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Αシヌクレイン
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<font size="+1">[https://researchmap.jp/leicaneuron1 長谷川 隆文]</font><br>
<font size="+1">[https://researchmap.jp/leicaneuron1 長谷川 隆文]</font><br>
''東北大学大学院医学系研究科 神経・感覚器病態学講座 神経内科学分野''<br>
''東北大学大学院医学系研究科 神経・感覚器病態学講座 神経内科学分野''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年11月12日 原稿完成日:2020年11月14日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年11月12日 原稿完成日:2020年11月20日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446/ 漆谷 真](滋賀医科大学 脳神経内科)<br>             
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446/ 漆谷 真](滋賀医科大学 脳神経内科)<br>             
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=== 翻訳後修飾 ===
=== 翻訳後修飾 ===
 αシヌクレインの翻訳後修飾として、[[リン酸化]]、[[ユビキチン化]]、[[SUMO (Small ubiquitin-like modifier)化]]、[[ニトロ化]]、[[O-GlcNAcylation化]]、[[アセチル化]]などがあり<ref name=Zhang2019><pubmed>31057362</pubmed></ref> 。これらの修飾はαシヌクレインの凝集性を変化させたり、生体膜への結合性に影響を与える。
 αシヌクレインの翻訳後修飾として、[[リン酸化]]、[[ユビキチン化]]、[[SUMO (Small ubiquitin-like modifier)化]]、[[ニトロ化]]、[[O-GlcNAcylation化]]、[[アセチル化]]などがある<ref name=Zhang2019><pubmed>31057362</pubmed></ref> 。これらの修飾はαシヌクレインの凝集性を変化させたり、生体膜への結合性に影響を与える。


 正常脳においてαシヌクレインの殆どはリン酸化を受けないが、パーキンソン病患者のLewy小体に含まれる異常凝集したαシヌクレインは90%以上が129番目のSerがリン酸化されており、病的意義があると推定されている<ref name=Saito2003><pubmed>12834109</pubmed></ref><ref name=Okochi2000><pubmed>10617630</pubmed></ref><ref name=Fujiwara2002><pubmed>11813001</pubmed></ref> 。S129リン酸化を触媒する[[キナーゼ]]としては、[[カゼインキナーゼII]] ([[CKII]])、[[G共役型受容体キナーゼ]]([[GRKs]])、[[ポロ様キナーゼ]] ([[polo-like kinases]], [[PLKs]]) などが知られている<ref name=Arawaka2006><pubmed>16957079</pubmed></ref><ref name=Inglis2009><pubmed>19004816</pubmed></ref><ref name=Ishii2007><pubmed>17868672</pubmed></ref> 。
 正常脳においてαシヌクレインの殆どはリン酸化を受けないが、パーキンソン病患者のLewy小体に含まれる異常凝集したαシヌクレインは90%以上が129番目のSerがリン酸化されており、病的意義があると推定されている<ref name=Saito2003><pubmed>12834109</pubmed></ref><ref name=Okochi2000><pubmed>10617630</pubmed></ref><ref name=Fujiwara2002><pubmed>11813001</pubmed></ref> 。S129リン酸化を触媒する[[キナーゼ]]としては、[[カゼインキナーゼII]] ([[CKII]])、[[G共役型受容体キナーゼ]]([[GRKs]])、[[ポロ様キナーゼ]] ([[polo-like kinases]], [[PLKs]]) などが知られている<ref name=Arawaka2006><pubmed>16957079</pubmed></ref><ref name=Inglis2009><pubmed>19004816</pubmed></ref><ref name=Ishii2007><pubmed>17868672</pubmed></ref> 。
