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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0192907 大塚 俊之]</font><br> | |||
''京都大学 ウイルス研究所 増殖制御学研究分野''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年5月22日 原稿完成日:2013年3月25日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noriko1128 大隅 典子](東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)<br> | |||
</div> | |||
{{Pfam_box | |||
| Symbol = bHLH | |||
| Name = basic helix-loop-helix DNA-binding domain | |||
| image = 1MDY.pdb | |||
| width = 250 | |||
| caption = DNAに結合したbHLH型転写因子MyoD。{{PDB2|1mdy}}による<ref><pubmed> 8181063 </pubmed></ref>。 | |||
| Pfam = PF00010 | |||
| InterPro = IPR001092 | |||
| SMART= SM00353 | |||
| PROSITE = PDOC00038 | |||
| SCOP = 1mdy | |||
| TCDB = | |||
| OPM family = | |||
| OPM protein = | |||
| PDB = {{PDB2|1a0a}}, {{PDB2|1am9}}, {{PDB2|1an2}}, {{PDB2|1an4}}, {{PDB2|1hlo}}, {{PDB2|1mdy}}, {{PDB2|1nkp}}, {{PDB2|1nlw}}, {{PDB2|1r05}}, {{PDB2|1ukl}}, {{PDB2|2ql2}} | |||
}} | |||
{{lowercase title}} | |||
英語名:basic helix-loop-helix (bHLH) transcription factor | |||
= | {{box|text= | ||
塩基性 helix-loop-helix (bHLH) 因子とは、[[wikipedia:ja:DNA|DNA]]結合ドメインである塩基性 (basic) 領域とタンパク質相互作用に働くHLHモチーフを有する[[転写因子]]の一群である。神経系に限らず各種組織の発生・分化における様々な局面を制御し、種々の細胞への運命決定を行うことにより、細胞の多様性を生み出す上で重要な働きをすることが知られている。 | |||
Activator-typeのbHLH因子である[[Ascl1]] ([[Mash1]]), [[Neurod]], [[Neurog]] ([[Ngn]]) 等は[[プロニューラル因子]]と呼ばれ、[[ニューロン]]特異的遺伝子の転写を活性化し、ニューロン分化を促進する<ref><pubmed> 12094208 </pubmed></ref>。これに対してrepressor-typeのbHLH因子である[[HESファミリー]] ([[Hes1]], [[Hes3]], [[Hes5]]) は、[[Notch]]シグナルのエフェクターとして働き、activator-typeのbHLH因子の転写及び機能を抑制することによりニューロン分化を抑制し、[[神経幹細胞]]及び[[神経前駆細胞]]の未分化性維持に働く<ref name="ref2"><pubmed> 18430159 </pubmed></ref>。 | |||
またニューロンサブタイプの決定や[[グリア細胞]]分化を制御するbHLH因子も知られており、脳の複雑な細胞構築及び形態形成において、各種bHLH因子による協調的分化制御が重要な役割を担っている<ref><pubmed> 12848929 </pubmed></ref><ref>''' Toshiyuki Ohtsuka, Ryoichiro Kageyama '''<br> The Basic Helix-Loop-Helix Transcription Factors in Neural Differentiation.fckLR<br>'' Cell Cycle Regulation and Differentiation in Cardiovascular and Neural Systems. Springer Science+Business Media, LLC '':2010</ref>。 | |||
}} | |||
== 構造 == | |||
