「視交叉上核」の版間の差分

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== 視交叉上核における時計遺伝子の時空間特異的発現プロファイル ==
== 視交叉上核における時計遺伝子の時空間特異的発現プロファイル ==
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 1997年に、哺乳類の概日リズム分子機構の中核をなす時計遺伝子であるClock、Per1、Per2が次々とクローニングされた。以後、世界中での精力的な研究により、数々の時計遺伝子が矢継ぎ早にクローニングされ、リズム発振の分子機構はほぼ解明された[6]。 細胞時計は、時計遺伝子の転写と翻訳を介したフィードバックループ機構によって成り立っている。まず、CLOCK とBMAL1の二量体が、Per遺伝子 (Per1、Per2) のプロモーター上のE-box配列に結合し、Perの転写を促進する。PERタンパク質が細胞質に蓄積してくると、転写抑制因子のCRYタンパク質 (CRY1、CRY2) と結合して核へ移行し、自身の転写を促進していたCLOCK/BMAL1の転写活性を抑制する。これでループが閉じ、一旦はPerの転写量が低下し、PERタンパク質が減少する。すると再びCLOCK/BMAL1によるPerの転写活性が上がる。これが細胞時計の基本となるコアループである。
 1997年に、哺乳類の概日リズム分子機構の中核をなす時計遺伝子であるClock、Per1、Per2が次々とクローニングされた。以後、世界中での精力的な研究により、数々の時計遺伝子が矢継ぎ早にクローニングされ、リズム発振の分子機構はほぼ解明された[6]。 細胞時計は、時計遺伝子の転写と翻訳を介したフィードバックループ機構によって成り立っている。まず、CLOCK とBMAL1の二量体が、Per遺伝子 (Per1、Per2) のプロモーター上のE-box配列に結合し、Perの転写を促進する。PERタンパク質が細胞質に蓄積してくると、転写抑制因子のCRYタンパク質 (CRY1、CRY2) と結合して核へ移行し、自身の転写を促進していたCLOCK/BMAL1の転写活性を抑制する。これでループが閉じ、一旦はPerの転写量が低下し、PERタンパク質が減少する。すると再びCLOCK/BMAL1によるPerの転写活性が上がる。これが細胞時計の基本となるコアループである。
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 このような細胞時計により、視交叉上核の細胞は分散培養系においても安定した概日振動を示すが[7]、この細胞時計の分子機構は末梢の細胞においても共通したものである。実は、視交叉上核のマスター時計としての特殊性は、先述した神経伝達物質を介した「細胞間コミュニケーション」にある。これにより、末梢組織の概日振動はin vitroの培養系ではすぐに減衰してしまうのに対し、視交叉上核では神経細胞同士がお互いに連絡しあい同期することによって、組織として非常に安定した概日振動を何週間も生み出すことができる。最も重要な時計遺伝子のひとつであるPer1遺伝子のプロモーターの下流に、ホタル発光遺伝子luciferaseをつないだレポーター遺伝子を導入したPer1-lucトランスジェニックマウスの視交叉上核切片培養系を用いたリアルタイムイメージングにより、個々の細胞におけるPer1の発現リズムを観察すると、常に、背内側部の特に第三脳室に面した領域からその振動は始まり、続いて中間部から腹外側部へと波のように広がっていく[8](動画1)。このような階層性のある時空間的制御ネットワーク機構は、蛍光共鳴エネルギー移動を利用したCaシグナルの概日リズムを検出することによっても確認されている[9]。この視交叉上核内ネットワークは概日リズムの特徴である温度補償性に寄与しているとされる[10]。また最近、この特徴的な視交叉上核内の時空間特異性の形成が、分子レベルで明らかとなった。視交叉上核全体の中でも最背内側部の細胞において、時計遺伝子は最も早く発現するが、その理由の一つに、視交叉上核に特異的に発現する、GTPase活性を制御するRGS(Regulator of G-protein signaling)であるRGS16がある。夜明け前に、最背内側部の細胞はRGS16を発現することで、ターゲットの抑制性Gタンパク質を不活性化し、細胞内のcAMPを増やし、cAMP responsive element (CRE)シグナル伝達を亢進し、時計遺伝子Per1の転写を高める。RGS16変異マウスでは、視交叉上核において先頭集団である最背内側部におけるPer1の発現が遅れるため、マウス個体の概日行動リズムの周期が長くなる[11]。
 このような細胞時計により、視交叉上核の細胞は分散培養系においても安定した概日振動を示すが[7]、この細胞時計の分子機構は末梢の細胞においても共通したものである。実は、視交叉上核のマスター時計としての特殊性は、先述した神経伝達物質を介した「細胞間コミュニケーション」にある。これにより、末梢組織の概日振動はin vitroの培養系ではすぐに減衰してしまうのに対し、視交叉上核では神経細胞同士がお互いに連絡しあい同期することによって、組織として非常に安定した概日振動を何週間も生み出すことができる。最も重要な時計遺伝子のひとつであるPer1遺伝子のプロモーターの下流に、ホタル発光遺伝子luciferaseをつないだレポーター遺伝子を導入したPer1-lucトランスジェニックマウスの視交叉上核切片培養系を用いたリアルタイムイメージングにより、個々の細胞におけるPer1の発現リズムを観察すると、常に、背内側部の特に第三脳室に面した領域からその振動は始まり、続いて中間部から腹外側部へと波のように広がっていく[8](動画1)。このような階層性のある時空間的制御ネットワーク機構は、蛍光共鳴エネルギー移動を利用したCaシグナルの概日リズムを検出することによっても確認されている[9]。この視交叉上核内ネットワークは概日リズムの特徴である温度補償性に寄与しているとされる[10]。また最近、この特徴的な視交叉上核内の時空間特異性の形成が、分子レベルで明らかとなった。視交叉上核全体の中でも最背内側部の細胞において、時計遺伝子は最も早く発現するが、その理由の一つに、視交叉上核に特異的に発現する、GTPase活性を制御するRGS(Regulator of G-protein signaling)であるRGS16がある。夜明け前に、最背内側部の細胞はRGS16を発現することで、ターゲットの抑制性Gタンパク質を不活性化し、細胞内のcAMPを増やし、cAMP responsive element (CRE)シグナル伝達を亢進し、時計遺伝子Per1の転写を高める。RGS16変異マウスでは、視交叉上核において先頭集団である最背内側部におけるPer1の発現が遅れるため、マウス個体の概日行動リズムの周期が長くなる[11]。
 
 
== 網膜から視交叉上核への神経経路 ==
== 網膜から視交叉上核への神経経路 ==