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 もともとは[[ショウジョウバエ]]で同定された[[wikipedia:JA:遺伝子|遺伝子]](dNumb)で、変異体は[[外感覚器前駆細胞]](Sensory Organ Precursor、SOP)の[[wikipedia:cell lineage|細胞系譜]]選択異常を示す<ref name=ref1><pubmed> 2752427 </pubmed></ref> 。ショウジョウバエのNumbタンパク質は前駆細胞の分裂時に非対称に分配され、[[Notch]]タンパク質と相互作用してNotchシグナル伝達を抑制することで、娘細胞の運命決定の非対称性を作り出しているとされる。哺乳類ではNumb(mNumb)と[[Numb-like]](Numbl)の2つの遺伝子が同定されている。また、mNumbでは、[[wikipedia:ja:選択的スプライシング|選択的スプライシング]]によって活性の異なるタンパク質アイソフォームが作られる<ref name=ref2><pubmed> 10551880 </pubmed></ref><ref name=ref3><pubmed> 10468633 </pubmed></ref>ため、その機能は多様である。
 もともとは[[ショウジョウバエ]]で同定された[[wikipedia:JA:遺伝子|遺伝子]](dNumb)で、変異体は[[外感覚器前駆細胞]](Sensory Organ Precursor、SOP)の[[wikipedia:ja:細胞系譜|細胞系譜]]選択異常を示す<ref name=ref1><pubmed> 2752427 </pubmed></ref> 。ショウジョウバエのNumbタンパク質は前駆細胞の分裂時に非対称に分配され、[[Notch]]タンパク質と相互作用してNotchシグナル伝達を抑制することで、娘細胞の運命決定の非対称性を作り出しているとされる。哺乳類ではNumb(mNumb)と[[Numb-like]](Numbl)の2つの遺伝子が同定されている。また、mNumbでは、[[wikipedia:ja:選択的スプライシング|選択的スプライシング]]によって活性の異なるタンパク質アイソフォームが作られる<ref name=ref2><pubmed> 10551880 </pubmed></ref><ref name=ref3><pubmed> 10468633 </pubmed></ref>ため、その機能は多様である。


== 構造==  
== 構造==  


 dNumb、mNumb、Numbl、さらには他の[[wikipedia:JA:脊椎動物|脊椎動物]]で報告されているNumbといった各タンパク質に共通するモチーフとして、アミノ末端側に[[リン酸化チロシン結合ドメイン]](phosphotyrosine-binding domain、 PTB domain)がある<ref name=ref4><pubmed> 19944684 </pubmed></ref>。また、カルボキシ末端側には[[Eps15ホモロジー領域]](DPFとNPF)がある。またmNumbにはPTBドメインとDPFの間にプロリンに富む配列([[proline-rich region]]、PRR)があり、PRR中に[[Src homology-3 binding site]]様の配列を含んでいる。mNumbについてはPTBドメインとPRRに選択的スプライシングがあり、全部で4種類(p72、p71、p66、p65)のタンパク質ができる。P71は全長であるp72のPTBドメインの一部を欠いており、P66はPRRの対部分、p65は両方を欠損している。NumblはPRRを持たないが、特徴的な[[wikipedia:JA:グルタミン|グルタミン]]に富む配列を持つ。
 dNumb、mNumb、Numbl、さらには他の[[wikipedia:JA:脊椎動物|脊椎動物]]で報告されているNumbといった各タンパク質に共通するモチーフとして、アミノ末端側に[[リン酸化チロシン結合ドメイン]](phosphotyrosine-binding domain, PTB domain)がある<ref name=ref4><pubmed> 19944684 </pubmed></ref>。また、カルボキシ末端側には[[Eps15ホモロジー領域]](DPFとNPF)がある。またmNumbにはPTBドメインとDPFの間にプロリンに富む配列([[proline-rich region]]、PRR)があり、PRR中に[[Src homology-3 binding site]]様の配列を含んでいる。mNumbについてはPTBドメインとPRRに選択的スプライシングがあり、全部で4種類(p72、p71、p66、p65)のタンパク質ができる。P71は全長であるp72のPTBドメインの一部を欠いており、P66はPRRの対部分、p65は両方を欠損している。NumblはPRRを持たないが、特徴的な[[wikipedia:JA:グルタミン|グルタミン]]に富む配列を持つ。


