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英語名:Golgi Method, Golgi Stain | 英語名:Golgi Method, Golgi Stain | ||
== ゴルジ染色とは == | == ゴルジ染色とは == | ||
[[ゴルジ]] | [[ゴルジ]]染⾊は、イタリアのノーベル⽣理学医学賞受賞者の[[wj:カミッロ・ゴルジ|カミッロ・ゴルジ]](Camillo Golgi: 1843-1926 '''図1''')によって考案された鍍銀法の⼀種で、神経細胞の形態や[[樹状突起スパイン]]([[樹状突起]]に⾒られる[[棘突起構造]])などの微細構造を可視化するために⽤いられる染⾊法である。本法による染⾊像は他の化学染⾊や[[免疫染⾊]]と⽐べて⾼いコントラストを有するが、それはごくわずかの神経細胞がランダムに染⾊され、染まった細胞は⿊く、そのほかの細胞は無⾊であるため、鍍銀された神経細胞が明瞭に浮かび上がることによる('''図2''')。ゴルジ染⾊は、発⾒から約150 年になろうとする現在でも神経科学研究の第⼀線で利⽤される古典的な組織学的⼿法である。 | ||
== 歴史的背景 == | == 歴史的背景 == | ||
ゴルジ染⾊では、クロム酸や塩化第⼆⽔銀などが⽤いられるが、これらの化合物は歴史的に、[[アルコール]]や[[ホルマリン]]と同様に組織固定液として利⽤されてきた(1)。他の病理学者と同様に、ゴルジ⾃⾝も様々な固定液を⽤いて病理標本の観察を⾏っていた。ゴルジはクロム酸とオスミウム酸で固定した脳サンプルを、当時、⽤いられ始めていた硝酸銀に沈めて切⽚を作成することを試みた。作成した切⽚を顕微鏡のステージにのせ、レンズを覗き込んだ彼の眼には⿊々と染まった神経細胞が映しだされ、彼はこの⽅法を「⿊い反応」と名付け、すぐさま学術誌に公表した(2)。この「⿊い反応」が発⾒されたのは、1873 年ゴルジがちょうど30 歳の時であった。本法は、のちに彼の名前をつけて「ゴルジ染⾊」と呼ばれるようになり、現在に⾄っている。1873 年の「⿊い反応」の発表以降、多くの医師がゴルジの⽅法を⽤いて神経細胞の染⾊を試み、その恩恵を受けたことは想像に難くない。 | |||
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ゴルジ染⾊法の原理 == | 1888 年にはイタリアの医師カハール(ゴルジと共に1906 年に神経系の構造に関する研究としてノーベル⽣理学医学賞を受賞)がゴルジの原法を改良し[[反応時間]]を短縮させた急速ゴルジ法(ラピッドゴルジ法)を編み出している(3)。さらに1891 年には、オランダの医師コックスがゴルジ染⾊を改変したゴルジ・コックス染⾊法を発表した(4)。ゴルジ・コックス染⾊は、発表当時、ゴルジ染⾊よりも安定した結果が得られると評判になった。⽇本においては、神経解剖学者の萬年甫(1923−2011)がゴルジ・コックス染⾊法を⽤いて様々な[[動物]]の脳の神経構造を明らかにしてきた(5)。とくに、1988年に出版された「猫脳ゴルジ染⾊図譜」は萬年甫が約30 年の歳⽉をかけて作成した脳地図で、本書はもはや神経解剖学の領域を超えて芸術の域に達している(図3)(6)。このような歴史のある染⾊法は、現在でも改良が加えられながら時折その⽅法が学術誌に紹介されている。 | ||
== ゴルジ染⾊法の原理 == | |||
