「ミトコンドリア」の版間の差分

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 他の[[オルガネラ]]と異なり、[[外膜]]、[[内膜]]の2つの[[脂質二重膜]]からなり、内膜は複雑に入り組んだ膜構造を示す([[クリステ]]構造)('''図1''')。[[核]][[ゲノム]]とは異なる独自の[[DNA]]([[mitochondrial DNA]]: [[mtDNA]])を有しており、[[電子伝達系]]タンパク質複合体の一部およびそれらを[[翻訳]]するための[[transfer RNA]], [[ribosomal RNA]]はmtDNAにコードされている。
 他の[[オルガネラ]]と異なり、[[外膜]]、[[内膜]]の2つの[[脂質二重膜]]からなり、内膜は複雑に入り組んだ膜構造を示す([[クリステ]]構造)('''図1''')。[[核]][[ゲノム]]とは異なる独自の[[DNA]]([[mitochondrial DNA]]: [[mtDNA]])を有しており、[[電子伝達系]]タンパク質複合体の一部およびそれらを[[翻訳]]するための[[transfer RNA]], [[ribosomal RNA]]はmtDNAにコードされている。


 ミトコンドリアは静的なオルガネラではなく、生合成・分裂・融合・分解を経ることで動的にその形態を変え、[[モータータンパク質]]により[[細胞骨格]]上を活発に輸送されることで局所での細胞の機能発揮を支える。古典的な教科書に描かれているような球状あるいは楕円状の単一の構造ではなく、非常に多様な形態をとり、時には細長い筒状構造が連結した構造を示す。極めて長く複雑な突起を有し、細胞内の機能的区画化を示す[[ニューロン]]において、ミトコンドリアは細胞区画ごとにユニークな形態を示す。[[樹状突起]]においては長い筒状の構造を示し、突起が枝分かれする場合、ミトコンドリアもそれに沿った枝分かれ構造を示す。一方で、[[軸索]]においては直径数百 nmから1 µmの顆粒状の構造を示し、[[大脳]]の[[投射ニューロン]]の場合にはそのおよそ半分が[[シナプス前部]]近傍に局在する。
 ミトコンドリアの形態は静的ではなく、生合成・分裂・融合・分解を経ることで動的にその形態を変える。さらに[[モータータンパク質]]により[[細胞骨格]]上を活発に輸送されることで局所での細胞の機能発揮を支える。古典的な教科書に描かれているような球状あるいは楕円状の単一の構造ではなく、非常に多様な形態をとり、時には細長い筒状構造が連結した構造を示す。極めて長く複雑な突起を有し、細胞内の機能的区画化を示す[[ニューロン]]において、ミトコンドリアは細胞区画ごとにユニークな形態を示す。[[樹状突起]]においては長い筒状の構造を示し、突起が枝分かれする場合、ミトコンドリアもそれに沿った枝分かれ構造を示す。一方で、[[軸索]]においては直径数百 nmから1 µmの顆粒状の構造を示し、[[大脳]]の[[投射ニューロン]]の場合にはそのおよそ半分が[[シナプス前部]]近傍に局在する。
[[ファイル:Hirabayashi mitochondria Fig2.png|サムネイル|'''図2. TCA回路、酸化的リン酸化経路'''<br>解糖系 (細胞質) によりグルコースから生成されたピルビン酸 (Pyruvate) は酸化的脱炭酸反応により2炭素のアセチルCoA (Acetyl-CoA) に変換され、TCA回路 (クエン酸回路, Krebs回路) に入る。アセチルCoA は4炭素のオキサロ酢酸 (Oxaloacetate) と結合して6炭素のクエン酸を生成する。一連の反応により、1分子のアセチルCoAから3分子のNADHと1分子のFADH<sub>2</sub>が生成される。これらはそれぞれ呼吸鎖複合体 (電子伝達系, Electron transport chain) のComplex IとComplex IIへ供給される。NADHとFADH<sub>2</sub>が持つ電子は電子伝達系に渡され、Complex I, Complex III, Complex IV (Complex I, IVのプロトンポンプとしての働き、もしくは副反応) によりH<sup>+</sup>がミトコンドリア内膜から膜間へと汲み出されH<sup>+</sup>濃度勾配が形成される。このH<sup>+</sup>濃度勾配によりComplex V (ATP合成酵素) が駆動されATPが産生される。]]
