「脊髄小脳変性症」の版間の差分
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==皮質性小脳萎縮症== | ==皮質性小脳萎縮症== |
2018年1月1日 (月) 19:05時点における版
英語名:spinocerebellar degeneration
英語略:SCD
概念
脊髄小脳変性症は、小脳あるいはその連絡線維の変性により、主な症状として小脳性運動失調を呈する疾患の総称である。
脊髄小脳変性症は従来、神経病理学的所見に基づいて、主に脊髄を障害するもの、脊髄と小脳を障害するもの、主に小脳を障害するものの3群に分類されてきた。しかし、最近では遺伝形式と臨床症候に基づく簡便な分類が用いられ、脊髄小脳変性症はまず孤発性と遺伝性に大別される。全体の約3分の2を占める孤発性群はさらに、変性が小脳に限局する皮質性小脳萎縮症(cortical cerebellar atrophy:CCA)と、変性が小脳系だけでなく、大脳基底核系や自律神経系、錐体路にも拡がる多系統萎縮症(multiple system atrophy:MSA)に分けられる。孤発性群では、多系統萎縮症が約3分の2、皮質性小脳萎縮症が約3分の1を占める。全体の残り3分の1は遺伝性群で、遺伝形式によって優性遺伝性と劣性遺伝性に分けられる。優性遺伝性が9割以上を占める。
遺伝性脊髄小脳変性症の原因遺伝子の同定が進み、分子病態が解明されつつある現状から、脊髄小脳変性症を病理学的な概念である「変性症」に限定せず、運動失調(ataxia)を呈する疾患群として捉えようとする立場や、分子病態に基づいて分類し直そうとする試みがある。
多系統萎縮症
多系統萎縮症(Multiple system atrophy : MSA)の多系統変性は、小脳系、大脳基底核系、自律神経系の3系統を中心とし、錐体路にも及ぶ。小脳系の系統変性を主体とする病型は、従来、オリーブ橋小脳萎縮症(olivopontoserebellar atrophy:OPCA)、大脳基底核系では線条体黒質変性症(striatonigral degeneration:SND)、自律神経系ではShy-Drager症候群(Shy-Drager syndrome:SDS)と呼ばれてきた。
詳細は多系統萎縮症の項目参照。
皮質性小脳萎縮症
概念
脊髄小脳変性症の中では最も高齢で発症し、小脳性運動失調のみが緩徐に進行する孤発性の一群を皮質性小脳萎縮症(Cortical cerebellar atrophy : CCA)と呼んでいる。しかし、皮質性小脳萎縮症は単一疾患ではなく、一見家族歴を欠いていても、遺伝子診断により後述するSCA6やSCA31と確定される例があり、またアルコール性などの二次性小脳変性症も含まれる。純粋小脳型を呈する変性疾患としての皮質性小脳萎縮症は、実際には非常に少ないと考えられる。
症候
中年期以降に、小脳性の体幹運動失調と構音障害が緩徐に進行する。経過は多系統萎縮症に比べて緩やかであり、進行しても独立歩行が可能な例もある。四肢の協調運動障害も次第に進行するが、小脳系以外の症候は認めない。
補助診断法
画像検査では、小脳に限局して進行性の萎縮を認める(図2)。病初期には虫部前葉から萎縮が始まり、次第に小脳半球に波及する。しかし、甲状腺機能低下症、ビタミンE欠乏症、ビタミンB1欠乏症、Wilson病などの代謝性疾患、慢性アルコール中毒、フェニトインや臭化バレリル尿素などの薬物中毒、有機水銀中毒、トルエンやベンゼンなどの有機溶媒中毒、傍腫瘍性小脳変性症(腫瘍随伴性神経症候群)、グルテン失調症、GAD抗体陽性失調症、急性小脳炎、Fisher症候群、神経Behçet病、多発性硬化症、小脳血管障害、小脳腫瘍など、多くの疾患を除外する必要があり、診断を皮質性小脳萎縮症と確定することは容易ではない。
治療
根治的な治療法は確立されていないが、小脳の機能維持を目的として、四肢末梢への錘負荷やバランス訓練などのリハビリテーションが広く行われてきた。小脳が正常に保たれている脳血管障害に対する機能回復訓練とは異なり、運動学習の首座と考えられる小脳に進行性の変性が起きている小脳変性症の場合にも、繰り返し学習による可塑性(use- dependent plasticity)が獲得されるか否かは明らかでなかった。そこで、厚生労働省の運動失調症調査研究班で筆者らは、短期集中リハビリが小脳性運動失調の進行抑制に有効であるかを検証する臨床治験を、皮質性小脳萎縮症と遺伝性純粋小脳型失調症(SCA6とSCA31)を対象として実施し、1日各1時間の理学療法と作業療法を1ヶ月間継続すると、小脳性運動失調は改善し、その効果は最大6ヶ月続くことが実証された。この効果は既存の薬物治療効果を上回っており、小脳機能維持を目的としたリハビリテーション体制を整備することが今後の課題である。
遺伝性脊髄小脳変性症
常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症
概念
