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'''==要約==''' <br>FM 色素は脂質二重膜を可逆的に染める蛍光色素で、[[シナプス]]前機能や分泌現象の計測に活用されている。
<div align="right"> 
<font size="+1">[https://researchmap.jp/norikotakahashi 高橋 倫子]、[http://researchmap.jp/haruokasai 河西 春郎]</font><br>
''東京大学 大学院医学系研究科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年1月31日 原稿完成日:2013年8月12日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/michisukeyuzaki 柚崎 通介](慶應義塾大学 医学部生理学)<br>
</div>


'''==目次== <br>'''<br>
{{Chembox
| ImageFile = FM1-43.png
| ImageSize = 220px
| ImageAlt =  
| IUPACName = 3-[4-[2-[4-(dibutylamino)phenyl]ethenyl]pyridin-1-ium-1-yl]propyl-triethylazanium dibromide
| OtherNames = Frie Mao 1-43, SynaptoGreen™ Reagent, SureCN1527120, N-(3-Triethylammoniumpropyl)-4-(p-dibutylaminostyryl)pyridinium, 2Br
| Section1 = {{Chembox Identifiers
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| SMILES =CCCCN(CCCC)C1=CC=C(C=C1)C=CC2=CC=[N+](C=C2)CCC[N+](CC)(CC)CC.[Br-].[Br-] }}
| Section2 = {{Chembox Properties
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| Autoignition = }}
}}


1. FM1-43 とは
{{box|text=
 FM 色素は[[wikipedia:ja:脂質二重層|脂質二重膜]]を可逆的に染める蛍光色素で、[[シナプス前終末]]の機能や[[wikipedia:ja:分泌|分泌]]現象の計測に活用されている。
2. 分子構造
}}
3. 蛍光特性
4. 応用例  ・[[シナプス]]前機能の解析  
              ・開口放出現象の可視化  
              ・分泌小胞の直径測定     


'''<br>==FM1-43 とは== <br>'''FM(Fei Mao)は細胞膜を染めるスチリル色素を合成した。FM1-43 はその代表格である。<br>[[シナプス]]前終末の機能解析や、分泌小胞の動態解析に広く用いられる。<br>色素の特性として次の 3つの性質がある。<br>  ①水溶液中に存在する場合に比べ、細胞膜に結合すると量子効率が著増し、強い蛍光を出す。<br>  ②[[wikipedia:ja:脂質二重層|脂質二重膜]]を透過しない。<br>  ③両親媒性で可逆的に膜を染める。 [[Image:Takahashinoriko fig 1.jpg|thumb|center|224x220px|図1]]<br>
== FM1-43とは  ==


<br>'''==分子構造==<br>'''構造は、親水性領域、二重結合領域、疎水性炭素鎖領域に分けられる。<br>親水性領域が正の電荷をもつため、膜を通過しない。二重結合の数は蛍光波長に関連する。<br>二重結合が一つの FM1-43・FM1-84・FM2-10 は黄色蛍光を呈し、二重結合が二つの FM4-64・FM5-95 は赤色蛍光を呈する。<br>疎水性炭素鎖の長さは細胞膜の染め方に関連し、長いものほど明るく、一旦膜に組み込まれると離脱しがたい<ref><pubmed> 10202529 </pubmed></ref>。 FM1-43 の炭素鎖数は 4であり、解離時定数 τdiss 8 msを示す。より短い FM2-10(炭素鎖数 2)は、比較的離脱しやすい(τdiss =6.4 ms)。逆に、より長い FM1-84(炭素鎖数 5)は離脱に時間がかかる(τdiss =36 ms)<ref><pubmed> 19580748 </pubmed></ref>。             [[Image:Takahashinoriko fig 2.jpg|thumb|center|400px|図2]]                                            
[[Image:Takahashinoriko fig 1.jpg|thumb|250px|'''図1. FM 色素による還流と細胞膜の蛍光標識'''<br>FM 色素液で細胞を還流すると細胞外膜が蛍光を発する。]]  Molecular Probe 社の Fei Mao William J Betz らとともに、[[細胞膜]]を染める一連のスチリル色素を合成した。これらを FM (Fei Mao)色素と呼び、FM1-43 はその代表格である。[[シナプス前終末]]の機能解析や、[[分泌小胞]]の動態解析に広く用いられる。


