「コーディン」の版間の差分

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英語名:chordin 独:Chordin 仏:chordine
英語名:chordin 独:Chordin 仏:chordine
{{box|text= コーディンは、脊椎動物の発生において神経誘導活性を持つ分泌因子をコードする遺伝子である。形成体(オーガナイザー、原口背唇部)に発現し、神経誘導活性をもつ分泌因子をコードする。この遺伝子はアフリカツメガエルで単離された後、その相同遺伝子がマウスやヒトなどでも同定され機能解析が行われた。さらに、コーディンに結合してその安定性を制御するたんぱく質の存在も複数知られている。}}
{{box|text= コーディンは、脊椎動物の発生において形成体(オーガナイザー、原口背唇部)に発現し、神経誘導活性を持つ分泌因子である。アフリカツメガエルで単離された後、その相同遺伝子がマウスやヒトなどでも同定され機能解析が行われた。さらに、コーディンに結合してその安定性を制御するたんぱく質の存在も複数知られている。}}


{{infobox protein
{{infobox protein
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=== 無脊椎動物 ===
=== 無脊椎動物 ===
 ショウジョウバエでは、short gastrulation(sog)がblastoderm(細胞性胞胚期)の時期に胚の腹側に発現し、Decapentaplegic(dpp)という分泌因子と拮抗して働く <ref name=Biehs1996><pubmed>8918893</pubmed></ref> 。なお、sogは膜貫通ドメインを持ち、細胞膜にアンカーされる。またSogは細胞外ドメインにChd同様のシステインリッチドメインをもつタンパク質をコードし、ショウジョウバエの神経発生を促進する。一方、DPPはそれを抑制する効果があるため、Sog/Dppの関係はChd/BMPの関係に対応している。さらに、ショウジョウバエのsogをコードするmRNAをカエル胚に注入すると2次軸が形成された <ref name=Holley1995><pubmed>7617035</pubmed></ref> 。これらの事実から、ショウジョウバエsog(腹側に発現する)と脊椎動物のChd(背側に発現する)は相同遺伝子であり、背腹軸が逆転して進化したものと考えられた(「神経誘導」の項目も参照) <ref name=DeRobertis1996><pubmed>8598900</pubmed></ref> 。Xolloid/Tolloid <ref name=Clark1999><pubmed>10331975</pubmed></ref>やTsgの相同遺伝子であるTolloidやTwisted Gastrulationもショウジョウバエに存在し、脊椎動物のChdやBMPと同様にSOGやDPPと相互作用する <ref name=Yu2000><pubmed>10769238</pubmed></ref> 。
 ショウジョウバエでは、short gastrulation(sog)がblastoderm(細胞性胞胚期)の時期に胚の腹側に発現し、Decapentaplegic(dpp)という分泌因子と拮抗して働く <ref name=Biehs1996><pubmed>8918893</pubmed></ref> 。なお、sogは膜貫通ドメインを持ち、細胞膜にアンカーされる。またSogは細胞外ドメインにChd同様のシステインリッチドメインをもつタンパク質をコードし、ショウジョウバエの神経発生を促進する。一方、DPPはそれを抑制する効果があるため、Sog/Dppの関係はChd/BMPの関係に対応している。さらに、ショウジョウバエのsogをコードするmRNAをカエル胚に注入すると2次軸が形成された <ref name=Holley1995><pubmed>7617035</pubmed></ref> 。これらの事実から、ショウジョウバエsog(腹側に発現する)と脊椎動物のChd(背側に発現する)は相同遺伝子であり、背腹軸が逆転して進化したものと考えられた<ref name=DeRobertis1996><pubmed>8598900</pubmed></ref> 。Xolloid/Tolloid <ref name=Clark1999><pubmed>10331975</pubmed></ref>やTsgの相同遺伝子であるTolloidやTwisted Gastrulationもショウジョウバエに存在し、脊椎動物のChdやBMPと同様にSOGやDPPと相互作用する <ref name=Yu2000><pubmed>10769238</pubmed></ref> 。


==発現==
 成体も含めた、発現パタンについてご記述ください。
[[ファイル:Sasai Chordin Fig2.png|サムネイル|'''図2. Chd/BMPが表皮・神経の遺伝子を誘導する模式図'''<ref name=Holley1995><pubmed>7617035</pubmed></ref><ref name=Nakayama2004><pubmed>14660436</pubmed></ref><ref name=Larrain2000><pubmed>10648240</pubmed></ref>をもとに作成。]]
==作用機構==
==作用機構==
 ChdはTGF&beta;スーパーファミリーの1つであるBMP4と拮抗することで機能する <ref name=Sasai1995><pubmed>7630399</pubmed></ref> 。生化学的には、ChdとBMP4は1:2のモル比で直接結合し <ref name=Larrain2000><pubmed>10648240</pubmed></ref> 、BMP4がBMP受容体に結合するのを阻害する。その解離定数は0.3 nmol程度と、強固な結合である <ref name=Piccolo1996><pubmed>8752213</pubmed></ref> 。
 ChdはTGF&beta;スーパーファミリーの1つであるBMP4と拮抗することで機能する <ref name=Sasai1995><pubmed>7630399</pubmed></ref> 。生化学的には、ChdとBMP4は1:2のモル比で直接結合し <ref name=Larrain2000><pubmed>10648240</pubmed></ref> 、BMP4がBMP受容体に結合するのを阻害する。その解離定数は0.3 nmol程度と、強固な結合である <ref name=Piccolo1996><pubmed>8752213</pubmed></ref> 。
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(独自の受容体は?)
(独自の受容体は?)
 
