「Activity-regulated cytoskeleton-associated protein」の版間の差分

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<font size="+1">比嘉なつみ、[http://researchmap.jp/hiroyukiokuno 奥野 浩行]</font><br>
<font size="+1">比嘉なつみ、[http://researchmap.jp/hiroyukiokuno 奥野 浩行]</font><br>
''鹿児島大学 大学院医歯学総合研究科''<br>
''鹿児島大学 大学院医歯学総合研究科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2023年6月28日 原稿完成日:2023年X月XX日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2023年6月28日 原稿完成日:2023年7月19日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/michisukeyuzaki 柚崎 通介](慶應義塾大学 医学部生理学)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/michisukeyuzaki 柚崎 通介](慶應義塾大学 医学部生理学)<br>
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同義語:Activity-regulated gene 3.1 protein homolog
英略称:Arc<br>
英略称:Arc<br>
同義語:Activity-regulated gene 3.1 protein homolog (Arg3.1)
 


{{box|text= Activity-regulated cytoskeleton-associated protein、別名Activity-regulated gene 3.1 protein homolog (Arc/Arg3.1)は神経細胞に特異的に発現する最初期遺伝子のひとつである。特に、大脳皮質や海馬の興奮性細胞において神経活動による一過的な発現誘導がみられるため、c-fos等と同様に神経活動履歴の分子マーカーとして汎用されている。Arcの遺伝子産物はAMPA型グルタミン酸受容体の膜表面発現の制御に関わり、シナプス可塑性や学習・記憶への関与が示唆されている。}}
{{box|text= Activity-regulated cytoskeleton-associated protein、別名Activity-regulated gene 3.1 protein homolog (Arc/Arg3.1)は神経細胞に特異的に発現する最初期遺伝子のひとつである。特に、大脳皮質や海馬の興奮性細胞において神経活動による一過的な発現誘導がみられるため、c-fos等と同様に神経活動履歴の分子マーカーとして汎用されている。Arcの遺伝子産物はAMPA型グルタミン酸受容体の膜表面発現の制御に関わり、シナプス可塑性や学習・記憶への関与が示唆されている。}}


== 発見の経緯 ==
== 発見の経緯 ==
 ''Arc''遺伝子は1995年、米国・ジョンズホプキンス大のPaul Worley博士らの研究グループによって、電気痙攣刺激を行ったラット海馬cDNAから単離された<ref name=Lyford1995><pubmed>7857651</pubmed></ref> 。mRNA配列から予想されるアミノ酸配列は細胞骨格タンパク質であるαスペクトリンと部分的に相同性があり、また、リコンビナントタンパク質はF-アクチンと共沈降したことから、単離された遺伝子産物はactivity-regulated cytoskeleton-associated protein (Arc)と命名された。また、同じく1995年、Worley研とは独立してドイツ・ハンブルグ大のDietmar Kuhl博士らの研究グループは、痙攣誘発剤Pentylenetetrazole (PTZ)刺激を行ったラットから調製した海馬cDNAを用いたライブラリーから活動依存的に発現上昇する全長約3 kbのmRNAを同定し、この遺伝子を''arg3.1''と命名した<ref name=Link1995><pubmed>7777577</pubmed></ref> 。''Arc''と''arg3.1''は同一の最初期遺伝子である。
 ''Arc''遺伝子は1995年、米国・ジョンズホプキンス大の[[w:Paul Worley|Paul Worley]]博士らの研究グループによって、電気痙攣刺激を行った[[ラット]][[海馬]][[cDNA]]から単離された<ref name=Lyford1995><pubmed>7857651</pubmed></ref> 。[[mRNA]]配列から予想されるアミノ酸配列は[[細胞骨格]]タンパク質である[[αスペクトリン]]と部分的に相同性があり、また、リコンビナントタンパク質は[[F-アクチン]]と共沈降したことから、単離された遺伝子産物はactivity-regulated cytoskeleton-associated protein (Arc)と命名された。また、同じく1995年、Worley研とは独立してドイツ・ハンブルグ大のDietmar Kuhl博士らの研究グループは、痙攣誘発剤[[ペンチレンテトラゾール]] ([[Pentylenetetrazole]], PTZ)刺激を行ったラットから調製した海馬cDNAを用いたライブラリーから活動依存的に発現上昇する全長約3 kbのmRNAを同定し、この遺伝子を''arg3.1''と命名した<ref name=Link1995><pubmed>7777577</pubmed></ref> 。''Arc''と''arg3.1''は同一の最初期遺伝子である。


