「CRMP」の版間の差分

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<font size="+1"> 久保 祐亮、[http://researchmap.jp/naoyukiinagaki 稲垣 直之]</font><br>
''奈良先端科学技術大学院大学 細胞内情報学講座''<br>
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2012年8月3日 原稿完成日:2012年10月26日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noriko1128 大隅 典子](東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター [[脳神経]]科学コアセンター 発生発達神経科学分野)<br>
</div>
英:collapsin response mediator protein、英略語:CRMP
同義語:コラプシン反応媒介タンパク質、ジヒドロピリミジナーゼ様タンパク質 (dihydropyrimidinase-like protein)
{{box|text=
 コラプシン反応媒介タンパク質(collapsin response mediator proteins, CRMPs)は、[[軸索]]の反発性因子である[[セマフォリン]]3A(Sema3A)の細胞内シグナルを伝達する分子として最初に同定された<ref name="ref1"><pubmed> 7637782 </pubmed></ref>。CRMPsは、細胞質タンパク質であり、これまでに5つのサブタイプ(CRMP1~5)が同定されている。これらの発現は主に発生時期の神経系に認められ、それぞれ特異的な発現分布と発現時期を示す<ref name="ref2"><pubmed> 14514985 </pubmed></ref>。CRMPsは[[線虫]]Unc-33の相同分子であり、Unc-33の突然変異は線虫の[[神経細胞]]において軸索の伸長やガイダンスの異常を引き起こす<ref name="ref3"><pubmed> 1468626 </pubmed></ref>。CRMPsは[[リン酸化]]タンパク質であり、リン酸化の制御は神経の発達や成熟に重要な役割を果たす<ref name="ref4"><pubmed> 17311006 </pubmed></ref><ref name="ref5"><pubmed> 22351471 </pubmed></ref>。また、初代[[培養神経細胞]]や[[ノックアウトマウス]]を使った研究により、CRMPsの役割が明らかになってきており、極性・軸索形成や神経細胞の遊走、[[シナプス]]形成、[[シナプス可塑性]]、神経疾患といった様々な神経機能と病態に関与することが報告されている<ref name="ref4" /><ref name="ref5" />。
}}
{{Infobox protein family
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英:collapsin response mediator protein、英略語:CRMP
同義語:コラプシン反応媒介タンパク質、ジヒドロピリミジナーゼ様タンパク質 (dihydropyrimidinase-like protein)
 コラプシン反応媒介タンパク質(collapsin response mediator proteins, CRMPs)は、[[軸索]]の反発性因子である[[セマフォリン]]3A(Sema3A)の細胞内シグナルを伝達する分子として最初に同定された<ref name="ref1"><pubmed> 7637782 </pubmed></ref>。CRMPsは、細胞質タンパク質であり、これまでに5つのサブタイプ(CRMP1~5)が同定されている。これらの発現は主に発生時期の神経系に認められ、それぞれ特異的な発現分布と発現時期を示す<ref name="ref2"><pubmed> 14514985 </pubmed></ref>。CRMPsは[[線虫]]Unc-33の相同分子であり、Unc-33の突然変異は線虫の[[神経細胞]]において軸索の伸長やガイダンスの異常を引き起こす<ref name="ref3"><pubmed> 1468626 </pubmed></ref>。CRMPsは[[リン酸化]]タンパク質であり、リン酸化の制御は神経の発達や成熟に重要な役割を果たす<ref name="ref4"><pubmed> 17311006 </pubmed></ref><ref name="ref5"><pubmed> 22351471 </pubmed></ref>。また、初代[[培養神経細胞]]や[[ノックアウトマウス]]を使った研究により、CRMPsの役割が明らかになってきており、極性・軸索形成や神経細胞の遊走、[[シナプス]]形成、[[シナプス可塑性]]、神経疾患といった様々な神経機能と病態に関与することが報告されている<ref name="ref4" /><ref name="ref5" />。


== 構造 ==
== 構造 ==
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== サブファミリー ==
== サブファミリー ==


