「帯状皮質運動野」の版間の差分

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== 高次機能 ==
== 高次機能 ==


 帯状皮質運動野(主に CMAr)は、最適な行動選択を行うために必要な情報処理に関与する。サルの単一神経細胞記録や破壊実験によると、この領域は以下のような機能に関わるといわれている。報酬の情報に基づいた運動選択(reward-based motor selection)<ref name=ref38><pubmed>9812901</pubmed></ref>、エラーの検出(error detection)<ref name=ref39><pubmed>111772</pubmed></ref> <ref name=ref40><pubmed></pubmed></ref>、行動のイベント経過のモニター<ref name=ref41><pubmed></pubmed></ref>、正しい行動順序の探索<ref name=ref42><pubmed></pubmed></ref>、行動の価値(action value)の推定<ref name=ref43><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref44><pubmed></pubmed></ref>、報酬の予測と予測誤差(prediction error)の検出<ref name=ref45><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref46><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref47><pubmed></pubmed></ref>、自分自身はとらなかった行動に導かれる「経験していない結果(fictive outcome)」の情報処理<ref name=ref48><pubmed></pubmed></ref>等である。帯状皮質運動野が、これらのうち、もしくは別の1つの機能に特化していると説明しようとするより、行動(action)・結果(outcome)のモニタリングおよび評価を次の行動につなげる意思決定(decision making)過程に関与すると考えるほうが自然であろう。なお、帯状皮質運動野より前方部分の前帯状皮質においても、予測誤差の検出<ref name=ref49><pubmed></pubmed></ref>、報酬の有無や報酬量、報酬獲得に必要な労力に関連した活動<ref name=ref50><pubmed></pubmed></ref>等の報告があり、この領域一帯の細胞は、報酬の情報に基づいた行動選択に関わると考えられる。また、1つの細胞が複数の異なる情報をコードしたり、異なる情報(例えば、報酬が得られる確率と予測誤差など)をコードする細胞が領域内で混在したりしていることもしばしば報告される<ref name=ref47 /> <ref name=ref50 />。
 帯状皮質運動野(主に CMAr)は、最適な行動選択を行うために必要な情報処理に関与する。サルの単一神経細胞記録や破壊実験によると、この領域は以下のような機能に関わるといわれている。報酬の情報に基づいた運動選択(reward-based motor selection)<ref name=ref38><pubmed>9812901</pubmed></ref>、エラーの検出(error detection)<ref name=ref39><pubmed>111772</pubmed></ref> <ref name=ref40><pubmed>14526085</pubmed></ref>、行動のイベント経過のモニター<ref name=ref41><pubmed>15703223</pubmed></ref>、正しい行動順序の探索<ref name=ref42><pubmed>10769392</pubmed></ref>、行動の価値(action value)の推定<ref name=ref43><pubmed>16783368 </pubmed></ref> <ref name=ref44><pubmed>18215627</pubmed></ref>、報酬の予測と予測誤差(prediction error)の検出<ref name=ref45><pubmed>12040201</pubmed></ref> <ref name=ref46><pubmed>16207931</pubmed></ref> <ref name=ref47><pubmed>17670983</pubmed></ref>、自分自身はとらなかった行動に導かれる「経験していない結果(fictive outcome)」の情報処理<ref name=ref48><pubmed>19443783</pubmed></ref>等である。帯状皮質運動野が、これらのうち、もしくは別の1つの機能に特化していると説明しようとするより、行動(action)・結果(outcome)のモニタリングおよび評価を次の行動につなげる意思決定(decision making)過程に関与すると考えるほうが自然であろう。なお、帯状皮質運動野より前方部分の前帯状皮質においても、予測誤差の検出<ref name=ref49><pubmed>17450137</pubmed></ref>、報酬の有無や報酬量、報酬獲得に必要な労力に関連した活動<ref name=ref50><pubmed>19453638</pubmed></ref>等の報告があり、この領域一帯の細胞は、報酬の情報に基づいた行動選択に関わると考えられる。また、1つの細胞が複数の異なる情報をコードしたり、異なる情報(例えば、報酬が得られる確率と予測誤差など)をコードする細胞が領域内で混在したりしていることもしばしば報告される<ref name=ref47 /> <ref name=ref50 />。


 同様に、ヒトを対象とした fMRI、PET の研究においても、エラーの検出など行動の評価(action valuation)に関わる情報処理や、自己の意思による行動選択の際に帯状皮質運動野の活動がみられる5, 51-54。
 同様に、ヒトを対象とした fMRI、PET の研究においても、エラーの検出など行動の評価(action valuation)に関わる情報処理や、自己の意思による行動選択の際に帯状皮質運動野の活動がみられる<ref name=ref5 /> <ref name=ref51><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref52><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref53><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref54><pubmed></pubmed></ref>。


