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京都府立医科大学大学院医学研究科 細胞生物学 後藤仁志
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<font size="+1">[https://researchmap.jp/h-gotoh 後藤 仁志]</font><br>
''京都府立医科大学大学院医学研究科 細胞生物学''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2025年4月8日 原稿完成日:2025年4月15日<br>
担当編集委員:[https://researchmap.jp/hiroshikawasaki 河崎 洋志](金沢大学 医学系 脳神経医学教室)<br>
</div>


英:Nk2 Homeobox Family<br>
英略称:Nkx2
{{box|text= Nk2ホメオボックスファミリーは、胎生期の中枢神経系に発現し、その発生を制御する転写因子群である。本項では、Nk2ホメオボックスファミリーの分子構造や発現パターンに関する知見に加え、中枢神経系における機能がよく知られているNkx2-1やNkx2-2など、個別の分子の役割について要約する。}}
{{box|text= Nk2ホメオボックスファミリーは、胎生期の中枢神経系に発現し、その発生を制御する転写因子群である。本項では、Nk2ホメオボックスファミリーの分子構造や発現パターンに関する知見に加え、中枢神経系における機能がよく知られているNkx2-1やNkx2-2など、個別の分子の役割について要約する。}}


== NK2ホメオボックスファミリー ==
== Nk2ホメオボックスファミリーとは ==
 NKホメオボックス(Nkx)ファミリーは、分子内に約60アミノ酸程度のホメオボックスDNA結合ドメイン配列を共通して有する転写因子群である。ホメオボックスを持つ他の遺伝子と同じように、Nkファミリーも発生期の特定の細胞で発現し、その分化などを制御する働きを担っている。
 [[Nkホメオボックス]]ファミリーは、分子内に約60アミノ酸程度の[[ホメオボックスDNA結合ドメイン配列]]を共通して有する[[転写因子]]群である。[[ホメオボックス]]を持つ他の遺伝子と同じように、Nkホメオボックスファミリーも発生期の特定の細胞で発現し、その分化などを制御する働きを担っている。


 NKホメオボックス遺伝子群は、ショウジョウバエを用いたホメオボックス転写因子のスクリーニング研究により、NirenbergおよびKimらによってはじめて同定された<ref name=Kim1989><pubmed>2573058</pubmed></ref>。ヒトやマウスでは、ショウジョウバエのNk遺伝子に相当する転写因子群がNk1からNk6まで存在し、各Nkファミリー内には複数の遺伝子が含まれる。その中で、ヒトではNk2ホメオボックスファミリーは、Nkx2-1からNkx2-6、およびNkx2-8(マウスではNkx2-9)の7種の遺伝子が見つかっている。なお、Nkx2.1やNkx2.2という表記も一般的に用いられるが、いずれもそれぞれNkx2-1、Nkx2-2と同一の遺伝子あるいはタンパク質を指す。本項では、正式名称である後者の表記に統一する。
 Nkホメオボックスファミリーは、[[ショウジョウバエ]]を用いたホメオボックス転写因子のスクリーニング研究により、[[w:マーシャル・ニーレンバーグ|Nirenberg]]およびKimらによってはじめて同定された<ref name=Kim1989><pubmed>2573058</pubmed></ref>。[[ヒト]]や[[マウス]]では、[[ショウジョウバエ]]のNk遺伝子に相当する転写因子群が[[Nk1]]から[[Nk6]]まで存在し、各Nkファミリー内には複数の遺伝子が含まれる。その中で、ヒトではNk2ホメオボックスファミリーは、[[Nkx2-1]]から[[Nkx2-6]]、および[[Nkx2-8]](マウスでは[[Nkx2-9]])の7種の遺伝子が見つかっている。なお、[[Nkx2.1]]や[[Nkx2.2]]という表記も一般的に用いられるが、いずれもそれぞれNkx2-1、Nkx2-2と同一の遺伝子あるいはタンパク質を指す。本項では、正式名称である後者の表記に統一する。
 
[[ファイル:Goto NK2homeobox Fig.png|サムネイル|'''図1. Nkx2-2のドメイン構造'''<br>TN:Tinmanドメイン、HD:ホメオボックスドメイン、SD:Nk2 specificドメイン、TAD:Transactivation ドメイン]]