遺伝性脊髄小脳変性症の9割以上を占める常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症(Autosomal dominant SCD:ADSCD)は、その約9割まで原因遺伝子が同定された。原因遺伝子座が同定された常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症は、脊髄小脳失調症(spinocerebellar ataxia:SCA)の何番というように、病名を機械的に決める方式が広く採用されている。The Human Genome Organization(HUGO)には現在SCA41まで登録されており、このうちSCA9、16、22は欠番である。一方、わが国で頻度が高い歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(dentatorubral pallidoluysian atrophy:DRPLA)は、脊髄小脳失調症としては登録されていない。
わが国ではMachado-Joseph病(MJD:別名SCA3)の頻度が最も高く、全体の約4分の1を占める。SCA6、DRPLA、SCA31がこれに次ぐ。これらの頻度には地域差があり、東日本ではMachado-Joseph病、西日本ではSCA6が多い。
常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症における遺伝子異常の多くは、翻訳領域に存在するCAGリピート長が正常の2、3倍に異常伸長していることであり、遺伝子レベルではCAGリピート病、タンパク質レベルではポリグルタミン病とよばれる。伸長したポリグルタミン鎖を含むタンパク質が凝集する過程で形成されるオリゴマーに細胞障害性があると考えられる。
ポリグルタミン病では、世代を経る毎に発症年齢が若年化し、重症化する表現促進現象(anticipation)が認められる。Mendel遺伝では説明できない現象であったが、リピート数の伸長によることが明らかになっている。翻訳領域のCAGリピートは父方から伝搬する場合に著明に伸長する傾向があり、CAGリピート数が短いSCA6を除き、発症年齢とリピート数には負の相関が認められる。
遺伝性脊髄小脳変性症に関する遺伝子診断を行う際には、文部科学省、厚生労働省、経済産業省の3省庁合同のヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する最新の倫理指針を遵守する必要がある。根治的な治療法が確立されていない遺伝性疾患の発症前診断や保因者診断は、原則として行わない。
各論
わが国で頻度の高い病型を中心とし、その他の病型は表2に一括した。
- Machado-Joseph病 MJD(SCA3)
Machado-Joseph病は当初、ポルトガル領アゾレス諸島から北米に移民した子孫の間に見出された疾患であり、その後、欧州で記載されたSCA3でも同一のCAGリピート伸長が確認されている。臨床的にはRosenbergにより、若年発症で錐体路症状と、ジストニアなどの錐体外路症状が目立つ1型、成年発症で痙性失調症と眼振を呈する2型、高齢発症で筋萎縮や末梢神経障害などの末梢性病変を伴う3型、パーキンソニズムを伴うまれな4型に分けられている。Ataxin3遺伝子に存在するCAGリピートの伸長は1型で最も長く、3型では短い。顔面筋の線維束性収縮やミオキミア、びっくり眼などはMachado-Joseph病によくみられる。 - SCA6
50歳前後で発症し、小脳性運動失調症状のみを呈する純粋小脳型常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症であり、P/Q型電位依存性Caチャネルα1サブユニット遺伝子のC末端に位置するCAGリピートの軽度の伸長による。同遺伝子の点変異は、反復発作性運動失調症2型(episodic ataxia type 2: EA2)と家族性片麻痺性片頭痛の原因でもある。 - SCA31
常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症では最も高齢の60歳前後で発症する純粋小脳型常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症であるが、遺伝子診断によらずにSCA6と鑑別することは困難である。わが国では長野県、静岡県、鹿児島県で特に多い。第16染色体長腕のBEANとTK2遺伝子に共通するイントロンに挿入されたTGGAAという5塩基リピートが著明に伸長しており、転写産物によるRNA fociが形成されていることから、これと相互作用する核タンパク質の機能変化が想定される。 - DRPLA
わが国に多い常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症で、発症年齢により臨床症状が異なる。atrophin 1遺伝子に存在するCAGリピートが長い場合は若年発症となり、進行性ミオクローヌスてんかんの臨床像を示す。伸長の程度が軽い場合には成人発症となり、認知機能障害や不随意運動などを呈する。ポリグルタミン病では最も著明な表現促進現象がみられ、リピート伸長の程度により、発症年齢や臨床像、重症度が規定される。小脳歯状核とその遠心路、淡蒼球視床下核系に変性と萎縮を認めるだけでなく、大脳白質にも広範な変性像が認められる。 - 毛細血管拡張運動失調症(ataxia telangiectasia:AT;Louis-Bar症候群)
幼児期に小脳性運動失調と皮膚や眼球結膜の毛細血管拡張症で発症する。IgAが低下し、免疫不全のために感染症を起こしやすく、また高率に悪性リンパ腫などの悪性腫瘍を合併する。ATの責任遺伝子ATMは2本鎖DNAの損傷修復に関与するタンパク質をコードする。神経症状として眼球運動失行を認め、以下に述べるaprataxinやsenataxinの欠損症と病態、臨床症候は類似している。
