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エピジェネティクス (epigenetics)  
[[エピジェネティクス]] (epigenetics)  


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1. 概要<br>2. 歴史、経緯<br>3. メカニズム<br>     3.1 DNAメチル化<br>       3.1.1 多様なDNA配列のメチル化<br>       3.1.2 DNAメチル化と転写の制御<br>       3.1.3 DNAメチル化と脱メチル化<br>       3.1.4 DNAメチル化の解析方法<br>    3.2 ヒストン修飾<br>4. 脳科学とエピジェネティクス<br>     4.1 神経活動とエピジェネティックな変化<br>     4.2 脳神経系細胞における様々なシトシン修飾状態とその機能<br>5. 参考文献<br>  
1. 概要<br>2. 歴史、経緯<br>3. メカニズム<br>     3.1 DNAメチル化<br>       3.1.1 多様なDNA配列のメチル化<br>       3.1.2 DNAメチル化と転写の制御<br>       3.1.3 DNAメチル化と脱メチル化<br>       3.1.4 DNAメチル化の解析方法<br>    3.2 [[ヒストン]]修飾<br>4. 脳科学とエピジェネティクス<br>     4.1 神経活動とエピジェネティックな変化<br>     4.2 [[脳神経]]系細胞における様々なシトシン修飾状態とその機能<br>5. 参考文献<br>  


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'''3.1.1 多様なDNA配列のメチル化'''<br>DNAメチル化が重要となる現象の例に、ゲノム刷り込み(genomic imprinting)がある。多くの場合、父親由来の染色体上の遺伝子と母親由来の遺伝子の発現量はほぼ等しいが、インプリンティング遺伝子の場合、一方の遺伝子は発現するもののもう一方からの発現は抑制される。これらの遺伝子は近傍にICR(imprinting control region) と呼ばれる領域を持つことが多く、どちらかの親由来のアレルが高メチル化、もう片親由来のアレルが低メチル化を示すDMR(differentially methylated region)を含む事が多い<ref><pubmed> 12869525 </pubmed></ref>。ゲノム上の反復配列や転移因子(トランスポゾン)様配列は一般的にメチル化され転写が抑制された状態にある。これは、染色体の安定化に寄与していると考えられている<ref name="ref5" />。また、哺乳類における遺伝子量補正(gene dosage compensation)の機構として、女性の2本あるX染色体のうちの1本は転写が不活性化(X chromosome inactivation)され高メチル化された状態にある<ref><pubmed> 22619385 </pubmed></ref>。不活性化されたX染色体はバー小体(bar body)という特徴的な構造を示す。  
'''3.1.1 多様なDNA配列のメチル化'''<br>DNAメチル化が重要となる現象の例に、ゲノム刷り込み(genomic imprinting)がある。多くの場合、父親由来の染色体上の遺伝子と母親由来の遺伝子の発現量はほぼ等しいが、インプリンティング遺伝子の場合、一方の遺伝子は発現するもののもう一方からの発現は抑制される。これらの遺伝子は近傍にICR(imprinting control region) と呼ばれる領域を持つことが多く、どちらかの親由来のアレルが高メチル化、もう片親由来のアレルが低メチル化を示すDMR(differentially methylated region)を含む事が多い<ref><pubmed> 12869525 </pubmed></ref>。ゲノム上の反復配列や転移因子(トランスポゾン)様配列は一般的にメチル化され転写が抑制された状態にある。これは、染色体の安定化に寄与していると考えられている<ref name="ref5" />。また、哺乳類における遺伝子量補正(gene dosage compensation)の機構として、女性の2本あるX染色体のうちの1本は転写が不活性化(X chromosome inactivation)され高メチル化された状態にある<ref><pubmed> 22619385 </pubmed></ref>。不活性化されたX染色体はバー小体(bar body)という特徴的な構造を示す。  


'''3.1.2 DNAメチル化と転写の制御'''<br>一般的にプロモーター領域のDNAメチル化と遺伝子発現の程度はよく逆相関することが知られている<ref name="ref5" />が、DNAメチル化と遺伝子発現制御の関係は単純ではない。遺伝子構造内部のgene body領域のDNAメチル化は、スプライシングの制御などに関わっていると考えられている<ref><pubmed> 20613842 </pubmed></ref><ref><pubmed> 22641018 </pubmed></ref>。また、メチル化されたCpG配列には、メチル化CpG結合ドメインタンパク質(methyl-CpG-binding domain protein, MBD) が結合し転写を抑制する蛋白質複合体を引き寄せ、遺伝子発現の抑制が達成されると考えられている。しかしMBDの一種であり、レット症候群の責任遺伝子あるmethyl-CpG binding protein 2(MeCP2)では、転写の抑制および活性化双方の働きがあることが知られている<ref><pubmed> 18511691 </pubmed></ref>。  
'''3.1.2 DNAメチル化と転写の制御'''<br>一般的にプロモーター領域のDNAメチル化と遺伝子発現の程度はよく逆相関することが知られている<ref name="ref5" />が、DNAメチル化と遺伝子発現制御の関係は単純ではない。遺伝子構造内部のgene body領域のDNAメチル化は、スプライシングの制御などに関わっていると考えられている<ref><pubmed> 20613842 </pubmed></ref><ref><pubmed> 22641018 </pubmed></ref>。また、メチル化されたCpG配列には、メチル化CpG結合ドメインタンパク質(methyl-CpG-binding domain protein, MBD) が結合し転写を抑制する蛋[[白質]]複合体を引き寄せ、遺伝子発現の抑制が達成されると考えられている。しかしMBDの一種であり、[[レット症候群]]の責任遺伝子あるmethyl-CpG binding protein 2(MeCP2)では、転写の抑制および活性化双方の働きがあることが知られている<ref><pubmed> 18511691 </pubmed></ref>。  