[[ファイル:Hirabayashi mitochondria Fig2.png|サムネイル|'''図2. TCA回路、酸化的リン酸化経路'''<br>解糖系 (細胞質) によりグルコースから生成されたピルビン酸 (Pyruvate) は酸化的脱炭酸反応により2炭素のアセチルCoA (Acetyl-CoA) に変換され、TCA回路 (クエン酸回路, Krebs回路) に入る。アセチルCoA は4炭素のオキサロ酢酸 (Oxaloacetate) と結合して6炭素のクエン酸を生成する。一連の反応により、1分子のアセチルCoAから3分子のNADHと1分子のFADH<sub>2</sub>が生成される。これらはそれぞれ呼吸鎖複合体 (電子伝達系, Electron transport chain) の複合体Iと複合体IIへ供給される。NADHとFADH<sub>2</sub>が持つ電子は電子伝達系に渡され、複合体I, 複合体III, 複合体IV (複合体I, IVのプロトンポンプとしての働き、もしくは副反応) によりH<sup>+</sup>がミトコンドリア内膜から膜間へと汲み出されH<sup>+</sup>濃度勾配が形成される。このH<sup>+</sup>濃度勾配により複合体 V (ATP合成酵素) が駆動されATPが産生される。]]


== 基本機能 ==
== 基本機能 ==
=== TCA回路 ===
=== TCA回路 ===
 [[トリカルボン酸回路|トリカルボン酸 (tricarboxylic acid; TCA)回路]] ([[クエン酸回路]], [[Krebs回路]]) は、[[脂肪酸]]やアミノ酸、[[ピルビン酸]]の[[酸化]]から生じた2炭素の[[アセチルCoA]]が、4炭素の[[オキサロ酢酸]]と結合して6炭素の[[クエン酸]]を生成する反応から始まる閉鎖型ループ反応である ('''図2''')。一連の8段階の反応により、1分子のアセチルCoAから3分子の[[NADH]]と1分子の[[FADH2|FADH<sub>2</sub>]]が生成される。これらはそれぞれ呼吸鎖複合体 (電子伝達系, Electron transport chain) のComplex IとComplex IIへ供給され、最終的に酸化的リン酸化を介したATP産生に利用される。また、TCA回路は異化反応 (Catabolism) だけでなく同化反応 (Anabolism) にも重要な役割を果たし、その中間体はアミノ酸やヌクレオチドなどの生体分子の合成に寄与する。例えば、オキサロ酢酸はアスパラギン酸、α-ケトグルタル酸はグルタミン酸の前駆体として各アミノ酸の生合成に関与する。同化反応によって回路内の中間体が不足すると、回路を維持するためにアナプレロシス (anaplerosis) と呼ばれる補充経路が必要となる。代表的なアナプレロティック反応として、ピルビン酸カルボキシラーゼによって触媒されるピルビン酸からオキサロ酢酸への変換がある。
 [[トリカルボン酸回路|トリカルボン酸 (tricarboxylic acid; TCA)回路]] ([[クエン酸回路]], [[Krebs回路]]) は、[[脂肪酸]]やアミノ酸、[[ピルビン酸]]の[[酸化]]から生じた2炭素の[[アセチルCoA]]が、4炭素の[[オキサロ酢酸]]と結合して6炭素の[[クエン酸]]を生成する反応から始まる閉鎖型ループ反応である ('''図2''')。一連の8段階の反応により、1分子のアセチルCoAから3分子の[[NADH]]と1分子の[[FADH2|FADH<sub>2</sub>]]が生成される。これらはそれぞれ呼吸鎖複合体 ([[電子伝達系]], Electron transport chain) の複合体Iと複合体IIへ供給され、最終的に[[酸化的リン酸化]]を介した[[ATP]]産生に利用される。
 
 また、TCA回路は[[異化反応]] (catabolism) だけでなく[[同化反応]] (anabolism) にも重要な役割を果たし、その中間体はアミノ酸や[[ヌクレオチド]]などの生体分子の合成に寄与する。例えば、オキサロ酢酸は[[アスパラギン酸]]、[[α-ケトグルタル酸]]は[[グルタミン酸]]の前駆体として各アミノ酸の生合成に関与する。同化反応によって回路内の中間体が不足すると、回路を維持するために[[アナプレロシス]] (anaplerosis) と呼ばれる補充経路が必要となる。代表的なアナプレロティック反応として、[[ピルビン酸カルボキシラーゼ]]によって触媒されるピルビン酸からオキサロ酢酸への変換がある。


