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担当編集委員:[http://researchmap.jp/keijitanaka 田中 啓治](国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/keijitanaka 田中 啓治](国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | ||
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{{box|text= | {{box|text= エピソード記憶とは、陳述記憶の一つで、「個人が経験した出来事に関する記憶」であり、出来事の内容 (「何」を経験したか)に加えて、出来事を経験したときのさまざまな付随情報(周囲の環境すなわち時間・空間的文脈、あるいはそのときの自己の身体的・心理的状態など)と共に記憶されていることが重要な特徴である 。[[内側側頭葉]] ([[海馬]]と[[海馬傍回]])が重要な領域である。}} | ||
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==定義== | ==定義== | ||
[[Image:Fig1_long_term_memory2.jpg|thumb|300px|'''図1. 記憶の分類'''<br>Squire & Zola<ref name=ref5 />を参考に作成。]] | |||
エピソード記憶とは、「個人が経験した出来事に関する記憶」で、例えば、昨日の夕食をどこで誰と何を食べたかというような記憶に相当する。エピソード記憶は、その出来事の内容 (「何」を経験したか)に加えて、出来事を経験したときのさまざまな付随情報(周囲の環境すなわち時間・空間的文脈、あるいはそのときの自己の身体的・心理的状態など)と共に記憶されていることが重要な特徴である <ref name=ref1>'''Tulving E.'''<br>Episodic and semantic memory.<br>In: Tulving E, Donaldson W, editors. Organization of memory. <br>New York, ''Academic Press'' 1972. p. 381-403.</ref> <ref name=ref2>'''Tulving E.'''<br>Elements of Episodic Memory.<br>New York, ''Oxford University Press'' 1983.</ref> <ref name=ref3><pubmed>11571031</pubmed></ref> <ref name=ref4>'''Fujii T, Suzuki M.'''<br>Episodic memory.<br>In: Binder MC, Hirokawa N, Windhorst U (eds): <br>''The Encyclopedia of Neuroscience'', vol 1. Springer, NewYork, 2009, pp.1139-1142.</ref>。 | |||
臨床的枠組みにおいて、「記憶」という用語はエピソード記憶を指して用いられることが多く、記憶障害という場合は、通常エピソード記憶の障害を指している。 | |||
==長期記憶の内容による区分の中での位置づけ== | |||
一般的に[[長期記憶]]の内容による区分として、[[陳述記憶]] ([[宣言的記憶]]とも呼ばれる)と[[非陳述記憶]] ([[非宣言的記憶]]とも呼ばれる)があり、エピソード記憶は[[意味記憶]]とともに陳述記憶に分類される<ref name=ref5><pubmed>8942965</pubmed></ref>。エピソード記憶と意味記憶の大きな違いは、前者が単一の経験により成立し経験した文脈との連合が保たれているのに対し、後者は通常同じような経験の繰り返しにより形成され経験した文脈情報との連合が消失することにある<ref name=ref6>'''Schacter DL, Wagner AD, Buckner RL.'''<br>Memory systems of 1999. <br>In: Tulving E, Craik FIM, editors.<br>''The Oxford handbook of memory''. New York: Oxford University Press; 2000. p. 627-643.</ref>。 | |||
==エピソード記憶の記銘と想起== | |||
個人が経験したある出来事に関する記憶表象は、ある一定の時間の範囲の中で、局所的な要素(群)の[[記憶痕跡]]、周囲の環境についての記憶痕跡、それらの間の連合に関する記憶痕跡から形成される<ref name=ref2 />。局所的な要素(群)は、徐々に変化する情景([[ヒト]]を含む生物、無生物、それらの位置関係など)の連続物として、さまざまな[[感覚]]様式をとおして経験される。さらに局所的な要素(群)からの感覚情報の多くは個人の意味記憶を介して自動的に解釈される場合もあるだろう。したがって、局所的な要素(群)に関する記憶痕跡はさまざまな異なる種類の情報を含む(視覚・聴覚などの感覚情報、自己と外界対象との空間的情報、自動的に解釈された意味情報など)。さらに、出来事を経験している自己の身体的・心理的状態も記銘されるであろう。周囲の環境に関する記憶痕跡はこれらの局所的な要素(群)の記憶痕跡と連合し、まとまりのある出来事に関する記憶表象を形成するのに必要となる(前述のように、文脈情報の想起はエピソード記憶の想起の最も重要な特徴である)<ref name=ref2 /> <ref name=ref3 /> <ref name=ref4 />。 | |||
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==神経基盤== | ==神経基盤== | ||
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==関連項目== | |||
