「エピソード記憶」の版間の差分

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<font size="+1">川﨑 伊織</font><br>
<font size="+1">川﨑 伊織*</font><br>
''東北大学高次機能障害学''<br>
''東北大学高次機能障害学''<br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/1227 藤井 俊勝]</font><br>
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''東北福祉大学''<br>
''東北福祉大学''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2016年1月24日 原稿完成日:2016年月日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2016年1月24日 原稿完成日:2016年4月13日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/keijitanaka 田中 啓治](国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/keijitanaka 田中 啓治](国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
 *corresponding author
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英語名:episodic memory
英語名:episodic memory 独:episodisches Gedächtnis 仏:mémoire épisodique


{{box|text=
{{box|text= エピソード記憶とは、陳述記憶の一つで、「個人が経験した出来事に関する記憶」であり、出来事の内容 (「何」を経験したか)に加えて、出来事を経験したときのさまざまな付随情報(周囲の環境すなわち時間・空間的文脈、あるいはそのときの自己の身体的・心理的状態など)と共に記憶されていることが重要な特徴である 。[[内側側頭葉]] ([[海馬]]と[[海馬傍回]])が重要な領域である。}}
 一般的に長期記憶の内容による区分として、陳述記憶 (宣言的記憶または顕在記憶とも呼ばれる)と非陳述記憶 (非宣言的記憶または潜在記憶とも呼ばれる)があり、エピソード記憶は陳述記憶に分類される<ref name=ref1><pubmed>8942965</pubmed></ref>。
}}


==定義==
==定義==
 エピソード記憶とは、「個人が経験した出来事に関する記憶」で、例えば、昨日の夕食をどこで誰と何を食べたかというような記憶に相当する。このようにエピソード記憶とは、その出来事の内容 (「何」を経験したか)に加えて、出来事を経験した時の付随情報である時間 (「いつ」経験したか)や場所 (「どこで」経験したか)などの文脈に関する情報の両方が記憶されていることが重要な特徴である<ref name=ref2>'''Tulving E.'''<br>Episodic and semantic memory. <br>In: Tulving E, Donaldson W, editors. Organization of memory. <br>New York: ''Academic Press''; 1972. p. 381-403.</ref>。一般的な意味で「記憶」という場合はエピソード記憶を指し、臨床的文脈において記憶障害という場合は、通常エピソード記憶の障害を指している。参考までに、いろいろな辞典に記載されているエピソード記憶の定義を表1に示した。
[[Image:Fig1_long_term_memory2.jpg|thumb|300px|'''図1. 記憶の分類'''<br>Squire & Zola<ref name=ref5 />を参考に作成。]]
 エピソード記憶とは、「個人が経験した出来事に関する記憶」で、例えば、昨日の夕食をどこで誰と何を食べたかというような記憶に相当する。エピソード記憶は、その出来事の内容 (「何」を経験したか)に加えて、出来事を経験したときのさまざまな付随情報(周囲の環境すなわち時間・空間的文脈、あるいはそのときの自己の身体的・心理的状態など)と共に記憶されていることが重要な特徴である <ref name=ref1>'''Tulving E.'''<br>Episodic and semantic memory.<br>In: Tulving E, Donaldson W, editors. Organization of memory. <br>New York, ''Academic Press'' 1972. p. 381-403.</ref> <ref name=ref2>'''Tulving E.'''<br>Elements of Episodic Memory.<br>New York, ''Oxford University Press'' 1983.</ref> <ref name=ref3><pubmed>11571031</pubmed></ref> <ref name=ref4>'''Fujii T, Suzuki M.'''<br>Episodic memory.<br>In: Binder MC, Hirokawa N, Windhorst U (eds): <br>''The Encyclopedia of Neuroscience'', vol 1. Springer, NewYork, 2009, pp.1139-1142.</ref>。


{| class="wikitable"
 臨床的枠組みにおいて、「記憶」という用語はエピソード記憶を指して用いられることが多く、記憶障害という場合は、通常エピソード記憶の障害を指している。
|+ 表1.エピソード記憶の辞書による意味
 