ゴルジ染⾊とゴルジ・コックス染⾊は⽤いる化合物が異なっており、ゴルジ染⾊ではシンプルにオスミウム酸と⼆クロム酸カリウムで固定した脳を硝酸銀⽔溶液に漬けるのみであるが、ゴルジ・コックス染⾊では、⼆クロム酸に加えてクロム酸カリウムと塩化⽔銀で固定した脳をアンモニア⽔で発⾊(⿊化)させている(7, 8)。すなわちゴルジ染⾊ではクロム酸銀の沈着を、またゴルジ・コックス染⾊では、⽔銀とアンモニア⽔による反応で⾦属⽔銀の沈着を観察することとなる(9)。これらの⽅法はともに、ごくわずかの神経細胞をランダムに染⾊し、染⾊された神経は⿊く強調され、そのほかの細胞は全く染⾊されないという⾮常に⾼いシグナル/ノイズ⽐をもたらすが、この成因については未だ明らかにされていない(10)。コックスが論⽂の中で述べたゴルジ染⾊の特⾊を、萬年甫は⾃らの書籍の中で次のように紹介している。「化合物の化学的あるいは物理的組成が、おそらく細胞の⽣理的状態の違い、あるいは細胞の死と関連してこのような差異を⽣ずるに違いない」と(4, 11)。 | |||
== ゴルジ染⾊の⽅法 == | == ゴルジ染⾊の⽅法 == | ||
=== ゴルジ染色(原法) === | |||
文献(7)参照。 | |||
# 2.3% (w/w) ⼆クロム酸カリウムならびに0.19% (w/w)四酸化オスミウムを含んだ固定液を作成し、約4-5 mm ⾓の脳標品を20 mL の固定液に浸漬する。室温で7⽇間保存する。 | |||
# その後、脳標品を0.75%硝酸銀⽔溶液ですすぎ、あらたに硝酸銀⽔溶液を注ぎ⼊れ室温で⼀晩保存する。 | |||
# リンスをせずに脳標品を1 の溶液に戻し6⽇間再固定する。 | |||
# 新しい硝酸銀⽔溶液を⽤いて2の操作を繰り返し2晩保存する。 | |||
# 新しい1 の固定液再び沈め3⽇間保存する。 | |||
# 100%エタノールで脱⽔し、ソフトパラフィン(⽩⾊ワセリン)内に包埋をする。 | |||
# 100%エタノールで湿らせながらスライド式ミクロトームで100-300 μm 程度に薄切する。薄切した切⽚は100%エタノールの⼊った容器に15 分間沈め、その後、クローブ油かテレピン油の⼊った容器に移して15 分間沈める。 | |||
# スライドガラスに伸展した後にキシレンでオイルを落とし、中性の封⼊剤を乗せてカバーガラスなしに硬化させる。 | |||
=== ゴルジ・コックス染色 === | |||
いくつかの修正された⽅法が⽰されているが、ここでは代表的な⽅法を記載した。(12, 13) | |||
# 5%⼆クロム酸カリウム⽔溶液(たとえば100 ml 蒸留⽔に5 グラム)と5%塩化⽔銀⽔溶液(100 ml 蒸留⽔に5 グラム)、ならびに5%クロム酸カリウム⽔溶液(80 ml 蒸留⽔に4グラム)を作成する。 | |||
# 作成した5%⼆クロム酸カリウム⽔溶液と5%塩化⽔銀⽔溶液を混合し(合計200 ml)、ガラス棒を⽤いて撹拌する。3. 2 で混合した溶液と5%クロム酸カリウム⽔溶液を混合し、さらに蒸留⽔を200 ml を加える。溶液の⼊ったボトルは遮光し2⽇から1週間程度暗所室温で保存してから使⽤する。 | |||
# [[還流]]することなく⽣理⾷塩⽔ですすいだ脳標本([[マウス]]脳程度の⼤きさにトリミングした標本)をバイアルビンなどに⼊れて、3 のゴルジ液を注ぐ。標本を暗所(室温)に静置し、2⽇後にゴルジ液を廃棄。新たなゴルジ液を注ぎ、さらに1-2 週間寝かす。 | |||
# この間にクリオプロテクタント液を作成する。 | |||
300 g ショ糖、10 g ポリビニルピロリドン、300 ml エチレングリコールを蒸留⽔に溶解1 リットルに保存する。 | 300 g ショ糖、10 g ポリビニルピロリドン、300 ml エチレングリコールを蒸留⽔に溶解1 リットルに保存する。 | ||