== 分子構造 ==
== 分子構造 ==
 Nk2ファミリー転写因子の遺伝子産物は、ファミリー間で保存されたドメイン構造を持っている。典型的な例として、Nkx2-2のドメイン構造を図1に示す。N末端側にはTinmanドメイン(TN)、中央にはホメオボックスドメイン(HD;ホメオドメインとも呼ばれる)、C末端側に存在するNk2 specific ドメイン(SD)およびTransactivation domain(TADドメイン)である。ホメオボックスドメインはNk2ファミリーの機能において最も重要な構造であると考えられるが、他のドメインも転写調節に関与することが報告されている。TNドメインは、Engrailed1転写因子の一部に相同性の高い10アミノ酸程度の配列であり、Nkx2-2では他の転写抑制因子と相互作用することが報告されている<ref name=Evans1995><pubmed>8582297</pubmed></ref>。また、Nkx2-2ではC末端側のSDドメインが転写活性の調節に関与することが報告されている<ref name=Watada2000><pubmed>10944215</pubmed></ref>。
 Nk2ファミリー転写因子の遺伝子産物は、ファミリー間で保存されたドメイン構造を持っている。典型的な例として、Nkx2-2のドメイン構造を図1に示す。N末端側には[[Tinmanドメイン]](TN)、中央には[[ホメオボックスドメイン]](HD;[[ホメオドメイン]]とも呼ばれる)、C末端側に存在する[[Nk2特異的ドメイン]] (SD)およびト[[ランスアクティベーションドメイン]] (TADドメイン)である。ホメオボックスドメインはNk2ファミリーの機能において最も重要な構造であると考えられるが、他のドメインも転写調節に関与することが報告されている。TNドメインは、[[Engrailed1]]転写因子の一部に相同性の高い10アミノ酸程度の配列であり、[[Nkx2-2]]では他の転写抑制因子と相互作用することが報告されている<ref name=Evans1995><pubmed>8582297</pubmed></ref>。また、Nkx2-2ではC末端側のSDドメインが転写活性の調節に関与することが報告されている<ref name=Watada2000><pubmed>10944215</pubmed></ref>。
 
 図1 Nkx2-2のドメイン構造 TN:Tinmanドメイン、HD:ホメオボックスドメイン、SD:Nk2 specificドメイン、TAD:Transactivation ドメイン
 
== サブファミリー ==
== サブファミリー ==
 Nk2ファミリー遺伝子は、遺伝子間の相同性や機能的類似性からNkx2-1サブファミリ―とNkx2-2サブファミリーに分類され、それぞれ異なる機能を有していると考えられる<ref name=Kouwenhoven2021><pubmed>34884468</pubmed></ref><ref name=Mio2023><pubmed>37492711</pubmed></ref>。
 Nk2ファミリー遺伝子は、遺伝子間の相同性や機能的類似性からNkx2-1サブファミリ―とNkx2-2サブファミリーに分類され、それぞれ異なる機能を有していると考えられる<ref name=Kouwenhoven2021><pubmed>34884468</pubmed></ref><ref name=Mio2023><pubmed>37492711</pubmed></ref>。


 前者にはNkx2-1とNkx2-4が含まれ、これらの遺伝子はショウジョウバエのScro遺伝子と高い相同性を示している。Nkx2-1サブファミリ―に属する両遺伝子はゼブラフィッシュでは、脳の形成において一部相補的な機能を持つことが報告されているが<ref name=Manoli2014><pubmed>25520628</pubmed></ref>、哺乳類ではそのような報告はなされていない。
 前者にはNkx2-1とNkx2-4が含まれ、これらの遺伝子はショウジョウバエの[[Scro]]遺伝子と高い相同性を示している。Nkx2-1サブファミリ―に属する両遺伝子は[[ゼブラフィッシュ]]では、脳の形成において一部相補的な機能を持つことが報告されているが<ref name=Manoli2014><pubmed>25520628</pubmed></ref>、[[哺乳類]]ではそのような報告はなされていない。