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==長期記憶の内容による区分の中での位置づけ==
|「平凡社 心理学事典 (初版第16刷 2004)<br>
 一般的に[[長期記憶]]の内容による区分として、[[陳述記憶]] ([[宣言的記憶]]とも呼ばれる)と[[非陳述記憶]] ([[非宣言的記憶]]とも呼ばれる)があり、エピソード記憶は[[意味記憶]]とともに陳述記憶に分類される<ref name=ref5><pubmed>8942965</pubmed></ref>。エピソード記憶と意味記憶の大きな違いは、前者が単一の経験により成立し経験した文脈との連合が保たれているのに対し、後者は通常同じような経験の繰り返しにより形成され経験した文脈情報との連合が消失することにある<ref name=ref6>'''Schacter DL, Wagner AD, Buckner RL.'''<br>Memory systems of 1999. <br>In: Tulving E, Craik FIM, editors.<br>''The Oxford handbook of memory''. New York: Oxford University Press; 2000. p. 627-643.</ref>。
エピソード記憶とは、その記憶をもっている個人自身の過去の生活史に位置づけられているような事象の記憶であり、その知覚的属性および事象の起こった日時や場所も同時に記憶されているようなものである。
 
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==エピソード記憶の記銘と想起==
|「有斐閣 心理学辞典 (初版第12刷 2006)」<br>
 個人が経験したある出来事に関する記憶表象は、ある一定の時間の範囲の中で、局所的な要素(群)の[[記憶痕跡]]、周囲の環境についての記憶痕跡、それらの間の連合に関する記憶痕跡から形成される<ref name=ref2 />。局所的な要素(群)は、徐々に変化する情景([[ヒト]]を含む生物、無生物、それらの位置関係など)の連続物として、さまざまな[[感覚]]様式をとおして経験される。さらに局所的な要素(群)からの感覚情報の多くは個人の意味記憶を介して自動的に解釈される場合もあるだろう。したがって、局所的な要素(群)に関する記憶痕跡はさまざまな異なる種類の情報を含む(視覚・聴覚などの感覚情報、自己と外界対象との空間的情報、自動的に解釈された意味情報など)。さらに、出来事を経験している自己の身体的・心理的状態も記銘されるであろう。周囲の環境に関する記憶痕跡はこれらの局所的な要素(群)の記憶痕跡と連合し、まとまりのある出来事に関する記憶表象を形成するのに必要となる(前述のように、文脈情報の想起はエピソード記憶の想起の最も重要な特徴である)<ref name=ref2 /> <ref name=ref3 /> <ref name=ref4 />
時空間的に定位された自己の経験に関する記憶のことをいう。
 
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 エピソード記憶の[[想起]]は、想起手がかりと貯蔵された記憶痕跡との相互作用からなる<ref name=ref2 />。この過程をとおして、局所的な要素(群)と周囲の環境についての記憶痕跡が再連合(心理的再構成)を起こし、まとまりのある出来事として意識上に想起される。エピソード記憶がよく想起されるかどうかは、記銘時の局所的な要素(群)と周囲の環境についての記憶痕跡の連合の強度(あるいは連合の多さ)に依存するだろう<ref name=ref7>'''Craik, FIM, Lockhart, RS.'''<br>Levels of processing: a framework for memory research. <br>''J. Verb. Learn. Verb. Behav.'' 1972; 11: 671-684. </ref> <ref name=ref8><pubmed>16371950</pubmed></ref>(例:処理レベルの深さ、経験した時の情動)。また、記銘時の認知過程がどの程度想起時の認知過程において繰り返されるかによる<ref name=ref9>'''Morris DC, Bransford JD, Franks JJ.'''<br>Levels of processing versus transfer appropriate processing.<br>''Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior'' 1977; 16: 519-533.</ref>(例:文脈依存記憶、状態依存記憶)。
|「医学書院 神経心理学事典 (初版第1刷 2007)」<br>
個人の人生の「自伝的記録」と定義することができ、記憶のなかで自己の過去との連続性を与え、特定の個人的出来事についての情報を検索する際に使用されるもの。
|-
|「Oxford Dictionary of Psychology (2009)」<br>
個人的な経験や出来事に対する長期記憶の一様式。
|-
|「The Penguin Dictionary of Psychology (2001)」<br>
どこで、いつ、どのように経験したかについての心理的なタグをもつ情報の記憶。
|-
}