= | DNA結合ドメインである塩基性領域と、その下流に存在しタンパク質相互作用に働くHLHモチーフにより特徴づけられる。塩基性領域はDNA上の特定のコンセンサス配列に結合する。Activator-typeのbHLH因子はE box (CANNTG) に結合し、repressor-typeのbHLH因子はN box (CACNAG), class C site (CACGCG) に結合する<ref name="ref5"><pubmed> 15186484 </pubmed></ref>。HLHモチーフは、2つの[[wikipedia:ja:αヘリックス|αヘリックス]]ドメインがループ構造により連結されており、他のbHLH因子または塩基性領域を持たないHLH因子のHLHモチーフと相互作用することによりダイマー(ホモダイマーあるいはヘテロダイマー)を形成する。特定の遺伝子の[[プロモーター]]領域に存在するコンセンサス配列に結合したbHLH因子は、[[コアクチベーター]]あるいは[[コリプレッサー]]と結合し、転写を促進または抑制する。 | ||
== 種類 == | |||
=== 配列・認識配列・系統解析による分類=== | |||
{|class="wikitable" cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" style="width: 750px; height: 300px;" | |||
|+表. bHLH因子の配列・認識配列・系統解析による分類 | |||
|- | |||
| style="text-align:center" | グループ | |||
| style="text-align:center" | 特徴(ドメイン・結合配列等) | |||
| style="text-align:center" | 例 | |||
|- | |||
| style="text-align:center" | A | |||
| E boxに結合 (CAGCTG または CACCTG) | |||
| [[Mesp]], [[MyoD]], [[Net]], Neurod, Neurog, [[Olig]], [[Tal]], [[Tcf]], [[Twist]] | |||
|- | |||
| style="text-align:center" | B | |||
| E boxに結合 (CACGTG または CATGTTG)<br>多くがロイシンジッパードメインを持つ | |||
| [[Mad]], [[Max]], [[Myc]] | |||
|- | |||
| style="text-align:center" | C | |||
| ACGTG または GCGTG 配列に結合<br>PASドメインを持つ | |||
| [[Arnt]], [[Clock]], [[Hif]] | |||
|- | |||
| style="text-align:center" | D | |||
| 塩基性ドメインを欠く<br>グループAタンパク質に対し拮抗的に働く | |||
| [[Id]] | |||
|- | |||
| style="text-align:center" | E | |||
| N boxに結合 (CACGAG または CACGCG)<br>OrangeドメインとWRPWペプチドを持つ | |||
| Hes, [[Hey]] | |||
|- | |||
| style="text-align:center" | F | |||
| Coeドメインを持つ | |||
| [[Ebf]] | |||
|} | |||
文献<ref name="ref5" /><ref><pubmed> 11337472 </pubmed></ref> による。 | |||
=== 発現パターンによる分類<br> === | |||
*'''''Class I'''''<b> </b>''多くの組織に普遍的に存在 Tcf3 (E12/E47), Tcf4 (E2-2) etc. '' | |||
*'''''Class II'''''<b> </b>''組織特異的に発現 MyoD, Neurog (Ngn), Hes etc.'' | |||
組織特異的に発現するbHLH因子 (Class II) の多くはClass IのbHLH因子とへテロダイマーを形成してDNAに結合し転写を活性化する。 | |||
=== 機能的分類 === | |||
脳神経系における主要機能による分類。 | |||
* | *ニューロンへの分化促進 | ||
:Ascl1 (Mash1), Atoh1 (Math1), [[Ebf1]], [[Ebf2]], [[Ebf3]], [[Ebf4]], [[Hand1]], [[Hand2]], [[Hes6]], [[Neurod1]] (Neurod/Beta2), [[Neurod2]] (Ndrf), Neurod4 (Math3), [[Neurod6]] (Math2), [[Neurog1]] (Ngn1), [[Neurog2]] (Ngn2), [[Ptf1a]], [[Sim1]] | |||
*ニューロンへの分化抑制 | |||
:Hes1, Hes3, Hes5, [[Hey1]], [[Hey2]], [[HeyL]] ([[Hey3]]) | |||
*グリア分化 | |||
==参考文献== | :[[Olig1]], [[Olig2]], [[Olig3]], [[Tal1]] (Scl) | ||
*小脳発生 | |||
:[[Atoh1]] (Math1), [[Nhlh1]] (Nscl1), [[Nhlh2]] (Nscl2), [[Ptf1a]] | |||