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 Lewy小体中には完全長のαシヌクレインに加え複数の切断型が確認される。C末端でのαシヌクレイン切断に関与する酵素として20S[[プロテアソーム]]、[[カルパインI]]、[[アスパラギンエンドペプチダーゼ]] (AEP)、[[カスパーゼI]]、[[ニューロシン]]、[[プラスミン]]、[[カテプシンB]]/[[カテプシンD|D]]/[[カテプシンL|L]]、および[[マトリックスメタロプロテアーゼ1]]/[[マトリックスメタロプロテアーゼ3|3]] ([[MMP1]]/[[MMP3|3]]) などが報告されている<ref name=Sung2005><pubmed>15863497</pubmed></ref><ref name=Sevlever2008><pubmed>18702517</pubmed></ref><ref name=Zhang2017><pubmed>28671665</pubmed></ref><ref name=Dufty2007><pubmed>17456777</pubmed></ref><ref name=Wang2016b><pubmed>27482083</pubmed></ref><ref name=Kasai2008><pubmed>18358605</pubmed></ref><ref name=Sorrentino2020><pubmed>32424039</pubmed></ref> 。
 Lewy小体中には完全長のαシヌクレインに加え複数の切断型が確認される。C末端でのαシヌクレイン切断に関与する酵素として20S[[プロテアソーム]]、[[カルパインI]]、[[アスパラギンエンドペプチダーゼ]] (AEP)、[[カスパーゼI]]、[[ニューロシン]]、[[プラスミン]]、[[カテプシンB]]/[[カテプシンD|D]]/[[カテプシンL|L]]、および[[マトリックスメタロプロテアーゼ1]]/[[マトリックスメタロプロテアーゼ3|3]] ([[MMP1]]/[[MMP3|3]]) などが報告されている<ref name=Sung2005><pubmed>15863497</pubmed></ref><ref name=Sevlever2008><pubmed>18702517</pubmed></ref><ref name=Zhang2017><pubmed>28671665</pubmed></ref><ref name=Dufty2007><pubmed>17456777</pubmed></ref><ref name=Wang2016b><pubmed>27482083</pubmed></ref><ref name=Kasai2008><pubmed>18358605</pubmed></ref><ref name=Sorrentino2020><pubmed>32424039</pubmed></ref> 。
[[ファイル:Hasegawa alpha synuclein Fig2.png|サムネイル|'''図2. シヌクレインファミリーの分子系統樹'''<br>
[[ファイル:Hasegawa alpha synuclein Fig2.png|サムネイル|'''図2. シヌクレインファミリーの分子系統樹'''<br>
各枝の数字はブートストラップ値を示す。スケールバーはサイト毎のアミノ酸置換を示す。(文献41から一部改変し引用)]]
各枝の数字はブートストラップ値を示す。スケールバーはサイト毎のアミノ酸置換を示す。文献<ref name=Siddiqui2016><pubmed>27080380</pubmed></ref>から一部改変し引用。[https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/ クリエイティブ・コモンズ・ライセンス](CC BY 4.0)。]]
[[ファイル:Hasegawa alpha synuclein Fig3.png|サムネイル|'''図3. ヒトシヌクレインファミリーの一次構造比較'''<br>
[[ファイル:Hasegawa alpha synuclein Fig3.png|サムネイル|'''図3. ヒトシヌクレインファミリーの一次構造比較'''<br>
αシヌクレインを基準に、N末端、NAC領域およびC末端領域のアミノ酸相同性を示した。]]
αシヌクレインを基準に、N末端、NAC領域およびC末端領域のアミノ酸相同性を示した。]]
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 αシヌクレインはシナプス前末端に多く局在することや、[[キンカチョウ]](錦花鳥、''Taeniopygia guttata'')がさえずりを学習する時期に神経系で発現が上昇することから、当初からシナプス機能や[[神経可塑性]]に関与すると推察されてきた<ref name=Maroteaux1988><pubmed>3411354</pubmed></ref><ref name=George1995><pubmed>7646890</pubmed></ref><ref name=Quilty2003><pubmed>12821390</pubmed></ref> 。一方、その生理的機能については未だ十分には解明されていない。
 αシヌクレインはシナプス前末端に多く局在することや、[[キンカチョウ]](錦花鳥、''Taeniopygia guttata'')がさえずりを学習する時期に神経系で発現が上昇することから、当初からシナプス機能や[[神経可塑性]]に関与すると推察されてきた<ref name=Maroteaux1988><pubmed>3411354</pubmed></ref><ref name=George1995><pubmed>7646890</pubmed></ref><ref name=Quilty2003><pubmed>12821390</pubmed></ref> 。一方、その生理的機能については未だ十分には解明されていない。