=== 酸化的リン酸化 ===
=== 酸化的リン酸化 ===
 TCA回路で生成されたNADHとFADH<sub>2</sub>は、ミトコンドリア内膜に位置する呼吸鎖複合体(Complex I: NADH-ubiquinone oxidoreductase, Complex II: succinate dehydrogenase, Complex III: cytochrome bc1、Complex IV: cytochrome C oxidase) のうち、それぞれComplex I及びComplex IIに電子を供与する。ユビキノン(コエンザイムQとも呼ばれる)は酸化還元活性を有する脂溶性の分子であり、Complex I、Complex IIにより還元されてユビキノールとなる。Complex IIIはユビキノールを酸化し、ヘムタンパク質の一種であり水溶性分子のシトクロムcを還元する。シトクロムcはComplex IVにより酸化され、酸素分子に電子を伝達することで水が生成される。この過程で放出されるエネルギーは、プロトン (H<sup>+</sup>) を膜間腔へ輸送するために使われ、H<sup>+</sup>濃度勾配が形成される。このH<sup>+</sup>濃度勾配に従ってComplex V (ATP合成酵素複合体) を通しH<sup>+</sup>がマトリックスへ流入すると、そのエネルギーによって酸化的リン酸化反応が駆動される。Complex Vは時計回りに回転すると、ADPのリン酸化により細胞のエネルギー通貨であるATPを産生する一方、H<sup>+</sup>濃度勾配や膜電位が低下すると、ATPの加水分解を駆動力としてComplex Vは逆回転し、H<sup>+</sup>を膜間腔へ押し出すことでH<sup>+</sup>濃度勾配や膜電位の回復に寄与する。定常時にこの逆回転反応はATPIF1 (ATPase inhibitor factor 1) により抑制されている。また、呼吸鎖複合体も細胞の環境に応じて電子伝達の逆回し(Reverse electron transport; RET)を行い、積極的に活性酸素種(Reactive Oxygen Species; ROS)を発生させることが知られる。
 TCA回路で生成されたNADHとFADH<sub>2</sub>は、ミトコンドリア内膜に位置する呼吸鎖複合体([[複合体I]]:[[NADH-ユビキノン酸化還元酵素]]、[[複合体II]]:[[コハク酸脱水素酵素]]、[[複合体III]]:[[シトクロムbc1複合体]]、[[複合体IV]]:[[シトクロムc酸化酵素]])のうち、それぞれ複合体I及び複合体IIに電子を供与する。[[ユビキノン]]([[コエンザイムQ]]とも呼ばれる)は酸化還元活性を有する[[脂溶性]]の分子であり、複合体I、複合体IIにより還元されて[[ユビキノール]]となる。複合体IIIはユビキノールを酸化し、[[ヘムタンパク質]]の一種であり水溶性分子のシトクロムcを還元する。シトクロムcは複合体IVにより酸化され、酸素分子に電子を伝達することで水が生成される。この過程で放出されるエネルギーは、プロトン (H<sup>+</sup>) を膜間腔へ輸送するために使われ、H<sup>+</sup>濃度勾配が形成される。このH<sup>+</sup>濃度勾配に従って複合体V ([[ATP合成酵素複合体]]) を通しH<sup>+</sup>がマトリックスへ流入すると、そのエネルギーによって酸化的リン酸化反応が駆動される。複合体Vは時計回りに回転すると、ADPのリン酸化により細胞のエネルギー通貨であるATPを産生する一方、H<sup>+</sup>濃度勾配や膜電位が低下すると、ATPの[[加水分解]]を駆動力として複合体Vは逆回転し、H<sup>+</sup>を膜間腔へ押し出すことでH<sup>+</sup>濃度勾配や膜電位の回復に寄与する。定常時にこの逆回転反応は[[ATPIF1]] ([[ATPase inhibitor factor 1]]) により抑制されている。また、呼吸鎖複合体も細胞の環境に応じて電子伝達の逆回し(Reverse electron transport; RET)を行い、積極的に[[活性酸素種]]([[reactive oxygen Species]]; [[ROS]])を発生させることが知られる。