# 1-2 週間ゴルジ液に保存したサンプルを新たなバイアルビンに移し、クリオプロテクタント液を注ぐ。冷暗所(4℃)に保存する。翌⽇、液を交換し数⽇冷暗所に保存する。 | |||
# プロテクタント液を張ったビブラトームを⽤いて、100 μm 程度の切⽚を作成する。切⽚は即座にスライドガラスに伸ばし、プロテクタント液を数滴たらす。プロテクタント液で湿らせたペーパータオルで切⽚の上から指で押し圧をかけてスライドに密着させる。その後スライドを暗所で乾燥させる。 | |||
# 切⽚の張り付いたスライドを蒸留⽔で軽く、3倍希釈したアンモニア⽔に5から10分程度浸し、アルコール系列で脱⽔後、中性封⼊剤で封⼊する。 | |||
== ゴルジ染⾊の問題点 == | == ゴルジ染⾊の問題点 == | ||
ゴルジ染⾊は、我々が⽇常⾏なっている化学染⾊や免疫染⾊と⽐べて、煩雑でかつ成功までには少々の技術を要するため、そう簡易な染⾊⽅法ではない。ゴルジ染液に浸して作成した切⽚は乾燥に弱く、少しでも乾くとクラック(ひび割れ)が⼊って標本として利⽤できなくなるため、スライドガラスへの貼り付けは⾵乾ではなく、物理的に⼒を加えて圧着し、湿箱内で静置して標本とスライドガラスを接着させるなどの⼯夫が必要となる。また、ゴルジ染⾊は、たやすく神経細胞のみを選択的に染⾊すると思われがちであるが、浸漬時間や温度などの条件によって、神経細胞に加えて[[グリア細胞]]や[[血管内皮]]が染⾊されることもある(7,8)。ゴルジ・コックス染⾊液では、⼆クロム酸カリウムだけでなく、クロム酸カリウムを加えているが、⼆クロム酸カリウム溶液(5% ⽔溶液でpH 8.5 からpH9.5 を⽰す)によって酸性に傾いた⽔素[[イオン]]濃度を中性に戻す働きがある(4,8, 11)。このことから、反応温度や時間にくわえて溶液のpH も染⾊結果に影響をもたらすと理解できる。 | |||
== 参考⽂献 == | == 参考⽂献 == |
2018年3月16日 (金) 14:36時点における版
内⽥克哉
東北大学 大学院情報科学研究科 情報生物学分野
DOI:10.14931/bsd.7511 原稿受付日:2018年2月26日 原稿完成日:
担当編集委員:尾藤 晴彦(東京大学 大学院医学系研究科 神経生化学分野)
英語名:Golgi Method, Golgi Stain
ゴルジ染色とは
ゴルジ染⾊は、イタリアのノーベル⽣理学医学賞受賞者のカミッロ・ゴルジ(Camillo Golgi: 1843-1926 図1)によって考案された鍍銀法の⼀種で、神経細胞の形態や樹状突起スパイン(樹状突起に⾒られる棘突起構造)などの微細構造を可視化するために⽤いられる染⾊法である。本法による染⾊像は他の化学染⾊や免疫染⾊と⽐べて⾼いコントラストを有するが、それはごくわずかの神経細胞がランダムに染⾊され、染まった細胞は⿊く、そのほかの細胞は無⾊であるため、鍍銀された神経細胞が明瞭に浮かび上がることによる(図2)。ゴルジ染⾊は、発⾒から約150 年になろうとする現在でも神経科学研究の第⼀線で利⽤される古典的な組織学的⼿法である。
歴史的背景
ゴルジ染⾊では、クロム酸や塩化第⼆⽔銀などが⽤いられるが、これらの化合物は歴史的に、アルコールやホルマリンと同様に組織固定液として利⽤されてきた(1)。他の病理学者と同様に、ゴルジ⾃⾝も様々な固定液を⽤いて病理標本の観察を⾏っていた。ゴルジはクロム酸とオスミウム酸で固定した脳サンプルを、当時、⽤いられ始めていた硝酸銀に沈めて切⽚を作成することを試みた。作成した切⽚を顕微鏡のステージにのせ、レンズを覗き込んだ彼の眼には⿊々と染まった神経細胞が映しだされ、彼はこの⽅法を「⿊い反応」と名付け、すぐさま学術誌に公表した(2)。この「⿊い反応」が発⾒されたのは、1873 年ゴルジがちょうど30 歳の時であった。本法は、のちに彼の名前をつけて「ゴルジ染⾊」と呼ばれるようになり、現在に⾄っている。1873 年の「⿊い反応」の発表以降、多くの医師がゴルジの⽅法を⽤いて神経細胞の染⾊を試み、その恩恵を受けたことは想像に難くない。
