「外側膝状核」の版間の差分

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<font size="+1">[https://researchmap.jp/tadaharutsumoto 津本 忠治]</font><br>
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DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2023年6月12日 原稿完成日:2023年8月6日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/keijitanaka 田中 啓治](国立研究開発法人理化学研究所 脳神経科学研究センター)<br>
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同義語:外側膝状核<br>
同義語:外側膝状核<br>
英:lateral geniculate bodyあるいはlateral geniculate nucleus
羅:corpus geniculatum laterale、英:lateral geniculate body、仏:corps géniculé latéral


{{box|text= 外側膝状体(外側膝状核)とは、哺乳類脳の視床の後部外側に存在し、網膜からくる視覚情報を大脳皮質視覚野あるいは皮質下の領域に中継する神経細胞とその中継機能を修飾する介在神経細胞、及びグリア細胞からなる細胞集団である。視覚情報を単に中継する部位ではなく情報を修飾或いは変調する部位とも見られている。}}
{{box|text= 外側膝状体(外側膝状核)とは、哺乳類脳の視床の後部外側に存在し、網膜からくる視覚情報を大脳皮質視覚野あるいは皮質下の領域に中継する神経細胞とその中継機能を修飾する介在神経細胞、及びグリア細胞からなる細胞集団である。視覚情報を単に中継する部位ではなく情報を修飾或いは変調する部位とも見られている。}}
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== 構造 ==
== 構造 ==
===肉眼解剖===
===肉眼解剖===
 哺乳類脳の視床の後部(尾側)外側(耳側)に張り出している神経細胞の集まり(核)で、名称はこの細胞集団の形状が膝状に折れ曲がっていることに由来する。背側に大きく張り出している背側核 (lateral geniculate body dorsal nucleus, 以下LGNdと略)と腹側に位置する比較的小さな腹側核 (lateral geniculate body ventral nucleus, 以下LGNvと略)に別れる。LGNdは哺乳類では層状構造を示すことが知られているが層の数や細胞構成は動物種によって大きく異なる<ref name=Jones2007><pubmed>E.G. Jones, Ed (2007).<br>The Thalamus. Second Edition, Vol. II Part IV. Individual Thalamic Nuclei, 9. The lateral geniculate nucleus. Cambridge University Press, New York.</pubmed></ref>[1]。研究が進んでいる多くの霊長類では6層構造を示し第1,4,6層は反対側の網膜から、第2, 3、5層は同側の網膜から入力を受ける('''図1''')。
 哺乳類脳の視床の後部(尾側)外側(耳側)に張り出している神経細胞の集まり(核)で、名称はこの細胞集団の形状が膝状に折れ曲がっていることに由来する。背側に大きく張り出している背側核 (lateral geniculate body dorsal nucleus, 以下LGNdと略)と腹側に位置する比較的小さな腹側核 (lateral geniculate body ventral nucleus, 以下LGNvと略)に別れる。LGNdは哺乳類では層状構造を示すことが知られているが層の数や細胞構成は動物種によって大きく異なる<ref name=Jones2007>'''E.G. Jones, Ed (2007).'''<br>The Thalamus. Second Edition, Vol. II Part IV. Individual Thalamic Nuclei, 9. The lateral geniculate nucleus. Cambridge University Press, New York.</ref>[1]。研究が進んでいる多くの霊長類では6層構造を示し第1,4,6層は反対側の網膜から、第2, 3、5層は同側の網膜から入力を受ける('''図1''')。
 
[[ファイル:Lateral geniculate nucleus.png|サムネイル|'''図1. 霊長類LGNdの層構造<br>'''右下の弧状、影付き部分は単眼視領域 (monocular region) を示す。Wikipediaより。]]
図1 霊長類LGNdの層構造。
右下の弧状、影付き部分は単眼視領域 (monocular region) を示す。