 意外にもαシヌクレインの[[ノックアウトマウス]]は目立った表現型を示さず神経変性も生じない<ref name=Abeliovich2000><pubmed>10707987</pubmed></ref> 。一方、同マウスは[[線条体]][[ドパミン]]放出量の増加を示し、[[アンフェタミン]]に対するドパミン依存性の運動反応が減弱していた。また、α、β、γ全てのシヌクレインを欠失したマウスは寿命がやや短縮しシナプスサイズや密度が縮小していた<ref name=Greten-Harrison2010><pubmed>20974939</pubmed></ref> 。シヌクレインのトリプルノックアウトマウスは若年ではシナプス伝達の促進を示したが、加齢に伴いその機能は低下していた。複数の研究から、αシヌクレインはシナプス小胞の[[リサイクリング]]や[[癒合]]に重要な[[SNARE]]([[soluble N-ethylmaleimide-sensitive fusion attachment protein receptor]])蛋白質の会合に関与することが示されている<ref name=Hasegawa2017><pubmed>28539529</pubmed></ref><ref name=Huang2019><pubmed>30745863</pubmed></ref> 。一例としてαシヌクレインはSNAREシャペロンの一種である[[cysteine string protein]]([[CSPα]])欠失を補助する能力を有し、同分子がCSPαと同様に[[シャペロン]]として機能することが示唆されている<ref name=Gundersen2020><pubmed>32044380</pubmed></ref><ref name=Hasegawa>'''Hasegawa T, Yoshida S, Sugeno N, Kobayashi J, Aoki M. (In press.)'''<br>DnaJ/Hsp40 family and Parkinson’s disease. ''Front Neurosci.''</ref> 。
 意外にもαシヌクレインの[[ノックアウトマウス]]は目立った表現型を示さず神経変性も生じない<ref name=Abeliovich2000><pubmed>10707987</pubmed></ref> 。一方、同マウスは[[線条体]][[ドパミン]]放出量の増加を示し、[[アンフェタミン]]に対するドパミン依存性の運動反応が減弱していた。また、α、β、γ全てのシヌクレインを欠失したマウスは寿命がやや短縮しシナプスサイズや密度が縮小していた<ref name=Greten-Harrison2010><pubmed>20974939</pubmed></ref> 。シヌクレインのトリプルノックアウトマウスは若年ではシナプス伝達の促進を示したが、加齢に伴いその機能は低下していた。複数の研究から、αシヌクレインはシナプス小胞の[[リサイクリング]]や[[癒合]]に重要な[[SNARE]]([[soluble N-ethylmaleimide-sensitive fusion attachment protein receptor]])蛋白質の会合に関与することが示されている<ref name=Hasegawa2017><pubmed>28539529</pubmed></ref><ref name=Huang2019><pubmed>30745863</pubmed></ref> 。一例としてαシヌクレインはSNAREシャペロンの一種である[[cysteine string protein]]([[CSPα]])欠失を補助する能力を有し、同分子がCSPαと同様に[[シャペロン]]として機能することが示唆されている<ref name=Gundersen2020><pubmed>32044380</pubmed></ref><ref name=Hasegawa><pubmed>29367843 </pubmed></ref> 。


 なお、αシヌクレインは赤血球にも多く含まれるが、赤芽球の成熟時にその発現が増加し脱核直前に減少することから、赤芽球系細胞の分化成熟に関与すると推定されている<ref name=Araki2016><pubmed>27469540</pubmed></ref> 。
 なお、αシヌクレインは赤血球にも多く含まれるが、赤芽球の成熟時にその発現が増加し脱核直前に減少することから、赤芽球系細胞の分化成熟に関与すると推定されている<ref name=Araki2016><pubmed>27469540</pubmed></ref> 。
[[ファイル:Hasegawa alpha synuclein Fig5.png|サムネイル|'''図5. レビー小体とグリア細胞内封入体'''<br>
[[ファイル:Hasegawa alpha synuclein Fig5.png|サムネイル|'''図5. レビー小体とグリア細胞内封入体'''<br>
'''A.''' パーキンソン病中脳黒質神経細胞にみられるLewy小体。左にヘマトキシリン・エオジン染色像、右にαシヌクレイン抗体染色像を示す。(Scale bar=10 μm)<br>
