「ストレス」の版間の差分

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英語名: stress 独:Belastung  仏:stress  
英語名: stress 独:Belastung  仏:stress  


 ストレスには生体にとって有益な快ストレスと不利益な不快ストレスの2種類がある。[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]が通常の生活を送るためには、これらのストレスが適度なバランスを保って生体の[[wikipedia:ja:恒常性|恒常性]]を維持する必要がある。しかし近年のストレス社会を背景に、過度なストレス負荷によって脳機能のバランスが失われてしまう場合がある。ストレスレベルがある[[閾値]]を超えてしまうと、それが原因で脳や身体に障害が発生する。このストレスによる心身の疲弊のことを[[wikipedia:allostatic load|アロスタティック負荷]]と呼ぶ。ストレスの原因は[[wikipedia:ja:ストレッサー|ストレッサー]]と呼ばれ、生体はストレッサーに応じて種々の反応(ストレス反応)を引き起こす。
 ストレスとは、元来、環境の変動に対する生体の適応的な反応のことを示す。ストレスの原因は[[wikipedia:ja:ストレッサー|ストレッサー]]と呼ばれ、生体はストレッサーに応じて種々の反応(ストレス反応)を引き起こす。なお、日常語では、ストレッサーのことをストレスと言うことも多い。ストレスには生体にとって有益な快ストレスと不利益な不快ストレスの2種類がある。[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]が通常の生活を送るためには、これらのストレスが適度なバランスを保って生体の[[wikipedia:ja:恒常性|恒常性]]を維持する必要がある。しかし近年のストレス社会を背景に、過度なストレス負荷によって脳機能のバランスが失われてしまう場合がある。ストレスレベルがある[[閾値]]を超えてしまうと、それが原因で脳や身体に障害が発生する。このストレスによる心身の疲弊のことを[[wikipedia:allostatic load|アロスタティック負荷]]と呼ぶ。


==ストレス神経系==
==ストレス神経系==
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===扁桃体===
===扁桃体===


 扁桃体は[[側頭葉]]内側の奥に位置するアーモンド形の神経細胞集団で大脳[[辺縁系]]の一部を構成している。扁桃体は情動・感情の処理、記憶形成に重要な役割を担っている。扁桃体はストレス反応機構、特に不安や恐怖反応において重要な役割を担っている。
 扁桃体は[[側頭葉]]内側の奥に位置するアーモンド形の神経細胞集団で大脳[[辺縁系]]の一部を構成している。扁桃体は情動・感情の処理、恐怖記憶形成に重要な役割を担っている。扁桃体はストレス反応機構、特に不安や恐怖反応において重要な役割を担っている。


===視床下部===
===視床下部===


 視床下部は脳底部に位置し、[[自律神経]]機能の制御を担う中枢で、[[交感神経]]・[[副交感神経]]機能および[[内分泌]]機能を調節している。また、視床下部は[[摂食行動]]・[[性行動]]・[[睡眠]]などの[[本能行動]]の中枢、および不安や怒りといった情動行動制御の中枢と考えられている。さらに視床下部はストレス反応の中枢であり、特に視床下部[[室傍核]]ではストレスに応答して種種の[[神経ペプチド]]・ホルモン群が産生・分泌され、生体のストレス反応に対して重要な役割を担っている。
 視床下部は脳底部に位置し、[[自律神経]]機能の制御を担う中枢で、[[交感神経]]・[[副交感神経]]機能および[[内分泌]]機能を調節している。また、視床下部は[[摂食行動]]・[[性行動]]・[[睡眠]]などの[[本能行動]]の中枢、および不安や怒りといった情動行動制御の中枢と考えられている。さらに視床下部はストレス反応の中枢であり、特に視床下部[[室傍核]]ではストレスに応答して種々の[[神経ペプチド]]・ホルモン群が産生・分泌され、生体のストレス反応に対して重要な役割を担っている。


