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英語名:histone 独:Histon 仏:histone
英語名:histone 独:Histon 仏:histone


 [[真核生物]]の[[クロマチン]](染色質)の基本単位である[[ヌクレオソーム]](nucleosome)を構成する塩基性タンパク質。[[DNA]] を核内に収納する役割を担う。通常の細胞を構成しているタンパク質中でヒストンは最も多量に存在しているタンパク質であり、ヌクレオソームはほぼ等量のDNA(200bp(130kDa))とヒストンタンパク質(132kDa)により構成されている。ヒストンとDNAの相互作用は遺伝子発現の最初の段階である[[転写]]に大きな影響を及ぼす<ref>'''八杉龍一、小関治男、古谷雅樹、日高敏隆'''<br>岩波生物学辞典 第4版<br>''岩波書店'':1996</ref>。  
 [[wikipedia:ja:真核生物|真核生物]]の[[wikipedia:ja:クロマチン|クロマチン]](染色質)の基本単位である[[wikipedia:ja:ヌクレオソーム|ヌクレオソーム]](nucleosome)を構成する塩基性タンパク質。[[wikipedia:ja:DNA|DNA]] を核内に収納する役割を担う。通常の細胞を構成しているタンパク質中でヒストンは最も多量に存在しているタンパク質であり、ヌクレオソームはほぼ等量のDNA(200bp(130kDa))とヒストンタンパク質(132kDa)により構成されている。ヒストンとDNAの相互作用は[[wikipedia:ja:遺伝子発現|遺伝子発現]]の最初の段階である[[wikipedia:ja:転写|転写]]に大きな影響を及ぼす<ref>'''八杉龍一、小関治男、古谷雅樹、日高敏隆'''<br>岩波生物学辞典 第4版<br>''岩波書店'':1996</ref>。  


== 分類  ==
== 分類  ==


 ヒストンはH1、H2A、H2B、H3、H4の5種類に分類される。このうちH2A、H2B、H3、H4の4種は、コアヒストンと呼ばれ、それぞれ二分子ずつが集合し、ヒストン八量体を形成する。一つのヒストン八量体には、146 bp の DNA が左巻きに約1.65回巻き付いている<ref name="ref2"><pubmed>9305837</pubmed></ref>。この構造がクロマチン構造の最小単位であるヌクレオソームである。H1 はリンカーヒストンと呼ばれ、ヌクレオソーム間の DNA に結合する。コアヒストンは比較的小さく11~15kDa、H1ヒストンはやや大きく約21kDaであり、ヌクレオソーム内ではそれぞれのコアヒストンが二分子ずつ存在するのに対して、H1ヒストンは一分子含まれる <ref>'''大場義樹'''<br>クロマチン<br>''東京大学出版会'':1986</ref>。ヒストンは正の電荷をもつ[[アミノ酸]]の含有量が高く、各ヒストンのアミノ酸残基の少なくとも20%がリジンまたはアルギニンであるため、負の電荷をもったDNA分子に強く結合する。ヒストンの塩基性アミノ酸含量またはリジン/アルギニン比に従い、H1は高リジン型ヒストン、H2A、H2Bはリジン型ヒストン、H3、H4はアルギニン型ヒストンと呼ばれている<ref>'''James D. Watson, T. A. Baker, S. P. Bell、中村桂子 監訳'''<br>ワトソン 遺伝子の分子生物学【第5版】<br>''東京電機大学出版局'':2006</ref>。  
 ヒストンはH1、H2A、H2B、H3、H4の5種類に分類される。このうちH2A、H2B、H3、H4の4種は、コアヒストンと呼ばれ、それぞれ二分子ずつが集合し、ヒストン八量体を形成する。一つのヒストン八量体には、146 bp の DNA が左巻きに約1.65回巻き付いている<ref name="ref2"><pubmed>9305837</pubmed></ref>。この構造がクロマチン構造の最小単位であるヌクレオソームである。H1 はリンカーヒストンと呼ばれ、ヌクレオソーム間の DNA に結合する。コアヒストンは比較的小さく11~15kDa、H1ヒストンはやや大きく約21kDaであり、ヌクレオソーム内ではそれぞれのコアヒストンが二分子ずつ存在するのに対して、H1ヒストンは一分子含まれる <ref>'''大場義樹'''<br>クロマチン<br>''東京大学出版会'':1986</ref>。ヒストンは正の電荷をもつ[[wikipedia:ja:アミノ酸|アミノ酸]]の含有量が高く、各ヒストンのアミノ酸残基の少なくとも20%が[[wikipedia:ja:リジン|リジン]]または[[wikipedia:ja:アルギニン|アルギニン]]であるため、負の電荷をもったDNA分子に強く結合する。ヒストンの塩基性アミノ酸含量またはリジン/アルギニン比に従い、H1は高リジン型ヒストン、H2A、H2Bはリジン型ヒストン、H3、H4はアルギニン型ヒストンと呼ばれている<ref>'''James D. Watson, T. A. Baker, S. P. Bell、中村桂子 監訳'''<br>ワトソン 遺伝子の分子生物学【第5版】<br>''東京電機大学出版局'':2006</ref>。  