*自律神経系ニューロン産生 | |||
:Ascl1 (Mash1), Hand1, Hand2 | |||
*細胞周期 | |||
:Myc (c-Myc), [[Mycn]] (N-Myc) | |||
*概日リズム | |||
:[[Ahr]], [[Ahrr]], [[Arntl]] (Bmal1), [[Clock]], [[Bhlhe40]] (Dec1), [[Bhlhe41]] (Dec2), [[Npas]], [[Per]], [[Sim]] | |||
*コファクター | |||
:[[Tcf3]] (E12/E47), [[Tcf4]] (E2-2)<br> | |||
また、HUGO遺伝子命名法委員会により、bHLHファミリーの[http://www.genenames.org/genefamily/bhlh.php 名称]が整理されている。 | |||
== 機能 == | |||
=== ニューロン分化・サブタイプ決定 === | |||
Activator-typeのbHLH因子であるAscl1 (Mash1) (''Drosophila achaete-scute'' complexのホモログ), Neurod, [[Neurogenin]] (Neurog) (''Drosophila atonal''のホモログ)などは、他のbHLH因子であるコファクターTcf3 (E12/E47) とヘテロダイマーを形成し、ニューロン特異的遺伝子のプロモーター領域のE box (CANNTG) に結合してニューロン分化を促進する。この過程においては[[細胞周期]]と[[神経分化]]の同調的制御機構が働いており、[[サイクリン依存性キナーゼ]] (cyclin dependent kinase; CDK) の関与が示されている<ref><pubmed> 12441293 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15024057 </pubmed></ref>。 | |||
bHLH因子はまた、脳の領域化及びニューロンサブタイプの決定にも関与する。Neurog1, Neurog2は[[終脳]]背側部に発現して[[グルタミン酸]]作動性ニューロンへの分化を誘導する一方、Ascl1 (Mash1) は終脳腹側部に強く発現して[[GABA]]作動性ニューロンへの分化を促進する<ref><pubmed> 10640277 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11825874 </pubmed></ref>。[[末梢神経]]系においても、Neurog1, Neurog2は[[感覚神経]]への分化を、Ascl1 (Mash1) は[[自律神経]]への分化をそれぞれ誘導する<ref><pubmed> 11923194 </pubmed></ref>。更に[[後根神経節]]において、Neurog2は早期に産生される[[TrkB]]及び[[TrkC]]陽性ニューロンの分化に、Neurog1は後期に産生される[[TrkA]]陽性ニューロンの分化に必須である<ref><pubmed> 10398684 </pubmed></ref>。[[小脳]]の発生において、Math1は[[菱脳唇]] (rhombic lip) の[[神経上皮]]に発現してグルタミン酸作動性ニューロンへの分化を誘導する一方、Ptf1aは[[小脳脳室帯]]に発現してGABA作動性ニューロンの産生を促進する<ref><pubmed> 16039563 </pubmed></ref>。また、Nhlh1 (Nscl1), Nhlh2 (Nscl2) はGnRH (gonadotropin releasing hormone) -1ニューロンへの運命決定に<ref><pubmed> 15470499 </pubmed></ref>、Hand2は交感神経系の[[ノルアドレナリン]]作動性ニューロンへの運命決定に働く<ref><pubmed> 17008447 </pubmed></ref>。 | |||
bHLH因子が協調的に働くことにより、多様な細胞運命決定に働くことが知られている。Ascl1 (Mash1) 及びHes関連因子である Heslikeは、[[間脳]]及び[[中脳]]腹側において単独ではGABA作動性ニューロンの分化を誘導できないが、共発現し協調的に働くことによりGABA作動性ニューロンの分化を誘導する<ref><pubmed> 15071116 </pubmed></ref>。Olig1, Olig2は単独では[[オリゴデンドロサイト]]の分化を誘導するが、Olig2とNeurog2が共発現すると[[運動ニューロン]]への分化を促進する<ref><pubmed> 11567615 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11567616 </pubmed></ref>。こうしてbHLH因子はその組み合わせによって異なる種類の細胞を産生し、細胞の多様性を生み出している。 | |||
=== ニューロン分化抑制・神経幹細胞維持 === | |||