1888 年にはイタリアの医師カハール(ゴルジと共に1906 年に神経系の構造に関する研究としてノーベル⽣理学医学賞を受賞)がゴルジの原法を改良し反応時間を短縮させた急速ゴルジ法(ラピッドゴルジ法)を編み出している(3)。さらに1891 年には、オランダの医師コックスがゴルジ染⾊を改変したゴルジ・コックス染⾊法を発表した(4)。ゴルジ・コックス染⾊は、発表当時、ゴルジ染⾊よりも安定した結果が得られると評判になった。⽇本においては、神経解剖学者の萬年甫(1923−2011)がゴルジ・コックス染⾊法を⽤いて様々な動物の脳の神経構造を明らかにしてきた(5)。とくに、1988年に出版された「猫脳ゴルジ染⾊図譜」は萬年甫が約30 年の歳⽉をかけて作成した脳地図で、本書はもはや神経解剖学の領域を超えて芸術の域に達している(図3)(6)。このような歴史のある染⾊法は、現在でも改良が加えられながら時折その⽅法が学術誌に紹介されている。
ゴルジ染⾊法の原理
ゴルジ染⾊とゴルジ・コックス染⾊は⽤いる化合物が異なっており、ゴルジ染⾊ではシンプルにオスミウム酸と⼆クロム酸カリウムで固定した脳を硝酸銀⽔溶液に漬けるのみであるが、ゴルジ・コックス染⾊では、⼆クロム酸に加えてクロム酸カリウムと塩化⽔銀で固定した脳をアンモニア⽔で発⾊(⿊化)させている(7, 8)。すなわちゴルジ染⾊ではクロム酸銀の沈着を、またゴルジ・コックス染⾊では、⽔銀とアンモニア⽔による反応で⾦属⽔銀の沈着を観察することとなる(9)。これらの⽅法はともに、ごくわずかの神経細胞をランダムに染⾊し、染⾊された神経は⿊く強調され、そのほかの細胞は全く染⾊されないという⾮常に⾼いシグナル/ノイズ⽐をもたらすが、この成因については未だ明らかにされていない(10)。コックスが論⽂の中で述べたゴルジ染⾊の特⾊を、萬年甫は⾃らの書籍の中で次のように紹介している。「化合物の化学的あるいは物理的組成が、おそらく細胞の⽣理的状態の違い、あるいは細胞の死と関連してこのような差異を⽣ずるに違いない」と(4, 11)。
ゴルジ染⾊の⽅法
ゴルジ染色(原法)
文献(7)参照。
- 2.3% (w/w) ⼆クロム酸カリウムならびに0.19% (w/w)四酸化オスミウムを含んだ固定液を作成し、約4-5 mm ⾓の脳標品を20 mL の固定液に浸漬する。室温で7⽇間保存する。
- その後、脳標品を0.75%硝酸銀⽔溶液ですすぎ、あらたに硝酸銀⽔溶液を注ぎ⼊れ室温で⼀晩保存する。
- リンスをせずに脳標品を1 の溶液に戻し6⽇間再固定する。
- 新しい硝酸銀⽔溶液を⽤いて2の操作を繰り返し2晩保存する。
- 新しい1 の固定液再び沈め3⽇間保存する。
- 100%エタノールで脱⽔し、ソフトパラフィン(⽩⾊ワセリン)内に包埋をする。
- 100%エタノールで湿らせながらスライド式ミクロトームで100-300 μm 程度に薄切する。薄切した切⽚は100%エタノールの⼊った容器に15 分間沈め、その後、クローブ油かテレピン油の⼊った容器に移して15 分間沈める。
- スライドガラスに伸展した後にキシレンでオイルを落とし、中性の封⼊剤を乗せてカバーガラスなしに硬化させる。
ゴルジ・コックス染色
いくつかの修正された⽅法が⽰されているが、ここでは代表的な⽅法を記載した。(12, 13)
- 5%⼆クロム酸カリウム⽔溶液(たとえば100 ml 蒸留⽔に5 グラム)と5%塩化⽔銀⽔溶液(100 ml 蒸留⽔に5 グラム)、ならびに5%クロム酸カリウム⽔溶液(80 ml 蒸留⽔に4グラム)を作成する。
- 作成した5%⼆クロム酸カリウム⽔溶液と5%塩化⽔銀⽔溶液を混合し(合計200 ml)、ガラス棒を⽤いて撹拌する。3. 2 で混合した溶液と5%クロム酸カリウム⽔溶液を混合し、さらに蒸留⽔を200 ml を加える。溶液の⼊ったボトルは遮光し2⽇から1週間程度暗所室温で保存してから使⽤する。