== 構造==
== 構造==
[[Image:Kinichinakashima fig 1.png|thumb|350px|'''図1.コアヒストンとヌクレオソームの分子構成'''<br>ヌクレオソームはヒストン八量体に146 bp の DNA が左巻きに約1.65回巻き付いた構造である。ヒストン八量体はコアヒストンであるH2A、H2B、H3、H4から形成され、H3-H4四量体がDNAに結合し、そこに2個のH2A・H2Bが結合することによってヌクレオソームが完成する。]]  
[[Image:Kinichinakashima fig 1.png|thumb|350px|'''図1.コアヒストンとヌクレオソームの分子構成'''<br>ヌクレオソームはヒストン八量体に146 bp の DNA が左巻きに約1.65回巻き付いた構造である。ヒストン八量体はコアヒストンであるH2A、H2B、H3、H4から形成され、H3-H4四量体がDNAに結合し、そこに2個のH2A・H2Bが結合することによってヌクレオソームが完成する。]]  


 ヌクレオソームを構成するヒストンにはどのコアヒストンにも保存されている領域が存在し、ヒストン型折りたたみドメイン(histone-fold domain)と呼ばれる。この領域はヒストンの中間体の集合に関与し、間に短いループを2つ(L1、L2)もつ3つの[[αヘリックス]](α1、α2、α3)で構成されている。この領域を介して特定の組み合わせのヒストンが結合する。H3とH4はまずヘテロ二量体を形成し、この二量体同士が結合し、H3、H4各2分子からなる四量体(H3・H4)を形成する。H2A、H2Bは溶液中でヘテロ二量体は形成するが、四量体は形成しない。その後、H3-H4四量体がDNAに結合し、そこに2個のH2A・H2Bが結合することによってヌクレオソームが完成する(図1)。ヌクレオソームヒストンの構造は球形のカルボキシル末端部分と、直鎖状のアミノ末端部分(ヒストンテール)からなる<ref name="ref2" /><ref><pubmed>7479959</pubmed></ref><ref><pubmed>19217387</pubmed></ref>。 ヒストンテールのセリン、リジン、アルギニン残基などは[[リン酸化]]、[[アセチル化]]、[[メチル化]]、[[ユビキチン化]]といった化学修飾を受けることが知られている。これらの化学修飾は、遺伝子発現等、数々のクロマチン機能の制御に関わっている(機能の項参照)。ヒストンは多くの翻訳後修飾可能な残基を持っており、複数の修飾の組み合わせがそれぞれ特異的な機能を引き出すという仮説は、ヒストンコード仮説と呼ばれている<ref><pubmed>10638745</pubmed></ref><ref><pubmed> 11498575</pubmed></ref>。  
 ヌクレオソームを構成するヒストンにはどのコアヒストンにも保存されている領域が存在し、ヒストン型折りたたみドメイン(histone-fold domain)と呼ばれる。この領域はヒストンの中間体の集合に関与し、間に短いループを2つ(L1、L2)もつ3つの[[wikipedia:ja:αヘリックス|αヘリックス]](α1、α2、α3)で構成されている。この領域を介して特定の組み合わせのヒストンが結合する。H3とH4はまずヘテロ二量体を形成し、この二量体同士が結合し、H3、H4各2分子からなる四量体(H3・H4)を形成する。H2A、H2Bは溶液中でヘテロ二量体は形成するが、四量体は形成しない。その後、H3-H4四量体がDNAに結合し、そこに2個のH2A・H2Bが結合することによってヌクレオソームが完成する(図1)。ヌクレオソームヒストンの構造は球形のカルボキシル末端部分と、直鎖状のアミノ末端部分(ヒストンテール)からなる<ref name="ref2" /><ref><pubmed>7479959</pubmed></ref><ref><pubmed>19217387</pubmed></ref>。 ヒストンテールの[[セリン]]、リジン、アルギニン残基などは[[リン酸化]]、[[アセチル化]]、[[wikipedia:ja:メチル化|メチル化]]、[[ユビキチン化]]といった化学修飾を受けることが知られている。これらの化学修飾は、遺伝子発現等、数々のクロマチン機能の制御に関わっている(機能の項参照)。ヒストンは多くの[[wikipedia:ja:翻訳|翻訳]]後修飾可能な残基を持っており、複数の修飾の組み合わせがそれぞれ特異的な機能を引き出すという仮説は、ヒストンコード仮説と呼ばれている<ref><pubmed>10638745</pubmed></ref><ref><pubmed> 11498575</pubmed></ref>。  


== 機能  ==
== 機能  ==
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=== DNA鎖の核内への収納  ===
=== DNA鎖の核内への収納  ===


