「傍腫瘍性神経症候群」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
74行目: 74行目:
=== 傍腫瘍性辺縁系脳炎:paraneoplastic limbic encephalitis (PLE)  ===
=== 傍腫瘍性辺縁系脳炎:paraneoplastic limbic encephalitis (PLE)  ===


 亜急性に進行する記銘・認知機能障害,精神症状,痙攣,意識障害などを呈する。潜在する腫瘍は,肺癌,睾丸癌,乳癌,Hodgkin病,未分化奇形腫,胸腺腫が多い。脳脊髄液で軽度のリンパ球および蛋白の増加,IgG増加が見られる。頭部MRIでは,一側または両側の側頭葉内側面にT2強調画像やFLAIR画像で高信号病変を認め,しばしば造影効果を伴う。PLEの60%に各種抗神経自己抗体が見られる。Hu/Ma2/CRMP5/amphiphysin/VGKC複合体/NMDA受容体に対する抗体が見られる。このなかで,抗電位依存性カリウムチャネル (voltage-gated potassium channel:VGKC)複合体抗体(抗Leucine-rich glioma inactivated 1 protein&nbsp;:LGI-1やcontactin-associated protein&nbsp;:CASPR-2抗体)が関連する辺縁系脳炎の一部は,胸腺腫やSCLCに伴うPNSであるが,腫瘍が存在しない自己免疫疾患の場合も多い。中枢神経での興奮性刺激伝達に関わるグルタミン酸受容体の一つであるNMDA受容体に対する抗体を生じる若年女性の場合は,約半数が卵巣奇形腫を有し、腫瘍摘出や免疫療法に反応して症状の改善が得られる。抗Ma2 (Ta) 抗体陽性例は数週から6ヶ月程度で進行する過眠・高体温などの視床下部症状や辺縁系・上部脳幹症状を呈する。MRIでは側頭葉内側面・視床下部・基底核・視床・四丘体領域に信号異常を認め,脳脊髄液は軽度の炎症反応を呈する。45歳以下の男性では睾丸腫瘍が多く,癌の摘出・免疫療法により症状が改善する<ref name=ref11><pubmed>9217677</pubmed></ref> <ref name=ref12><pubmed>10869059</pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed></pubmed></ref>。  
 亜急性に進行する記銘・認知機能障害,精神症状,痙攣,意識障害などを呈する。潜在する腫瘍は,肺癌,睾丸癌,乳癌,Hodgkin病,未分化奇形腫,胸腺腫が多い。脳脊髄液で軽度のリンパ球および蛋白の増加,IgG増加が見られる。頭部MRIでは,一側または両側の側頭葉内側面にT2強調画像やFLAIR画像で高信号病変を認め,しばしば造影効果を伴う。PLEの60%に各種抗神経自己抗体が見られる。Hu/Ma2/CRMP5/amphiphysin/VGKC複合体/NMDA受容体に対する抗体が見られる。このなかで,抗電位依存性カリウムチャネル (voltage-gated potassium channel:VGKC)複合体抗体(抗Leucine-rich glioma inactivated 1 protein&nbsp;:LGI-1やcontactin-associated protein&nbsp;:CASPR-2抗体)が関連する辺縁系脳炎の一部は,胸腺腫やSCLCに伴うPNSであるが,腫瘍が存在しない自己免疫疾患の場合も多い。中枢神経での興奮性刺激伝達に関わるグルタミン酸受容体の一つであるNMDA受容体に対する抗体を生じる若年女性の場合は,約半数が卵巣奇形腫を有し、腫瘍摘出や免疫療法に反応して症状の改善が得られる。抗Ma2 (Ta) 抗体陽性例は数週から6ヶ月程度で進行する過眠・高体温などの視床下部症状や辺縁系・上部脳幹症状を呈する。MRIでは側頭葉内側面・視床下部・基底核・視床・四丘体領域に信号異常を認め,脳脊髄液は軽度の炎症反応を呈する。45歳以下の男性では睾丸腫瘍が多く,癌の摘出・免疫療法により症状が改善する<ref name=ref11><pubmed>9217677</pubmed></ref> <ref name=ref12><pubmed>10869059</pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed>17229755</pubmed></ref> <ref name=ref14><pubmed>18851928</pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed>20580615</pubmed></ref>。  


