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(ページの作成:「<div align="right"> <font size="+1">金山 武司、[http://researchmap.jp/read0210129 白崎 竜一]</font><br> ''大阪大学大学院生命機能研究科''<br> DOI...」)
 
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==研究の歴史==
==研究の歴史==
 Slitは当初、[[ショウジョウバエ]]の遺伝学的解析から見出された。中枢神経系における交連ニューロン[[軸索]]の投射異常を示す変異体のスクリーニングからSlitが同定された[1]。Slitの変異体においては正中部の細胞に異常が見られるようになり、交連ニューロン軸索が正常な投射を行わなくなる[2]。Slitは正中部の細胞に発現している[[分泌]]性のタンパク質であることは明らかとなったが、その機能については長年不明のままであった。その後、遺伝学的解析、生化学的な解析、in vitroでの機能アッセイによりSlitが、[[ROBO|Robo]]受容体に対するリガンドであることが明らかとなった[3, 4]。Slitは[[Robo]]と直接結合することで反発活性を示し、同側性投射軸索と、一度正中交差をした交連ニューロンの軸索を正中部から反発させる。また[[脊椎動物]]におけるSlitのホモログとしてSlit1, Slit2, Slit3が同定された[4, 5, 6, 7]
 Slitは当初、[[ショウジョウバエ]]の遺伝学的解析から見出された。中枢神経系における交連ニューロン[[軸索]]の投射異常を示す変異体のスクリーニングからSlitが同定された<ref name=ref1><pubmed>3144436</pubmed></ref>。Slitの変異体においては正中部の細胞に異常が見られるようになり、交連ニューロン軸索が正常な投射を行わなくなる<ref name=ref2><pubmed>2176636</pubmed></ref>。Slitは正中部の細胞に発現している[[分泌]]性のタンパク質であることは明らかとなったが、その機能については長年不明のままであった。その後、遺伝学的解析、生化学的な解析、in vitroでの機能アッセイによりSlitが、[[ROBO|Robo]]受容体に対するリガンドであることが明らかとなった<ref name=ref3><pubmed>10102267</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>10102268</pubmed></ref>。Slitは[[Robo]]と直接結合することで反発活性を示し、同側性投射軸索と、一度正中交差をした交連ニューロンの軸索を正中部から反発させる。また[[脊椎動物]]におけるSlitのホモログとしてSlit1, Slit2, Slit3が同定された<ref name=ref4 /> <ref name=ref5><pubmed>10349621</pubmed></ref> <ref name=ref6><pubmed>9813312</pubmed></ref> <ref name=ref7><pubmed>10433822</pubmed></ref>


==構造==
==構造==
 Slitは無脊椎[[動物]]から脊椎動物まで種を越えて保存されており、共通の基本構造を持つ。アミノ末端(N末)に4つのLRR (leucine-rich repeat)ドメインと、6~9つの[[EGF]]([[epidermal growth factor]])リピート配列を持つ。また脊椎動物のSlitのホモログの1つであるSlit2は、全長のタンパク質が合成された後にN末のSlit2N、カルボキシル末端(C末)のSlit2Cの2つに分解される[4]。Slit2Nのレセプターとしては[[Robo1]], [[Robo2]]が知られており、軸索の伸長において反発の活性を示す[4, 8]。一方、Slit2Cについてはその機能が不明であったが、最近PlexinA1を受容体としてSlit2Nと同様に反発活性を示すことが報告された[9]
 Slitは無脊椎[[動物]]から脊椎動物まで種を越えて保存されており、共通の基本構造を持つ。アミノ末端(N末)に4つのLRR (leucine-rich repeat)ドメインと、6~9つの[[EGF]]([[epidermal growth factor]])リピート配列を持つ。また脊椎動物のSlitのホモログの1つであるSlit2は、全長のタンパク質が合成された後にN末のSlit2N、カルボキシル末端(C末)のSlit2Cの2つに分解される<ref name=ref4 />。Slit2Nのレセプターとしては[[Robo1]], [[Robo2]]が知られており、軸索の伸長において反発の活性を示す<ref name=ref4 /> <ref name=ref8><pubmed>11404413</pubmed></ref>。一方、Slit2Cについてはその機能が不明であったが、最近PlexinA1を受容体としてSlit2Nと同様に反発活性を示すことが報告された<ref name=ref9><pubmed>25485759</pubmed></ref>