 真核生物のクロマチンの基本単位であるヌクレオソームを構成するヒストンは円柱形で、146bpのDNAがその表面に1.65回巻き付けられている<ref name="ref2" />。ヒストンは真核生物の大きなゲノムを細胞核にはめ込むのに必要な圧縮を可能にし、DNA鎖の核内への収納に関与している。最終的に約2mのDNAは10μm程度の核内に収納される。
 真核生物のクロマチンの基本単位であるヌクレオソームを構成するヒストンは円柱形で、146bpのDNAがその表面に1.65回巻き付けられている<ref name="ref2" />。ヒストンは真核生物の大きな[[wikipedia:ja:ゲノム|ゲノム]]を細胞[[核]]にはめ込むのに必要な圧縮を可能にし、DNA鎖の核内への収納に関与している。最終的に約2mのDNAは10μm程度の核内に収納される。


=== クロマチンの制御  ===
=== クロマチンの制御  ===


 ヒストンのアミノ末端部分は、さまざまな修飾を受けることによりクロマチンの機能を制御している。遺伝子の発現もそのうちのひとつで、このようにゲノムの塩基配列の変化を起こさずに遺伝子の機能を調節する仕組みを[[エピジェネティクス]]という。ヒストン修飾は遺伝子発現制御にとどまらずDNA修復や染色体凝縮([[有糸分裂]])、精子形成([[減数分裂]])などの多様な生物学的プロセスに関与していることが知られている<ref><pubmed>21927517</pubmed></ref>が、ここでは転写を調節するヒストン修飾の例を以下に示す。  
 ヒストンのアミノ末端部分は、さまざまな修飾を受けることによりクロマチンの機能を制御している。遺伝子の発現もそのうちのひとつで、このようにゲノムの塩基配列の変化を起こさずに遺伝子の機能を調節する仕組みを[[エピジェネティクス]]という。ヒストン修飾は遺伝子発現制御にとどまらずDNA修復や染色体凝縮([[有糸分裂]])、[[wikipedia:ja:精子|精子]]形成([[wikipedia:ja:減数分裂|減数分裂]])などの多様な生物学的プロセスに関与していることが知られている<ref><pubmed>21927517</pubmed></ref>が、ここでは転写を調節するヒストン修飾の例を以下に示す。  


== ヒストンの修飾 ==
== ヒストンの修飾 ==
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=== ヒストンのアセチル化  ===
=== ヒストンのアセチル化  ===


 ヒストンのアセチル化は細胞内の[[ヒストンアセチル基転移酵素]](Histone Acetyl Transferase:HAT)により行われる。HATはヒストン中の特定のリジン残基のアミノ基(-NH2(-NH3+))をアミド(-NHCOCH3)に変換することにより電荷を中和し、ヒストン-DNA間の結合を部分的に弱める。これにより、ヌクレオソーム同士をつないでいるDNA鎖(リンカーDNA)に対して[[転写因子]]や[[RNAポリメラーゼ]]がより結合しやすい状態になり、結果として転写が活性化される。ヒストンの脱アセチル化では、このアセチル基が[[加水分解]]により除去され、元のアミノ基に戻ることによりヒストンへのDNAの巻きつきが強められ転写が抑制される。ヒストンの脱アセチル化は[[ヒストン脱アセチル化酵素]](Histone Deacetylase:HDAC)によって行われる。  
 ヒストンのアセチル化は細胞内の[[ヒストンアセチル基転移酵素]](Histone Acetyl Transferase:HAT)により行われる。HATはヒストン中の特定のリジン残基のアミノ基(-NH2(-NH3+))をアミド(-NHCOCH3)に変換することにより電荷を中和し、ヒストン-DNA間の結合を部分的に弱める。これにより、ヌクレオソーム同士をつないでいるDNA鎖(リンカーDNA)に対して[[転写因子]]や[[wikipedia:ja:RNAポリメラーゼ|RNAポリメラーゼ]]がより結合しやすい状態になり、結果として転写が活性化される。ヒストンの脱アセチル化では、この[[wikipedia:ja:アセチル基|アセチル基]]が[[加水分解]]により除去され、元の[[wikipedia:ja:アミノ基|アミノ基]]に戻ることによりヒストンへのDNAの巻きつきが強められ転写が抑制される。ヒストンの脱アセチル化は[[ヒストン脱アセチル化酵素]](Histone Deacetylase:HDAC)によって行われる。  