 Nkx2-2サブファミリ―にはNkx2-2とNkx2-9が含まれ、ショウジョウバエのVnd遺伝子と相同性が高い。マウスを用いた解析では両者は協調的に発生期の神経管形成および脊髄神経回路網の形成を制御することが報告されている<ref name=Holz2010><pubmed>21068056</pubmed></ref>。
 Nkx2-2サブファミリ―にはNkx2-2とNkx2-9が含まれ、ショウジョウバエの[[Vnd]]遺伝子と相同性が高い。[[マウス]]を用いた解析では両者は協調的に発生期の[[神経管]]形成および脊髄神経回路網の形成を制御することが報告されている<ref name=Holz2010><pubmed>21068056</pubmed></ref>。


 Nkx2-5とNkx2-6はショウジョウバエのTinman遺伝子と相同であると考えられており<ref name=Tanaka2001><pubmed>11390666</pubmed></ref>、ともに心臓の発生に重要な役割を果たす。また、Nkx2-3はファミリー内に類似の機能を持つものは見つかっていない。
 Nkx2-5とNkx2-6はショウジョウバエの[[Tinman]]遺伝子と相同であると考えられており<ref name=Tanaka2001><pubmed>11390666</pubmed></ref>、ともに[[心臓]]の発生に重要な役割を果たす。また、Nkx2-3はファミリー内に類似の機能を持つものは見つかっていない。


== 発現パターンと発現制御 ==
== 発現パターンと発現制御 ==
 マウスでのNk2ファミリーの発現する組織および細胞を表1に示す。Nk2ファミリーのうち、Nkx2-1, Nkx2-2, Nkx2-9といった転写因子は、主に胚の腹側構造に発現しており、その発現は胚の形態形成において重要なsonic hedgehog (Shh)シグナルによって制御されている。一方で、Nkx2-3、Nkx2-5、Nkx2-6の発現制御はShhシグナル非依存的であることが知られている<ref name=Pabst2000><pubmed>10603087</pubmed></ref>。
 マウスでのNk2ファミリーの発現する組織および細胞を'''表'''に示す。Nk2ファミリーのうち、Nkx2-1、Nkx2-2、Nkx2-9といった転写因子は、主に胚の腹側構造に発現しており、その発現は胚の形態形成において重要な[[ソニック・ヘッジホッグ]] ([[sonic hedgehog]]; [[Shh]])シグナルによって制御されている。一方で、Nkx2-3、Nkx2-5、Nkx2-6の発現制御はShhシグナル非依存的であることが知られている<ref name=Pabst2000><pubmed>10603087</pubmed></ref>。
{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
! Nk2ファミリー分子名 !! 発現している主な組織、細胞 !! 参考文献
! Nk2ファミリー分子名 !! 発現している主な組織、細胞 !! 参考文献
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! rowspan=2|Nkx2-1
! rowspan=2|[[Nkx2-1]]
| 発生期:前脳基底核原基、視床下部原基、肺原基の上皮細胞、甲状腺原基 || rowspan=2|<ref name=Lazzaro1991><pubmed>1811929</pubmed></ref><ref name=Sussel1999><pubmed>10393115</pubmed></ref><ref name=Yee2009><pubmed>19711380</pubmed></ref>
| 発生期:[[前脳]][[基底核]]原基、[[視床下部]]原基、[[肺]]原基の上皮細胞、[[甲状腺]]原基 || rowspan=2|<ref name=Lazzaro1991><pubmed>1811929</pubmed></ref><ref name=Sussel1999><pubmed>10393115</pubmed></ref><ref name=Yee2009><pubmed>19711380</pubmed></ref>


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| 成体:視床下部神経細胞(弓状核など食欲を調節する脳領域)、肺上皮細胞、甲状腺濾胞細胞
| 成体:視床下部神経細胞([[弓状核]]など[[食欲]]を調節する脳領域)、[[肺上皮]]細胞、甲状腺[[濾胞細胞]]
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! rowspan=2|Nkx2-2
! rowspan=2|[[Nkx2-2]]
| 発生期:神経管腹側領域、視床下部原基腹側領域、発生中のオリゴデンドロサイト、膵臓前駆細胞 ||rowspan=2| <ref name=Briscoe1999><pubmed>10217145</pubmed></ref><ref name=Qi2001><pubmed>11526078</pubmed></ref><ref name=Sussel1998><pubmed>9584121</pubmed></ref>
| 発生期:神経管腹側領域、視床下部原基腹側領域、発生中の[[オリゴデンドロサイト]]、[[膵臓]]前駆細胞 ||rowspan=2| <ref name=Briscoe1999><pubmed>10217145</pubmed></ref><ref name=Qi2001><pubmed>11526078</pubmed></ref><ref name=Sussel1998><pubmed>9584121</pubmed></ref>




