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英語名:cranial nerves | |||
脳神経とは、脊椎動物神経系のなかで、脳に出入りする末梢神経のことをいう。哺乳類、爬虫類、鳥類では主要なものとして左右12対ある。他に、ヒトにおいては痕跡的であるが、下級脊椎動物で発達しているものとして、第I脳神経に関連の深い、終神経 terminal nerve と鋤鼻神経 vomeronasal nerve があげられる。脳神経は一部をのぞき、大部分は頭部の器官に分布する。脳神経に対して脊髄に出入りする末梢神経のことは脊髄神経という。 | |||
== 12対の脳神経とその働き == | |||
脳の前方から後方にかけて順に現われる12対の第I~第XII脳神経(大概はローマ数字表記を用いる)は下記のように固有の名称をもつ。ここでは主にヒトを例に、哺乳動物の12対脳神経のそれぞれについて概略を述べる。 | |||
== | === 第I脳神経(別名、嗅神経 olfactory nerve)=== | ||
嗅覚をつかさどる。鼻腔粘膜嗅上皮にある嗅覚受容細胞表面の線毛にある受容体でにおい分子をとらえる。嗅覚受容細胞は双極性の感覚細胞で、末梢側の受容体でとらえられた嗅覚情報は中枢側の嗅糸と呼ばれる神経軸索に伝搬される。嗅糸は数十本ずつ集まって一つの束をなす。嗅神経とは総称で、いくつものこれらの束すべてを指す。嗅糸は頭蓋骨の篩骨篩板にある篩骨孔を通って脳の嗅球に達し、そこで僧帽細胞などにシナプス結合して、脳内の嗅覚中枢へにおい情報を伝える。 | |||
=== | === 第II脳神経(視神経 optic nerve)=== | ||
視覚をつかさどる。目の網膜の光受容体で受容した視覚情報は網膜内で神経節細胞に伝えられる。神経節細胞の神経軸索(ヒトで約120万本)は眼球の後部で一本に束ねられ、脳にむかう。脳に入るところ(視交叉)までのこの束を視神経という。神経節細胞軸索は視神経、視交叉、視索を経て脳の間脳の外側膝状体、視床枕に、さらに一部は上丘腕をも経て中脳の上丘に達する。外側膝状体、上丘において脳内の神経細胞とシナプス結合し、中枢に視覚情報を伝える。視交叉においては、ヒトでは、両眼の鼻側半球の網膜からの神経軸索が反対側の中枢に、また耳側半球の網膜からの軸索は同側の中枢につながる(この場合、半交差という。一方、たとえばウサギのように動物種によっては全交差とみなされるものもある。視交叉欠損は異常表現型として発現する。)伝統的に視神経は末梢神経に分類されてはいるが、発生学的にみると、網膜とともに脳から発生してくるものであり、脳の髄膜とグリア細胞(末梢神経を被うシュワン細胞ではない)に被われているため、厳密には中枢神経系に属する構造とみなすべきものである。 | |||
=== 第III脳神経(動眼神経 oculomotor nerve)=== | |||
運動神経による眼球運動と、副交感神経(自律神経系のひとつ)による瞳孔運動をつかさどる。 | |||
運動神経細胞の細胞体は中脳上丘のレベルで、中心灰白質の前方部に位置する一対の動眼神経核にあり、その細胞体からでる神経軸索は束となって中脳内を前方(腹側)に進み、中脳脳底の脚間窩において脳をはなれ、左右一本ずつの動眼神経となる。副交感神経は動眼神経核の吻側で、より内側部に位置するエディンガー・ウェストファル核(動眼神経副核)の細胞からでて、運動神経に交じって脳をでる(動眼神経は運動性と自律性の2種類の要素をふくむことになる)。動眼神経は吻側方向に進み、頭蓋上眼窩裂を通って眼窩にでたのち、上枝と下枝にわかれながら、4種類の外眼筋(上直筋、下直筋、内側直筋、下斜筋)と上眼瞼挙筋を支配する。 | |||
下枝からは毛様体神経節へ副交感神経線維が伸び、節後神経細胞にシナプス結合する。この後の節後線維と神経節に到達した交感神経(交感神経節からくる)、感覚神経(三叉神経の枝、眼神経からくる)が一緒になって短毛様体神経をなし、毛様体筋、瞳孔括約筋、角膜などを支配する。 | |||
=== 第IV脳神経(滑車神経 trochlear nerve)=== | |||
上斜筋(外眼筋のひとつ)を支配する運動神経で眼球運動を制御する。 | |||