 また、ストループ課題(Stroop task)など、2つの情報が干渉し合うような課題を遂行中のヒト脳機能画像研究の結果から、前帯状皮質が反応の競合(response conflict)の検出を行っているという仮説が提唱された55。この仮説は、前帯状皮質のエラー検出機能についても一元的に説明できる仮説として支配的となった56, 57が、その一方で、サルを対象とした単一神経細胞活動記録実験からは、前帯状皮質の conflict monitoring hypothesis を支持する結果は得られていない40, 58。
 また、ストループ課題(Stroop task)など、2つの情報が干渉し合うような課題を遂行中のヒト脳機能画像研究の結果から、前帯状皮質が反応の競合(response conflict)の検出を行っているという仮説が提唱された<ref name=ref55><pubmed></pubmed></ref>。この仮説は、前帯状皮質のエラー検出機能についても一元的に説明できる仮説として支配的となった<ref name=ref56><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref57><pubmed></pubmed></ref>が、その一方で、サルを対象とした単一神経細胞活動記録実験からは、前帯状皮質の conflict monitoring hypothesis を支持する結果は得られていない<ref name=ref40 />, <ref name=ref58><pubmed></pubmed></ref>。


 帯状皮質運動野は体部位局在を持つが、高次コントロール機能においても、出力様式(眼球運動、上肢の運動など)による局在がある5, 59。帯状皮質運動野の脳腫瘍切除後の患者に、2つの出力様式(手指によるボタン押し、声)で、2種類の課題(2回の刺激に差異があるかを検出する課題と、ストループ課題)を行ったところ、両課題とも手指により反応する際はコントロール群と比較し成績が悪かったが、口答する場合にはコントロール群と同等の成績であったという報告がある60。サルにおいても、CMAr の前肢領域をムシモールによりブロックすると、課題(報酬減少を察知して前肢による運動を別の運動に切り替える課題)の遂行が不可能になるが、後肢領域をブロックしても課題遂行に影響が表れなかったと報告されている38。
 帯状皮質運動野は体部位局在を持つが、高次コントロール機能においても、出力様式(眼球運動、上肢の運動など)による局在がある<ref name=ref5 /> <ref name=ref59><pubmed></pubmed></ref>。帯状皮質運動野の脳腫瘍切除後の患者に、2つの出力様式(手指によるボタン押し、声)で、2種類の課題(2回の刺激に差異があるかを検出する課題と、ストループ課題)を行ったところ、両課題とも手指により反応する際はコントロール群と比較し成績が悪かったが、口答する場合にはコントロール群と同等の成績であったという報告がある<ref name=ref60><pubmed></pubmed></ref>。サルにおいても、CMAr の前肢領域をムシモールによりブロックすると、課題(報酬減少を察知して前肢による運動を別の運動に切り替える課題)の遂行が不可能になるが、後肢領域をブロックしても課題遂行に影響が表れなかったと報告されている<ref name=ref38 />。


 最近の研究結果によると、CMAr およびその前方領域の細胞は、自分自身が運動する際だけでなく、他個体の運動を観察する際や、その両方で活動する61。また,他個体の行動エラーの検出にも関わる62。
 最近の研究結果によると、CMAr およびその前方領域の細胞は、自分自身が運動する際だけでなく、他個体の運動を観察する際や、その両方で活動する<ref name=ref61><pubmed></pubmed></ref>。また,他個体の行動エラーの検出にも関わる<ref name=ref62><pubmed></pubmed></ref>。


== 臨床学的事項 ==
== 臨床学的事項 ==


 一次運動野の顔面領域に障害がある患者も、感情的な表情を表出することができる。これには、辺縁系から帯状皮質運動野を介し、顔面神経核に至る経路が関与していることが推測されている31。
 一次運動野の顔面領域に障害がある患者も、感情的な表情を表出することができる。これには、辺縁系から帯状皮質運動野を介し、顔面神経核に至る経路が関与していることが推測されている<ref name=ref31 />。


 帯状回てんかん(cingulate cortex seizure)では口部自動症や複雑な身振り自動症がみられる。これは、帯状皮質運動野の機能を考える一助となる63。内側側頭葉てんかん(mesial temporal lobe epilepsy; MTLE)では、運動停止、口部自動症、顔面・頚部・上肢を含む複雑な自動症がみられるが、この原因の1つとして、焦点である扁桃体、側頭葉腹内側部から、CMAr の主に顔面・上肢領域が直接入力を受けることが挙げられる31。
 帯状回てんかん(cingulate cortex seizure)では口部自動症や複雑な身振り自動症がみられる。これは、帯状皮質運動野の機能を考える一助となる<ref name=ref63><pubmed></pubmed></ref>。内側側頭葉てんかん(mesial temporal lobe epilepsy; MTLE)では、運動停止、口部自動症、顔面・頚部・上肢を含む複雑な自動症がみられるが、この原因の1つとして、焦点である扁桃体、側頭葉腹内側部から、CMAr の主に顔面・上肢領域が直接入力を受けることが挙げられる<ref name=ref31 />。