 同様に多くの研究が行われているネコでは3層構造で第1層と3層が反対側網膜から、第2層が同側網膜から入力を受ける。第1層はA層、第2層はA1層、第3層はC層と呼ばれる。その腹側部にはさらにC1, C2層と呼ばれる亜層が存在する。一方、ラットやマウスなど夜行性齧歯目動物では視床の背外側部に顕著な張り出し無しに帯状に存在し、層構造は明瞭ではない。ただ、トレーサーなどを使った研究によると外側部分は対側眼から入力を受けるが、中間層の一部には同側眼から入力を受ける部分があるという隠れた層構造がみられる。リスなど、齧歯目でも昼行性の比較的視覚の発達した動物ではより明瞭な層構造が見られる。
 同様に多くの研究が行われているネコでは3層構造で第1層と3層が反対側網膜から、第2層が同側網膜から入力を受ける。第1層はA層、第2層はA1層、第3層はC層と呼ばれる。その腹側部にはさらにC1, C2層と呼ばれる亜層が存在する。一方、ラットやマウスなど夜行性齧歯目動物では視床の背外側部に顕著な張り出し無しに帯状に存在し、層構造は明瞭ではない。ただ、トレーサーなどを使った研究によると外側部分は対側眼から入力を受けるが、中間層の一部には同側眼から入力を受ける部分があるという隠れた層構造がみられる。リスなど、齧歯目でも昼行性の比較的視覚の発達した動物ではより明瞭な層構造が見られる。


==細胞構築==
==細胞構築==
 神経細胞レベルでは、網膜からの情報を大脳皮質視覚野に中継する細胞(relay cell)、この中継を修飾、或いは変調する介在細胞(interneuron)からなる。LGNdでは、中継細胞はさらに比較的大型の大細胞(ネコではY cell 、霊長類ではMagnocellular cell、或いはM cellと呼ばれる)と小型の小細胞(ネコではX cell, 霊長類ではParvocellular cell, 或いはP cellと呼ばれる)が存在する<ref name= Sherman2003><pubmed>Sherman S.M. & Guillery R.W. (2003) The Visual Neurosciences (Eds. Chalupa L.M. & Werner J.S.) Chapter 35 The Visual Relays in the Thalamus.</pubmed></ref>[2]。霊長類では背側の4層は主にM cellから、腹側の2層は主にP cellからなり、各層の腹側部分にKoniocellular cell あるいはK cellが見られる。ネコではC層やC1, C2層にはW cellと呼ばれる細胞群が存在する。ラットやマウスのLGNdでは、同様に3種に分けることができネコに準じてX-like, Y-like, W-like cellと呼ばれる<ref name=Ciftcioglu2020><pubmed>32350041</pubmed></ref>[3]。LGNdの神経細胞の形態や機能は視覚の発達している動物で多く研究されてきたので、本稿では主にサルやネコのLGNdに関する知見を解説するが、最近増えてきたマウスやラットの知見も追加的に紹介する。
 神経細胞レベルでは、網膜からの情報を大脳皮質視覚野に中継する細胞(relay cell)、この中継を修飾、或いは変調する介在細胞(interneuron)からなる。LGNdでは、中継細胞はさらに比較的大型の大細胞(ネコではY cell 、霊長類ではMagnocellular cell、或いはM cellと呼ばれる)と小型の小細胞(ネコではX cell, 霊長類ではParvocellular cell, 或いはP cellと呼ばれる)が存在する<ref name= Sherman2003>'''Sherman S.M. & Guillery R.W. (2003).'''<br>The Visual Neurosciences (Eds. Chalupa L.M. & Werner J.S.) Chapter 35 The Visual Relays in the Thalamus.[https://doi.org/10.7551/mitpress/7131.003.0042 PDF]</ref>[2]。霊長類では背側の4層は主にM cellから、腹側の2層は主にP cellからなり、各層の腹側部分にKoniocellular cell あるいはK cellが見られる。ネコではC層やC1、C2層にはW cellと呼ばれる細胞群が存在する。ラットやマウスのLGNdでは、同様に3種に分けることができネコに準じてX-like、Y-like、W-like cellと呼ばれる<ref name=Ciftcioglu2020><pubmed>32350041</pubmed></ref>[3]。LGNdの神経細胞の形態や機能は視覚の発達している動物で多く研究されてきたので、本稿では主にサルやネコのLGNdに関する知見を解説するが、最近増えてきたマウスやラットの知見も追加的に紹介する。