常染色体劣性遺伝性脊髄小脳変性症
概念
早期から緩徐進行性の小脳性運動失調を呈し、両親がいとこ婚である場合には、常染色体劣性遺伝性脊髄小脳変性症(autosomal recessive SCD:ARSCD)が疑われる。SCAと同じく、HUGOではSCARとして順番に番号がふられており、現在SCAR20まで登録されている(表3)。常染色体劣性遺伝性脊髄小脳変性症では純粋小脳型は少なく、末梢神経障害、眼球運動失行(ocular motor apraxia:OMA)などの多彩な症候を合併することが多い。
各論
- Friedreich運動失調症 Friedreich ataxia(FRDA)
欧米では最も頻度が高い遺伝性脊髄小脳変性症である。Friedreich運動失調症の90%以上は、原因遺伝子frataxinのイントロンに存在するGAAリピートの著明な異常伸長のホモ接合体であり、数%は異常伸長と点変異の複合ヘテロ接合体である。しかし、欧米のFriedreich運動失調症には強い創始者効果が認められるため、わが国ではGAAリピートの異常伸長によるFriedreich運動失調症は確認されていない。原因遺伝子産物は、ミトコンドリアTCAサイクルを構成するaconitaseなどの鉄-硫黄タンパク質の機能維持に関与するので、Friedreich運動失調症の病態はfrataxinの機能喪失によるミトコンドリアの機能障害と想定される。
Friedreich運動失調症の主な症候は、後索の変性による深部感覚障害、錐体路症状、凹足、脊柱側弯症などである。小脳の萎縮は軽度であり、また心筋障害、糖尿病を合併する。 - アプラタキシンaprataxin欠損症
わが国では、眼球運動失行と低アルブミン血症という特異な症候を伴い、Friedreich運動失調症に類似した臨床像を呈する早発性失調症(early onset ataxia with ocular motor apraxia and hypoalbuminemia/ataxia-ocular motor apraxia type 1:EAOH/AOA1)が見出され、原因遺伝子としてaprataxinが同定された。GAAリピートの異常伸長を伴う欧米型のFriedreich運動失調症はわが国には存在しないと考えられるので、これまでわが国でFriedreich運動失調症として報告されてきた症例は本症と考えられ、本症はわが国の常染色体劣性遺伝性脊髄小脳変性症の約3分の2を占めている。原因遺伝子産物のaprataxinは核小体に局在するタンパク質であり、1本鎖DNAの損傷修復機構への関与が想定される。
眼球運動失行では衝動性眼球運動(saccade)の開始が著明に障害される。主に小児期に認められるため、本症は小児科領域でAOA1として記載されてきた。眼球運動失行は10代後半には次第に目立たなくなり、代わって眼球運動障害が進行してくる。また低アルブミン血症は30歳前後から明らかになる。 - セナタキシンsenataxin欠損症
Ataxia-ocular motor apraxiaには、AOA1に類似した臨床症状を呈しながら、アルブミンは低下せず、α-fetoproteinの高値を伴うAOA2がある。原因遺伝子senataxinの変異による。わが国からも報告があり、血中CK、γ-グロブリンも高値となる。 - サクシンsacsin欠損症
わが国の常染色体劣性遺伝性脊髄小脳変性症では、アプラタキシン欠損症に次いで、シャルルボア・サグネイ型劣性遺伝性痙性失調症(autosomal recessive spastic ataxia of Charlevoix-Saguenay:ARSACS;サクシン欠損症)が多い。シャルルボア・サグネイ型劣性遺伝性痙性失調症は当初カナダのQuebec州から報告されたが、その後世界各地で見出されている。ケベックの症例は網膜有髄線維の増加を伴う痙性失調症を特徴とするが、わが国では網膜有髄線維を欠く例、痙縮を欠く例も報告されている。 - ビタミンE欠乏症
α-Tocopherol transfer proteinの欠損によるビタミンE欠乏症では、進行性の小脳性運動失調が認められ、しばしば網膜色素変性を伴う。ビタミンEの大量投与により症状の改善が期待できるので、運動失調症の鑑別上重要である。
遺伝性痙性対麻痺
概念
わが国の難治性疾患克服研究事業では、遺伝性痙性対麻痺(Hereditary spastic paraplegia:HSP;spastic gait:SPG)が従来から脊髄小脳変性症に含まれており、脊髄小脳変性症全体の約4%を占めている。AD、AR、X染色体連鎖劣性の各遺伝形式をとるが、ADが多い。Hereditary spastic paraplegiaもspastic gaitの何番というように、病名を順番に機械的に決める方式が広く採用されており、その数は50を超えている(表4)。わが国では、ADでspastinの変異によるSPG4が最も多い。
症候
HSPには、緩徐進行性の痙性対麻痺のみを呈する純粋型と、その他の症候を合併する複合型がある。複合型には小脳性運動失調を合併する場合があり、この場合は痙性対麻痺を主とする立場と、小脳性運動失調症を主体とする立場で分類が異なることになる。これまでにわが国で確認されている主な病型と原因遺伝子、臨床症状を表にまとめる。