「陽電子断層撮像法」の版間の差分

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英: positron emission tomography
英: positron emission tomography 独: Positronen-Emissions-Tomographie 仏: tomoscintigraphie par émission de positons  
: Positronen Emissions Tomographie
: tomoscintigraphie par émission de positons  


英略語:PET
英略語:PET


{{box|text=
{{box|text= 陽電子断層撮像法は、プラスの電荷を持つ陽電子を放出する核種により標識された化合物(PETプローブ)を用い、体内における分子の動態を通して生理的機能や病態に関連した空間的および時間的な変化を''in vivo''かつ本来の機能を保ったままの状態で非侵襲的に明らかにするイメージング法である。臨床ではガン細胞の中には正常細胞よりも多く糖を取込む性質を持つことからガンの診断に広く利用されており、他に局所脳血流(regional cerebral blood flow, rCBF)や局所糖代謝率(regional cerebral metabolic rate of glucose, rCMRglc)を測定することによって脳機能検査にも応用されている。また、神経伝達物質の受容体や合成酵素など、分子の機能に基づいた脳の神経化学的な側面を定量的かつ高感度に評価することに長けたイメージング法でもあり、近年では、アミロイドβタンパク質やタウタンパク質を特異的に認識するPETプローブの開発も盛んに行われており、アルツハイマー病の早期診断や治療薬の開発にも利用されている。}}
 陽電子断層撮像法は、プラスの電荷を持つ陽電子を放出する核種により標識された化合物(PETプローブ)を用い、体内における分子の動態を通して生理的機能や病態に関連した空間的および時間的な変化を''in vivo''かつ本来の機能を保ったままの状態で非侵襲的に明らかにするイメージング法である。臨床ではガン細胞の中には正常細胞よりも多く糖を取込む性質を持つことからガンの診断に広く利用されており、他に局所脳血流(regional cerebral blood flow, rCBF)や局所糖代謝率(regional cerebral metabolic rate of glucose, rCMRglc)を測定することによって脳機能検査にも応用されている。また、神経伝達物質の受容体や合成酵素など、分子の機能に基づいた脳の神経化学的な側面を定量的かつ高感度に評価することに長けたイメージング法でもあり、近年では、アミロイドβタンパク質やタウタンパク質を特異的に認識するPETプローブの開発も盛んに行われており、アルツハイマー病の早期診断や治療薬の開発にも利用されている。
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==計測原理と装置==
==計測原理と装置==
[[image:陽電子断層撮像法2.png|thumb|350px|'''図1.PET/CTとPET/MR''']]
[[image:陽電子断層撮像法2.png|thumb|350px|'''図1.PETを用いた分子イメージング'''<br>1. 生体内の特定の分子を調べたい場合は、そのターゲット分子とだけ結合する分子に放射性同位体を付けた「分子プローブ」を作り、投与する。<br>2. 放射性同位体の原子核が崩壊する時、陽電子を放射する。<br>3. その陽電子が周囲の電子と衝突して発生するγ線を計測して画像化することで、ターゲット分子がどこに、どれだけ存在しているかが分かる。]]


 陽電子断層撮像法では、多く存在する[[wikipedia:ja:放射性核種|放射性核種]]の中でも[[wikipedia:ja:β+壊変|β<sup>+</sup>壊変]]により[[wikipedia:ja:陽電子|陽電子]](電子の反粒子、プラスに荷電)を放出する核種([[wikipedia:ja:陽電子放出核種|陽電子放出核種]])を用いる。一般的に使用される陽電子放出核種は、<sup>11</sup>C、<sup>13</sup>N、<sup>15</sup>Oおよび<sup>18</sup>Fなどで、生体を構成する元素が多いことから分子の化学的性質を変えることなく標識することが特長である。
 陽電子断層撮像法では、多く存在する[[wikipedia:ja:放射性核種|放射性核種]]の中でも[[wikipedia:ja:β+壊変|β<sup>+</sup>壊変]]により[[wikipedia:ja:陽電子|陽電子]](電子の反粒子、プラスに荷電)を放出する核種([[wikipedia:ja:陽電子放出核種|陽電子放出核種]])を用いる。一般的に使用される陽電子放出核種は、<sup>11</sup>C、<sup>13</sup>N、<sup>15</sup>Oおよび<sup>18</sup>Fなどで、生体を構成する元素が多いことから分子の化学的性質を変えることなく標識することが特長である。


 それぞれ物理学的半減期は<sup>11</sup>C(20分)、<sup>13</sup>N(10分)、<sup>15</sup>O(2分)、<sup>18</sup>F(110分)と、<sup>3</sup>H(12.3年)や<sup>14</sup>C(5730年)に比べ非常に短く生体への長期間被曝。
 それぞれ物理学的半減期は<sup>11</sup>C(20分)、<sup>13</sup>N(10分)、<sup>15</sup>O(2分)、<sup>18</sup>F(110分)と、<sup>3</sup>H(12.3年)や<sup>14</sup>C(5730年)に比べ非常に短く生体への長期間被曝を避けることができる。