''' ==蛍光特性==<br>'''FM1-43 の励起には 1光子では波長 480 nm光、2光子では波長 840 nm 光が頻用される。<br>極大蛍光波長はリポゾーム中にて 580 nm である。<br>波長 480 nm光の高出力励起(~150 μW)にてジアミノベンゼン(DAB)の光変換(photoconversion) を起こす。そのため、アルデヒドで固定可能な色素:FM1-43FX と DAB を細胞に与え、光変換させると、共局在部位で電子密度の高い産物が作られ、電子顕微鏡観察が可能となる。FM1-43 を取り込んだ小胞が、高い電子密度で描出され、微細構造解析に利用されている。 <br>
 色素の特性として次の3つの性質がある。


'''<br>==応用例=='''<br>'''[[シナプス]]前機能の解析'''<br>''' ・シナプス前終末における小胞プールの大きさと開口放出確率の測定'''<br>細胞外を FM1-43 で還流中に、短い放出刺激を与え(例 20 Hz、30 発)、開口放出([[エクソサイトーシス]])した小胞の膜を染める。 <br><br>[[Image:Takahashinoriko fig 3.jpg|thumb|center|600px|図3]]<br>[[シナプス小胞]]は 30-60秒で細胞内部に[[エンドサイトーシス]]で取り込まれる。その後、細胞外を、色素を含まない溶液で還流し、細胞外膜に結合した色素を wash out する。このような loading 過程を経て示される蛍光量は、30回の刺激時に開口放出した小胞にあたり Readily releasable pool (RRP)のサイズの指標となる。カエル NMJの場合、RRP の小胞数は神経終末内小胞の約 15%(12-17%)と報告された<ref><pubmed> 15044806 </pubmed></ref>。<br>
#水溶液中に存在する場合に比べ、細胞膜に結合すると[[wikipedia:ja:量子効率|量子効率]]が著増し、強い[[wikipedia:ja:蛍光|蛍光]]を出す。
#[[wikipedia:ja:脂質二重層|脂質二重膜]]を透過しない。
#[[wikipedia:ja:両親媒性分子|両親媒性]]で可逆的に膜を染める。


<br>次に、細胞外色素フリーの状態で放出刺激を与えると、前段階で染められた小胞は細胞膜と融合し、細胞外液への拡散により神経終末の蛍光は減弱する(destaining)。この減弱の程度や時間経過から、開口放出の量と速度が評価できる。蛍光減弱の時間経過は single exponential に近似されることから、放出確率 (Release probability, Pr) は蛍光減弱の時定数に反比例すると考えられる。Prの計算法として、(Recycling pool の小胞数×0.63)/ (37%に蛍光減弱するまでに与えた電気パルス数)で示す方法<ref><pubmed> 18701072 </pubmed></ref> が提起された。より簡易的には、FM1-43 の蛍光半減期の逆数<ref><pubmed> 11426227 </pubmed></ref>で示されるケースもある。<br>
== 分子構造  ==


<br>''' ・シナプス小胞の動態の解析'''<br>開口放出した顆粒は active zone の周辺から内部に取り込まれ(endocytosis)、再び放出可能となる(recycle)。このリサイクルにかかる時間は、海馬培養標本では 20-30秒、神経筋接合部では 60秒と見積もられた。そこで Recycling pool(= RRP + Reserve pool)の測定は、RRP 測定時よりも長い時間電気刺激を与え、色素をロードする事により達成できる(例 10Hz 900 発)。リサイクルされた小胞は、元来小胞があった領域のほぼ全域に拡散し、core(中央部)への拡散のみが軽度に少なかった。また、リサイクルした小胞は、初めて刺激を受けたプール同様の放出確率を持つことが報告された<ref><pubmed> 1553547 </pubmed></ref> 。<br>
[[Image:Takahashinoriko fig 2.jpg|thumb|250px|'''図2. FM 色素群の分子構造'''<br>二重結合の数は色調に、炭素鎖の数は細胞膜との親和性や蛍光強度に関連する。]]  構造は、[[wikipedia:ja:親水性|親水性]]領域、[[wikipedia:ja:二重結合|二重結合]]領域、[[wikipedia:ja:疎水性|疎水性]]炭素鎖領域に分けられる。


