「睡眠障害」の版間の差分

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#閉塞型(obstructive sleep apnea:OSA)は無呼吸中、呼吸努力が認められ、[[wikipedia:JA:|胸郭]]と[[wikipedia:JA:|腹壁]]は奇異運動を示す。
#閉塞型(obstructive sleep apnea:OSA)は無呼吸中、呼吸努力が認められ、[[wikipedia:JA:|胸郭]]と[[wikipedia:JA:|腹壁]]は奇異運動を示す。
#中枢型(central sleep apnea:CSA)では呼吸中枢から出力が消失するため、胸郭および腹壁の動きがなくなる。
#中枢型(central sleep apnea:CSA)では呼吸中枢から出力が消失するため、胸郭および腹壁の動きがなくなる。
#混合型(mixed sleep apnea:MSA)では、無呼吸エピソード中に中枢型から閉塞型に移行する。このうち最も頻度が高いのがOSAであり、中咽頭部での閉塞によるものが最多である。
#混合型(mixed sleep apnea:MSA)では、無呼吸エピソード中に中枢型から閉塞型に移行する。このうち最も頻度が高いのがOSAであり、[[wikipedia:JA:|中咽頭部]]での閉塞によるものが最多である。


 閉塞性無呼吸をきたす原因は大きく機能的因子と形態学的因子に分けられる。機能的因子としては、入眠とともに上気道開大筋群の緊張低下により、上気道の保腔力が弱まって、気道が狭くなることがあげられる。特に仰臥位では、軟口蓋や舌根が後方に沈下しやすく咽頭腔が狭くなる。上気道に構造的あるいは機能的異常がなければ、睡眠中に必要な換気は維持されるが、これに上気道の形態学的な狭窄が加わると、持続性のいびきや無呼吸と覚醒反応に伴う過換気からなるOSAを生じる。形態学的狭窄を生じる要因として、扁桃肥大、咽頭狭窄、肥満、小顎や下顎後退、鼻閉を生じる鼻疾患などがある。日本人は欧米人と比較して小顎傾向にあるため、肥満の程度が低くてもOSAを発症しやすい。
 閉塞性無呼吸をきたす原因は大きく機能的因子と形態学的因子に分けられる。機能的因子としては、入眠とともに[[wikipedia:JA:|上気道開大筋群]]の緊張低下により、上気道の保腔力が弱まって、気道が狭くなることがあげられる。特に仰臥位では、[[wikipedia:JA:|軟口蓋]]や[[wikipedia:JA:|舌根]]が後方に沈下しやすく咽頭腔が狭くなる。上気道に構造的あるいは機能的異常がなければ、睡眠中に必要な換気は維持されるが、これに上気道の形態学的な狭窄が加わると、持続性の[[wikipedia:JA:|いびき]]や無呼吸と覚醒反応に伴う[[wikipedia:JA:|過換気]]からなるOSAを生じる。形態学的狭窄を生じる要因として、[[wikipedia:JA:|扁桃肥大]]、[[wikipedia:JA:|咽頭狭窄]]、[[wikipedia:JA:|肥満]]、[[wikipedia:JA:|小顎]]や下顎後退、[[wikipedia:JA:|鼻閉]]を生じる鼻疾患などがある。日本人は欧米人と比較して小顎傾向にあるため、肥満の程度が低くてもOSAを発症しやすい。


 OSAでは、無呼吸‐低呼吸により、低酸素血症、高CO2血症、過度の胸腔内陰圧の亢進、呼吸イベント終了時の覚醒反応の多発などが起こる。この無呼吸中の低酸素血症および覚醒反応に伴って、交感神経活動が亢進し覚醒直後に頂点となる血圧上昇がみられ、この血圧変動によりOSA患者は夜間睡眠中に高血圧になると考えられている。また、間欠的低酸素血症を生じるので、虚血・再潅流と同様な組織障害を起こすと考えられている。OSASによる低酸素血症は病態上特に重要視されており、交感神経活動の亢進、血管へのストレス、炎症、凝固機能の亢進、代謝機能障害を起こし、脳・心血管障害の誘因となる。
 OSAでは、無呼吸‐低呼吸により、[[wikipedia:JA:|低酸素血症]]、[[wikipedia:JA:|高CO2血症]]、過度の胸腔内陰圧の亢進、呼吸イベント終了時の覚醒反応の多発などが起こる。この無呼吸中の低酸素血症および覚醒反応に伴って、[[交感神経]]活動が亢進し覚醒直後に頂点となる血圧上昇がみられ、この血圧変動によりOSA患者は夜間睡眠中に高血圧になると考えられている。また、間欠的低酸素血症を生じるので、[[虚血]]・[[再潅流]]と同様な組織障害を起こすと考えられている。OSASによる低酸素血症は病態上特に重要視されており、交感神経活動の亢進、[[wikipedia:JA:|血管]]へのストレス、[[炎症]]、[[凝固機能]]の亢進、代謝機能障害を起こし、脳・心血管障害の誘因となる。