[[ファイル:Sasai Chordin Fig3.png|サムネイル|'''図3. 図のタイトルをお願いいたします'''<br>背側中胚葉(多くは原口背唇部)と腹側中胚葉に発現する遺伝子群 ('''A''') と、それらの間に存在する制御関係 ('''B''')。<ref name=DeRobertis2004><pubmed>15473842</pubmed></ref><ref name=Ambrosio2008><pubmed>18694564</pubmed></ref><ref name=Plouhinec2009><pubmed>20066084</pubmed></ref> をもとに作成。]]
==活性調節==
==活性調節==
 Chdを発現するオーガナイザー(背側中胚葉)の大きさ、またオーガナイザーによって誘導される神経板は、体全体と比較して特定の大きさでなければならないため、chd遺伝子やそのタンパク質の発現量や活性は厳密に制御される。この制御を行うための因子(Chdタンパク質を分解するものや修飾するもの)の存在が知られている。
 Chdを発現するオーガナイザー(背側中胚葉)の大きさ、またオーガナイザーによって誘導される神経板は、体全体と比較して特定の大きさでなければならないため、chd遺伝子やそのタンパク質の発現量や活性は厳密に制御される。この制御を行うための因子(Chdタンパク質を分解するものや修飾するもの)の存在が知られている。
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 また、Chordin、Noggin、Follistatinの3つの因子を同時に発現阻害した胚においては、神経誘導はもちろんのこと、背側組織の発生が大きく阻害された <ref name=Khokha2005><pubmed>15737935</pubmed></ref> 。
 また、Chordin、Noggin、Follistatinの3つの因子を同時に発現阻害した胚においては、神経誘導はもちろんのこと、背側組織の発生が大きく阻害された <ref name=Khokha2005><pubmed>15737935</pubmed></ref> 。


==遺伝子操作動物を用いた機能解析==
===遺伝子操作動物を用いた機能解析===
 
 哺乳類におけるChdの役割については、特にマウスにおける遺伝子操作動物を用いた機能解析の報告が存在する <ref name=Bachiller2000><pubmed>10688202</pubmed></ref> 。


 哺乳類におけるChdの役割については、特にマウスにおける遺伝子操作動物を用いた機能解析の報告が存在する <ref name=Bachiller2000><pubmed>10688202</pubmed></ref> 。chd単独のノックアウトマウスは、耳胞の発達や下顎形成に影響が及ぶもののその表現型はマウスの系統依存的であり、いずれも生存は可能である <ref name=Bachiller2000><pubmed>10688202</pubmed></ref><ref name=Choi2009><pubmed>19247433</pubmed></ref> 。したがって、神経発生に関しては他の遺伝子(特にnoggin)によって相補されることが示唆された。そこで、chdとnogginのダブルノックアウトマウスを作成して解析したところ、AVE(前方臓側内胚葉)自体の形成には異常はみられなかったが、頭部神経領域を含む頭部構造の形成が著しく阻害されることが明らかになった。このことは、(1) AVEによる頭部の発生は結節(ノード)の存在に依存していること、(2) 体幹部の発生自体はchordinの存在には依存しないこと、を意味する。
==== コーディンノックアウトマウス ====
chd単独のノックアウトマウスは、耳胞の発達や下顎形成に影響が及ぶもののその表現型はマウスの系統依存的であり、いずれも生存は可能である <ref name=Bachiller2000><pubmed>10688202</pubmed></ref><ref name=Choi2009><pubmed>19247433</pubmed></ref> 。したがって、神経発生に関しては他の遺伝子(特にnoggin)によって相補されることが示唆された。そこで、chdとnogginのダブルノックアウトマウスを作成して解析したところ、AVE(前方臓側内胚葉)自体の形成には異常はみられなかったが、頭部神経領域を含む頭部構造の形成が著しく阻害されることが明らかになった。このことは、(1) AVEによる頭部の発生は結節(ノード)の存在に依存していること、(2) 体幹部の発生自体はchordinの存在には依存しないこと、を意味する。