<br>''' ・開口放出様式の解析'''<br>FM 色素には、炭素鎖数の異なる複数種類の色素がある。これらが小胞膜を染める頻度を比較することにより、融合細孔の開放時間の長短が識別可能となる。<br>FM2-10 や FM1-43 色素を用い、顆粒膜から離脱する完全融合型(full fusion)と、離脱しない不完全融合型(incomplete fusion)の識別が行われた<ref><pubmed> 9707119 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 12354398 </pubmed></ref>。
 親水性領域が正の電荷をもつため、膜を通過しない。二重結合の数は蛍光波長に関連する。


'''<br>開口放出現象の可視化'''<br>FM1-43 を網膜双極性細胞のシナプス小胞に取り込ませて標識し、TIRF 顕微鏡で細胞膜直下(~100nm)の観察を行い、単一小胞の開口放出現象の可視化が報告された<ref><pubmed> 10972279 </pubmed></ref> 。<br>また、下垂体前葉細胞 (lactotrophs) や膵島細胞においても、大型有芯小胞の膜融合に伴い、開口放出部位においてFM1-43 蛍光強度の上昇が報告された <ref><pubmed> 10953007 </pubmed></ref>。
 二重結合が一つの FM1-43、FM1-84、FM2-10 は黄色蛍光を呈し、二重結合が二つの FM4-64、FM5-95 は赤色蛍光を呈する。


'''<br>分泌小胞の直径測定<br>'''シナプス小胞から大型有芯小胞に至るまで、小胞の直径計測に有効である <ref><pubmed> 16150799 </pubmed></ref>。<br>水溶性色素(赤色 sulforhodamine B)と FM1-43 を細胞外液に同時に与え、開口放出を誘発すると、水溶性色素は小胞内部に進入し、FM1-43 は細胞外膜から小胞内膜へ拡散するため、開口放出した小胞が両色素で描出される。この際2光子励起画像を取得し、双方の色素の増加分の比を求めると小胞直径が計算される(直径=6 ΔSRB/ΔFM1-43)。本法は色素濃度やレンズ特性(point-spread function)によらず、シナプス小胞のような光学解像度以下の器官の計測にも応用可能である。 <br>
 疎水性炭素鎖の長さは細胞膜の染め方に関連し、長いものほど明るく、一旦膜に組み込まれると離脱しがたい<ref><pubmed> 10202529 </pubmed></ref>。 FM1-43 の炭素鎖数は 4であり、解離時定数τ<sub>diss</sub>は 8 msを示す。より短いFM2-10(炭素鎖数 2)は、比較的離脱しやすい(τ<sub>diss</sub>=6.4 ms)。逆に、より長い FM1-84(炭素鎖数 5)は離脱に時間がかかる(τ<sub>diss</sub>=36 ms)<ref><pubmed> 19580748 </pubmed></ref>


<br><references />
== 蛍光特性  ==


<br>(執筆者:高橋倫子、河西春郎、 担当編集委員:柚崎通介) 
 FM1-43の[[wikipedia:ja:励起状態|励起]]には1光子では波長 480 nm光、2光子では波長 840 nm光が頻用される。
 
 蛍光強度は[[wikipedia:ja:リポソーム|リポソーム]]中では 580 nmで最大となる。
 
 波長 480nm光の高出力励起(~150 μW)にて[[wikipedia:3,3'-Diaminobenzidine|ジアミノベンチジン]](DAB)の光変換(photoconversion) を起こす。そのため、[[wikipedia:ja:アルデヒド|アルデヒド]]で固定可能な色素である FM1-43FXと DABを細胞に与え光変換させると、共局在部位で電子密度の高い産物が作られ、[[電子顕微鏡]]観察が可能となる。FM1-43を取り込んだ小胞が、高い電子密度で描出され、微細構造解析に活用されている。
 