 これまでに5つのサブタイプ(CRMP1~5)が同定されている。線虫Unc-33の相同分子であり、CRMP1-4は互いに~75%相同性がある。CRMP5は他のCRMPと50-51%相同性がある。哺乳類のCRMP1、2、4は[[wikipedia:ja:選択的スプライシング|選択的スプライシング]]を受けることが報告されている。
 これまでに5つのサブタイプ(CRMP1~5)が同定されている。線虫Unc-33の相同分子であり、CRMP1-4は互いに~75%相同性がある。[[CRMP5]]は他のCRMPと50-51%相同性がある。哺乳類のCRMP1、2、4は[[wikipedia:ja:選択的スプライシング|選択的スプライシング]]を受けることが報告されている。


== 発現  ==
== 発現  ==
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=== 発生期の神経系  ===
=== 発生期の神経系  ===


 [[ラット]]においては、初期胚から[[wikipedia:ja:有糸分裂|有糸分裂]]後の神経細胞において強く発現し、生後1週間前後でピークに達し、その後は発現量が低下する。どのCRMPsも時空間的に調節された発現パターンを示す<ref name="ref2" />(表1) 。CRMP2は最も広範な発現パターンを示し、大多数の神経細胞の発生初期において発現する<ref name="ref6"><pubmed> 8815901 </pubmed></ref>。CRMP1とCRMP4は神経細胞の遊走後に発現し、胎生後期から出生後初期において最も発現量が高くなり、その後発現量が低下する<ref name="ref6" />。CRMP3の発現は、主に[[小脳]]の[[顆粒細胞]]に限られている<ref name="ref6" />。CRMP5の発現は[[新皮質]]、[[海馬]]、[[脊髄]]に顕著であり、有糸分裂後の神経細胞で発現する<ref name="ref7"><pubmed> 11549731 </pubmed></ref>。  
 [[ラット]]においては、初期胚から[[wikipedia:ja:有糸分裂|有糸分裂]]後の神経細胞において強く発現し、生後1週間前後でピークに達し、その後は発現量が低下する。どのCRMPsも時空間的に調節された発現パターンを示す<ref name="ref2" />(表1) 。[[CRMP2]]は最も広範な発現パターンを示し、大多数の神経細胞の発生初期において発現する<ref name="ref6"><pubmed> 8815901 </pubmed></ref>。CRMP1とCRMP4は神経細胞の遊走後に発現し、胎生後期から出生後初期において最も発現量が高くなり、その後発現量が低下する<ref name="ref6" />。CRMP3の発現は、主に[[小脳]]の[[顆粒細胞]]に限られている<ref name="ref6" />。CRMP5の発現は[[新皮質]]、[[海馬]]、[[脊髄]]に顕著であり、[[有糸分裂]]後の神経細胞で発現する<ref name="ref7"><pubmed> 11549731 </pubmed></ref>。  


{| cellspacing="1" cellpadding="1" border="1"
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 CRMP2は培養海馬神経細胞の伸長中の軸索に濃縮し、CRMP2の過剰発現により複数本の軸索(過剰軸索)が誘導される<ref name="ref12"><pubmed> 11477421 </pubmed></ref>。誘導された過剰軸索は、[[シナプトフィジン]]陽性のシナプス末端を持つことから、CRMP2は成熟した軸索の形成を誘導し、維持すると考えられる<ref name="ref4" /><ref name="ref12" />。さらに、過剰発現により[[樹状突起]]が軸索に変化したことから、過剰発現されたCRMP2が未成熟な神経突起だけでなく、樹状突起にも軸索のアイデンティティを与え得ることが示唆された<ref name="ref4" /><ref name="ref12" />。  
 CRMP2は培養海馬神経細胞の伸長中の軸索に濃縮し、CRMP2の過剰発現により複数本の軸索(過剰軸索)が誘導される<ref name="ref12"><pubmed> 11477421 </pubmed></ref>。誘導された過剰軸索は、[[シナプトフィジン]]陽性のシナプス末端を持つことから、CRMP2は成熟した軸索の形成を誘導し、維持すると考えられる<ref name="ref4" /><ref name="ref12" />。さらに、過剰発現により[[樹状突起]]が軸索に変化したことから、過剰発現されたCRMP2が未成熟な神経突起だけでなく、樹状突起にも軸索のアイデンティティを与え得ることが示唆された<ref name="ref4" /><ref name="ref12" />。  