* [[記憶の分類]] | |||
* [[陳述記憶・非陳述記憶]] | |||
* [[意味記憶]] | |||
==参考文献== | ==参考文献== | ||
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2016年4月14日 (木) 12:56時点における最新版
川﨑 伊織*
東北大学高次機能障害学
藤井 俊勝
東北福祉大学
DOI:10.14931/bsd.2598 原稿受付日:2016年1月24日 原稿完成日:2016年4月13日
担当編集委員:田中 啓治(国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
*corresponding author
英語名:episodic memory 独:episodisches Gedächtnis 仏:mémoire épisodique
エピソード記憶とは、陳述記憶の一つで、「個人が経験した出来事に関する記憶」であり、出来事の内容 (「何」を経験したか)に加えて、出来事を経験したときのさまざまな付随情報(周囲の環境すなわち時間・空間的文脈、あるいはそのときの自己の身体的・心理的状態など)と共に記憶されていることが重要な特徴である 。内側側頭葉 (海馬と海馬傍回)が重要な領域である。
定義
エピソード記憶とは、「個人が経験した出来事に関する記憶」で、例えば、昨日の夕食をどこで誰と何を食べたかというような記憶に相当する。エピソード記憶は、その出来事の内容 (「何」を経験したか)に加えて、出来事を経験したときのさまざまな付随情報(周囲の環境すなわち時間・空間的文脈、あるいはそのときの自己の身体的・心理的状態など)と共に記憶されていることが重要な特徴である [2] [3] [4] [5]。
臨床的枠組みにおいて、「記憶」という用語はエピソード記憶を指して用いられることが多く、記憶障害という場合は、通常エピソード記憶の障害を指している。
長期記憶の内容による区分の中での位置づけ
一般的に長期記憶の内容による区分として、陳述記憶 (宣言的記憶とも呼ばれる)と非陳述記憶 (非宣言的記憶とも呼ばれる)があり、エピソード記憶は意味記憶とともに陳述記憶に分類される[1]。エピソード記憶と意味記憶の大きな違いは、前者が単一の経験により成立し経験した文脈との連合が保たれているのに対し、後者は通常同じような経験の繰り返しにより形成され経験した文脈情報との連合が消失することにある[6]。
エピソード記憶の記銘と想起
個人が経験したある出来事に関する記憶表象は、ある一定の時間の範囲の中で、局所的な要素(群)の記憶痕跡、周囲の環境についての記憶痕跡、それらの間の連合に関する記憶痕跡から形成される[3]。局所的な要素(群)は、徐々に変化する情景(ヒトを含む生物、無生物、それらの位置関係など)の連続物として、さまざまな感覚様式をとおして経験される。さらに局所的な要素(群)からの感覚情報の多くは個人の意味記憶を介して自動的に解釈される場合もあるだろう。したがって、局所的な要素(群)に関する記憶痕跡はさまざまな異なる種類の情報を含む(視覚・聴覚などの感覚情報、自己と外界対象との空間的情報、自動的に解釈された意味情報など)。さらに、出来事を経験している自己の身体的・心理的状態も記銘されるであろう。周囲の環境に関する記憶痕跡はこれらの局所的な要素(群)の記憶痕跡と連合し、まとまりのある出来事に関する記憶表象を形成するのに必要となる(前述のように、文脈情報の想起はエピソード記憶の想起の最も重要な特徴である)[3] [4] [5]。
エピソード記憶の想起は、想起手がかりと貯蔵された記憶痕跡との相互作用からなる[3]。この過程をとおして、局所的な要素(群)と周囲の環境についての記憶痕跡が再連合(心理的再構成)を起こし、まとまりのある出来事として意識上に想起される。エピソード記憶がよく想起されるかどうかは、記銘時の局所的な要素(群)と周囲の環境についての記憶痕跡の連合の強度(あるいは連合の多さ)に依存するだろう[7] [8](例:処理レベルの深さ、経験した時の情動)。また、記銘時の認知過程がどの程度想起時の認知過程において繰り返されるかによる[9](例:文脈依存記憶、状態依存記憶)。
神経基盤
エピソード記憶の神経基盤については症例HMの報告[10]以降、多くの症例研究がなされ、内側側頭葉 (海馬と海馬傍回)がエピソード記憶に重要な領域であることが確立された[5] [1] [6] [11]。エピソード記憶のみが障害され、他の記憶 (意味記憶、手続き記憶、プライミングなど)や高次脳機能に障害がない患者は健忘症候群と呼ばれる。健忘症候群の病巣としては、内側側頭葉の他に間脳 (視床および乳頭体)、前脳基底部などが報告されてきた[12] [13]。それ以外にも脳弓、脳梁膨大部後方皮質 (帯状回後部)の損傷でも健忘を呈した症例が報告されている[14] [15]。
健忘患者を対象とした研究から、エピソード記憶の記銘および想起過程の両方で、内側側頭葉および間脳の関与が示唆されており、前脳基底部が想起過程に関与することが報告されている。脳機能イメージング研究においても内側側頭葉がエピソード記憶の記銘および想起過程の両方に関与することが報告されており、前脳基底部が想起過程に関与することが報告されている。(編集部コメント:この文章と前の段落に若干の重複が認められます。)
前頭前野の損傷では典型的な健忘症候群(重篤なエピソード記憶の選択的障害)は生じない。ただし、エピソード記憶とまったく関連がないわけではなく、前頭前野の損傷後には、記銘時の方略適応、想起時の適切な探索のガイド、想起された局所的な要素(群)を適切な周囲の環境についての記憶痕跡への結び付けなどの方略的側面が障害される[16]。具体的には、再認に比べて不釣り合いな再生の障害、項目の時間的順序の記憶障害、メタ記憶障害、などが報告されている。また、脳機能イメージング研究においても作業記憶や展望的記憶のみならず、エピソード記憶を含むさまざまな課題条件のもとで前頭前野の活動がみられるが、どのような心理過程と関連した活動なのかを特定するのは困難な場合も多い[17]。
関連項目
参考文献
- ↑ 1.0 1.1 1.2
Squire, L.R., & Zola, S.M. (1996).