== 応用例  ==
=== シナプス前終末における小胞プールの大きさと開口放出確率の測定  ===
[[Image:Takahashinoriko fig 3.jpg|thumb|250px|'''図3. 開口放出に伴う FM 蛍光の変化'''<br>膜融合時、細胞外色素の有無により蛍光変化の様式が異なる。]]
[[ファイル:Takahashinoriko fig 4.jpg|thumb|250px|'''図4. シナプス前終末における小胞プール'''<br>即時放出可能プール、再循環プール、静止プールの存在が生理学的な手法や電子顕微鏡による検討などで示唆されている。]]
 シナプスを刺激した時にミリ秒で起きる伝達物質放出は、[[活性帯]] ([[active zone]])にドックした小胞が開口放出すると仮想されている。この仮想的な小胞群を[[即時放出可能プール]] ([[readily releasable pool]], [[RRP]])という。[[シナプス小胞]]は開口放出後 30-60秒で細胞内部に[[エンドサイトーシス]]で取り込まれる(図 3左)。更に、シナプス終末内でシナプス小胞に再生されて[[即時放出可能プール]]に再び至る。この課程を[[リサイクリング]]と呼び、その小胞の集合体が[[再循環プール]]([[Recycling pool]])である。即時放出可能プールと再循環プールを総合して、[[全放出可能プールあるいは全リサイクリングプール]] ([[total recycling pool]], [[TRP]])という呼称が使われる(図 4)。
 
 細胞外を FM1-43 で還流中に、長い放出刺激(例 20 Hz、900 発)を与え、[[開口放出]]([[エクソサイトーシス]])した小胞の膜を染め出し、その後色素を含まない溶液で細胞外を還流し、外膜に結合した色素を wash out すると、TRPの全体が染まる。一方、ちょうど RRPにある小胞を枯渇させる程度の短い放出刺激(例 20 Hz、30 発)を与えて wash outをすると RRPが選択的に染まる。この様な解析から、RRPは TRPの 10-30%程度と推定されており<ref><pubmed> 15044806 </pubmed></ref>、TRPが40個程度の小さなシナプスでは RRPの小胞数は 4-12個となる。
 
 次に、TRPを染めた小胞に刺激を与えると、シナプス小胞は細胞膜と融合し、FM1-43が細胞外液へ拡散することにより神経終末の蛍光は減弱する(脱染色、destaining 図3右)。この脱染色の時間経過は、小胞の開口放出確率が大きい程速い。定量的には、RRPにある小胞の数を [RRP]、その放出確率を Pvとすると、一回の刺激で放出される小胞の数は平均で Pv [RRP]となる。一方、TRPにある小胞の数を[TRP]、一回の刺激による TRPの蛍光の減弱率をkとすると、一回の刺激で放出される小胞の数は k [TRP]となる。よって、Pv [RRP] = k [TRP] となり、これからPv = k [RRP]/[TRP] という関係式が得られ、終末ごとにRRPにある小胞の放出確率を求めることができる <ref><pubmed>23049481 </pubmed></ref>。この Pvと、一回の刺激によりある終末から開口放出が起きる確率 Pr との間には、RRP内の小胞の放出確率が等しければ<math>Pr=1-(1-Pv)^{[RRP]}</math>という関係がある。Prも FM1-43を用いて直接求めた例がある<ref><pubmed> 9136769 </pubmed></ref> 。
 
 FM1-43によって染めることができる TRPの小胞は、電子顕微鏡的に終末に存在する小胞の15-20%にすぎない。<ref><pubmed> 15044806 </pubmed></ref>。 電子顕微鏡的には同定されるがリサイクリングされ難いシナプス小胞の群を[[静止プール]][[ resting pool]]あるいは [[reserve pool]]と呼ぶ(図 4)。静止プール内の小胞もゆっくりとしたリサイクリングに関係していることが他の方法によって明らかとなっている<ref><pubmed>21835344 </pubmed></ref>。
 
