「物体探索」の版間の差分

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== 物体探索とは  ==
== 物体探索とは  ==
 動物が環境を探索する時、目新しい物体に対しては時間をかけて探索を行い、すでに探索が行われ馴染んだ物体には探索量が減少する。しかし、馴染んだ物体であっても、物体間の位置関係が変化した場合や、物体の置かれた環境が変化した場合に探索行動が増加する。このように物体探索行動は、環境内に生じた新たな変化に対して、動物が自発的に接近する行動であり、動物のもつ新奇性に対する嗜好性や好奇心が行動の動機づけとなっている。物体や物体の位置、物体の置かれた環境を実験的に操作し、局所的脳破壊や薬物投与の効果を調べることにより、物体の認知、位置の認知、および環境の認知に関わる脳領域を明らかにすることができる。
 動物が環境を探索する時、目新しい物体に対しては時間をかけて探索を行い、すでに探索が行われ馴染んだ物体には探索量が減少する。しかし、馴染んだ物体であっても、物体間の位置関係が変化した場合や、物体の置かれた環境が変化した場合に探索行動が増加する。このように物体探索行動は、環境内に生じた新たな変化に対して、動物が自発的に接近する行動であり、動物のもつ新奇性に対する嗜好性<ref><pubmed>20060020</pubmed></ref>や好奇心<ref><pubmed>5328120</pubmed></ref>が動機づけとなっている。物体や物体の位置、物体の置かれた環境を実験的に操作し、局所的脳破壊や薬物投与の効果を調べることにより、物体の認知、位置の認知、および環境の認知に関わる脳領域を明らかにすることができる。


== 物体探索課題  ==
== 物体探索課題  ==
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=== 物体探索行動の定義  ===
=== 物体探索行動の定義  ===
物体探索についての操作的定義は研究者によって多少の違いがある。多くの場合、ラットの吻部が物体に接触している状態<ref><pubmed>2803548</pubmed></ref>、および物体から1cm以内<ref><pubmed>15839802</pubmed></ref>または2cm以内<ref><pubmed>3228475</pubmed></ref>にある状態と定義される。物体の上に登る行動や、物体の周囲を回る行動は物体探索とみなさない。ラットが物体にどのように触っているかを分析することは必要ないが、一貫して適応できる簡便な操作的定義をしておくことが重要である(Mumby, 2005)。
物体探索についての操作的定義は研究者によって多少の違いがある。多くの場合、ラットの吻部が物体に接触している状態<ref><pubmed>2803548</pubmed></ref>、および物体から1cm以内<ref><pubmed>15839802</pubmed></ref>または2cm以内<ref name=Enna><pubmed>3228475</pubmed></ref>にある状態と定義される。物体の上に登る行動や、物体の周囲を回る行動は物体探索とみなさない。ラットが物体にどのように触っているかを分析することは必要ないが、一貫して適応できる簡便な操作的定義をしておくことが重要である(Mumby, 2005)。


=== 物体探索行動に影響する要因  ===
=== 物体探索行動に影響する要因  ===
==== 物体の変化  ====
==== 物体の変化  ====
 動物は二つの同じ物体を探索させた後、ひとつの物体を新しい物体に置き換えられると、新奇物体を優先して長時間探索する。Ennaceur & Delacour (1988)<ref><pubmed>3228475</pubmed></ref> は45 cm x 65cmで高さ45 cmの壁のある実験アリーナ内に、2つの同じ物体を置き、これをラットに数分間探索させた。一旦、ラットを広場から出して遅延をおき、再度、動物を2つの物体のある広場に戻し探索させた。一方は遅延前に提示した物体と同じ物体(馴染物体)で、他方は異なる物体(新奇物体)である。新奇物体の探索時間が馴染物体の探索時間より長ければ、動物が以前に探索した物体を認知したと結論できる。脳損傷や薬物投与によって馴染物体と新奇物体の探索時間に違いが見られなくなった場合、物体認知の障害が生じていると解釈できる。また、遅延時間に依存して障害が生じる場合には、物体認知の障害ではなく、作業記憶障害として解釈すべきである。この課題は課題のルールに関する学習が必要でないため、参照記憶障害の可能性は排除される。
 動物は二つの同じ物体を探索させた後、ひとつの物体を新しい物体に置き換えられると、新奇物体を優先して長時間探索する。Ennaceur & Delacour (1988)<ref name=Enna /> は45 cm x 65cmで高さ45 cmの壁のある実験アリーナ内に、2つの同じ物体を置き、これをラットに数分間探索させた。一旦、ラットを広場から出して遅延をおき、再度、動物を2つの物体のある広場に戻し探索させた。一方は遅延前に提示した物体と同じ物体(馴染物体)で、他方は異なる物体(新奇物体)である。新奇物体の探索時間が馴染物体の探索時間より長ければ、動物が以前に探索した物体を認知したと結論できる。脳損傷や薬物投与によって馴染物体と新奇物体の探索時間に違いが見られなくなった場合、物体認知の障害が生じていると解釈できる。また、遅延時間に依存して障害が生じる場合には、物体認知の障害ではなく、作業記憶障害として解釈すべきである。この課題は課題のルールに関する学習が必要でないため、参照記憶障害の可能性は排除される。


