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英:selective serotonin reuptake inhibitor 独:selektiver Serotonin-Wiederaufnahmehemmer 仏:inhibiteur sélectif de la recapture de la sérotonine<br> | 英:selective serotonin reuptake inhibitor 独:selektiver Serotonin-Wiederaufnahmehemmer 仏:inhibiteur sélectif de la recapture de la sérotonine<br> | ||
英略語:SSRI | |||
{{box|text= 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は抗うつ薬の一群であり、従来の三環系抗うつ薬と比較してアセチルコリン受容体などに対する親和性をほとんど示さず、セロトニンの再取り込みを選択的に阻害することを特徴とする。中等症以上うつ病治療の第一選択薬候補としてだけでなく、社会不安障害、強迫性障害、パニック障害、心的外傷後ストレス障害に対する治療薬として、また適応外処方ではあるが全般不安症や過食症に対しても用いられている。セロトニンの再取り込みによる不活性化を阻害し、シナプス間隙におけるセロトニンの濃度を比較的選択的に上昇させることで、薬効を発揮していると考えられているものの、その他の機序の重要性を指摘する研究も多く存在する。本邦ではパロキセチン、フルボキサミン、セルトラリンおよびエスシタロプラムの4剤が臨床使用されている。}} | {{box|text= 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は抗うつ薬の一群であり、従来の三環系抗うつ薬と比較してアセチルコリン受容体などに対する親和性をほとんど示さず、セロトニンの再取り込みを選択的に阻害することを特徴とする。中等症以上うつ病治療の第一選択薬候補としてだけでなく、社会不安障害、強迫性障害、パニック障害、心的外傷後ストレス障害に対する治療薬として、また適応外処方ではあるが全般不安症や過食症に対しても用いられている。セロトニンの再取り込みによる不活性化を阻害し、シナプス間隙におけるセロトニンの濃度を比較的選択的に上昇させることで、薬効を発揮していると考えられているものの、その他の機序の重要性を指摘する研究も多く存在する。本邦ではパロキセチン、フルボキサミン、セルトラリンおよびエスシタロプラムの4剤が臨床使用されている。}} | ||
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[[ファイル:Nagayasu SSRI Fig2.png|サムネイル|'''図2. SSRIの急性および慢性作用''']] | [[ファイル:Nagayasu SSRI Fig2.png|サムネイル|'''図2. SSRIの急性および慢性作用''']] | ||
== 作用機序 == | == 作用機序 == | ||
SSRIは主にセロトニン神経に発現するセロトニントランスポーター(serotonin transporter, | SSRIは主にセロトニン神経に発現するセロトニントランスポーター(serotonin transporter, SERT)に結合し、その機能を阻害する('''図2''')。一方で、ノルアドレナリントランスポーター(norepinephrine transporter, NET)あるいはドパミントランスポーター(dopamine transporter, DAT)にはほとんど結合しない('''表''')<ref name=Tatsumi1999><pubmed>10193665</pubmed></ref><ref name=Andersen2011><pubmed>21730142</pubmed></ref><ref name=Zhang2010><pubmed>20672825</pubmed></ref> [4–6]。PETを用いた解析からもSERTに対するin vivoにおける高い占拠率(>80%)が示されている<ref name=Sorensen2022><pubmed>34548628</pubmed></ref>[14]。SERTはシナプス間隙に遊離されたセロトニンをシナプス前部に再取り込みすることで、それら神経伝達物質の作用を終止させる<ref name=Shen2004><pubmed>15226739</pubmed></ref><ref name=Mathews2004><pubmed>15589347</pubmed></ref> [7,8]。健常動物におけるマイクロダイアリシス法を用いた検討から、SSRIによるSERTの阻害が、様々な脳部位におけるセロトニン細胞外濃度の速やかな上昇をもたらすことが明らかになっている<ref name=Perry1992><pubmed>1375306</pubmed></ref><ref name=David2003><pubmed>14530210</pubmed></ref><ref name=Tao2000><pubmed>10900234</pubmed></ref> [9–11]。一方で、三環系抗うつ薬やSNRIなどの他の抗うつ薬と同様にSSRIの薬効発現には数週間以上の期間を必要とするなど、セロトニン細胞外濃度上昇と抗うつ作用の間の関係については未だ不明な点が多い。またSSRIは、低用量では比較的選択的にセロトニン細胞外濃度を上昇させるが、高用量ではノルアドレナリン細胞外濃度も上昇させることから、SSRIの作用の一部にノルアドレナリンを介したものがある可能性を示唆する研究もある<ref name=David2003><pubmed>14530210</pubmed></ref> [10]。また、SNRIはSERTに加えてNETも阻害するが、SSRIと比較してSNRIの方が寛解率がより高いかについては未だ結論は出ていない<ref name=仙波 /> [13]。 | ||