==神経基盤==
==神経基盤==
 エピソード記憶の神経基盤については症例HMの報告<ref name=ref3><pubmed>13406589</pubmed></ref>以降、多くの症例研究がなされ、内側側頭葉 (海馬と海馬傍回)がエピソード記憶に重要な領域であることが確立された<ref name=ref4>'''Fujii T, Moscovitch M, Nadel L.'''<br>Memory consolidation, retrograde amnesia, and the temporal lobe. <br>In: Handbook of Neuropsychology, 2nd ed. Vol. 2. Memory and its disorders. <br>(eds Boller F, Grafman J, Cermak LS). <br>''Elsevier'', Amsterdam, 2000, pp. 223-250.</ref>。エピソード記憶のみが障害され、他の記憶 (意味記憶、手続き記憶、プライミングなど)や高次脳機能に障害が見られないエピソード記憶の選択的障害に健忘症候群がある。健忘症候群の病巣としては、内側側頭葉の他に間脳 (視床および乳頭体)、前脳基底部 (および前頭眼窩皮質後部)などが報告されてきた<ref name=ref4 /> <ref name=ref5>'''Teuber H-L, Milner B, Vaugiian Jr HG.'''<br>Persistent anterograde amnesia after stab wound of the basal brain. <br>''Neuropsychologia''. 1968; 6: 267-282.</ref> <ref name=ref6><pubmed>12757906</pubmed></ref> <ref name=ref7>'''Fujii T.'''<br>The basal forebrain and episodic memory. <br>In: Handbook of Behavioral Neuroscience, Vol. 18. Handbook of Episodic Memory. <br>(eds Dere E, Easton A, Nadel L, Huston JP). <br>''Elsevier'', The Netherlands, 2008, pp. 343-362.</ref>。それ以外にも脳弓、脳梁膨大部後方皮質 (帯状回後部)の損傷でも健忘を呈した症例が報告されている<ref name=ref8><pubmed>13836082</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>3427404</pubmed></ref>。これまでの多くの研究から、これらの脳領域がエピソード記憶に重要な役割を担っていると考えられている。
 エピソード記憶の神経基盤については[[症例HM]]の報告<ref name=ref10><pubmed>13406589</pubmed></ref>以降、多くの症例研究がなされ、[[内側側頭葉]] ([[海馬]]と[[海馬傍回]])がエピソード記憶に重要な領域であることが確立された<ref name=ref4 /> <ref name=ref5 /> <ref name=ref6 /> <ref name=ref11>'''Fujii T, Moscovitch M, Nadel L.'''<br>Memory consolidation, retrograde amnesia, and the temporal lobe. <br>In: Handbook of Neuropsychology, 2nd ed. Vol. 2. Memory and its disorders. (eds Boller F, Grafman J, Cermak LS).<br>''Elsevier'', Amsterdam, 2000, pp. 223-250.</ref>。エピソード記憶のみが障害され、他の記憶 (意味記憶、[[手続き記憶]]、[[プライミング]]など)や高次脳機能に障害がない患者は[[健忘症候群]]と呼ばれる。健忘症候群の病巣としては、内側側頭葉の他に[[間]]脳 ([[視床]]および[[乳頭体]])、[[前脳基底部]]などが報告されてきた<ref name=ref12><pubmed>12757906</pubmed></ref> <ref name=ref13>'''Fujii T.'''<br>The basal forebrain and episodic memory.<br>In: Handbook of Behavioral Neuroscience, Vol. 18. Handbook of Episodic Memory. (eds Dere E, Easton A, Nadel L, Huston JP). <br>''Elsevier'', The Netherlands, 2008, pp. 343-362.</ref>。それ以外にも[[脳弓]]、[[脳梁膨大部後方皮質]] ([[帯状回後部]])の損傷でも健忘を呈した症例が報告されている<ref name=ref14><pubmed>13836082</pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed>3427404</pubmed></ref>
 