=== ヒストンのメチル化  ===
=== ヒストンのメチル化  ===
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| style="text-align:center" | アセチル化  
| style="text-align:center" | アセチル化  
| style="text-align:center" | CBP /p300、PCAF、GCN5、<br>TIP60、SAGA、NuA3、NuA4
| style="text-align:center" | [[CBP]] /[[p300]]、[[PCAF]]、[[GCN5]]、<br>[[TIP60]]、[[SAGA]]、[[NuA3]]、[[NuA4]]
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| style="text-align:center" | 脱アセチル化  
| style="text-align:center" | 脱アセチル化  
| style="text-align:center" | HDAC、SIRT、NuRD、SIR2複合体、<br>Rpd3大、Rpd3小
| style="text-align:center" | HDAC、[[SIRT]]、[[NuRD]]、[[SIR2複合体]]、<br>[[Rpd3大]]、[[Rpd3小]]
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| style="text-align:center" | メチル化  
| style="text-align:center" | メチル化  
| style="text-align:center" | SUV39H1、G9a、Ezh2、SET1、<br>SET2、SET7/9、MLL、DOT1、<br>CARM1、PRMT
| style="text-align:center" | [[SUV39H1]]、[[G9a]]、[[Ezh2]]、[[SET1]]、<br>[[SET2]]、[[SET7/9]]、[[MLL]]、[[DOT1]]、<br>[[CARM1]]、[[PRMT]]
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|-
| style="text-align:center" | 脱メチル化  
| style="text-align:center" | 脱メチル化  
| style="text-align:center" | LSD1、KDM2、KDM4
| style="text-align:center" | [[LSD1]]、[[KDM2]]、[[KDM4]]
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|-
| style="text-align:center" | リン酸化   
| style="text-align:center" | リン酸化   
| style="text-align:center" | Aurora Kinase、MSK1
| style="text-align:center" | [[Aurora Kinase]]、[[MSK1]]
|-
|-
| style="text-align:center" | ユビキチン化  
| style="text-align:center" | ユビキチン化  
| style="text-align:center" | RING2、RING1B
| style="text-align:center" | [[RING2]]、[[RING1B]]
|-
|-
| style="text-align:center" | SUMO化  
| style="text-align:center" | [[SUMO化]]
| style="text-align:center" | UBC9  
| style="text-align:center" | [[UBC9]]
|-
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|}
|}
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=== アセチル化  ===
=== アセチル化  ===


 前述のように、ヒストンのアセチル化と脱アセチル化は、それぞれHAT及びHDACにより行われている。代表的なHATとして[[CBP(CREB binding protein)]][[p300]]が知られている(表2)。p300の欠損マウスやヘテロ欠損マウス、p300とCBP両方のヘテロ欠損マウスでは細胞の増殖や[[神経管]]形成、心臓の発達が起こらずに胎生致死となる<ref><pubmed>9590171</pubmed></ref>。また、CBPは神経系遺伝子の[[プローター]]領域のヒストンのアセチル化増進を介して[[神経発生]]を制御していることが報告されており、CBPのヘテロ欠損マウスでは胎生期の神経発生異常に起因すると考えられる[[ルビンシュタイン・テイビ症候群]]を引き起こすことが知られている<ref><pubmed>20152182</pubmed></ref>。神経幹細胞からニューロンへの分化においては[[NRSF(neuron restrictive silencing factor, 別名 repressor for element-1 silencing transcription factor(REST))]]と呼ばれる転写因子がニューロン特異的遺伝子の発現を制御していることが知られている。NRSFはニューロン特異的遺伝子のプロモーター上の[[NRSE(neuron restrictive silencing element)]]と呼ばれる配列に特異的に結合し、そこでHDACやメチル化DNA結合タンパク質である[[MeCP2]](methyl CpG binding protein 2)、[[CoREST]](co-repressor for REST)とよばれる[[コリプレッサー]]の複合体を形成することにより、ニューロン特異的遺伝子の発現を負に制御している<ref><pubmed>15907476</pubmed></ref>。ヒストンのアセチル化は神経幹細胞からオリゴデンドロサイトの分化にも関与し、その分化はHDACにより大きく影響を受ける。HDACは転写因子[[YY1(Yin Yang1)]]と強調してオリゴデンドロサイトの発現を抑制する転写調節因子[[Id4(inhibition of differentiation 4)]]および[[TCF(T-cell factor)]]を抑制することでオリゴデンドロサイトへの分化を促進させることが報告されている<ref><pubmed>17640524</pubmed></ref>。さらにHDACは[[Wnt]]の下流の[[β-カテニン]]と拮抗的にTCFと結合し、オリゴデンドロサイト分化を抑制する[[Id2(inhibition of differentiation 2]])やId4の発現を阻害することによってもオリゴデンドロサイトの分化を促進させている<ref><pubmed>19503085</pubmed></ref>。<br>
 前述のように、ヒストンのアセチル化と脱アセチル化は、それぞれHAT及びHDACにより行われている。代表的なHATとして[[CBP]]([[CREB binding protein]])や[[p300]]が知られている(表2)。p300の欠損マウスやヘテロ欠損マウス、p300とCBP両方のヘテロ欠損マウスでは細胞の増殖や[[神経管]]形成、[[wikipedia:ja:心臓|心臓]]の発達が起こらずに胎生致死となる<ref><pubmed>9590171</pubmed></ref>。また、CBPは神経系遺伝子の[[プローター]]領域のヒストンのアセチル化増進を介して[[神経発生]]を制御していることが報告されており、CBPのヘテロ欠損マウスでは胎生期の神経発生異常に起因すると考えられる[[ルビンシュタイン・テイビ症候群]]を引き起こすことが知られている<ref><pubmed>20152182</pubmed></ref>。神経幹細胞からニューロンへの分化においては[[neuron restrictive silencing factor]]([[NRSF]], 別名 [[repressor for element-1 silencing transcription factor]]([[REST]])と呼ばれる[[転写因子]]がニューロン特異的遺伝子の発現を制御していることが知られている。NRSFはニューロン特異的遺伝子のプロモーター上の[[neuron restrictive silencing element]][[NRSE]])と呼ばれる配列に特異的に結合し、そこでHDACやメチル化DNA結合タンパク質である[[methyl CpG binding protein 2]][[MeCP2]])、
[[co-repressor for REST]][[CoREST]])とよばれる[[コリプレッサー]]の複合体を形成することにより、ニューロン特異的遺伝子の発現を負に制御している<ref><pubmed>15907476</pubmed></ref>。