 Complex IIを除くすべての呼吸鎖複合体は、核DNAとmtDNAの両方にコードされたサブユニットを持つ。複合体同士が会合し、スーパーコンプレックスが形成されることもある。さらに近年、呼吸鎖複合体構成タンパク質の一部は、脳や心臓などの非分裂細胞を含む組織において、非常にターンオーバーが遅く、数ヶ月以上残存する(長寿命タンパク質; Long-lived mitochondrial proteins; mt-LLPsである)ことが報告されている<ref name=Bomba-Warczak2021><pubmed>34259807</pubmed></ref><ref name=Krishna2021><pubmed>34715012</pubmed></ref><ref name=Li2025><pubmed>40118046</pubmed></ref>1-3。
 複合体IIを除くすべての呼吸鎖複合体は、核DNAとmtDNAの両方にコードされたサブユニットを持つ。複合体同士が会合し、スーパーコンプレックスが形成されることもある。さらに近年、呼吸鎖複合体構成タンパク質の一部は、脳や心臓などの非分裂細胞を含む組織において、非常にターンオーバーが遅く、数ヶ月以上残存する([[長寿命タンパク質]]; Long-lived mitochondrial proteins; mt-LLPsである)ことが報告されている<ref name=Bomba-Warczak2021><pubmed>34259807</pubmed></ref><ref name=Krishna2021><pubmed>34715012</pubmed></ref><ref name=Li2025><pubmed>40118046</pubmed></ref>1-3。


=== 脂質合成 ===
=== 脂質合成 ===
 ミトコンドリアの脂質二重膜は400種類以上の脂質で構成されており、その中でもリン脂質の一種であるカルジオリピン (Cardiolipin, CL) は、ミトコンドリアの特に内膜に存在する ('''図1''')。カルジオリピンはホスファチジン酸 (PA) を前駆体として合成され、ホスファチジン酸は小胞体からミトコンドリア–小胞体接触部位 (Mitochondria-ER contact sites; MERCS) を介して輸送される。また、ミトコンドリア内膜ではホスファチジルエタノールアミンの合成も行われている。
 ミトコンドリアの[[脂質二重膜]]は400種類以上の[[脂質]]で構成されており、その中でも[[リン脂質]]の一種である[[カルジオリピン]] ([[cardiolipin]], CL) は、ミトコンドリアの特に内膜に存在する ('''図1''')。カルジオリピンは[[ホスファチジン酸]] (PA) を前駆体として合成され、ホスファチジン酸は小胞体からミトコンドリア–小胞体接触部位 (Mitochondria-ER contact sites; MERCS) を介して輸送される。また、ミトコンドリア内膜ではホスファチジルエタノールアミンの合成も行われている。


 カルジオリピンは、ミトコンドリア内膜のクリステ構造の形成を促し、呼吸鎖複合体などの膜タンパク質の触媒活性を維持する上で重要な役割を果たす。さらに、中枢神経系では、カルジオリピンの含量や構造、局在の異常が神経新生の障害や神経機能不全と関連し、アルツハイマー病やパーキンソン病をはじめとする複数の神経変性疾患の病態に関与すると考えられている<ref name=Falabella2021><pubmed>33640250</pubmed></ref>4。
 カルジオリピンは、ミトコンドリア内膜のクリステ構造の形成を促し、呼吸鎖複合体などの膜タンパク質の触媒活性を維持する上で重要な役割を果たす。さらに、中枢神経系では、カルジオリピンの含量や構造、局在の異常が神経新生の障害や神経機能不全と関連し、アルツハイマー病やパーキンソン病をはじめとする複数の神経変性疾患の病態に関与すると考えられている<ref name=Falabella2021><pubmed>33640250</pubmed></ref>4。