==== 位置の変化====  
==== 位置の変化====  
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==== 環境の変化  ====
==== 環境の変化  ====
 物体の置かれた環境が変化すると、物体への探索行動が増加することが報告されている<ref><pubmed>10512585</pubmed></ref>。この課題では、最初のセッションで、相同の二つの物体(A1とA2)を環境Xで探索させ、異なる相同の2つの物体 (B1とB2)を環境Yで探索させる。それぞれの環境で、3分間のセッションを2試行ずつ実施する。5分間の遅延後のテスト段階において、ペアー物体のうちの一つの環境を入れ換える。例えば、環境Xに物体A1と物体B1を配置し探索させる。この時、物体A1は環境一致物体、物体B1は環境不一致物体である。正常なラットは、環境一致物体よりも環境不一致物体に対して長い探索行動を示したが、海馬 <ref><pubmed>11992015</pubmed></ref>や後嗅領皮質 <ref><pubmed>15839802</pubmed></ref>を破壊された動物は両物体への探索行動に違いがなく、環境と物体の組み合わせの変化に反応を示さないことが報告されている。  
 物体の置かれた環境が変化すると、物体への探索行動が増加することが報告されている<ref><pubmed>10512585</pubmed></ref>。この課題では、最初のセッションで、相同の二つの物体(A1とA2)を環境Xで探索させ、異なる相同の2つの物体 (B1とB2)を環境Yで探索させる。それぞれの環境で、3分間のセッションを2試行ずつ実施する。5分間の遅延後のテスト段階において、ペアー物体のうちの一つの環境を入れ換える。例えば、環境Xに物体A1と物体B1を配置し探索させる。この時、物体A1は環境一致物体、物体B1は環境不一致物体である。正常なラットは、環境一致物体よりも環境不一致物体に対して長い探索行動を示したが、海馬 <ref name=mum2002><pubmed>11992015</pubmed></ref>や後嗅領皮質 <ref><pubmed>15839802</pubmed></ref>を破壊された動物は両物体への探索行動に違いがなく、環境と物体の組み合わせの変化に反応を示さないことが報告されている。  


=== 実施上の注意点  ===
=== 実施上の注意点  ===
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 使用する物体に関して、物体の特徴や複雑さによって探索量が異なることがある。したがって、使用する物体がどのくらい探索を引き起こすかをあらかじめ調べ、あまりにも探索量が多い物体と、あまりにも少ない物体は使用しない方がよい。また、探索中に物体についた匂いなどによって物体を弁別する可能性を排除するため、物体はペアーで準備しておき、一方を見本段階、もう一方はテスト段階で用いるようにする必要がある。
 使用する物体に関して、物体の特徴や複雑さによって探索量が異なることがある。したがって、使用する物体がどのくらい探索を引き起こすかをあらかじめ調べ、あまりにも探索量が多い物体と、あまりにも少ない物体は使用しない方がよい。また、探索中に物体についた匂いなどによって物体を弁別する可能性を排除するため、物体はペアーで準備しておき、一方を見本段階、もう一方はテスト段階で用いるようにする必要がある。


 データ分析に関して、探索行動は、探索開始から1,2分間は強く現れるが、馴化は比較的素早く生じ、探索行動が終了する。探索終了後のデータは実験操作に対してノイズを加えることになり、テストの初期段階で起こっているだろう新奇嗜好性を不明瞭にしてしまう可能性がある。したがって、1分ごとに探索量を調べ、どのように新奇嗜好性が変化するかを確認する必要がある<ref><pubmed>11992015</pubmed></ref>。
 データ分析に関して、探索行動は、探索開始から1,2分間は強く現れるが、馴化は比較的素早く生じ、探索行動が終了する。探索終了後のデータは実験操作に対してノイズを加えることになり、テストの初期段階で起こっているだろう新奇嗜好性を不明瞭にしてしまう可能性がある。したがって、1分ごとに探索量を調べ、どのように新奇嗜好性が変化するかを確認する必要がある<ref name=mum2002/>。
 
 新奇物体への嗜好性は、単純に新奇物体と馴染物体の探索量を比較することでも可能であるが、探索量の個体差の問題を除外するために、馴染物体と新奇物体の全探索量に対する新奇物体探索量の割合として示されることが多い。物体馴致セッションにおける探索量とテストにおける馴染物体または新奇物体の探索量の変化量を指標とすることもある。統計的に有意な嗜好性を示しているかどうかについて、ワンサンプルt検定により、群の平均探索率がチャンスレベルよりも有意に異なっているかどうかを調べることができる。ただし、新奇物体への嗜好性が強いということが、認知能力の高さを示しているかどうかは明らかでない(Mumby, 2005)。
 新奇物体への嗜好性は、単純に新奇物体と馴染物体の探索量を比較することでも可能であるが、探索量の個体差の問題を除外するために、馴染物体と新奇物体の全探索量に対する新奇物体探索量の割合として示されることが多い。物体馴致セッションにおける探索量とテストにおける馴染物体または新奇物体の探索量の変化量を指標とすることもある。統計的に有意な嗜好性を示しているかどうかについて、ワンサンプルt検定により、群の平均探索率がチャンスレベルよりも有意に異なっているかどうかを調べることができる。ただし、新奇物体への嗜好性が強いということが、認知能力の高さを示しているかどうかは明らかでない(Mumby, 2005)。
また、上述のThinus-Blanc et al.(1987)の実験によると、物体の配置の変化の仕方によって、配置が変わった物体だけでなく、配置が変わっていない物体に対しても探索量が増えることがある。したがって、位置関係の認知的処理ができているかどうかの判断は、単純に移動物体と固定物体の比較だけでは不十分であるだろう。
また、上述のThinus-Blanc et al.(1987)の実験によると、物体の配置の変化の仕方によって、配置が変わった物体だけでなく、配置が変わっていない物体に対しても探索量が増えることがある。したがって、位置関係の認知的処理ができているかどうかの判断は、単純に移動物体と固定物体の比較だけでは不十分であるだろう。
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