「音声学習」の版間の差分

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2-1 人間の音声学習<br> 人間の音声学習は、音声言語獲得に不可欠な言語発音の習得に関して多くの非侵襲的研究がなされている。母語の音声を聞いて記憶する知覚学習の過程の初期段階として、母語の音素に特化した音声識別能力の発達が知られている。これは、生後間もない乳児はすでに世界の様々な言語で用いられる言語音を識別する能力を持っているが、周りの大人達が話す母語を繰り返し聞くことにより生後一年頃までに母語以外の言語音に対する識別能力を失い、母語に特化した識別能力のみが維持・発達するというものである<ref><pubmed>7888763</pubmed></ref>。これに対応するように、母語の音声に特異的な活動が生後4ヶ月の乳児の言語野ですでに観察される<ref><pubmed>20497946</pubmed></ref>。また乳幼児は母語の音声情報だけでなく、母語を話す人の口の動きも関連付けて記憶していることが示されている<ref><pubmed>7146899</pubmed></ref>。一方、母語と同じ音声パターンを獲得する運動学習の過程は、生後約7-12ヶ月頃に見られる喃語と呼ばれる意味のない音声の生成から始まると考えられる。正常な喃語の発達には正常な聴覚能力が必要であること<ref><pubmed>3945058</pubmed></ref>や、後期の喃語には母語の特徴が見られ始めること<ref><pubmed>1843525</pubmed></ref>などから、乳幼児は聴覚フィードバックを用いて母語の音声パターンの基礎を作り出していると考えられる。  
2-1 人間の音声学習<br> 人間の音声学習は、音声言語獲得に不可欠な言語発音の習得に関して多くの非侵襲的研究がなされている。母語の音声を聞いて記憶する知覚学習の過程の初期段階として、母語の音素に特化した音声識別能力の発達が知られている。これは、生後間もない乳児はすでに世界の様々な言語で用いられる言語音を識別する能力を持っているが、周りの大人達が話す母語を繰り返し聞くことにより生後一年頃までに母語以外の言語音に対する識別能力を失い、母語に特化した識別能力のみが維持・発達するというものである<ref><pubmed>7888763</pubmed></ref>。これに対応するように、母語の音声に特異的な活動が生後4ヶ月の乳児の言語野ですでに観察される<ref><pubmed>20497946</pubmed></ref>。また乳幼児は母語の音声情報だけでなく、母語を話す人の口の動きも関連付けて記憶していることが示されている<ref><pubmed>7146899</pubmed></ref>。一方、母語と同じ音声パターンを獲得する運動学習の過程は、生後約7-12ヶ月頃に見られる喃語と呼ばれる意味のない音声の生成から始まると考えられる。正常な喃語の発達には正常な聴覚能力が必要であること<ref><pubmed>3945058</pubmed></ref>や、後期の喃語には母語の特徴が見られ始めること<ref><pubmed>1843525</pubmed></ref>などから、乳幼児は聴覚フィードバックを用いて母語の音声パターンの基礎を作り出していると考えられる。  