 CRMP2による軸索形成の分子メカニズムとして、[[微小管]]ダイナミクスの制御が報告されている。CRMP2は[[チューブリン]]ヘテロ二量体と結合して微小管の重合を促進すること、また、この微小管重合活性がCRMP2により誘導される軸索伸長に必要であることが明らかになっている<ref name="ref13"><pubmed> 12134159 </pubmed></ref>。CRMP2のチューブリンへの結合はダイナミックに制御されており、Sema3A受容体である[[ニューロピリン]]-1(NP-1)や[[プレキシン]]A(PlexA)が[[Rac]]1を活性化し、下流の[[キナーゼ]]に影響を与え、最終的に[[GSK-3 beta]]が活性化され、CRMP2がリン酸化を受ける<ref name="ref11" /><ref name="ref14"><pubmed> 15652488 </pubmed></ref>。リン酸化されたCRMP2はチューブリンへのアフィニティーが弱くなり、軸索の退縮が促進される<ref name="ref14" />(図2)。逆に、[[ニューロトロフィン]]-3や[[脳由来神経成長因子]](BDNF)によりGSK-3 betaが阻害され、CRMP2のリン酸化が抑制されることで、軸索伸長が促進する<ref name="ref14" />(図2)。また、CRMP2の結合タンパク質として[[Numb]]が同定されており、CRMP2が軸索先端でNumbを介した[[L1]]の[[エンドサイトーシス]]およびリサイクリングに関与する可能性が示唆されている<ref name="ref15"><pubmed> 12942088 </pubmed></ref>。[[Rhoキナーゼ]]がCRMP2をリン酸化することにより、CRMP2がNumbと結合できなくなり、軸索伸長が阻害されることも報告されている<ref name="ref16">'''有村奈利子、木村俊秀、藤井佳代、貝淵弘三'''<br>RhoキナーゼによるCRMP-2のリン酸化とその活性制御について<br>''脳21'':2004 </ref>。  
 CRMP2による軸索形成の分子メカニズムとして、[[微小管]]ダイナミクスの制御が報告されている。CRMP2は[[チューブリン]]ヘテロ二量体と結合して微小管の重合を促進すること、また、この微小管重合活性がCRMP2により誘導される軸索伸長に必要であることが明らかになっている<ref name="ref13"><pubmed> 12134159 </pubmed></ref>。CRMP2のチューブリンへの結合はダイナミックに制御されており、Sema3A受容体である[[ニューロピリン]]-1(NP-1)や[[プレキシン]]A(PlexA)が[[Rac]]1を活性化し、下流の[[キナーゼ]]に影響を与え、最終的に[[GSK-3 beta]]が活性化され、CRMP2がリン酸化を受ける<ref name="ref11" /><ref name="ref14"><pubmed> 15652488 </pubmed></ref>。リン酸化されたCRMP2はチューブリンへのアフィニティーが弱くなり、軸索の退縮が促進される<ref name="ref14" />(図2)。逆に、[[ニューロトロフィン]]-3や[[脳由来神経成長因子]](BDNF)により[[GSK-3]] betaが阻害され、CRMP2のリン酸化が抑制されることで、軸索伸長が促進する<ref name="ref14" />(図2)。また、CRMP2の結合タンパク質として[[Numb]]が同定されており、CRMP2が軸索先端でNumbを介した[[L1]]の[[エンドサイトーシス]]およびリサイクリングに関与する可能性が示唆されている<ref name="ref15"><pubmed> 12942088 </pubmed></ref>。[[Rhoキナーゼ]]がCRMP2をリン酸化することにより、CRMP2がNumbと結合できなくなり、軸索伸長が阻害されることも報告されている<ref name="ref16">'''有村奈利子、木村俊秀、藤井佳代、貝淵弘三'''<br>RhoキナーゼによるCRMP-2のリン酸化とその活性制御について<br>''脳21'':2004 </ref>。  


