「蓋板」の版間の差分

101 バイト追加 、 2013年3月8日 (金)
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 脊椎動物の初期発生における神経胚の時期には、外胚葉背側部に形成された神経板が陥入して神経溝(neural groove)となると、神経板と表皮外胚葉の境界部に神経堤(neural crest)が形成される。神経溝は次第に円筒状になり、最終的には背側部が融合して管が閉じて神経管を形成する。この時、神経堤は表皮と神経管の間の部分を占めるが、神経堤には神経管の背側部からもしばらく細胞が供給される。神経管背側部からの神経堤細胞の離脱が終わった時点で、神経管背側正中領域は蓋板となる。  
 脊椎動物の初期発生における神経胚の時期には、外胚葉背側部に形成された神経板が陥入して神経溝(neural groove)となると、神経板と表皮外胚葉の境界部に神経堤(neural crest)が形成される。神経溝は次第に円筒状になり、最終的には背側部が融合して管が閉じて神経管を形成する。この時、神経堤は表皮と神経管の間の部分を占めるが、神経堤には神経管の背側部からもしばらく細胞が供給される。神経管背側部からの神経堤細胞の離脱が終わった時点で、神経管背側正中領域は蓋板となる。  


<br> 神経管背側正中領域から産生される神経堤細胞と蓋板細胞の前駆細胞は形態的にも分子的にも区別することができないため、共通の前駆細胞から産生されると考えられている。ただし、Krispinらはニワトリ体幹部神経管の細胞系譜を追跡し、将来、腹側の構造(交感神経節)を形成する細胞は神経管内の背側にあって最初に神経管を離脱し、反対に、背側に分布するメラノサイトとなる細胞は神経管内で腹側に分布して次第に背側に移動し最後に神経管を離脱することを明らかにした。蓋板細胞の前駆細胞は神経管内のメラノサイト前駆細胞より腹側に分布し、神経堤細胞が順次離脱していくのに伴って次第に背側に移動し、メラノサイト前駆細胞が離脱した後に背側正中領域を占めるとされている&lt;&lt;Krispin 2010&gt;&gt;。  
<br> 神経管背側正中領域から産生される神経堤細胞と蓋板細胞の前駆細胞は形態的にも分子的にも区別することができないため、共通の前駆細胞から産生されると考えられている。ただし、Krispinらはニワトリ体幹部神経管の細胞系譜を追跡し、将来、腹側の構造(交感神経節)を形成する細胞は神経管内の背側にあって最初に神経管を離脱し、反対に、背側に分布するメラノサイトとなる細胞は神経管内で腹側に分布して次第に背側に移動し最後に神経管を離脱することを明らかにした。蓋板細胞の前駆細胞は神経管内のメラノサイト前駆細胞より腹側に分布し、神経堤細胞が順次離脱していくのに伴って次第に背側に移動し、メラノサイト前駆細胞が離脱した後に背側正中領域を占めるとされている<ref><pubmed>20110324</pubmed></ref>。  


== 蓋板形成の分子機構  ==
== 蓋板形成の分子機構  ==
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=== 分泌因子  ===
=== 分泌因子  ===


 分泌因子としてはBMP (bone morphogenetic protein)タンパク質が主要な役割を果たしており、BMP 4とBMP7はニワトリ胚の蓋板の形成時期に表皮外胚葉で一過的に発現する。これらを未分化なニワトリ神経板尾側部の培養液に加えると蓋板の細胞が誘導される。この誘導はnogginやfollistatinなどのBMPシグナルの特異的な阻害剤を用いて阻害することができる&lt;&lt;Liem 1997&gt;&gt;。BMP4、BMP7、BMP阻害剤、あるいは活性型BMP受容体(caBMPR1A)などをニワトリHH (Hamburger-Hamilton stage)10期の神経板尾側部にelectroporationで導入する実験によりBMPシグナルは蓋板の発生に必要かつ十分であることが示されている&lt;&lt;Chizhikov 2004, Liu 2004&gt;&gt;。  
 分泌因子としてはBMP (bone morphogenetic protein)タンパク質が主要な役割を果たしており、BMP 4とBMP7はニワトリ胚の蓋板の形成時期に表皮外胚葉で一過的に発現する。これらを未分化なニワトリ神経板尾側部の培養液に加えると蓋板の細胞が誘導される。この誘導はnogginやfollistatinなどのBMPシグナルの特異的な阻害剤を用いて阻害することができる<ref><pubmed>9335341</pubmed></ref>。BMP4、BMP7、BMP阻害剤、あるいは活性型BMP受容体(caBMPR1A)などをニワトリHH (Hamburger-Hamilton stage)10期の神経板尾側部にelectroporationで導入する実験によりBMPシグナルは蓋板の発生に必要かつ十分であることが示されている<ref name=chiahikov><pubmed>15148302 </pubmed></ref>, <ref name=Liu><pubmed>14973289</pubmed></ref>。  