 OSAでは、昼間の眠気や集中力障害から患者自身のQOLが損なわれ、さらには交通事故の要因になるなど社会的な問題を生じ得る。また、1時間あたりの無呼吸・低呼吸指数(apnea hypopnea index:AHI)30以上の重症OSAでは心血管イベントが高率に発症し、死亡率を少なくとも3倍以上高めることから、積極的な治療が必要となる。
 OSAでは、昼間の眠気や集中力障害から患者自身のQOLが損なわれ、さらには交通事故の要因になるなど社会的な問題を生じ得る。また、1時間あたりの無呼吸・低呼吸指数(apnea hypopnea index:AHI)30以上の重症OSAでは心血管イベントが高率に発症し、死亡率を少なくとも3倍以上高めることから、積極的な治療が必要となる。


 OSAの治療としては経鼻的持続陽圧呼吸療法(nasal Continuous positive airway pressure: n-CPAP)が第一選択となる。n-CPAPは鼻腔から陽圧をかけて、気道を開存維持させるもので、中等症以上のOSAが適応となる。適切なn-CPAP治療により、呼吸障害の改善につれて夜間睡眠と日中の傾眠症状の改善が得られ、長期的にはOSAに起因する高血圧症や生命予後の改善がみられる。しかし、鼻腔通気が不良の場合、高齢者や自覚症状の少ない患者ではコンプライアンスが不良である。その他の治療法としては、睡眠時に下顎を前方に移動する口腔内装置や、口蓋垂軟口蓋咽頭形成術などの手術療法があるが、重症例での有効性のエビデンスは乏しい。
 OSAの治療としては[[wikipedia:JA:|経鼻的持続陽圧呼吸療法]](nasal Continuous positive airway pressure: n-CPAP)が第一選択となる。n-CPAPは鼻腔から陽圧をかけて、気道を開存維持させるもので、中等症以上のOSAが適応となる。適切なn-CPAP治療により、呼吸障害の改善につれて夜間睡眠と日中の傾眠症状の改善が得られ、長期的にはOSAに起因する高血圧症や生命予後の改善がみられる。しかし、鼻腔通気が不良の場合、高齢者や自覚症状の少ない患者では[[wikipedia:JA:|コンプライアンス]]が不良である。その他の治療法としては、睡眠時に下顎を前方に移動する口腔内装置や、[[wikipedia:JA:|口蓋垂軟口蓋咽頭形成術]]などの手術療法があるが、重症例での有効性のエビデンスは乏しい。