=== 傍腫瘍性オプソクローヌス・ミオクローヌス症候群:paraneoplastic opsoclonus-myoclonus syndrome (POMS)  ===
=== 傍腫瘍性オプソクローヌス・ミオクローヌス症候群:paraneoplastic opsoclonus-myoclonus syndrome (POMS)  ===


 眼球のオプソクローヌスと四肢のミオクローヌスおよび小脳失調を呈するもので、小児では神経芽細胞腫に伴うことが多く、成人では抗Ri抗体陽性乳癌が知られている。抗Ri抗体以外, Hu, CRMP5, amphiphysin, Yo, Ma2に対する抗体が報告されている。神経芽細胞腫を伴う小児例や、自己免疫疾患に生じるオプソクローヌス・ミオクローヌス症候群は、副腎皮質ホルモンや大量ガンマグロブリン投与、B細胞を標的にしたrituximabが有効であるが,成人発症例では,免疫療法への反応が不良である<ref name=ref16><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed></pubmed></ref>。  
 眼球のオプソクローヌスと四肢のミオクローヌスおよび小脳失調を呈するもので、小児では神経芽細胞腫に伴うことが多く、成人では抗Ri抗体陽性乳癌が知られている。抗Ri抗体以外, Hu, CRMP5, amphiphysin, Yo, Ma2に対する抗体が報告されている。神経芽細胞腫を伴う小児例や、自己免疫疾患に生じるオプソクローヌス・ミオクローヌス症候群は、副腎皮質ホルモンや大量ガンマグロブリン投与、B細胞を標的にしたrituximabが有効であるが,成人発症例では,免疫療法への反応が不良である<ref name=ref16><pubmed>20663977</pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed>15215214</pubmed></ref>。  


=== 感覚性運動失調型ニューロパチー:sensory ataxic neuropathy/subacute sensory neuronopathy(SSN)  ===
=== 感覚性運動失調型ニューロパチー:sensory ataxic neuropathy/subacute sensory neuronopathy(SSN)  ===
84行目: 84行目:
 PNSでは末梢神経障害の頻度が最も高く,その中でSSNはPNSに特徴的なものである。女性に多く,SSNの90%にSCLCを合併,異常感覚・深部感覚障害を中心とした多発単ニューロパチーが上肢から全肢に広がり,高度障害に至る例が多い。抗Hu抗体を伴うことが多い<ref name=ref6><pubmed>1312211</pubmed></ref>。  
 PNSでは末梢神経障害の頻度が最も高く,その中でSSNはPNSに特徴的なものである。女性に多く,SSNの90%にSCLCを合併,異常感覚・深部感覚障害を中心とした多発単ニューロパチーが上肢から全肢に広がり,高度障害に至る例が多い。抗Hu抗体を伴うことが多い<ref name=ref6><pubmed>1312211</pubmed></ref>。  


 病理学的には後根神経節に高度のリンパ球浸潤を認める。末梢神経は軸索変性および脱髄所見が混在する。感覚運動型ポリニューロパチーを呈する場合の背景は様々であり,単クローン症を呈する血液細胞由来の腫瘍に伴う場合や、起立性低血圧やイレウスなどの自律神経症状を前景とすることもある(chronic gastrointestinal pseudo-obstruction:CGP)。CGPは腸管粘膜の神経叢が主病巣となるPNSとされ,抗HuまたはCV2抗体を有するSCLC患者で見られる<ref name=ref18><pubmed></pubmed></ref>。  
 病理学的には後根神経節に高度のリンパ球浸潤を認める。末梢神経は軸索変性および脱髄所見が混在する。感覚運動型ポリニューロパチーを呈する場合の背景は様々であり,単クローン症を呈する血液細胞由来の腫瘍に伴う場合や、起立性低血圧やイレウスなどの自律神経症状を前景とすることもある(chronic gastrointestinal pseudo-obstruction:CGP)。CGPは腸管粘膜の神経叢が主病巣となるPNSとされ,抗HuまたはCV2抗体を有するSCLC患者で見られる<ref name=ref18><pubmed>15670259</pubmed></ref>。  


=== ランバートイートン筋無力症候群(Lambert-Eaton myasthenic syndrome&nbsp;:LEMS)  ===
=== ランバートイートン筋無力症候群(Lambert-Eaton myasthenic syndrome&nbsp;:LEMS)  ===