Structure and function of declarative and nondeclarative memory systems. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 93(24), 13515-22. [PubMed:8942965] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑ Tulving E.
Episodic and semantic memory.
In: Tulving E, Donaldson W, editors. Organization of memory.
New York, Academic Press 1972. p. 381-403. - ↑ 3.0 3.1 3.2 3.3 Tulving E.
Elements of Episodic Memory.
New York, Oxford University Press 1983. - ↑ 4.0 4.1
Mayes, A.R., & Roberts, N. (2001).
Theories of episodic memory. Philosophical transactions of the Royal Society of London. Series B, Biological sciences, 356(1413), 1395-408. [PubMed:11571031] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑ 5.0 5.1 5.2 Fujii T, Suzuki M.
Episodic memory.
In: Binder MC, Hirokawa N, Windhorst U (eds):
The Encyclopedia of Neuroscience, vol 1. Springer, NewYork, 2009, pp.1139-1142. - ↑ 6.0 6.1 Schacter DL, Wagner AD, Buckner RL.
Memory systems of 1999.
In: Tulving E, Craik FIM, editors.
The Oxford handbook of memory. New York: Oxford University Press; 2000. p. 627-643. - ↑ Craik, FIM, Lockhart, RS.
Levels of processing: a framework for memory research.
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LaBar, K.S., & Cabeza, R. (2006).
Cognitive neuroscience of emotional memory. Nature reviews. Neuroscience, 7(1), 54-64. [PubMed:16371950] [WorldCat] [DOI] - ↑ Morris DC, Bransford JD, Franks JJ.
Levels of processing versus transfer appropriate processing.
Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior 1977; 16: 519-533. - ↑
SCOVILLE, W.B., & MILNER, B. (1957).
Loss of recent memory after bilateral hippocampal lesions. Journal of neurology, neurosurgery, and psychiatry, 20(1), 11-21. [PubMed:13406589] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑ Fujii T, Moscovitch M, Nadel L.
Memory consolidation, retrograde amnesia, and the temporal lobe.
In: Handbook of Neuropsychology, 2nd ed. Vol. 2. Memory and its disorders. (eds Boller F, Grafman J, Cermak LS).
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Van der Werf, Y.D., Scheltens, P., Lindeboom, J., Witter, M.P., Uylings, H.B., & Jolles, J. (2003).
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The basal forebrain and episodic memory.
In: Handbook of Behavioral Neuroscience, Vol. 18. Handbook of Episodic Memory. (eds Dere E, Easton A, Nadel L, Huston JP).
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SWEET, W.H., TALLAND, G.A., & ERVIN, F.R. (1959).
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Valenstein, E., Bowers, D., Verfaellie, M., Heilman, K.M., Day, A., & Watson, R.T. (1987).
Retrosplenial amnesia. Brain : a journal of neurology, 110 ( Pt 6), 1631-46. [PubMed:3427404] [WorldCat] [DOI] - ↑ Moscovitch M, Winocur G.
The frontal cortex and working with memory.
In: Stuss DT, Knight RT, editors. Principle of Frontal Lobe Function.
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Cabeza, R., & Nyberg, L. (2000).
Imaging cognition II: An empirical review of 275 PET and fMRI studies. Journal of cognitive neuroscience, 12(1), 1-47. [PubMed:10769304] [WorldCat]