滑車神経の細胞体は動眼神経核の尾方(延髄側)に続き、中脳下丘レベルの中心灰白質前方部にある。滑車神経の根は神経核からでると中心灰白質の淵に沿うように外側後方(背側)に進み、下丘の尾側端のレベルの背側表面に達し、そこで左右交差する。交差後、滑車神経は中脳外側縁に沿って頭蓋内を吻側前方(腹側)にはしり、上眼窩裂では動眼神経の上で、眼神経(三叉神経第1枝)の下を通って眼窩にでて上斜筋に分布する。滑車神経は脳の後側(背側)から出る唯一の脳神経であり、視神経以外で左右交差する神経はこの滑車神経のみである。 | |||
=== 第V脳神経(三叉神経 trigeminal nerve)=== | |||
脳神経のなかで最大の神経で、3枝(第1枝:眼窩、前頭部・頭頂部支配の眼神経、第2枝:鼻腔、顔面上顎部支配の上顎神経、第3枝:側頭部、顔面下顎部支配の下顎神経)に分かれるのでこう呼ばれる。運動性神経(咀嚼筋などの骨格筋支配で下顎神経のみに加わる)と感覚性神経(顔面の知覚をつかさどり、全枝に加わる)の混合神経である。 | |||
運動神経の神経核は橋レベルに位置する三叉神経運動核に起こり(運動根)、橋被蓋を外側前方に進み、知覚根に合流して中小脳脚を貫いて脳を離れる。 | |||
知覚神経の神経核は尾側方から、延髄レベルにある三叉神経脊髄路核(脊髄後角の海綿質に連続し、温痛覚の中枢伝導路を形成する)、それに続く橋レベルの三叉神経主知覚核(三叉神経根の外側に位置する細胞群で、触覚の中枢伝導路を形成する)と三叉神経中脳路核(中脳レベルで中心灰白質腹外側縁に並んで配列する大型円形細胞群で、末梢枝は眼筋、咀嚼筋などの筋紡錘に分布し、そこからの固有知覚を司る脳内に位置する唯一の一次感覚細胞。中枢枝の分布は不明な点が多い)からなる。 | |||
中脳路核以外の知覚神経の神経細胞体は三叉神経節(半月神経節とも呼ばれ、側頭骨椎体の三叉神経圧痕にへばりついている。脊髄神経節=後根神経節に相同する。)にあり、偽単極性の感覚神経細胞である。その中枢突起は知覚根のなかをとおり橋のレベルで脳にはいると、やく半分の数の軸索は上行枝(三叉神経主知覚核に終止する)と下行枝(三叉神経脊髄路を下りながらその核に終止軸索をおくる)に枝分かれする。残り半分は枝分かれせずに、いずれかの三叉神経核に終わる。 | |||
一方、感覚神経細胞の末梢枝はそれぞれ眼神経、上顎神経、下顎神経どれかに加わりながら、顔面、頭部の末梢器官(皮膚、粘膜、脳硬膜など)に分布する。 | |||
=== 第VI脳神経(外転神経 abducens nerve)=== | |||
外側直筋(外眼筋のひとつ)を支配する運動神経で眼球運動を制御する。 | |||
神経細胞体は橋の顔面神経丘の直下に位置する外転神経核にある。神経軸索は核をでると橋被蓋を前方(腹側)にほぼ直進し、橋と延髄の境界から脳をでて束をなし、外転神経となる。これは吻側に向かい、上眼窩裂から眼窩にでて外側直筋に達する。 | |||
=== | === 第VII脳神経(顔面神経 facial nerve)=== | ||
顔面筋支配の運動神経、涙腺や口蓋線などの分泌作用制御の副交感神経、および味覚を司る感覚神経を含む混合神経である。 | |||
顔面筋支配の神経細胞群は橋・延髄境界領域の網様体腹外側のかなりおおきな顔面神経核を形成する。ここから伸びる神経軸索は顔面神経運動根で脳幹内では変則的な走行を示す。それらは束ねられながらより吻側にある外転神経核(内側後方)に向かい、延髄菱形窩の正中近くの顔面神経丘直下に達し、一塊の顔面神経膝(外転神経核に乗っかる形)となる。線維束はさらに吻側????に向かうが、外転神経核の中央レベルで外側前方(腹側)に急に進路を変更し、三叉神経運動核の内側を通り、橋・延髄の境界の脳幹外側縁(小脳橋角部)を貫いて脳を離れる。その後、側頭骨の顔面神経管を通り、途中アブミ骨筋に枝を出した後、茎乳突孔から頭蓋の外にでて、顔面の骨格筋(表情筋、広頸筋、頬筋など)を支配する。 | |||