==ファミリー==
==ファミリー==
 脊椎動物にはSlit1, Slit2, Slit3の3つのメンバーが存在している。Slit1, Slit2の受容体としてはRobo1, Robo2が、Slit3の受容体としてはRobo1, Robo4が知られている[10]。なお、Slit1, Slit2, Slit3は、Robo3(Rig-1)には結合せず、NELL2がそのリガンドとして結合することで反発活性を示すことが最近報告されている[11]
 脊椎動物にはSlit1, Slit2, Slit3の3つのメンバーが存在している。Slit1, Slit2の受容体としてはRobo1, Robo2が、Slit3の受容体としてはRobo1, Robo4が知られている<ref name=ref10><pubmed>17029581</pubmed></ref>。なお、Slit1, Slit2, Slit3は、Robo3(Rig-1)には結合せず、NELL2がそのリガンドとして結合することで反発活性を示すことが最近報告されている<ref name=ref11><pubmed>26586761</pubmed></ref>


 Slit1, Slit2, Slit3は中枢神経系の正中部付近における軸索ガイダンスの制御に重要な役割を果たしており、同側性投射軸索を腹側正中部の底板に近づくのを阻害し、一度底板で正中交差した交連ニューロンの軸索の再交差を防ぐことに必要であることが報告されている[4, 12, 13]。またSlit3は甲状腺、human umbilical vein endothelial cells (HUVECs)、[[マウス]]における肺や横隔膜の内皮細胞に発現しており、血管新生誘導因子としても働くことが知られている[14]
 Slit1, Slit2, Slit3は中枢神経系の正中部付近における軸索ガイダンスの制御に重要な役割を果たしており、同側性投射軸索を腹側正中部の底板に近づくのを阻害し、一度底板で正中交差した交連ニューロンの軸索の再交差を防ぐことに必要であることが報告されている<ref name=ref4 /> <ref name=ref12><pubmed>10975526</pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed>15091338</pubmed></ref>。またSlit3は甲状腺、human umbilical vein endothelial cells (HUVECs)、[[マウス]]における肺や横隔膜の内皮細胞に発現しており、血管新生誘導因子としても働くことが知られている<ref name=ref14><pubmed>20607660</pubmed></ref>


==発現==
==発現==
 脊椎動物の発達期および成熟期の中枢神経系などにSlitは強く発現している[5, 15, 7]
 脊椎動物の発達期および成熟期の中枢神経系などにSlitは強く発現している<ref name=ref5 /> <ref name=ref7 /> <ref name=ref15><pubmed>11754167</pubmed></ref>


 [[胎生期]]の脊髄において、底板にSlit1, Slit2, Slit3が発現している。[[蓋板]]には一過的にSlit1, Slit2が発現しているが、発達に伴い発現が失われる。また脊髄[[運動ニューロン]]においては[[分化]]の初期過程では発現していないが、分化が進むにつれSlit1, Slit2, Slit3が発現するようになる。
 [[胎生期]]の脊髄において、底板にSlit1, Slit2, Slit3が発現している。[[蓋板]]には一過的にSlit1, Slit2が発現しているが、発達に伴い発現が失われる。また脊髄[[運動ニューロン]]においては[[分化]]の初期過程では発現していないが、分化が進むにつれSlit1, Slit2, Slit3が発現するようになる。
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==機能==
==機能==
===軸索ガイダンス===
===軸索ガイダンス===
 脊椎動物においてSlitは脊髄交連ニューロンの軸索伸長を底板付近で制御している[10]。底板から分泌されるSlitは、交連ニューロンの軸索に発現するRobo1, Robo2と直接結合することで反発作用を及ぼす。正中交差前の交連ニューロンの軸索にはRobo3 (Robo3.1)が発現しているが、Robo3はRobo1, Robo2の活性を抑えることでSlitに対する応答性を消失させ、それにより軸索正中交差が可能となる。正中交差後の交連ニューロンの軸索においてはRobo3の発現が失われることで、底板由来SlitがRobo1, Robo2を介して反発活性をもつようになる。この正中交差後に起こる底板からの反発により、底板における軸索再交差が妨げられている[16]。また、ショウジョウバエにおいてもSlitはRoboと直接結合し、シグナル伝達を行うことで反発作用を示す[3]。脊椎動物のSlit1, Slit2, Slit3のトリプル[[ノックアウトマウス]]の表現型はショウジョウバエにおけるSlitの変異体における表現型と一致する[10]
 脊椎動物においてSlitは脊髄交連ニューロンの軸索伸長を底板付近で制御している<ref name=ref10 />。底板から分泌されるSlitは、交連ニューロンの軸索に発現するRobo1, Robo2と直接結合することで反発作用を及ぼす。正中交差前の交連ニューロンの軸索にはRobo3 (Robo3.1)が発現しているが、Robo3はRobo1, Robo2の活性を抑えることでSlitに対する応答性を消失させ、それにより軸索正中交差が可能となる。正中交差後の交連ニューロンの軸索においてはRobo3の発現が失われることで、底板由来SlitがRobo1, Robo2を介して反発活性をもつようになる。この正中交差後に起こる底板からの反発により、底板における軸索再交差が妨げられている<ref name=ref16><pubmed>15084255</pubmed></ref>。また、ショウジョウバエにおいてもSlitはRoboと直接結合し、シグナル伝達を行うことで反発作用を示す<ref name=ref3 />。脊椎動物のSlit1, Slit2, Slit3のトリプル[[ノックアウトマウス]]の表現型はショウジョウバエにおけるSlitの変異体における表現型と一致する<ref name=ref10 />


