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山ノ井 俊宏1、吉村 武2
<div align="right"> 
<font size="+1">山ノ井 俊宏</font><br>
''大阪大学大学院 連合小児発達学研究科 分子生物遺伝学研究領域''<br>
<font size="+1">[https://researchmap.jp/takeshiyoshimura 吉村 武]</font><br>
''鳥取大学 医学部保健学科 検査技術科学専攻 生体制御学講座''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2026年6月30日 原稿完成日:2026年8月17日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0192882 古屋敷 智之](東京科学大学大学院 医歯学総合研究科 薬理学分野)<br>
</div>


1 大阪大学大学院 連合小児発達学研究科 分子生物遺伝学研究領域
英:spectrin<br>
別名:&alpha;-フォドリン(&alpha;-fodrin)、&beta;-フォドリン(&beta;-fodrin)
{{box|text= スペクトリンはさまざまな組織で発現する細胞骨格タンパク質である。脳では、スペクトリンは神経細胞における情報出力のトリガーである軸索起始部の主要な構成要素であり、イオンチャネルなどを軸索起始部に集積させる足場タンパク質ankyrin(アンキリン)とともに骨格構造を形成する。スペクトリンの遺伝子変異は血液疾患や精神・神経疾患、神経発達症に関与する。}}


2 鳥取大学 医学部保健学科 検査技術科学専攻 生体制御学講座
== スペクトリンとは ==
[[ファイル:Yamanoi Spectrin Figure1.jpg|サムネイル|'''図1. 赤血球のスペクトリン膜骨格'''<br>[[赤血球]]の[[溶血]]過程と、赤血球[[膜骨格]]を形成する分子群を示す。α-スペクトリンとβ-スペクトリンからなるスペクトリン複合体は、赤血球膜直下で[[アクチン]]などの分子と結合し、網目状の膜骨格構造を形成する。]]
 赤血球は、[[血管]]内を循環する過程で繰り返し変形し、さまざまな[[機械的ストレス]]を受ける。また、[[神経細胞]]から伸びる長い突起である[[軸索]]も、張力やねじれなどの機械的ストレスにさらされる。スペクトリンは、[[細胞膜]]直下の裏打ち構造である膜骨格を構成する主要な[[タンパク質]]の一つであり、このような機械的ストレスのもとで細胞の形態や機能を維持するうえで重要な役割を果たす<ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref><ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref>。
 
 1968年、溶血によって細胞内成分を失った赤血球([[赤血球ゴースト]])からタンパク質が同定され、幽霊(specter)にちなんでスペクトリンと名付けられた<ref name=Marchesi1968><pubmed>5634911</pubmed></ref>('''図1''')。1979年には、スペクトリンと結合して赤血球の膜裏打ち骨格(膜骨格)を形成するタンパク質が発見され、[[アンキリン]](ankyrin)と名付けられた<ref name=Bennett1979><pubmed>372182</pubmed></ref>。1981年には、非赤血球系の[[培養細胞]]にもスペクトリン様タンパク質が存在することが報告された<ref name=Goodman1981><pubmed>6950399</pubmed></ref>。さらに1982年には、赤血球スペクトリンと[[免疫反応性]]を示す分子が脳内で発見され、[[神経系]]にもスペクトリンが存在することが示された<ref name=Bennett1982><pubmed>6129664</pubmed></ref>。これらの発見を契機として、神経系におけるスペクトリンの分布や機能に関する研究が進められるようになった。
 
 なお、αII/βII-スペクトリンは従来それぞれα-/β-フォドリンとも呼ばれた。
 
== サブユニット ==
 スペクトリンには、α[[サブユニット]]であるα-スペクトリンと、βサブユニットであるβ-スペクトリンがある。ヒトを含む[[哺乳類]]では、2種類のα-スペクトリン(約280 kDa)と5種類のβ-スペクトリン(約250–290 kDa)が発現している。なお、βV-スペクトリンは他のβ-スペクトリンと比較して著しく大きく、[[分子量]]は約417 kDaである('''表1''')。ヒトでは、SPTA1およびSPTAN1[[遺伝子]]がそれぞれαI-スペクトリンおよびαII-スペクトリンを、SPTB、SPTBN1、SPTBN2、SPTBN4、SPTBN5遺伝子がそれぞれβI-スペクトリン、βII-スペクトリン、βIII-スペクトリン、βIV-スペクトリン、βV-スペクトリンをコードする。