- 還流することなく⽣理⾷塩⽔ですすいだ脳標本(マウス脳程度の⼤きさにトリミングした標本)をバイアルビンなどに⼊れて、3 のゴルジ液を注ぐ。標本を暗所(室温)に静置し、2⽇後にゴルジ液を廃棄。新たなゴルジ液を注ぎ、さらに1-2 週間寝かす。
- この間にクリオプロテクタント液を作成する。
300 g ショ糖、10 g ポリビニルピロリドン、300 ml エチレングリコールを蒸留⽔に溶解1 リットルに保存する。
- 1-2 週間ゴルジ液に保存したサンプルを新たなバイアルビンに移し、クリオプロテクタント液を注ぐ。冷暗所(4℃)に保存する。翌⽇、液を交換し数⽇冷暗所に保存する。
- プロテクタント液を張ったビブラトームを⽤いて、100 μm 程度の切⽚を作成する。切⽚は即座にスライドガラスに伸ばし、プロテクタント液を数滴たらす。プロテクタント液で湿らせたペーパータオルで切⽚の上から指で押し圧をかけてスライドに密着させる。その後スライドを暗所で乾燥させる。
- 切⽚の張り付いたスライドを蒸留⽔で軽く、3倍希釈したアンモニア⽔に5から10分程度浸し、アルコール系列で脱⽔後、中性封⼊剤で封⼊する。
ゴルジ染⾊の問題点
ゴルジ染⾊は、我々が⽇常⾏なっている化学染⾊や免疫染⾊と⽐べて、煩雑でかつ成功までには少々の技術を要するため、そう簡易な染⾊⽅法ではない。ゴルジ染液に浸して作成した切⽚は乾燥に弱く、少しでも乾くとクラック(ひび割れ)が⼊って標本として利⽤できなくなるため、スライドガラスへの貼り付けは⾵乾ではなく、物理的に⼒を加えて圧着し、湿箱内で静置して標本とスライドガラスを接着させるなどの⼯夫が必要となる。また、ゴルジ染⾊は、たやすく神経細胞のみを選択的に染⾊すると思われがちであるが、浸漬時間や温度などの条件によって、神経細胞に加えてグリア細胞や血管内皮が染⾊されることもある(7,8)。ゴルジ・コックス染⾊液では、⼆クロム酸カリウムだけでなく、クロム酸カリウムを加えているが、⼆クロム酸カリウム溶液(5% ⽔溶液でpH 8.5 からpH9.5 を⽰す)によって酸性に傾いた⽔素イオン濃度を中性に戻す働きがある(4,8, 11)。このことから、反応温度や時間にくわえて溶液のpH も染⾊結果に影響をもたらすと理解できる。
参考⽂献
(1) Stephen Polyak ; edited Heinrich Klüver, The vertebrate visual system : its origin, structure, and function and its manifestations in disease with an analysis of its role in the life of animals and in the origin of man, preceded by a historical review of investigations of the eye, and of the visual pathways and centers of the brain, University of Chicago Press, 1957. (2) Golgi C: Sulla struttura fella sostanza grigia del cervello, Gazzetta Medica Italiana, Lombardia, 33, 224-246, 1873. (3) Cajal S R, Estructura de los centros nerviosos de las aves, Cerebelo Rev Trim Histol Norm Patol, 1, 1-10, 1888. (4) Cox WH, Impragnation des centralen Nervensystems mit Quecksilbersalzen, Arch. F. mikrosk. Anat., 37, 16-21, 1891. (5) 萬年甫 動物の脳採集記 中公新書1361 *注、学術論⽂に関しては多数の ⽂献が存在するためここでは⼀般書を引⽤した。