'''A.''' パーキンソン病中脳黒質神経細胞にみられるLewy小体。左にヘマトキシリン・エオジン染色像、右にαシヌクレイン抗体染色像を示す。<br>
'''B.''' 多系統萎縮症患者前頭葉白質にみられるグリア細胞内封入体。文献72, 74から一部改変し引用。]]
'''B.''' 多系統萎縮症患者大脳白質にみられるグリア細胞内封入体。<br>弘前大学脳神経病理学講座 若林弘一博士よりご提供。]]


[[ファイル:Hasegawa alpha synuclein Fig6.png|サムネイル|'''図6. シヌクレイノパチーの関係図'''<br>Lewy小体を特徴とする疾患としてパーキンソン病、認知症を併発するパーキンソン病、レビー小体型認知症のほか、レム睡眠行動障害、純粋自律神経不全症などの病型が存在する。また、グリア細胞内封入体を病理学的指標とする疾患として多系統萎縮症がある。これらの疾患は完全に独立しておらず、重複してみられる場合もある。レム睡眠行動障害で発症し後にパーキンソン病と診断されるなど、経過中に病型が変化する例も少なくない。]]
[[ファイル:Hasegawa alpha synuclein Fig6.png|サムネイル|'''図6. シヌクレイノパチーの関係図'''<br>Lewy小体を特徴とする疾患としてパーキンソン病、認知症を併発するパーキンソン病、レビー小体型認知症のほか、レム睡眠行動障害、純粋自律神経不全症などの病型が存在する。また、グリア細胞内封入体を病理学的指標とする疾患として多系統萎縮症がある。これらの疾患は完全に独立しておらず、重複してみられる場合もある。レム睡眠行動障害で発症し後にパーキンソン病と診断されるなど、経過中に病型が変化する例も少なくない。]]
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==== プリオン様伝播 ====
==== プリオン様伝播 ====
 2003年ドイツの神経病理学者[[w:Heiko Braak|Braak]]は、パーキンソン病患者脳内においてαシヌクレイン/Lewy病理は病初期に[[延髄]][[迷走神経]][[背側核]]に出現し、その後[[中脳]]から[[大脳辺縁系]]・[[新皮質]]へ拡大するという病変進展モデル([[Braak仮説]])を発表した<ref name=Braak2003><pubmed>12498954</pubmed></ref> 。さらに、胎児黒質組織片移植後を受けたパーキンソン病剖検脳において、ドナーである胎児由来の神経細胞内にαシヌクレイン陽性のLewy小体様封入体が確認されたという事実が報告され<ref name=Kordower2008><pubmed>18391962</pubmed></ref> 、αシヌクレインが細胞間を伝播して病変を拡大させる可能性が示された。伝播現象は感染性タンパク粒子である[[プリオン]]と類似性があることからプリオン様伝播とも表現される<ref name=Hasegawa2017><pubmed>28539529</pubmed></ref> 。疫学および病理学的検討から、αシヌクレイン病理は消化管粘膜や心臓交感神経など末梢神経系に出現し、一定の年月を経て中枢神経系に移行する可能性が指摘されている<ref name=Van Den Berge2019><pubmed>31254094</pubmed></ref><ref name=Borghammer2019><pubmed>31498132</pubmed></ref> 。細胞間を伝播するαシヌクレインは、[[ワクチン]]・[[抗体療法]]などの治療標的としても注目されている<ref name=Castonguay2020><pubmed>33104039</pubmed></ref> 。
 2003年ドイツの神経病理学者[[w:Heiko Braak|Braak]]は、パーキンソン病患者脳内においてαシヌクレイン/Lewy病理は病初期に[[延髄]][[迷走神経]][[背側核]]に出現し、その後[[中脳]]から[[大脳辺縁系]]・[[新皮質]]へ拡大するという病変進展モデル([[Braak仮説]])を発表した<ref name=Braak2003><pubmed>12498954</pubmed></ref> 。さらに、胎児黒質組織片移植後を受けたパーキンソン病剖検脳において、ドナーである胎児由来の神経細胞内にαシヌクレイン陽性のLewy小体様封入体が確認されたという事実が報告され<ref name=Kordower2008><pubmed>18391962</pubmed></ref> 、αシヌクレインが細胞間を伝播して病変を拡大させる可能性が示された。伝播現象は感染性タンパク粒子である[[プリオン]]と類似性があることからプリオン様伝播とも表現される<ref name=Hasegawa2017><pubmed>28539529</pubmed></ref> 。疫学および病理学的検討から、αシヌクレイン病理は消化管粘膜や心臓交感神経など末梢神経系に出現し、一定の年月を経て中枢神経系に移行する可能性が指摘されている<ref name=VanDenBerge2019><pubmed>31254094</pubmed></ref><ref name=Borghammer2019><pubmed>31498132</pubmed></ref> 。細胞間を伝播するαシヌクレインは、[[ワクチン]]・[[抗体療法]]などの治療標的としても注目されている<ref name=Castonguay2020><pubmed>33104039</pubmed></ref> 。


== 関連語 ==
== 関連語 ==