== 背側核細胞の機能 ==
== 背側核細胞の機能 ==
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=== 機能分化した背側核(LNGd)細胞の並列的視覚情報中継機能 ===
=== 機能分化した背側核(LNGd)細胞の並列的視覚情報中継機能 ===
 サルLGNdのP cell(ネコのX cell)は軸索伝導速度が比較的遅い網膜神経節細胞から入力を受け低速の視覚情報中継に関与するが、受容野が小さいので空間分解能の良い情報処理に関与している。また、色の情報処理にも関与している(ネコでは該当しない)。M cell(ネコのY cell)は軸索伝導速度の速い網膜神経節細胞から入力を受け、持続の短い一過性反応を示し、高速で時間分解能の良い情報処理に関与している。K cell(ネコではW cell)の機能はそれほど明らかでないが、大脳皮質視覚野への第三の中継チャンネルとなっている。このようにP cell, M cell, K cell は視覚情報を属性別の並列的なチャンネルを通して大脳皮質に中継している。以下に各中継細胞の機能を表として示す。
 サルLGNdのP cell(ネコのX cell)は軸索伝導速度が比較的遅い網膜神経節細胞から入力を受け低速の視覚情報中継に関与するが、受容野が小さいので空間分解能の良い情報処理に関与している。また、色の情報処理にも関与している(ネコでは該当しない)。M cell(ネコのY cell)は軸索伝導速度の速い網膜神経節細胞から入力を受け、持続の短い一過性反応を示し、高速で時間分解能の良い情報処理に関与している。K cell(ネコではW cell)の機能はそれほど明らかでないが、大脳皮質視覚野への第三の中継チャンネルとなっている。このようにP cell、M cell、K cellは視覚情報を属性別の並列的なチャンネルを通して大脳皮質に中継している。以下に各中継細胞の機能を表として示す。
              
 
表1 霊長類外側膝状体背側核(LGNd)各種中継細胞が担う視覚情報の特徴(参考文献<ref name=Gokce2003><pubmed>12906030</pubmed></ref>5より改変)
{| class="wikitable"
P cell M cell K cell
|+表. 霊長類外側膝状体背側核(LGNd)各種中継細胞が担う視覚情報の特徴
光波長/反対色選択性 有 無 部分的(青-オン等)
!  !! P cell !! M cell !! K cell
輝度のコントラスト感度 低 高 高
|-
受容野サイズ 小 大 大
! 光波長/反対色選択性
空間分解能 高い 低い 種々
| || || 部分的(青-オン等)
入力源となる網膜神経節細胞 ミジェット細胞 パラソル細胞 一部、青オン型小型両層細胞
|-
細胞サイズ 小 大 種々
! 輝度のコントラスト感度
軸索の伝導速度 遅い 速い 種々
| || ||
パルス状光刺激に対する反応 持続的 一時的 一時的
|-
刺激に対する反応の線形加算性 有 有(75%)、無(25%) 有
! 受容野サイズ
細胞数の割合 約80% 約10% 約10%
| || ||
|-
! 空間分解能
| 高い || 低い || 種々
|-
! 入力源となる網膜神経節細胞
| ミジェット細胞 || パラソル細胞 || 一部、青オン型小型両層細胞
|-
! 細胞サイズ
| || || 種々
|-
! 軸索の伝導速度
| 遅い || 速い || 種々
|-
! パルス状光刺激に対する反応
| 持続的 || 一時的 || 一時的
|-
! 刺激に対する反応の線形加算性
| || 有(75%)、無(25%) ||
|-
! 細胞数の割合
| 約80% || 約10% || 約10%
|}
参考文献<ref name=Gokce2003><pubmed>12906030</pubmed></ref>5より改変。