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 多くの細胞種では、シトクロムc放出は不可逆的にアポトーシスを誘導するが、交感神経ニューロンではBH3-onlyタンパク質の過剰発現やシトクロムcのmicroinjectionではアポトーシスが誘導されないことから、一部のニューロンではシトクロムc放出はアポトーシス誘導に十分ではない<ref name=Deshmukh1998><pubmed>9808457</pubmed></ref><ref name=Deshmukh2000><pubmed>10893262</pubmed></ref><ref name=Martinou1999><pubmed>10085288</pubmed></ref>11-13。交感神経ニューロンは、Nerve growth factor (NGF) の存在下で生存が維持され、NGFの除去によりアポトーシスが誘導される。NGF の除去によりシトクロムcが放出されても、ミトコンドリア膜電位が失われる前にNGFを再添加するとニューロンは生存するが、膜電位が失われた後にNGFを再添加してもニューロンの生存は回復されない。このことから、交感神経ニューロンにおけるアポトーシス誘導の可逆性の閾値は、シトクロムc放出ではなくミトコンドリア膜電位の脱分極が決定すると考えられる。
 多くの細胞種では、シトクロムc放出は不可逆的にアポトーシスを誘導するが、交感神経ニューロンではBH3-onlyタンパク質の過剰発現やシトクロムcのmicroinjectionではアポトーシスが誘導されないことから、一部のニューロンではシトクロムc放出はアポトーシス誘導に十分ではない<ref name=Deshmukh1998><pubmed>9808457</pubmed></ref><ref name=Deshmukh2000><pubmed>10893262</pubmed></ref><ref name=Martinou1999><pubmed>10085288</pubmed></ref>11-13。交感神経ニューロンは、Nerve growth factor (NGF) の存在下で生存が維持され、NGFの除去によりアポトーシスが誘導される。NGF の除去によりシトクロムcが放出されても、ミトコンドリア膜電位が失われる前にNGFを再添加するとニューロンは生存するが、膜電位が失われた後にNGFを再添加してもニューロンの生存は回復されない。このことから、交感神経ニューロンにおけるアポトーシス誘導の可逆性の閾値は、シトクロムc放出ではなくミトコンドリア膜電位の脱分極が決定すると考えられる。


 また、シトクロムc放出後にニューロンが膜電位を維持するメカニズムとして、ETCを逆方向に動かす経路が働いていることが知られている。NGFの除去に応答してアポトーシスを開始したニューロンは、OXPHOSではなく解糖系に依存してATP産生を行う。このATPは通常の細胞機能維持だけでなく、ETC (ComplexV) を逆方向に動かし、プロトン勾配を生成し短期的ではあるがミトコンドリア膜電位の維持に働く<ref name=Chang2003><pubmed>12876275</pubmed></ref>14。このようにして、交感神経ニューロンはアポトーシス誘導の可逆性の閾値を遅らせることを可能にしている。
 また、シトクロムc放出後にニューロンが膜電位を維持するメカニズムとして、ETCを逆方向に動かす経路が働いていることが知られている。NGFの除去に応答してアポトーシスを開始したニューロンは、OXPHOSではなく解糖系に依存してATP産生を行う。このATPは通常の細胞機能維持だけでなく、ETC (複合体V) を逆方向に動かし、プロトン勾配を生成し短期的ではあるがミトコンドリア膜電位の維持に働く<ref name=Chang2003><pubmed>12876275</pubmed></ref>14。このようにして、交感神経ニューロンはアポトーシス誘導の可逆性の閾値を遅らせることを可能にしている。


 さらに、ニューロンがシトクロムcに抵抗性を示す他のメカニズムとして、シトクロムcの酸化還元状態の制御とシトクロムcの分解制御の2つが考えられている。シトクロムcには酸化型と還元型があり、酸化型シトクロムcは還元型よりも強力にカスパーゼを活性化する。健常なニューロンは高度に解糖的であり、ペントースリン酸経路へのグルコース-6-リン酸のフラックスによって高レベルのグルタチオン(GSH)が生成され、細胞内環境を還元状態に保っている。その結果、ミトコンドリアから放出されたシトクロムcは還元型で不活性化され、カスパーゼを活性化できない<ref name=Vaughn2008><pubmed>19029908</pubmed></ref>15。