害刺激であるということがあらかじめ分かっている状況では、その遅れが消失する[17]。このことは、トップダウンの構えによって、ボトムアップ的な注意捕捉を防ぐことができることを示しており、実際、サルを用いた研究により、顕著な刺激に対する頭頂葉ニューロンの視覚応答が、顕著でない妨害刺激に対する視覚応答より弱くなることが示されている[18]。このように、一方が他方を弱めることができるということは、トップダウン注意とボトムアップ注意がある程度独立した2つの機構によって担われていることを示唆する。

図4. 注意に関連した大脳部位
背側系(青)と腹側系(オレンジ)の少なくとも2つに分かれていると考えられている。


 では、トップダウン注意とボトムアップ注意は、脳のどこで処理されているのであろうか。Millerらは、訓練したサルの前頭葉(前頭眼野)と頭頂葉(LIP野)からニューロン活動を同時記録し、図3Bのようにトップダウン注意を要する場合では前頭葉が、図3Aのようにボトムアップ注意が働く場合では頭頂葉が、ターゲットの位置情報をより早く表現することを明らかにした[19]。また、fMRIを用いた研究によって、二つの注意に関わるネットワークが詳しく調べられている(図4)。トップダウン的にある位置に注意を向けるとき、前頭眼野を含む上前頭連合野と頭頂間溝周囲の上頭頂連合野の活動の上昇がほぼ両側性に認められる(図4、青色の部分)。空間以外の視覚属性に注意を向けている場合も同様に、背側前頭-頭頂連合野のネットワークが関与する[20]。予期しない、顕著な刺激によってボトムアップ的に注意が惹きつけられる際には、上述の背側ネットワークに加え、主として右半球の下前頭前皮質、下頭頂側頭境界部、左の帯状回前部と補足運動野の活動の上昇が認められる(図4、オレンジ色の部分)。このように、背側のネットワークはトップダウン的、ボトムアップ的な注意のいずれにも関与し、これらを統合することで行動に必要となる感覚情報の選択を行うのに対し、腹側のネットワークは背側のネットワークに干渉し、その情報処理にバイアスを加えていると考えられる。


空間的注意と眼球運動
 注意の移動に眼球運動は必須ではないが、多くの場合、私たちは注意の向いた場所に視線を移動させる。眼球運動の直前に提示した視覚刺激の弁別をさせると、刺激が視線の行き先に現れた場合にはその成績が良くなることが知られているし、逆に、眼を動かすのと同時に注意を別の場所に向けることは不可能である[21]。こうしたことから、眼球運動と注意の移動は、神経機構の少なくとも一部を共有していると考えられている。注意の移動は興味ある対象物への眼球や頭部の運動(overt response)が潜在化したものであると考えられ、しばしば"covert shift of attention"といった表現が使われる。

図5. 注意と眼球運動の神経機構が密接に関係することを示した実験
SheligaとRizzolattiら(1994)が用いた課題では、被験者はあらかじめ、上の4つのボックスのいずれかに現れた手がかり刺激に従って、注意を向けている。そこに赤丸が出ると、真ん中の固視点から下のボックスに向かってできるだけ早く眼を動かすように指示されている。注意の向きによって眼球運動の軌跡が偏位する。


 ある場所に注意を向けることはその場所への眼球運動を準備することに等しいとする仮説がある(注意の前運動理論;premotor theory of attention)。注意と眼球運動が神経機構の一部を共有している証拠として、眼球運動の軌跡が注意の方向によって変化することが、ヒトの行動実験やサルを用いた電気刺激実験などで知られている([22]、図5)。しかし、ある瞬間にはひとつの場所にしか眼を向けられないことを考えると、この仮説には問題があるようにも思われる。ヒトは、左右それぞれの視野で2つずつ、計4つの物体に同時に注意を向けることができるとの報告もあり[23]、このような時に眼球運動系がどのようにして注意を制御しているのか、今後さらなる研究が必要である。
 前頭眼野、補足眼野、LIP野(頭頂間溝外側部)、上丘などの眼球運動関連領野が実際に空間的注意に関与することは、ヒトやサルを用いた実験で繰り返し示されてきた。fMRIを用いて、画面上の刺激に次々に眼球運動を行っている最中と、眼を動かさないで同様の刺激に注意を向けている場合で活動が上昇する脳部位を詳細に比較した研究によると、これらの課題で活動した部位は、前頭眼野とLIP野近傍では8割以上、補足眼野でも約6割が重複していた[24]。また、前述の視覚探索課題中でも、眼球運動関連領野内の視覚応答性をもつニューロンの多くが、その受容野に注意を向けた際に活動の大きさを変化させた。

図6. 前頭眼野の神経活動と空間的注意の因果性を示した実験
サルの前頭眼野を電気刺激すると一定の方向と振幅のサッカードが誘発される(上図)。課題では、サッカードの行き先("movement field")に視標を提示し、サルにその輝度変化を検出させる。この時、眼球運動が誘発されないような微弱な電気刺激を与えると、視標の検出閾値が低下した。視標を別の場所に出した場合には閾値の変化は生じなかった。


 神経活動と空間的注意の相関だけでは、それらの因果関係は分からない。最近、これに答える実験がなされた(図6、[25])。Mooreらは周辺視野に呈示された視覚刺激の輝度変化を検出すると手元のレバーを離すようにサルを訓練した。ターゲットとなる視覚刺激から注意をそらすために視野全体に多数の点滅する妨害刺激を提示しておき、注意の度合いをサルが検出可能なターゲットの輝度変化として定量化した。前頭眼野に電極を刺入し、電気刺激を与えてその場所にあるニューロンが符号化しているサッカードの行き先(movement field)を前もって調べておき、そこにターゲットを配置した。輝度を変化させる直前に、眼球運動が起こらない程度の弱い電気刺激を与えたところ、サルが検出することのできる輝度変化の閾値が有意に低下した。このことから、前頭眼野の信号は、注意を一定の場所に向ける要因となっていることが示唆された。同様の現象は、別の研究者たちによって上丘の電気刺激でも生じることが確認されている[26]
 私たち昼行性の霊長類では、視覚によって物の位置を特定することが多いが、フクロウのような夜行性の動物では、聴覚によって音源の位置を正確に特定できる。そのような聴覚処理においても、眼球運動領野によって空間的注意が制御されていることが示されている。Knudsenらは、音源の位置に対する正確なマップがある視蓋(上丘)から音刺激に対するニューロン活動を記録し、霊長類の前頭眼野に相当する外套部に電気刺激を与えた[27]。記録しているニューロンと刺激部位が担当する空間位置が一致しているときは、音刺激に対する感覚応答が上昇して音源に対する空間選択性が高くなり、逆に一致していない場合には、音刺激に対する応答が低下して空間選択性が低くなった。


空間的注意の病態
空間的注意が障害される病態として、半側空間無視(hemineglect)が有名である。一般に、右の側頭―頭頂―後頭葉接合部(図4のTPJ)の損傷で起こるとされるが、他に前頭葉、視床(特に視床枕)、大脳基底核(特に被核・尾状核)、内包後脚の損傷などでも生じることがある。

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