2-2 鳴禽の音声学習<br> キンカチョウなどの鳴禽は複雑で定型的な音声パターンを持つ「さえずり(歌)」を他個体からの音声学習によって発達させる。このさえずり学習も、人間の言語発音の習得と同様な二つの過程を持ち、それぞれ感覚学習期と感覚運動学習期と呼ばれる。後者の過程では、鳥は始め人間の喃語のようなはっきりとしない未発達な音声を発するが、多数の発声練習を通して次第に手本と同様な構造のさえずりを作り上げる。この際、鳥は感覚学習期で記憶した手本のさえずりの情報を鋳型のように用い、その鋳型と自己のさえずりの聴覚フィードバックとの誤差を最小化させるようにさえずりの構造を変え、手本と同様な構造のさえずりを獲得すると広く考えられている(鋳型説)<ref><pubmed>5874921</pubmed></ref>。<br> 鳴禽のさえずり学習は、侵襲的な実験が不可能な人間の音声学習メカニズムを研究する上での良いモデルシステムとされており <ref><pubmed>10202549</pubmed></ref>、その神経基盤の研究が進んでいる。歌回路(song system)と呼ばれるさえずり学習に重要な神経回路は、主に、大脳皮質(外套)から延髄に投射する直接制御系(vocal motor pathway)と、同経路の2つの神経核HVCとRAを大脳基底核・視床を介して結ぶ迂回投射系(anterior forebrain pathway)から構成される(図参照)。迂回投射系は、大脳皮質-大脳基底核ループ経路の一部であり、哺乳類と同様、中脳からのドーパミン入力を受けている。[[Image:Figure-bird brain.png|thumb|right|350px|鳴禽のさえずり学習に関わる神経回路(歌回路)の概略。直接制御系は赤色、迂回投射系は青色、中脳からのドーパミン投射は茶色で示されている。]]鳥はこの迂回投射系を用いた強化学習により直接制御系のさえずり運動神経回路を変化させ、さえずりを上達させると考えられている<ref><pubmed>22015923</pubmed></ref>。また迂回投射系は、さえずり学習初期に見られる喃語様の音声の生成に関わり<ref><pubmed>18451295</pubmed></ref>、さらにさえずり完成後も、さえずり音声に微小な揺らぎを付加させる<ref><pubmed>15703748</pubmed></ref>ことから、強化学習過程における探索行動(試行錯誤行動)を作り出す役割も持つことが示唆されている<ref><pubmed>18097411</pubmed></ref>。<br> 一方、歌回路の上流には哺乳類の高次聴覚野に相当する領域があり、手本のさえずりの情報がコードされていると考えられている<ref><pubmed>16760915</pubmed></ref>。また、歌回路内にも手本のさえずり音声に特異的に応答する細胞が多く見られ<ref><pubmed>11050217</pubmed></ref>、手本のさえずりの記憶との関連が示唆されている。  
2-2 鳴禽の音声学習<br> キンカチョウなどの鳴禽は複雑で定型的な音声パターンを持つ「さえずり(歌)」を他個体からの音声学習によって発達させる。このさえずり学習も、人間の言語発音の習得と同様な二つの過程を持ち、それぞれ感覚学習期と感覚運動学習期と呼ばれる。後者の過程では、鳥は始め人間の喃語のようなはっきりとしない未発達な音声を発するが、多数の発声練習を通して次第に手本と同様な構造のさえずりを作り上げる。この際、鳥は感覚学習期で記憶した手本のさえずりの情報を鋳型のように用い、その鋳型と自己のさえずりの聴覚フィードバックとの誤差を最小化させるようにさえずりの構造を変え、手本と同様な構造のさえずりを獲得すると広く考えられている(鋳型説)<ref><pubmed>5874921</pubmed></ref>。<br> 鳴禽のさえずり学習は、侵襲的な実験が不可能な人間の音声学習メカニズムを研究する上での良いモデルシステムとされており <ref><pubmed>10202549</pubmed></ref>、その神経基盤の研究が進んでいる。歌回路(song system)と呼ばれるさえずり学習に重要な神経回路は、主に、大脳皮質(外套)から延髄に投射する直接制御系(vocal motor pathway)と、同経路の2つの神経核HVCとRAを大脳基底核・視床を介して結ぶ迂回投射系(anterior forebrain pathway)から構成される(図参照)。迂回投射系は、大脳皮質-大脳基底核ループ経路の一部であり、哺乳類と同様、中脳からのドーパミン入力を受けている。[[Image:Figure-bird brain.png|thumb|right|300px|鳴禽のさえずり学習に関わる神経回路(歌回路)の概略。直接制御系は赤色、迂回投射系は青色、中脳からのドーパミン投射は茶色で示されている。]]鳥はこの迂回投射系を用いた強化学習により直接制御系のさえずり運動神経回路を変化させ、さえずりを上達させると考えられている<ref><pubmed>22015923</pubmed></ref>。また迂回投射系は、さえずり学習初期に見られる喃語様の音声の生成に関わり<ref><pubmed>18451295</pubmed></ref>、さらにさえずり完成後も、さえずり音声に微小な揺らぎを付加させる<ref><pubmed>15703748</pubmed></ref>ことから、強化学習過程における探索行動(試行錯誤行動)を作り出す役割も持つことが示唆されている<ref><pubmed>18097411</pubmed></ref>。<br> 一方、歌回路の上流には哺乳類の高次聴覚野に相当する領域があり、手本のさえずりの情報がコードされていると考えられている<ref><pubmed>16760915</pubmed></ref>。また、歌回路内にも手本のさえずり音声に特異的に応答する細胞が多く見られ<ref><pubmed>11050217</pubmed></ref>、手本のさえずりの記憶との関連が示唆されている。  


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