「音声学習」の版間の差分

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2-2 鳴禽の音声学習<br> キンカチョウなどの鳴禽は複雑で定型的な音声パターンを持つ「さえずり(歌)」を他個体からの音声学習によって発達させる。このさえずり学習も、人間の言語発音の習得と同様な二つの過程を持ち、それぞれ感覚学習期と感覚運動学習期と呼ばれる。後者の過程では、鳥は始め人間の喃語のようなはっきりとしない未発達な音声を発するが、多数の発声練習を通して次第に手本と同様な構造のさえずりを作り上げる。この際、鳥は感覚学習期で記憶した手本のさえずりの情報を鋳型のように用い、その記憶と自己のさえずりの聴覚フィードバックとの誤差を最小化させるようにさえずりの構造を変え、手本と同様な構造のさえずりを獲得すると広く考えられている(鋳型説)。<br> 鳴禽のさえずり学習は、侵襲的な実験が不可能な人間の音声学習メカニズムを研究する上での良いモデルシステムとされており、その神経基盤の研究が進んでいる。歌回路(song system)と呼ばれるさえずり学習に重要な神経回路は、主に、大脳皮質(外套)から延髄に投射する直接制御系(vocal motor pathway)と、同経路の2つの神経核HVCとRAを大脳基底核・視床を介して結ぶ迂回投射系(anterior forebrain pathway)から構成される。迂回投射系は、大脳皮質-大脳基底核ループ経路の一部であり、哺乳類と同様、中脳からのドーパミン入力を受けている。鳥はこの迂回投射系を用いた強化学習により直接制御系のさえずり運動神経回路を変化させ、さえずりを上達させると考えられている。また迂回投射系は、さえずり学習初期に見られる喃語様の音声の生成に関わり、さらにさえずり発達後も、直制御系で作られるさえずりの運動神経活動に微小な揺らぎを付加させることから、強化学習過程における探索行動(試行錯誤行動)を作り出す役割を持つことも示唆されている。<br> 一方、歌回路の上流には高次聴覚野に相当する領域があり、手本のさえずりの情報がコードされていると考えられている。また、歌回路内にも手本のさえずり音声に特異的に応答する細胞が多く見られ、手本のさえずりの記憶との関連が示唆されている。<br> キンカチョウではゲノムの解読が完了し、音声学習の分子レベルの解析も行われている。また、言語遺伝子と呼ばれるFoxP2や、言語獲得との関連が示唆されるミラーニューロンに似た細胞も見つかっている。  
2-2 鳴禽の音声学習<br> キンカチョウなどの鳴禽は複雑で定型的な音声パターンを持つ「さえずり(歌)」を他個体からの音声学習によって発達させる。このさえずり学習も、人間の言語発音の習得と同様な二つの過程を持ち、それぞれ感覚学習期と感覚運動学習期と呼ばれる。後者の過程では、鳥は始め人間の喃語のようなはっきりとしない未発達な音声を発するが、多数の発声練習を通して次第に手本と同様な構造のさえずりを作り上げる。この際、鳥は感覚学習期で記憶した手本のさえずりの情報を鋳型のように用い、その記憶と自己のさえずりの聴覚フィードバックとの誤差を最小化させるようにさえずりの構造を変え、手本と同様な構造のさえずりを獲得すると広く考えられている(鋳型説)。<br> 鳴禽のさえずり学習は、侵襲的な実験が不可能な人間の音声学習メカニズムを研究する上での良いモデルシステムとされており、その神経基盤の研究が進んでいる。歌回路(song system)と呼ばれるさえずり学習に重要な神経回路は、主に、大脳皮質(外套)から延髄に投射する直接制御系(vocal motor pathway)と、同経路の2つの神経核HVCとRAを大脳基底核・視床を介して結ぶ迂回投射系(anterior forebrain pathway)から構成される。迂回投射系は、大脳皮質-大脳基底核ループ経路の一部であり、哺乳類と同様、中脳からのドーパミン入力を受けている。[[Image:Figure-bird_brain.jpg|right|400px|鳴禽のさえずり学習に関わる神経回路(歌回路)の概略。直接制御系は赤色、迂回投射系は青色、中脳からのドーパミン投射は茶色で示されている。]]鳥はこの迂回投射系を用いた強化学習により直接制御系のさえずり運動神経回路を変化させ、さえずりを上達させると考えられている。また迂回投射系は、さえずり学習初期に見られる喃語様の音声の生成に関わり、さらにさえずり発達後も、直制御系で作られるさえずりの運動神経活動に微小な揺らぎを付加させることから、強化学習過程における探索行動(試行錯誤行動)を作り出す役割を持つことも示唆されている。<br> 一方、歌回路の上流には高次聴覚野に相当する領域があり、手本のさえずりの情報がコードされていると考えられている。また、歌回路内にも手本のさえずり音声に特異的に応答する細胞が多く見られ、手本のさえずりの記憶との関連が示唆されている。<br> キンカチョウではゲノムの解読が完了し、音声学習の分子レベルの解析も行われている。また、言語遺伝子と呼ばれるFoxP2や、言語獲得との関連が示唆されるミラーニューロンに似た細胞も見つかっている。  


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