 古くから、帯状皮質運動野を含む障害により、無言無動症(akinetic mutism; 追視があり、麻痺はなく、反射は正常であるが、自発的な運動が消失し、どのような形でも意思疎通がはかれない状態)をきたすことが報告されている64。しかし、帯状皮質に限局した障害により、数日以上の無動もしくは無言症をきたしたという報告はなく、この一過性の症状も、周辺領域の一過性の血流障害による可能性が指摘されている63。無言無動症は、前帯状皮質(脳梁膝部付近)と補足運動野を含む領域の両側性障害により引き起こされるという考察がなされている63, 65。
 古くから、帯状皮質運動野を含む障害により、無言無動症(akinetic mutism; 追視があり、麻痺はなく、反射は正常であるが、自発的な運動が消失し、どのような形でも意思疎通がはかれない状態)をきたすことが報告されている<ref name=ref64><pubmed></pubmed></ref>。しかし、帯状皮質に限局した障害により、数日以上の無動もしくは無言症をきたしたという報告はなく、この一過性の症状も、周辺領域の一過性の血流障害による可能性が指摘されている<ref name=ref63 />。無言無動症は、前帯状皮質(脳梁膝部付近)と補足運動野を含む領域の両側性障害により引き起こされるという考察がなされている<ref name=ref63 /> <ref name=ref65><pubmed></pubmed></ref>。


 難治性のうつ病(depression)、強迫神経症(obsessive compulsive disorder; OCD)に外科的治療を行うことがある。術式の1つに前帯状回破壊術(anterior cingulotomy)があり、両側ブロードマン 24/32 野に小破壊巣を作るが、これは、帯状皮質運動野ではなく、帯状束(cingulum bundle)をターゲットとしている66, 67。これらの精神疾患、特に強迫神経症では、皮質-基底核-視床ループの1つである辺縁系ループ(limbic loop)が病態に深く関わっていると考えられ、強迫神経症患者における辺縁系ループの各構成要素の活動は、コントロール群と比較し上昇しており、症状を誘発した際にはさらに上昇し、治療により低下してゆく66, 68。手術では、辺縁系ループの連絡を各所で阻害する(上記 anterior cingulotomy や、anterior capsulotomy、subcaudate tractotomy、limbic leukotomy、および内包前脚腹側部/線条体腹側部(VC/VS)、尾状核腹側部、視床下核の脳深部刺激(deep brain stimulation; DBS))66。なお、前帯状皮質 は、眼窩前頭皮質などとともに辺縁系ループを構成する。帯状皮質運動野は、これとは別の、運動ループ(motor loop)を構成するのであるが、最近の研究では、辺縁系ループだけでなく、dACC のエラー処理および conflict monitoring の異常や、扁桃体も強迫神経症の病態に関与していると考えられている68。その他、dACC は、心的外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder; PTSD)、不安障害(anxiety disorders)、薬物乱用と関わっているといわれている69-72。
 難治性のうつ病(depression)、強迫神経症(obsessive compulsive disorder; OCD)に外科的治療を行うことがある。術式の1つに前帯状回破壊術(anterior cingulotomy)があり、両側ブロードマン 24/32 野に小破壊巣を作るが、これは、帯状皮質運動野ではなく、帯状束(cingulum bundle)をターゲットとしている<ref name=ref66><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref67><pubmed></pubmed></ref>。これらの精神疾患、特に強迫神経症では、皮質-基底核-視床ループの1つである辺縁系ループ(limbic loop)が病態に深く関わっていると考えられ、強迫神経症患者における辺縁系ループの各構成要素の活動は、コントロール群と比較し上昇しており、症状を誘発した際にはさらに上昇し、治療により低下してゆく<ref name=ref66 /> <ref name=ref68><pubmed></pubmed></ref>。手術では、辺縁系ループの連絡を各所で阻害する(上記 anterior cingulotomy や、anterior capsulotomy、subcaudate tractotomy、limbic leukotomy、および内包前脚腹側部/線条体腹側部(VC/VS)、尾状核腹側部、視床下核の脳深部刺激(deep brain stimulation; DBS))<ref name=ref66 />。なお、前帯状皮質 は、眼窩前頭皮質などとともに辺縁系ループを構成する。帯状皮質運動野は、これとは別の、運動ループ(motor loop)を構成するのであるが、最近の研究では、辺縁系ループだけでなく、dACC のエラー処理および conflict monitoring の異常や、扁桃体も強迫神経症の病態に関与していると考えられている<ref name=ref68 />。その他、dACC は、心的外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder; PTSD)、不安障害(anxiety disorders)、薬物乱用と関わっているといわれている<ref name=ref69><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref70><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref71><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref72><pubmed></pubmed></ref>。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==