== 生化学的な活性とその調節==  
== 生化学的な活性とその調節==  
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===Notchシグナルの抑制===
===Notchシグナルの抑制===
 Numbの機能としてよく知られているのは、Notchシグナルの抑制である。Notchが活性化されて細胞内領域(Notch intracellular domain, NICD)が切り出され、核内に移行して転写制御に関わるのだが(Notchの項参照)、NumbはNICDに結合するとともに、HECT-domain [[E3 ubiquitin ligase]]である[[Itch]](ショウジョウバエのSuppressor of Deltex)に結合することで、NICDの[[ポリユビキチン化]]とそれに続く分解を促進している<ref><pubmed> 17115028 </pubmed></ref>。また、Numbは後述するように[[エンドサイトーシス]]に関連した機能をもっており、エンドサイトーシスによって[[細胞膜]]上のNotchタンパク質の量を調節している可能性も指摘されている。
 Numbの機能としてよく知られているのは、[[Notch]]シグナルの抑制である。Notchが活性化されて細胞内領域(Notch intracellular domain, NICD)が切り出され、[[wikipedia:ja:核]]内に移行して[[転写制御]]に関わるが([[Notch]]の項参照)、NumbはNICDに結合するとともに、[[HECT-domain]] [[E3 ubiquitin ligase]]である[[Itch]](ショウジョウバエの[[Suppressor of Deltex]])に結合することで、NICDの[[ポリユビキチン化]]とそれに続く分解を促進している<ref><pubmed> 17115028 </pubmed></ref>。また、Numbは後述するように[[エンドサイトーシス]]に関連した機能をもっており、エンドサイトーシスによって[[細胞膜]]上のNotchタンパク質の量を調節している可能性も指摘されている。


===エンドサイトーシスによる細胞間、細胞—基質接着の制御===
===エンドサイトーシスによる細胞間、細胞—基質接着の制御===


 dNumbやNumblも含め、Numbタンパク質はカルボキシ末端のDPFとNPFモチーフを持っており、これを介して[[クラスリン]][[アダプタータンパク質]]である[[α-アダプチン]]や[[Epsin 15 homology domainファミリータンパク質]]と結合し、エンドサイトーシスの制御に関わっている<ref><pubmed> 11121447 </pubmed></ref>。Numbは[[Rab]]11陽性の[[エンドソーム]]に分布し、[[カドヘリン]]/[[カテニン]]複合体(cadherin/catenin complex)の継続的な取り込みとリサイクルによる接着結合(adherens junction、[[アドヘレンスジャンクション]]の項を参照)の維持に働いている<ref><pubmed> 17589506 </pubmed></ref>。また、移動中の細胞のリーディングエッジではβ-[[インテグリン]]([[細胞外基質]]の[[受容体]])に結合し、クラスリンを含む構造(おそらくはエンドソーム)への取り込みに関わっていると思われる。非典型的プロテインキナーゼC(aPKC)によるリン酸化によってNumbタンパク質とβ-インテグリンの結合が外れることから、aPKCがNumbの偏った細胞内局在とそれに続く方向性を持つ細胞移動を制御していると考えられる<ref><pubmed> 19609305 </pubmed></ref><ref><pubmed> 17203073 </pubmed></ref>。
 dNumbやNumblも含め、Numbタンパク質はカルボキシ末端のDPFとNPFモチーフを持っており、これを介して[[クラスリン]][[アダプタータンパク質]]である[[α-アダプチン]]や[[Epsin 15 homology domainファミリータンパク質]]と結合し、エンドサイトーシスの制御に関わっている<ref><pubmed> 11121447 </pubmed></ref>。Numbは[[Rab]]11陽性の[[エンドソーム]]に分布し、[[カドヘリン]]/[[カテニン]]複合体(cadherin/catenin complex)の継続的な取り込みとリサイクルによる[[接着結合]](adherens junction、[[アドヘレンスジャンクション]]の項を参照)の維持に働いている<ref><pubmed> 17589506 </pubmed></ref>。また、移動中の細胞のリーディングエッジではβ-[[インテグリン]]([[細胞外基質]]の[[受容体]])に結合し、クラスリンを含む構造(おそらくはエンドソーム)への取り込みに関わっていると思われる。非典型的[[プロテインキナーゼC]](aPKC)による[[リン酸化]]によってNumbタンパク質とβ-インテグリンの結合が外れることから、aPKCがNumbの偏った細胞内局在とそれに続く方向性を持つ細胞移動を制御していると考えられる<ref><pubmed> 19609305 </pubmed></ref><ref><pubmed> 17203073 </pubmed></ref>。