 その他にも、成体ラット海馬由来の神経幹細胞に、HDAC阻害剤としての活性を有し、[[抗てんかん薬]]として知られる[[バルプロ酸]]を作用させると、アストロサイト、オリゴデンドロサイトへの分化が抑制され、ニューロンへの分化が促進することが報告されている。このニューロン分化促進は、HDACによりその発現が抑制されているニューロン分化を促進する転写因子[[NeuroD(neurogenic differentiation)]]の発現抑制がHDAC阻害剤であるバルプロ酸により解除されることに起因すると考えられている<ref><pubmed>15537713</pubmed></ref>。最近では、このようなHDAC阻害剤によるニューロン分化促進作用を利用した[[脊髄損傷]]の治療への応用的研究や、HDAC阻害剤を中枢神経系の疾患(ルビンシュタイン・テイビ症候群、[[レット症候群]]、[[フリードリッヒ運動失調症]]、[[ハンチントン病]]、[[多発性硬化症]] など)の治療に利用しようとした試みもなされている<ref><pubmed>20714104</pubmed></ref><ref><pubmed>18827828</pubmed></ref>。  
 ヒストンのアセチル化は神経幹細胞からオリゴデンドロサイトの分化にも関与し、その分化はHDACにより大きく影響を受ける。HDACは転写因子[[Yin Yang1]]([[YY1]])と強調してオリゴデンドロサイトの発現を抑制する転写調節因子[[inhibition of differentiation 4]]([[Id4]])および[[T-cell factor]]([[TCF]])を抑制することでオリゴデンドロサイトへの分化を促進させることが報告されている<ref><pubmed>17640524</pubmed></ref>。
 
 さらにHDACは[[Wnt]]の下流の[[β-カテニン]]と拮抗的にTCFと結合し、オリゴデンドロサイト分化を抑制する[[inhibition of differentiation 2]]([[Id2]])やId4の発現を阻害することによってもオリゴデンドロサイトの分化を促進させている<ref><pubmed>19503085</pubmed></ref>。
 
 その他にも、成体ラット海馬由来の神経幹細胞に、HDAC阻害剤としての活性を有し、[[抗てんかん薬]]として知られる[[バルプロ酸]]を作用させると、アストロサイト、オリゴデンドロサイトへの分化が抑制され、ニューロンへの分化が促進することが報告されている。このニューロン分化促進は、HDACによりその発現が抑制されているニューロン分化を促進する転写因子[[neurogenic differentiation]]([[NeuroD]])の発現抑制がHDAC阻害剤であるバルプロ酸により解除されることに起因すると考えられている<ref><pubmed>15537713</pubmed></ref>。最近では、このようなHDAC阻害剤によるニューロン分化促進作用を利用した[[脊髄損傷]]の治療への応用的研究や、HDAC阻害剤を中枢神経系の疾患(ルビンシュタイン・テイビ症候群、[[レット症候群]]、[[フリードリッヒ運動失調症]]、[[ハンチントン病]]、[[多発性硬化症]] など)の治療に利用しようとした試みもなされている<ref><pubmed>20714104</pubmed></ref><ref><pubmed>18827828</pubmed></ref>。  


=== メチル化  ===
=== メチル化  ===


 中枢神経系の発生過程において、神経幹細胞は胎生中期にはニューロンへのみ分化し、胎生後期以降にはアストロサイトへの分化能を獲得し、優位にアストロサイトへと分化することが知られている<ref><pubmed>11740937</pubmed></ref>。この神経幹細胞の発生段階依存的なアストロサイトへの分化能獲得には、DNAのメチル化やヒストンのメチル化などのエピジェネティックなクロマチン修飾が関与することが報告されている<ref><pubmed>14770186</pubmed></ref><ref name=ref24><pubmed>17603471</pubmed></ref>。<br>  
 中枢神経系の発生過程において、神経幹細胞は胎生中期にはニューロンへのみ分化し、胎生後期以降にはアストロサイトへの分化能を獲得し、優位にアストロサイトへと分化することが知られている<ref><pubmed>11740937</pubmed></ref>。この神経幹細胞の発生段階依存的なアストロサイトへの分化能獲得には、DNAのメチル化やヒストンのメチル化などのエピジェネティックなクロマチン修飾が関与することが報告されている<ref><pubmed>14770186</pubmed></ref><ref name=ref24><pubmed>17603471</pubmed></ref>。
 