⽂献に関してはPubMed 等で の検索をお願いしたい。 (6) 萬年甫 A dendro‐cyto‐myeloarchitectonic atlas of the catʼs brain 猫脳ゴ ルジ染⾊図譜 岩波書店 1988 (7) Eds: Nauta Walle JH; Ebbesson Sven OE, Contemporary Research Methods in Neuroanatomy, Springer, 1970. (8) HW et al., Comprehensive Review of Golgi Staining Methods for Nervous Tissue, Kang Appl Microsc., 47, 63-69, 2017. (9) http://www.public.asu.edu/~jpbirk/qual/qualanal/mercury.html (10) Nicholls JG, From neuron to brain, Sinauer Associates Inc., pp. 5, 2001 (11) 萬年甫 脳を固める・切る・染める−先⼈の知恵−、 メディカルレビュ ー社、p176-177, 2011. (12) http://www.bio.is.tohoku.ac.jp/~uchida/golgi.html (13) Zaqout S et al., Golgi-cox staining step by step, Front Neuroanat., 10:38, 2016 (14) 萬年甫 神経細胞の形を求めて、⽇仏医学 34, 1-16, 2012
図1 カミッロ・ゴルジ (Camilo Golgi 1844 年7 ⽉7 ⽇ ‒ 1926 年1 ⽉21 ⽇ 82歳没) イタリア(19世紀イタリアのロンバルドヴェネド王国)のコルテノゴルジに⽣まれパヴィア⼤学医学部を卒業。ゴルジ染⾊と細胞⼩器官のゴルジ体を発⾒する。ゴルジ染⾊によって可視化された神経細胞を観察し神経細胞は連続した「網状説」を提唱した。しかし、同じくゴルジ染⾊を使⽤し研究を⾏なったカハールは、ひとつひとつの神経細胞は独⽴しているとする「ニューロン説」を提唱した。全く違う説を提唱しながらもその功績の⼤きさに、2⼈は1906 年にノーベル賞を受賞した(電⼦顕微鏡の開発により現在ではカハールのニューロン説が正しいとされている)。ウィキペディア パブリックドメイン
図2 ゴルジ・コックス染⾊によるマウスの海⾺⻭状回における顆粒細胞像 ⿊い円状の神経細胞体から、写真の上⽅向にギザギザ様の突起(樹状突起)が伸びている。よく⾒ると樹状突起からコブのように⾶び出した構造物がでているのがわかる(スパイン)。また細胞体からは写真の下部⽅向に細い繊維が出ているが、これは軸索である。ゴルジ染⾊・写真撮影(内⽥克哉・東北⼤)
図3 萬年甫による「猫脳ゴルジ染⾊図譜」の⼀部、『意識をめぐる冒険(クリストフ・コッホ著、岩波書店)』の表紙より。 萬年甫による「猫脳ゴルジ染⾊図譜」は、1988 年岩波書店によって210 部が刷られ、そのうち100 部は国外の脳研究所へ送られた(14)。残りは⼀部の国⽴⼤学図書館や博物館などに貴重書として保管されている。実際の「猫脳ゴルジ染⾊図譜」を⾒るとわかるが、神経細胞は細胞体の⼤きさによって⾊分けがなされており、明らかに軸索とわかる構造には⽮頭が付されてある(6)。これらはゴルジ染⾊像をスキャンして着⾊したのではなく、すべて⼿書きによる作画である。<岩波書店の許可を得て、『意識をめぐる冒険(クリストフ・コッホ著)』の表紙の⼀部掲載。著作権で保護されており転載2 次使⽤不可>