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|+ ''' | |+ '''表.SSRIのSERT、NETおよびDATに対する阻害作用<ref name=Tatsumi1999><pubmed>10193665</pubmed></ref><ref name=Andersen2011><pubmed>21730142</pubmed></ref><ref name=Zhang2010><pubmed>20672825</pubmed></ref>''' | ||
! 物質 !! SERT !! NET !! DAT | ! 物質 !! SERT !! NET !! DAT | ||
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! エスシタロプラム(Ki) | ! エスシタロプラム(Ki) | ||
| 8.4<ref name=Andersen2011 /> [5] || 5.5 <ref name=Andersen2011 />[5] || 5.1 <ref name=Zhang2010 />[6] | | 8.4<ref name=Andersen2011 />[5] || 5.5<ref name=Andersen2011 />[5] || 5.1<ref name=Zhang2010 />[6] | ||
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! シタロプラム(Ki) | ! シタロプラム(Ki) | ||
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SSRIを含む抗うつ薬が薬効発現までに時間を要する原因については未だ完全には解明されていないものの、5- | SSRIを含む抗うつ薬が薬効発現までに時間を要する原因については未だ完全には解明されていないものの、5-HT1A受容体の脱感作あるいはダウンレギュレーションが生じるまでの遅延であるとする説や、神経栄養因子や神経新生などにより神経可塑的変化、神経回路の再編成が生じるのに時間を要するためであるとする説など、様々な仮説が提案されている。 | ||
セロトニン神経に発現する自己抑制性の5-HT1A受容体(および5-HT1B受容体)は、細胞体/樹状突起やvaricosityと呼ばれるセロトニン放出サイトから遊離したセロトニンにより活性化され、電位依存性カルシウムチャネルの阻害、カリウムチャネルの開口などを介してセロトニン神経活動およびセロトニン遊離にネガティブフィードバックを行っている<ref name=Hajos1995><pubmed>7675121</pubmed></ref><ref name=Gray2013><pubmed>23374637</pubmed></ref> [26,27]。SSRIなどSERTの阻害薬の急性投与によりセロトニンの再取り込みが阻害されると、細胞外セロトニン濃度は上昇するものの、抑制性の5-HT1A受容体の活性化を通じてセロトニン神経活動およびセロトニン遊離が抑制されるため、細胞外セロトニン濃度の上昇は限定的なものとなる。実際、げっ歯類における検討では、SSRI急性投与による細胞外セロトニン濃度上昇が5-HT1A受容体阻害薬の共処置により増強することや、SSRI急性投与によるセロトニン神経活動低下が5-HT1A受容体阻害薬の共処置で抑制されることが示されている<ref name=Hjorth1996><pubmed>8982649</pubmed></ref><ref name=Koda2025><pubmed>39828391</pubmed></ref> [28,29]。SERT阻害薬の慢性投与により5-HT1A受容体が持続的に活性化することで脱感作およびダウンレギュレーションが生じ、セロトニン神経活動に対するネガティブフィードバックが解除される。この5-HT1A受容体の脱感作あるいはダウンレギュレーションに時間を要することが、SSRIなどSERT阻害作用を有する抗うつ薬の薬効発現に時間を要する理由の一つであると考えられている('''図2''')。 | |||
一方で、抗うつ薬投与後の5-HT1A受容体量低下と抗うつ効果の間に相関がみられないとする臨床研究もあり、抗うつ薬の薬効発現における意義については不明な点も多く残されている<ref name=Gray2013><pubmed>23374637</pubmed></ref>[27]。SSRIを含む抗うつ薬の慢性投与が、セロトニン神経の自発的な活動性を(抑制性自己受容体とは無関係に)亢進させることや、脳由来神経栄養因子(BDNF)やCREBの発現増加、神経新生の増加などを引き起こすことも明らかにされており、これらの因子を通じた神経可塑的変化や神経回路の再編成が抗うつ作用の発現に重要である可能性も示唆される<ref name=Nibuya1995><pubmed>7472505</pubmed></ref><ref name=Nibuya1996><pubmed>8601816</pubmed></ref><ref name=Santarelli2003><pubmed>12907793</pubmed></ref><ref name=Asaoka2017><pubmed>29051549</pubmed></ref> [30-33]。SSRIを含む抗うつ薬は長年に渡り使用されているもののその機序の解明には未だ至っておらず、さらなる研究がまたれる。 | |||
== 非選択的作用 == | == 非選択的作用 == | ||