 [[健忘]]患者を対象とした研究から、エピソード記憶の記銘および想起過程の両方で、内側側頭葉および間脳の関与が示唆されており、[[前脳基底部]]が想起過程に関与することが報告されている。脳機能イメージング研究においても内側側頭葉がエピソード記憶の記銘および想起過程の両方に関与することが報告されており、[[前脳]]基底部が想起過程に関与することが報告されている。(<u>編集部コメント:この文章と前の段落に若干の重複が認められます。</u>)
 
 [[前頭前野]]の損傷では典型的な健忘症候群(重篤なエピソード記憶の選択的障害)は生じない。ただし、エピソード記憶とまったく関連がないわけではなく、前頭前野の損傷後には、記銘時の方略適応、想起時の適切な探索のガイド、想起された局所的な要素(群)を適切な周囲の環境についての記憶痕跡への結び付けなどの方略的側面が障害される<ref name=ref16>'''Moscovitch M, Winocur G.'''<br>The frontal cortex and working with memory. <br>In: Stuss DT, Knight RT, editors. Principle of Frontal Lobe Function. <br>Oxford, ''Oxford University Press''; 2002. pp. 188-209.</ref>。具体的には、再認に比べて不釣り合いな再生の障害、項目の時間的順序の記憶障害、メタ記憶障害、などが報告されている。また、[[脳機能イメージング研究]]においても作業記憶や[[展望的記憶]]のみならず、エピソード記憶を含むさまざまな課題条件のもとで前頭前野の活動がみられるが、どのような心理過程と関連した活動なのかを特定するのは困難な場合も多い<ref name=ref17><pubmed>    10769304</pubmed></ref>。


 また健忘患者を対象とした研究から、エピソード記憶における記銘および想起過程の両方で、内側側頭葉および間脳の関与が示唆されており、前脳基底部が想起過程に特定の役割を果たすことも報告されている。近年の脳機能イメージング研究においても内側側頭葉がエピソード記憶の記銘および想起過程の両方に関与することが報告されており、前脳基底部が想起過程に関与することも分かってきている。しかしながら、記憶の各心理過程 (記銘、保持、想起過程)に対するこれらの領域 (あるいは関連領域)の明確な役割については未だ明らかではない<ref name=ref10>F'''ujii T, Suzuki M.'''<br>Episodic memory. <br>In: Binder MC, Hirokawa N, Windhorst U (eds):<br>The Encyclopedia of Neuroscience, vol 1. <br>''Springer'', NewYork, 2009, pp.1139-1142.</ref>。
==関連項目==
* [[記憶の分類]]
* [[陳述記憶・非陳述記憶]]
* [[意味記憶]]


==参考文献==
==参考文献==
<references />
<references />

2016年4月14日 (木) 12:56時点における最新版

川﨑 伊織*
東北大学高次機能障害学
藤井 俊勝
東北福祉大学
DOI:10.14931/bsd.2598 原稿受付日:2016年1月24日 原稿完成日:2016年4月13日
担当編集委員:田中 啓治(国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
 *corresponding author

英語名:episodic memory 独:episodisches Gedächtnis 仏:mémoire épisodique

 エピソード記憶とは、陳述記憶の一つで、「個人が経験した出来事に関する記憶」であり、出来事の内容 (「何」を経験したか)に加えて、出来事を経験したときのさまざまな付随情報(周囲の環境すなわち時間・空間的文脈、あるいはそのときの自己の身体的・心理的状態など)と共に記憶されていることが重要な特徴である 。内側側頭葉 (海馬海馬傍回)が重要な領域である。

定義

図1. 記憶の分類
Squire & Zola[1]を参考に作成。

 エピソード記憶とは、「個人が経験した出来事に関する記憶」で、例えば、昨日の夕食をどこで誰と何を食べたかというような記憶に相当する。エピソード記憶は、その出来事の内容 (「何」を経験したか)に加えて、出来事を経験したときのさまざまな付随情報(周囲の環境すなわち時間・空間的文脈、あるいはそのときの自己の身体的・心理的状態など)と共に記憶されていることが重要な特徴である [2] [3] [4] [5]