Repressor-typeのbHLH因子であるHESファミリー (''Drosophila hairy, Enhancer of split''のホモログ; HES1-7) の中で、Hes1, Hes3, Hes5は発生過程における神経幹細胞に発現し、ノッチ (Notch) シグナルのエフェクターとして働き、神経分化を抑制する<ref name="ref2" /><ref><pubmed> 10205173 </pubmed></ref>。Hes1はHes1同士のホモダイマーあるいはHeyとのヘテロダイマーを形成して、神経分化促進因子 (activator-typeのbHLH因子) のプロモーター領域などに存在するN box (CACNAG) またはclass C site (CACGCG) に結合し、コリプレッサー (TLE/Grg) と複合体を形成して[[ヒストン脱アセチル化酵素]] (histone deacetylase; HDAC) をリクルートし転写を抑制する<ref><pubmed> 8001118 </pubmed></ref><ref><pubmed> 8687460 </pubmed></ref>。また、神経分化促進因子と非機能性へテロダイマーを形成するほか、神経分化促進因子のコファクターであるTcf3 (E12/E47) を捕捉することにより機能的にも阻害する<ref><pubmed> 1340473 </pubmed></ref>。こうして神経幹細胞からニューロンへの分化を抑制し、神経幹細胞の未分化性の維持に働く<ref name="ref23"><pubmed> 11399758 </pubmed></ref>。 | |||
Hes関連因子であるHeyもrepressor-typeのbHLH因子であり、Hey1, Hey2も同様に発生過程における神経幹細胞に発現し、神経分化抑制活性を有する<ref><pubmed> 12947105 </pubmed></ref>。HLH因子であるIdファミリーは塩基性領域を欠くためDNA結合能を有しないが、Hesと同様に神経分化促進因子と非機能性へテロダイマーを形成することにより神経分化を抑制する<ref><pubmed> 2156629 </pubmed></ref>。 | |||
=== グリア分化 === | |||
Neurog1はニューロン分化を促進する一方で、[[グリア]]分化を抑制する活性を有している<ref><pubmed> 11239394 </pubmed></ref>。Neurog1は[[CBP]]-[[Smad1]]複合体を捕捉して、この複合体がグリア特異的遺伝子のプロモーターに結合するのを抑え、ニューロン特異的遺伝子の活性化に利用することで、ニューロン分化の促進と同時にグリア分化を抑制している。逆に神経分化促進因子 (Ascl1 (Mash1), Neurod4 (Math3), Neurog2) の発現を抑えると、ニューロン分化が抑制されグリア分化が促進される<ref><pubmed> 11032813 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11239431 </pubmed></ref>。抑制性転写因子であるHes1, Hes5を発生後期に過剰発現させると、[[アストロサイト]]及び[[網膜]]の[[ミュラーグリア]]産生が促進されるが、これはHesによる神経分化促進因子の抑制が一因と考えられる<ref name="ref23" /><ref><pubmed> 10821751 </pubmed></ref><ref><pubmed> 10839357 </pubmed></ref>。 | |||
Olig1, Olig2は[[Shh|ソニックヘッジホッグ]] (Shh)の下流で働き、オリゴデンドロサイトの分化を誘導する。終脳におけるOlig1の強制発現、脊髄におけるOlig2, Nkx2.2の強制発現によりオリゴデンドロサイトの分化が促進される<ref><pubmed> 11574831 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11567617 </pubmed></ref>。Tal1 (Scl) は[[脊髄]]のp2ドメインにおいて、Olig2と拮抗することによりオリゴデンドロサイトの分化を抑制し、アストロサイトへの分化を誘導する<ref><pubmed> 16292311 </pubmed></ref>。 | |||
=== 細胞周期制御 === | |||
Myc/Max/Madはネットワークを形成して、[[細胞増殖]]・[[分化]]・[[細胞死]](アポトーシス)・[[wikipedia:ja:癌化|癌化]]を制御している<ref><pubmed> 22227497 </pubmed></ref>。MycはMaxとヘテロダイマーを形成して標的遺伝子の転写を活性化し、[[細胞周期]]制御(増殖促進)・分化抑制・アポトーシス誘導などに関与する。MaxはまたMadともヘテロダイマーを形成し、MYC/MAXと共通の標的DNAに競合的に結合することにより、MYC/MAXの機能を阻害する。 | |||
=== 時計遺伝子 === | |||