'''3.1.3 DNAメチル化と脱メチル化'''<br>発生過程でのDNAメチル化パターンの構築に至っては、受精直後に維持メチラーゼ活性が抑制されたり特異的脱メチル酵素が働いたりすることによって、ゲノム全体で波状の脱メチル化がおこる。発生が進むと、メチル化されてないDNAの最初のメチル化は、新規修飾DNAメチラーゼ(de novo DNA methyltransferase; DNMT3AやDNMT3B)によって新たにDNAメチル化状態のプロフィールが形成されていく<ref name="ref5" /><ref><pubmed> 23400093 </pubmed></ref>。  
'''3.1.3 DNAメチル化と脱メチル化'''<br>発生過程でのDNAメチル化パターンの構築に至っては、受精直後に維持メチラーゼ活性が抑制されたり特異的脱メチル酵素が働いたりすることによって、ゲノム全体で波状の脱メチル化がおこる。発生が進むと、メチル化されてないDNAの最初のメチル化は、新規修飾DNAメチラーゼ(de novo DNA methyltransferase; DNMT3AやDNMT3B)によって新たにDNAメチル化状態のプロフィールが形成されていく<ref name="ref5" /><ref><pubmed> 23400093 </pubmed></ref>。  
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<u>'''3.2 ヒストン修飾'''</u><br>DNAにヒストン蛋白質が巻きついた状態の構造をヌクレオソーム(nucleosome)といい、クロマチンの構成単位である。ヌクレオソームの4種類のヒストンのアミノ酸側鎖はさまざまな修飾を受け、クロマチン構造が変化することによって遺伝子発現が調節される。ヒストンのアミノ酸配列全体を通して修飾が認められるが、特にヒストンテールと呼ばれるヒストンのN末端に位置するリシンやアスパラギンが高頻度にアセチル化、メチル化、ユビキチン化、リン酸化およびスモイル化など多様な修飾を受ける。<br>活発に転写されている遺伝子のプロモーター領域では、ヒストンH3のリシン9やリシン14のアセチル化(H3K9ac, H3K14ac)や、リシン4のトリメチル化(H3K4me3)などが認められる。他方で、ヒストンH3のリシン9やリシン27のトリメチル化(H3K9me3, H3K27me3)などは発現が抑制されているプロモーター領域に認められる<ref><pubmed> 17522673 </pubmed></ref>。これらの修飾は、たがいに排他的であったりさまざまな組み合わせで存在したりするため、その多様性が遺伝子の発現を決定し、細胞特異的な構造・機能を生み出していると考えられている(ヒストンコード仮説)<ref><pubmed> 10638745 </pubmed></ref>。  
<u>'''3.2 ヒストン修飾'''</u><br>DNAにヒストン蛋白質が巻きついた状態の構造をヌクレオソーム(nucleosome)といい、クロマチンの構成単位である。ヌクレオソームの4種類のヒストンのアミノ酸側鎖はさまざまな修飾を受け、クロマチン構造が変化することによって遺伝子発現が調節される。ヒストンのアミノ酸配列全体を通して修飾が認められるが、特にヒストンテールと呼ばれるヒストンのN末端に位置するリシンやアスパラギンが高頻度にアセチル化、メチル化、ユビキチン化、リン酸化およびスモイル化など多様な修飾を受ける。<br>活発に転写されている遺伝子のプロモーター領域では、ヒストンH3のリシン9やリシン14の[[アセチル化]](H3K9ac, H3K14ac)や、リシン4のトリメチル化(H3K4me3)などが認められる。他方で、ヒストンH3のリシン9やリシン27のトリメチル化(H3K9me3, H3K27me3)などは発現が抑制されているプロモーター領域に認められる<ref><pubmed> 17522673 </pubmed></ref>。これらの修飾は、たがいに排他的であったりさまざまな組み合わせで存在したりするため、その多様性が遺伝子の発現を決定し、細胞特異的な構造・機能を生み出していると考えられている(ヒストンコード仮説)<ref><pubmed> 10638745 </pubmed></ref>。  


<br><u>'''4. 脳科学とエピジェネティクス'''</u><br>'''4.1 神経活動とエピジェネティックな変化'''<br>初代培養神経細胞へのKCl投与により脱分極を誘導すると、Bdnf遺伝子のプロモーターIV領域のCpGが脱メチル化される<ref><pubmed> 14593184 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14593183 </pubmed></ref>。脱メチル化に伴いMeCP2が解離しプロモーターIVからの転写量上昇が認められる。また、神経細胞における長期増強(LTP)の誘導は、神経伝達に関わる遺伝子のプロモーター領域におけるヒストンH3およびH4のアセチル化と関連していることが報告されている<ref><pubmed> 15273246 </pubmed></ref>。  
<br><u>'''4. 脳科学とエピジェネティクス'''</u><br>'''4.1 神経活動とエピジェネティックな変化'''<br>初代培養神経細胞へのKCl投与により脱分極を誘導すると、Bdnf遺伝子のプロモーターIV領域のCpGが脱メチル化される<ref><pubmed> 14593184 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14593183 </pubmed></ref>。脱メチル化に伴いMeCP2が解離しプロモーターIVからの転写量上昇が認められる。また、神経細胞における長期増強(LTP)の誘導は、神経伝達に関わる遺伝子のプロモーター領域におけるヒストンH3およびH4のアセチル化と関連していることが報告されている<ref><pubmed> 15273246 </pubmed></ref>。