アポトーシス時にはROSの増加により細胞内環境が酸化的になり、シトクロムc依存のカスパーゼ活性化が促進される<ref name=Vaughn2008><pubmed>19029908</pubmed></ref><ref name=Greenlund1995><pubmed>7857640</pubmed></ref><ref name=Kirkland2002><pubmed>12151527</pubmed></ref><ref name=Kirkland2001><pubmed>11245680</pubmed></ref>15-18。GSHはミトコンドリアからのシトクロムc放出の抑制など複数の機構を介してアポトーシスを制御しており、上述のシトクロムcの酸化還元状態を介したカスパーゼ活性化の抑制も、その重要な機構の一つと考えられる。さらに、シトクロムcの酸化還元状態による不活性化に加え、ニューロンは細胞質内シトクロムcを分解する機構を有し、シトクロムcはE3ユビキチンリガーゼCul9/Parcによって分解される<ref name=Gama2014><pubmed>25028717</pubmed></ref>19。
 さらに、ニューロンがシトクロムcに抵抗性を示す他のメカニズムとして、シトクロムcの酸化還元状態の制御とシトクロムcの分解制御の2つが考えられている。シトクロムcには酸化型と還元型があり、酸化型シトクロムcは還元型よりも強力にカスパーゼを活性化する。健常なニューロンは高度に解糖的であり、ペントースリン酸経路へのグルコース-6-リン酸のフラックスによって高レベルのグルタチオン(GSH)が生成され、細胞内環境を還元状態に保っている。その結果、ミトコンドリアから放出されたシトクロムcは還元型で不活性化され、カスパーゼを活性化できない<ref name=Vaughn2008><pubmed>19029908</pubmed></ref>15。アポトーシス時にはROSの増加により細胞内環境が酸化的になり、シトクロムc依存のカスパーゼ活性化が促進される<ref name=Vaughn2008><pubmed>19029908</pubmed></ref><ref name=Greenlund1995><pubmed>7857640</pubmed></ref><ref name=Kirkland2002><pubmed>12151527</pubmed></ref><ref name=Kirkland2001><pubmed>11245680</pubmed></ref>15-18。GSHはミトコンドリアからのシトクロムc放出の抑制など複数の機構を介してアポトーシスを制御しており、上述のシトクロムcの酸化還元状態を介したカスパーゼ活性化の抑制も、その重要な機構の一つと考えられる。さらに、シトクロムcの酸化還元状態による不活性化に加え、ニューロンは細胞質内シトクロムcを分解する機構を有し、シトクロムcはE3ユビキチンリガーゼCul9/Parcによって分解される<ref name=Gama2014><pubmed>25028717</pubmed></ref>19。
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==== オリゴデンドロサイト====
==== オリゴデンドロサイト====
 軸索をwrappingするミエリン鞘の形成、維持には脂質(コレステロール、リン脂質、糖スフィンゴ脂質)供給が必要となり、膨大なATPを要する。およそ1gのミエリンを形成するのに約3.3×10²³個のATP分子が必要であると見積もられている<ref name=Meyer2021><pubmed>34198810</pubmed></ref>57。このミエリン産生時期に必要な膨大なATPは主にミトコンドリアの酸化的リン酸化により担われると考えられている。実際に、ミエリン発達期のオリゴデンドロサイトにおいて、呼吸鎖複合体complex IVの構成因子であるヘムAの生合成に重要なCox10遺伝子 (heme A:farnesyltransferase gene) のノックアウトにより顕著なミエリン形成異常が起きる。一方、ミエリン形成後におけるCox10のノックアウトではミエリンや軸索機能異常は見られなかった<ref name=Funfschilling2012><pubmed>22622581</pubmed></ref>58。このことから、オリゴデンドロサイト前駆細胞 (Oligodendrocyte precursor cell; OPC) やミエリン形成を担うオリゴデンドロサイトはミトコンドリア呼吸鎖複合体によるATP産生に依存する一方で、成熟したオリゴデンドロサイトは解糖系に依存し、エネルギー代謝経路のスイッチングが起きると考えられている。