<br> WNT (wingless-related mouse mammary tumour virus integration site)ファミリーのいくつかの分子はニワトリ及びマウスの表皮外胚葉や蓋板形成期の背側正中領域に発現している。HH10期のニワトリ神経板でWNTシグナルを抑えても蓋板の形成は阻害されなかった&lt;&lt;Chizhikov 2004&gt;&gt;。表皮外胚葉からのWNTシグナルが蓋板の誘導に必要かどうかはまだわからない。  
<br> WNT (wingless-related mouse mammary tumour virus integration site)ファミリーのいくつかの分子はニワトリ及びマウスの表皮外胚葉や蓋板形成期の背側正中領域に発現している。HH10期のニワトリ神経板でWNTシグナルを抑えても蓋板の形成は阻害されなかった<ref name=chiahikov/>。表皮外胚葉からのWNTシグナルが蓋板の誘導に必要かどうかはまだわからない。  


<br> VitaminA欠乏条件下のウズラの神経管では腹側化が優勢であり、BMP4やWnt1、Msx2などの蓋板のマーカー遺伝子の発現領域が減少していた&lt;&lt;Wilson 2004&gt;&gt;。また、レチノイン酸合成酵素Raldh2(aldh1a2)遺伝子の第1イントロン内には四足脊椎動物で保存された配列があり、Raldh2の脊髄背側部における発現を制御するエンハンサー領域であることが示されている&lt;&lt;Castillo 2010&gt;&gt;。これらの研究はレチノイン酸シグナルが蓋板を含む神経管背側部の形成に何らかの役割を果たしていることを示唆している。  
<br> VitaminA欠乏条件下のウズラの神経管では腹側化が優勢であり、BMP4やWnt1、Msx2などの蓋板のマーカー遺伝子の発現領域が減少していた<ref><pubmed>15110711</pubmed></ref>。また、レチノイン酸合成酵素Raldh2(aldh1a2)遺伝子の第1イントロン内には四足脊椎動物で保存された配列があり、Raldh2の脊髄背側部における発現を制御するエンハンサー領域であることが示されている<ref><pubmed>20081195</pubmed></ref>。これらの研究はレチノイン酸シグナルが蓋板を含む神経管背側部の形成に何らかの役割を果たしていることを示唆している。  