 易疲労性,下肢近位筋力低下と口渇・陰萎などの自律神経症状を呈する。約60%が腫瘍を背景とし,その60%以上はSCLCである。SCLCから見ると,その3%にLEMSが合併するといわれ,男性が女性の2倍で,時に嚥下障害・外眼筋麻痺・呼吸筋麻痺を呈する。LEMSの80〜90%に抗VGCC抗体が陽性となる<ref name=ref19><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed></pubmed></ref>。腫瘍の治療または血漿交換療法,大量ガンマグロブリン療法でLEMSの症状が軽快する場合が多い。  
 易疲労性,下肢近位筋力低下と口渇・陰萎などの自律神経症状を呈する。約60%が腫瘍を背景とし,その60%以上はSCLCである。SCLCから見ると,その3%にLEMSが合併するといわれ,男性が女性の2倍で,時に嚥下障害・外眼筋麻痺・呼吸筋麻痺を呈する。LEMSの80〜90%に抗VGCC抗体が陽性となる<ref name=ref19><pubmed>9278623</pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed>12221175</pubmed></ref>。腫瘍の治療または血漿交換療法,大量ガンマグロブリン療法でLEMSの症状が軽快する場合が多い。  


=== 傍腫瘍性ステイッフマン症候群:paraneoplastic stiff-person syndrome  ===
=== 傍腫瘍性ステイッフマン症候群:paraneoplastic stiff-person syndrome  ===


 体幹筋・四肢近位筋に運動や感覚刺激で増強するこわばりや硬直を呈し,ジアゼパムが著効する。SCLCや乳癌・胸腺腫などに伴う。乳癌に伴う例で抗amphiphysin抗体を認めることがある<ref name=ref21><pubmed></pubmed></ref>。I型糖尿病などを伴う自己免疫性の場合はglutamic acid decarboxylase (GAD)に対する抗体が検出される。  
 体幹筋・四肢近位筋に運動や感覚刺激で増強するこわばりや硬直を呈し,ジアゼパムが著効する。SCLCや乳癌・胸腺腫などに伴う。乳癌に伴う例で抗amphiphysin抗体を認めることがある<ref name=ref21><pubmed>   8245793</pubmed></ref>。I型糖尿病などを伴う自己免疫性の場合はglutamic acid decarboxylase (GAD)に対する抗体が検出される。  


<br>  
<br>  
102行目: 102行目:
 細胞表面抗原の多くは細胞膜上に発現し,機能分子を細胞外に表出する場合が多いことから,自己抗体はチャネル機能を競合的に阻害したり,受容体蛋白を補体介在性に破壊してその代謝回転に影響を及ぼす可能性が考えられる。このような抗体を保有する一群では,早期に抗体を除去し,抗体産生を抑制する治療が有効である。  
 細胞表面抗原の多くは細胞膜上に発現し,機能分子を細胞外に表出する場合が多いことから,自己抗体はチャネル機能を競合的に阻害したり,受容体蛋白を補体介在性に破壊してその代謝回転に影響を及ぼす可能性が考えられる。このような抗体を保有する一群では,早期に抗体を除去し,抗体産生を抑制する治療が有効である。  


 このような疾患としては,抗NMDA受容体抗体陽性脳炎,胸腺腫が併存し抗アセチルコリン受容体(Acetylcholine receptor:AChR)抗体を有する重症筋無力症,肺小細胞癌があり抗VGCC抗体を有するLEMS,抗VGKC複合体抗体を生じる辺縁系脳炎やニューロミオトニアなどがある。これらの一部では,抗体を含む血清を用いて刺激伝導ブロックや,細胞膜電位を変化させるなどの病態が再現されることより、抗体の直接的関与が示唆されている<ref name=ref22><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed></pubmed></ref>。  
 このような疾患としては,抗NMDA受容体抗体陽性脳炎,胸腺腫が併存し抗アセチルコリン受容体(Acetylcholine receptor:AChR)抗体を有する重症筋無力症,肺小細胞癌があり抗VGCC抗体を有するLEMS,抗VGKC複合体抗体を生じる辺縁系脳炎やニューロミオトニアなどがある。これらの一部では,抗体を含む血清を用いて刺激伝導ブロックや,細胞膜電位を変化させるなどの病態が再現されることより、抗体の直接的関与が示唆されている<ref name=ref22><pubmed>16613892</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>22008231</pubmed></ref>。  


=== 主に細胞内抗原を認識する抗体が検出される群  ===
=== 主に細胞内抗原を認識する抗体が検出される群  ===