=== シナプス小胞の動態の解析  ===
 
 開口放出した顆粒はactive zoneの周辺から内部に取り込まれ([[エンドサイトーシス]])、再び放出可能となる([[リサイクル]])。このリサイクルにかかる時間は、[[海馬]]培養標本では 20-30秒、[[神経筋接合部]]では 60秒と見積もられた。TRPを FM1-43で染めた後、DABを光変換して電顕で見ると染色された小胞は、元来小胞があった領域のほぼ全域に拡散し、core(中央部)への拡散のみが軽度に少なかった。また、リサイクルした小胞は、初めて刺激を受けたプール同様の放出確率を持つことが報告された<ref><pubmed> 1553547 </pubmed></ref> 。
 
=== 膜融合様式の解析  ===
 
 FM色素には、炭素鎖数の異なる複数種類の色素がある。これらが小胞膜を染める頻度を比較することにより、融合細孔の開放時間の長短が識別可能となる。
 
 FM2-10やFM1-43色素を用い、小胞膜から離脱する[[完全融合]]型(full fusion)と、離脱しない[[不完全融合]]型(incomplete fusion)の識別が行われた<ref><pubmed> 9707119 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 12354398 </pubmed></ref>。
 
=== 開口放出現象の可視化  ===
 
 FM1-43を[[網膜]][[双極性細胞]]のシナプス小胞に取り込ませて標識し、[[全反射顕微鏡]]で細胞膜直下(~100nm)の観察を行い、単一小胞の開口放出現象の可視化が報告された<ref><pubmed> 10972279 </pubmed></ref> 。
 
 また、[[下垂体]][[前葉細胞]] ([[lactotrophs]]) や[[wikipedia:ja:膵島|膵島]]細胞においても、[[ホルモン]]を含む大型[[有芯小胞]]の[[膜融合]]に伴い、開口放出部位においてFM1-43蛍光強度の上昇が報告された <ref><pubmed> 10953007 </pubmed></ref><ref><pubmed>12193788 </pubmed></ref>。
 
=== 分泌小胞の直径測定  ===
 
 シナプス小胞から大型有芯小胞に至るまで、小胞の直径計測に有効である <ref><pubmed> 16150799 </pubmed></ref>。
 
 水溶性色素(赤色[[wikipedia:ja:スルホローダミンB|スルホローダミンB]], SRB)と FM1-43を細胞外液に同時に与え、開口放出を誘発すると、水溶性色素は小胞内部に進入し、FM1-43は細胞外膜から小胞内膜へ拡散するため、開口放出した小胞が両色素で描出される。この際 [[2光子レーザー走査顕微鏡]]で画像を取得し、双方の色素の増加分の比を求めると小胞直径が計算される(直径=6 ΔSRB/ΔFM1-43)。本法は色素濃度やレンズ特性([[wikipedia:ja:点拡がり関数|点拡がり関数]])によらず、シナプス小胞のような光学[[wikipedia:ja:解像度|解像度]]以下の器官の計測にも応用可能である。
 
== 関連項目  ==
 
*[[開口放出]]([[エクソサイトーシス]])
*[[膜融合]]
*[[シナプス]]
*[[分泌]]
 
== 参考文献  ==
 
<references />

2021年11月18日 (木) 16:12時点における最新版

高橋 倫子河西 春郎
東京大学 大学院医学系研究科
DOI:10.14931/bsd.3193 原稿受付日:2013年1月31日 原稿完成日:2013年8月12日
担当編集委員:柚崎 通介(慶應義塾大学 医学部生理学)

FM1-43
Identifiers
149838-22-2
Jmol-3D images Image
PubChem 2733618
Properties
Molar mass 611.53816
特記なき場合、データは常温(25 °C)・常圧(100 kPa)におけるものである。