 神経幹細胞からアストロサイト特異的タンパク質[[glial fibrillary acidic protein]]([[GFAP]])を発現するアストロサイトへの分化は、アストロサイト分化誘導性サイトカインである[[毛様体神経栄養因子]]([[ciliary neurotrophic factor]]:[[CNTF]])や[[白血病抑制因子]]([[leukemia inhibitory factor]]:[[LIF]])などの[[IL-6 ファミリーサイトカイン]]が重要な役割を果たしており、これらの下流の転写因子である[[single transducer and activator of transcription 3]]([[STAT3]])がGFAPのプロモーターに結合することにより誘導される<ref><pubmed>10205054</pubmed></ref>。これらCNTFやLIFによるアストロサイト分化誘導は[[線維芽細胞増殖因子2]]([[fibroblast growth factor 2]]:[[FGF2]])により促進されることが知られている。このFGF2によるアストロサイト分化促進はヒストンのメチル化に起因し、GFAPのプロモーター領域のSTAT3結合領域の近傍でH3K9の脱メチル化かつH3K4のメチル化が誘導されることでクロマチン構造が緩み、CNTFにより活性化されたSTAT3がGFAPのプロモーター領域に結合しやすくなるためであると考えられている<ref name=ref24 />。


 神経幹細胞からアストロサイト特異的タンパク質[[glial fibrillary acidic protein(GFAP)]]を発現するアストロサイトへの分化は、アストロサイト分化誘導性サイトカインである[[毛様体神経栄養因子]](ciliary neurotrophic factor:CNTF)や[[白血病抑制因子]](leukemia inhibitory factor:LIF)などの[[IL-6 ファミリーサイトカイン]]が重要な役割を果たしており、これらの下流の転写因子である[[STAT3]](single transducer and activator of transcription 3)がGFAPのプロモーターに結合することにより誘導される<ref><pubmed>10205054</pubmed></ref>。これらCNTFやLIFによるアストロサイト分化誘導は[[線維芽細胞増殖因子2]](fibroblast growth factor 2:FGF2)により促進されることが知られている。このFGF2によるアストロサイト分化促進はヒストンのメチル化に起因し、GFAPのプロモーター領域のSTAT3結合領域の近傍でH3K9の脱メチル化かつH3K4のメチル化が誘導されることでクロマチン構造が緩み、CNTFにより活性化されたSTAT3がGFAPのプロモーター領域に結合しやすくなるためであると考えられている<ref name=ref24 />。上述したように、神経幹細胞は胎生中期でニューロンに分化する性質を獲得し、発生段階が進むにつれ、アストロサイトに分化するように性質が変化する。この神経幹細胞の発生段階依存的であるニューロン分化期からアストロサイトへの分化期の転換にヒストンのメチル化が関与することが報告されており、これは[[ポリコーム群(PcG)]]や[[トリソラックス群(TrxG)]]と呼ばれるヒストンのメチル化酵素を含んだタンパク質複合体を介して行われている。PcGは主に遺伝子の抑制に関わるヒストン修飾、TrxGは遺伝子の活性化に関わるヒストンの修飾に関わっており、互いに拮抗することで遺伝子の発現を制御している。これらPcG、TrxGによる遺伝子の発現制御は神経幹細胞を含む多種の幹細胞の維持と分化調節の共通メカニズムのひとつであると考えられている<ref name=ref26><pubmed>19755104</pubmed></ref>。<br>  
 上述したように、神経幹細胞は胎生中期でニューロンに分化する性質を獲得し、発生段階が進むにつれ、アストロサイトに分化するように性質が変化する。この神経幹細胞の発生段階依存的であるニューロン分化期からアストロサイトへの分化期の転換にヒストンのメチル化が関与することが報告されており、これは[[ポリコーム群]][[PcG]])や[[トリソラックス群]][[TrxG]])と呼ばれるヒストンのメチル化酵素を含んだタンパク質複合体を介して行われている。PcGは主に遺伝子の抑制に関わるヒストン修飾、TrxGは遺伝子の活性化に関わるヒストンの修飾に関わっており、互いに拮抗することで遺伝子の発現を制御している。これらPcG、TrxGによる遺伝子の発現制御は神経幹細胞を含む多種の幹細胞の維持と分化調節の共通メカニズムのひとつであると考えられている<ref name=ref26><pubmed>19755104</pubmed></ref>。<br>  