味覚や外耳道の皮膚感覚(顔面の皮膚感覚を司るのはほとんどが三叉神経であることに注意。)を司る神経の感覚神経細胞体は顔面神経管内の膝神経節にあり、脊髄神経節細胞と同じく偽単極性の細胞である。その中枢突起は顔面神経知覚根(中間神経ともいう。顔面神経運動根と第VIII脳神経の間を走る。)の構成に与る。末梢突起は顔面神経の分枝(鼓索神経や大錐体神経など)に含まれて末梢器官に達する。味覚(舌の前2/3)は鼓索神経を介して脳の延髄孤束核に、皮膚感覚はこれら末梢分枝を介して三叉神経脊髄路核に伝えられる。 | |||
顔面神経に含まれる副交感神経性の細胞は上唾液核(橋被蓋の顔面神経核背内側の網様体に散在する細胞群)にある。ここから出る軸索(節前線維)は中間神経に加わり、鼓索神経や舌神経を通って顎下神経節に、あるいは大錐体神経を通って翼口蓋神経節に至り、そこの節細胞にシナプス連結する。この節細胞の軸索(節後線維)はさらに末梢の神経分枝に入って遠位向かう。前者の場合、顎下線や舌下腺に、後者の場合、涙腺や口蓋などの粘膜腺を支配する。 | |||
=== | === 第VIII脳神経(内耳神経 vestibulocochlear nerve)=== | ||
聴覚を司る蝸牛神経 cochlear nerve と平衡覚を司る前庭神経 vestibular nerve の2種類の感覚神経からなる。 | |||
蝸牛神経の細胞は双極性あるいは偽単極性の神経細胞で、蝸牛(側頭骨骨迷路にある渦巻状の空洞で蝸牛管という聴覚器官をおさめる)の基部の骨の中(ローゼンタール管 Rosenthal’s canal)に埋まっている多数のらせん神経節(蝸牛神経節)に存在する。その末梢突起はコルチ器の内・外有毛細胞からの音情報を受け、この情報は中枢突起に伝えられる。これら中枢突起は一つに束ねられて蝸牛神経となり、内耳孔を通って頭蓋内へと進む。蝸牛神経は前庭神経と並んでともに小脳橋角から(顔面神経の外側に位置しながら)脳に入り、聴覚の中枢伝導路のはじまりである蝸牛神経核群の神経細胞にシナプス結合し情報を伝える。蝸牛神経には上記の求心性の線維のほか、脳の上オリーブ核から末梢器官の有毛細胞を支配する遠心性の線維が含まれている。 | |||
前庭神経の細胞は双極性で前庭神経節(スカルパ神経節 Scarpa’s ganglion、内耳孔底部の骨迷路に多数埋まっている)にあり、ここからでる短い末梢突起は前庭の感覚器(回転運動情報を受容する三半規管膨大部3か所の内壁、頭の位置移動に伴う重力変化情報を受容する球形嚢斑および卵形嚢斑)の有毛細胞を支配する。神経節細胞の中枢突起はひとつの前庭神経束にまとまり、蝸牛神経とともに、延髄に入る。延髄では外側前庭核に投射しながら、多くの軸索は上行枝と下行枝に2分する。上行枝は上前庭核へ終わり、下行枝は下前庭核と内側前庭核に終止する。前庭神経には上記の求心性線維のほか、少数の遠心性の線維(外側核内側の網様体中に散在する細胞に起こり、感覚上皮を支配する)も含まれる。遠心性線維の機能はわかっていない。 | |||
=== 第IX脳神経(舌咽神経 glossopharyngeal nerve)=== | |||
運動、知覚、味覚、副交感性線維を含む混合神経である。 | |||
運動神経の細胞体は延髄の擬核吻側部にあり、ここからの軸索線維は外側前方(腹側)にすすみ、下小脳脚の下縁から数本の根をなして脳をでる。下唾液核にある副交感性細胞からの線維(節前線維)も同様にこれらの根に加わり、これら数本の根は束ねられて一本の舌咽神経となる。一方、感覚神経の細胞体(偽単極性の細胞)はこの神経が頭蓋の頸静脈孔を出るあたりに形成されている、上・下の舌咽神経節にある。ここから伸びる中枢突起もこれらの根を通って延髄にはいり、末梢枝の受容した感覚情報を孤束核(舌後1/3からの味覚)、三叉神経脊髄路核(扁桃、咽頭、舌、中耳、頸動脈小体からの知覚)に送る。運動性の線維の末梢枝は茎突咽頭筋を支配する。副交感神経は耳神経節にはいり、そこでシナプス交換して、そこからは節後線維となって唾液腺に分布する(分泌機能制御)。また、感覚神経、副交感神経の一部(舌咽神経咽頭枝)はつぎに述べる迷走神経の喉頭咽頭枝に合流して喉頭の粘膜に分布する。 | |||
=== 第X脳神経(迷走神経 vagus nerve)=== | |||
運動、知覚、副交感神経を含む混合神経で、他のどの脳神経よりも分布領域が広く、頸部から胸部、腹部半ば過ぎまでの臓器を支配する。 | |||