 臨床的枠組みにおいて、「記憶」という用語はエピソード記憶を指して用いられることが多く、記憶障害という場合は、通常エピソード記憶の障害を指している。

長期記憶の内容による区分の中での位置づけ

 一般的に長期記憶の内容による区分として、陳述記憶 (宣言的記憶とも呼ばれる)と非陳述記憶 (非宣言的記憶とも呼ばれる)があり、エピソード記憶は意味記憶とともに陳述記憶に分類される[1]。エピソード記憶と意味記憶の大きな違いは、前者が単一の経験により成立し経験した文脈との連合が保たれているのに対し、後者は通常同じような経験の繰り返しにより形成され経験した文脈情報との連合が消失することにある[6]

エピソード記憶の記銘と想起

 個人が経験したある出来事に関する記憶表象は、ある一定の時間の範囲の中で、局所的な要素(群)の記憶痕跡、周囲の環境についての記憶痕跡、それらの間の連合に関する記憶痕跡から形成される[3]。局所的な要素(群)は、徐々に変化する情景(ヒトを含む生物、無生物、それらの位置関係など)の連続物として、さまざまな感覚様式をとおして経験される。さらに局所的な要素(群)からの感覚情報の多くは個人の意味記憶を介して自動的に解釈される場合もあるだろう。したがって、局所的な要素(群)に関する記憶痕跡はさまざまな異なる種類の情報を含む(視覚・聴覚などの感覚情報、自己と外界対象との空間的情報、自動的に解釈された意味情報など)。さらに、出来事を経験している自己の身体的・心理的状態も記銘されるであろう。周囲の環境に関する記憶痕跡はこれらの局所的な要素(群)の記憶痕跡と連合し、まとまりのある出来事に関する記憶表象を形成するのに必要となる(前述のように、文脈情報の想起はエピソード記憶の想起の最も重要な特徴である)[3] [4] [5]

 エピソード記憶の想起は、想起手がかりと貯蔵された記憶痕跡との相互作用からなる[3]。この過程をとおして、局所的な要素(群)と周囲の環境についての記憶痕跡が再連合(心理的再構成)を起こし、まとまりのある出来事として意識上に想起される。エピソード記憶がよく想起されるかどうかは、記銘時の局所的な要素(群)と周囲の環境についての記憶痕跡の連合の強度(あるいは連合の多さ)に依存するだろう[7] [8](例:処理レベルの深さ、経験した時の情動)。また、記銘時の認知過程がどの程度想起時の認知過程において繰り返されるかによる[9](例:文脈依存記憶、状態依存記憶)。

神経基盤

 エピソード記憶の神経基盤については症例HMの報告[10]以降、多くの症例研究がなされ、内側側頭葉 (海馬海馬傍回)がエピソード記憶に重要な領域であることが確立された[5] [1] [6] [11]。エピソード記憶のみが障害され、他の記憶 (意味記憶、手続き記憶プライミングなど)や高次脳機能に障害がない患者は健忘症候群と呼ばれる。健忘症候群の病巣としては、内側側頭葉の他に脳 (視床および乳頭体)、前脳基底部などが報告されてきた[12] [13]。それ以外にも脳弓脳梁膨大部後方皮質 (帯状回後部)の損傷でも健忘を呈した症例が報告されている[14] [15]

 健忘患者を対象とした研究から、エピソード記憶の記銘および想起過程の両方で、内側側頭葉および間脳の関与が示唆されており、前脳基底部が想起過程に関与することが報告されている。脳機能イメージング研究においても内側側頭葉がエピソード記憶の記銘および想起過程の両方に関与することが報告されており、前脳基底部が想起過程に関与することが報告されている。(編集部コメント:この文章と前の段落に若干の重複が認められます。

 前頭前野の損傷では典型的な健忘症候群(重篤なエピソード記憶の選択的障害)は生じない。ただし、エピソード記憶とまったく関連がないわけではなく、前頭前野の損傷後には、記銘時の方略適応、想起時の適切な探索のガイド、想起された局所的な要素(群)を適切な周囲の環境についての記憶痕跡への結び付けなどの方略的側面が障害される[16]。具体的には、再認に比べて不釣り合いな再生の障害、項目の時間的順序の記憶障害、メタ記憶障害、などが報告されている。また、脳機能イメージング研究においても作業記憶や展望的記憶のみならず、エピソード記憶を含むさまざまな課題条件のもとで前頭前野の活動がみられるが、どのような心理過程と関連した活動なのかを特定するのは困難な場合も多い[17]