このオリゴデンドロサイトの成熟におけるエネルギー代謝経路のスイッチングと一致して、オリゴデンドロサイトの成熟に伴いミトコンドリア形態や密度も変化することが知られている<ref name=Meyer2021><pubmed>34198810</pubmed></ref>57。未成熟なオリゴデンドロサイトでは長いミトコンドリアが多い一方、成熟したオリゴデンドロサイトではミトコンドリアは短い断片化した形態を示し突起部に存在する。また、長年、中枢神経系のミエリンにはミトコンドリアが存在しないと考えられてきたが、近年、ミエリンにもミトコンドリアが存在することが確認され<ref name=Rinholm2016><pubmed>26775288</pubmed></ref><ref name=Nakamura2021><pubmed>32910475</pubmed></ref><ref name=Battefeld2019><pubmed>30605675</pubmed></ref>59-61、一次突起の3分の1程度の密度ではあるが細胞質チャネルやパラノード領域に存在する。このミエリンにおけるミトコンドリアの役割についてはあまり分かっていないが、Ca<sup>2+</sup>シグナルや脂質合成の制御に関わる可能性が示唆されている。
 軸索をwrappingするミエリン鞘の形成、維持には脂質(コレステロール、リン脂質、糖スフィンゴ脂質)供給が必要となり、膨大なATPを要する。およそ1gのミエリンを形成するのに約3.3×10²³個のATP分子が必要であると見積もられている<ref name=Meyer2021><pubmed>34198810</pubmed></ref>57。このミエリン産生時期に必要な膨大なATPは主にミトコンドリアの酸化的リン酸化により担われると考えられている。実際に、ミエリン発達期のオリゴデンドロサイトにおいて、呼吸鎖複合体複合体IVの構成因子であるヘムAの生合成に重要なCox10遺伝子 (heme A:farnesyltransferase gene) のノックアウトにより顕著なミエリン形成異常が起きる。一方、ミエリン形成後におけるCox10のノックアウトではミエリンや軸索機能異常は見られなかった<ref name=Funfschilling2012><pubmed>22622581</pubmed></ref>58。このことから、オリゴデンドロサイト前駆細胞 (Oligodendrocyte precursor cell; OPC) やミエリン形成を担うオリゴデンドロサイトはミトコンドリア呼吸鎖複合体によるATP産生に依存する一方で、成熟したオリゴデンドロサイトは解糖系に依存し、エネルギー代謝経路のスイッチングが起きると考えられている。このオリゴデンドロサイトの成熟におけるエネルギー代謝経路のスイッチングと一致して、オリゴデンドロサイトの成熟に伴いミトコンドリア形態や密度も変化することが知られている<ref name=Meyer2021><pubmed>34198810</pubmed></ref>57。未成熟なオリゴデンドロサイトでは長いミトコンドリアが多い一方、成熟したオリゴデンドロサイトではミトコンドリアは短い断片化した形態を示し突起部に存在する。また、長年、中枢神経系のミエリンにはミトコンドリアが存在しないと考えられてきたが、近年、ミエリンにもミトコンドリアが存在することが確認され<ref name=Rinholm2016><pubmed>26775288</pubmed></ref><ref name=Nakamura2021><pubmed>32910475</pubmed></ref><ref name=Battefeld2019><pubmed>30605675</pubmed></ref>59-61、一次突起の3分の1程度の密度ではあるが細胞質チャネルやパラノード領域に存在する。このミエリンにおけるミトコンドリアの役割についてはあまり分かっていないが、Ca<sup>2+</sup>シグナルや脂質合成の制御に関わる可能性が示唆されている。
   
   
==== 他オルガネラとの相互作用 ====
==== 他オルガネラとの相互作用 ====
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=== アルツハイマー病 ===
=== アルツハイマー病 ===