[[視床下部]]の[[視交叉上核]]に発現するClockとArntl (Bmal1) はヘテロダイマーを形成し、[[時計遺伝子]]として[[概日リズム]]を制御している<ref><pubmed> 12198538 </pubmed></ref><ref><pubmed> 22483041 </pubmed></ref>。CLOCK/ARNTLがPer (period), [[Cry]] (cryptochrome) のプロモーター領域に存在するE boxに結合して転写を活性化し、翻訳されたPER, CRYはヘテロダイマーを形成する。そのPER/CRY複合体が核に移行し、CLOCK/ARNTL複合体に結合してその転写活性を阻害するというネガティブフィードバックループにより、24時間周期の概日リズムが形成・維持される。 | |||
== 参考文献 == | |||
<references /> |
2021年4月28日 (水) 20:34時点における最新版
大塚 俊之
京都大学 ウイルス研究所 増殖制御学研究分野
DOI:10.14931/bsd.1644 原稿受付日:2012年5月22日 原稿完成日:2013年3月25日
担当編集委員:大隅 典子(東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)
basic helix-loop-helix DNA-binding domain | |||||||||
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Identifiers | |||||||||
Symbol | bHLH | ||||||||
Pfam | PF00010 | ||||||||
InterPro | IPR001092 | ||||||||
SMART | SM00353 | ||||||||
PROSITE | PDOC00038 | ||||||||
SCOP | 1mdy | ||||||||
SUPERFAMILY | 1mdy | ||||||||
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英語名:basic helix-loop-helix (bHLH) transcription factor
塩基性 helix-loop-helix (bHLH) 因子とは、DNA結合ドメインである塩基性 (basic) 領域とタンパク質相互作用に働くHLHモチーフを有する転写因子の一群である。神経系に限らず各種組織の発生・分化における様々な局面を制御し、種々の細胞への運命決定を行うことにより、細胞の多様性を生み出す上で重要な働きをすることが知られている。
Activator-typeのbHLH因子であるAscl1 (Mash1), Neurod, Neurog (Ngn) 等はプロニューラル因子と呼ばれ、ニューロン特異的遺伝子の転写を活性化し、ニューロン分化を促進する[2]。これに対してrepressor-typeのbHLH因子であるHESファミリー (Hes1, Hes3, Hes5) は、Notchシグナルのエフェクターとして働き、activator-typeのbHLH因子の転写及び機能を抑制することによりニューロン分化を抑制し、神経幹細胞及び神経前駆細胞の未分化性維持に働く[3]。
またニューロンサブタイプの決定やグリア細胞分化を制御するbHLH因子も知られており、脳の複雑な細胞構築及び形態形成において、各種bHLH因子による協調的分化制御が重要な役割を担っている[4][5]。
構造
DNA結合ドメインである塩基性領域と、その下流に存在しタンパク質相互作用に働くHLHモチーフにより特徴づけられる。塩基性領域はDNA上の特定のコンセンサス配列に結合する。Activator-typeのbHLH因子はE box (CANNTG) に結合し、repressor-typeのbHLH因子はN box (CACNAG), class C site (CACGCG) に結合する[6]。HLHモチーフは、2つのαヘリックスドメインがループ構造により連結されており、他のbHLH因子または塩基性領域を持たないHLH因子のHLHモチーフと相互作用することによりダイマー(ホモダイマーあるいはヘテロダイマー)を形成する。特定の遺伝子のプロモーター領域に存在するコンセンサス配列に結合したbHLH因子は、コアクチベーターあるいはコリプレッサーと結合し、転写を促進または抑制する。
種類
配列・認識配列・系統解析による分類
グループ | 特徴(ドメイン・結合配列等) | 例 |
A | E boxに結合 (CAGCTG または CACCTG) | Mesp, MyoD, Net, Neurod, Neurog, Olig, Tal, Tcf, Twist |
B | E boxに結合 (CACGTG または CATGTTG) 多くがロイシンジッパードメインを持つ |
Mad, Max, Myc |
C | ACGTG または GCGTG 配列に結合 PASドメインを持つ |
Arnt, Clock, Hif |
D | 塩基性ドメインを欠く グループAタンパク質に対し拮抗的に働く |
Id |
E | N boxに結合 (CACGAG または CACGCG) OrangeドメインとWRPWペプチドを持つ |
Hes, Hey |
F | Coeドメインを持つ | Ebf |
発現パターンによる分類
- Class I 多くの組織に普遍的に存在 Tcf3 (E12/E47), Tcf4 (E2-2) etc.