関連項目

参考文献

  1. 1.0 1.1 1.2 Squire, L.R., & Zola, S.M. (1996).
    Structure and function of declarative and nondeclarative memory systems. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 93(24), 13515-22. [PubMed:8942965] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  2. Tulving E.
    Episodic and semantic memory.
    In: Tulving E, Donaldson W, editors. Organization of memory.
    New York, Academic Press 1972. p. 381-403.
  3. 3.0 3.1 3.2 3.3 Tulving E.
    Elements of Episodic Memory.
    New York, Oxford University Press 1983.
  4. 4.0 4.1 Mayes, A.R., & Roberts, N. (2001).
    Theories of episodic memory. Philosophical transactions of the Royal Society of London. Series B, Biological sciences, 356(1413), 1395-408. [PubMed:11571031] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  5. 5.0 5.1 5.2 Fujii T, Suzuki M.
    Episodic memory.
    In: Binder MC, Hirokawa N, Windhorst U (eds):
    The Encyclopedia of Neuroscience, vol 1. Springer, NewYork, 2009, pp.1139-1142.
  6. 6.0 6.1 Schacter DL, Wagner AD, Buckner RL.
    Memory systems of 1999.
    In: Tulving E, Craik FIM, editors.
    The Oxford handbook of memory. New York: Oxford University Press; 2000. p. 627-643.
  7. Craik, FIM, Lockhart, RS.
    Levels of processing: a framework for memory research.
    J. Verb. Learn. Verb. Behav. 1972; 11: 671-684.
  8. LaBar, K.S., & Cabeza, R. (2006).
    Cognitive neuroscience of emotional memory. Nature reviews. Neuroscience, 7(1), 54-64. [PubMed:16371950] [WorldCat] [DOI]
  9. Morris DC, Bransford JD, Franks JJ.
    Levels of processing versus transfer appropriate processing.
    Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior 1977; 16: 519-533.
  10. SCOVILLE, W.B., & MILNER, B. (1957).
    Loss of recent memory after bilateral hippocampal lesions. Journal of neurology, neurosurgery, and psychiatry, 20(1), 11-21. [PubMed:13406589] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  11. Fujii T, Moscovitch M, Nadel L.
    Memory consolidation, retrograde amnesia, and the temporal lobe.
    In: Handbook of Neuropsychology, 2nd ed. Vol. 2. Memory and its disorders. (eds Boller F, Grafman J, Cermak LS).
    Elsevier, Amsterdam, 2000, pp. 223-250.
  12. Van der Werf, Y.D., Scheltens, P., Lindeboom, J., Witter, M.P., Uylings, H.B., & Jolles, J. (2003).
    Deficits of memory, executive functioning and attention following infarction in the thalamus; a study of 22 cases with localised lesions. Neuropsychologia, 41(10), 1330-44. [PubMed:12757906] [WorldCat] [DOI]
  13. Fujii T.
    The basal forebrain and episodic memory.
    In: Handbook of Behavioral Neuroscience, Vol. 18. Handbook of Episodic Memory. (eds Dere E, Easton A, Nadel L, Huston JP).
    Elsevier, The Netherlands, 2008, pp. 343-362.
  14. SWEET, W.H., TALLAND, G.A., & ERVIN, F.R. (1959).
    Loss of recent memory following section of fornix. Transactions of the American Neurological Association, 84, 76-82. [PubMed:13836082] [WorldCat]
  15. Valenstein, E., Bowers, D., Verfaellie, M., Heilman, K.M., Day, A., & Watson, R.T. (1987).
    Retrosplenial amnesia. Brain : a journal of neurology, 110 ( Pt 6), 1631-46. [PubMed:3427404] [WorldCat] [DOI]
  16. Moscovitch M, Winocur G.
    The frontal cortex and working with memory.
    In: Stuss DT, Knight RT, editors. Principle of Frontal Lobe Function.
    Oxford, Oxford University Press; 2002. pp. 188-209.
  17. Cabeza, R., & Nyberg, L. (2000).
    Imaging cognition II: An empirical review of 275 PET and fMRI studies. Journal of cognitive neuroscience, 12(1), 1-47. [PubMed:10769304] [WorldCat]