英:spectrin
 スペクトリンには多くの[[スプライシングバリアント]]が存在する。[[神経発達]]の初期には、長いβIV-スペクトリン(Σ1)の発現が優勢であるが、発達に伴って、アクチン結合領域を持たない短いβIV-スペクトリン(Σ6)の発現が大きく増加する<ref name=Yoshimura2017><pubmed>28123356</pubmed></ref>。しかし、個々のスプライシングバリアントの機能については、いまだ不明な点が多い。
{{box|text= スペクトリンは細胞骨格タンパク質であり、さまざまな組織で発現している。脳において、スペクトリンは神経細胞における情報出力のトリガーである軸索起始部の主要な構成要素であり、イオンチャネルなどを軸索起始部に集積させる足場タンパク質ankyrin(アンキリン)とともに骨格構造を形成する。スペクトリンの遺伝子変異は血液疾患や精神・神経疾患、神経発達症に関与することが知られている。}}


== スペクトリンとは ==
 [[線虫]]や[[ショウジョウバエ]]ではスペクトリンの種類は哺乳類より少なく、α-スペクトリン、β-G-スペクトリン、β-H-スペクトリンが存在する。これらは、それぞれ哺乳類のαII-スペクトリン、βII-スペクトリン、βV-スペクトリンに類似する<ref name=Dubreuil1998><pubmed>9872052</pubmed></ref><ref name=Zhang2013b><pubmed>24302288</pubmed></ref>。
 1968年、溶血によって細胞内成分を失った赤血球(赤血球ゴースト)から同定されたタンパク質は、幽霊(specter)にちなんで スペクトリン(スペクトリン)と名付けられた<ref><pubmed>5634911</pubmed></ref>(図1)。1979年、スペクトリンと結合し、赤血球の膜裏打ち骨格(膜骨格)を形成するタンパク質が発見され、ankyrin(アンキリン)と名付けられた<ref><pubmed>372182</pubmed></ref>。1981年、非赤血球系培養細胞においてスペクトリン様タンパク質が存在することが報告された<ref><pubmed>6950399</pubmed></ref>。1982年、赤血球スペクトリンと免疫反応性を示す分子が脳内で発見され、神経系におけるスペクトリンの存在が示唆された<ref><pubmed>6129664</pubmed></ref>。これらの発見を契機に、脳におけるスペクトリンの機能が注目されるようになった。
 
{| class="wikitable"
|+表1. スペクトリンの主な発現・局在部位と関連疾患
! 遺伝子名
! タンパク質名
! 主な発現・局在部位
! 関連疾患
! 引用文献
|-
| ''SPTA1''
| αI-スペクトリン
| 哺乳類の赤血球
| [[遺伝性球状赤血球症]]
| <ref name=Salomao2006><pubmed>16407147</pubmed></ref><ref name=He2018><pubmed>29402830</pubmed></ref>
|-
| ''SPTAN1''
| αII-スペクトリン(α-フォドリン)
| [[脳]]を含む多くの組織
| [[West症候群]]、[[発達性てんかん性脳症]]、一部では[[小脳性運動失調]]や[[痙性対麻痺]]
| <ref name=Ackermann2019><pubmed>31186638</pubmed></ref><ref name=Huang2018><pubmed>29749636</pubmed></ref><ref name=VandeVondel2022><pubmed>35150594</pubmed></ref>
|-
| ''SPTB''
| βI-スペクトリン
| 赤血球、[[骨格筋]]、[[心筋]]<br>神経細胞では[[樹状突起]]および[[シナプス後肥厚]]
| 遺伝性球状赤血球症
| <ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref><ref name=He2018><pubmed>29402830</pubmed></ref><ref name=Bennett2001><pubmed>11427698</pubmed></ref><ref name=Baines2005><pubmed>15970557</pubmed></ref>
|-
| ''SPTBN1''
| βII-スペクトリン(β-フォドリン)
| 発生期の骨格筋<br>神経細胞では軸索
| [[自閉スペクトラム症]]、[[注意欠如・多動症]](ADHD)、[[発達遅滞]]、[[知的発達症]]、[[てんかん]]
| <ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref><ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref><ref name=Zhou1998><pubmed>9436990</pubmed></ref>
|-
| ''SPTBN2''
| βIII-スペクトリン
| 主に脳。他に[[膵臓]]、[[腎臓]]、生殖器系組織、[[皮膚]]<br>[[小脳]][[プルキンエ細胞]]では[[細胞体]]、樹状突起、[[樹状突起スパイン]]
| [[脊髄小脳失調症]]
| <ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref><ref name=Perkins2010><pubmed>20371805</pubmed></ref><ref name=Gao2011><pubmed>22090485</pubmed></ref><ref name=Ikeda2006><pubmed>16429157</pubmed></ref>
|-
| ''SPTBN4''
| βIV-スペクトリン
| 転写産物:脳および[[膵島]]<br>タンパク質:神経細胞の[[軸索起始部]]、[[ランヴィエ絞輪]]
| 知的発達症、[[先天性筋緊張低下]]、[[運動神経]]の軸索障害
| <ref name=Berghs2000><pubmed>11086001</pubmed></ref><ref name=Wang2018><pubmed>29861105</pubmed></ref>
|-
| ''SPTBN5''
| βV-スペクトリン
| 小脳、[[脊髄]]、[[心臓]]、[[胃]]、[[光受容細胞]]
| 知的発達症、発達遅滞、[[てんかん発作]]を特徴とする症候群
| <ref name=Stabach2000><pubmed>10764729</pubmed></ref><ref name=Khan2022><pubmed>35782384</pubmed></ref><ref name=Papal2013><pubmed>23704327</pubmed></ref>
|}
 