 これら短寿命の陽電子放出核種は、[[wikipedia:ja:加速器|加速器]]の[[wikipedia:ja:サイクロトロン|サイクロトロン]]でターゲットとなる[[wikipedia:ja:原子核|原子核]]に[[wikipedia:ja:プロトン|プロトン]]などの荷電粒子を入射することで生成される。
 これら短寿命の陽電子放出核種は、[[wikipedia:ja:加速器|加速器]]の[[wikipedia:ja:サイクロトロン|サイクロトロン]]でターゲットとなる[[wikipedia:ja:原子核|原子核]]に[[wikipedia:ja:プロトン|プロトン]]などの荷電粒子を入射することで生成される。(<u>編集部コメント:その場で合成しなければならないこと、そのための設備や化学者が必要で設置できる場所が限られることなどを記述してはいかがでしょうか。</u>)


 生体イメージングでは、陽電子放出核種で標識された化合物を投与(主に溶液は[[wikipedia:ja:静脈|静脈]]内、ガスは吸引)し、生体内でβ<sup>+</sup>壊変して放出された陽電子と自由電子の衝突によって対消滅した際に一対の511keVの[[wikipedia:ja:消滅γ線|消滅γ線]](annihilation γray)を生じる。この消滅γ線はリング状に配置されたシンチレータと[[wikipedia:ja:光電子増倍管|光電子増倍管]](PMT, photomultiplier) を組み込んだγ線検出器に入射し、同時計数検出器により検出された場合のみに検出器間の直線上でのイベントとして記録され、累積した空間情報から定量的な断層画像として再構成される(図1)。
 生体イメージングでは、陽電子放出核種で標識された化合物を投与(主に溶液は[[wikipedia:ja:静脈|静脈]]内、ガスは吸引)し、生体内でβ<sup>+</sup>壊変して放出された陽電子と自由電子の衝突によって対消滅した際に一対の511keVの[[wikipedia:ja:消滅γ線|消滅γ線]](annihilation γray)を生じる。この消滅γ線はリング状に配置されたシンチレータと[[wikipedia:ja:光電子増倍管|光電子増倍管]](PMT, photomultiplier) を組み込んだγ線検出器に入射し、同時計数検出器により検出された場合のみに検出器間の直線上でのイベントとして記録され、累積した空間情報から定量的な断層画像として再構成される(図1)。
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{| class="wikitable"
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|+表1. PETを用いた分子イメージングに用いられる標識プローベ
|+. 脳研究に使われる様々なPETプローブ
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| colspan="2" | '''神経伝達のイメージング'''
| colspan="2" | '''神経伝達のイメージング'''
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| [[セロトニントランスポーター|トランスポーター]] || [[McN5652|[<sup>11</sup>C]McN5652]], [[DASB|[<sup>11</sup>C]DASB]], [[RTI-357|[<sup>11</sup>C]RTI-357]]  
| [[セロトニントランスポーター|トランスポーター]] || [[McN5652|[<sup>11</sup>C]McN5652]], [[DASB|[<sup>11</sup>C]DASB]], [[RTI-357|[<sup>11</sup>C]RTI-357]]  
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| [[5-HT1A受容体|5-HT1<sub>A</sub>受容体]] || [[WAY100635|[<sup>11</sup>C]WAY100635]], [[MPPF|[<sup>18</sup>F]MPPF]]
| [[5-HT1A受容体|5-HT<sub>1A</sub>受容体]] || [[WAY100635|[<sup>11</sup>C]WAY100635]], [[MPPF|[<sup>18</sup>F]MPPF]]
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| [[5-HT2A受容体|5-HT2<sub>A</sub>受容体]] || [[MDL100907|[<sup>11</sup>C]MDL100907]], [[setoperone|[<sup>18</sup>F]setoperone]]
| [[5-HT2A受容体|5-HT<sub>2A</sub>受容体]] || [[MDL100907|[<sup>11</sup>C]MDL100907]], [[setoperone|[<sup>18</sup>F]setoperone]]
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| colspan="2" | [[アセチルコリン]]系
| colspan="2" | [[アセチルコリン]]系
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==脳機能計測==
==脳機能計測==
 機能的MRI と同様に、陽電子断層撮像法でも、<sup>15</sup>Oでラベルされた水(H<sub>2</sub><sup>15</sup>O)を用いて脳賦活試験を行うことができる。これは神経活動の増加によって引き起こされた局所脳血流の増大を計測することで間接的に皮質下の神経活動を測定する。H<sub>2</sub><sup>15</sup>Oを用いた局所血流の測定には約1分程度の時間を要し、神経活動の測定法としては、時間分解能は低いが、数種類のタスクを各々数回程度陽電子断層撮像法スキャンし、個別に賦活部位を同定することも可能である。[[脳賦活試験]]は、現在では、より高い時間分解能と空間分解能を持つ機能的MRIが主流であるが、[[wikipedia:ja:ペースメーカー|ペースメーカー]]を持つ患者等、磁性体の問題などがある場合に用いられる。
 機能的MRI と同様に、陽電子断層撮像法でも、<sup>15</sup>Oでラベルされた水(H<sub>2</sub><sup>15</sup>O)を用いて脳賦活試験を行うことができる。これは神経活動の増加によって引き起こされた局所脳血流の増大を計測することで間接的に皮質下の神経活動を測定する。H<sub>2</sub><sup>15</sup>Oを用いた局所血流の測定には約1分程度の時間を要し、神経活動の測定法としては、時間分解能は低いが、数種類のタスクを各々数回程度陽電子断層撮像法スキャンし、個別に賦活部位を同定することも可能である。[[脳賦活試験]]は、現在では、より高い時間分解能と空間分解能を持つ機能的MRIが主流であるが、[[wikipedia:ja:ペースメーカー|ペースメーカー]]を持つ患者等、[[wj:磁性体|磁性体]]の問題などがある場合に用いられる。