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| 成体:視床下部神経細胞、膵島細胞
| 成体:視床下部神経細胞、[[膵島]]細胞
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! rowspan=2|Nkx2-3
! rowspan=2|[[Nkx2-3]]
| 発生期:消化管中胚葉、鰓弓や歯の原基 ||rowspan=2| <ref name=Pabst1997><pubmed>9142493</pubmed></ref><ref name=Vojkovics2018><pubmed>29449776</pubmed></ref>
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| 成体:消化管上皮など
| 成体:消化管上皮など
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! Nkx2-4
! [[Nkx2-4]]
| 発生期:視床下部原基の後方 ||  
| 発生期:視床下部原基の後方 ||  
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! rowspan=2|Nkx2-5
! rowspan=2|[[Nkx2-5]]
| 発生期:心筋の前駆細胞、咽頭弓 ||rowspan=2| <ref name=Chi2005><pubmed>16150722</pubmed></ref>
| 発生期:[[心筋]]の前駆細胞、[[咽頭弓]] ||rowspan=2| <ref name=Chi2005><pubmed>16150722</pubmed></ref>


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| 成体:心筋細胞、房室結節など
| 成体:心筋細胞、[[房室結節]]など
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! Nkx2-6
! [[Nkx2-6]]
| 発生期:鰓弓や心筋の前駆細胞 || <ref name=Biben1998><pubmed>9545560</pubmed></ref>
| 発生期:鰓弓や心筋の前駆細胞 || <ref name=Biben1998><pubmed>9545560</pubmed></ref>
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! Nkx2-9
! [[Nkx2-9]]
| 発生期:神経管腹側領域、視床下部原基腹側領域 || <ref name=Pabst1998><pubmed>9545546</pubmed></ref>
| 発生期:神経管腹側領域、視床下部原基腹側領域 || <ref name=Pabst1998><pubmed>9545546</pubmed></ref>
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=== Nkx2-1 ===
=== Nkx2-1 ===
 Nkx2-1転写因子は、TTF-1とも呼ばれ最初は甲状腺に特異的な遺伝子の発現を制御する因子として見つかった<ref name=Civitareale1989><pubmed>2583123</pubmed></ref>。Nkx2-1は遺伝子欠損マウスを用いた解析から前脳、視床下部、下垂体、甲状腺、および肺の発生に重要であることが知られている<ref name=Kimura1996><pubmed>8557195</pubmed></ref>。
 Nkx2-1転写因子は、[[TTF-1]]とも呼ばれ最初は甲状腺に特異的な遺伝子の発現を制御する因子として見つかった<ref name=Civitareale1989><pubmed>2583123</pubmed></ref>。Nkx2-1は遺伝子欠損マウスを用いた解析から[[前脳]]、視床下部、[[下垂体]]、甲状腺、および肺の発生に重要であることが知られている<ref name=Kimura1996><pubmed>8557195</pubmed></ref>。
Nkz2-1は発生期の前脳腹側に一時的に形成される構造である内側基底核原基(Medial Ganglionic Eminence; MGE)の神経前駆細胞に強い発現が認められる。MGEの神経前駆細胞では、Nkx2-1は分化が決定づけられた細胞で下流の転写因子であるLhx6の発現を誘導することで、抑制性神経細胞へと分化誘導を行う<ref name=Du2008><pubmed>18339674</pubmed></ref>。分化した抑制性神経細胞は大脳皮質、線条体、および淡蒼球などへと移動し、神経回路網の形成に寄与する。大脳皮質へと移動する細胞では、Nkx2-1の発現は消失するが、線条体や淡蒼球へと寄与する細胞の一部ではNkx2-1の発現が継続して認められることが知られている。線条体では、Nkx2-1の発現が継続することで下流のNeuropilin2の発現を抑制し、その結果、線条体への細胞移動が可能になると考えられている<ref name=Nobrega-Pereira2008><pubmed>18786357</pubmed></ref>。
 