=== 視覚情報中継の動的修飾、変調機能 ===
=== 視覚情報中継の動的修飾、変調機能 ===
LGNdは単に視覚情報を中継するだけでなく状況に応じて情報を修飾或いは変調するサイトとしても重要な機能をもっている。
 LGNdは単に視覚情報を中継するだけでなく状況に応じて情報を修飾或いは変調するサイトとしても重要な機能をもっている。


==== 介在細胞及び膝状体周辺核細胞からのGABA抑制による中継細胞活動の修飾 ====
==== 介在細胞及び膝状体周辺核細胞からのGABA抑制による中継細胞活動の修飾 ====
LGNd各層には中継細胞より小さい細胞体を持ち樹状突起を層の向きにほぼ垂直に張る介在細胞が存在する<ref name= Sherman2003 /> [1,2]。これらの細胞は軸索を核外に伸ばさずに近隣の中継細胞の樹状突起に接続する。GABAを伝達物質として中継細胞活動を抑制していると考えられている。この抑制は網膜神経節細胞の受容野で既にみられる反応対立型(中心がオンの場合、周辺はオフ反応、逆に中心がオフの場合、周辺がオン反応を示す)の周辺抑制をさらに強化していると考えられている。つまり視覚情報の空間分解能を改善するのに役立っている。また、M cell(或いはY cell)のシステムでは、中継細胞の出力軸索が側枝を介在細胞に伸ばしその抑制活動によって中継細胞の興奮を中断するという回帰性抑制回路を作動させる。この回帰性抑制は中継機能の時間分解能の改善に役立っていると考えられている。また、この介在細胞による抑制回路は視覚情報中継を減弱或いは遮断するなど後述する中脳など他の領域からの修飾作用点となっている。
 LGNd各層には中継細胞より小さい細胞体を持ち樹状突起を層の向きにほぼ垂直に張る介在細胞が存在する<ref name= Sherman2003 /> [1,2]。これらの細胞は軸索を核外に伸ばさずに近隣の中継細胞の樹状突起に接続する。GABAを伝達物質として中継細胞活動を抑制していると考えられている。この抑制は網膜神経節細胞の受容野で既にみられる反応対立型(中心がオンの場合、周辺はオフ反応、逆に中心がオフの場合、周辺がオン反応を示す)の周辺抑制をさらに強化していると考えられている。つまり視覚情報の空間分解能を改善するのに役立っている。また、M cell(或いはY cell)のシステムでは、中継細胞の出力軸索が側枝を介在細胞に伸ばしその抑制活動によって中継細胞の興奮を中断するという回帰性抑制回路を作動させる。この回帰性抑制は中継機能の時間分解能の改善に役立っていると考えられている。また、この介在細胞による抑制回路は視覚情報中継を減弱或いは遮断するなど後述する中脳など他の領域からの修飾作用点となっている。


視床の外側には外側膝状体のみならず体性感覚中継核である視床腹側基底核等を覆う形で視床網様核が存在する。この核は外側膝状体の場合は、膝状体周辺核(perigeniculate nucleus)と呼ばれる。この核の神経細胞は中継細胞が大脳皮質に送る軸索の側枝を受け、その中継細胞にGABA性の抑制性シグナルを送り返す。この膝状体周辺核からの抑制も介在細胞からの抑制と同様、周辺抑制の強化など情報中継機能の修飾に貢献していると想定されている。
 視床の外側には外側膝状体のみならず体性感覚中継核である視床腹側基底核等を覆う形で視床網様核が存在する。この核は外側膝状体の場合は、膝状体周辺核(perigeniculate nucleus)と呼ばれる。この核の神経細胞は中継細胞が大脳皮質に送る軸索の側枝を受け、その中継細胞にGABA性の抑制性シグナルを送り返す。この膝状体周辺核からの抑制も介在細胞からの抑制と同様、周辺抑制の強化など情報中継機能の修飾に貢献していると想定されている。


==== 脳幹からの変調作用 ====
==== 脳幹からの変調作用 ====