 アルツハイマー病患者の脳ではグルコース代謝、酸素消費量が低下していることから、ミトコンドリアの機能異常がアルツハイマー病の発症に寄与する可能性が考えられている。また、ミトコンドリア機能異常とアルツハイマー病発症との関連を示すより直接的な証拠として、アルツハイマー病罹患者の死後脳の電子顕微鏡観察から、ミトコンドリアのサイズ低下やクリステ構造の異常が観察されている<ref name=Trimmer2000><pubmed>10716887</pubmed></ref>68。さらに、アルツハイマー病罹患者においてpyruvate dehydrogenaseやketoglutarate dehydrogenase complexの活性低下が見られることから、ミトコンドリアのATP産生能低下がアルツハイマー病発症につながる可能性が考えられている<ref name=Bhatia2022><pubmed>33998995</pubmed></ref>69。
 アルツハイマー病患者の脳ではグルコース代謝、酸素消費量が低下していることから、ミトコンドリアの機能異常がアルツハイマー病の発症に寄与する可能性が考えられている。また、ミトコンドリア機能異常とアルツハイマー病発症との関連を示すより直接的な証拠として、アルツハイマー病罹患者の死後脳の電子顕微鏡観察から、ミトコンドリアのサイズ低下やクリステ構造の異常が観察されている<ref name=Trimmer2000><pubmed>10716887</pubmed></ref>68。さらに、アルツハイマー病罹患者においてpyruvate dehydrogenaseやketoglutarate dehydrogenase 複合体の活性低下が見られることから、ミトコンドリアのATP産生能低下がアルツハイマー病発症につながる可能性が考えられている<ref name=Bhatia2022><pubmed>33998995</pubmed></ref>69。


=== 多発性硬化症 ===
=== 多発性硬化症 ===
 多発性硬化症は、中枢神経(脳・脊髄)や視神経で起きる脱髄性の神経変性疾患である。病変部位の周囲に異常活性化したミクログリアを初めとするミエロイド系の細胞が蓄積し、TNF、IL-1β、一酸化窒素やROSを慢性的に放出することで髄鞘の再形成阻害、神経細胞や軸索の障害を引き起こすと考えられている。多発性硬化症の発症機序において、これまで主にオリゴデンドロサイトやニューロンにおけるミトコンドリア機能異常が注目されてきた。一方、近年の研究により、ミクログリアにおいて呼吸鎖複合体を介した電子伝達が逆方向に流れる電子伝達の逆回し(Reverse electron transport; RET) が生じ、Complex IIからComplex Iへ電子が逆行することで大量のROSが生成されることが明らかとなっている。これにより、ミクログリアの異常活性化に伴う慢性炎症が多発性硬化症の病態進行に寄与する可能性が示唆されるとともに、ミクログリアにおけるComplex I活性の選択的抑制による新規治療戦略の有望性が提示された<ref name=Peruzzotti-Jametti2024><pubmed>38480879</pubmed></ref>70。 
 多発性硬化症は、中枢神経(脳・脊髄)や視神経で起きる脱髄性の神経変性疾患である。病変部位の周囲に異常活性化したミクログリアを初めとするミエロイド系の細胞が蓄積し、TNF、IL-1β、一酸化窒素やROSを慢性的に放出することで髄鞘の再形成阻害、神経細胞や軸索の障害を引き起こすと考えられている。多発性硬化症の発症機序において、これまで主にオリゴデンドロサイトやニューロンにおけるミトコンドリア機能異常が注目されてきた。一方、近年の研究により、ミクログリアにおいて呼吸鎖複合体を介した電子伝達が逆方向に流れる電子伝達の逆回し(Reverse electron transport; RET) が生じ、複合体IIから複合体Iへ電子が逆行することで大量のROSが生成されることが明らかとなっている。これにより、ミクログリアの異常活性化に伴う慢性炎症が多発性硬化症の病態進行に寄与する可能性が示唆されるとともに、ミクログリアにおける複合体I活性の選択的抑制による新規治療戦略の有望性が提示された<ref name=Peruzzotti-Jametti2024><pubmed>38480879</pubmed></ref>70。 


== 関連項目 ==
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