 Nkz2-1は発生期の前脳腹側に一時的に形成される構造である[[内側基底核原基]] ([[medial ganglionic eminence]]; [[MGE]])の[[神経前駆細胞]]に強い発現が認められる。MGEの神経前駆細胞は、GABA作動性抑制性神経細胞やコリン作動性神経細胞へと分化する。Nkx2-1は分化が決定づけられた細胞において、その下流の転写因子であるLhx6およびLhx8の発現を誘導する<ref name=Du2008><pubmed>18339674</pubmed></ref>。Lhx6は抑制性神経細胞への分化を、Lhx8はコリン作動性神経細胞への分化をそれぞれ制御する。ChIP-seqなどによる解析から、MGEに発現するNkx2-1は主に標的遺伝子の調節領域にある(G|C)CACT(C|T)AAというコンセンサス配列に結合することで下流因子の発現調節を行う。<ref name=Sandberg2016><pubmed>27657450</pubmed></ref>。分化した抑制性神経細胞は[[大脳皮質]]、線条体、および[[淡蒼球]]などへと移動し、神経回路網の形成に寄与する。大脳皮質へと移動する細胞では、Nkx2-1の発現は消失するが、線条体や淡蒼球へと寄与する細胞の一部ではNkx2-1の発現が継続して認められることが知られている。線条体では、Nkx2-1の発現が継続することで下流の[[Neuropilin2]]の発現を抑制し、その結果、線条体への細胞移動が可能になると考えられている<ref name=Nobrega-Pereira2008><pubmed>18786357</pubmed></ref>。


 一方で、MGE由来の神経前駆細胞はグリア細胞であるオリゴデンドロサイトやアストロサイトにも分化することが知られている。Nkx2-1-Creマウスとレポーターマウスを用いた細胞系譜解析により、Nkx2-1陽性のMGE領域から分化したオリゴデンドロサイト前駆細胞では、Nkx2-1の発現が消失していることが明らかにされている。これらの細胞の一部は、背側の大脳皮質領域まで移動することが確認されているが、背側・腹側いずれの領域においても、成熟個体のオリゴデンドロサイトには寄与しないことが報告されている<ref name=Kessaris2006><pubmed>16388308</pubmed></ref>。また、Nkx2-1は脳梁のアストロサイトに発現し、その形成や増殖を制御することが報告されている<ref name=Minocha2015><pubmed>25904499</pubmed></ref>。
 一方で、MGE由来の神経前駆細胞はグリア細胞であるオリゴデンドロサイトや[[アストロサイト]]にも分化することが知られている。Nkx2-1-[[Cre]]マウスとレポーターマウスを用いた[[細胞系譜]]解析により、Nkx2-1陽性のMGE領域から分化した[[オリゴデンドロサイト前駆細胞]]では、Nkx2-1の発現が消失していることが明らかにされている。これらの細胞の一部は、背側の大脳皮質領域まで移動することが確認されているが、背側・腹側いずれの領域においても、成熟個体のオリゴデンドロサイトには寄与しないことが報告されている<ref name=Kessaris2006><pubmed>16388308</pubmed></ref>。また、Nkx2-1は[[脳梁]]のアストロサイトに発現し、その形成や増殖を制御することが報告されている<ref name=Minocha2015><pubmed>25904499</pubmed></ref>。