== 発現 ==
 αI-スペクトリンは、哺乳類の赤血球に発現する<ref name=Salomao2006><pubmed>16407147</pubmed></ref>。一方、非赤血球型のαII-スペクトリンは、脳を含む多くの組織に広く発現する<ref name=Ackermann2019><pubmed>31186638</pubmed></ref>。
 
 βI-スペクトリンは赤血球、骨格筋、心筋などに発現し、神経細胞では樹状突起およびシナプス後肥厚に局在する<ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref><ref name=Bennett2001><pubmed>11427698</pubmed></ref><ref name=Baines2005><pubmed>15970557</pubmed></ref>。βII-スペクトリンは発生期の骨格筋に発現し、神経細胞では軸索に広く分布する<ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref><ref name=Zhou1998><pubmed>9436990</pubmed></ref>。βIII-スペクトリンは主に脳で高発現するが、膵臓、腎臓、生殖器系組織、皮膚などでも発現が認められる<ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref>。小脳プルキンエ細胞では、βIII-スペクトリンは細胞体および樹状突起に分布し、樹状突起スパインにも局在する<ref name=Perkins2010><pubmed>20371805</pubmed></ref><ref name=Gao2011><pubmed>22090485</pubmed></ref>。βIV-スペクトリンの[[転写]]産物は脳および膵島で認められ、そのタンパク質は神経細胞の軸索起始部およびランヴィエ絞輪に集積する<ref name=Berghs2000><pubmed>11086001</pubmed></ref>。巨大なβV-スペクトリンは、小脳、脊髄、心臓、胃、光受容細胞などで発現する<ref name=Stabach2000><pubmed>10764729</pubmed></ref><ref name=Papal2013><pubmed>23704327</pubmed></ref>。
 
[[ファイル:Yamanoi Spectrin Figure2.jpg|サムネイル|'''図2. 軸索起始部におけるスペクトリン膜骨格と関連分子群'''<br>軸索起始部では、アンキリン-Gが[[イオンチャネル]](Nav1やKCNQ2/3)や[[細胞接着分子]](NF186やNrCAM)などと結合し、これらを軸索起始部に集積させる。αII-スペクトリンとβIV-スペクトリンからなるスペクトリン四量体は[[アクチンリング]]を連結し、アンキリン-GはβIV-スペクトリンとの結合を介して、軸索起始部における周期的な膜骨格構造の形成に寄与する。]]