 脊椎動物の[[視神経]]の発達過程においてもSlit1, Slit2は、視神経軸索に対して反発作用を示している。またSlit1, Slit2それぞれのノックアウトにおける表現型はSlit1, Slit2のダブルノックアウトの表現型と異なることから、Slit1, Slit2は視神経軸索が伸長していく領域に応じて相補的に働いていると考えられている[17]
 脊椎動物の[[視神経]]の発達過程においてもSlit1, Slit2は、視神経軸索に対して反発作用を示している。またSlit1, Slit2それぞれのノックアウトにおける表現型はSlit1, Slit2のダブルノックアウトの表現型と異なることから、Slit1, Slit2は視神経軸索が伸長していく領域に応じて相補的に働いていると考えられている<ref name=ref17><pubmed>11804570</pubmed></ref>


===軸索・樹状突起の分枝形成===
===軸索・樹状突起の分枝形成===
 Slit1, Slit2は神経回路形成における軸索分枝形成にも関与している。[[三叉神経]]節細胞、[[後根神経節]]細胞においてSlit2のN末断片であるSlit2Nは分枝形成を促進している[18, 19]。また、皮質ニューロンにおいてもSlit1が樹状突起の伸長と分枝の形成に促進的に作用していることが知られている[20]
 Slit1, Slit2は神経回路形成における軸索分枝形成にも関与している。[[三叉神経]]節細胞、[[後根神経節]]細胞においてSlit2のN末断片であるSlit2Nは分枝形成を促進している<ref name=ref18><pubmed>12040061</pubmed></ref> <ref name=ref19><pubmed>10102266</pubmed></ref>。また、皮質ニューロンにおいてもSlit1が樹状突起の伸長と分枝の形成に促進的に作用していることが知られている<ref name=ref20><pubmed>11779479</pubmed></ref>


===細胞移動===
===細胞移動===
 Slitは神経細胞、[[グリア細胞]]、白血球、内皮細胞の細胞移動にも影響を与えている。Slit1, Slit2はrostral migratory stream (RMS)のsubventricular zone (SVZ)に存在する未分化の細胞が[[嗅球]]へと細胞移動する際に、反発活性を示す[21]。また、後脳の小脳前核細胞である下オリーブ核ニューロンの腹側正中部付近への細胞移動に関与している[22]
 Slitは神経細胞、[[グリア細胞]]、白血球、内皮細胞の細胞移動にも影響を与えている。Slit1, Slit2はrostral migratory stream (RMS)のsubventricular zone (SVZ)に存在する未分化の細胞が[[嗅球]]へと細胞移動する際に、反発活性を示す<ref name=ref21><pubmed>14960623</pubmed></ref>。また、後脳の小脳前核細胞である下オリーブ核ニューロンの腹側正中部付近への細胞移動に関与している<ref name=ref22><pubmed>12051827</pubmed></ref>


===細胞増殖===
===細胞増殖===
 近年、胎生期マウス大脳の[[神経前駆細胞]]に発現しているSlit, RoboがNotchのエフェクターである[[Hes1]]を活性化させることにより、[[細胞増殖]]の[[バランス]]を制御していることが報告されている[23]
 近年、胎生期マウス大脳の[[神経前駆細胞]]に発現しているSlit, RoboがNotchのエフェクターである[[Hes1]]を活性化させることにより、[[細胞増殖]]の[[バランス]]を制御していることが報告されている<ref name=ref23><pubmed>23083737</pubmed></ref>


==関連語==
==関連語==