=== Nkx2-2 ===
=== Nkx2-2 ===
 Nkx2-2は発生期神経管の腹側で発現している。このNkx2-2由来の脊髄神経幹細胞は、介在ニューロンの1種であるV3介在ニューロンへと分化する。また、発生期の脊髄ではNkx2-2陽性幹細胞のうち、Olig2転写因子を発現した細胞からオリゴデンドロサイト前駆細胞が分化すると考えられている<ref name=Briscoe1999><pubmed>10217145</pubmed></ref>。しかし、Nkx2-2を欠損した遺伝子改変マウスの解析からは、Nkx2-2はオリゴデンドロサイトへの初期分化には影響せず、むしろより後期の段階、すなわちオリゴデンドロサイトが分化してミエリンを形成する過程において、その分化を制御することがわかっている<ref name=Qi2001><pubmed>11526078</pubmed></ref>。
 Nkx2-2は膵臓や神経系の発生に重要な役割を果たすことがわかっている。in vitroの解析から、Nkx2-2が結合するコンセンサス配列はT(C|T)AAGT(G|A)(G|C)TTであることが報告されている<ref name=Watada2000><pubmed>10944215</pubmed></ref>。Nkx2-2は発生期神経管の腹側の脊髄神経幹細胞で発現し、それらの細胞は介在ニューロンの1種であるV3介在ニューロンへと分化する。また、[[Olig2]]転写因子を発現した細胞からオリゴデンドロサイト前駆細胞が分化すると考えられている<ref name=Briscoe1999><pubmed>10217145</pubmed></ref>。しかし、Nkx2-2を欠損した[[遺伝子改変マウス]]の解析からは、Nkx2-2はオリゴデンドロサイトへの初期分化には影響せず、むしろより後期の段階、すなわちオリゴデンドロサイトが分化してミエリンを形成する過程において、その分化を制御することがわかっている<ref name=Qi2001><pubmed>11526078</pubmed></ref>。


=== 疾患との関わり ===
== 疾患との関わり ==
 神経系では、Nkx2-1のヘテロ接合性変異は良性家族性舞踏病(Benign Hereditary Chorea; BHC)へとつながり、乳幼児期に運動障害(舞踏病様運動)を示すが、症状は加齢とともに改善することが多い<ref name=Kleiner-Fisman2003><pubmed>12891678</pubmed></ref>。神経系以外では、Nkx2-1遺伝子の変異により、甲状腺の発生が正常に進まず、甲状腺ホルモンの産生不足につながる先天性甲状腺機能低下症(Congenital hypothyroidism)が報告されている。また、Nkx2-1の発現亢進は肺腺癌と関連していることが知られている。Nkx2-5のヘテロ接合性変異は先天性の心疾患との関連があることが報告されている。
 神経系では、Nkx2-1のヘテロ接合性変異は[[良性家族性舞踏病]]([[benign hereditary chorea]]; BHC)へとつながり、乳幼児期に運動障害([[舞踏病]]様運動)を示すが、症状は加齢とともに改善することが多い<ref name=Kleiner-Fisman2003><pubmed>12891678</pubmed></ref>。神経系以外では、Nkx2-1遺伝子の変異により、甲状腺の発生が正常に進まず、甲状腺ホルモンの産生不足につながる[[先天性甲状腺機能低下症]]([[congenital hypothyroidism]])が報告されている。また、Nkx2-1の発現亢進は[[肺腺癌]]と関連していることが知られている。Nkx2-5のヘテロ接合性変異は先天性の心疾患との関連があることが報告されている。


== 関連語 ==
== 関連語 ==

2025年4月17日 (木) 09:11時点における最新版

後藤 仁志
京都府立医科大学大学院医学研究科 細胞生物学
DOI:10.14931/bsd.10985 原稿受付日:2025年4月8日 原稿完成日:2025年4月15日
担当編集委員:河崎 洋志(金沢大学 医学系 脳神経医学教室)

英:Nk2 Homeobox Family
英略称:Nkx2

 Nk2ホメオボックスファミリーは、胎生期の中枢神経系に発現し、その発生を制御する転写因子群である。本項では、Nk2ホメオボックスファミリーの分子構造や発現パターンに関する知見に加え、中枢神経系における機能がよく知られているNkx2-1やNkx2-2など、個別の分子の役割について要約する。

Nk2ホメオボックスファミリーとは

 Nkホメオボックスファミリーは、分子内に約60アミノ酸程度のホメオボックスDNA結合ドメイン配列を共通して有する転写因子群である。ホメオボックスを持つ他の遺伝子と同じように、Nkホメオボックスファミリーも発生期の特定の細胞で発現し、その分化などを制御する働きを担っている。