== 構造 ==
== 構造 ==
 スペクトリンにはα-スペクトリンとβ-スペクトリンがあり、いずれもスペクトリンリピートと呼ばれる特徴的な繰り返し配列を有する<ref><pubmed>6654896</pubmed></ref><ref><pubmed>6472478</pubmed></ref>。α-スペクトリンはN末端から順に、四量体化モチーフ、21個のスペクトリンリピート、SH3(Src homology 3)ドメイン、カルモジュリン結合ドメイン(αII-スペクトリンのみ)、EF-handドメインを有する<ref><pubmed>31191255</pubmed></ref>。β-スペクトリンはN末端から順に、2個のアクチン結合CH(calponin homology)ドメイン、17個のスペクトリンリピート(βV-スペクトリンは30個)、PH(pleckstrin homology)ドメインが続く<ref><pubmed>31191255</pubmed></ref>。βV-スペクトリンは推定されるankyrin結合領域が十分に保存されていない<ref><pubmed>10764729</pubmed></ref>。そのため、他のβ-スペクトリンとは異なる様式で骨格構造を形成していると考えられている。
 α-スペクトリンおよびβ-スペクトリンはいずれも、弾性に富むスペクトリンリピートと呼ばれる特徴的な[[繰り返し配列]]を有する<ref name=Speicher1983><pubmed>6654896</pubmed></ref><ref name=Speicher1984><pubmed>6472478</pubmed></ref>。
 
 α-スペクトリンは[[N末端]]側から、四量体化モチーフ、21個のスペクトリンリピート、[[SH3ドメイン|SH3(Src homology 3)ドメイン]]、[[カルモジュリン]]結合ドメイン(αII-スペクトリンのみ)、[[EF-hand]]ドメインを有する<ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref>。


== サブユニット ==
 β-スペクトリンはN末端側から、2個のアクチン結合[[カルポニン相同ドメイン|CH(calponin homology)ドメイン]]、17個のスペクトリンリピート(βV-スペクトリンでは30個)、[[PHドメイン|PH(pleckstrin homology)ドメイン]]を有する<ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref>。βV-スペクトリンでは、推定されるアンキリン結合領域の配列が十分に保存されていない<ref name=Stabach2000><pubmed>10764729</pubmed></ref>。このため、他のβ-スペクトリンとは異なる様式で骨格構造を形成すると考えられている。
 
 スペクトリンは、2つのαサブユニットと2つのβサブユニットからなる[[ヘテロ四量体]]を形成する<ref name=Morrow1981><pubmed>7204503</pubmed></ref><ref name=Bignone2003><pubmed>12820899</pubmed></ref>('''図2''')。


スペクトリンは、αサブユニットであるα-スペクトリンとβサブユニットであるβ-スペクトリンが会合して形成される細胞骨格タンパク質である。ヒトを含む哺乳類には2種類のα-スペクトリン(約280 kDa)と5種類のβ-スペクトリン(約250-290 kDa、βVは他に比べて非常に大きく約417 kDa)が発現している(表1)。ヒト遺伝子において、SPTA1とSPTAN1はそれぞれαI-スペクトリンとαII-スペクトリンと称するタンパク質をコードし、SPTB、SPTBN1、SPTBN2、SPTBN4、SPTBN5はそれぞれβI-スペクトリン、βII-スペクトリン、βIII-スペクトリン、βIV-スペクトリン、βV-スペクトリンをコードする。線虫やショウジョウバエではスペクトリンの種類は少なく、α-スペクトリン、β-G-スペクトリン、β-H-スペクトリンがあり、それぞれ順に哺乳類のαII-スペクトリン、βII-スペクトリン、βV-スペクトリンに類似する<ref><pubmed>9872052</pubmed></ref><ref><pubmed>24302288</pubmed></ref>。また、スペクトリンには多くのスプライシングバリアントが存在する。神経発達初期では長いβIV-スペクトリン(Σ1)の発現が優勢であるが、発達に伴い、アクチン結合領域を持たない短いβIV-スペクトリン(Σ6)の発現レベルが大きく上昇する<ref><pubmed>28123356</pubmed></ref>。しかし、個々のスプライシングバリアントの役割に関しては、いまだ不明な点が多い。
== 機能 ==
=== 樹状突起スパイン ===
 βI-スペクトリンは、樹状突起スパインの形態および機能の調節に関与する<ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref>。βIII-スペクトリンも樹状突起スパインの基部およびネックに局在し、スパインネックのくびれ構造の形成や[[シナプス]]活動の調節に関与する<ref name=Efimova2017><pubmed>28576936</pubmed></ref>。