=== レム睡眠行動障害 ===
=== レム睡眠行動障害 ===


 睡眠時随伴症(パラソムニア)では、入眠時あるいは睡眠中、睡眠からの覚醒時に、望ましくない身体行動や体験を生じる。この群に属する病態は、non-REMパラソムニアとREMパラソムニアの2つに大別される。レム睡眠行動障害(REM sleep behavior disorder;RBD)はREMパラソムニアの1つであり、夢に関連した異常行動を示すものである。症状としてはREM睡眠期に一致して(夜間中~後期に多い)、はっきりとした大きな寝言あるいは発声、腕を振り回す、布団を蹴る、座る、手足をばたつかせるといった複雑な動作が起こる。持続時間は数分以内と短く、覚醒を促すと、夢内容を内省できる。夢内容は、人や動物などに追われる、攻撃されるなど、不快で恐怖に満ちた悪夢が多い。異常行動は夢の中の体験を反映するため、寝室周囲の障害物を回避できずに衝突し、自身もしくはベッドパートナーが受傷することが少なくない。
 [[睡眠時随伴症]](パラソムニア)では、入眠時あるいは睡眠中、睡眠からの覚醒時に、望ましくない身体行動や体験を生じる。この群に属する病態は、[[non-REMパラソムニア]]と[[REMパラソムニア]]の2つに大別される。[[レム睡眠行動障害]](REM sleep behavior disorder;RBD)はREMパラソムニアの1つであり、[[夢]]に関連した異常行動を示すものである。症状としてはREM睡眠期に一致して(夜間中~後期に多い)、はっきりとした大きな寝言あるいは発声、腕を振り回す、布団を蹴る、座る、手足をばたつかせるといった複雑な動作が起こる。持続時間は数分以内と短く、覚醒を促すと、夢内容を内省できる。夢内容は、人や動物などに追われる、攻撃されるなど、不快で恐怖に満ちた悪夢が多い。異常行動は夢の中の体験を反映するため、寝室周囲の障害物を回避できずに衝突し、自身もしくはベッドパートナーが受傷することが少なくない。


 RBDは大きく特発性と二次性に分けることができる。二次性RBDには、アルコールや睡眠薬の離脱時、三環系抗うつ薬などの中枢作動薬によるもの、脳幹病変を有する神経疾患に基づくものなどがある。
 RBDは大きく特発性と二次性に分けることができる。二次性RBDには、[[wikipedia:JA:|アルコール]]や[[wikipedia:JA:|睡眠薬]]の離脱時、[[三環系抗うつ薬]]などの中枢作動薬によるもの、脳幹病変を有する神経疾患に基づくものなどがある。


 ネコを使った実験では、REM睡眠は情動系の抑制と骨格筋脱力の出現が重要であり、骨格筋脱力は、コリン系の中脳橋被蓋核(pedunculopontine tegmental nucleus:PPN)と外背側被蓋核(laterodorsal tegmental nucleus:LDTN)、アドレナリン系の青斑核(locus coeruleus:LC)から延髄巨大細胞網様体(medullary magnocellular reticular formation:MCRF)を介した系により生じることがわかっている。また、ネズミを用いた実験により、ネコのLCに相当する下外側背側核(sublaral dorsal nucleus:SLD)がREM睡眠を促進する働きをもっており、反対に中脳水道周辺の腹外側灰白質(ventrolateral part of the periaqueductal grey matter:vlPAG)、外側橋被蓋(lateral pontine tegmentum:LPT)はREM睡眠を抑制することが示されている。ネコのLC、SLDの破壊により、RBDが生じることがわかっているが、ヒトにおいてもLCなどが主病変として注目されている。BoeveらによるRBDの発症機序のスキーマを示す(図5)<ref><pubmed>17412731</pubmed></ref>。
 [[wikipedia:JA:|ネコ]]を使った実験では、REM睡眠は情動系の抑制と[[wikipedia:JA:|骨格筋]]脱力の出現が重要であり、骨格筋脱力は、コリン系の[[中脳橋被蓋核]](pedunculopontine tegmental nucleus:PPN)と[[外背側被蓋核]](laterodorsal tegmental nucleus:LDTN)、アドレナリン系の青斑核(locus coeruleus:LC)から[[延髄巨大細胞網様体]](medullary magnocellular reticular formation:MCRF)を介した系により生じることがわかっている。また、[[wikipedia:JA:|ネズミ]]を用いた実験により、ネコのLCに相当する[[下外側背側核]](sublaral dorsal nucleus:SLD)がREM睡眠を促進する働きをもっており、反対に[[中脳水道]]周辺の[[腹外側灰白質]](ventrolateral part of the periaqueductal grey matter:vlPAG)、[[外側橋被蓋]](lateral pontine tegmentum:LPT)はREM睡眠を抑制することが示されている。ネコのLC、SLDの破壊により、RBDが生じることがわかっているが、ヒトにおいてもLCなどが主病変として注目されている。BoeveらによるRBDの発症機序のスキーマを示す(図5)<ref><pubmed>17412731</pubmed></ref>。