- Class II 組織特異的に発現 MyoD, Neurog (Ngn), Hes etc.
組織特異的に発現するbHLH因子 (Class II) の多くはClass IのbHLH因子とへテロダイマーを形成してDNAに結合し転写を活性化する。
機能的分類
脳神経系における主要機能による分類。
- ニューロンへの分化促進
- Ascl1 (Mash1), Atoh1 (Math1), Ebf1, Ebf2, Ebf3, Ebf4, Hand1, Hand2, Hes6, Neurod1 (Neurod/Beta2), Neurod2 (Ndrf), Neurod4 (Math3), Neurod6 (Math2), Neurog1 (Ngn1), Neurog2 (Ngn2), Ptf1a, Sim1
- ニューロンへの分化抑制
- グリア分化
- 小脳発生
- 自律神経系ニューロン産生
- Ascl1 (Mash1), Hand1, Hand2
- 細胞周期
- Myc (c-Myc), Mycn (N-Myc)
- 概日リズム
- コファクター
また、HUGO遺伝子命名法委員会により、bHLHファミリーの名称が整理されている。
機能
ニューロン分化・サブタイプ決定
Activator-typeのbHLH因子であるAscl1 (Mash1) (Drosophila achaete-scute complexのホモログ), Neurod, Neurogenin (Neurog) (Drosophila atonalのホモログ)などは、他のbHLH因子であるコファクターTcf3 (E12/E47) とヘテロダイマーを形成し、ニューロン特異的遺伝子のプロモーター領域のE box (CANNTG) に結合してニューロン分化を促進する。この過程においては細胞周期と神経分化の同調的制御機構が働いており、サイクリン依存性キナーゼ (cyclin dependent kinase; CDK) の関与が示されている[8][9]。
bHLH因子はまた、脳の領域化及びニューロンサブタイプの決定にも関与する。Neurog1, Neurog2は終脳背側部に発現してグルタミン酸作動性ニューロンへの分化を誘導する一方、Ascl1 (Mash1) は終脳腹側部に強く発現してGABA作動性ニューロンへの分化を促進する[10][11]。末梢神経系においても、Neurog1, Neurog2は感覚神経への分化を、Ascl1 (Mash1) は自律神経への分化をそれぞれ誘導する[12]。更に後根神経節において、Neurog2は早期に産生されるTrkB及びTrkC陽性ニューロンの分化に、Neurog1は後期に産生されるTrkA陽性ニューロンの分化に必須である[13]。小脳の発生において、Math1は菱脳唇 (rhombic lip) の神経上皮に発現してグルタミン酸作動性ニューロンへの分化を誘導する一方、Ptf1aは小脳脳室帯に発現してGABA作動性ニューロンの産生を促進する[14]。また、Nhlh1 (Nscl1), Nhlh2 (Nscl2) はGnRH (gonadotropin releasing hormone) -1ニューロンへの運命決定に[15]、Hand2は交感神経系のノルアドレナリン作動性ニューロンへの運命決定に働く[16]。
bHLH因子が協調的に働くことにより、多様な細胞運命決定に働くことが知られている。Ascl1 (Mash1) 及びHes関連因子である Heslikeは、間脳及び中脳腹側において単独ではGABA作動性ニューロンの分化を誘導できないが、共発現し協調的に働くことによりGABA作動性ニューロンの分化を誘導する[17]。Olig1, Olig2は単独ではオリゴデンドロサイトの分化を誘導するが、Olig2とNeurog2が共発現すると運動ニューロンへの分化を促進する[18][19]。こうしてbHLH因子はその組み合わせによって異なる種類の細胞を産生し、細胞の多様性を生み出している。
ニューロン分化抑制・神経幹細胞維持