 胎生中期の神経幹細胞では、[[Wnt-β-カテニン経路]]の活性化によりニューロン分化を促進する[[Neurogenin1(Neurog1)]]の発現が誘導されることによりニューロン分化が促進されることが報告されている。アストロサイト分化が優位に起こる胎生後期神経幹細胞においてもWntの作用は受けているが、この時にはNeurog1の発現は誘導されず、ニューロン分化も起こらない。この胎生中期と胎生後期でのWntに対する応答性の違いは、PcGの異なる二つの複合体である[[PRC1(polycomb repressor complex1)]][[PRC2]]により行われるヒストンのメチル化修飾に起因している<ref name=ref26 />。具体的には、発生段階依存的にNeurog1のプロモーター領域でPRC2の必須構成因子でありH3K27 のメチル化酵素であるEzh2(enhancer of homolog 2)によるH3K27のトリメチル化修飾が亢進され、さらにPRC1の構成因子であるRing1BがH3K27me3を認識して結合することによってNeurog1の発現が抑制されることが明らかになっている<ref name=ref26 />。Neurog1はアストロサイトの分化を抑制していることが知られているため、Neurog1の抑制によってアストロサイトの分化は誘導される。このように、ヒストンのメチル化修飾は神経幹細胞のニューロンへの分化の抑制、アストサイトへの分化能の獲得に重要な役割を果たしている。<br>  
 胎生中期の神経幹細胞では、[[Wnt-β-カテニン経路]]の活性化によりニューロン分化を促進する[[Neurogenin1]][[Neurog1]])の発現が誘導されることによりニューロン分化が促進されることが報告されている。アストロサイト分化が優位に起こる胎生後期神経幹細胞においてもWntの作用は受けているが、この時にはNeurog1の発現は誘導されず、ニューロン分化も起こらない。この胎生中期と胎生後期でのWntに対する応答性の違いは、PcGの異なる二つの複合体である[[PRC1]]([[polycomb repressor complex1]])、[[PRC2]]により行われるヒストンのメチル化修飾に起因している<ref name=ref26 />。具体的には、発生段階依存的にNeurog1のプロモーター領域でPRC2の必須構成因子でありH3K27 のメチル化酵素である[[enhancer of homolog 2]]([[Ezh2]])によるH3K27のトリメチル化修飾が亢進され、さらにPRC1の構成因子である[[Ring1B]]がH3K27me3を認識して結合することによってNeurog1の発現が抑制されることが明らかになっている<ref name=ref26 />。Neurog1はアストロサイトの分化を抑制していることが知られているため、Neurog1の抑制によってアストロサイトの分化は誘導される。このように、ヒストンのメチル化修飾は神経幹細胞のニューロンへの分化の抑制、アストサイトへの分化能の獲得に重要な役割を果たしている。<br>  


 また、ヒストンのメチル化やメチル化酵素、脱メチル化酵素の働きが脳機能や多くの精神疾患に関与していることが報告されている<ref name=ref27><pubmed>20816965</pubmed></ref><ref name=ref28><pubmed>21429800</pubmed></ref>。H3K4のメチル化酵素である[[MLL1(mixed-lineage leukemia 1)]]の変異マウスでは[[海馬]]の[[可塑性]]やシグナルの異常に伴い、学習能力と記憶形成能の低下がみられることが報告されている<ref><pubmed>17259173</pubmed></ref><ref><pubmed>20219993</pubmed></ref>。MLLによるH3K4のメチル化の調節は精神疾患の治療に潜在的な役割を果たすことが示唆されている。非定型抗精神病薬クロザピンは[[統合失調症]]の治療に使われ、ヒトの前頭前野においてGABA合成酵素遺伝子の[[Gad1/GAD]]1プロモーター領域でH3K4のトリメチル化を増加させる。MLL1のヘテロマウスでは脳のGad1でのH3K4のメチル化は減少し<ref><pubmed>17942719</pubmed></ref>、統合失調症患者の脳においてもMLL1の発現量が減少していることが知られている。これらのことから、統合失調症などの精神疾患において、MLL1は新たな治療のターゲットとなりうると考えられている。<br>
 また、ヒストンのメチル化やメチル化酵素、脱メチル化酵素の働きが脳機能や多くの精神疾患に関与していることが報告されている<ref name=ref27><pubmed>20816965</pubmed></ref><ref name=ref28><pubmed>21429800</pubmed></ref>。H3K4のメチル化酵素である[[mixed-lineage leukemia 1]]([[MLL1)の変異[[wikipedia:ja:マウス|マウス]]では[[海馬]]の[[可塑性]]やシグナルの異常に伴い、[[学習]]能力と[[記憶]]形成能の低下がみられることが報告されている<ref><pubmed>17259173</pubmed></ref><ref><pubmed>20219993</pubmed></ref>。MLLによるH3K4のメチル化の調節は精神疾患の治療に潜在的な役割を果たすことが示唆されている。[[非定型抗精神病薬]][[クロザピン]]は[[統合失調症]]の治療に使われ、ヒトの[[前頭前野]]において[[GABA]]合成酵素遺伝子の[[Gad1]]/GAD1プロモーター領域でH3K4のトリメチル化を増加させる。MLL1のヘテロマウスでは脳のGad1でのH3K4のメチル化は減少し<ref><pubmed>17942719</pubmed></ref>、統合失調症患者の脳においてもMLL1の発現量が減少していることが知られている。これらのことから、統合失調症などの精神疾患において、MLL1は新たな治療のターゲットとなりうると考えられている。