 マウスでは頭部と体幹部の発生は別の細胞集団によって制御される。頭部の発生はAVE(anterior visceral endoderm; 前方臓側内胚葉)<ref name=Stower2014><pubmed>25349454</pubmed></ref> によって誘導される一方、体幹部は結節(ノード)とanterior primitive streak(APS; 原条)によって別々に誘導される。Chordin(と、それと同様の機能を持つNoggin)は原条には発現するがAVEには発現しないため、AVEの発生が結節に依存するのか、独立に発生するのかは議論があった。このノックアウトマウスの解析により、AVEの機能(頭部神経を誘導する機能)が結節に依存することが明らかになった。
 マウスでは頭部と体幹部の発生は別の細胞集団によって制御される。頭部の発生はAVE(anterior visceral endoderm; 前方臓側内胚葉)<ref name=Stower2014><pubmed>25349454</pubmed></ref> によって誘導される一方、体幹部は結節(ノード)とanterior primitive streak(APS; 原条)によって別々に誘導される。Chordin(と、それと同様の機能を持つNoggin)は原条には発現するがAVEには発現しないため、AVEの発生が結節に依存するのか、独立に発生するのかは議論があった。このノックアウトマウスの解析により、AVEの機能(頭部神経を誘導する機能)が結節に依存することが明らかになった。


==== 関連タンパク質のノックアウトマウス ====
 コーディンと相互作用するタンパク質をコードする遺伝子のうち、Tsgのノックアウトマウスは出生時に死亡し、頭部形成不全、骨化不全、骨格異常など、全身性の表現型を呈する。一部のノックアウト個体は生存するが、成長不全である <ref name=Petryk2004><pubmed>15013800</pubmed></ref><ref name=Zakin2004><pubmed>14681194</pubmed></ref> 。Tolloidに関しては、マウスのTolloid-like-1(Tll1)のノックアウトマウスが心臓の中隔形成に異常をきたし、胚性致死となる <ref name=Clark1999><pubmed>10331975</pubmed></ref><ref name=Ge2006><pubmed>16622848</pubmed></ref> 。カエルや魚類のSzlに最も近いマウスの遺伝子はsFRP(sFRP1-6)と呼ばれるSecreted frizzled-related proteinだが、これら6種類の遺伝子の中にszlと活性(Tsg/BMP1の活性を阻害する)がまったく同じものはない <ref name=Bijakowski2012><pubmed>22825851</pubmed></ref> 。最も構造的に近いsFRP2の単独の遺伝子変異では表現型がみられないが、sFRP1とのダブルノックアウトにより、未分節中胚葉(presomatic mesoderm)の細胞移動が起こらなくなり、胚の前後軸に沿った伸長が抑制される <ref name=Satoh2006><pubmed>16467359</pubmed></ref> 。
 コーディンと相互作用するタンパク質をコードする遺伝子のうち、Tsgのノックアウトマウスは出生時に死亡し、頭部形成不全、骨化不全、骨格異常など、全身性の表現型を呈する。一部のノックアウト個体は生存するが、成長不全である <ref name=Petryk2004><pubmed>15013800</pubmed></ref><ref name=Zakin2004><pubmed>14681194</pubmed></ref> 。Tolloidに関しては、マウスのTolloid-like-1(Tll1)のノックアウトマウスが心臓の中隔形成に異常をきたし、胚性致死となる <ref name=Clark1999><pubmed>10331975</pubmed></ref><ref name=Ge2006><pubmed>16622848</pubmed></ref> 。カエルや魚類のSzlに最も近いマウスの遺伝子はsFRP(sFRP1-6)と呼ばれるSecreted frizzled-related proteinだが、これら6種類の遺伝子の中にszlと活性(Tsg/BMP1の活性を阻害する)がまったく同じものはない <ref name=Bijakowski2012><pubmed>22825851</pubmed></ref> 。最も構造的に近いsFRP2の単独の遺伝子変異では表現型がみられないが、sFRP1とのダブルノックアウトにより、未分節中胚葉(presomatic mesoderm)の細胞移動が起こらなくなり、胚の前後軸に沿った伸長が抑制される <ref name=Satoh2006><pubmed>16467359</pubmed></ref> 。


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==脚注==
==脚注==
<references group=脚注 />
<references group=脚注 />
==関連項目==
* [[神経誘導]]
* [[ノギン]]
* [[フォリスタチン]]


==参考文献==
==参考文献==
<references />
<references />
(図2)Chd/BMPが表皮・神経の遺伝子を誘導する模式図。<ref name=Holley1995><pubmed>7617035</pubmed></ref>  <ref name=Nakayama2004><pubmed>14660436</pubmed></ref><ref name=Larrain2000><pubmed>10648240</pubmed></ref> をもとに作成。
(図3)背側中胚葉(多くは原口背唇部)と腹側中胚葉に発現する遺伝子群 (A) と、それらの間に存在する制御関係 (B)。<ref name=DeRobertis2004><pubmed>15473842</pubmed></ref><ref name=Ambrosio2008><pubmed>18694564</pubmed></ref><ref name=Plouhinec2009><pubmed>20066084</pubmed></ref> をもとに作成。