 CRMP2は[[キネシン]]依存性[[軸索輸送]]にも関与する。CRMP2がチューブリンヘテロ二量体もしくは[[Sra-1]]をキネシン-1につなぎとめ、CRMP2/キネシン-1複合体がチューブリン二量体やSra-1/[[WAVE]]-1複合体の輸送を制御する<ref name="ref17"><pubmed> 16364893 </pubmed></ref><ref name="ref18"><pubmed> 16260607 </pubmed></ref>(図3)。また、[[Trk]]B/Slp1/[[Rab]]27複合体がCRMP2を介してキネシン-1に結合し、これらが順行性輸送されることが報告されている<ref name="ref19"><pubmed> 19460344 </pubmed></ref>(図3)。  
 CRMP2は[[キネシン]]依存性[[軸索輸送]]にも関与する。CRMP2がチューブリンヘテロ二量体もしくは[[Sra-1]]をキネシン-1につなぎとめ、CRMP2/キネシン-1複合体がチューブリン二量体やSra-1/[[WAVE]]-1複合体の輸送を制御する<ref name="ref17"><pubmed> 16364893 </pubmed></ref><ref name="ref18"><pubmed> 16260607 </pubmed></ref>(図3)。また、[[Trk]]B/Slp1/[[Rab]]27複合体がCRMP2を介してキネシン-1に結合し、これらが順行性輸送されることが報告されている<ref name="ref19"><pubmed> 19460344 </pubmed></ref>(図3)。  
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 CRMP4をノックアウトすると、海馬[[CA1]]の[[錐体細胞]]の[[尖端樹状突起]]が二分枝化する表現型が増加し<ref name="ref23"><pubmed> 22234963 </pubmed></ref>、これはSema3Aのノックアウトマウスにおいても観察される<ref name="ref5" />。Sema3Aにより樹状突起の伸長や枝分かれが促進されるが、CRMP4ノックアウトマウスの培養海馬神経細胞においては、Sema3Aを加えてもこれらの促進が認められない<ref name="ref23" />。これらのことから、Sema3AシグナルがCRMP4に伝わり、海馬CA1における錐体細胞の尖端樹状突起の二分枝化を負に制御することが示唆されている<ref name="ref5" /><ref name="ref23" />。  
 CRMP4をノックアウトすると、海馬[[CA1]]の[[錐体細胞]]の[[尖端樹状突起]]が二分枝化する表現型が増加し<ref name="ref23"><pubmed> 22234963 </pubmed></ref>、これはSema3Aのノックアウトマウスにおいても観察される<ref name="ref5" />。Sema3Aにより樹状突起の伸長や枝分かれが促進されるが、CRMP4ノックアウトマウスの培養海馬神経細胞においては、Sema3Aを加えてもこれらの促進が認められない<ref name="ref23" />。これらのことから、Sema3AシグナルがCRMP4に伝わり、海馬CA1における錐体細胞の尖端樹状突起の二分枝化を負に制御することが示唆されている<ref name="ref5" /><ref name="ref23" />。  


 また、CRMP4をノックダウンした大脳皮質神経細胞や海馬神経細胞において、樹状突起の分枝点の数が増加したことから、CRMP4は樹状突起の分枝を抑制する可能性が示唆されている<ref name="ref23" />。  
 また、CRMP4を[[ノックダウン]]した大脳皮質神経細胞や海馬神経細胞において、樹状突起の分枝点の数が増加したことから、CRMP4は樹状突起の分枝を抑制する可能性が示唆されている<ref name="ref23" />。  


=== CRMP5  ===
=== CRMP5  ===
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== 参考文献  ==
== 参考文献  ==


<references />  
<references />
 
 
(執筆者:久保祐亮、稲垣直之 担当編集委員:大隅典子)