 H3K9のメチル化酵素である[[G9a]] も神経系において重要な役割を果たしていることが報告されている。[[GLP(G9a-like protein)]]/G9aの複合体は成熟ニューロンにおいて非神経性遺伝子やニューロン前駆遺伝子の働きを抑制しており、この複合体の欠損は、学習や意欲、環境への適応などの脳の高次機能に影響を与えることが報告されている<ref><pubmed>20005824</pubmed></ref>。その他にも、コカインは中毒性の薬物であり脳内の遺伝子の発現を変化させ、マウスの行動やニューロンの形態に影響を与えることが知られている。このコカインに対する中毒状態のマウスにおいてG9aが抑制されることにより、グローバルなH3K9のメチル化が抑制されることが報告されている。G9aの発現低下は脳の[[側坐核]]ニューロンの[[樹状突起]][[スパイン]]密度を増加させており、これがコカインの嗜好性を増強させている。G9aはコカインに対する嗜好性を低下させ、コカイン中毒を抑制するという点で重要な役割を果たすことが明らかとなっているため、G9aの抑制の解除はコカインへの渇望を抑制するための効果的治療法となりうると考えられている<ref><pubmed>20056891</pubmed></ref>。<br>
 H3K9のメチル化酵素である[[G9a]] も神経系において重要な役割を果たしていることが報告されている。[[G9a-like protein]]([[GLP]]/G9aの複合体は成熟ニューロンにおいて非神経性遺伝子やニューロン前駆遺伝子の働きを抑制しており、この複合体の欠損は、学習や意欲、環境への適応などの脳の高次機能に影響を与えることが報告されている<ref><pubmed>20005824</pubmed></ref>。その他にも、[[コカイン]]は[[中毒]]性の薬物であり脳内の遺伝子の発現を変化させ、マウスの行動やニューロンの形態に影響を与えることが知られている。このコカインに対する中毒状態のマウスにおいてG9aが抑制されることにより、グローバルなH3K9のメチル化が抑制されることが報告されている。G9aの発現低下は脳の[[側坐核]]ニューロンの[[樹状突起]][[スパイン]]密度を増加させており、これがコカインの嗜好性を増強させている。G9aはコカインに対する嗜好性を低下させ、コカイン中毒を抑制するという点で重要な役割を果たすことが明らかとなっているため、G9aの抑制の解除はコカインへの渇望を抑制するための効果的治療法となりうると考えられている<ref><pubmed>20056891</pubmed></ref>。


 H3K27のメチル化は、[[うつ]]様行動の発生に関与することが知られている。マウスに社会的ストレスを繰り返し与えることによりヒトのうつ患者と同様な行動や神経化学的変化を引き起こす。うつモデルマウスでは海馬の[[脳由来神経栄養因子遺伝子(brain-derived neurotrophic factor:BDNF)]]プロモーターでのH3K27のメチル化が増加しており、これはうつモデルマウスがストレスのない環境へ移されたとしても持続することが知られている。抗うつ薬であるイミプラミンを投与すると、うつ様行動の解消に加え、BDNFプロモーターのH3K27のメチル化状態がH3K4のメチル化状態やH3のアセチル化に置換される。このクロマチン状態の変化はイミプラミン投与の副産物やうつ様行動が解消された結果生じるものではなく、イミプラミンによるうつ症状改善のメカニズムのひとつであると考えられている<ref><pubmed>16501568</pubmed></ref>。そのため、うつ病治療においてもヒストンのメチル化制御は重要な要因のひとつであるといえる。<br>  
 H3K27のメチル化は、[[うつ]]様行動の発生に関与することが知られている。マウスに社会的[[ストレス]]を繰り返し与えることによりヒトのうつ患者と同様な行動や神経化学的変化を引き起こす。うつモデルマウスでは海馬の[[脳由来神経栄養因子遺伝子]]([[brain-derived neurotrophic factor]]:[[BDNF]])プロモーターでのH3K27のメチル化が増加しており、これはうつモデルマウスがストレスのない環境へ移されたとしても持続することが知られている。抗うつ薬である[[イミプラミン]]を投与すると、うつ様行動の解消に加え、BDNFプロモーターのH3K27のメチル化状態がH3K4のメチル化状態やH3のアセチル化に置換される。このクロマチン状態の変化はイミプラミン投与の副産物やうつ様行動が解消された結果生じるものではなく、イミプラミンによるうつ症状改善のメカニズムのひとつであると考えられている<ref><pubmed>16501568</pubmed></ref>。そのため、うつ病治療においてもヒストンのメチル化制御は重要な要因のひとつであるといえる。<br>  


 ここに示した例以外にも多くのヒストンメチル化状態やメチル化酵素、脱メチル化酵素が脳機能や精神疾患に関わることが報告されている<ref name=ref27 /><ref name=ref28 />。  
 ここに示した例以外にも多くのヒストンメチル化状態やメチル化酵素、脱メチル化酵素が脳機能や精神疾患に関わることが報告されている<ref name=ref27 /><ref name=ref28 />。