迷走神経の根(8-10本)は舌咽神経のそれより尾側で、下小脳脚と下オリーブ核のあいだの窪みを出入りする。これらは一本に束ねられ、頸静脈孔を通って頭蓋をでる。舌咽神経同様、頸静脈孔を出たあたりに上・下の迷走神経節があり、そこに偽単極性神経細胞(感覚性)を含む。両神経節付近からは上位の舌咽神経との連結枝(迷走神経耳介枝、これはひいては上位の顔面神経とも連なる)や下位の副神経、舌下神経、第1-2頚神経、上頚神経節(交感神経の細胞があり、末梢に節後線維をだす)との連結枝をもちながら、同時に頸部支配枝(迷走神経喉頭咽頭枝、上喉頭神経)をだし、胸腹部臓器の分布に向かう。 | |||
運動神経の細胞体は延髄の迷走神経背側(運動)核にあり、気管支、心臓、食道、胃、小腸と一部大腸の不随意筋に分布する。感覚神経の細胞体は上述の上・下迷走神経節にあり、中枢突起は末梢の受容した情報を孤束核(喉頭蓋と喉頭蓋谷からの味覚、支配域の内臓感覚)や三叉神経脊髄路核(耳甲介の皮膚知覚)におくると考えられている。副交感神経の節前線維の細胞体は疑核にあり、節前線維は迷走神経末梢枝にまじって各支配器官(呼吸器、心臓、食道、胃、腸管など)まで達する。個々の器官壁には微小な神経節が多数あって、そこから短い節後線維がでてくる。これは他の脳神経とは異なる支配形態で迷走神経に特徴的である。 | |||
=== 第XI脳神経(副神経 accessory nerve)=== | |||
運動性神経性線維である。以前には、上位の数本の細い神経根は脳神経部分 cranial part といわれる束を形成し、延髄から脊髄にかけて出る多数の神経根は脊髄部分 spinal part と呼ばれる束を形成する、と言われてきた。これらは頭蓋内で合流して一本になるが、頭蓋をでるのを前後して上位の迷走神経に合流する枝と固有の副神経にわかれる。そこで、最近では、脳神経部分は異所性の迷走神経成分(副交感性の細胞体は疑核にある)に相当すると考え、脊髄部分とされる神経束のみを副神経とする傾向にある。ここでもこれに倣う(確定的な結論はまだないが)。 | |||
運動神経の細胞体は脊髄(上位頸髄)の外側角(脊髄神経の運動神経細胞が脊髄前角にあることとの違いに注意)にあり、神経根は多数、側索を貫いて出てくる。一本に束ねられた神経束は脊柱管を上行し、大後頭孔より頭蓋内にはいり、いわゆる副神経脳神経部分と合流して、今度は舌咽神経、迷走神経とともに頸静脈孔より頭蓋のそとに出る。頭蓋内にいちど逆戻りする点は他の脳神経にない特徴である。副神経は頸部を下降しながら胸鎖乳突筋と僧帽筋に分布する。 | |||
=== 第XII脳神経(舌下神経 hypoglossal nerve)=== | |||
舌運動制御の純粋な運動性神経である。動眼神経、滑車神経、外転神経などと一緒の一般体性遠心性神経で、後根を完全に欠いている。 | |||
運動性神経細胞は延髄後部の中心灰白質腹内側に位置する舌下神経核にある。ここから出た神経は前方(腹側)に進み、錐体のすぐ外側の前外側溝 anterolateral sulcus を抜けて延髄を離れる。神経根(10-15本)は束ねられ、舌下神経管を通って頭蓋の外にでる。この神経管をでると硬膜枝を出した後、C1前枝からの枝と合流し、内頸動脈のわきを過ぎて舌の深部を走り、舌のほとんどの筋(頤舌筋など骨付着筋や上縦舌筋など内在性の筋)に分布する。口蓋舌筋は迷走神経(あるいは舌咽神経?)支配とされている。C1前枝のほか、上頚神経節(交感神経)、迷走神経(副交感神経)との交通枝もあるが、それらの成分は、固有の舌下神経支配領域以外に向かう枝に含まれると考えられている。 | |||
== 参考文献 == | |||
Gray’s Anatomy: R. Warwick and P. L. Williams (Eds.), 35th edition, Longman Ltd., Edinburgh, GB, 1973. | |||
Neurological Anatomy in Relation to Clinical Medicine: A. Brodal, 3rd edition, Oxford University Press, New York, USA, 1981. | |||