 FM 色素は脂質二重膜を可逆的に染める蛍光色素で、シナプス前終末の機能や分泌現象の計測に活用されている。

FM1-43とは

図1. FM 色素による還流と細胞膜の蛍光標識
FM 色素液で細胞を還流すると細胞外膜が蛍光を発する。

 Molecular Probe 社の Fei Mao は William J Betz らとともに、細胞膜を染める一連のスチリル色素を合成した。これらを FM (Fei Mao)色素と呼び、FM1-43 はその代表格である。シナプス前終末の機能解析や、分泌小胞の動態解析に広く用いられる。

 色素の特性として次の3つの性質がある。

  1. 水溶液中に存在する場合に比べ、細胞膜に結合すると量子効率が著増し、強い蛍光を出す。
  2. 脂質二重膜を透過しない。
  3. 両親媒性で可逆的に膜を染める。

分子構造

図2. FM 色素群の分子構造
二重結合の数は色調に、炭素鎖の数は細胞膜との親和性や蛍光強度に関連する。

 構造は、親水性領域、二重結合領域、疎水性炭素鎖領域に分けられる。

 親水性領域が正の電荷をもつため、膜を通過しない。二重結合の数は蛍光波長に関連する。

 二重結合が一つの FM1-43、FM1-84、FM2-10 は黄色蛍光を呈し、二重結合が二つの FM4-64、FM5-95 は赤色蛍光を呈する。

 疎水性炭素鎖の長さは細胞膜の染め方に関連し、長いものほど明るく、一旦膜に組み込まれると離脱しがたい[1]。 FM1-43 の炭素鎖数は 4であり、解離時定数τdissは 8 msを示す。より短いFM2-10(炭素鎖数 2)は、比較的離脱しやすい(τdiss=6.4 ms)。逆に、より長い FM1-84(炭素鎖数 5)は離脱に時間がかかる(τdiss=36 ms)[2]

蛍光特性

 FM1-43の励起には1光子では波長 480 nm光、2光子では波長 840 nm光が頻用される。

 蛍光強度はリポソーム中では 580 nmで最大となる。

 波長 480nm光の高出力励起(~150 μW)にてジアミノベンチジン(DAB)の光変換(photoconversion) を起こす。そのため、アルデヒドで固定可能な色素である FM1-43FXと DABを細胞に与え光変換させると、共局在部位で電子密度の高い産物が作られ、電子顕微鏡観察が可能となる。FM1-43を取り込んだ小胞が、高い電子密度で描出され、微細構造解析に活用されている。

応用例

シナプス前終末における小胞プールの大きさと開口放出確率の測定

図3. 開口放出に伴う FM 蛍光の変化
膜融合時、細胞外色素の有無により蛍光変化の様式が異なる。
図4. シナプス前終末における小胞プール
即時放出可能プール、再循環プール、静止プールの存在が生理学的な手法や電子顕微鏡による検討などで示唆されている。

 シナプスを刺激した時にミリ秒で起きる伝達物質放出は、活性帯 (active zone)にドックした小胞が開口放出すると仮想されている。この仮想的な小胞群を即時放出可能プール (readily releasable pool, RRP)という。シナプス小胞は開口放出後 30-60秒で細胞内部にエンドサイトーシスで取り込まれる(図 3左)。更に、シナプス終末内でシナプス小胞に再生されて即時放出可能プールに再び至る。この課程をリサイクリングと呼び、その小胞の集合体が再循環プールRecycling pool)である。即時放出可能プールと再循環プールを総合して、全放出可能プールあるいは全リサイクリングプール (total recycling pool, TRP)という呼称が使われる(図 4)。

 細胞外を FM1-43 で還流中に、長い放出刺激(例 20 Hz、900 発)を与え、開口放出(エクソサイトーシス)した小胞の膜を染め出し、その後色素を含まない溶液で細胞外を還流し、外膜に結合した色素を wash out すると、TRPの全体が染まる。一方、ちょうど RRPにある小胞を枯渇させる程度の短い放出刺激(例 20 Hz、30 発)を与えて wash outをすると RRPが選択的に染まる。この様な解析から、RRPは TRPの 10-30%程度と推定されており[3]、TRPが40個程度の小さなシナプスでは RRPの小胞数は 4-12個となる。

