「記憶想起」の版間の差分

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== 記憶想起によって誘起されるプロセス ==
== 記憶想起によって誘起されるプロセス ==
記憶再固定化;Memory Reconsolidation
記憶再固定化;Memory Reconsolidation
脳内に保存された記憶(固定化された記憶)が想起された後に、その記憶を再び固定し、脳内に再保存するプロセスのことを指す。2000年にKarim Naderらは、聴覚性恐怖条件づけ学習課題を用いて、ラットに恐怖記憶を憶えさせた。その後、聴覚刺激の再暴露により恐怖記憶を想起させ、その直後にタンパク質合成を阻害する薬剤を扁桃体に注入すると、恐怖記憶が消失することを示した[7]。この結果から、固定化(安定化)された記憶においても、その記憶は想起されると、一度不安定な状態となり(不安定化:Destabilization)、脳内に安定した状態で再保存されるには、「再固定化 (Reconsolidation)」が必要であると提唱した(図1)。また、これまでに固定化と再固定には共にタンパク質合成を伴う事や、転写調節因子CREBが関わること[8]が示され、一方で固定化のプロセスにはBDNFが、再固定化のプロセスにはzif268がそれぞれ関わる[9]などが明らかとなり、再固定化は固定化と類似したプロセスではあるが、分子メカニズムは一部異なることが示唆されている。
脳内に保存された記憶(固定化された記憶)が想起された後に、その記憶を再び固定し、脳内に再保存するプロセスのことを指す。2000年にKarim Naderらは、聴覚性恐怖条件づけ学習課題を用いて、ラットに恐怖記憶を憶えさせた。その後、聴覚刺激の再暴露により恐怖記憶を想起させ、その直後にタンパク質合成を阻害する薬剤を扁桃体に注入すると、恐怖記憶が消失することを示した[7]。この結果から、固定化(安定化)された記憶においても、その記憶は想起されると、一度不安定な状態となり(不安定化:Destabilization)、脳内に安定した状態で再保存されるには、「再固定化 (Reconsolidation)」が必要であると提唱した(図1)。また、これまでに固定化と再固定には共にタンパク質合成を伴う事や、[[転写調節因子]][[CREB]]が関わること[8]が示され、一方で固定化のプロセスにはBDNFが、再固定化のプロセスにはzif268がそれぞれ関わる[9]などが明らかとなり、再固定化は固定化と類似したプロセスではあるが、分子メカニズムは一部異なることが示唆されている。
再固定化の主な役割として、元の記憶をそのまま維持し脳内に保存すること(Maintenance)や元の記憶をより強化すること(Enhancement)が挙げられる。また、一度固定化された記憶を別の新たな記憶と統合させたり、修正し記憶をアップデートしたりするためであるとも考えられている。なお、想起に伴い常に再固定化が誘導されるわけではなく、記憶の古さや強さなどにより再固定化プロセスに入るか否かは影響を受ける[10], [11]。
再固定化の主な役割として、元の記憶をそのまま維持し脳内に保存すること(Maintenance)や元の記憶をより強化すること(Enhancement)が挙げられる。また、一度固定化された記憶を別の新たな記憶と統合させたり、修正し記憶をアップデートしたりするためであるとも考えられている。なお、想起に伴い常に再固定化が誘導されるわけではなく、記憶の古さや強さなどにより再固定化プロセスに入るか否かは影響を受ける[10], [11]。


== 記憶不安定化 ==
== 記憶不安定化 ==
Karim Naderらによる再固定化の発見当時、不安定化とは、想起後に誘導される再固定化が抑制されると、元の恐怖記憶が消失することから、想起された記憶は一度、不安定な状態になるはずであるという考えから産まれた概念に過ぎなかった。しかしながら、現在では不安定化の誘導にはタンパク質分解が関与すること[12]や、L型電位依存性カルシウムチャネル(LVGCCs)とカナビノイド受容体(CB1) の活性化が記憶不安定化に必要であること[13]が明らとなり、不安定化は概念上のものではなく、固定化や再固定化と同様に分子機構を有するプロセスであると考えられている。
Karim Naderらによる再固定化の発見当時、不安定化とは、想起後に誘導される再固定化が抑制されると、元の恐怖記憶が消失することから、想起された記憶は一度、不安定な状態になるはずであるという考えから産まれた概念に過ぎなかった。しかしながら、現在では不安定化の誘導にはタンパク質分解が関与すること[12]や、[[L型電位依存性カルシウムチャネル]](LVGCCs)と[[カナビノイド]]受容体(CB1) の活性化が記憶不安定化に必要であること[13]が明らとなり、不安定化は概念上のものではなく、固定化や再固定化と同様に分子機構を有するプロセスであると考えられている。
 
== 消去学習 ==
 消去学習とは、恐怖条件付けにより恐怖反応を誘発するようになった動物に対し、条件刺激(CS;チャンバー、音、臭いなど)を繰返し与える、もしくは長時間再曝露することにより条件付けされた恐怖反応の表出(すくみ反応など)が減弱する現象を指す。重要なのは、恐怖記憶自体が消去されるのではなく、恐怖体験と恐怖条件付けに用いた条件刺激とのあいだに関連性がないことを改めて新規に学習するプロセスということである。つまり消去学習とは、想起した記憶とは相反する記憶を形成するプロセスであり、再固定化阻害によって引き起こされる恐怖記憶の消失とは異なり、消去学習後も、元の恐怖記憶自体は脳内に保存されているが、消去学習によって抑制されている状態となっている。したがって、消去学習により抑制された恐怖反応は、他の感覚刺激などが引き金となり再び回復し得ることが知られている。これまでに観察されている恐怖反応が回復する現象として、次のことが報告されている[14],[15](図3)
 
 Reinstatement(復元): 消去学習成立後に、通常では恐怖条件付けが成立しないような弱い嫌悪刺激(無条件刺激(US)の再提示など)を与えることで、条件付け刺激(CS‐US pairing)誘発性恐怖反応が再び現れる。
 
 Renewal(更新): 消去学習成立後に再度CSを提示すると、その後のCS提示に対して恐怖反応が再生される。
 
 Spontaneous recovery(自発的回復): 消去学習成立後に1 ヵ月程度の期間をおいて再びCSのみを与えると、元の高いレベルの恐怖反応が現れる。
 
 消去学習には前頭前野(Prefrontal cortex)と扁桃体(Amygdala)が深く関与する[16]
 
 恐怖条件付け学習、消去学習、消去学習後の想起時において扁桃体基底外側核(BLA)領域から単一細胞記録により、条件付け刺激(CS)に対して示す神経発火パターンの解析から、すくみ反応が高い時に発火頻度が上昇する細胞(恐怖細胞;Fear neuron)と消去学習を経験してすくみ反応が低下した際に発火頻度が増加する細胞(消去細胞;Extinction neuron)が検出されており、恐怖反応と消去反応はそれぞれ異なる細胞が担っていることが示唆されている[17]。恐怖細胞は腹側海馬からの弱い入力を受け、前頭前野の一領域である前辺縁皮質(PL)に投射している。一方、消去細胞は外辺縁皮質(IL)との間に双方向性の投射を持っている。また、消去学習後のテスト時に、PLに投射するBLAニューロンを光抑制すると消去学習が促進する一方で、ILに投射するBLAニューロンを光抑制すると恐怖反応は促進する[18]。このように、BLAを基点とした前頭前野との接続により恐怖反応は正負に制御されている[15],[17]。