The Human Central Nervous System. A Synopsis and Atlas: R. Nieuwenhuys, J. Voogd, Chr. Van Huijzen, Springer-Verlag, Berlin Heidelberg New York, 1978. | |||
Wikipedia-free encyclopedia (2012 Edition) | |||
ウィキペディア-フリー百科事典(2012年日本語版) | |||
(執筆者:端川勉 担当編集委員:藤田一郎) | |||
2012年5月15日 (火) 15:51時点における版
英語名:cranial nerves
脳神経とは、脊椎動物神経系のなかで、脳に出入りする末梢神経のことをいう。哺乳類、爬虫類、鳥類では主要なものとして左右12対ある。他に、ヒトにおいては痕跡的であるが、下級脊椎動物で発達しているものとして、第I脳神経に関連の深い、終神経 terminal nerve と鋤鼻神経 vomeronasal nerve があげられる。脳神経は一部をのぞき、大部分は頭部の器官に分布する。脳神経に対して脊髄に出入りする末梢神経のことは脊髄神経という。
12対の脳神経とその働き
脳の前方から後方にかけて順に現われる12対の第I~第XII脳神経(大概はローマ数字表記を用いる)は下記のように固有の名称をもつ。ここでは主にヒトを例に、哺乳動物の12対脳神経のそれぞれについて概略を述べる。
第I脳神経(別名、嗅神経 olfactory nerve)
嗅覚をつかさどる。鼻腔粘膜嗅上皮にある嗅覚受容細胞表面の線毛にある受容体でにおい分子をとらえる。嗅覚受容細胞は双極性の感覚細胞で、末梢側の受容体でとらえられた嗅覚情報は中枢側の嗅糸と呼ばれる神経軸索に伝搬される。嗅糸は数十本ずつ集まって一つの束をなす。嗅神経とは総称で、いくつものこれらの束すべてを指す。嗅糸は頭蓋骨の篩骨篩板にある篩骨孔を通って脳の嗅球に達し、そこで僧帽細胞などにシナプス結合して、脳内の嗅覚中枢へにおい情報を伝える。
第II脳神経(視神経 optic nerve)
視覚をつかさどる。目の網膜の光受容体で受容した視覚情報は網膜内で神経節細胞に伝えられる。神経節細胞の神経軸索(ヒトで約120万本)は眼球の後部で一本に束ねられ、脳にむかう。脳に入るところ(視交叉)までのこの束を視神経という。神経節細胞軸索は視神経、視交叉、視索を経て脳の間脳の外側膝状体、視床枕に、さらに一部は上丘腕をも経て中脳の上丘に達する。外側膝状体、上丘において脳内の神経細胞とシナプス結合し、中枢に視覚情報を伝える。視交叉においては、ヒトでは、両眼の鼻側半球の網膜からの神経軸索が反対側の中枢に、また耳側半球の網膜からの軸索は同側の中枢につながる(この場合、半交差という。一方、たとえばウサギのように動物種によっては全交差とみなされるものもある。視交叉欠損は異常表現型として発現する。)伝統的に視神経は末梢神経に分類されてはいるが、発生学的にみると、網膜とともに脳から発生してくるものであり、脳の髄膜とグリア細胞(末梢神経を被うシュワン細胞ではない)に被われているため、厳密には中枢神経系に属する構造とみなすべきものである。
第III脳神経(動眼神経 oculomotor nerve)
運動神経による眼球運動と、副交感神経(自律神経系のひとつ)による瞳孔運動をつかさどる。
運動神経細胞の細胞体は中脳上丘のレベルで、中心灰白質の前方部に位置する一対の動眼神経核にあり、その細胞体からでる神経軸索は束となって中脳内を前方(腹側)に進み、中脳脳底の脚間窩において脳をはなれ、左右一本ずつの動眼神経となる。副交感神経は動眼神経核の吻側で、より内側部に位置するエディンガー・ウェストファル核(動眼神経副核)の細胞からでて、運動神経に交じって脳をでる(動眼神経は運動性と自律性の2種類の要素をふくむことになる)。動眼神経は吻側方向に進み、頭蓋上眼窩裂を通って眼窩にでたのち、上枝と下枝にわかれながら、4種類の外眼筋(上直筋、下直筋、内側直筋、下斜筋)と上眼瞼挙筋を支配する。 下枝からは毛様体神経節へ副交感神経線維が伸び、節後神経細胞にシナプス結合する。この後の節後線維と神経節に到達した交感神経(交感神経節からくる)、感覚神経(三叉神経の枝、眼神経からくる)が一緒になって短毛様体神経をなし、毛様体筋、瞳孔括約筋、角膜などを支配する。