 ''Arc''遺伝子は活動依存的遺伝子の中でも特にLTP誘発刺激による発現上昇率が高いことなどから長期シナプス可塑性との関連が示唆されていたが、mRNAの一部は樹状突起に輸送され局所翻訳されることが明らかになり、さらなる注目を集めた<ref name=Steward1998><pubmed>9808461</pubmed></ref> 。大脳皮質や海馬の神経細胞では、感覚刺激や新規環境暴露などの生理的刺激によって素早く一過的なmRNA発現誘導がみられ、''c-fos''や''npas4''、''egr1''などと並んで神経活動分子マーカーとして広く使用されている。
 ''Arc''遺伝子は活動依存的遺伝子の中でも特に[[長期増強現象]] ([[long-term potentiation]], [[LTP]])誘発刺激による発現上昇率が高いことなどから長期[[シナプス可塑性]]との関連が示唆されていたが、mRNAの一部は[[樹状突起]]に輸送され[[局所翻訳]]されることが明らかになり、さらなる注目を集めた<ref name=Steward1998><pubmed>9808461</pubmed></ref> 。[[大脳皮質]]や海馬の神経細胞では、感覚刺激や新規環境暴露などの生理的刺激によって素早く一過的なmRNA発現誘導がみられ、''[[c-fos]]''や''[[npas4]]''、''[[egr1]]''などと並んで神経活動分子マーカーとして広く使用されている。
[[ファイル:Okuno Arc Fig1.png|サムネイル|'''図1. Arcタンパク質の構造と主な翻訳後修飾'''<br>Ub : ユビキチン化部位、SUMO : SUMO化、P : リン酸化部位]]
[[ファイル:Okuno Arc Fig1.png|サムネイル|'''図1. Arcタンパク質の構造と主な翻訳後修飾'''<br>Ub : ユビキチン化部位、SUMO : SUMO化、P : リン酸化部位]]
== 構造 ==
== 構造 ==
 哺乳類のArcタンパク質は約400個のアミノ酸からなる('''図1''')。酵素活性領域などの既知の機能ドメインを持たず、他のタンパク質との直接的あるいは非直接的な相互作用の場を提供する“Hubタンパク質”であることが提唱されている<ref name=Nikolaienko2018><pubmed>28890419</pubmed></ref> 。N末側にはArcタンパク質の多量体化や他のタンパク質との相互作用に関わるCoiled-Coil構造をもつ<ref name=Chowdhury2006><pubmed>17088211</pubmed></ref><ref name=Eriksen2021><pubmed>33175445</pubmed></ref> 。また、近年、結晶構造解析の結果から、Arcタンパク質のC末側(従来、スペクトリン相同領域と報告されていた領域付近)には、レトロウイルスHuman immunodeficiency virus (HIV)やレトロトランスポゾンTy3/gypsyのgagタンパク質の一部(カプシド部)と高い構造上の相同性があることが明らかになった<ref name=Pastuzyn2018><pubmed>29570995</pubmed></ref><ref name=Zhang2015><pubmed>25864631</pubmed></ref> 。
 哺乳類のArcタンパク質は約400個のアミノ酸からなる('''図1''')。酵素活性領域などの既知の機能ドメインを持たず、他のタンパク質との直接的あるいは非直接的な相互作用の場を提供する“Hubタンパク質”であることが提唱されている<ref name=Nikolaienko2018><pubmed>28890419</pubmed></ref> 。N末側にはArcタンパク質の多量体化や他のタンパク質との相互作用に関わる[[コイルド・コイル]]構造をもつ<ref name=Chowdhury2006><pubmed>17088211</pubmed></ref><ref name=Eriksen2021><pubmed>33175445</pubmed></ref> 。また、近年、[[結晶構造解析]]の結果から、Arcタンパク質のC末側(従来、スペクトリン相同領域と報告されていた領域付近)には、[[レトロウイルス]][[human immunodeficiency virus]] ([[HIV]])や[[レトロトランスポゾン]][[Ty3]]/[[gypsy]]のgagタンパク質の一部(カプシド部)と高い構造上の相同性があることが明らかになった<ref name=Pastuzyn2018><pubmed>29570995</pubmed></ref><ref name=Zhang2015><pubmed>25864631</pubmed></ref> 。


 神経細胞で活動依存的に発現誘導されたArcタンパク質は細胞内で速やかにユビキチンプロテアソーム系により分解される<ref name=Mabb2014><pubmed>24945773</pubmed></ref> 。Arcタンパク質はユビキチン化以外にもSUMO化、リン酸化、パルミトイル化などの多様な翻訳後修飾を受けることが示されており、これらの修飾により細胞内局在や機能が調節されていると考えられるが詳細は不明である。
 神経細胞で活動依存的に発現誘導されたArcタンパク質は細胞内で速やかにユビキチンプロテアソーム系により分解される<ref name=Mabb2014><pubmed>24945773</pubmed></ref> 。Arcタンパク質はユビキチン化以外にもSUMO化、リン酸化、パルミトイル化などの多様な翻訳後修飾を受けることが示されており、これらの修飾により細胞内局在や機能が調節されていると考えられるが詳細は不明である。