「MST野(テスト)」の版間の差分
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英語名:MST area | |||
MST野はマカカ属サルの高次視覚野のひとつで、上側頭溝後部の前壁および底部に広がる。MSTの語源はmedial superior temporal areaである。上側頭溝後部の後壁にあるMT野から強い線維投射を受け、上側頭溝後部の背側の脳表面に広がる7a野へ投射する。 | |||
図1はMT野とMST野のそれぞれ典型的な大きさの受容野をいくつか重ね書きしたものである。MT野の細胞の受容野は、視野中心のそばでは小さい。例えば視野中心から5度では3度程度の直径を持ち、視野中心から10度では5度程度の直径を持つ。視野周辺部へ行くと大きくなるが,なお受容野の内側の境界はだんだんに視野中心から遠ざかり、視野中心を含む大きな受容野はない。一方、MST野背側部の細胞の受容野はずっと大きく。多くが視野中心を含んで左右両側の視野に広がる。このような広い受容野を持つことから、MST野の細胞は広視野ににわたる情報の統合を行っている可能性がある。 | |||
MST野腹側部の細胞は、背側部の細胞と同じく、動く刺激に運動方向選択的に強く反応し、広い受容野を持つ。しかし、背側部と腹側部の細胞の間では刺激の広がりに対する選択性が異なる。MST野腹側部の細胞は小さい物体が動いたときに強く反応する。MST野腹側部の細胞の多くが、小さい物体とその背景の間の相対運動に対応した反応をする。静止した物体の背景で広視野が動いたときに、背景の手前で物体が動いたときと、反対方向で反応する。この反応はMT野では見つかっていない。MST野腹側部細胞による物体と背景の間の相対運動の表出は、MT野の周辺抑制野を持った細胞による表出よりも広範な条件をカバーしている。 | [[Image:田中テスト図1.jpg|thumb|center|400px|図1 MT野とMST野の神経細胞の受容野の例。それぞれの領野の数個の神経細胞の受容野を重ね書きしてある。]] | ||
MST野の大部分の細胞は、MT野の細胞と同じく、刺激が特定の方向に動いた特にだけ興奮反応する運動方向選択性を持つ。それに加えて、MST野背側部の細胞は刺激の広がりに対する選択性を持ち、広い視野が同時に動いたときにだけ反応する。広い視野の同期した動きは通常動物自身の眼球、頭、体の動きによって引き起こされる。小さな物体の動きには影響されず、広視野に広がったパターンが同時に動いたときにだけ反応するMST野背側部の細胞は、視野の動きから自分自身の体の動きを知覚する役割を果たしているのではなかろうか。 | |||
動物の自己運動の結果起こる広視野の動きは、各点が同じ方向、同じスピードで動く直線運動に限らない。動物が進行方向を見ながら前進した場合はパターンの放射方向への動き、すなわちパターンの拡大が網膜上に起こる。後退した場合はパターンの縮小が、また視軸を中心として回転したときはパターンの回転が生じる。これに対応するように、MST野背側部には広視野パターンの直線運動、拡大、縮小、時計回転、反時計回転にそれぞれ選択的に反応する細胞が存在する。そこでMST野背側部の中のどの細胞群が興奮反応しているかを見ることによって、自分自身の動きを知ることができる。図2にはパターンの拡大(上)および時計方向の回転(下)にそれぞれ選択的に反応する細胞の例を示す。 | |||
[[Image:田中テスト図2.jpg|thumb|center|400px|図2 拡大と時計回転にそれぞれ選択的に反応するMST野細胞の例。]] | |||
このようなMST野背側部の細胞の反応はどのようなメカニズムで生じているのであろうか。MST野はMT野から強い線維投射を受けるから、MT野細胞からの入力を受けてMST野の受容野を作るモデルを考える。MST野細胞の受容野はMT野細胞の受容野よりずっと大きいから、異なった場所に受容野を持つMT野細胞を集めてくる必要がある。同じ最適運動方向を持つ入力細胞を集めれば,直線運動に反応する細胞ができあがる(図3左)。一方、最適運動方向が放射状に並んだ入力細胞を集めれば、パターンの拡大に反応する細胞ができあがり(図3中)、最適運動方向が同心円の接線方向に並んだ入力細胞を集めれば,回転に反応する細胞ができあがる(図3右)。そして、多数の入力細胞が同時に興奮したときにだけ入力が活動電位発射の[[閾値]]を超えるように高い閾値を設定すれば、広視野が動いたときにだけ反応する刺激の広がりに対する選択性が実現される。 | |||
[[Image:田中テスト図3.jpg|thumb|center|400px|図3 MST野細胞の反応選択性を作るモデル]] | |||
MST野背側部の等距離面上の直線運動に反応する細胞の90%は刺激の左右眼視差にも選択的である。ほとんどの細胞は、注視点より奥の広い範囲の視差に反応する遠方細胞、あるいは注視点より手前の広い範囲の視差に反応する手前細胞であり、同調興奮細胞はほとんどない。少数の細胞では注視点より遠方と手前で最適運動方向が反転する。外界に静止した物体を注視しながら自分が横に動くと、注視した物体の手前にある物体と奥にある物体は網膜上で反対の方向に動く。遠方と手前で最適運動方向が反転する細胞は、自己運動の抽出を2つの動きの組合わせでより確かにしているのではないだろうか。 | |||