第IV脳神経(滑車神経 trochlear nerve)
上斜筋(外眼筋のひとつ)を支配する運動神経で眼球運動を制御する。
滑車神経の細胞体は動眼神経核の尾方(延髄側)に続き、中脳下丘レベルの中心灰白質前方部にある。滑車神経の根は神経核からでると中心灰白質の淵に沿うように外側後方(背側)に進み、下丘の尾側端のレベルの背側表面に達し、そこで左右交差する。交差後、滑車神経は中脳外側縁に沿って頭蓋内を吻側前方(腹側)にはしり、上眼窩裂では動眼神経の上で、眼神経(三叉神経第1枝)の下を通って眼窩にでて上斜筋に分布する。滑車神経は脳の後側(背側)から出る唯一の脳神経であり、視神経以外で左右交差する神経はこの滑車神経のみである。
第V脳神経(三叉神経 trigeminal nerve)
脳神経のなかで最大の神経で、3枝(第1枝:眼窩、前頭部・頭頂部支配の眼神経、第2枝:鼻腔、顔面上顎部支配の上顎神経、第3枝:側頭部、顔面下顎部支配の下顎神経)に分かれるのでこう呼ばれる。運動性神経(咀嚼筋などの骨格筋支配で下顎神経のみに加わる)と感覚性神経(顔面の知覚をつかさどり、全枝に加わる)の混合神経である。
運動神経の神経核は橋レベルに位置する三叉神経運動核に起こり(運動根)、橋被蓋を外側前方に進み、知覚根に合流して中小脳脚を貫いて脳を離れる。 知覚神経の神経核は尾側方から、延髄レベルにある三叉神経脊髄路核(脊髄後角の海綿質に連続し、温痛覚の中枢伝導路を形成する)、それに続く橋レベルの三叉神経主知覚核(三叉神経根の外側に位置する細胞群で、触覚の中枢伝導路を形成する)と三叉神経中脳路核(中脳レベルで中心灰白質腹外側縁に並んで配列する大型円形細胞群で、末梢枝は眼筋、咀嚼筋などの筋紡錘に分布し、そこからの固有知覚を司る脳内に位置する唯一の一次感覚細胞。中枢枝の分布は不明な点が多い)からなる。
中脳路核以外の知覚神経の神経細胞体は三叉神経節(半月神経節とも呼ばれ、側頭骨椎体の三叉神経圧痕にへばりついている。脊髄神経節=後根神経節に相同する。)にあり、偽単極性の感覚神経細胞である。その中枢突起は知覚根のなかをとおり橋のレベルで脳にはいると、やく半分の数の軸索は上行枝(三叉神経主知覚核に終止する)と下行枝(三叉神経脊髄路を下りながらその核に終止軸索をおくる)に枝分かれする。残り半分は枝分かれせずに、いずれかの三叉神経核に終わる。
一方、感覚神経細胞の末梢枝はそれぞれ眼神経、上顎神経、下顎神経どれかに加わりながら、顔面、頭部の末梢器官(皮膚、粘膜、脳硬膜など)に分布する。
第VI脳神経(外転神経 abducens nerve)
外側直筋(外眼筋のひとつ)を支配する運動神経で眼球運動を制御する。 神経細胞体は橋の顔面神経丘の直下に位置する外転神経核にある。神経軸索は核をでると橋被蓋を前方(腹側)にほぼ直進し、橋と延髄の境界から脳をでて束をなし、外転神経となる。これは吻側に向かい、上眼窩裂から眼窩にでて外側直筋に達する。
第VII脳神経(顔面神経 facial nerve)
顔面筋支配の運動神経、涙腺や口蓋線などの分泌作用制御の副交感神経、および味覚を司る感覚神経を含む混合神経である。
顔面筋支配の神経細胞群は橋・延髄境界領域の網様体腹外側のかなりおおきな顔面神経核を形成する。ここから伸びる神経軸索は顔面神経運動根で脳幹内では変則的な走行を示す。それらは束ねられながらより吻側にある外転神経核(内側後方)に向かい、延髄菱形窩の正中近くの顔面神経丘直下に達し、一塊の顔面神経膝(外転神経核に乗っかる形)となる。線維束はさらに吻側????に向かうが、外転神経核の中央レベルで外側前方(腹側)に急に進路を変更し、三叉神経運動核の内側を通り、橋・延髄の境界の脳幹外側縁(小脳橋角部)を貫いて脳を離れる。その後、側頭骨の顔面神経管を通り、途中アブミ骨筋に枝を出した後、茎乳突孔から頭蓋の外にでて、顔面の骨格筋(表情筋、広頸筋、頬筋など)を支配する。
味覚や外耳道の皮膚感覚(顔面の皮膚感覚を司るのはほとんどが三叉神経であることに注意。)を司る神経の感覚神経細胞体は顔面神経管内の膝神経節にあり、脊髄神経節細胞と同じく偽単極性の細胞である。その中枢突起は顔面神経知覚根(中間神経ともいう。顔面神経運動根と第VIII脳神経の間を走る。)の構成に与る。末梢突起は顔面神経の分枝(鼓索神経や大錐体神経など)に含まれて末梢器官に達する。味覚(舌の前2/3)は鼓索神経を介して脳の延髄孤束核に、皮膚感覚はこれら末梢分枝を介して三叉神経脊髄路核に伝えられる。