== 発現 ==
=== 軸索 ===
 軸索では、スペクトリン四量体の両端が環状に配置されたアクチン(アクチンリング)と結合し、隣接するアクチンリング同士を連結することで、細胞膜直下に膜骨格を形成する。このスペクトリン-アクチン骨格は約190 nm間隔で周期的に配列し、[[膜関連周期骨格]](membrane-associated periodic skeleton; MPS)を形成する<ref name=Xu2013><pubmed>23239625</pubmed></ref><ref name=Goy2026><pubmed>42228557</pubmed></ref>。MPSは軸索全体に共通してみられる基本構造であるが、スペクトリンの[[アイソフォーム]]やアンキリンとの組み合わせは軸索内の領域によって異なり、それぞれ異なる機能を担う<ref name=Goy2026><pubmed>42228557</pubmed></ref>。


αI-スペクトリンは哺乳類の赤血球で発現する<ref><pubmed>16407147</pubmed></ref>。非赤血球型のαII-スペクトリンは脳を含む多くの組織に広く発現する<ref><pubmed>31186638</pubmed></ref>。βI-スペクトリンは赤血球や骨格筋、心筋に存在し、神経細胞では樹状突起領域およびシナプス後肥厚部に局在する<ref><pubmed>11427698</pubmed></ref><ref><pubmed>15970557</pubmed></ref><ref><pubmed>36697767</pubmed></ref>。βI-スペクトリンは、樹状突起スパインにおける形態的および機能的な調節に関与する<ref><pubmed>36697767</pubmed></ref>。βII-スペクトリンは発生期の骨格筋に発現しており、神経細胞では軸索に広く分布する<ref><pubmed>31191255</pubmed></ref><ref><pubmed>9436990</pubmed></ref>。βIII-スペクトリンは主に脳で高発現しているが、膵臓、腎臓、生殖器系組織、皮膚においても発現が認められる<ref><pubmed>36697767</pubmed></ref>。βIII-スペクトリンは小脳プルキンエ細胞では細胞体および樹状突起領域に存在し、樹状突起スパインに局在する<ref><pubmed>20371805</pubmed></ref><ref><pubmed>22090485</pubmed></ref>。βIII-スペクトリンは樹状突起スパインの基部およびネックに局在し、スパインネックのくびれ構造の形成ならびにシナプス活動の調節に関与する<ref><pubmed>28576936</pubmed></ref>。βIV-スペクトリンの転写産物は脳および膵島で認められ、タンパク質は神経細胞において軸索起始部およびランヴィエ絞輪に集積している<ref><pubmed>11086001</pubmed></ref>。巨大βV-スペクトリンは小脳や脊髄、心臓、胃、光受容細胞などで発現している<ref><pubmed>10764729</pubmed></ref><ref><pubmed>23704327</pubmed></ref>。
 軸索遠位部では、αII-スペクトリンとβII-スペクトリンがヘテロ四量体を形成し、アンキリン-Bとともに膜関連周期骨格を構築する<ref name=Yoshimura2021></ref>。