===その他===
===その他===


 mNumbやNumblが膜結合型β-[[アミロイド前駆タンパク質]](APP)やAPPの細胞内領域に結合し、APPの輸送とプロセシングを制御するという報告がある<ref><pubmed> 18599481 </pubmed></ref>。また、[[Hedgehog]]シグナルのターゲットである転写因子[[Gli1]]と結合してItchをリクルートすることで、Gli1の[[プロテアソーム]]依存性の分解を促進することが報告された<ref><pubmed> 17115028 </pubmed></ref><ref><pubmed> 20818436 </pubmed></ref>。さらに、ヒトにおいてmNumbがE3 ubiquitin ligaseの一種であるHDM3に結合して不活性化し、[[wikipedia:tumor_suppressor_gene|ガン抑制タンパク質]]である[[wikipedia:ja:p53遺伝子|p53]]の[[HDM3]]によるユビキチン化とそれに続く分解を抑制するという報告もある<ref><pubmed> 18172499 </pubmed></ref>。これらの報告から、Numbの多様な機能が明らかになりつつある。
 mNumbやNumblが膜結合型β-[[アミロイド前駆タンパク質]](APP)やAPPの細胞内領域に結合し、APPの輸送とプロセシングを制御するという報告がある<ref><pubmed> 18599481 </pubmed></ref>。また、[[Hedgehog]]シグナルのターゲットである[[転写因子]][[Gli1]]と結合してItchをリクルートすることで、Gli1の[[プロテアソーム]]依存性の分解を促進することが報告された<ref><pubmed> 17115028 </pubmed></ref><ref><pubmed> 20818436 </pubmed></ref>。さらに、ヒトにおいてmNumbがE3 ubiquitin ligaseの一種であるHDM3に結合して不活性化し、[[wikipedia:tumor_suppressor_gene|ガン抑制タンパク質]]である[[wikipedia:ja:p53遺伝子|p53]]の[[HDM3]]によるユビキチン化とそれに続く分解を抑制するという報告もある<ref><pubmed> 18172499 </pubmed></ref>。これらの報告から、Numbの多様な機能が明らかになりつつある。