=== 内在性因子  ===
=== 内在性因子  ===


 内在性因子としては、LIMホメオドメインを持つ転写因子LHX1Aが知られている。LHX1Aは蓋板の前駆細胞および分化した蓋板の細胞に特異的に発現している。Lhx1a遺伝子に変異を持つDreherマウスでは吻側の蓋板が形成されない&lt;&lt;Millonig 2000&gt;&gt;。ニワトリ脊髄や未分化な神経管吻側部のexplantにLMX1Aを異所性に発現させると蓋板関連分子の発現が誘導される&lt;&lt;Chizhikov 2004&gt;&gt;。LMX1Aの発現誘導にはBMPシグナルが必要かつ十分であることが示されている&lt;&lt;Chizhikov 2004&gt;&gt;。逆に、LMX1AがないとBMP4は蓋板を誘導できないので、LMX1AはBMPシグナルのメディエーターである&lt;&lt;Chizhikov 2004&gt;&gt;。異所性に発現したLMX1Aが蓋板を誘導できる領域は異所性に発現したBMPが誘導できる領域と比べて小さいので、BMPの下流にはLMX1A以外の経路もあると考えられる&lt;&lt;Chizhikov 2004, Liu 2004&gt;&gt;。  
 内在性因子としては、LIMホメオドメインを持つ転写因子LHX1Aが知られている。LHX1Aは蓋板の前駆細胞および分化した蓋板の細胞に特異的に発現している。Lhx1a遺伝子に変異を持つDreherマウスでは吻側の蓋板が形成されない&lt;&lt;Millonig 2000&gt;&gt;<ref><pubmed>10693804</pubmed></ref>。ニワトリ脊髄や未分化な神経管吻側部のexplantにLMX1Aを異所性に発現させると蓋板関連分子の発現が誘導される<ref name=chiahikov/>。LMX1Aの発現誘導にはBMPシグナルが必要かつ十分であることが示されている<ref name=chiahikov/>。逆に、LMX1AがないとBMP4は蓋板を誘導できないので、LMX1AはBMPシグナルのメディエーターである<ref name=chiahikov/>。異所性に発現したLMX1Aが蓋板を誘導できる領域は異所性に発現したBMPが誘導できる領域と比べて小さいので、BMPの下流にはLMX1A以外の経路もあると考えられる<ref name=chiahikov/>, <ref name=Liu/>。  


<br> LMX1BはオルソログであるLMX1Aと同様にニワトリの蓋板の前駆細胞や分化した蓋板細胞に発現し、過剰発現させると機能的な蓋板を誘導する&lt;&lt;Chizhikov 2004JN&gt;&gt;。また、LMX1Aの上流で機能し、異所性に発現させるとLMX1Aの発現を誘導する。マウスではLMX1Bは蓋板で発現しておらず、蓋板の誘導はLMX1Aのみに依存するが、Dreherマウスにおける蓋板形成異常はLMX1Bの過剰発現で部分的に回復するので、機能的には重複があると考えられる。ただし、LMX1BにLMX1Aと似た蓋板誘導能があるのか、LMX1Aとは異なる蓋板誘導経路を活性化しているのかは弁別できない。  
<br> LMX1BはオルソログであるLMX1Aと同様にニワトリの蓋板の前駆細胞や分化した蓋板細胞に発現し、過剰発現させると機能的な蓋板を誘導する<ref><pubmed>15215291</pubmed></ref>。また、LMX1Aの上流で機能し、異所性に発現させるとLMX1Aの発現を誘導する。マウスではLMX1Bは蓋板で発現しておらず、蓋板の誘導はLMX1Aのみに依存するが、Dreherマウスにおける蓋板形成異常はLMX1Bの過剰発現で部分的に回復するので、機能的には重複があると考えられる。ただし、LMX1BにLMX1Aと似た蓋板誘導能があるのか、LMX1Aとは異なる蓋板誘導経路を活性化しているのかは弁別できない。  


<br> BMPシグナルのターゲットであるMSXファミリーはマウスではMsx1、Msx2およびMsx3の3つの遺伝子から成り、すべて初期の脊髄背側に発現している。発生が進むにつれ、Msx1とMsx2は背側正中領域に限局するようになり、Msx3は神経管の背側1/3で蓋板を除く領域に発現する。マウスMsx1をニワトリ脊髄に発現させるといくつかの蓋板マーカーの発現を誘導できる&lt;&lt;Liu 2004&gt;&gt;。  
<br> BMPシグナルのターゲットであるMSXファミリーはマウスではMsx1、Msx2およびMsx3の3つの遺伝子から成り、すべて初期の脊髄背側に発現している。発生が進むにつれ、Msx1とMsx2は背側正中領域に限局するようになり、Msx3は神経管の背側1/3で蓋板を除く領域に発現する。マウスMsx1をニワトリ脊髄に発現させるといくつかの蓋板マーカーの発現を誘導できる<ref name=Liu/>。  


== 蓋板依存的な中枢神経系背側のパターン形成  ==
== 蓋板依存的な中枢神経系背側のパターン形成  ==
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(執筆者:岡雄一郎、佐藤真、担当編集者:大隅典子)<br>
(執筆者:岡雄一郎、佐藤真、担当編集者:大隅典子)<br>
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