== スペクトリンが作る骨格構造とその機能 ==
 軸索起始部(axon initial segment; AIS)の形成初期には、アンキリン-B/αII-スペクトリン/βII-スペクトリンからなる骨格が軸索遠位側から形成され、近位側に形成されるアンキリン-G/αII-スペクトリン/βIV-スペクトリン骨格との境界を規定する<ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref>。軸索起始部では、αII-スペクトリンとβIV-スペクトリンがヘテロ四量体を形成し、アンキリン-GがβIV-スペクトリンと結合することで、特徴的な膜骨格が構築される<ref name=Yoshimura2021>'''吉村武 (2021)'''<br>神経細胞の軸索起始部に特有な細胞骨格構造とその破綻. 生化学 93:517–520. [[doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930517|DOI]]</ref><ref name=Yang2007><pubmed>17283186</pubmed></ref><ref name=Huang2017><pubmed>29038240</pubmed></ref>。アンキリン-Gは、[[電位依存性ナトリウムチャネル]](Nav1群)、[[KCNQチャネル|KCNQ2/3チャネル]]、細胞接着分子NF186およびNrCAMなどをこの膜骨格に係留し、これらの分子を軸索起始部に高密度に集積させる<ref name=Pan2006><pubmed>16525039</pubmed></ref><ref name=Jenkins2025><pubmed>39480263</pubmed></ref>。このような分子配置は、軸索起始部における[[活動電位]]発生の基盤となる<ref name=Kole2008><pubmed>18204443</pubmed></ref>。さらに、軸索起始部は[[膜タンパク質]]や細胞内[[小胞]]の移動を制限する[[拡散障壁]]としても機能し、細胞体・樹状突起区画と軸索区画を隔てることで、[[神経極性|神経細胞の極性]]維持に寄与する<ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref>。
 赤血球は血管内を循環する過程で変形し、機械的ストレスを受ける。また、神経細胞においても、長い突起である軸索は張力やねじりなどの機械的ストレスにさらされる。スペクトリンは弾性に富むスペクトリンリピートを多数含み、スペクトリン四量体を基盤とする膜骨格(細胞膜直下に形成される裏打ち骨格構造)は、赤血球や軸索において機械的ストレス下での形態維持に寄与する<ref><pubmed>31191255</pubmed></ref><ref><pubmed>36697767</pubmed></ref>。神経細胞では、スペクトリンとankyrinを基盤とする膜骨格が、軸索、軸索起始部、ランヴィエ絞輪など、分子組成の異なる軸索膜ドメインにおいて、それぞれ特徴的に形成される<ref><pubmed>42228557</pubmed></ref>。神経細胞の軸索では、細胞膜直下に周期的な構造が形成されており、この構造はmembrane-associated periodic skeleton (MPS)とも呼ばれている<ref><pubmed>42228557</pubmed></ref>。スペクトリンは2つのαサブユニットと2つのβサブユニットから構成されたヘテロ四量体を形成する<ref><pubmed>7204503</pubmed></ref><ref><pubmed>12820899</pubmed></ref>(図2)。スペクトリン四量体の両端は、環状に配置したアクチン(アクチンリング)を連結し、神経細胞の軸索に約190 nm周期の細胞骨格構造を形成する<ref><pubmed>23239625</pubmed></ref>。スペクトリン四量体を構成するサブユニットの組み合わせは、軸索内の領域によって異なる。軸索起始部以外の軸索遠位領域では、αII-スペクトリンはβII-スペクトリンと四量体を形成し、ankyrin-Bとともに骨格構造を構築する<ref>吉村武. 神経細胞の軸索起始部に特有な細胞骨格構造とその破綻. 生化学 2021;93:517–520. doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930517</ref>。軸索起始部の形成過程では、ankyrin-B/αII-スペクトリン/βII-スペクトリン 骨格が軸索遠位側から形成される。この遠位部骨格は、ankyrin-G/αII-スペクトリン/βIV-スペクトリン 骨格を近位軸索に制限する軸索内境界として機能する<ref><pubmed>31191255</pubmed></ref>。軸索の根元(軸索起始部)ではαII-スペクトリンとβIV-スペクトリンが四量体を形成し、足場タンパク質ankyrin-GはβIV-スペクトリンと結合して骨格構造を構築する<ref>吉村武. 神経細胞の軸索起始部に特有な細胞骨格構造とその破綻. 生化学 2021;93:517–520. doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930517</ref><ref><pubmed>17283186</pubmed></ref><ref><pubmed>29038240</pubmed></ref>。Ankyrin-Gは電位依存性ナトリウムチャネルNav1やKCNQ2/3などのイオンチャネル、NF186やNrCAMなどの細胞接着分子と相互作用し、これらをαII-スペクトリン/βIV-スペクトリンからなる骨格構造へ連結することで、軸索起始部に集積させる<ref><pubmed>16525039</pubmed></ref><ref><pubmed>39480263</pubmed></ref>。この分子構造によって電位依存性ナトリウムチャネルなどが高密度に集積するため、活動電位の発生に寄与する<ref><pubmed>18204443</pubmed></ref>。また、軸索起始部は、膜タンパク質や小胞などの輸送を選択的に制御する門番として機能し、細胞体・樹状突起区画と軸索区画を隔てることで、神経極性(形や構造・分子組成に空間的偏りがあり、方向性がある状態)の維持に寄与する<ref><pubmed>31191255</pubmed></ref>。