 [[グルコース]]の類縁体である[[2-デオキシグルコース]](2DG)を<sup>18</sup>Fで標識した[[フルオロデオキシグルコース]](<sup>18</sup>F-FDG)を用いることにより、脳の局所糖代謝率(rCMRglc)を測定することができる。<sup>18</sup>Fの物理的半減期が110分で、<sup>18</sup>F-FDGを用いたグルコース代謝の測定には最低でも60分程度の時間が必要であることから、この方法でも、神経活動の早い変化を捉えることはできないが、脳におけるグルコース代謝率の変化は[[シナプス]]活動を強く反映していることから<ref name=ref2><pubmed>8670638</pubmed></ref>、神経細胞よりもむしろシナプスの機能に障害が起こる[[アルツハイマー病]]などの神経変性疾患等の患者の脳機能検査に用いられている。ただし、定量的なグルコース利用能(CGU)を算出するためには、動脈血中における<sup>18</sup>F-FDGの動態情報が必要であり、撮像と同時並行して連続的な[[動脈血]]採血を行う必要がある。動脈血採血の負担は大きいことから、近年、これを回避するために特殊な小型のγ線検出器を用いて[[wikipedia:ja:頸動脈|頸動脈]]などから情報得る方法も試みられている。
 [[グルコース]]の類縁体である[[2-デオキシグルコース]](2DG)を<sup>18</sup>Fで標識した[[フルオロデオキシグルコース]](<sup>18</sup>F-FDG)を用いることにより、脳の局所糖代謝率(rCMRglc)を測定することができる。<sup>18</sup>Fの物理的半減期が110分で、<sup>18</sup>F-FDGを用いたグルコース代謝の測定には最低でも60分程度の時間が必要であることから、この方法でも、神経活動の早い変化を捉えることはできないが、脳におけるグルコース代謝率の変化は[[シナプス]]活動を強く反映していることから<ref name=ref2><pubmed>8670638</pubmed></ref>、神経細胞よりもむしろシナプスの機能に障害が起こる[[アルツハイマー病]]などの神経変性疾患等の患者の脳機能検査に用いられている。ただし、定量的なグルコース利用能(CGU)を算出するためには、動脈血中における<sup>18</sup>F-FDGの動態情報が必要であり、撮像と同時並行して連続的な[[動脈血]]採血を行う必要がある。動脈血採血の負担は大きいことから、近年、これを回避するために特殊な小型のγ線検出器を用いて[[wikipedia:ja:頸動脈|頸動脈]]などから情報得る方法も試みられている。
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==様々なPETプローブとその応用==
==様々なPETプローブとその応用==
[[image:陽電子断層撮像法3.png|thumb|350px|'''図2.脳研究に使われる様々なPETプローブ''']]
[[image:陽電子断層撮像法3.png|thumb|350px|'''図2.PET/CTとPET/MR''']]
[[image:陽電子断層撮像法4.png|thumb|350px|'''図3.初期アルツハイマー病患者におけるタウイメージング(<sup>18</sup>F-THK5117)(左)とアミロイドイメージング(<sup>11</sup>C-PiB)(右)'''<ref>[http://www2.idac.tohoku.ac.jp/dep/geriat/news/detail.php?no=1403154734 東北大学加齢医学研究所]</ref>]]
[[image:陽電子断層撮像法4.png|thumb|350px|'''図3.初期アルツハイマー病患者におけるタウイメージング(<sup>18</sup>F-THK5117)(左)とアミロイドイメージング(<sup>11</sup>C-PiB)(右)'''<ref>[http://www2.idac.tohoku.ac.jp/dep/geriat/news/detail.php?no=1403154734 東北大学加齢医学研究所]</ref>]]