「視覚系の順逆変換モデル」の版間の差分

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 対象のさまざまな視覚属性は2次元網膜像から推定されている。属性の多くは、3次元であり、2次元網膜像から3次元属性の推定は一般には解けない不良設定問題(ill-posed problem)である。3次元世界から2次元網膜像を作る画像生成過程は、物理法則に従っていて、順光学(forward optics)と呼ばれる。対象の属性は、この逆の過程を経て推論されなければならない。
 対象のさまざまな視覚属性は2次元網膜像から推定されている。属性の多くは、3次元であり、2次元網膜像から3次元属性の推定は一般には解けない不良設定問題(ill-posed problem)である。3次元世界から2次元網膜像を作る画像生成過程は、物理法則に従っていて、順光学(forward optics)と呼ばれる。対象の属性は、この逆の過程を経て推論されなければならない。


 脳の計算は、基本的に階層的ベイズ推定の枠組みでとらえられている(たとえば、<ref name=乾2004></ref>乾,2004)。ベイズ推定は、ベイズの公式<br>
 脳の計算は、基本的に階層的ベイズ推定の枠組みでとらえられている(たとえば、文献<ref name=乾2004></ref>)。ベイズ推定は、ベイズの公式<br>
:(事後確率)<math>\varpropto</math>(事前確率)<math>\cdot</math>(条件付確率)
:(事後確率)<math>\varpropto</math>(事前確率)<math>\cdot</math>(条件付確率)


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 図に示したモデルは、<math>S</math> をひとまとめにして記述したモデルである.実際には、<math>s_1</math>から<math>s_m</math>が,一次視覚野から高次視覚野で別々に表現されており、各階層間で上記の順逆変換のループが働いて各属性が推定されると考えられている。これらの計算過程やそれを支持する生理学や解剖学の知見については、文献<ref name=川人1990></ref><ref name=乾1993>'''乾 敏郎 (1993).'''<br>『Q&Aでわかる脳と視覚-人間からロボットまで』 サイエンス社.</ref>を参照。
 図に示したモデルは、<math>S</math> をひとまとめにして記述したモデルである.実際には、<math>s_1</math>から<math>s_m</math>が,一次視覚野から高次視覚野で別々に表現されており、各階層間で上記の順逆変換のループが働いて各属性が推定されると考えられている。これらの計算過程やそれを支持する生理学や解剖学の知見については、文献<ref name=川人1990></ref><ref name=乾1993>'''乾 敏郎 (1993).'''<br>『Q&Aでわかる脳と視覚-人間からロボットまで』 サイエンス社.</ref>を参照。


 なお、知覚の計算を行うときには前向きと後ろ向きの神経回路が用いられるが、後ろ向きの結合は、順光学なので仮に外部刺激による信号がないときに働けば、知覚時と同じ活動を再現することが可能である。つまりこのような順逆変換が学習されれば(彼らの理論では学習アルゴリズムも与えている)外界の情報の処理と内的イメージの生成が同時に可能になるのである。具体的な視覚問題に適用された例は、Kawato, M., Hayakawa, H., and Inui, T. (1993)<ref>'''Kawato, M., Hayakawa, H., & Inui, T. (1993).'''<br>A forward-inverse optics model of reciprocal connections between visual cortical areas. Network: Computation in Neural Systems, 4, 415-422. doi: 10.1088/0954-898X_4_4_001</ref>にある。なおこの理論は、Fristonの脳の統一理論である自由エネルギー原理において拡張された<ref><pubmed>17097864</pubmed></ref><ref>'''乾 敏郎・阪口 豊 (2020).'''<br>『脳の大統一理論 -自由エネルギー原理とは何か-』 岩波書店.</ref>。
 なお、知覚の計算を行うときには前向きと後ろ向きの神経回路が用いられるが、後ろ向きの結合は、順光学なので仮に外部刺激による信号がないときに働けば、知覚時と同じ活動を再現することが可能である。つまりこのような順逆変換が学習されれば(彼らの理論では学習アルゴリズムも与えている)外界の情報の処理と内的イメージの生成が同時に可能になるのである。具体的な視覚問題に適用された例は、文献<ref>'''Kawato, M., Hayakawa, H., & Inui, T. (1993).'''<br>A forward-inverse optics model of reciprocal connections between visual cortical areas. Network: Computation in Neural Systems, 4, 415-422. doi: 10.1088/0954-898X_4_4_001</ref>にある。なおこの理論は、Fristonの脳の統一理論である自由エネルギー原理において拡張された<ref><pubmed>17097864</pubmed></ref><ref>'''乾 敏郎・阪口 豊 (2020).'''<br>『脳の大統一理論 -自由エネルギー原理とは何か-』 岩波書店.</ref>。