 Nkホメオボックスファミリーは、ショウジョウバエを用いたホメオボックス転写因子のスクリーニング研究により、NirenbergおよびKimらによってはじめて同定された[1]ヒトマウスでは、ショウジョウバエのNk遺伝子に相当する転写因子群がNk1からNk6まで存在し、各Nkファミリー内には複数の遺伝子が含まれる。その中で、ヒトではNk2ホメオボックスファミリーは、Nkx2-1からNkx2-6、およびNkx2-8(マウスではNkx2-9)の7種の遺伝子が見つかっている。なお、Nkx2.1Nkx2.2という表記も一般的に用いられるが、いずれもそれぞれNkx2-1、Nkx2-2と同一の遺伝子あるいはタンパク質を指す。本項では、正式名称である後者の表記に統一する。

 
図1. Nkx2-2のドメイン構造
TN:Tinmanドメイン、HD:ホメオボックスドメイン、SD:Nk2 specificドメイン、TAD:Transactivation ドメイン

分子構造

 Nk2ファミリー転写因子の遺伝子産物は、ファミリー間で保存されたドメイン構造を持っている。典型的な例として、Nkx2-2のドメイン構造を図1に示す。N末端側にはTinmanドメイン(TN)、中央にはホメオボックスドメイン(HD;ホメオドメインとも呼ばれる)、C末端側に存在するNk2特異的ドメイン (SD)およびトランスアクティベーションドメイン (TADドメイン)である。ホメオボックスドメインはNk2ファミリーの機能において最も重要な構造であると考えられるが、他のドメインも転写調節に関与することが報告されている。TNドメインは、Engrailed1転写因子の一部に相同性の高い10アミノ酸程度の配列であり、Nkx2-2では他の転写抑制因子と相互作用することが報告されている[2]。また、Nkx2-2ではC末端側のSDドメインが転写活性の調節に関与することが報告されている[3]

サブファミリー

 Nk2ファミリー遺伝子は、遺伝子間の相同性や機能的類似性からNkx2-1サブファミリ―とNkx2-2サブファミリーに分類され、それぞれ異なる機能を有していると考えられる[4][5]

 前者にはNkx2-1とNkx2-4が含まれ、これらの遺伝子はショウジョウバエのScro遺伝子と高い相同性を示している。Nkx2-1サブファミリ―に属する両遺伝子はゼブラフィッシュでは、脳の形成において一部相補的な機能を持つことが報告されているが[6]哺乳類ではそのような報告はなされていない。

 Nkx2-2サブファミリ―にはNkx2-2とNkx2-9が含まれ、ショウジョウバエのVnd遺伝子と相同性が高い。マウスを用いた解析では両者は協調的に発生期の神経管形成および脊髄神経回路網の形成を制御することが報告されている[7]

 Nkx2-5とNkx2-6はショウジョウバエのTinman遺伝子と相同であると考えられており[8]、ともに心臓の発生に重要な役割を果たす。また、Nkx2-3はファミリー内に類似の機能を持つものは見つかっていない。

発現パターンと発現制御

 マウスでのNk2ファミリーの発現する組織および細胞をに示す。Nk2ファミリーのうち、Nkx2-1、Nkx2-2、Nkx2-9といった転写因子は、主に胚の腹側構造に発現しており、その発現は胚の形態形成において重要なソニック・ヘッジホッグ (sonic hedgehog; Shh)シグナルによって制御されている。一方で、Nkx2-3、Nkx2-5、Nkx2-6の発現制御はShhシグナル非依存的であることが知られている[9]

Nk2ファミリー分子名 発現している主な組織、細胞 参考文献
Nkx2-1 発生期:前脳基底核原基、視床下部原基、原基の上皮細胞、甲状腺原基 [10][11][12]
成体:視床下部神経細胞(弓状核など食欲を調節する脳領域)、肺上皮細胞、甲状腺濾胞細胞
Nkx2-2 発生期:神経管腹側領域、視床下部原基腹側領域、発生中のオリゴデンドロサイト膵臓前駆細胞 [13][14][15]


成体:視床下部神経細胞、膵島細胞
Nkx2-3 発生期:消化管中胚葉鰓弓の原基 [16][17]
成体:消化管上皮など
Nkx2-4 発生期:視床下部原基の後方
Nkx2-5 発生期:心筋の前駆細胞、咽頭弓 [18]
成体:心筋細胞、房室結節など
Nkx2-6 発生期:鰓弓や心筋の前駆細胞 [19]
Nkx2-9 発生期:神経管腹側領域、視床下部原基腹側領域 [20]

