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2014年6月26日 (木) 10:51時点における版
金生 由紀子
東京大学 医学系研究科・こころの発達医学
DOI:10.14931/bsd.3391 原稿受付日:2013年3月11日 原稿完成日:2013年10月3日
担当編集委員:漆谷 真(京都大学 大学院医学研究科)
英語名:Tourette’s disorder 独:Tourette-Syndrom 仏: maladie de Tourette, syndrome de Tourette
同義語:ジル・ド・ラ・トゥレット症候群、トゥレット症候群
多様性の運動チックと1つ以上の音声チックを有して、何らかのチックを認める期間が1年以上に及ぶ場合に、トゥレット障害と診断される。強迫性障害(obsessive-compulsive disorder: OCD)及び注意欠陥・多動性障害(attention-deficit/hyperactivity disorder: ADHD)など様々な精神神経疾患を併発する。4~11歳頃に発症することが多く、10~15歳頃に最悪時を迎えるが、成人期初めまでに消失や軽快に転じる場合が多い。皮質-線条体-視床-皮質回路(cortico-striato-thalamo-cortical circuit: CSTC回路)、特にドーパミン系の異常が想定されてる。治療には薬物療法、認知行動療法が用いられる。
トゥレット障害とチック
突発的、急速、反復性、非律動性、常同的な運動あるいは発声をチックという[1]。チックを主症状とする症候群がチック障害であり、トゥレット障害はその一つである。詳細な症例報告をしたフランス人医師ジョルジュ・ジル・ド・ラ・トゥレットの名にちなんでジル・ド・ラ・トゥレット症候群(Gilles de la Tourette syndrome)と呼ばれてきた。それを縮めてトゥレット症候群(Tourette syndrome: TS)ということもある。重症なチック障害であると強調されてきたが、その中でも重症度にはかなり幅がある。
チックには、運動チックと音声チックがあり、それぞれが単純チックと複雑チックに分けられる。複雑チックは、典型的な単純チックよりややゆっくりで意味があるように見える。単純運動チックには、瞬き、顔しかめ、首ふり、肩すくめなどがある。単純音声チックには、咳払い、鼻鳴らし、叫び声などがある。特異的な複雑音声チックに、社会的に受け入れられない言葉を発してしまうコプロラリア(coprolalia、汚言症)、他者の発した言葉を繰り返すエコラリア(echolalia、反響言語)が含まれる。
チックは、不随意運動とされてきたが、部分的には随意的抑制が可能であることから、“半随意”と考えられるようになっている。チックには、やらずにはいられないという抵抗しがたい感覚をしばしば伴い、この感覚は、前駆衝動(premonitory urges)と呼ばれる。チックは、種類、部位、回数、強さなどがしばしば変動する。変動は自然の経過で生じることもあれば、心理的な影響によることもある。
診断
チック障害の中で、チックの発症が18歳未満であり、多様性の運動チックと1つ以上の音声チックを有して、何らかのチックを認める期間が1年以上に及ぶ場合に、トゥレット障害と診断される。過去にはコプロラリアがトゥレット障害の代名詞のように使われたことがあったが、現在では診断に必須ではなく、むしろ認めない場合が多い。
併発症
トゥレット障害は様々な精神神経疾患をしばしば併発して、それも特徴の一つとされる。最も代表的な併発症はOCD及びADHDである。
トゥレット障害の約30%がOCDを併発し、OCDの診断基準に達しない強迫症状まで含めると過半数に達する。トゥレット障害とOCDの併発では、“まさにぴったり(just right)”せずにはいられないという感覚を伴う強迫行為が特徴的とされる。
ADHDを併発する場合には、学習障害などADHDと親和性の高い疾患も伴いやすい。
併発症としては、自閉症スペクトラム障害(autism spectrum disorder: ASD)も知られている。むしろASDにトゥレット障害を高率に伴うと強調されるが、トゥレット障害の1~9%にASDを伴う。
他の併発症状には、些細なことで怒りを爆発させてしまう“怒り発作(rage attacks)”、不安、うつなどが含まれる。
経過・予後
チックは4~11歳頃に発症することが多く、6~7歳頃に最もよく認められる。10歳を過ぎると前駆衝動について気づく者が増える。10~15歳頃にチックの最悪時を迎えることが多い。
チックは成人期初めまでに消失や軽快に転じる場合が 80~90%である。但し、少数では成人まで重症なチックが続いたり、成人後に再発したりする。
疫学
過去にはトゥレット障害はかなり稀な疾患と考えられていたが、複数の国の14の疫学研究では5~18歳での頻度が0.4~3.8%に分布し、全体では約1%であった。
病因・病態
トゥレット障害は生物学的な基盤のある神経発達障害と考えられている[2][3][4]。
双生児研究、家族研究から、トゥレット障害に遺伝的要因の関与が大きいことが明らかになっている。慢性運動チックやOCDがトゥレット障害と遺伝的に関連する可能性が指摘されている。詳細な家族研究から単一遺伝子による疾患と仮説されたこともあったが、現在では複数の遺伝子と環境要因が関与する多因子遺伝と考えられている。最近では、遺伝子変異を有する患者の知見に基づいて、膜タンパク質をコードするSLITRK1遺伝子、L‑ヒスチジン脱炭酸酵素をコードするHDC遺伝子の関与が示唆されている。
また、遺伝的要因と環境要因との相互作用も検討されている。溶連菌感染症後の自己免疫疾患(pediatric autoimmune neuropsychiatric disorders associated with streptococcal infections;PANDAS)について関心が持たれてきたが、いまだに議論が続いている。
トゥレット障害の病態としては、皮質-線条体-視床-皮質回路(cortico-striato-thalamo-cortical circuit: CSTC回路)の異常が想定されており、その中でも基底核の機能低下を示唆する所見が多い。CSTC回路には部分的には重なるが大局的には並行する複数の回路が存在しており、トゥレット障害にしばしば併発するOCDやADHDもCSTC回路の異常を有するとされる。