 中枢神経系において、オリゴデンドロサイトにより神経細胞の軸索に髄鞘が形成される。隣接する髄鞘の間に位置するランヴィエ絞輪では、αII-スペクトリン、βIV-スペクトリンおよびankyrin-Gを中心とする膜骨格が形成される<ref><pubmed>31191255</pubmed></ref><ref><pubmed>11807096</pubmed></ref>。この複合体からなる骨格構造が電位依存性ナトリウムチャネルなどをランヴィエ絞輪に集積させることで、跳躍伝導を可能にする<ref><pubmed>36697767</pubmed></ref><ref><pubmed>11807096</pubmed></ref>。一方、神経細胞の軸索とグリア細胞由来の髄鞘との接合部であるパラノードでは、軸索側のCaspr-contactin複合体と髄鞘側のneurofascin-155との相互作用により、細胞間結合であるパラノーダルジャンクションが形成される<ref><pubmed>11839274</pubmed></ref><ref><pubmed>16337912</pubmed></ref>。パラノードの軸索膜直下に局在するαII-スペクトリン/βII-スペクトリン骨格構造は膜タンパク質の側方拡散を制限する拡散障壁として機能する<ref><pubmed>16687515</pubmed></ref><ref><pubmed>24217619</pubmed></ref>。
 [[髄鞘]]間に位置するランヴィエ絞輪にも、αII-スペクトリン、βIV-スペクトリン、アンキリン-Gからなる膜骨格が形成される<ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref><ref name=Komada2002><pubmed>11807096</pubmed></ref>。この骨格は電位依存性ナトリウムチャネルをランヴィエ絞輪に高密度に集積させ、[[跳躍伝導]]を可能にする<ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref><ref name=Komada2002><pubmed>11807096</pubmed></ref>。一方、ランヴィエ絞輪に隣接する[[パラノード]]では、軸索側のCaspr-[[コンタクチン]]複合体と髄鞘側の[[ニューロファシン]]-155との相互作用によって[[パラノーダルジャンクション]]が形成される<ref name=Charles2002><pubmed>11839274</pubmed></ref><ref name=Sherman2005><pubmed>16337912</pubmed></ref>。この領域では、αII-スペクトリン/βII-スペクトリン骨格が膜タンパク質の[[側方拡散]]を制限する拡散障壁として機能し、軸索膜ドメインの維持に重要な役割を果たす<ref name=Ogawa2006><pubmed>16687515</pubmed></ref><ref name=Zhang2013a><pubmed>24217619</pubmed></ref>。


== 疾患との関わり ==
== 疾患との関わり ==
 スペクトリンは軸索起始部の細胞膜の裏打ち骨格の主要な構成分子として膜タンパク質の局在維持に重要であるため、スペクトリンの変異は疾患に関与する。SPTA1(αI-スペクトリン)およびSPTB(βI-スペクトリン)のヒトで報告された病的バリアントは、遺伝性球状赤血球症の発症に関与する<ref><pubmed>29402830</pubmed></ref>。SPTAN1(αII-スペクトリン)の病的バリアントは、乳児期の難治性てんかんであるWest症候群および発達性てんかん性脳症に加え、一部では小脳性運動失調や痙性対麻痺との関連が報告されている<ref><pubmed>29749636</pubmed></ref><ref><pubmed>35150594</pubmed></ref>。SPTBN1(βII-スペクトリン)の病的バリアントは、自閉スペクトラム症および注意欠如・多動症(ADHD)、発達遅滞、知的発達症、てんかんとの関連が報告されている<ref><pubmed>36697767</pubmed></ref>。SPTBN2(βIII-スペクトリン)の病的バリアントは脊髄小脳失調症との関連が報告されている<ref><pubmed>16429157</pubmed></ref>。SPTBN4(βIV-スペクトリン)の病的バリアントは、知的発達症や先天性筋緊張低下、運動神経の軸索障害を引き起こす<ref><pubmed>29861105</pubmed></ref>。SPTBN5(βV-スペクトリン)の遺伝子変異は、知的発達症や発達遅滞、てんかん発作を特徴とする症候群を引き起こす<ref><pubmed>35782384</pubmed></ref>。
 スペクトリンは細胞膜直下の膜骨格を構成し、膜タンパク質の局在や細胞構造の維持に重要な役割を果たす。このため、スペクトリンをコードする遺伝子の[[病的バリアント]]は、赤血球疾患やさまざまな[[神経疾患]]の原因となる。