 次に、TRPを染めた小胞に刺激を与えると、シナプス小胞は細胞膜と融合し、FM1-43が細胞外液へ拡散することにより神経終末の蛍光は減弱する(脱染色、destaining 図3右)。この脱染色の時間経過は、小胞の開口放出確率が大きい程速い。定量的には、RRPにある小胞の数を [RRP]、その放出確率を Pvとすると、一回の刺激で放出される小胞の数は平均で Pv [RRP]となる。一方、TRPにある小胞の数を[TRP]、一回の刺激による TRPの蛍光の減弱率をkとすると、一回の刺激で放出される小胞の数は k [TRP]となる。よって、Pv [RRP] = k [TRP] となり、これからPv = k [RRP]/[TRP] という関係式が得られ、終末ごとにRRPにある小胞の放出確率を求めることができる [4]。この Pvと、一回の刺激によりある終末から開口放出が起きる確率 Pr との間には、RRP内の小胞の放出確率が等しければという関係がある。Prも FM1-43を用いて直接求めた例がある[5]

 FM1-43によって染めることができる TRPの小胞は、電子顕微鏡的に終末に存在する小胞の15-20%にすぎない。[6]。 電子顕微鏡的には同定されるがリサイクリングされ難いシナプス小胞の群を静止プールresting poolあるいは reserve poolと呼ぶ(図 4)。静止プール内の小胞もゆっくりとしたリサイクリングに関係していることが他の方法によって明らかとなっている[7]

シナプス小胞の動態の解析

 開口放出した顆粒はactive zoneの周辺から内部に取り込まれ(エンドサイトーシス)、再び放出可能となる(リサイクル)。このリサイクルにかかる時間は、海馬培養標本では 20-30秒、神経筋接合部では 60秒と見積もられた。TRPを FM1-43で染めた後、DABを光変換して電顕で見ると染色された小胞は、元来小胞があった領域のほぼ全域に拡散し、core(中央部)への拡散のみが軽度に少なかった。また、リサイクルした小胞は、初めて刺激を受けたプール同様の放出確率を持つことが報告された[8]

膜融合様式の解析

 FM色素には、炭素鎖数の異なる複数種類の色素がある。これらが小胞膜を染める頻度を比較することにより、融合細孔の開放時間の長短が識別可能となる。

 FM2-10やFM1-43色素を用い、小胞膜から離脱する完全融合型(full fusion)と、離脱しない不完全融合型(incomplete fusion)の識別が行われた[9] [10]

開口放出現象の可視化

 FM1-43を網膜双極性細胞のシナプス小胞に取り込ませて標識し、全反射顕微鏡で細胞膜直下(~100nm)の観察を行い、単一小胞の開口放出現象の可視化が報告された[11]

 また、下垂体前葉細胞 (lactotrophs) や膵島細胞においても、ホルモンを含む大型有芯小胞膜融合に伴い、開口放出部位においてFM1-43蛍光強度の上昇が報告された [12][13]

分泌小胞の直径測定

 シナプス小胞から大型有芯小胞に至るまで、小胞の直径計測に有効である [14]

 水溶性色素(赤色スルホローダミンB, SRB)と FM1-43を細胞外液に同時に与え、開口放出を誘発すると、水溶性色素は小胞内部に進入し、FM1-43は細胞外膜から小胞内膜へ拡散するため、開口放出した小胞が両色素で描出される。この際 2光子レーザー走査顕微鏡で画像を取得し、双方の色素の増加分の比を求めると小胞直径が計算される(直径=6 ΔSRB/ΔFM1-43)。本法は色素濃度やレンズ特性(点拡がり関数)によらず、シナプス小胞のような光学解像度以下の器官の計測にも応用可能である。

関連項目

参考文献

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