トゥレット障害におけるドーパミンD2受容体遮断作用の強い薬物療法の有効性などから、神経伝達物質の中でもドーパミン系が注目されてきた。ドーパミン系の受容体の異常、トランスポーターの異常、ドーパミンの相性の(phasicの)放出などが報告されており、機序は一律ではないかもしれない。ドーパミン系以外にもセロトニン系、ノルアドレナリン系をはじめ多様な神経伝達物質の関与も示唆されている。
治療
治療の進め方
トゥレット障害を有する本人を包括的に評価するという姿勢が大切であり、トゥレット障害に伴う生活上の困難に関連する要因を、トゥレット障害の重症度、本人及び周囲の認識と対処能力の2つの側面で整理する。トゥレット障害の重症度は、
- チック自体の重症度、
- チックによる悪影響の重症度、
- 併発症状の重症度に分けて評価する。
包括的な評価に基づいて治療を構成する。その際にはチック及び併発症が軽症か重症かで大まかな目安を立てる。
- チックも併発症も軽症な場合には、家族ガイダンス、心理教育、環境調整を行って経過をみる。本人にチックへの気づきがあり積極的な治療を望むならば認知行動療法を加える。
- チックが軽症で併発症が重症な場合には、チックを考慮しつつ併発症の治療を優先する。
- チックが重症で併発症が軽症な場合には、環境調整をより積極的に行いつつ、チックに対する薬物療法を行う。チックの重症度が軽症寄り(すなわち中等症)で本人や家族が薬物療法を嫌うならば認知行動療法を行う。
- チックも併発症も重症な場合には、双方に対して薬物療法を行うことが多い。標的症状がチックか併発症か明確にして認知行動療法を組み合わせることもある。
家族ガイダンス、心理教育
チックや併発症状について本人及び家族などの周囲の人々の理解と受容を促して適切な対応のための情報を提供する。チックは親の育て方や本人の性格に問題があって起こるのではないこと、チックの変動性や経過の特徴を踏まえて、些細な変化で一喜一憂しないこと、本人にチックを完全にやめさせようと求めずに、本人の特徴の一つとして受容していくこと、チックのみにとらわれずに長所を伸ばすとの観点も含めて対応することなどを伝える。
環境調整
本人がチックを持っていても大丈夫と感じて前向きに生活できるような環境であることが望ましい。子どもであれば、家庭と並んで学校で理解を得ることが重要である。トゥレット障害に関する基本的なことに加えて、その特定の子どもや家族について、チックや併発症状のみならずその人たちのトゥレット障害に対する思いも含めて関係者に理解を促す。
薬物療法
薬物療法は主な標的症状がチックか併発症かで大別される。チックに対する薬物の中心は抗精神病薬である。
アメリカトゥレット協会医療アドバイス委員会がエビデンスを加味してまとめた薬物療法のガイドラインによると、我が国で使用できる薬物の中で、チックに対して十分にエビデンスのある抗精神病薬は、ハロペリドール、ピモジド、リスペリドンであり、チックに対していくらかのエビデンスがある抗精神病薬は、フルフェナジン、チアプリドである。
ヨーロッパのチック障害の臨床ガイドラインでは、スルピリド、オランザピンもいくらかエビデンスがあるとされている。最近では、これらに加えて、アリピプラゾールの有効性を示す報告が複数あり、鎮静などの副作用が少ないこともあり、注目されている。
非抗精神病薬の中でいくらかのエビデンスがあるとされる薬物に、α2ノルアドレナリン受容体作動性の降圧薬のクロニジンがある。
認知行動療法
チックが“半随意”であり前駆衝動を伴うとの認識が高まるにつれて、行動理論モデルを利用した治療法が行われるようになってきた[5]。中心となるのがハビットリバーサル(habit reversal)であり、前駆衝動への意識を高めるトレーニングとチックに対する拮抗反応の形成からなる。チックが悪化しやすい状況の分析に基づく対応の工夫やリラクセーションをハビットリバーサルに組み合わせる包括的な行動介入方法(Comprehensive Behavioral Intervention of Tic Disorders: CBIT)の有効性が示されている。
ハビットリバーサルは、チックに気づくことによってコントロールしやすくなることを目指すが、チックを気にしすぎてかえって悪化しないように配慮を要する。チックをすべてなくそうとしないことを確認しつつ、最も改善したいチックを定めて、よりましな随意的な行動や良いイメージに置き換えることを促す。
関連項目
参考文献
- ↑ 金生由紀子
トゥレット障害
日本小児科学会雑誌 2010, 114(11): 1673-80. - ↑
McNaught, K.S., & Mink, J.W. (2011).
Advances in understanding and treatment of Tourette syndrome. Nature reviews. Neurology, 7(12), 667-76. [PubMed:22064610] [WorldCat] [DOI] - ↑
Felling, R.J., & Singer, H.S. (2011).
Neurobiology of tourette syndrome: current status and need for further investigation. The Journal of neuroscience : the official journal of the Society for Neuroscience, 31(35), 12387-95. [PubMed:21880899] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Leckman, J.F., Bloch, M.H., Smith, M.E., Larabi, D., & Hampson, M. (2010).
Neurobiological substrates of Tourette's disorder. Journal of child and adolescent psychopharmacology, 20(4), 237-47. [PubMed:20807062] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑ 松田なつみ、金生由紀子
トゥレット症候群の支援と治療
最新精神医学 2013, 18(1): 39-47.