顔面神経に含まれる副交感神経性の細胞は上唾液核(橋被蓋の顔面神経核背内側の網様体に散在する細胞群)にある。ここから出る軸索(節前線維)は中間神経に加わり、鼓索神経や舌神経を通って顎下神経節に、あるいは大錐体神経を通って翼口蓋神経節に至り、そこの節細胞にシナプス連結する。この節細胞の軸索(節後線維)はさらに末梢の神経分枝に入って遠位向かう。前者の場合、顎下線や舌下腺に、後者の場合、涙腺や口蓋などの粘膜腺を支配する。
第VIII脳神経(内耳神経 vestibulocochlear nerve)
聴覚を司る蝸牛神経 cochlear nerve と平衡覚を司る前庭神経 vestibular nerve の2種類の感覚神経からなる。 蝸牛神経の細胞は双極性あるいは偽単極性の神経細胞で、蝸牛(側頭骨骨迷路にある渦巻状の空洞で蝸牛管という聴覚器官をおさめる)の基部の骨の中(ローゼンタール管 Rosenthal’s canal)に埋まっている多数のらせん神経節(蝸牛神経節)に存在する。その末梢突起はコルチ器の内・外有毛細胞からの音情報を受け、この情報は中枢突起に伝えられる。これら中枢突起は一つに束ねられて蝸牛神経となり、内耳孔を通って頭蓋内へと進む。蝸牛神経は前庭神経と並んでともに小脳橋角から(顔面神経の外側に位置しながら)脳に入り、聴覚の中枢伝導路のはじまりである蝸牛神経核群の神経細胞にシナプス結合し情報を伝える。蝸牛神経には上記の求心性の線維のほか、脳の上オリーブ核から末梢器官の有毛細胞を支配する遠心性の線維が含まれている。
前庭神経の細胞は双極性で前庭神経節(スカルパ神経節 Scarpa’s ganglion、内耳孔底部の骨迷路に多数埋まっている)にあり、ここからでる短い末梢突起は前庭の感覚器(回転運動情報を受容する三半規管膨大部3か所の内壁、頭の位置移動に伴う重力変化情報を受容する球形嚢斑および卵形嚢斑)の有毛細胞を支配する。神経節細胞の中枢突起はひとつの前庭神経束にまとまり、蝸牛神経とともに、延髄に入る。延髄では外側前庭核に投射しながら、多くの軸索は上行枝と下行枝に2分する。上行枝は上前庭核へ終わり、下行枝は下前庭核と内側前庭核に終止する。前庭神経には上記の求心性線維のほか、少数の遠心性の線維(外側核内側の網様体中に散在する細胞に起こり、感覚上皮を支配する)も含まれる。遠心性線維の機能はわかっていない。
第IX脳神経(舌咽神経 glossopharyngeal nerve)
運動、知覚、味覚、副交感性線維を含む混合神経である。
運動神経の細胞体は延髄の擬核吻側部にあり、ここからの軸索線維は外側前方(腹側)にすすみ、下小脳脚の下縁から数本の根をなして脳をでる。下唾液核にある副交感性細胞からの線維(節前線維)も同様にこれらの根に加わり、これら数本の根は束ねられて一本の舌咽神経となる。一方、感覚神経の細胞体(偽単極性の細胞)はこの神経が頭蓋の頸静脈孔を出るあたりに形成されている、上・下の舌咽神経節にある。ここから伸びる中枢突起もこれらの根を通って延髄にはいり、末梢枝の受容した感覚情報を孤束核(舌後1/3からの味覚)、三叉神経脊髄路核(扁桃、咽頭、舌、中耳、頸動脈小体からの知覚)に送る。運動性の線維の末梢枝は茎突咽頭筋を支配する。副交感神経は耳神経節にはいり、そこでシナプス交換して、そこからは節後線維となって唾液腺に分布する(分泌機能制御)。また、感覚神経、副交感神経の一部(舌咽神経咽頭枝)はつぎに述べる迷走神経の喉頭咽頭枝に合流して喉頭の粘膜に分布する。
第X脳神経(迷走神経 vagus nerve)