== 神経発生における機能と活性==  
== 神経発生における機能と活性==  


 前述したように、ショウジョウバエでは[[SOP]]の分裂時にdNumbが非対称に局在して、娘細胞に不等分配されることから、dNumbが非対称分裂による発生運命の決定に関わっていることが示されている<ref name=ref1 />。このことから、[[wikipedia:JA:脊椎動物|脊椎動物]]の神経発生においても同様のことが期待された。マウスでは[[神経上皮]]組織において[[脳室]]側、すなわち頂端(apical)側に局在することから、分裂期の神経上皮細胞の分裂方向によっては、不等分配される可能性が示唆された。しかし、その後の観察で、apicalに局在するmNumbを不等分配できるような脳室面に平行な分裂面での細胞分裂が非常に稀であったことが示され、このモデルの妥当性は失われている。
 前述したように、ショウジョウバエでは[[SOP]]の分裂時にdNumbが非対称に局在して、[[wikipedia:ja:娘細胞|娘細胞]]に不等分配されることから、dNumbが非対称分裂による発生運命の決定に関わっていることが示されている<ref name=ref1 />。このことから、[[wikipedia:JA:脊椎動物|脊椎動物]]の神経発生においても同様のことが期待された。マウスでは[[神経上皮]]組織において[[脳室]]側、すなわち[[wikipedia:ja:頂端膜|頂端]](apical)側に局在することから、分裂期の神経上皮細胞の分裂方向によっては、不等分配される可能性が示唆された。しかし、その後の観察で、apicalに局在するmNumbを不等分配できるような脳室面に平行な分裂面での細胞分裂が非常に稀であったことが示され、このモデルの妥当性は失われている。


 一方、[[wikipedia:JA:ニワトリ|ニワトリ]]については分裂期前期から中期の神経上皮細胞においてNumbが基底膜側に局在していることが示されている<ref><pubmed> 10402194 </pubmed></ref>。この場合には、分裂面が脳室面に対して直交していても、[[wikipedia:JA:細胞分裂|分裂]]期中期以降にNumbが側方に輸送されることで不等分配を可能にしている。これは、基底膜側に非対称に局在している[[中間径フィラメント]]の一種である[[Transitin]]にNumbが結合して一緒に運ばれることによる<ref><pubmed> 17522158 </pubmed></ref>。マウスではTransitin遺伝子そのものが無い(比較的構造の似ている[[ネスチン]](Nestin)は非対称な細胞内局在を示さない)ため、同様の分子メカニズムは生物種間で保存されていないと思われる。[[ゼブラフィッシュ]]でもNumbの細胞内局在が調べられているが、分裂期の神経上皮細胞では基底膜側から側方にかけて分布しており、不等分配もされないようである。
 一方、[[wikipedia:JA:ニワトリ|ニワトリ]]については[[wikipedia:ja:体細胞分裂#.E5.89.8D.E6.9C.9F|分裂期前期]]から中期の神経上皮細胞においてNumbが基底膜側に局在していることが示されている<ref><pubmed> 10402194 </pubmed></ref>。この場合には、分裂面が脳室面に対して直交していても、[[wikipedia:JA:細胞分裂|分裂]]期中期以降にNumbが側方に輸送されることで不等分配を可能にしている。これは、基底膜側に非対称に局在している[[中間径フィラメント]]の一種である[[Transitin]]にNumbが結合して一緒に運ばれることによる<ref><pubmed> 17522158 </pubmed></ref>。マウスではTransitin遺伝子そのものが無い(比較的構造の似ている[[ネスチン]](Nestin)は非対称な細胞内局在を示さない)ため、同様の分子メカニズムは生物種間で保存されていないと思われる。[[ゼブラフィッシュ]]でもNumbの細胞内局在が調べられているが、分裂期の神経上皮細胞では基底膜側から側方にかけて分布しており、不等分配もされないようである。


 mNumbやNumblの神経発生における機能については、[[ノックアウト]](KO)マウスを用いた解析がおこなわれている<ref name=ref4 />。複数のグループが通常のノックアウトやコンディショナルノックアウト(CKO)によって[[大脳皮質]]における機能を調べているが、結果がまちまちで、とりわけニューロン分化における機能についてコンセンサスが得られないままである。
 mNumbやNumblの神経発生における機能については、[[ノックアウト]](KO)マウスを用いた解析がおこなわれている<ref name=ref4 />。複数のグループが通常のノックアウトやコンディショナルノックアウト(CKO)によって[[大脳皮質]]における機能を調べているが、結果がまちまちで、とりわけニューロン分化における機能についてコンセンサスが得られないままである。