Repressor-typeのbHLH因子であるHESファミリー (Drosophila hairy, Enhancer of splitのホモログ; HES1-7) の中で、Hes1, Hes3, Hes5は発生過程における神経幹細胞に発現し、ノッチ (Notch) シグナルのエフェクターとして働き、神経分化を抑制する[3][20]。Hes1はHes1同士のホモダイマーあるいはHeyとのヘテロダイマーを形成して、神経分化促進因子 (activator-typeのbHLH因子) のプロモーター領域などに存在するN box (CACNAG) またはclass C site (CACGCG) に結合し、コリプレッサー (TLE/Grg) と複合体を形成してヒストン脱アセチル化酵素 (histone deacetylase; HDAC) をリクルートし転写を抑制する[21][22]。また、神経分化促進因子と非機能性へテロダイマーを形成するほか、神経分化促進因子のコファクターであるTcf3 (E12/E47) を捕捉することにより機能的にも阻害する[23]。こうして神経幹細胞からニューロンへの分化を抑制し、神経幹細胞の未分化性の維持に働く[24]。
Hes関連因子であるHeyもrepressor-typeのbHLH因子であり、Hey1, Hey2も同様に発生過程における神経幹細胞に発現し、神経分化抑制活性を有する[25]。HLH因子であるIdファミリーは塩基性領域を欠くためDNA結合能を有しないが、Hesと同様に神経分化促進因子と非機能性へテロダイマーを形成することにより神経分化を抑制する[26]。
グリア分化
Neurog1はニューロン分化を促進する一方で、グリア分化を抑制する活性を有している[27]。Neurog1はCBP-Smad1複合体を捕捉して、この複合体がグリア特異的遺伝子のプロモーターに結合するのを抑え、ニューロン特異的遺伝子の活性化に利用することで、ニューロン分化の促進と同時にグリア分化を抑制している。逆に神経分化促進因子 (Ascl1 (Mash1), Neurod4 (Math3), Neurog2) の発現を抑えると、ニューロン分化が抑制されグリア分化が促進される[28][29]。抑制性転写因子であるHes1, Hes5を発生後期に過剰発現させると、アストロサイト及び網膜のミュラーグリア産生が促進されるが、これはHesによる神経分化促進因子の抑制が一因と考えられる[24][30][31]。
Olig1, Olig2はソニックヘッジホッグ (Shh)の下流で働き、オリゴデンドロサイトの分化を誘導する。終脳におけるOlig1の強制発現、脊髄におけるOlig2, Nkx2.2の強制発現によりオリゴデンドロサイトの分化が促進される[32][33]。Tal1 (Scl) は脊髄のp2ドメインにおいて、Olig2と拮抗することによりオリゴデンドロサイトの分化を抑制し、アストロサイトへの分化を誘導する[34]。
細胞周期制御
Myc/Max/Madはネットワークを形成して、細胞増殖・分化・細胞死(アポトーシス)・癌化を制御している[35]。MycはMaxとヘテロダイマーを形成して標的遺伝子の転写を活性化し、細胞周期制御(増殖促進)・分化抑制・アポトーシス誘導などに関与する。MaxはまたMadともヘテロダイマーを形成し、MYC/MAXと共通の標的DNAに競合的に結合することにより、MYC/MAXの機能を阻害する。
時計遺伝子
視床下部の視交叉上核に発現するClockとArntl (Bmal1) はヘテロダイマーを形成し、時計遺伝子として概日リズムを制御している[36][37]。CLOCK/ARNTLがPer (period), Cry (cryptochrome) のプロモーター領域に存在するE boxに結合して転写を活性化し、翻訳されたPER, CRYはヘテロダイマーを形成する。そのPER/CRY複合体が核に移行し、CLOCK/ARNTL複合体に結合してその転写活性を阻害するというネガティブフィードバックループにより、24時間周期の概日リズムが形成・維持される。
参考文献
- ↑
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