運動、知覚、副交感神経を含む混合神経で、他のどの脳神経よりも分布領域が広く、頸部から胸部、腹部半ば過ぎまでの臓器を支配する。 迷走神経の根(8-10本)は舌咽神経のそれより尾側で、下小脳脚と下オリーブ核のあいだの窪みを出入りする。これらは一本に束ねられ、頸静脈孔を通って頭蓋をでる。舌咽神経同様、頸静脈孔を出たあたりに上・下の迷走神経節があり、そこに偽単極性神経細胞(感覚性)を含む。両神経節付近からは上位の舌咽神経との連結枝(迷走神経耳介枝、これはひいては上位の顔面神経とも連なる)や下位の副神経、舌下神経、第1-2頚神経、上頚神経節(交感神経の細胞があり、末梢に節後線維をだす)との連結枝をもちながら、同時に頸部支配枝(迷走神経喉頭咽頭枝、上喉頭神経)をだし、胸腹部臓器の分布に向かう。 運動神経の細胞体は延髄の迷走神経背側(運動)核にあり、気管支、心臓、食道、胃、小腸と一部大腸の不随意筋に分布する。感覚神経の細胞体は上述の上・下迷走神経節にあり、中枢突起は末梢の受容した情報を孤束核(喉頭蓋と喉頭蓋谷からの味覚、支配域の内臓感覚)や三叉神経脊髄路核(耳甲介の皮膚知覚)におくると考えられている。副交感神経の節前線維の細胞体は疑核にあり、節前線維は迷走神経末梢枝にまじって各支配器官(呼吸器、心臓、食道、胃、腸管など)まで達する。個々の器官壁には微小な神経節が多数あって、そこから短い節後線維がでてくる。これは他の脳神経とは異なる支配形態で迷走神経に特徴的である。
第XI脳神経(副神経 accessory nerve)
運動性神経性線維である。以前には、上位の数本の細い神経根は脳神経部分 cranial part といわれる束を形成し、延髄から脊髄にかけて出る多数の神経根は脊髄部分 spinal part と呼ばれる束を形成する、と言われてきた。これらは頭蓋内で合流して一本になるが、頭蓋をでるのを前後して上位の迷走神経に合流する枝と固有の副神経にわかれる。そこで、最近では、脳神経部分は異所性の迷走神経成分(副交感性の細胞体は疑核にある)に相当すると考え、脊髄部分とされる神経束のみを副神経とする傾向にある。ここでもこれに倣う(確定的な結論はまだないが)。
運動神経の細胞体は脊髄(上位頸髄)の外側角(脊髄神経の運動神経細胞が脊髄前角にあることとの違いに注意)にあり、神経根は多数、側索を貫いて出てくる。一本に束ねられた神経束は脊柱管を上行し、大後頭孔より頭蓋内にはいり、いわゆる副神経脳神経部分と合流して、今度は舌咽神経、迷走神経とともに頸静脈孔より頭蓋のそとに出る。頭蓋内にいちど逆戻りする点は他の脳神経にない特徴である。副神経は頸部を下降しながら胸鎖乳突筋と僧帽筋に分布する。
第XII脳神経(舌下神経 hypoglossal nerve)
舌運動制御の純粋な運動性神経である。動眼神経、滑車神経、外転神経などと一緒の一般体性遠心性神経で、後根を完全に欠いている。
運動性神経細胞は延髄後部の中心灰白質腹内側に位置する舌下神経核にある。ここから出た神経は前方(腹側)に進み、錐体のすぐ外側の前外側溝 anterolateral sulcus を抜けて延髄を離れる。神経根(10-15本)は束ねられ、舌下神経管を通って頭蓋の外にでる。この神経管をでると硬膜枝を出した後、C1前枝からの枝と合流し、内頸動脈のわきを過ぎて舌の深部を走り、舌のほとんどの筋(頤舌筋など骨付着筋や上縦舌筋など内在性の筋)に分布する。口蓋舌筋は迷走神経(あるいは舌咽神経?)支配とされている。C1前枝のほか、上頚神経節(交感神経)、迷走神経(副交感神経)との交通枝もあるが、それらの成分は、固有の舌下神経支配領域以外に向かう枝に含まれると考えられている。
参考文献
Gray’s Anatomy: R. Warwick and P. L. Williams (Eds.), 35th edition, Longman Ltd., Edinburgh, GB, 1973.
Neurological Anatomy in Relation to Clinical Medicine: A. Brodal, 3rd edition, Oxford University Press, New York, USA, 1981.
The Human Central Nervous System. A Synopsis and Atlas: R. Nieuwenhuys, J. Voogd, Chr. Van Huijzen, Springer-Verlag, Berlin Heidelberg New York, 1978.
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(執筆者:端川勉 担当編集委員:藤田一郎)