==視床下部-下垂体-副腎系==
==視床下部-下垂体-副腎系==


 生体にストレッサーがかかると様々な生体反応が生じる。ストレッサーが引き金となる生体反応のうち、視床下部-下垂体-副腎系(HPA系)を介した内分泌反応は様々な[[精神疾患]]との関連が示唆されている。ストレス負荷により視床下部から[[副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン]](CRH)が分泌されると[[下垂体]]前葉からの[[副腎皮質刺激ホルモン]](ACTH)の分泌が促進される。ACTHは[[wikipedia:ja: 副腎皮質|副腎皮質]]を刺激し、コルチゾールの分泌を促進する。海馬、視床下部、下垂体にはコルチゾールと結合する受容体([[糖質コルチコイド受容体]](GR)、[[鉱質コルチコイド受容体]](MR))が存在し、コルチゾールの分泌量が増大するとこれら受容体を介してCRHやACTHの合成・分泌を抑制し、結果としてコルチゾールの分泌量が抑制される(ネガティブフィードバック制御)。HPA系はストレッサーから生体を守る正常な機構の1つであり、中でもネガティブフィードバック制御はコルチゾールの神経細胞への過度な曝露を抑制する機構と考えられている。HPA系の機能調節異常は海馬神経細胞の萎縮を引き起こすこと、[[うつ病]]や[[心的外傷後ストレス障害]](PTSD)との関連が示唆されている。
 生体にストレッサーがかかると様々な生体反応が生じる。ストレッサーが引き金となる生体反応のうち、視床下部-下垂体-副腎系(HPA系)を介した内分泌反応は様々な[[精神疾患]]との関連が示唆されている。ストレス負荷により視床下部から[[副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン]](CRH)が分泌されると[[下垂体]]前葉からの[[副腎皮質刺激ホルモン]](ACTH)の分泌が促進される。ACTHは[[wikipedia:ja: 副腎皮質|副腎皮質]]を刺激し、コルチゾールの分泌を促進する。海馬、視床下部、下垂体にはコルチゾールと結合する受容体([[糖質コルチコイド受容体]](GR)、[[鉱質コルチコイド受容体]](MR))が存在し、コルチゾールの分泌量が増大するとこれら受容体を介してCRHやACTHの合成・分泌を抑制し、結果としてコルチゾールの分泌量が抑制される(ネガティブフィードバック制御)。HPA系はストレッサーから生体を守る正常な機構の1つであり、中でもネガティブフィードバック制御はコルチゾールの神経細胞への過度な曝露を抑制する機構と考えられている。HPA系の機能調節異常は、海馬神経細胞の萎縮を引き起こすこと、[[うつ病]]や[[心的外傷後ストレス障害]](PTSD)と関連することが示唆されている。


==ストレス脆弱性仮説==
==ストレス脆弱性仮説==
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===神経栄養因子===
===神経栄養因子===


 [[神経栄養因子]]は神経細胞の生存・機能発現に必須の因子である。ストレスを負荷した動物の脳内で[[脳由来神経栄養因子]](BDNF)や[[グリア細胞由来神経栄養因子]](GDNF)の量が変化し、神経細胞[[樹状突起]]に存在する棘突起([[スパイン]])の形態・機能変化を引き起こし、その結果不安やうつ、記憶障害を引き起こすことが示唆されている。うつ病治療などに用いられている[[抗うつ薬]]投与によってそれらの異常が回復するといった報告がある<ref><pubmed> 11931738 </pubmed></ref>, <ref><pubmed> 21262472 </pubmed></ref>。うつ病患者においてもこれら栄養因子群の量が変化しているとの報告があり、慢性的なストレス負荷による栄養因子群の枯渇が精神疾患の発症リスクとなる可能性が指摘されている。
 [[神経栄養因子]]は神経細胞の生存・機能発現に必須の因子である。ストレスを負荷した動物の脳内で[[脳由来神経栄養因子]](BDNF)や[[グリア細胞由来神経栄養因子]](GDNF)の量が変化し、神経細胞[[樹状突起]]に存在する棘突起([[スパイン]])の形態・機能変化を引き起こし、その結果不安やうつ、記憶障害を引き起こすことが示唆されている。うつ病治療などに用いられている[[抗うつ薬]]投与によってそれらの異常が回復するといった報告がある<ref><pubmed> 11931738 </pubmed></ref>, <ref><pubmed> 21262472 </pubmed></ref>。うつ病患者においてもこれら栄養因子群の量が変化しているとの報告があり、慢性的なストレス負荷による栄養因子群の低下が精神疾患の発症リスクとなる可能性が指摘されている。


===グルタミン酸受容体===
===グルタミン酸受容体===