 自閉スペクトラム症関連行動として社会性行動の低下および反復行動の増加などを示すマウス、ならびにADHD関連行動として多動性やプレパルス抑制の低下などを示すマウスおよびラットにおいて、軸索起始部の長さに異常が生じる<ref><pubmed>34971749</pubmed></ref><ref><pubmed>37770159</pubmed></ref>。この知見は、軸索起始部の骨格構造の変化が神経発達症に関連することを示している。スペクトリンが正常に軸索起始部の骨格構造を形成・維持できなければ、神経細胞が正常に機能できないと考えられる。
 SPTA1(αI-スペクトリン)およびSPTB(βI-スペクトリン)の病的バリアントは、遺伝性球状赤血球症の発症に関与する<ref name=He2018><pubmed>29402830</pubmed></ref>。SPTAN1(αII-スペクトリン)の病的バリアントは、乳児期に発症する[[難治性てんかん]]であるWest症候群や発達性てんかん性脳症に加え、一部では小脳性運動失調や痙性対麻痺との関連が報告されている<ref name=Huang2018><pubmed>29749636</pubmed></ref><ref name=VandeVondel2022><pubmed>35150594</pubmed></ref>。SPTBN1(βII-スペクトリン)の病的バリアントは、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症(ADHD)、発達遅滞、知的発達症、てんかんなどとの関連が報告されている<ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref>。SPTBN2(βIII-スペクトリン)の病的バリアントは、脊髄小脳失調症との関連が報告されている<ref name=Ikeda2006><pubmed>16429157</pubmed></ref>。SPTBN4(βIV-スペクトリン)の病的バリアントは、知的発達症、先天性筋緊張低下、運動神経の軸索障害などを引き起こす<ref name=Wang2018><pubmed>29861105</pubmed></ref>。SPTBN5(βV-スペクトリン)の病的バリアントは、知的発達症、発達遅滞、てんかん発作などを特徴とする症候群を引き起こす<ref name=Khan2022><pubmed>35782384</pubmed></ref>。


 自閉スペクトラム症関連行動として[[社会性行動]]の低下や[[反復行動]]の増加などを示すマウス、ならびにADHD関連行動として[[多動性]]や[[プレパルス抑制]]の低下などを示すマウスおよびラットでは、軸索起始部の長さに異常が認められる<ref name=Usui2022><pubmed>34971749</pubmed></ref><ref name=Iwahashi2023><pubmed>37770159</pubmed></ref>。これらの知見から、軸索起始部の構造変化と[[神経発達症]]との関連が示唆されている。スペクトリンを含む膜骨格の形成や維持の異常は、軸索起始部におけるイオンチャネルなどの局在や神経細胞の[[興奮性]]に影響し、神経機能の異常につながる可能性がある。
== 関連項目 ==
== 関連項目 ==


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* [[細胞接着分子]]
* [[細胞接着分子]]
* [[自閉スペクトラム症]]
* [[自閉スペクトラム症]]
* [[注意欠如・多動症(ADHD、注意欠如・多動性障害)]]
* [[注意欠如・多動症]]([[ADHD]]、[[注意欠如・多動性障害]])
* [[神経発達症(発達障害)]]
* [[神経発達症]]([[発達障害]])
* [[アンキリン]]
* [[アンキリン]]


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
<references />
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== 図表のタイトル ==
'''図1. 赤血球のスペクトリン膜骨格'''
赤血球の溶血過程と、赤血球膜骨格を形成する分子群を示す。α-スペクトリンとβ-スペクトリン からなるスペクトリン複合体は、赤血球膜直下でアクチンなどの分子と結合し、網目状の膜骨格構造を形成する。
'''図2. 軸索起始部におけるスペクトリン膜骨格と関連分子群'''
軸索起始部において、ankyrin-Gはイオンチャネル(Nav1やKCNQ2/3)や接着分子(NF186やNrCAM)などと結合し、それらを軸索起始部に集積させる。αII-スペクトリンとβIV-スペクトリンからなるスペクトリン四量体は、アクチンリングを連結し、ankyrin-GはβIV-スペクトリンとの結合を介して、軸索起始部における周期的な膜骨格構造を構築する。
'''表1. スペクトリンの主な発現・局在部位と関連疾患'''