MST野腹側部の細胞は、背側部の細胞と同じく、動く刺激に運動方向選択的に強く反応し、広い受容野を持つ。しかし、背側部と腹側部の細胞の間では刺激の広がりに対する選択性が異なる。MST野腹側部の細胞は小さい物体が動いたときに強く反応する。MST野腹側部の細胞の多くが、小さい物体とその背景の間の相対運動に対応した反応をする。静止した物体の背景で広視野が動いたときに、背景の手前で物体が動いたときと、反対方向で反応する。この反応はMT野では見つかっていない。MST野腹側部細胞による物体と背景の間の相対運動の表出は、MT野の周辺抑制野を持った細胞による表出よりも広範な条件をカバーしている。 | |||
(執筆者:田中啓治、担当編集委員:未定) |
2015年2月4日 (水) 09:50時点における最新版
英語名:MST area
MST野はマカカ属サルの高次視覚野のひとつで、上側頭溝後部の前壁および底部に広がる。MSTの語源はmedial superior temporal areaである。上側頭溝後部の後壁にあるMT野から強い線維投射を受け、上側頭溝後部の背側の脳表面に広がる7a野へ投射する。
図1はMT野とMST野のそれぞれ典型的な大きさの受容野をいくつか重ね書きしたものである。MT野の細胞の受容野は、視野中心のそばでは小さい。例えば視野中心から5度では3度程度の直径を持ち、視野中心から10度では5度程度の直径を持つ。視野周辺部へ行くと大きくなるが,なお受容野の内側の境界はだんだんに視野中心から遠ざかり、視野中心を含む大きな受容野はない。一方、MST野背側部の細胞の受容野はずっと大きく。多くが視野中心を含んで左右両側の視野に広がる。このような広い受容野を持つことから、MST野の細胞は広視野ににわたる情報の統合を行っている可能性がある。
MST野の大部分の細胞は、MT野の細胞と同じく、刺激が特定の方向に動いた特にだけ興奮反応する運動方向選択性を持つ。それに加えて、MST野背側部の細胞は刺激の広がりに対する選択性を持ち、広い視野が同時に動いたときにだけ反応する。広い視野の同期した動きは通常動物自身の眼球、頭、体の動きによって引き起こされる。小さな物体の動きには影響されず、広視野に広がったパターンが同時に動いたときにだけ反応するMST野背側部の細胞は、視野の動きから自分自身の体の動きを知覚する役割を果たしているのではなかろうか。
動物の自己運動の結果起こる広視野の動きは、各点が同じ方向、同じスピードで動く直線運動に限らない。動物が進行方向を見ながら前進した場合はパターンの放射方向への動き、すなわちパターンの拡大が網膜上に起こる。後退した場合はパターンの縮小が、また視軸を中心として回転したときはパターンの回転が生じる。これに対応するように、MST野背側部には広視野パターンの直線運動、拡大、縮小、時計回転、反時計回転にそれぞれ選択的に反応する細胞が存在する。そこでMST野背側部の中のどの細胞群が興奮反応しているかを見ることによって、自分自身の動きを知ることができる。図2にはパターンの拡大(上)および時計方向の回転(下)にそれぞれ選択的に反応する細胞の例を示す。
このようなMST野背側部の細胞の反応はどのようなメカニズムで生じているのであろうか。MST野はMT野から強い線維投射を受けるから、MT野細胞からの入力を受けてMST野の受容野を作るモデルを考える。MST野細胞の受容野はMT野細胞の受容野よりずっと大きいから、異なった場所に受容野を持つMT野細胞を集めてくる必要がある。同じ最適運動方向を持つ入力細胞を集めれば,直線運動に反応する細胞ができあがる(図3左)。一方、最適運動方向が放射状に並んだ入力細胞を集めれば、パターンの拡大に反応する細胞ができあがり(図3中)、最適運動方向が同心円の接線方向に並んだ入力細胞を集めれば,回転に反応する細胞ができあがる(図3右)。そして、多数の入力細胞が同時に興奮したときにだけ入力が活動電位発射の閾値を超えるように高い閾値を設定すれば、広視野が動いたときにだけ反応する刺激の広がりに対する選択性が実現される。
MST野背側部の等距離面上の直線運動に反応する細胞の90%は刺激の左右眼視差にも選択的である。ほとんどの細胞は、注視点より奥の広い範囲の視差に反応する遠方細胞、あるいは注視点より手前の広い範囲の視差に反応する手前細胞であり、同調興奮細胞はほとんどない。少数の細胞では注視点より遠方と手前で最適運動方向が反転する。外界に静止した物体を注視しながら自分が横に動くと、注視した物体の手前にある物体と奥にある物体は網膜上で反対の方向に動く。遠方と手前で最適運動方向が反転する細胞は、自己運動の抽出を2つの動きの組合わせでより確かにしているのではないだろうか。
MST野腹側部の細胞は、背側部の細胞と同じく、動く刺激に運動方向選択的に強く反応し、広い受容野を持つ。しかし、背側部と腹側部の細胞の間では刺激の広がりに対する選択性が異なる。MST野腹側部の細胞は小さい物体が動いたときに強く反応する。MST野腹側部の細胞の多くが、小さい物体とその背景の間の相対運動に対応した反応をする。静止した物体の背景で広視野が動いたときに、背景の手前で物体が動いたときと、反対方向で反応する。この反応はMT野では見つかっていない。MST野腹側部細胞による物体と背景の間の相対運動の表出は、MT野の周辺抑制野を持った細胞による表出よりも広範な条件をカバーしている。
(執筆者:田中啓治、担当編集委員:未定)