機能

 本項では中枢神経系での機能が解析されている、Nkx2-1およびNkx2-2に関してその機能を紹介する。

Nkx2-1

 Nkx2-1転写因子は、TTF-1とも呼ばれ最初は甲状腺に特異的な遺伝子の発現を制御する因子として見つかった[21]。Nkx2-1は遺伝子欠損マウスを用いた解析から前脳、視床下部、下垂体、甲状腺、および肺の発生に重要であることが知られている[22]

 Nkz2-1は発生期の前脳腹側に一時的に形成される構造である内側基底核原基 (medial ganglionic eminence; MGE)の神経前駆細胞に強い発現が認められる。MGEの神経前駆細胞は、GABA作動性抑制性神経細胞やコリン作動性神経細胞へと分化する。Nkx2-1は分化が決定づけられた細胞において、その下流の転写因子であるLhx6およびLhx8の発現を誘導する[23]。Lhx6は抑制性神経細胞への分化を、Lhx8はコリン作動性神経細胞への分化をそれぞれ制御する。ChIP-seqなどによる解析から、MGEに発現するNkx2-1は主に標的遺伝子の調節領域にある(G|C)CACT(C|T)AAというコンセンサス配列に結合することで下流因子の発現調節を行う。[24]。分化した抑制性神経細胞は大脳皮質、線条体、および淡蒼球などへと移動し、神経回路網の形成に寄与する。大脳皮質へと移動する細胞では、Nkx2-1の発現は消失するが、線条体や淡蒼球へと寄与する細胞の一部ではNkx2-1の発現が継続して認められることが知られている。線条体では、Nkx2-1の発現が継続することで下流のNeuropilin2の発現を抑制し、その結果、線条体への細胞移動が可能になると考えられている[25]

 一方で、MGE由来の神経前駆細胞はグリア細胞であるオリゴデンドロサイトやアストロサイトにも分化することが知られている。Nkx2-1-Creマウスとレポーターマウスを用いた細胞系譜解析により、Nkx2-1陽性のMGE領域から分化したオリゴデンドロサイト前駆細胞では、Nkx2-1の発現が消失していることが明らかにされている。これらの細胞の一部は、背側の大脳皮質領域まで移動することが確認されているが、背側・腹側いずれの領域においても、成熟個体のオリゴデンドロサイトには寄与しないことが報告されている[26]。また、Nkx2-1は脳梁のアストロサイトに発現し、その形成や増殖を制御することが報告されている[27]

Nkx2-2

 Nkx2-2は膵臓や神経系の発生に重要な役割を果たすことがわかっている。in vitroの解析から、Nkx2-2が結合するコンセンサス配列はT(C|T)AAGT(G|A)(G|C)TTであることが報告されている[3]。Nkx2-2は発生期神経管の腹側の脊髄神経幹細胞で発現し、それらの細胞は介在ニューロンの1種であるV3介在ニューロンへと分化する。また、Olig2転写因子を発現した細胞からオリゴデンドロサイト前駆細胞が分化すると考えられている[13]。しかし、Nkx2-2を欠損した遺伝子改変マウスの解析からは、Nkx2-2はオリゴデンドロサイトへの初期分化には影響せず、むしろより後期の段階、すなわちオリゴデンドロサイトが分化してミエリンを形成する過程において、その分化を制御することがわかっている[14]

疾患との関わり

 神経系では、Nkx2-1のヘテロ接合性変異は良性家族性舞踏病benign hereditary chorea; BHC)へとつながり、乳幼児期に運動障害(舞踏病様運動)を示すが、症状は加齢とともに改善することが多い[28]。神経系以外では、Nkx2-1遺伝子の変異により、甲状腺の発生が正常に進まず、甲状腺ホルモンの産生不足につながる先天性甲状腺機能低下症congenital hypothyroidism)が報告されている。また、Nkx2-1の発現亢進は肺腺癌と関連していることが知られている。Nkx2-5のヘテロ接合性変異は先天性の心疾患との関連があることが報告されている。

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