 RBDの治療としては、まず患者や家族に病態を十分理解させ、寝室環境を工夫して、患者自身およびベッドパートナーの受傷リスクを低減する必要がある。また、発症の誘因、あるいは増悪因子として、アルコール飲用や心理的ストレスが関与していると推測される場合はこれらへの対応を検討すべきである。薬物療法としては、クロナゼパムが第一選択薬とされており、0.5‐1.5㎎/日が投与される。高齢者ではふらつき、転倒といった副作用に注意が必要である。本剤の作用機序については、脳幹部の橋被蓋核付近のREM睡眠実行系への作用や、辺縁系へ働いて情動を安定化させる作用などが推察されている。これ外に、メラトニンあるいはドーパミンアゴニストであるプラミペキソールの効果も報告されている。
 RBDの治療としては、まず患者や家族に病態を十分理解させ、寝室環境を工夫して、患者自身およびベッドパートナーの受傷リスクを低減する必要がある。また、発症の誘因、あるいは増悪因子として、アルコール飲用や心理的ストレスが関与していると推測される場合はこれらへの対応を検討すべきである。薬物療法としては、[[クロナゼパム]]が第一選択薬とされており、0.5‐1.5㎎/日が投与される。高齢者ではふらつき、転倒といった副作用に注意が必要である。本剤の作用機序については、脳幹部の橋被蓋核付近のREM睡眠実行系への作用や、辺縁系へ働いて情動を安定化させる作用などが推察されている。これ外に、メラトニンあるいは[[ドーパミン]][[アゴニスト]]である[[プラミペキソール]]の効果も報告されている。


[[Image:Takaスライド5.PNG|thumb|300px|'''図5.REM睡眠行動障害のメカニズム(Boeve BF et al 2007)'''REM睡眠を促進するREM on(下外側背側核、青斑核)とREM睡眠を抑制するREM off(中脳水道周辺腹側側灰白質、外側橋被蓋)が相互に干渉してREM睡眠の制御を行っている。REM睡眠時には、下外側側背核より直接、間接的に脊髄前角細胞に抑制をおこなっているが、下外側背側核の障害により情動系からの出力への抑制が弱くなり、RWAの出現、夢内容の行動化が起こる。<br>]]
[[Image:Takaスライド5.PNG|thumb|300px|'''図5.REM睡眠行動障害のメカニズム(Boeve BF et al 2007)'''REM睡眠を促進するREM on(下外側背側核、青斑核)とREM睡眠を抑制するREM off(中脳水道周辺腹側側灰白質、外側橋被蓋)が相互に干渉してREM睡眠の制御を行っている。REM睡眠時には、[[下外側側背核]]より直接、間接的に[[脊髄前角細胞]]に抑制をおこなっているが、下外側背側核の障害により情動系からの出力への抑制が弱くなり、RWAの出現、夢内容の行動化が起こる。<br>]]


=== レストレスレッグス症候群 ===
=== レストレスレッグス症候群 ===


 レストレスレッグス(Restless Legs Syndrome:RLS)は、安静時または夕方から夜間にかけて脚の不快感が生じ、これに伴い下肢を動かしたくなる衝動感にかられる間隔運動障害であり、これによる入眠障害を来すものである。本症の50~80%に周期性四肢運動障害(Pediatric Limb Movement Disorder:PLMD)の合併がみられる。RLSでは、脳内ドパミン神経系の機能異常もしくは貯蔵鉄の欠乏が2大要因として挙げられる。また、家族内発症例が少なくないことから、遺伝的要因の関与も重要視される(脳科学辞典の[[むずむず脚症候群]])。
 [[レストレスレッグス]](restless legs syndrome:RLS)は、安静時または夕方から夜間にかけて脚の不快感が生じ、これに伴い下肢を動かしたくなる衝動感にかられる間隔運動障害であり、これによる入眠障害を来すものである。本症の50~80%に[[周期性四肢運動障害]](Pediatric Limb Movement Disorder:PLMD)の合併がみられる。RLSでは、脳内ドパミン神経系の機能異常もしくは貯蔵鉄の欠乏が2大要因として挙げられる。また、家族内発症例が少なくないことから、遺伝的要因の関与も重要視される([[むずむず脚症候群]]参照)。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==